第4章: |
栄養改善された食品作物の栄養アセスメント手続き |
4.1 はじめに
4.1.1 背景
植物の組成は、同一種の中でも一つの品種から他の品種で顕著にばらつきがある可能性があるが、集団としては、新規作物品種のかなりのものは現在栽培されている従来からの品種と組成において顕著には異ならない。過去数十年間、植物育種家はその努力のほとんどを、組成を変えることなく病害耐性や収量の可能性などの品種形質を向上させることに集中させてきた。しかし、特定組成の改変によって栄養価を向上させた例もいくつかあり、またさらに多くのものが開発中である(第2章)。ゲノミクス、マーカーを使用した育種、DNA組換え技術など、最新の分子学的バイオテクノロジーが最近導入されたことで、組成変化を生み出し選抜する育種家の能力が増強された。
新品種の主要組成成分の評価は、育種家の評価手続きでは標準となっている部分であり、特に目的とした結果が組成の改変である場合にはなおさらである。既知の微量栄養素組成、有用な植物化学物質成分、栄養素吸収阻害物質のレベル、毒物濃度での変化の可能性が選択され、分析されてきた。従来作物に対して展開された食品安全性アセスメントのこれらの原則は、バイオテクノロジーを通じて生産された作物にも拡大されているが、異なる点は分析がより一層徹底していることである(第3章)。
意図的に栄養成分を改変した新規作物の開発は、第3章で記述した市販前の安全性アセスメントに考慮点をひとつ付け加えた。栄養組成の変化が人間あるいは動物の食餌および健康に与える可能性のある影響が、必須栄養素の摂取を損なわないことを保証するために評価されなければならない。アセスメントの目的は、健康への副作用が意図された組成の変化によってもたらされるか否かを決定することにある。以下で考察するように、この類の分析はいくつかの国において組成が変化した作物に対して既に適用されている。評価の原則は、すべての新規食品に対し、その開発で使用された方法を問わず、同等に適用される。
4.1.2 食事による栄養素摂取量の推定は複雑である
栄養改善されたGM作物に関する安全性アセスメントの重要な部分は、そのような作物が食事に与える可能性がある影響を評価するための効果的な方法を開発する必要性である(OECD
2002)。そのような分析は多くの理由によって複雑となるが、それには次のようなものがある。(1)特定食品の食事による摂取量の推定に関連した課題、(2)本質的に大きなばらつきがある人間の食事、(3)個々の栄養素と人間の健康との複雑な関係、(4)栄養素と栄養素の相互作用の可能性、(5)個々人の固有なライフスタイルと遺伝子的構成。
いくつかの植物ベースの主要製品、例えば小麦、米、ジャガイモ、トウモロコシなどが与ええる栄養上の影響は、比較的容易に評価できるが、これはこれらが人間集団のいくつかでは食事で大きくかつ固定的な部分を構成している可能性があるからである(FAO
2002)。例えば「ゴールデンライス」や「ゴールデンマスタード」でのβ-カロチンなど、単一栄養素の含有量の大幅な変化が与える影響は、比較的容易に算出することができる。食事での摂取量で大きな割合を占める食品における変化も、栄養で顕著な影響を与える可能性が大きい。先進国の多くでは、平均的消費者の食事は数百、さらには数千の食料製品から由来している可能性がある。また食事での摂取パターンは時と共に変化する。新製品およびこれらの製品に対する新しい消費者の嗜好は、全体的な食事を徐々に変えていく可能性がある。人口集団での現在の栄養摂取量を確立し、栄養改善された製品によって引き起こされる可能性がある栄養摂取量での変化の幅を推定する信頼できる方法が、栄養および健康に与える影響を評価するうえで必要とされる。
4.1.3 導入される可能性がある栄養改善
様々な顕著なタイプの組成変化が第2章で既に述べられている。次に挙げたタイプの変化のひとつかそれ以上を、栄養改善されたGM作物に導入することが可能である。
この章では、主に多量栄養素あるいは微量栄養素の改変により栄養改善された作物に焦点を当てる。品質形質の向上を意図とした多量栄養素あるいは微量栄養素での改変は、栄養価にも影響を与えうる。ジャガイモの澱粉含有量増加(Fromm 他 1993)およびトマトの固形分含有率上昇(Roller & Harlander 1998)は、栄養価を向上させ機能性品質にも影響を及ぼした例である。高オレイン酸含有植物油は、安定した揚げ物用油として最初は開発されたが、その後、食事での脂肪酸摂取量に及ぼす影響の可能性によって認識された(ボックス4-1)。栄養素の食事での摂取量を変化させる可能性がある組成の改変は、これらの製品の開発にあたって意図された目的を問わず、評価されなければならないことは明らかである。
ボックス4-1
改変植物油に適用された同等性アプローチの事例研究 高オレイン酸含有ヒマワリは、油脂組成が改変された作物の例で、変異育種を通じて作成され、広く栽培されている。高オレイン酸含有ヒマワリ油は、1985年ごろに商業的に利用可能となった。高オレイン酸含有ヒマワリ油による動物および人間での実験は、記録が詳細に取られ、しばしばオリーブ油と比較される。オレイン酸はいずれの油でも高濃度で、バージンオリーブ油で76%、高オレイン酸含有ヒマワリ油で77%である(Bockisch 1998)。しかし、そのほかの脂肪酸濃度は、ステアリン酸、リノール酸、リノレン酸を含め、これら二つの油脂では異なっている。またトリアシルグリセロール置換パターンも異なっている。例えば、オリーブ油は高オレイン酸含有ヒマワリ油と比較してトリオレインが少なく、パルミトイル−ジオレオイル−グリセロールが多い(Pacheco 他 2001)。さらに、オリーブ油は、フラボノイド抗酸化物の供給源であるが、高オレイン酸含有ヒマワリはビタミンEおよびステロールの供給源である(Oubina 他 2001)。高オレイン酸含有ヒマワリ油とオリーブ油の組成上の同等性は、これら2油の栄養的な同等性に関する合理的で良好な指標であることが検証されている。しかし、オリーブ油と高オレイン酸含有ヒマワリ油の生理学的作用の相違点も言及されている。これらの相違点は、一般的に、オレイン酸以外の脂肪酸含有量の違い、トリアシルグリセロール分子の置換パターンの違い、抗酸化物質の性質と濃度の違い(オリーブ油ではポリフェノールであるのに対し、高オレイン酸含有ヒマワリ油ではトコフェノールおよびステロール)に関連付けることができる。 食事での油脂が血漿コレステロール値に及ぼす影響を検討したいくつかの臨床試験結果をプールし、そのデータに関して行ったメタ分析では、低比重リポタンパクコレステロール値は、高オレイン酸含有ヒマワリ油を含有する食事よりもオリーブ油を含有する食事で高値であることが示された(Truswell & Choudhury 1998)。人間および動物試験での研究報告も、高オレイン酸含有ヒマワリ油とオリーブ油は、心血管系の健康に関連するパラメータおよびその他のパラメータに対し、異なる作用を及ぼすことが示唆された。例えばAbiaら(2001)は、健常被験者で、食事後の血漿トリアシルグリセロール値の上昇幅について、食事が高オレイン酸含有ヒマワリ油の代わりにオリーブ油を含有している場合には小さいことを観察した。オリーブ油あるいは高オレイン酸含有ヒマワリ油のいずれかを消費した健常被験者および高血圧被験者で、RuizGutierrezら(1997)は、超低比重リポタンパクのトリアシルグリセロールの組成および置換パターンが異なることを見出した。Oubinaら(2001)は、正常コレステロール被験者および高コレステロール血症被験者において、血清でのビタミンE、過酸化物、トロンボキサン濃度が、オリーブ油を14日間摂食した被験者より高オレイン酸含有ヒマワリ油を摂食した被験者で高値であることを観察した。これらの所見は、同等の組成を持つと思われる2油脂が、微量栄養素の含有量の違いにより、異なった生理学的反応を起こす可能性を有していることを良く示している。 |
4.1.4 栄養改善された食品がいかにマーケティングされるかが重要である
栄養改善された食品が消費者の食事に導入される主な方法は少なくとも2つある。この章では、栄養含有量あるいはバイオアベイラビリティが増強された食品ならびに食品成分は、消費者に対する高価値製品として開発、市販され、増強をラベルで表示しているものと仮定する。栄養組成の改変をラベルに表示することが求められるだろうし、開発者が、製品の摂取による有益性として受け取られているもののいくつかを消費者にマーケティングしたいと望むのはほぼ確実だろう。ラベル表示あるいは広告で特定の健康上の有益性(例:コレステロール低下)があると述べている栄養改善された食料製品は、これらの主張を実証するデータを生成する必要があることは、指摘する重要性がある。これらのデータは、上記(4.1.3)で述べたそのような製品の安全性および栄養価を示すために作られたデータとは明確に異なっており、このレポートの主題ではない。
栄養増強製品が消費者に届く可能性があるもうひとつの経路は、一般的商品の代替を目的とした食品あるいは食品成分としてのものである。例としては、大豆への高濃度のリン含有アミノ酸の導入や、トウモロコシでのリジンならびにトリプトファン濃度の増加などがある(下のQPM参照)。これらの増強製品が従来の対応物とすべての点で同程度に安全で、必須アミノ酸摂取量の向上を提供することを示す証拠が、徹底した安全性検討により提示されることもあるだろう。そのため、商業的および市販での考慮点はおくとして、トウモロコシおよび大豆の従来品種をこれらの栄養改善された新品種で大規模に置き換えることの承認も十分に起こりえる。そのような大規模の置き換えは食品強化と類似であり、事実この可能性はバイオ強化と呼ばれることもある。栄養強化に関する国の政策で適用される科学的論理と同一のものが、これらの新製品にも適用することができる。科学的視点からすれば、強化を作成するために使用された手続きは、安全性および栄養効率の評価にとっては重要ではない。
4.2 栄養改善された食品
4.2.1 植物の栄養組成の増強
クオリティタンパク質トウモロコシ(QPM)とは、従来のトウモロコシよりも高濃度でリジンおよびトリプトファンを含有するトウモロコシ品種の仲間の名称である(Vasal
1994)。さらにQPMはタンパク質含有量が従来トウモロコシの2倍であり、地元の品種と比較し圃場での生産量が10%多い。クオリティタンパク質トウモロコシは、食事で顕著な量のトウモロコシを消費し、タンパク質栄養失調の恐れがある人口集団のタンパク質栄養を向上するために開発された。Evangelina
Villegas博士およびSurinder Vasal博士は、30年にも及ぶQPM開発に対して、世界食品賞を2000年に授与された(www.worldfoodprize.org/Laureates/villegas.htm、www.worldfoodprize.org/Laureates/vasal.htmを参照)。最初のQPMの開発は、高リジン含有トウモロコシ変異型opaque-2の分離であった(Mertz
他 1964、Cromwell 他
1967)。トウモロコシの必須アミノ酸バランスを向上する動物飼料用の高リジン含有トウモロコシも、植物育種家によって40年以上も開発が進められている(Mertz
他 1964、Cromwell 他 1967)。
従来育種法で組成変化を行い、広く商業的に受け入れられた製品の他の例にはカノーラがある(エルシン酸およびグルコシノレートが低値となるよう育種されたナタネ品種、カナダカノーラ評議会
2001)。栄養あるいは加工特性が向上した植物油の品種は、4.2.3でのべる。
4.2.2 栄養改善された作物の栄養学的安全性アセスメント
ここで記述されているバイオテクノロジー由来の栄養改善された製品に関する安全性および栄養価を評価するための手続きは、基本的には、その他のすべての技術(例:従来法の育種、新規の食品成分の使用)によって開発された栄養が改善されている製品の評価で使用される手続きと異なるところはない。これは繰り返して述べる価値がある。分析は、新規の食品成分に適用されるものと、原則的に顕著に異なるものではない。そのような栄養改善された食品の分析における一連のステップは、次の通りである。
栄養組成が改変された作物品種に関して栄養影響を評価するための戦略は、健康上の有益性を提供する意図で行われた食品の非栄養組成での改変の評価にも適用することができる。育種家は、特にビタミンC、ビタミンE、β-カロチンなど、安全性および栄養の有益性が良く知られている栄養素の濃度を増加させた作物を開発中である。さらに、イソフラボン、フラボノイド、サポニンなど、いくつかの非栄養植物化学物質成分の植物での過剰発現が考えられている。第2章で述べたように、様々な植物化学物質には健康上の予防効果あるいは有益性を示すいくつかの予備的証拠がある。植物化学物質含有量を増加させた製品は、このレポートの主な焦点とはなっていないが、これは人間による食事での摂取量増加の結果が完全に解明されてはいないからである。そのため、そのような製品の評価は、代謝、その他の食品組成との相互作用、長期的生理的作用のみならず、高摂取量の安全性に関する基本情報を作成する必要があるため、複雑となっている。上述は、これらの製品に対して異なる基準あるいはより高い基準が適用されるべきであるとする勧告として理解されてはならない。これは単に、人間の栄養での必要性がすでに確立されて久しい成分では証拠や経験が利用可能となっているが、これらの製品の多くではそれと同程度には利用可能とはなっていない、ということを単に認識しているだけである。この問題は、それぞれの固有な例を事例ごとに考慮しなければならない必要性を指摘している。
4.2.3 事例研究:脂肪酸含有量が改変された植物油に関する規制による検討
栄養あるいは機能性を向上させるために脂肪酸組成を改変した植物油の例はいくつかある。各製品で実行された安全性アセスメント手続きを考察することは、その他の栄養改善された製品に関して確立可能な手続きを明示する方法として得るところが多い。
調理用および揚げ物用油を高オレイン酸含有大豆油で置き換えることによってもたらされる可能性のある健康上の結果が、市販前の安全性検討で考察された(Health
Canada
2000、FSANZ2001)。この油はオリーブ油と組成が類似していることが注記された。改変油による置き換えが食事全体での脂肪酸摂取量にもたらす影響が、英国消費者の消費データに基づいて計算された(FSANZ
2001)。特に関心を集めたのは、脂肪酸の総摂取量が最も変更されることになる、消費量が最大極にある消費者に対して、この置き換えが与える影響の推定であった。ありえる「最悪のケース」であるリノール酸消費の29%の低下は、心血管系疾患の発生率に無視できる程度の作用を及ぼすが、同時に起こる飽和脂肪酸の摂取量の低下は、健康に対しより顕著な有益効果をもたらす見込みがある、と結論された。一不飽和脂肪酸の摂取量が、飽和脂肪酸およびn-6多価不飽和脂肪酸を代償として増加するだろうとも結論付けられた。このように、オレイン酸含有量が高くなるよう改変された大豆由来の油による食事での置き換えは、オリーブ油で代替した場合と同等の作用を食事にもたらす。栄養学者の中には、そのような食事の変化が「地中海」食の健康上のさらなる有益性を達成させるための方法であるとしてこれを支持しているものもいる(Simopoulos
2001)。
高ラウリン酸含有カノーラでは、ココナッツ油など、食事における他の高ラウリン酸含有油の置き換えから生じる健康上の懸念は、まったく提起されなかった。栄養素吸収阻害物質の濃度は、従来カノーラで検出される濃度と同程度であった(Health
Canada 1999)。
ソリン油のGRASの主張では、ソリン油がヒマワリ油を完全に置き換えるという仮定のもとに、食事での影響が算出された(FDA
1998)。ソリンは欧州共同体でかなりの量が消費されるが、その検討で新規食品および加工に関する英国顧問委員会(ACNFP)は、使用期限がより長い改変油の使用が食事で及ぼす影響に対する懸念を年次報告で表した(ACNFP
1997)。
このアマニ品種由来の食品成分が新規と見なされるか否かとは関係なく、使用期限を延長するために油のα-リノレン酸濃度が低下されていることをACNFPは問題とした。酸敗性を予防するために脂肪酸濃度を低下させることにより、油のn-3脂肪酸とn-6脂肪酸の比率が大幅に変更された。ACNFPは、脂肪酸の比率をこのように改変することが、公衆衛生に対し長期的な効果を持つ可能性がある、と懸念した。委員会は、この問題が固有のものではなく、使用期限を向上するため従来の育種法技術を用いて、栄養上有益な脂肪酸の犠牲のうえに植物油の脂肪酸比率を変更する傾向が大きくなっている、と認識していた。脂肪および油脂のこのような方法での組成改変の望ましさに関する一般的疑問は、COMAに差し向けられるべきである、ということで同意された(4.3)。[COMAは、食品および栄養政策の医学的見地による委員会で、英国食品安全局に属する]
ACNFPの焦点は、油組成の変化が食事および健康に及ぼす影響に向けられていたのであり、育種で使用された過程(従来法の育種に対するバイオテクノロジー)に向けられたのではない、ということは強調されてしかるべきである。
カナダの管轄官庁は、バイオテクノロジーおよび変異育種を通じて改変された植物を「新規形質を有する植物」として取り扱っており、新規品種の作成過程によって区別していないことも注意しなければならない。従来法で育種され油組成が改変された作物品種は、それゆえ、カナダではバイオテクノロジーを用いて作成された作物と同一の承認手続きの対象となっている。
従来法の育種を通じて生産された高オレイン酸含有カノーラおよび低リノレン酸含有大豆の品種は、食品としての使用がカナダで承認されている。これらの事例では、毒性検査は必要であるとは見なされず、その理由はこれらの油とその他の従来食品由来の油との類似性、またアレルゲン性の問題を引き起こす恐れがあるタンパク質がこれらの油から除去されていたからであった(Health
Canada 2000、2001)。
上述の例は、臨床試験および動物実験を実際の食事と比較することの限界を明確に示している。日常生活では、ヒマワリ油がオリーブ油を100%置き換えてしまうことは起こりようがなく、いくつかの供給源が総油脂摂取量に寄与しているため、このような違いは観察されることがないだろう。ボックス4-1で示したオリーブ油と高オレイン酸含有ヒマワリ油の比較は、適切な栄養アセスメントが食品の単一多量栄養素組成での変化のみに焦点を当てることは不可能であることを明解に示している。引用した例では、二つの油がオレイン酸含有量では同等でありながら、脂肪酸含有量、トリグリセライドの構造、その他の構成成分の含有量での有意な差により、動物および人間での試験ではこれら二つの油で生理学的作用に違いが現れた。一般的に、栄養アセスメントでは、当該食品の消費を通じて食事あるいは健康に顕著な役割を果たすことが知られている食品のすべての構成成分について、その含有量の変化を考慮しなければならない。いずれの栄養素を分析するべきかは、その食品が当該栄養素の食事における顕著な供給源であるか否かに依存し、それゆえアセスメントは事例ごとに行われなければならない。
表4-1 |
高オレイン酸含有大豆の毒性および栄養検査の概略 |
作物 |
検査 |
期間 |
形質 |
参照文献 |
大豆 |
組成 |
近似組成、アミノ酸、脂肪酸、ビタミン、ミネラル、イソフラボン、スタキオース、ラフィノース、 トリプシン阻害物、フィチン酸塩、レクチン |
FSANZ 2001 |
|
大豆粉 |
ブタ給餌 |
17日 |
体重増加、飼料変換 |
FSANZ 2001 |
大豆粉 |
乳牛給餌 |
性能、牛乳の脂肪組成 |
CFIA 2001 |
|
大豆粉 |
家禽類給餌 |
18日 |
体重増加、飼料変換 |
FSANZ 2001 |
大豆抽出物 |
大豆アレルギー性患者の血清に対する反応 |
放射性アレルゲン吸着試験(RAST)、阻害RAST、免疫ブロット法 |
FSANZ 2001 |
|
大豆 |
食事での摂取量に与える影響の推定 |
ショートニングおよび揚げ物用油が完全に高オレイン酸含有大豆油で代替された場合の、特定クラスの脂肪酸の摂取量 |
FSANZ 2001 |
4.3 栄養組成の変化が与える影響の評価における問題
4.3.1 組成分析
栄養素含有量の変化は組成分析で定量化することができる(詳細は第3章および第6章を参照)。特定の栄養素を改変された濃度で含有することを目的として植物品種が開発された場合には、これらの特定栄養素の意図された改変が詳細に記録されていなければならない。しかし、ひとつの栄養素での顕著な構成改変が、組成でのさらなる変化をもたらす可能性はありうる。そのため、多量栄養素および微量栄養素組成の分析が、栄養素含有量で付随する変化が生起していないことを記録する目的、あるいはこれらの変化を同定する目的で実行されなければならない。詳細な栄養素評価の分析物のリストを下に挙げた(OECD
2002)。
図4-1 |
米国でのカロリーおよび栄養摂取量の分布 1994〜1996年 |
4.3.2 栄養素組成の変化における栄養上の有意性の決定
食事での摂取量に及ぼされる影響の分析では、含有量で「有意」な変化が発生したすべての栄養素が含まれていなければならない。そのため、この文脈における「有意」の同意を得た定義を作成する必要性があるだろう。第3章でまず定義されたように、「有意」という用語は、新品種での当該栄養素の組成における単にパーセンテージで定義された変化ではなく、食事による栄養素の摂取量の変化で健康、成長、発育に意味ある影響を及ぼすものを指すものとして、ここでは使用されている。
新たに開発された食品あるいは食品成分の導入による、特定栄養素の食事での総摂取量に対する影響が、当該栄養素に関する勧告一日許容量(RDA)(IOM1989)の15%を超えた場合に、健康での結果を評価するべきである、ということが提案されたことがある(ILSI
1995)。措置のための特定の閾値を設定することには魅力があるが、各特定の事例において栄養組成での受容できる変化限度を考慮する必要性があるだろう。15%のような単純化したルールは、サンプル間で任意の栄養素の濃度にばらつきがあり、また個人間で食事での摂取量が顕著に異なるため、十分ではない。特に、食事での摂取量には人口集団内で大きなばらつきがある。栄養素の食事での含有量低下がRDAの15%であった場合、人口集団内の十分に栄養を摂取しているメンバーではたいした結果をもたらさないかもしれないが、食事がボーダーラインにあるか当該栄養素がそれより低いメンバーでは有害となるだろう(図4-1および4-2を参照)。それゆえ、組成での変化の影響では、摂取および栄養状態のいずれもが関与してくる。措置を行うための15%の閾値は、低すぎるか、高すぎる可能性があると考えられる。栄養濃度での改変がもたらす影響は、15%のようななんらかの措置レベルをあらかじめ設定せず、事例ごとのレベルで判断する方がより適切だろう。
4.3.3 食品の栄養素含有量の変化における有意性の決定
任意の食品作物、例えばトウモロコシ、小麦、大豆などで特定の栄養素の平均濃度値を決定することは難しい。特定の栄養素含有量での大きなばらつきが、同じ食品の異なるサンプルから得られることはごく普通である(USDA
2002a、ILSI2003)。同じ作物植物の別の品種では、組成が顕著に異なっていることが観察されている。同一品種の代表組成分析でもばらつきがあり、これは地理、土壌、気候、収穫、収穫後の取扱いなどの環境作用による。ビタミンCのように安定性が低い栄養素では、含有量で数倍にもわたるばらつきがあることも珍しくない。表4-2のデータは、害虫から保護されたトウモロコシの特定品種の組成、および組成の文献での値との比較を提示している。タンパク質、脂肪、灰分、繊維の値は、2倍以上のばらつきがある。
表4-2 |
Btトウモロコシの組成と文献およびその他のデータベースの数値との比較例 |
栄養素 |
Btトウモ |
文献 |
ILSI作物組成 |
USDAデータ |
OECD |
“市販” |
“範囲” |
タンパク質 |
13.1 |
6.0~12.0 |
6.15~17.53 |
(10.34) |
10.5 |
9.6~12.7 |
6~12.7 |
脂肪 |
3.0 |
3.1~5.1 |
2.70~4.87 |
(3.74) |
5.3 |
3.6~5.3 |
3.1~5.8 |
繊維 |
2.6 |
2.0~5.5 |
1.82~11.34 |
(3.85) |
N/A |
3.7 |
3.0~4.3 |
灰分 |
1.6 |
1.1~3.9 |
0.62~6.28 |
(1.45) |
1.34 |
1.28~1.5 |
1.1~3.9 |
Btトウモロコシおよび文献数値は、AstwoodおよびFuchs(2001)、ILSI作物組成データベースからのデータ(範囲および平均が与えられている)、USDA栄養データベースSR-15(n=4〜7)、市販および文献(範囲)数値はOECD同意文書(OECD 2002)データから。N/Aは、入手不可を表している。
4.3.4 人間の食事でのばらつき
食品の栄養上の適切性を完全に理解するためには、本質的に非常にばらつきのある人間の食事およびその結果としての栄養状態でのばらつきが考慮されなければならない。人間の食事での摂取量データは、通常は慎重にデザインされた食事摂取量調査を通じて採集される。摂取量調査は、被験者の摂取に関する自己申告に頼る必要性ばかりではなく、多くの方法論的課題を提起する。最も利用価値のある調査は、大規模な人口学的に代表となる人口集団を長年にわたって繰り返し調査し、同時に多数の環境的、社会的、健康上のパラメータを追跡するものである。プロトコルは、近年、顕著に向上した。しかしながら、信頼できる包括的な食事での摂取量データは、米国や英国などごくわずかな国についてのみ利用可能である(WHO
2002)。
近年国連は、世界各地での栄養状態および健康の定義について重点を置いており、特に食品の不安定性および「リスクのある」人口集団に注意を向けている。現在ではほとんどの国で、地域および下位人口集団における最も重大な栄養失調が詳細に記録されている。不十分なエネルギー摂取量は、しばしば特定栄養素の欠乏も伴っているが、いくつかの場合にはエネルギー摂取量は適切であっても特定栄養素の栄養失調が蔓延している。世界各地において、数多くの下位人口集団が栄養失調のリスクにある栄養素リストでは、ビタミンA、鉄分、ヨウ素、タンパク質の欠乏が主なものを占めている(FAO
2002、WHO 2002)。
4.3.5 食事での摂取量の調査
米国では、人間の食事での摂取量データは、全国衛生および栄養検査調査(NHANES、CDC
2002)および個人の食品摂取量の継続的調査(CFSII、USDA 2002b)データベースで報告されている(ボックス4-2)。
ボックス4-2 米国での平均栄養摂取量 NHANESおよびCFSの調査で測定された米国における基本栄養素の平均摂取量は、全体としては適切であると思われ、ほとんどの栄養素の消費量が1日推奨所要量を上回っている(RDA、表4-3)。しかし、平均摂取量の数字は個々の摂取パターンのばらつきを反映しない。図4-1および4-2のデータは、人口の22%以上でビタミンAの摂取量がRDAの50%以下であり、また人口の20%がビタミンEおよびカルシウム摂取量がRDAの50%未満であることをはっきりと示している。一般的に、人口の10〜20%は任意の栄養素の摂取量がRDAの50%未満であり、25〜50%では200%以上を摂取している。摂取量での5〜10倍の差は、珍しくない。 |
表4-3 | 米国でのカロリーおよび栄養の平均摂取量 1994〜1996年(CDC 2002) |
栄養素 |
RDAの%で表示した平均摂取量 |
カロリー |
88 |
タンパク質 |
161 |
ビタミンA |
121 |
ビタミンE |
94 |
ビタミンC |
179 |
チアミン |
137 |
リボフラビン |
143 |
ニコチン酸 |
144 |
ビタミンB6 |
106 |
葉酸 |
167 |
ビタミンB12 |
276 |
カルシウム |
92 |
リン |
140 |
マグネシウム |
101 |
鉄 |
137 |
亜鉛 |
86 |
全国栄養監視および関連調査条例(1990年)は、2つの米国での調査を1つの包括的な食品摂取量報告システムに統合することを要求した。これらの調査で報告されたデータは、数千に渡る個々の食品、主な食品群、特定の多量栄養素および微量栄養素の摂取量の推定を可能にした。栄養素、食品、食品群の摂取量の範囲は、1日摂取量推定値でのグループに関連したばらつきを明らかにするため、年齢、性別、健康状態、社会経済的状態、地理、人種などの様々な基準によって分類することができる。データの分析により、特定栄養素について栄養失調のリスクがある集団(すなわち、妊婦での葉酸、高齢者でのビタミンB12、菜食主義者での鉄分)を同定することも可能である。食品の栄養組成の改変が及ぼす可能性のある健康上の影響を予測するうえで、主要な問題は、もっとも重要なグループ、つまりリスクがあるか、極端な消費を代表しているグループが、しばしば正確に予測することの最も困難なグループであるということである。最近の研究では、特定の下位人口集団の摂取量が正確に予測されるような統計的モデル法の開発に焦点が当てられている。モンテカルロ・シミュレーション法(不確実な変数に対する値を無作為に何度も生成する)は、その例の一つである。行動の特徴づけと組み合わせることで、これらのモデルは極端な消費のパターンを同定するうえで特に有用となる可能性がある。また遺伝子および生化学的な違いが、人間の食事に対する変化のばらつきに結びついていることは、ますます明確に確立されてきている。将来には、行動および遺伝子のタイプ分けが、バイオマーカー分析と同様、摂取量および健康上の結果の両方を予測するために使用されるかもしれない。さらには、各個人に対して勧告される最適栄養素摂取量リストを、予防医療の一環として作成することも可能になる日が来るかもしれない。
4.3.6 総食事での比較と比べた単一形質
単一栄養素での改変が健康に及ぼす可能性のある影響のアセスメントは、新規品種が食事の適切性に及ぼす可能性のある影響を評価するうえで必要条件ではあるが、十分な情報ではない。ビタミンB12欠乏のマスキングで果たす葉酸の役割は、個々の栄養素の摂取量ではなく食事を評価する必要性を明快に示す代表的な例である。既に述べたように、個々の新品種での栄養組成の変化が健康に与える影響は、変化が「有意」であると思われた場合には、すべてアセスメントしなければならない。包括的分析は、食事の中で新規品種を含有している各食品の割合に組成の変化を乗算したものが含まれていなければならない。これらの寄与のそれぞれを総計し、食事全体での摂取量を決定する。この過程は、すべての栄養素に関して繰り返される必要があり、それにより単一栄養素の組成での変化が健康に与える可能性のある影響を、全栄養素の摂取量の文脈で評価することが可能になる。
いくつかの新規食品は、脂肪酸、アミノ酸、特定のビタミンなど特定の成分に関して改変されているだろう。栄養組成で付帯的な変化が品種に存在しない場合には、このような改変は特定栄養素の摂取量を増強する手段として見ることができる。飽和脂肪酸の一不飽和脂肪酸での代替、あるいは非必須アミノ酸の必須アミノ酸での代替では、栄養品質を向上させることが可能である。
特定栄養素におけるバイオ強化の手段のひとつとして従来作物を栄養強化作物で代替することが提案されている場合、組成の改変が当該栄養素に関する人口集団の栄養状態の向上をもたらすことが示されなければならない。その他の強化食品と同様、事例ごとに強化栄養が生物学的に利用可能であることを示すために、消化性および吸収性調査が適切となる可能性がある。すべての起こりうる拮抗作用、例えばアミノ酸取り込みの競争なども、アセスメントされなければならない。最後に、新規食品の摂取量増加が、同一栄養素の他の供給源を単に置き換えるだけでなく、また食事からの他の栄養素を部分的に代替するのでもないことが明示されなければならない。
図4-2 |
米国でのビタミンおよびミネラル摂取量の分布 1994〜1996年 |
4.4 想定事例の研究:α-トコフェロール濃度を強化した大豆油
植物を遺伝子改変し、ビタミンEと栄養的に同等であるα-トコフェロールの濃度を上昇させて発現させることが可能である(DellaPenna 2001)。仮想的な事例研究であるから、大匙1杯(14g)の油のα-トコフェロール含有量を2mg増加させるような改変が大豆で可能であると仮定しよう。そのような製品の安全性および栄養の価値に関し、答える必要がある疑問点は次の通りである。
● 組成変化の範囲
● 人間の食事での摂取量の推定値
● 人間の栄養および健康への影響
4.5 結論および勧告
栄養改善されたGM食品は、市販前の安全性アセスメントを多くの国で完了し、すでに市場に導入されている。従来法の育種を通じて作成された新規食品の評価に適用されたこれまでのパラダイムは、バイオテクノロジーの応用を通じて作成されたものにも適用可能であると思われる。組成および食事での摂取量に関する包括的で堅牢性のあるデータベースが利用可能となることで、栄養改善された食品の評価が大いに促進される。新規製品として市場に導入された栄養改善された食品あるいは成分の事例では、栄養組成での改変が食品製品ラベルにおいて明示されることが規制により要求されると仮定されている。歴史的に、栄養改善された食品は、市販前の安全性アセスメントの対象とされてきたが、組成改変の性質に関する言明を越えて効能を明示することは求められてこなかった。このパラダイムを変更するための安全性あるいは健康に基づいた合理性は、まったく同定されなかった。栄養改善された製品について、健康にもたらされる可能性のある有益性をマーケティングで主張したいと望んでいる開発者は、その主張に関するさらなる科学的支持を展開したいと望むかもしれない。広告での主張を裏付け、バイオアベイラビリティを実証するため、そのような証拠を必要とする行政管轄体もあるだろう。
勧告 | 4-1. |
栄養改善された新規の食品は、これらを開発するために使用された技術を問わず、いずれも栄養および健康に及ぼす可能性のある影響について評価されなければならない。主要な焦点を、個々の食品あるいは成分の組成から、個々の食事の組成に移行することが重要である。 |
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勧告 | 4-2. |
食事での摂取量を変化させる組成での改変は、食品あるいは食品成分の開発において意図された目的を問わず、評価されなければならない。 |
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勧告 | 4-3. |
新規食品の導入が消費者の大規模で代表的な部分に対し、栄養摂取量に有意で害のある変化をもたらさないことを明示するために、市販前アセスメントが必要とされなければならない。 |
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勧告 | 4-4. |
人間の食事での摂取量データおよび食事での摂取量予想モデルが、すべての対象となる人口集団およびリスクのある人口集団について作成されなければならない。 |