この報告書は、バイオテクノロジー分野における米国の競争力の現況について説明し、バイオテクノロジー製品の自由市場開発を支援する政府政策の目標について概述する。同時に、科学とテクノロジーへの支援、危険を理由とする保健衛生上の安全規制、資本源及び財源の供給と知的財産権の保護、と言う3つの重要な政策分野についても検討する。
近代バイオテクノロジー −ニューフロンティア
バイオテクノロジーは、さまざまな生物学的プロセス1を使い、生物またはその成分から製品を作り、サービスを提供する技術である。バイオテクノロジーの歴史は、人類が最初に微生物を使い、パンやビール等の食品を製造したり、希望する特性を段階的に選択することで植物及び動物を変異させた数千年前から始まった。1970年代から1980年にかけては新バイオテクノロジー革命が起き、科学者は、生物の遺伝的体制を精密に変更する技術を習得した。これを境に希少蛋白質の大量生産が可能となった。現在では、従来の品種改良よりもはるかに精密な方法で、植物や動物を改変し、希望する特定の遺伝的特性を伝えることが可能である。
バイオテクノロジーの豊富な可能性
バイオテクノロジーは、医薬、食料品、農作物、エネルギー及び環境浄化の分野において、現状を打破する有望な新技術である。科学者は、この新しいバイオテクノロジー技術により、上記の分野で革命が起きると予測している。バイオテクノロジーは、今までは不治の病とされてきた遺伝病を治療できる可能性をもたらす。また、肉、乳製品、果物、野菜等を含め、より良質で健康的な食料品を提供し、有毒殺虫剤への依存度を大幅に減らし、殺虫剤、除草剤及び用水設備を改善する。環境学者は、生態系の破壊を抑えながら、より効率的に原油流出及びその他の環境危険物質の浄化手段として、バイオテクノロジーの可能性に期待をかけている。
保健衛生
バイオテクノロジーを基礎とした驚くべき新医療が、毎日のように登場している。その中でも最も新しい先進技術は・ヒトの細胞に遺伝物質を挿入する遺伝子療法の開発に基づいている。このような新治療法を使い、免疫不全症(重複複合免疫不全症=SCIDS)に侵された小児の白血球細胞に矯正遺伝物質を挿入し、感染症に対する細胞の抵抗力を復元する実験が行われた。進行した悪性黒色腫の患者を助けるため・同様な遺伝子挿入療法が試みられている。これが成功すれば、他の癌、血友病、鎌状赤血球貧血、エイズ等の疾病にも類似した治療法を開発できる可能性が出てくる。もう1つの例として、嚢胞性繊維症に関する遺伝基本原理の最近の発見がある。この研究は、この嚢胞性繊維症の治療手段の可能性を示唆している。
バイオテクノロジーは、新薬と身体の疾患部に薬剤を輸送する手段を提供する。現在までに食品医薬品局田(FDA)は、以下の疾病に関する予防剤と治療を承認している。
B型肝炎(ワクチン;治療)
貧 血
糖尿病
急性心筋梗塞(心臓マヒ)
ヒト成長ホルモン欠乏症
エイズ関連カポジ肉腫(特発性多発性出血性肉腫)
網状細胞白血病
鼠径リンパ節腫
腎臓移植拒絶反応
新薬及び生物製剤の臨床実験例は、1,000件を超えている。この大多数は、癌または癌関連疾病に関するもので、15%以上がエイズまたはHIV関連疾病を対象としている。
バイオテクノロジーにより、製薬会社は、より純粋かつ効果的で簡単に使用可能な薬剤及び医療を開発できる。それを最も明確に示した例が、ヒトインシュリンの開発である。1982年以前、糖尿病の治療には豚及び牛の膵臓から誘導されたインシュリンが使用された。しかし、1970年代後半から1980年代初期にかけて、世界中でこの製品の供給不足問題が起きた。それと同時に、臨床的により純粋なヒトインシュリンを分泌させる遺伝物質を微生物に挿入するため、新バイオテクノロジー技術が開発された。現在では、このヒトインシュリンは、糖尿病治療のため大量生産可能となった。
バイオテクノロジーは、疾病の検出診断を容易にしている。驚異的な単純さと精度により、これらの診断方法は、さまざまな遺伝病及び遺伝関連病の発見に利用できる。これには、簡単に使月できて安価な家庭用妊娠診断キットから、従来の複雑な実験手順を簡略化する医師用試薬にまで及んでいる。現在、臨床実務で利用されているバイオテクノロジー製品を用いた臨床診断装置は、400種類を超えている。この中で最も重要なものが、エイズウイルスとB型及びC型肝炎ウイルスによる汚染から供給血液を保護する、血液製品の予検装置である。
農作物、食糧品及び食肉の生産
新バイオテクノロジーは、より速く、より精密に従来の技術と同じ利益を生み出すことができる。バイオテクノロジーの近代手段は、植物、動物及びその他食料品の栄養作用、風味及び外観を向上させる。例えば、トマトのある一定の特性を強化することにより、害虫への抵抗力を高め、化学殺虫剤の必要性を減らすことができる。また、農家から消費者に送られるまでのキズ物を減らし、品質の向上した果物を生産できる。企業は、特定のウイルス、害虫及び安全性の高い除草剤に対する抵抗力が強化されたさまざまな農作物の野外実験を行っている。開発中の例として、特定の栄養価が向上した大豆やトウモロコシ等の主食農作物と、飽和脂肪酸の少ない油産出植物が挙げられる。
チーズやヨーグルト等多数の加工品では、製造段階でバクテリアまたは酵素を使用しなければならない。科学者は、既存の食品用酵素を改変し、さまざまな新しい食品用酵素を分離し、また分離と精製を容易にするため、微生物に他の酵素をクローン化している。例えば、チーズの生産工程に用いられる酵素キモシンは、従来は牛から抽出されていたが、現在では特別に開発された微生物から作ることができる。この製品は、一般に認識された安全な製品として食品医薬品局からを得ている。
科学者は、発酵に用いられる微生物を遺伝的に改良し、多数の食料品及び飲料を製造している。微生物は、チーズ製造時の残余物等、従来では副産物として扱われた物を使い食品を製造する。現在、新しい着色料と甘味料が研究されている。研究者は、食品中の特異微生物病原体の迅速な発見と正確な識別を可能にする新プローブを開発している。
畜産分野ではバイオテクノロジーにより、豚の蛋白質−脂肪率と牛の牛乳生産高を高めるホルモンの開発が可能となった。加えて、人との場合と類似した方法で獣疫診断法と治療法が開発中で、その一部は市場に登場している。現在試験中のあるワクチンは、野生及び家畜における狂犬病の効果的で安価な管理にきわめて有望である。
エネルギー
新バイオテクノロジーは、エネルギー関係に多数応用できる。再生エネルギーの生産のため、微生物、変異植物、植物廃棄物、原料廃棄物、都市廃棄物、動物廃棄物、その他ガソリンや天然ガス等異なる種類の燃料を産出する再生資源の利用方法が研究されている。その例として、ガソリン代替燃料を生産する木材の利用、エタノールを産出する木材廃棄物製品樹皮とおがくず)の利用が挙げられる。その他化石燃料関連の研究は、原油回収の向上、石炭脱硫(クリーン石炭)、石炭から気体燃料及び液体燃料への変換を目的とした生物系の利用がテーマとされている。例えば、油井にある一定の微生物を加えることにより、それ以外では失われる原油を回収する方法が研究されている。この他にも、エネルギー生成過程の無駄を省き、エネルギー関連廃棄物を浄化するバイオテクノロジー応用法が探求されている。
環 境
新バイオテクノロジーは、環境浄化、代替化学薬品、鉱物回収等を果たす製品の開発に利用できる。
「バイオレメディエーション(バイオ修復)」は、環境浄化のため微生物を利用するプロセスである。例えば、ある微生物は、原油を「食べ」(分解)、副産物として環境上安全な脂肪物質を生成する。アラスカ州プリンス・ウイリアム・サウンド(Prince William Sound)とメキシコ湾で行われた細菌の実験では、海上、沿岸及び湿地帯における原油流出の浄化に微生物が有効であることが実証された2。バイオ修復はガソリンにより汚染された土壌の浄化にも使用された。これらの実験には非改変微生物が使用されたが、将来的にはバイオテクノロジーにより浄化機能が強化された微生物が利用される。
バイオテクノロジーは、工業、農業及び鉱業にとって環境上安全で効果の高い微生物を製造できる。これで特に有名なのが、害虫を駆除する微生物を採用した「生物合理的」殺虫剤である。一般的な例として、マイマイガの駆除に用いられるBT(Bacillus thuringiensis)が挙げられる。生物合理的殺虫剤は、素早く無害成分に分解し、化学殺虫剤にまつわる残留問題を避ける。BT等の既知の生物殺虫剤から遺伝物質を挿入することにより、害虫に対する抵抗力の強い種子を生産できる。同様に、渇水抵抗力の高い植物の生産のため、種子の改良も可能である。下水汚物の微生物分解は、汚物処理工業の実質部分である。微生物は、鉱物回収にも利用されている。例えば、ある微生物は、銅鉱石を精練できる。
米国 −バイオテクノロジーの世界的リーダー
新バイオテクノロジーの基礎科学の多くは、米国のバイオテクノロジー研究者の手によって開発された。米国は、今後も最新のバイオテクノロジー製品の商業化において、世界をリードし続けるであろう。新バイオテクノロジー技術により、さまざまな産業が生まれ、現在米国だけでも新規に設立された会社が400社以上、バイオテクノロジー分野に多様化した既存会社が200社以上、卸売会社が200社以上に上る。登場してからわずか15年後、米国の新バイオテクノロジー産業は、医薬品、診断試薬及び農作物を生産し、その金額は20億ドルに迫っている。長期的に見ると、日常生活へのバイオテクノロジー製品の浸透により、バイオテクノロジーには規模及び重要性において、コンピュータ産業を超える可能性がある。
外国政府は、経済発展に不可欠な要素としてバイオテクノロジーを政策対象に入れ、特定の分野で世界をリードする米国に対して、本格的な挑戦を始めている。例えば、日本も、新バイオテクノロジーで世界をリードする立場にあり、過去に半導体産業及び家電産業で行ったと同じ方式で、今度は医薬品の応用分野を標的としている。日本政府は、日本企業がもつ発酵技術の伝統的な長所を生かした商業化競争前の研究及び応用研究と製品開発の援助に相当な力を入れている。さらにつけ加えれば、欧州各国の新バイオテクノロジー分野への欧州地域の投資は米国に迫る勢いで、現に米国はモノクローナル抗体の製造では欧州にリードされている。
連邦政府の役割
米国政府の本来の役割は、(1)現在市場からは十分に支えられていない活動が私的利益をはるかに超える社会的便益をもたらすとき、必要な支援を提供し、(2)正しい市場機能を妨げる人工的な障壁を排除することである。考えられる政策には、安全性及び国民の信頼の確立、科学教育及び訓練への支援、基礎研究の継続と改善、特に生産スケールアップ方法を含めた総合応用性をもつ応用研究の支援、民間部門への政府後援研究成果の移転、新技術の財産権を認定、保護しながら不要な規制負担の軽減、安定した金融市場での企業経営の達成等が挙げられる。
米国政府の政策措置により、米国の研究機関及び民問企業は、バイオテクノロジー誘導生物の開発における世界のリーダーとしての役割を堅持、強化し、新しい安全な製法に基づく実験により、社会に恩恵をもたらす革新的なバイオテクノロジー製品を開発、製造できる。
これらの目標は、研究の助成、広範な製品の開発、販売及び使用の規制、バイオテクノロジー産業に影響を与える金融政策を担当する各省庁によって達成される。バイオテクノロジーの安全性に関する取締りの指針は、1986年「バイオテクノロジー規制の調和的枠組み」(以下調和的枠組みと呼ぶ)の原則を基礎とする3。
新しい遺伝子操作技術の利用における安全性と妥当性から考えた場合、倫理も連邦政府の課題の1つである。新バイオテクノロジー研究及びバイオテクノロジー製品開発/利用からほぼ20年が経過し、安全が適切に維持されることが保証された。この経験と、科学者、政策当局者及び国民による熟慮により、従来の方法に適した倫理的アプローチが、同じように新技術にも適用するという見解が導き出された。植物、動物及び微生物の改変操作は、重大な便益をもたらす性質に改善するときに許され、危険並びに有害な性質を生み出す又は増大するときには実施してはならない。人に対する遺伝子療法等特別な研究は、その応用が癌やエイズのような既知の衰弱または致命的な遺伝症や疾患の治療に限定されるように慎重な配慮のもとに実施されている。
1 バイオテクノロジーは1つの科学分野だけでなく、分子生物学、構造生物学、分子遺伝学、免疫学、細胞生物学、生化学工学、蛋白工学、従来の品種改良技術等、多数の関連分野から構成される。
2 EPA(米国環境保護庁)、Alaskan Oil Spill Bioremediation Project-Update, July 1990.
3 51 FR 23303, June 26, 1986