第6章: |
モダンバイオテクノロジーの適用により開発された作物における意図されていない作用を同定する上で、分析技術が果たす役割 |
6.1 はじめに
バイオテクノロジーから派生し、栄養改善された特性を持つ食品植物が現在開発されており、多くの事例では圃場試験段階に達し、商業化も行われている(例:高オレイン酸含有大豆、Kinney
& Knowlton
1998)。この新世代の食品/飼料作物は、次の可能性を有している。(1)基本栄養素の導入を通じて人口集団での栄養失調の撲滅に務める、(2)食品/飼料の栄養価を、基本栄養素の強化あるいはそのバイオアベイラビリティの改善によって、向上させる、(3)健康を守る/促進する成分の濃度上昇を通じて人間の健康を促進する、(4)天然の毒物、毒性代謝産物、アレルゲンの濃度を低下させることで製品の安全性を向上させる。栄養改善された特性を持つ開発中の製品の例については、第2章で説明した。人間の栄養に加え、動物飼料および食品加工をターゲットとした機能性特性も開発されているところである。
代謝経路の複合構成要素をコードした複数遺伝子の挿入も、これらの植物のいくつかで行われている。対処しなければならない重要な疑問は、これらのタイプの食品および飼料製品が、「第一世代」のGM植物(害虫予防、除草剤耐性、あるいはこれらの形質を組み合わせた農業的に改善された特性を持つもの)と比較し、組成で意図されていない変化が惹起する確率が高いため、追加の安全性検査が必要であるか否かということである。
6.2 一般原則
一般的に従来作物の安全性は、これまで安全に使用されてきたという歴史に基づいている。公式な安全性アセスメントは実行されていない。新品種では、農業的性能およびその他の表現型特性の分析が、特定の多量栄養素、微量栄養素、栄養素吸収阻害物質、毒物と同様、実行される。栄養に対して有益な化合物と同様に栄養素吸収阻害物質および毒物も、選抜過程において濃度が上昇あるいは低下しているが、これによりこれらの物質の存在に関する豊富なデータが提供される。植物育種家は、通常ではない農業的性能、好ましくない風味、有害となるレベルで特定化合物を有する製品を育種プログラムから排除してきた。従来法で育種された作物での選抜に関するこれらのアプローチは、その有効性が証明されており、安全で栄養のある食品を消費者に提供してきた。GM作物由来の食品が従来作物品種と同等の安全性および栄養を持つことをアセスメントするため、同様な、しかしさらに徹底した実践がGM作物由来の食品に適用された。
ゲノム研究および最新の化学分析の発展をもとに、この10年間で新しい分析技術が出現してきた。これらの技術は、植物ゲノムの構造および機能に関し、興味深い情報を提供してくれる可能性がある。またこれらの方法は、植物の生理学および代謝経路に関し、有益成分および毒性成分の濃度の調節などを含め、より深い洞察を提供してくれる可能性がある。本章では、これらの新しい分析の道具の可能性について、GM作物由来の食品の安全性アセスメントにおける使用の面から見たレビューも行っている。これらの技術は、有効性が確認された場合には、代替としてではなく、補完的方法として見なされるべきである。
組換えDNA(rDNA)技術の応用を通じて生産された食品で意図されていなかった改変が発生する可能性に対し、科学者、規制当局、消費者グループが幅広い関心を寄せ、話題とされてきた。植物ゲノムへのDNA配列の挿入は、遺伝子機能の改変につながる可能性があり、代謝経路での移行、上流および下流での作用、代謝プールの変化、新しい代謝産物の形成、既存の代謝産物の濃度での変化などをもたらす可能性がある。GM作物での意図されていない作用の同定および人間と動物の安全性の面でのそれらのアセスメントは、EC委員会の助成による遺伝子改変食品作物の安全性アセスメント欧州ネットワーク(ENTRANSFOOD)(www.entransfood.com)の議題の一つであり、また最近にも検討されている(Kuiper
他 2001、Cellini 他
2004)。意図されていない作用のいくつかは、導入DNAの挿入部位、妨害された可能性のある遺伝子の機能、挿入された形質の機能および代謝経路でのその機能の関与に関する知識をもとに、予想できる場合もある。その他の作用は、遺伝子制御および遺伝子と遺伝子の相互作用についての知識が限られているため、予想はさらに難しくなっている。
6.2.1 意図されていなかった作用はGM作物に特有のものではない
意図されていない作用の発生は、組換えDNA技術を通じたゲノム改変に特有のものではない。意図されていない作用は、従来法の育種の結果、ならびに新しい表現型を作成するために化学的あるいは放射線による変異誘発を使用している間にも頻繁に発生している。そのため植物DNAへの挿入は、このような自然のDNA事象を認識して評価しなければならず、この問題については最近検討されている(Cellini
他
2004)。食品作物の従来法による育種中に発生した意図していない作用の例を、表6-1に提示した。次に考察するように、自然の組換えとGM作物でのDNA挿入には類似性が存在する。しかしながら、従来法による育種中に発生する分子変化は、挿入、並び替え、外因性変異誘発などの、同種あるいは他種由来で区別可能なDNAによって起こされる変化に比べ、追跡することが困難である。
植物育種では、自然の染色体組換え機構が大きな役割を果たしており、この機構は、(1)相同組換え、(2)非相同的末端結合過程である非正統的組換え、にグループ化することができる。いずれの過程も、二本鎖切断修復メカニズムによって特徴付けられる。非相同的組換えは、植物では優性な形式である(Siebert
& Puchta
2002)。組換え事象は、理論的には染色体全長にわたって無作為的に発生することが可能であるが、組換え切断ポイントにおける優先的部位が存在することが良く知られている(Schnable
他 1998)。
最新のバイオテクノロジーを使用し、遺伝子銃、微粒子銃、アグロバクテリウム仲介の形質転換や他の方法など、様々な方法を通じて外因性DNAが植物のゲノムDNAに組み込まれている(Datta
& Datta
2002)。アグロバクテリウム仲介の形質転換の事例では、アグロバクテリウムTi(腫瘍誘発)プラスミドの植物ゲノムへのDNA組み込みが、植物DNA配列との相同性がない状況で、非正統的組換えの過程を通じて発生する(Gheysen
他
1991)。この方法による染色体DNAへの導入DNAの挿入は、単一あるいは繰り返しコピーをもたらし、複数の挿入につながる可能性がある(Grevelding
他
1993)。さらに、挿入DNAおよびDNA標的部位の並び替えが観察される。タバコでのDNA挿入の隣接領域の配列決定は、挿入DNAに隣接するモチーフの存在をハイライトするが、これにはATに富む配列、ミクロサテライト配列、レトロエレメント、タンデムリピートなどがある(Iglesias
他 1997)。シロイヌナズナでは、ATに富む領域は、微粒子銃によるDNA導入の好ましいターゲットとして提案されており(Sawasaki 他
1998)、このことはアグロバクテリウムによるDNA挿入と遺伝子銃法によるDNA送達での組み替え過程とが、類似の原則によって管理されていることを示唆している。上で考察したDNA組換え機構に関する知識に基づけば、導入DNAを植物染色体へ組み込むことが自然の組換え機構よりもDNA阻害をより多く発生させる可能性がある、と考える理由はない。食品作物の遺伝子改変が原因となった意図されていない作用の例を、表6-2に提示した。同表の結果と表6-1の結果との比較は、最新のバイオテクノロジー由来の作物での意図されていない作用のいくつかが従来法の育種で観察されるものと類似であることを示している。
| 表6-1 |
従来育種法での意図されていない作用(Cellini 他 2004より改定) |
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ホスト植物/形質 |
意図されていない作用 |
参照文献 |
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大麦/うどん粉病耐性 |
低収量 |
Thomas 他 1998 |
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セロリ/害虫耐性 |
高フラノクマリン含有 |
Beier 1990 |
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トウモロコシ/高リジン含有 |
低収量 |
Mertz 1992 |
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ジャガイモ/害虫耐性 |
低収量、高グリコアルカロイド含有 |
Harvey 他 1985 |
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カボチャ、ズッキーニ/害虫耐性 |
高ククルビタシン含有 |
Coulston & Kolbye 1990 |
| 表6-2 |
遺伝子組換え育種での意図されていない作用(Cellini 他 2004より) |
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ホスト植物 |
形質 |
意図されていない作用 |
参照文献 |
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カノーラ |
フィトエン合成酵素の過剰発現 |
複合的代謝変化(トコフェロール、クロロフィル、脂肪酸、フィトエン) |
Shewmaker 他 1999 |
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ジャガイモ |
酵母転化酵素の発現 |
グリコアルカロイド含有量の低下 |
Engel 他 1998 |
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ジャガイモ |
大豆グリシニンの発現 |
グリコアルカロイド含有量の上昇 |
Hashimoto 他 1999a, b |
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ジャガイモ |
細菌性レバンスクラーゼの発現 |
塊茎組織での有害撹乱、師部での炭水化物輸送障害 |
Turk & Smeekens 1999 |
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米 |
大豆グリシニンの発現 |
ビタミンB6含有量の上昇 |
Momma 他 1999 |
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米 |
プロビタミンA生合成経路の発現 |
予想外のカロチノイド誘導体の形成(β-カロチン、ルテイン、ゼアキサンチン) |
Ye 他 2000 |
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小麦 |
グルコース酸化酵素の発現 |
植物毒性 |
Murray 他 1999 |
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小麦 |
ホスファチジルセリン合成酵素の発現 |
壊死性病変 |
Delhaize 他 1999 |
6.2.2 意図されていない作用を同定するアプローチ
6.2.2.1 ゲノム分析
ゲノムのマッピングが十分に行われ、ほとんどあるいはすべての遺伝子の配列決定が行われている場合(例:米、トウモロコシ)、レシピエント植物での挿入遺伝子に原因する作用の予測をする際に、挿入部位の位置確認と特徴づけが役に立つ可能性がある。挿入DNAに隣接する植物のゲノム配列に関するデータは、挿入DNAが、既知の内因性遺伝子の内部あるいは近位にあるか否かについての情報を提供する。挿入DNAの染色体での位置は、ゲノムin
situハイブリダイゼーション(GISH、Iglesias 他 1997)、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH、Pedersen
他 1997)、隣接DNAの直接配列決定(Thomas 他 1998、Spertini 他
1999)など様々な方法で検出できる。ほとんどの植物においては、ゲノムに関する知識は限られ、またゲノムデータベースでのアノテーションの信頼性も同様に限られているが、代謝活性のネットワークとの関連におけるゲノムコードおよび遺伝子発現の調節の理解は急速に拡大している。そのため、野生DNAの改変によって代謝ネットワークで起こりうる変化で、改変製品の毒性あるいは栄養状況に影響を及ぼす恐れのあるものに関しては、挿入座位の配列決定がますます情報価値のあるものとなる可能性がある。
しかし、ホスト作物のゲノム配列が決定されたとしても、これらの分析は初めに想像されたものよりも一層複雑となるかもしれない。植物は偽遺伝子(例:機能性遺伝子と相同性の高い非機能性遺伝子)および多数の高頻度反復DNA配列を有している。これらの配列のおかげで、DNAが機能遺伝子、非機能性偽遺伝子、高頻度反復DNAのいずれに挿入されたのかについてのアセスメントは非常に難しくなっている。
6.2.2.2 組成分析
同等性分析で(1)農業的/形態学的特性、(2)多量栄養素および微量栄養素組成ならびに重要な栄養素吸収阻害物質および毒物の含有、(3)改変製品とその従来からの対応物における毒性学的特性および栄養学的特性について適切な動物モデルで検査した分析は、意図されていない作用の発生の重大性に関し、それを同定あるいはアセスメントする上で役に立つ場合がある。そのようなアプローチは、栄養が顕著に改変されている従来法育種での製品(例:リジン含有量が増加したOpaque-2トウモロコシ、クオリティ・タンパク質トウモロコシとしても知られる。Villegas
他 1992、第4章を参照)に対する基本となってきており、ここでは栄養改善された形質を持つGM作物に対するその適用性を検討する。
採用できる戦略は多数かつ様々ある。ターゲットを絞ったアプローチは仮説を基本としており、GM食品作物およびそれに対応する従来からの比較対照物に存在している、特定の既知の多量栄養素、微量栄養素、毒物アレルゲン、生物活性のある化合物に関する情報を生成することに焦点を当てている。化合物の範囲は、従来法育種で得られた食品作物を分析することで手にした経験に基づいている。人間の血液検体検査の場合と同様に、重要な物質の分析的測定により、健康/代謝での基礎的な変化を示唆することができ、その後、事例ごとに追跡調査を行うことができる。OECDは近頃、特定作物において分析することが可能な特定化合物に関する同意文書を作成した(OECD
2003)。これらの化合物の分析では、有効性の確認されている多くの方法が利用可能であり、これらの方法はその長い使用の歴史を通じて深く理解されている。そのようなアプローチでは、その選択的な性格のため、特定のあらかじめ決められた化合物の濃度アセスメントに対しては十分に機能するが、その他の意図されていない変化は見逃す恐れがある。栄養的あるいは栄養素吸収阻害的に関連ある化合物を選択することにより、既知の栄養および栄養素吸収阻害物質での意図されていない変化に対する大きな防御が提供される。しかし、あらかじめ選択された化合物の濃度が、例えば、遺伝子改変によって引き起こされる植物の機能あるいは表現型での変化を示すものとは限らない。さらに、既知の物質のみを測定するため、遺伝子改変によって引き起こされる未知の毒物および栄養素吸収阻害物質(もし存在するならば)の濃度変化の可能性は、組成分析では評価されないまま残ることになる(ただし、毒物学的に有意であれば、動物試験で検出されるであろう)。しかし、これらの重要な物質は、消費者人口のかなりの割合が使用してきた歴史を通じ、健康および栄養に及ぼす影響によってすでに同定されているだろうと思われるため、ギャップは非常に小さななものであると予想される。提案された栄養素、栄養素吸収阻害物質、毒物のリストには、濃度変化が安全性あるいは栄養品質に影響を及ぼす恐れのあることがデータによって示されているものが含まれている。その他の制約として、単一化合物アッセイに先立つサンプル加工(例:抽出)が厳密であるため、関連する化合物がサンプル分析の前に損失する可能性が挙げられる。これらの制約は、(安全な)使用の歴史が限られているかあるいは歴史がない食品植物において、また複数遺伝子の挿入により大規模に改変されてしまった植物において、特に重要となる可能性がある。現在市販されているGM作物はどちらのカテゴリーにも入らないという事実から判断すれば、単一化合物分析は、意図されていない作用のスクリーニング、およびそれによってこれらの作物の安全性を支持する目的では、これまで十二分に厳密なものであった。単一化合物分析は、有効性が確かめられた定量化方法を用いることで、将来においても第一選択の方法であり続けるだろう。
意図されていない作用の検出におけるターゲットを絞らないアプローチは、プロファイリング法に依存しており、これは改変されたホスト生物の異なる細胞統合レベルの生理学(すなわち、mRNA発現およびタンパク質翻訳のレベル、また植物代謝のレベル)で、起こりうる変化に関する情報を提供してくれる可能性がある。DNA/RNAマイクロアレイ技術、プロテオミクス、混合(すなわち組み合わせた)分析技術のような新しい技術は、遺伝子発現およびタンパク質と代謝産物の形成に関する統合的で同時的な分析を可能にする。これらの技術は、最近ではKuiperら(2001、2003)、Celliniら(2004)によって説明されている。
食品作物の形態学的、農業的、生理学的特性は複数の因子によって決定されており、これには遺伝的特性、農業的寄与、環境からの影響、植物−微生物相互作用、発達過程、収穫後の作用などがある。植物の様々な発達段階において、また様々な環境条件の下に、新しい分析技術を適用することで、遺伝子発現の力学およびそれに由来する代謝結果に関し重要な情報が提供される可能性がある。プロファイリング技術は、生物の複雑な代謝ネットワークについて、単一細胞の構成レベル(例:小器官)での変化に関する知識がなくとも、オープンエンドな幅広い視点を提供してくれる。しかし、これらの技術を適切に使用するためには、パラメータと制限が十分に理解され、有効性の確認された方法が必要とされる。また自然でのばらつきのレベルをアセスメントするため、様々な環境条件の下で栽培された従来法育種の作物品種を対象とした大規模なデータベースの作成が要求される。従来植物の天然構成成分に関するベースラインの濃度データは、一般的にその量が限られている。さらに、これらの方法によって生成されたデータは莫大な量に上るため、生物学的な有意性も含め、発現パターンの変化に対する適切な(多変量)統計分析および解釈に関する課題を提起する。
6.3 意図されていない作用の検出方法
6.3.1 ターゲットを絞ったアプローチ
6.3.1.1 特定化合物の分析
現在のGM作物およびその対応物に関する同等性組成分析は、特定の化合物にターゲットを絞っており、これには毒性的および栄養的に関連する多量栄養素、微量栄養素、栄養素吸収阻害物質、毒物、アレルゲン、生物活性物質などがある。組成プロファイルの差異で、標的とされた遺伝子改変に由来することが判明する可能性のあるものは、機能性、毒性、有効性、バイオアベイラビリティなどについてアセスメントされる必要があるだろう。その他の標的とされていない代謝経路での顕著な変化でも、例えばジャガイモやトマトのグリコアルカロイドなど、毒性植物物質の濃度上昇へと結びつくものは、その変化が自然に起こるばらつきの範囲外の濃度をもたらす場合には、さらに調査が必要とされるだろう。しかし、改変作物とその対応物の組成での差がこれらのばらつきの範囲外にあることが判明したような事例でも、そのような作物が人間あるいは動物の健康に必然的に危害をもたらすものとはかぎらない、ということは明確にしなければならない。そのような差に関しては、追加の調査を行うことが、当該作物植物の食品および飼料の安全性と関連したさらなる起こりうる懸念に対処するうえで適切であるか否かを、事例ごとにアセスメントしなければならない。実質的同等性アセスメントの枠組みにおけるGM作物の組成分析に関する情報は、OECD「新規食品および飼料の安全性に関するタスクフォース」が作成した同意文書で提供されている(OECD
2003)。
ILSI国際食品バイオテクノロジー委員会は作物組成に関するデータベースを作成したが、これは従来作物品種の組成のばらつきについて、ベースラインでの詳細なアセスメントを提供するものであり、トウモロコシおよび大豆から開始されている。インターネットでもアクセスできるこの道具は、利用者が、例えば特定の組成パラメータ、場所、季節などを選択できるサーチオプションを備えている(www.cropcomposition.org)。
6.3.2 ターゲットを絞らないアプローチ
組成分析で使用することができるプロファイリング技術の例を、図6-1で図解したが、詳細についてはこれから考察する。
6.3.2.1 遺伝子発現分析
DNAマイクロアレイ技術は、遺伝子発現を研究するための強力な道具である。マイクロアレイ技術を用いた遺伝子発現の研究は、固定された標的DNA配列の高密度アレイとmRNAとのハイブリダイゼーションに基づいている。標的DNA配列はそれぞれ特定の遺伝子に対応している。分析するサンプルからのmRNAは、蛍光染色の組み込みでラベル付けし、その後アレイにハイブリダイズさせる。アレイ上の各スポットでの蛍光が、特定遺伝子の発現レベルに対応した定量測定値である。DNAマイクロアレイ技術が従来の遺伝子プロファイリング技術(例:制限酵素断片長多型―ポリメラーゼ連鎖反応[RFLP-PCR]の後に電気泳動を行う)に比べ大きく有利な点は、多数の遺伝子の発現を、同時かつ感受性があり相対的な(すなわち、検査内での)方法において、小規模分析ができることである(Schena
他
1995、1996)。さらに、同技術により、異なる環境条件下でのGM作物と従来系統の遺伝子発現プロフィールの比較が可能となる。この技術およびこれに関連するバイオインフォマティック分野は、現在開発中である。さらなる向上が予想され、またこれらの方法をGM作物で使用するためには向上が必要とされるだろう(Van
Hal 他 2000、Kuiper 他
2003)。この技術の現時点での制約は、食品および飼料作物の遺伝子発現プロフィールにおける互換性および比較性を促進する、マイクロアレイ基準が必要とされていることである。新しいデータポイントとともに自然でのばらつきの範囲に関して情報を生成するために、データベースを確立する必要がある。さらに、プロファイリングは大量のデータセットを生成するため、これらを処理する適切なソフトウェア/ハードウェアおよび統計学的方法が必要とされる。
GM食品作物の安全性アセスメントにおいて転写プロファイリングが持つかもしれない価値については、現在トマトをモデル作物として調査中である(Kuiper
他
2003)。遺伝子発現での差を研究するため、2種の有益なトマト発現配列タグ(EST)ライブラリが得られており、ひとつは赤く熟成する段階に特異的なESTで構成され、もうひとつは緑の非熟成段階に特異的なものである。いずれのESTライブラリもアレイ上にスポットされ、また機能が同定された多数のcDNAも公表された配列に基づいて選択されスポットされた。その後、アレイを多数の様々なGM品種から分離されたmRNAとハイブリダイズし、また親株系ならびに対照系統ともハイブリダイズした。中間結果では、遺伝子発現パターンの再現可能な差異に基づいて、様々な熟成段階の同定が可能であることが示された。この方法が、改変遺伝子発現のスクリーニングで使用できるか、また同時に、検出された改変の性質(すなわち、これらが調査対象の食品作物の安全性あるいは栄養価に影響を与えるか否か)に関する情報を提供できるか、についてはその展望は明るい。GMジャガイモおよびトマトについて、EU助成のプロジェクトGMOCAREの枠組み内で、さらなる研究が現在行われている(GMOCARE
2003)。有用化されるためには、各転写のばらつきが確立される必要があり、安全性および栄養についてそれぞれの新しいアッセイポイントに関連して得られた知識が必要とされる。これらの技術は、組織間あるいはGM製品と従来法による対応物由来の食品成分間での差の同定には有用であることが証明されるかもしれないが、安全性アセスメントでの妥当性には課題があり、これはこれから確立されなければならない。それゆえ、これらの方法は、現時点では安全性あるいは栄養アセスメントでの使用には適していない。
6.3.2.2 マイクロアレイ技術の食品安全性アセスメントへの適用性
食品安全性アセスメントに適合させたマイクロアレイは、栄養素および栄養素吸収阻害物質、特に天然毒物に結びつく代謝経路由来のcDNAあるいはESTを、可能であるならば主に含んでいるべきである。トランスジェニック植物を対象に、他の遺伝子挿入によって影響を受けた可能性がある遺伝子発現について、同様にターゲットを絞って研究した例がHeinekampら(2002)およびMoireら(2004)によって発表されている。栄養素、栄養素吸収阻害物質、毒物の代謝経路(例:グリコアルカロイド生合成)のマッピングは進んでおらず、それゆえ、現時点ではマイクロアレイ技術の最も重要な寄与は、作物植物の生理学に関する我々の知識にあいたギャップを埋めるうえで役立っていることだろう。代謝ネットワークがより完全に理解されたなら、作物植物の食品安全性の観点から追加の調査が必要とされるような代謝経路の変化について、重要な情報を提供できるようアレイを構築することも可能となるだろう。個々の成分に関する分析は、その時点で、遺伝子発現プロフィールを基にして、遺伝子改変で影響を受けたと思われる限定された数のタンパク質や代謝産物に減らすことができるかもしれない。また代謝産物の個々あるいはグループについて、親株系統とGMとの比較において受容できる比率が、健康との関連を根拠にして確立されなければならないだろう。意図されていない作用をGM作物で同定する場合におけるこの技術の有用性は、作物植物の遺伝子発現レベルでの自然のばらつきに関する文書化された情報に大きく依存するが、これは今のところまだ欠けたままである。
6.3.2.3 プロテオミクス
プロテオミクスは、タンパク質発現パターンを研究する上で、重要な研究手段である。高解像度の2次元ゲル電気泳動は、任意の分子量内および等電点の範囲内で追跡し、組織内に存在するタンパク質を示すことが可能である。質量分光分析法(MS)での新たな発展は、この技術の適用性を高めてきた(Beranova-Giorgianni
2003)。mRNA発現とタンパク質濃度との間の相関は一般に低く、これは個々のmRNAおよびタンパク質の分解速度が異なるためである(Gygi 他
1999)。これらのmRNAのデータをプロテオミクスおよびメタボロミクスのレベルで外挿する場合には、注意が必要である。プロテオミクスは次の3つの主な分野に分けることができる。(1)タンパク質およびその翻訳後修飾の同定、(2)濃度でのばらつきの定量化のための「ディファレンシャルディスプレイ・プロテオミクス」、(3)タンパク質−タンパク質相互作用の研究。
タンパク質パターンの差異分析で最も頻繁に使用されている方法は、2次元ゲル電気泳動法を行った後にゲルからタンパク質スポットを切り出し、特定プロテアーゼで分画に消化、その後MSで分析(すなわち、ペプチドマスフィンガープリンティング)するものである。これにより、ペプチド分画の質量と、遺伝子あるいはタンパク質配列の情報によって予測されるデータとを比較し、タンパク質を同定することが可能となる(Cellini
他
2004を参照)。タンパク質完全配列の情報が限られている作物については、EST配列データベースとの比較により、同定されたタンパク質の推定機能の解明に向かう代替的ルートが提供される場合もある。
ゲル電気泳動により分離されたタンパク質を同定するために使われる基本的方法は、エレクトロスプレーイオン化およびレーザーイオン化飛行時間型(MALDI-TOF)MS分析法である(Andersen
& Mann
2000)。エレクトロスプレータンデムMS法では、特定イオン種の断片化およびその後のデータベースに対する分析が可能である。いくつかのさらに新しい応用では、複雑な混合物からゲル電気泳動によりタンパク質を分離する必要性がなくなっている。例えば、将来性のある方法として、定量化の一層進んだ分析を目的とした同位体コードアフィニティータグによるアフィニティー精製に、多次元液体クロマトグラフィーおよびタンデムMS法を組み合わせたものがある(Han
他
2001)。単一のMSデータと既に特徴づけされたタンパク質のデータとのマッチが見つからなかった場合には、タンデムMSデータで得られたアミノ酸配列データが、タンパク質同定で役立つ可能性がある。
意図されていない変化を2次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)で探査する場合、最初のステップは、GM植物およびそれに遺伝的に最も近い対応植物の葉や種子から抽出して得られたプロテオミクスの比較である。タンパク質プロフィールで相違点が検出された場合、様々な環境条件下で栽培された様々な作物品種多数を対象に濃度のばらつきを分析し、自然でのばらつきをさらに検討しなければならない。一般的なプロテオームの分析によって、遺伝子改変手続きに特に関連した差異を検出することは困難である。その理由は、多くのタンパク質がそのような変化に関連しておらず、また多くの変化が様々な環境条件によって生じる可能性があるからである。差異が自然のばらつきの範囲外にある場合、タンパク質の同定が行われ、これによりさらなる安全性アセスメントの調査へとつながる場合もある。
プロテオミクスは、食品植物の細胞代謝および生理学で発生した変化について、その変化を惹起した技術とは関わりなく、これらの変化を理解する助けとなることができる。意図されていない作用の検出を目的にプロテオミクスを使用する場合の主要な制約は、遺伝子改変による変化が環境因子による変化から容易に区別できないかもしれない点にある。それゆえ、タンパク質分離に対する制限条件は、重要な代謝経路に関連しているタンパク質の選択とともに、交絡因子の数を減らし、より情報量のあるプロテオームを生み出す可能性がある。
プロテオミクスのさらなる発展は、抗体あるいはタンパク質アレイによる特定タンパク質の検出と組み合わさって、意図されていない変化の同定に対して一層効果的な方法を提供するかもしれない。例えば、抗体の特異性により、GM植物の特定の遺伝子改変によってその発現が影響された可能性のある特定タンパク質の検出ができるようになるかもしれない(Carvalho
他 2003、Li 他
2001)。さらに、有効性が確認され標準化されたタンパク質抽出手続きが今のところまだ確立されていない。このことは、サンプリングおよび抽出手続きの多くの段階での小さなばらつきが、タンパク質パターンの結果に大きな影響を及ぼす可能性があるため、重要である。プロテオミクス分析に関する落とし穴と発展は、HaynesおよびYates(2000)が考察している。成熟段階および保存条件、ならびにその他の遺伝学的、農業的、環境的因子の特徴づけおよび定義は、これらがすべてプロテオームに大きな影響を及ぼすため、必須である。
結論として、プロテオミクスは、育種および選抜過程や環境因子に影響された細胞代謝過程およびその力学を解明するうえで、興味深い可能性を提供する。意図されていない作用および毒性学的に関連するタンパク質の同定は、可能性が考えられる利用法のひとつである。GM作物での意図されていない作用の同定およびアセスメントへのこの技術の適用は、上記の再現性および技術的制約に加え、プロテオームでの自然のばらつきに関する情報(例、商業的に入手できる系統)が欠けていることによって大きく阻害されている。それゆえ、このアプローチの利用については関心がもたれるが、安全性アセスメントで使用されるためには、その前にかなりの研究と開発が必要とされるであろう。英国食品基準局助成による最近開始された研究プロジェクトは、特にこの問題に取り組んでいる(FSA
2003)。
6.3.2.4 メタボロミクス
mRNAレベルあるいはタンパク質での変化は、食品あるいは飼料成分に含まれる代謝産物のレベルにおける生物学的機能の変化に対する直接的な情報を提供しない。複雑なネットワークでの一つのレベルでの変化が、機能あるいは表現型での特定変化に結びつくとは限らない。それゆえ、リスクアセスメントにおいてこれらの方法が直接的にもつ価値は制限されている。オープンエンドな広域にわたる代謝産物分析により、植物代謝の生化学機能を定義する方法が可能となるかもしれない。
植物の生物学的活性化合物(すなわち、栄養素、栄養素吸収阻害因子、毒物、その他の化合物[いわゆるメタボローム])の複数成分分析により、意図された作用や意図されていない作用が遺伝子改変によって発生したか否かが示される可能性がある。この目的で現在使用されている最も重要な3つの技術は、ガスクロマトグラフィー(GC)、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)、核磁気共鳴(NMR)である。これらの方法は、単一サンプルに含まれる幅広い化合物の検出、分離、定量化(相対的な意味で)を行うことができる。例えば、HPLC法とフォトダイオードアレイ検出法(PDA)を用いたイソプレノイドのプロフィールが、GMトマトおよびシロイヌナズナに関して最近記述された(Fraser
他 2000)。約42種のイソプレノイドを、逆相C30 HPLCシステムで分離することができた。
植物のメタボロミクスにおける道具としてGCが果たす可能性は、Sauterら(1991)、Fiehnら(2000)、Roessnerら(2000)によって示されている。メタボロミクスは、遺伝子機能の相対的な表示のための道具として発展してきている。メタボロミクスは、複雑な調節過程に対する洞察を提供し、表現型を直接決定する可能性を持っている。Fiehnら(2000)は、シロイヌナズナの葉抽出物から326種の特徴的な化合物を定量化できるGC-MS法を開発し、約半数の化合物には化学構造を割り当てた。4遺伝子型を選択し、これは各遺伝子型からの2ホモ接合型生態型および2単一点変異型であった。クラスター分析では、各遺伝子型が独特の代謝プロフィールを有し、親生態型と比較して、2生態型が単一点変異型よりも大きく異なっていた。Roessnerら(2000)は、ジャガイモ塊茎での代謝産物を同時に分析するGC-MS法を開発した。土壌あるいは生体外で生育した塊茎でプロフィールの違いが観察された。結果は、生物学的なばらつきがかなり大きかった(20%)のに対し、実験によるばらつきは非常に低いこと(6%)を示した。アミノ酸、クエン酸回路の中間産物、浸透ストレスを示す化合物でこれまでに見つかっていなかったものの含有量での違いが、このオープンエンドなアプローチを使用してGM作物で発見された。酵母転化酵素が上昇しているか澱粉代謝が阻害されているGMジャガイモ系統でも、従来法で育種された対照系統と比較し、差異が観察された。アポプラストでの転化酵素発現と同調した呼吸流量の上昇は観察されなかったが、細胞質ゾルでの転化酵素発現と同調したホスホグルコン酸の出現が見られ、これは酸化性ペントースリン酸回路の成分の増加を示唆していた。メタボロミクスのこのオープンエンドなアプローチは、意図されていない変化を同定する機会を提供し、それにより代謝ネットワークへの洞察を提供する。
多くのクラスの代謝産物に対して同時に行うメタボロミクス分析は別として、選択的抽出、分離、検出方法により、特定代謝産物クラスに関するメタボロミクスが可能となる。この方法で、特定の遺伝子改変に由来する可能性がある代謝産物の(濃度あるいは形成での)変化に対して、より焦点を絞った探索が可能となる。その例の一つは、植物組織のクロロホルム抽出物からのイソプレノイド化合物に関するメタボロミクスであり、これにはカロチノイド、トコフェノール、キノン、クロロフィルが含まれている(Fraser
他
2000)。この目的で、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)がPDA検出と共に使用され、分離された化合物のUVスペクトルが生成された。この方法を、カロチノイド生合成遺伝子を追加挿入されたトマトに適用することで、著者らはどのカロチノイドが改変されたか、あるいは新規の形成がどこで行われたかを決定することができた。同様の方法で、Chenら(2003)は、HPLCに続いてPDAおよび質量分光分析法を組み合わせることで、アルファルファ組織のメタノール抽出物からフェノール化合物のメタボロミクスプロフィールを作成した。これらの著者らは、例えば、リグニン生合成の導入遺伝子を含有する植物は、茎組織ではフェノールの濃度が変化していたが、葉組織では変化していないことを観察している。
EU助成のSAFOTESTプロジェクトの中で、米をモデル作物としてメタボロミクス方法論が開発された(Frenzel 他
2002)。米粒を、複合組成成分および成分濃度の大きな差異によって特徴づけした。総米抽出物を分画化する方法が開発され、主要成分および微量成分の広域なスペクトルに関するGC分析が可能となった。アプローチは、脂質および極性化合物の連続抽出に基づいている。シリル化誘導体の選択的加水分解により、主要極性成分(糖分)と微量極性成分(有機物/アミノ酸)の分離分画が得られた。シリル化/メチル化化合物のプロフィールは、ガスクロマトグラフィー・フレームイオン化検出法(GC-FID)を用いることで得られ、同定はGC-MSによって達成可能である。さらなる作業が、GM米品種で実行されることになっている。
環境条件のばらつきによって植物基質で生じた可能性がある変化については、オフラインLC-NMRなどのメタボロミクス技術の使用によって情報を提供する可能性が既に示されている(Lommen
他 1998)。1H-NMRスペクトルで構成される代謝プロフィールが、アンチセンスRNAエキソガラクタナーゼ果物などのGMトマト品種、および他の改変されていない対応物由来の様々な水抽出物および有機溶媒抽出物から得られている(Noteburn
1998、Noteburn 他 1998、2000)。低分子量化合物(MW<10kDa)のレベルの差は、1H-NMRスペクトルのサブトラクションにより追跡が可能であった。
プロファイリング法を定型的に適用するためには、次のことが必要である。(1)サンプル採集、調製、抽出手続きの標準化、(2)定量化の標準化および有効性の確認、(3)植物抽出物のプロフィールに関する情報、特に食品および飼料産生に関連する自然でのばらつきに関する情報(例:実際に栽培されている作物系統)の生成、(4)大規模データセットを取り扱うためのバイオインフォマティックのさらなる進展、(5)各方法での定量化の制約の理解、(6)自然でのばらつきのレベルを定義するための広範なデータベースの開発、(7)遺伝子発現レベルでの変化をタンパク質および代謝産物レベルでの起こりうる変化に結びつける、(8)変化を食品安全性との関連において評価する、(9)食品安全性アセスメントに関連する変化を選択する。データ分析は非常に重要であり、計量化学やパターン認識技術などの単変量および多変量の統計が、代謝産物パターンに関連した変化の同定では必要とされる。
これらのアプローチは、欧州共同体プロジェクトのGMOCAREで、さらに検討されている(GMOCARE
2003)。このプロジェクトには、機能性ゲノミクス、プロテオミクス、代謝産物プロファイリングが含まれている。さらに、英国食品基準局は、モダンバイオテクノロジー由来の食品の安全性アセスメントに対するプロファイリング法の使用を検討するいくつかのプロジェクトを開始している(FSA
2003)。
GM作物の安全性あるいは栄養で重要な意図されていない作用の同定に関し、プロフィールの有用性を評価することが可能となるためには、プロフィールパターンおよびその中での自然のばらつきに関するデータベースの編纂が重要である。プロフィールの統合分析は、まだその発展の初期段階にある。さらに、質量スペクトルデータベースは、代謝産物の同定を可能とするために非常に重要である。それゆえ、これらの方法は、農業的に改善された作物および栄養改善された作物のいずれについても、安全性アセスメントでの使用に関して現時点では適切ではない。
6.4 考察
6.4.1 意図されていない作用の検出におけるターゲットを絞ったアプローチ
GM食品作物の組成での意図された変化および意図されていない変化を検出するアプローチは、主に単一成分の測定に依存している(ターゲットを絞ったアプローチ)。このアプローチは仮説に導かれたもので、GM作物由来の食品ならびに当該食品に対応する従来からの比較対照物に存在する既知の特定栄養素あるいは毒性化合物の濃度測定に焦点を当てている。特定化合物の分析は強力ではあるが、比較的限定された数の選ばれた化合物を測定するため、予想外の変化のいくつかは見逃す可能性がある。遺伝子改変に起因する植物の機能あるいは表現型の変化は、これらの選定された化合物の変化には反映されない可能性がある。さらに、遺伝子改変を通じて顕著に変化してしまったかもしれない未知の毒物や栄養素吸収阻害物質の濃度での変化は検出することが不可能である。これらの制約は、(安全な)使用の歴史が限られているか、あるいは歴史のない食品植物において、また複数遺伝子の挿入により大規模に改変されてしまった植物においては、特に重要となる。このアプローチは、意図されていない改変が植物代謝で発生しなかったことを絶対的に保証するわけではないが、伝統的な植物育種で得られた経験を通じ、育種家たちは安全で栄養のある作物を数十年にわたって提供することが可能であった。さらに、より詳細な分析がGM作物に対して実行されており、これはGM作物の安全で栄養のある組成に対する一層大きな保証を提供している(Harlander
2002)。
6.4.2 ターゲットを絞らないアプローチ
新しいプロファイリング法は、従来法育種およびバイオテクノロジーによる遺伝子改変が食品植物で惹起する二次作用を検出するうえで、興味深い可能性を提供する。意図されていない作用の検出におけるターゲットを絞らないアプローチは、プロファイリング法に依存しており、これは改変されたホスト生物の様々な細胞統合レベルの生理学(すなわち、mRNA発現およびタンパク質翻訳のレベル、また植物代謝のレベル)で、起こりうる変化に関する情報を提供してくれる可能性がある。DNA/RNAマイクロアレイ技術、プロテオミクス、混合(すなわち組み合わせた)分析技術のような新しい技術は、遺伝子発現および遺伝子産物と代謝産物の形成に関する統合的で同時的な分析を可能にする。プロファイリング技術は、生物の複雑な代謝ネットワークに対する広範な視野を、単一細胞成分レベルでの特定の変化に関する前提となる知識を必要とせずに、提供する。プロファイリング技術の可能性は、まず、従来法育種および最新のバイオテクノロジーによって影響を受けた可能性がある代謝経路とその相互関連についての洞察を提供することにある。しかし、GM作物の意図されていない作用に関する検出とアセスメントでのこれらの技術の使用は、さらに検討されなければならず、様々な生理学的条件および環境条件の下で得られた作物のプロフィールを含むデータベースの構築が促進されなければならない(Kuiper
他
2003)。意図されていない作用の検出を目的としてプロファイリング技術を使用するうえで、主な問題は、観察された差異を、品種、発育、環境因子に起因する自然のばらつきから区別することが容易でないかもしれないということである。これらのターゲットを絞らないプロファイリング技術を適用する際に考慮しなければならないもうひとつの点は、すべての観察された差異が、それが大であれ小であれ、食品あるいは飼料製品の最終的で全体的な安全性および栄養価に対して与える影響あるいは関連性という点では、同等に有意ではないかもしれないということである。さらに、そのようなプロファイリング技術で、データにバイアスがないものとして受容されるためには、その前に機器が内包している特異性に関するアセスメントを行う必要がある。上記で考察したように、これらのプロファイリング方法のさらなる標準化および有効性の確認が必要とされている。ここで考察したプロファイリング方法の中では、GC/MSあるいはHPLC-NMRを用いたケミカルフィンガープリント技術が、最も開発が進んでいる。また、遺伝子改変の結果生まれた栄養改善作物において、その安全性に遺伝子改変がおよぼす影響を理解するうえで、関連する代謝産物について信頼できるプロフィールを得るための最良の機会も、これらの技術は提供してくれる。このように、ターゲットを絞らない方法は、安全性アセスメントおよび規制枠組みの中におけるGM作物のアセスメントにはいまだに適しておらず、このことはプロファイリング法の進展における技術段階が示唆している。しかし、もしプロファイリング法の適用範囲を化合物の特定セットに狭めたなら(例:カロチノイド、アルカロイド)、おそらくはより短い時間枠の中で、「対象を絞ったアプローチ」に対して価値ある貢献を与える可能性がある。現時点でのプロファイリング法の状況を考えると、安全性アセスメントの面から見たこの方法の最も価値ある利用法は、製品開発あるいは安全性アセスメント(特に栄養改善された作物に対する)の初期段階で、特定の生合成経路内での代謝産物のすべての変化あるいは関心を寄せている分解/異化経路でのすべての変化を分析するために使用するものである。この情報は、これらのレベルを安全性アセスメント手続きの組成分析部分の一部として評価するために、代謝産物に特定した分析方法の開発ならびに有効性の確認をするうえで利用することができる。
6.5 結論および勧告
植物育種が引き起こした組成変化を検出するために現在使われているアプローチは単一化合物分析であるが、これは食品植物の安全性をアセスメントするうえで主導的な原則である。このアプローチは、微小な改変のあるGM作物に対しても適切であることが示されており、安全で栄養のある食糧作物を我々に提供してきた。複雑な遺伝子改変を有する将来のGM作物のアセスメントでは、新しいプロファイリング技術が、このアプローチの利用価値ある拡張(しかし代替ではなく)となる可能性がある。そのため、これらの方法の有効性が確認され、自然でのばらつきの範囲が明確に確立されたなら、GM作物の安全に対しさらなる保証を提供してくれるものと思われる。プロファイリング技術が生成できるデータは広範囲に及ぶが、プロファイリング分析の結果は、該当食品あるいは飼料の安全性に関連するものだけに限定されるべきである。さらに、プロファイリング技術は、よりターゲットを絞った方法で使用することもできる。例えば、遺伝子改変により影響を受けた可能性がより高い遺伝子、タンパク質、代謝産物の特定の一群に的を絞ることも可能である。ターゲットを絞ったアプローチは、予想可能な作用に的を絞るため、予想できない作用のいくつかは気づかれないままに残る可能性がある。リスクアセスメントで不確定部分が残されている場合には、毒物学的に有意性のある意図されていない作用を評価するため、追加の動物給餌試験が考慮される場合がある。