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5. 予防原則の構成要素

 予防原則の分析は明確に異なる2つの側面を明らかにする。すなわち、
(i) 措置を講じるか否かの政治的決断。これは、予防原則に頼るきっかけになる要因と関連がある。
(ii) 措置を講じる場合、どのような行動をとるのか。すなわち、予防原則を適用した結果として生じる措置

 リスクアナリシスにおける科学的不確実性の役割について、特に、それがリスクアセスメントに属するのか、それともリスクマネジメントに属するのかについては議論がある。この議論は、慎重な取り組みと予防原則の適用との間の混乱に起因している。これらの2つの側面は補完的なものであり、混同すべきではない。

 慎重な取り組みはリスクアセスメント政策の一部であり、リスクアセスメント政策は、リスクアセスメントが実施される前に決定され、5.1.3項で述べる要因に基礎を置く。したがって、それはリスク評価者から出される科学的見解の不可欠な部分である。

 一方、科学的不確実性が完全なリスクアセスメントを妨げるとき、ならびに、選択された環境保護レベルまたは人間、動物および植物の健康の保護レベルが危険にさらされているかもしれないと政策決定者が考えるときには、予防原則の適用はリスクマネジメントの一部となる。

 欧州委員会は、予防原則を適用する措置はリスクアナリシスの一般的枠組みに属し、特にリスクマネジメントに属すると考える。


5.1 予防原則に頼るきっかけとなる要因
 たとえ、科学的データが十分でないために、あるいはその包括的な性質のために、リスクを十分に立証もしくは定量できない、またはその影響を決定できないとしても、予防原則が適用されるのは潜在的なリスクがある場合にのみである。
 しかし、注意すべき点は、いかなる状況においても、任意の決定の採用を正当化するために予防原則を用いることはできないことである。

5.1.1 潜在的悪影響の特定
 予防原則を行使する前に、まずそのリスクに関連する科学的データを評価しなくてはならない。しかし、論理的にも時間的にも、措置を講じる決定をする前に行うべきことが一つある。それは、現象についての潜在的な悪影響を特定することである。これらの影響をさらに徹底的に理解するためには、科学的な検証を行う必要がある。追加情報を待たずにこの検証を実施するという決定は、リスクの理論的というよりもむしろ具体的な認識に密接に関係している。

5.1.2 科学的評価
 環境、人間、動物または植物の健康を守るための措置が必要かどうかを検討するときには、潜在的悪影響の科学的評価を入手可能なデータに基づいて行うべきである。予防原則を行使するかどうか決定するとき、可能ならば、リスクアセスメントを考慮すべきである。このためには信頼できる科学データおよび論理的理由付けが必要であり、それによって、ハザードが環境または当該集団の健康に及ぼす影響の発生可能性および重大性を、考えられる損害、持続性、可逆性および遅発効果を含めて表現する結論が導かれる。しかしながら、リスクの包括的評価を達成することはどんな場合にも可能とは限らないが、入手可能な科学的情報を評価するためにあらゆる努力を行うべきである。

 可能ならば、これまでにわかっている知識と入手可能な情報について評価し、アセスメントの信頼性と残存する不確実性に関する科学者の見解を述べた報告書を作成すべきである。必要ならば、報告書では今後の科学的研究のテーマも明らかにすべきである。
 リスクアセスメントは、ハザードの特定、ハザードの特性付け、暴露評価、リスク判定の4つの部分からなる(附属書III)。科学的知識の限界は、これらの個々の要素に影響を与え、付随する不確実性のレベル全体に影響を与え、最終的に保護的または予防的措置の基礎に影響を与える可能性がある。措置を講じることを決定する前に、これら4つのステップを完了することを試みるべきである。

5.1.3 科学的不確実性
 科学的不確実性は、通常、科学的手法の持つ5つの特性に起因する。すなわち、選択された変数、なされた測定、取り出されたサンプル、用いられたモデルおよび用いられた因果関係である。また、既存のデータに関する論争または関連データの欠如によって科学的不確実性が生じることもある。不確実性は分析の定性的または定量的な分析要素と関連するかもしれない。

 一部の科学者たちに好まれる、より抽象的で一般化された方法は、全ての不確実性を3つのカテゴリー(偏り、無作為性、真の変動性)に分類することである。一方、発生確率とハザードがもたらす影響の重大性の信頼区間を推定することによって、不確実性を分類しようとする専門家もいる。
 この問題は非常に複雑であり、欧州委員会は欧州科学技術観測所(European Scientific Technology Observatory、ESTO)の後援の下に“技術的リスクおよび不確実性の管理(Technological Risk and the Management of Uncertainty)”というプロジェクトを立ち上げた。近くESTOから出される4通の報告書は、科学的な不確実性を包括的に記述することになっている。

 リスク評価者は、慎重な考慮を要する以下のような側面を取り入れることによって、これらの不確実性要因を調整する。

人に対する潜在的な影響を立証するために動物モデルに依存する。

種間比較を行うために体重範囲を用いる。

種内および種間の変動性を説明するために、1日あたり許容摂取量の評価に安全係数を導入する。この係数の大きさは入手可能なデータの不確実性の程度に左右される。

遺伝毒性または発がん性が認められる物質に対しては1日あたり許容摂取量という考え方を用いない。

特定の有毒汚染物質に対する基準として、ALARAレベル(合理的に達成可能な限り低く抑えるべきレベル)を用いる。

 リスク管理者は、リスク評価者から出された科学的見解に基づいて措置を採用するとき、これらの不確実性要因に十分に留意しなければならない。

 しかし、状況によっては、科学的データが十分でないために、実際にこれらの慎重な考慮を要する側面を適用できないことがある。すなわち、パラメータモデリングが行われないために外挿を行うことができない場合や、因果関係が疑われるものの実証できない場合である。政策決定者が、措置を講じるべきか否かのジレンマに遭遇するのはこのような場合である。

予防原則に頼る場合には以下のことを前提とする。

現象、製品またはプロセスに由来する潜在的悪影響が特定できている。

データが不十分、確定的でないまたは不正確なために、リスクの科学的評価を行っても問題のリスクを十分な確実性をもって決定することができない。


5.2 予防原則への依存に起因する措置
5.2.1
 措置を講じるべきか否かの決定
 世論からの圧力の程度にもよるが、政策決定者はおおむね上記のような状況の下で対応しなくてはならない。しかし、対応するということは、必ずしも措置を講じなくてはならないという意味ではない。何もしないということもそれ自体で一つの対応である。

 したがって、与えられた状況の下での適切な対応は、政治的な決定の結果であり、リスクを負わされる社会にとって“容認できる”リスクレベルの関数である。

5.2.2 最終的に講じられる措置の内容
 決定の内容は実行可能な管理の種類に影響を与える。予防原則を頼りにするということは、必ずしも、法的効力を生むように企図され、司法審査に付される最終的な法律文書を採用するという意味ではない。予防原則という表題の下で、政策決定者は幅広い措置を選択することができる。予防原則に端を発して、研究プログラムに資金を提供する決定や、製品または手順の考えられる悪影響について公衆に情報を提供する決定が行われるかもしれない。

 欧州共同体の機関が取る措置の適法性に関する宣言は欧州司法裁判所が行う。同裁判所は、欧州委員会または他の欧州共同体機関が、特に採用した措置の内容と範囲に関して幅広い自由裁量権を持つとき、同裁判所による審査は、当該機関が明白な誤りもしくは権力の誤用を犯したのか、それとも評価権限の範囲を明らかに逸脱したのかを検証することに限定されなければならないという立場を一貫して保持してきた。
  このため、その措置は任意のものではないかもしれない。

 予防原則を頼りにするということは、必ずしも、法的効力を生むように企図され、司法審査に付される最終的な法律文書を採用するという意味ではない。

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