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15. キャッサバ

Kazuo Kawano著


A. キャッサバの特性

a) 原産地

キャッサバ(Manihot esculenta)は別名マンディオカ(ブラジル、パラグアイ、アルゼンチン)、ユカ(他のスペイン語圏)、タピオカあるいはマニオク(アフリカのフランス語圏)とも呼ばれ、カロリー生産における最重要作物の1つであり、熱帯における最も重要な根菜である。キャッサバの進化史は、他の根菜と同様、その追跡が困難であり、決定的な原産の中心地は未だ同定されていない。最も明白な結論は、キャッサバは低地熱帯アメリカが原産であるとするものである。熱帯アメリカにおける多様性は複数の中心地を持っていることが数名の研究者によって示唆されている。

b) 使用の地理的分布

キャッサバは、15世紀にヨーロッパからの植民地開拓者が到着したころには、すでに南北アメリカおよびカリブ海沿岸を通して広く分布していた。キャッサバがアフリカに初めて導入されたのは16世紀、アジアにはその後のことと考えられている。理論および経験により、キャッサバの遺伝的変異性のほとんど主要な部分が熱帯アメリカに存在していることが裏付けられている。しかし、幅広い範囲に及ぶ品種の多様性がアフリカに現存する栽培品種の間でも観察され、これはアジアにおいてもその範囲は狭まるものの同様である。

c) 主要産地

1960年代の終わりまで、アフリカおよび南アメリカがキャッサバの主要な生産地であった。しかし、過去20年間でアジアの占める割合が急激に伸び、現在ではアフリカと肩を並べ、世界総生産の約40パーセントを生産するにまでいたっている。南アメリカにおける作物の生産性はこの20年間でわずかながら減少し、現在では約12トン/ヘクタールと推定されている。アジアでは常に向上を続けており、現在は約13トン/ヘクタールと推定されている。アフリカは停滞を続け約7トン/ヘクタールとなっている。これらの収量は、特に実験的に得られた70トン/ヘクタール/年の高収量、あるいは改良された遺伝子型の作物を適切な農業環境で植えることによって得られる大規模商業生産での高収量40トン/ヘクタール/年と比較すると低いものである。

d) 分類学的地位;遺伝学および細胞遺伝学

Manihot属はEuphorbiacae科に属しており、本属にはおおよそ100種が含まれていると報告されている。キャッサバはManihot属の中で唯一重要な食品作物であり、栽培されている品種のみが知られている。近縁種のクラスターは北アメリカ、南アメリカのいずれにも分布しているが、祖先種として提案された特定の野生種はない。キャッサバは、2n=36の染色体を持ち、一部の研究者は2倍体、他の研究者は3倍体と考えているが、さらには部分異質4倍体と考えている研究者もいる。

e) 生殖質の移動に関する現在の植物検疫上の問題点

世界規模のキャッサバの生殖質センターがコロンビアの国際熱帯農業センター(CIAT)に、アフリカ地区の生殖質センターがナイジェリアの国際熱帯農業協会(IITA)に1970年代初期に設立されており、それに続く国家的なキャッサバ育種プログラムの設立と強化により、生殖質の国際的な流通は大いに増進した。生殖質の交換は現在では、1)挿木、2)分裂組織の培養、3)真正種子の3型式を通じて行われている。挿木が最も取り扱いが簡単であるが、病害および害虫を導入してしまう事故のリスクが最も高い。分裂組織の培養はリスクが低く、同一遺伝子型の再生産が可能であるが、大量の遺伝子型を移入するには適していないうえ、受け取り側で相応の技術および設備が必要とされる。有性生殖による種子は最もリスクが低く、大量の遺伝子型を簡単に取り扱えるが、同一遺伝子型を得ることはできない。
生殖質導入における植物検疫の措置は国によって大きなばらつきがある。大陸間での挿木の使用は自粛されており、全体として病害と害虫について同一のスペクトラムを共有している隣接国間での出荷のみに限定されている。分裂組織の培養は、一般的にクローン素材の安全な移入方法として受け入れられているが、大陸間での移入については、ウイルス性病害の伝播の危険が関与する可能性もあるため、特別な注意が払われる。雑種種子は育種素材の移入における安全かつ効果的な方法として、最も広く受け入れられている。

f) 最終使用用途

キャッサバは、その作物としての歴史のほぼ全てを通じて、人間の食品として利用されてきた。人間が消費する場合の標準的なスタイルは茹でた根であったに違いなく、これは今日でも世界の多くの場所で同じである。根の幅広い種類の処理技術がアメリカインディアンの民族集団の間で見られる。いわゆる苦いキャッサバ栽培品種は、処理をした後にのみ消費することが可能で、この品種は熱帯アメリカの全域に広く分布している。何らかの処理を施した後にキャッサバの根を消費することは、単純に茹でることと同じように古くかつ重要な方法であると思われる。キャッサバのこの消費方法で占める最も大きな役割は自家消費用の農業によってカロリー食品を提供することであり、キャッサバは小規模の生産圃場に植えられる。キャッサバには、利用可能な水および土壌栄養が限られた条件において高カロリー収量をあげられる能力があるため、動物飼料およびデンプン生産としての新しい利用法が近年急激に重要性を増しており、特に東南アジアでこの傾向が見られる。動物飼料、デンプン、その他の工業的加工を目的としたキャッサバ生産はアジアで非常に急速に伸びており、人間による消費での落ち込みをはるかに上回っている。

生殖のメカニズム

a) 生殖の様式

生産圃場では、キャッサバの増殖は事実上、枝挿(通常は長さ10〜30センチ)を垂直、水平、斜めに植えることによってのみ行われている。挿木は成熟した植物(8ヵ月以上経ったもの)より採取する。種子による増殖も多くのさまざまな環境において可能であるが、大量の種子を収集することの困難さ、および種子からの成長が初期は遅いことから、現在ではその利用はキャッサバの育種圃場のみに限られている。

b) 多年生対一年生

キャッサバは植物としては多年生であるが、作物としては主に一年生であり、移植から8〜18ヵ月後に収穫される。

c) 受粉の様式

キャッサバは雌雄同株の品種で、柱頭と葯は通常の場合同一株の異なる花に分離している。植物が分岐するたびに花芽が形成される。しかし、初期成育期に形成された花芽のほとんどは不全型である。分岐しないタイプの株からは花は得られない。同じ枝にある雄花および雌花はほとんど必ずといってよいほど同時に開花しないが、同一株の異なる枝の雌花と雄花が同時に開花することはまれではない。花粉は比較的大型で粘着性があるため、風による自然受粉はまず起こらない。数種のジガバチおよびミツバチが主な授粉者である。他家受粉および自家受粉はいずれも自然に発生する。他家受粉の割合は、当該遺伝子型の開花特性および集団の物理的な配置に依存している。自家受粉を防ぐための生理学的あるいは遺伝的メカニズムはないと思われ、重大な交雑不和合性は見つかっていない。全体的に見て、人為的な授粉による大量の雑種作出は比較的容易である。

d) 生存のメカニズム

重度の近交弱勢が根の収量および全体的な生物体量などの特徴において観察されている。この重度の近交弱勢が、本品種の栄養生殖的な性質とあいまって、本品種のヘテロ接合体性を高度に維持している生物学的なメカニズムである。雄性不稔は頻繁に起こり、自家受粉の予防に効果的である。

e) 近縁種との交雑能

キャッサバは近縁種のM. glaziovii(シーラゴム)と比較的容易に交雑することができ、M. glazioviiからのキャッサバモザイク病の遺伝子が、アフリカでの戻し交配計画で広範囲にわたって使用されてきた。他の野生近縁種、例えばM. saxicola、M. melanobasis、M. catingae、M. dichotomaがキャッサバとの交雑に関与してきた。

毒物学

生のキャッサバの根には、配糖体のリナマリンおよびロタウストラリンが含まれており、これらはキャッサバの根の細胞が破壊された際に放出される酵素リナマラーゼと接触すると毒物であるシアン化水素酸または青酸に変換される。生のキャッサバの根を摂食したことによる死亡例がときに報告されるが、伝統的な処理および調理方法である、茹でる、すりおろす、水にさらす、乾燥させる、あるいは発酵させることによって通常はシアン化物濃度は効果的に低減される。このため、通常の調整方法に従った場合には、急性シアン化物中毒症は発生しない。慢性シアン化物中毒症は、キャッサバの摂取量が高く、ヨウ素およびタンパク質、特に動物性タンパク質の摂取量が非常に低いアフリカの一部の地区において発生する。ナイジェリアおよびザイールでは、失調性ニューロパシー(神経の変性)および甲状腺腫(重度の症例ではクレチン病をもたらす)が高レベルのキャッサバ摂取と関連付けられている。
生の根に含まれるシアン化物濃度は、現存栽培されている品種間で大きなばらつきがある。高レベルに含有する品種は「苦いキャッサバ」と呼ばれ、ある程度の処理をした後にのみ使用される。加工しない形(茹でた後)で直接的な人間による消費に適していると見なされる品種は「甘いキャッサバ」と呼ばれ、ほとんど常にシアン化物濃度が低い。高シアン化物濃度と病害および害虫抵抗性、高収量能力、旱魃あるいは貧弱な土壌への耐性との間に、緊密な関連性があることを示唆する科学的に説得力のある証拠はないが、ただし、根を襲う生物に対する耐性に関する数事例は例外であり、これらの生物の例としては虫、野生のブタ、またキャッサバを摂食する習慣は作物の進化の中で最近生まれたものであると信じられているヒトの泥棒がある。大規模の産業的生産に順応した高収量栽培品種で、収量に関連する生物的および非生物的な制約への耐性に対して幅広いスペクトラムを持つ現在利用可能な品種のほとんどのものは、苦い種類である。今日のキャッサバ育種家に向けられた最大の課題のひとつは、いわゆる二重目的栽培種を作ることで、これは甘い栽培品種の優れた食品品質と苦い栽培品種の高収量および強壮性を組み合わせたものである。

環境上の必要事項

キャッサバは北緯30°から南緯30°の間で、海水面から標高2,000mの区間、年間降水量が600〜6,000mm、土壌の酸性度がpH3.8〜8.0の場所で良好に栽培されている。この品種は、高温の気候、旱魃、酸性土壌への耐性があるが、低温および土壌の過剰な水分には感受性が高い。その結果、温帯の先進国では顕著なキャッサバ生産は行われておらず、このためキャッサバは、先進国の科学界であまり知られていない唯一の主要食品作物となっている。

B. 育種実践および品種開発

a) 主要な育種計画/技術

i) 生殖質の維持管理

世界中から集められた6,000品目近い世界規模の生殖質のコレクションがコロンビアのCIAT本部にて維持されており、またアフリカの地域的なコレクションがナイジェリアのIITAで維持されている。各国のプログラムはそれぞれのコレクションを維持しており、これは主にその地方のコレクションから成り立っている。コレクションの規模は、ほぼ当該地区の伝統的な栽培品種の多様性およびリサーチプログラムの強さを反映している。これらのコレクションのほとんどは圃場において生きている植物として維持されている。CIATコレクションの複製は、CIATの研究室にて緩徐に成長する分裂組織として維持されている。同時に勘案されているのは作業用のコレクションの作成で、これは品目の10パーセントから構成されているが、現存の遺伝子多様性の95パーセント程度をカバーするようにデザインされたものである。これはまた真正種子による遺伝子バンクであり、各クローンあるいは特定の遺伝子の組み合わせに関する同定は失われているものの集団全体としての遺伝子は維持管理されているようなものである。

ii) 基本育種

栄養生殖をする作物であるため、キャッサバは育種家にとって大きな利点を持つ。さらに、他の作物でしばしば遭遇する交雑不和合性などの複雑な問題がない。好ましい遺伝子型が得られれば、それを無制限に増殖することが可能である。実生段階での特徴の発現は、その後のクローン世代と非常に良く相関している。キャッサバ育種に関する初期の研究ではまれに問題に直面しており、それは一部のクローンでの開花の不足あるいは欠如、一部の雌株での種子形成の不良、低発芽率などであった。しかし、遺伝子組み換え植物の作成と取り扱いに関し、キャッサバは主要作物のなかでも最も容易なものの一つであることにほとんどの育種家は同意している。このため、典型的なキャッサバ育種プログラムは古典的なパターンをたどる。まず雑種形成により大量の遺伝子組換え体を作出することから始まり、評価段階を経て組換え体の数を減らして遺伝子型ごとの精密度を上昇させ、最後に複数の場所および複数年にわたる評価を繰り返した後に推奨できる遺伝子型の同定をもって終わる(表15.1)。
過去20年間のネットワークの努力により、多くのキャッサバ育種プログラムの設立および強化がもたらされた。これらは大まかに3つのカテゴリーに分類できる。1)国際基本育種プログラム、2)国ごとの広範な育種プログラム、3)国ごとの品種開発プログラムである。
基本育種プログラムは育種集団の全般的な向上、進歩した育種素材の作出と国ごとのプログラムへの配布を目的としている。CIAT本部での基本育種プログラムは、収穫指標の向上、主要な病害および害虫に対する抵抗性の向上、不毛の酸性土壌に対する耐性を含むいくつかの主要なキャッサバ環境への順応を通じて収量能力の向上を成し遂げてきた。IITAでのプログラムでは、キャッサバモザイク病およびキャッサバ斑点細菌病に対する抵抗性の向上に成功している。タイとCIATの共同育種プログラムは、生物体量産生および根の乾燥物質含有率の向上、低地熱帯の半乾燥気候への順応で成功している。
広範な育種プログラムは、より強力な国ごとのリサーチプログラムで発展しており、その例はタイ、中国、インド、ブラジルで見られる。これらでは、育種および品種開発で必要とされる諸手順を全て踏んでおり、これには雑種形成および品種の公表のための農場でのリサーチなどが含まれる。品種開発プログラムは、現在では多くの国で実施されており、それぞれの条件について推奨できる遺伝子型の同定を目的として順応選抜が実行されている。これらのプログラムは通常の場合、進歩した育種素材を国際的基本育種プログラムの1つから受け取っている。

表15.1 典型的なキャッサバ育種プログラムでの選抜の諸手順

年間の選抜手順 育種および選抜場
育種本部 第一選抜場 その他の選抜場
1 雑種形成
2 雑種の種子形成
3 単一畝での試験
4 予備試験
5 上級試験
6 地区試験

7 農場試験
8 農場試験第2年目および増殖
9 品種の公表


b) 主要な育種目標

ほとんどの育種計画に共通な育種目標は次のものである。
- 高収量能力
- 早期収穫性
- 根の乾燥物質(デンプン)の高含有率
- 病害および害虫抵抗性
- 劣悪な土壌および天候条件に対する耐性
- 根のシアン化物の低含有率
- 良好な植物タイプ
- 良好な挿木品質(取り扱い、保存、発芽率)
- 多用性(人間の摂食および工業生産のいずれにも適切)
- 根の色

それぞれの国ごとのプログラムは、特定の病害および害虫抵抗性ならびに劣悪な環境条件への耐性に対し、さまざまな重要性を割り当てている。キャッサバモザイク病への抵抗性およびシアン化化合物含有率ゼロについての探索は例外の可能性があるが、現存する同一種内の生殖質で好ましい特徴を探索することは、これまでの場合ほぼ成功してきている。これらの特徴の多くは、主な育種集団に取り込まれてきた。

c) 重要な育種目標の検査および一般的な性能の評価

大規模多施設による圃場試験は、真に推奨できる栽培品種の同定にあたって、長い目で見れば最も信頼性がありおそらく最も効率が良く効果的な方法である。高収量環境と高ストレス条件の間での繰り返し評価は、特に広範に順応した強壮な遺伝子型を得ることにおいて成功を収めてきた。このことは病害への抵抗性についてもあてはまるが、通常、他の作物では温室あるいは病害検査用の種苗場での評価が好まれる。
大部分のキャッサバは最小限の肥料および化学物の使用、また灌漑によって栽培されており、このため年ごとおよび長期間での収量安定性は、キャッサバ農家にとって基本的な基準である。安定性の評価にあたっては、複数の場所における複数年にわたる評価に代わるものはない。

C. 品種の公表と採用

ごく最近にいたるまでほとんどの国において品種公表の公式な機序は存在しなかった。ほとんど全ての伝統的な栽培品種は、地方で入手できる生殖質から農家が選択したものであった。現在ではキャッサバを栽培している国のほとんど全てで、国ごとの品種改良プログラムが設立されており、多くの進歩したクローンが緩やかに構築された半官的な計画を通じて農家へ配布されている。これは見込みあるクローンの農場での評価、半ば完成した栽培品種の予備公表、農家自身による移植のための選択から構成されている。
国ごとのプログラムが次第に強化されるに従って、品種登録、増殖、保証の公式な機構がいくつかの国で発展しつつある。過去には小農家で栽培される本作物に対する普及サービスからの投入は最小限であったが、タイの研究部門と普及部門の共同作業による新しく公表された栽培品種の保証移植素材の産生と配布は、良い前例となるかもしれない。

公式のキャッサバ育種プログラムの歴史は多くの国でまだ浅いため、新しい栽培品種の採用がもたらす社会経済的な効果を体系的に評価するための方法は、国によるプログラムによってはまだ提供されていない。CIAT経済部門とタイの農業普及省による新しい栽培品種の採用に関する共同調査は、このような試みとしては初めてのものであろう。

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