Françoise Dosba、R. Bernhard著
A. サクラ属の特性
a) 原産地;多様性の中心
サクラ属は、ほとんど全ての品種が北半球原産である。Prunophora亜属およびCerasus亜属は、ヨーロッパ、東アジア、北アメリカの3ヵ所が原産地であると思われる。Amygdalus亜属の原産地は明らかに2ヵ所あり、西アジアおよび東アジアである。
b) 主要な産地
表17.1に、サクラ属の主な果物に関する世界各地での生産情報を示した。
c) 分類学的地位
サクラ属は非常に大きな属であり、植物学者は70〜400種をこの中に含めている。一部は観賞用であるが、一般的に認められている5亜属のうち3亜属が核果のために生育されており、すなわちPrunophora(プラムおよびアンズ)、Amygdalus(アーモンドおよびモモ)、Cerasus(サクランボ)である。サクラ属の品種に関する簡便な分類を添付文書に示した。
d) 遺伝学および細胞遺伝学的特性
サクラ属の基本的な染色体数は8であるが、一部のものは16〜64の間の染色体を持っている。雌性の稔性は3倍体および5倍体では低い。
交雑は、亜属の内部では比較的に簡単で、ばらつきがあるとはいえ満足のいく稔性のある雑種が通常は得られる。異なる亜属での雑種は一般的に不稔であるが、一部はある程度の雄性の稔性を示すため親株として使用することができる。
表17.1 主要産出国によるアンズ、サクランボ、モモの世界生産(千トン単位)(1989〜1991年の3年間より平均を算出)
総生産 |
輸 入 |
輸 出 |
生での消費 |
加 工 |
回 収 |
|
アンズ 欧州共同体 北半球 南半球 小計 |
550 1,089 123 1,762 |
21 22 43 |
73 81 4 158 |
354 523 30 907 |
128 490 89 707 |
16 17 33 |
サクランボ(甘果および酸果) 欧州共同体 北半球 南半球 小計 |
474 1,145 19 1,638 |
37 54 91 |
34 64 4 102 |
365 710 11 1,086 |
112 425 4 541 |
|
モモおよびネクタリン 欧州共同体 北半球 南半球 小計 |
3,546 5,714 643 9,903 |
73 185 3 261 |
596 667 62 1,325 |
1,799 3,208 270 5,277 |
588 1,389 310 2,287 |
636 635 4 1,275 |
総計 |
13,303 |
395 |
1,585 |
7,270 |
3,535 |
1,308 |
出典:園芸生産物レビュー、1991年11月 |
e) 現在の最終使用用途および過去の使用用途の変遷
果実を目的に生育されているサクラ属品種の多くは、同一種内での雑種で原産も地理的に広範にわたる。これらの雑種は、一部は他のものよりも古いが、いずれにしても集団選抜、クローン化、雑種形成により改善されてきた。
栽培プラムの木は、少なくとも一部の事例では、P. spinosaとP. cerasiferaの交雑により得られたと言われてきているが、これには議論の余地がある。酸果サクランボは、P. aviumおよびP. fruticosaに遡ることができる。ニホンスモモは、P. salicina種から派生したか、この品種と他のヨーロッパ種、例えばP. cerasiferaやあるいはより一般的な北米品種(P. munsoniana、P. angustifolia、P. hortulana)との雑種から派生した。「黒」アンズはP. armeniacaとP. cerasiferaに、そしてプラムコットはP. armeniaca、P. hortulana、P. angustifolia、P. munsoniana、P. subcordataに遡ることができる。
台木として生育された種および品種は、まず良好に順応した自然発生的な地方型から選抜され、種子および接木によって増殖された。現代では、栽培品種台木は、改善された系統やクローン、あるいは最近増えているのは種間あるいは亜属間雑種で栄養生殖的に増殖されたものから選抜されている。
栄養生殖の増殖技術の進歩は、それが園芸であれ生体外であれ、台木育種家たちに次のものと関連するなんらかの問題を解決すための大きな可能性を提供した。
- 土壌、気候、あるいは任意の害虫/植物毒素性の環境(土壌枯渇)に対する順応 - ある程度発達した形の木の創造による果樹園の変化(矮小化あるいは急成長台木) - 接木品種での高生産性あるいは高品質の果実作物 花のために生育される品種は、さまざまな亜属の品種、その突然変異型(P. persica、しだれ型、赤花、モモ花のアーモンド木)あるいは種間雑種(P. serrulata、P. pseudocerasus、P. cerasifera、P. tenella、モモ/アーモンドの雑種で薬草医からの「モモの花」の求めに応じて生育された)などから産生される。
生殖のメカニズム
有性生殖が一部の育種台木の増殖で使用されている。
- モモの系統P. mahalebとアンズ(自家受精) - 自家不和合性あるいは雄性不稔で管理されたF1雑種種子(雑種セント・ジュリアン、雑種野生サクランボ) 有性生殖は、事実上今日では果実のために生育される品種の増殖方法としては放棄されており、台木のためには使用されるが、選抜手続きは長期にわたりかつ費用がかかる。
栄養生殖による増殖が一般的に広まっており、現代では技術の進歩により、種内雑種あるいは種間雑種でもそれが関心の対象になることがわかり次第、増殖可能となっている。
生活環のための環境上の必要事項
a) サクラ属の分布拡大に対する気候的制限
果実品種での改善は、それにともなって栽培地区に関する明らかな変化をもたらした。過去50年間、例えば、モモ品種での改善では、寒冷気候に対する枝や特に根の耐性が高まるにつれ栽培地区が北へと広がり(カナダ、ポーランド)、また蕾時期における冷温の必要性が低減された為に南へと広がった(フロリダ、南アフリカ、地中海南部)。しかしそれでも気候条件はさらなる拡張に対する障壁として作用している。
b) サクラ属の分布拡大に対する生物学的制限
特定の核果では、不十分な日照のために栽培が制限される場合がある(フランス西部のアーモンド、レユニオン島のモモ)。大西洋沿岸(フランス、ポルトガル)では、大気の高湿度により、赤腐れ病やバクテリアによる病害が多く、このためいくつかの石果作物(アンズ、プラム、酸果サクランボ)の生育が妨げられている。しかし、抵抗性あるいは低感受性の資源は存在している。
B. 現行の育種の実践および品種開発の研究
a) 主要な育種技術
i) 生殖質の維持管理
サクラ属の遺伝子資源の保全は、個々の国、さらには地区の責任である。フランスでは、この保全作業のほとんどは、国立農業研究所(INRA)およびポルクロールの国立植物標本温室によって行われている。地区レベルでの保存と全国的なデータコレクションを組み合わせた計画が提案されているが、いまだに完全には遂行されていない。ヨーロッパ全体の連携はIBPGR内にあり、サクラ属のデータベースがこの目的でスウェーデンの北欧遺伝子バンクに設置されている。このデータベースの管理は、1992年からボルドー(フランス)のINRAへと委譲される。このデータベースはヨーロッパ全体を対象に調整されるだろう。
ii) 基本育種
INRAでは、高い目標、そしてほとんどは長期的な目標に基づいて増強作業を実行してきた。その例としては、モモの木における育種方法の改善、さまざまな害虫に対する抵抗性の向上、より高品質および高生産性を得るための台木の研究などがある。サクラ属の栽培品種を向上させるため、適切な作物栽培学的な特性が、特定の生態型あるいは突然変異型、また自生野生品種や外来野生品種を使用して得られているし、これからも得られるだろう。
アーモンドのアープーリア生態型の特性である晩期開花および自家和合性、モモのインド生態型およびP. davidianaが示すMeloidogyneセンチュウへの抵抗性、P. cerasiferaおよびそれとモモとの雑種で発見された白紋羽病への抵抗性などを使用して、既にかなりの成功が納められている。
改善の余地は特に野生種に関してまだまだ大きく残されているが、しかしそのためには最長20年の時間を視野に入れた長期から超長期の研究プロジェクトが必要とされる。iii) 品種開発
新しい果実品種の育種は、通常は相補的な表現型同士の交雑を意味する。経験のある育種家なら価値ある特性を引き渡すことができる親をいかにして見つけるかを知っているだろう。果実品種に関する量的遺伝子学の発達のおかげで、主要な量的形質の遺伝率はより精密な科学となった。
新しい方法も考えられており、例えば、Bacterium pruniに対して抵抗性を示す品種の変異型は、感染に対して抵抗性のあることが判明したプロトプラストの培養から得られている。単離した器官や細胞における管理下での突然変異生成も、価値ある特徴を生み出す可能性がある。
遺伝子工学を通じた遺伝子の導入も、サクラ属に関して使用され始めている。例えば、Plum poxウイルスのキャプシドタンパクの遺伝子コードは、すでにプラムとアンズの木で若い組織に導入されている。再生した胚も1992年に得られている。
最後に、遺伝子強化プログラムにおける分子生物学の利用では、関心のある量的形質遺伝子座(QTL)を見つけ出すことで、特に幼木段階では発現されない作物学的な特性に対する分子マーカーの導入がもたらされ、それによる育種方法の向上が期待されている。
表17.2 さまざまな品種での重要な選抜目標
目標 |
モモ、ネクタリン、 |
栽培スモモ |
ニホンスモモ |
サクランボ |
アンズ |
アーモンド |
果実サイズと外観 |
X X X ? 葉巻病 Plum pox Fusicoccum べと病 |
X X X ? X 赤腐れ病 Plum pox サビ病 |
X 斑点細菌病 ACLR1 |
X X X X X 斑点細菌病 赤腐れ病 (酸果サクランボ) |
X X X ? X Plum pox ACLR1 斑点細菌病 赤腐れ病 |
X X X X 炭疽病 Fusicoccum 赤腐れ病 |
1. ACLR:アンズ白化葉巻病(マイコプラズマ) |
b) 主要な育種目標
目標は数多くあり、一部は焦点が広く、他のものはより細かく標的を絞っている。例えば、特定の生産地区における植物検疫上の問題の解決であったり、高消費の中心地近くあるいは土壌/気候が至適ではない条件で生育するある程度外来的な作物の開発を目指していたりする。
表17.2は、重要な栽培品種の目標を示している。技術的な進歩があったとはいえ、台木の向上でいまだに残されている広範囲な目標には、栄養生殖への適合性、可能であるならばその後の台芽を作る傾向がないもの、種苗場での作業および接木に好ましい特性(とげがない、枝が少ないなど)、さまざまな接木品種の使用が可能であること、などがある。
より特定的で、ある程度遠大な目標としては次のものがある。
- 接木品種での高生産性の達成 - 台木により誘導された強壮の範囲の向上と補足 - 基礎的な目標としてクロロシスと根の窒息に対する抵抗性の追求の継続。根の窒息に対する耐性により、さまざまな土壌の地平を開拓する能力が向上する - 土壌の最も脅威的なカビあるいはバクテリア、例えばPhytophthora、白紋羽病、クラウンゴール(Agrobacterium tumefaciens)に対する抵抗性の達成、あるいは感受性の低減 - 接木によって伝播する寄生虫(ウイルス、特にPlum pox)に対する抵抗性もしくは耐性があるか、その増殖を制限(MLO)できる育種台木の獲得 - 特定のセンチュウ(Meloidogyneそして何よりもPratylenchus vulnus)に対する抵抗性の開発
サクラ属の品種
亜属の簡便な分類
I. AMYGDALUS
1. Amygdalus(2n=16) | |
地中海北東部 アルメニア、イラン アフガニスタン、タジキスタン 中国 シベリア |
P. dulcis(= P. amygdalusあるいはアーモンド)P. webbii P. fenzliana, P. kotschyi(P. argentea、P. orientalis) P. bucharica、P. kuramica P. dehiscens(= P. tangutica)、P. triloba P. tenella(= P. nana) |
2. Persica(2n=16) | |
中国 | P. davidiana(P. kansuensis)、P. persica(あるいはモモ)、P. mira |
II. PRUNOPHORA(2n=16〜48)
西アジア+ヨーロッパ(花1〜2) |
P. cerasifera、P. divaricata P. cocomilia、P. spinosa P. insititia、P. domestica P. simonii、P. salicina (= P. triflora) P. americana(P. nigra) P. hortulana(P. munsoniana) (P. mexicana、P. umbellata(= P. injucunda) P. maritima(P. alleghaniensis) P. subcordata、P. angustifolia P. reverchonii、P. gracilis |
N ↓ ↓ S N ↓ S |
III. ARMENIACA(2n=16)
南アルプス 中央アジア東部 北東アジア 西アジア |
P. brigantiaca(= P. brigantina) P. mume P. sibirica(= P. mandshurica) P. armeniaca(=アンズ) |
IV. CERASUS
1. Microcerasus(2n=16):低木(花1〜2) | ||
中央アジア北部 北アメリカ |
P. tomentosa(P. incana、P. prostata)、P. japonica、P. grandulosa P. pumila(P. besseyi) |
|
2. Pseudocerasus (アジア):(2n=16〜32):花3〜5 | ||
中国 日本 日本 ヒマラヤ 中国中央部 東アジア |
低木 低木 高木 高木 高木 高木 |
P. canescens、P. concinna P. incisa(P. nipponica) P. subhirtella、P. campanulata P. rufa(P. puddum、P. serrula) P. conradinae P. sargentii、P. serrulata(= P. pseudocerasus) |
3. Lobopetalum:散形花序3〜6 − 浅裂花弁2 | ||
中国中央部 | P. dielsiana | |
4. Eucerasus (2n=16または32) | ||
東ヨーロッパ 西ヨーロッパ |
低木 高木 |
P. fruticosa(2n=32) P. cerasus(2n=32)(=酸果サクランボ) P. avium(2n=16)(=甘果サクランボ) |
5. Mahaleb(2n=16):花5〜12 散形花序あるいは集合花序 |
||
南ヨーロッパ 米国北東部 米国西部 北東アジア |
P. mahaleb(=セント・ルーシー) P. pennsylvanica P. emarginata P. mazimoviczii |
V. PADUS(2n=32):集合花序
西ヨーロッパ 米国 中国 ヒマラヤ 北東アジア |
高木 高木 低木 高木 高木 高木 |
P. padus P. serotina(P. alabamensis) P. virginiana P. sericea(P. pubigera) p. cornuta P. grayana(P. ssiori)、P. maakii |
VI. LAUROCERASUS集合花序−常緑
南西ヨーロッパ 地中海 |
大型低木 大型低木 |
P. lusitanica P. laurocerasus |