Chukichi Kaneda著
A. イネの特性
a) 原産地;多様性の中心地域
イネはアジアイネOryza sativaとアフリカイネO. glaberrimaの2種が栽培されている。
アジアの栽培イネの祖先は、新温暖期(紀元前10,000〜15,000年)に、ヒマラヤ山脈の南部の国境地帯や、中国の南部および南西部に出現し、インドの北東部および東部、東南アジア北部、そして中国南部で一年生型が徐々に形成されていったと考えられている。これらの先祖は、分散し、多様化し、そしてindica、japonica、およびjavanicaの3つの生態地理的亜種を形成していった。
アフリカの栽培イネの起源は、ニジェール川の三角州地帯にある。多様性の第一の中心地域はニジェール川上流の泥沢盆地である。第二の中心地域はギニア海岸付近のニジェール川北西部である(Chang、1985年)。
b) 主な生産地の地理的分布
イネの栽培は、様々な自然地理学的、水文学的、土壌的条件の下に、北緯53度〜南緯40度にわたっている。生産されるイネの90パーセント以上はアジア産であり、その内訳は、中国が36.3パーセント、インドが21.1パーセント、インドネシアが8.4パーセント、バングラデシュが5.7パーセント、タイが3.9パーセント、ベトナムが3.7パーセントであり、アメリカ大陸が約5パーセント、そしてアフリカが2パーセントである(国際イネ研究所(IRRI)、1991年b、p. 320)。
c) 分類学的地位
上記栽培種のほかに、Oryza属には21種もの野生種が含まれる。ほとんどの野生種は2倍体(2n = 24)であるが、その中の7種は4倍体である。O. perennis(現在はO. rufipogon)は、アジアの栽培植物の祖先であると考えられており、またO. breviligulata(O. barthii)は、アフリカの栽培植物の祖先であると考えられている。インドで名づけられたO. nivaraも、O. rufipogonの一年生型であると考えられている。
Oryza属を構成する23種は、表3.1に示したように5つの節に分類される。
表3.1 Oryza属の分類:上種およびゲノム・グループ1
上種 | 分類群 | ゲノム・グループ | 分布 |
O. schlechteri |
不明 FF |
パプア・ニューギニア アフリカ |
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O. ridleyi上種 | |||
O. longiglumis O. ridleyi |
4倍体 4倍体 |
インドネシアのイリアン ジャヤ州 東南アジア |
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O. meyeriana上種 | |||
O. granulata O. meyeriana |
2倍体 2倍体 |
南アジアおよび東南アジア 東南アジア |
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O. officinalis上種 | |||
O. officinalis O. minuta O. eichingeri O. rhizomatis O. punctata O. latifolia O. alta O. grandiglumis O. australiensis |
CC BBCC CC CC BBCC, BB CCDD CCDD CCDD EE |
アジアの熱帯地方および亜熱帯地方 フィリピン スリランカおよびアフリカ スリランカ アフリカ 中南米 中南米 南アメリカ オーストラリア |
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O. sativa上種 | |||
O. glaberrima O. barthii O. longistaminata O. sativa O. nivara O. rufipogon O. meridionalis O. glumaepatula |
AgAg AgAg AlAl AA AA AA AmAm AglAgl |
アフリカ(主に西部) アフリカ アフリカ 世界各地 アジアの熱帯地方および亜熱帯地方 アジアの熱帯地方および亜熱帯地方 オーストラリアの熱帯地方 南アメリカ |
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1. ゲノム・グループは、減数分裂時の染色体の対形成能にもとづいて定義されている。 出典:ChangとVaughan(1991年) |
d) 遺伝学および細胞遺伝学的特性
O. sativa上種内の種は、交雑不和合性の程度は様々であるものの、雑種形成することが可能である。最初に種間の雑種形成が大成功を収めたのは、1974年の、O. nivaraからイネ・グラッシー・スタント・ウイルスに対する抵抗性遺伝子を取り込んだIR28品種の開発であった。O. rufipogonの細胞質がイネの雑種品種を作成する際に、雄性不稔性の鍵となる遺伝物質を供与することもよく知られている。
熱帯地方のイネにとっての重大な病気、および害虫に対する抵抗性の低下の問題を克服するために、IRRIは節間の雑種形成に取り組んでいる。O. australiensis、O. latifolia、O. minuta、O. brachyantha、O. eichingeri、O. alta、O. rhizomatisは、トビイロウンカ、イモチ病、細菌性胴枯れ病、または鞘枯れ病に対する抵抗性の供与体として、あるいは、イネの遺伝子プールを拡大するための一つの手法として利用されている(IRRI、1991年a、p. 317)。
e) 生殖質の移動に関する現在の植物衛生学的検討
ほとんどの国では、イネの病気の導入を防ぐために行われている植物衛生学的な制限は極めて厳しい。たとえば日本では、外皮付きのイネの種子は、農林水産大臣より指定施設内での規定実験の特別許可を受け、また実験後にオートクレーブ処理、または焼却処理によって灰化することを条件として、はじめて輸入することが可能となる。生殖質が導入されるときは、空気が自由に外部に流れ出すのを防ぐように、特別に設計された温室内で栽培される。この種子は、検疫官が検査を終えてはじめて収穫することができる。アメリカにおけるイネの検疫システムも、これと極めてよく似ている(Copper、1988年、p. 57〜P. 60)。
f) 現在の最終用途
イネは白米も玄米も共に、多種多様な形状の食品に使用されている。限られた量ではあるが、イネはデンプンを製造するためにも利用されている。イネのデンプン粒の大きさが非常に細かいために、フィルムの感光膜の重要な材料、「おしろい(化粧品の1種)」などに使用されてきた。イネの発芽は、栄養食品、ビタミン類、ケーキ、そして動物飼料用として利用されている。ふすまは、食料や製造に利用する油の重要な供給源である。もみ殻は、肥料や動物飼料に、そしてわらは、包装、マット、飼料、園芸などの様々な材料を作るのに利用されている。イネはまたケイ酸塩を高濃度含有するために、セラミック製造に適した材料であるとも現在考えられている。
生殖のメカニズム
a) 生殖様式;近縁種との交雑能
栽培イネは基本的に、自家受粉によって種子を作り繁殖するが、その自家受粉を行なう度合いは品種間でもかなり差があり、特に亜種間では極めて様々である。一般的に言って、indicaイネはjaponicaイネよりも自家受粉を行なう度合いが低い。日本の品種は、異系交雑を減らすことによって、そのホモ接合性を高めてきた。この方法は、柱頭の長さや位置、葯の大きさや伸長性、あるいは、花粉をばらまくタイミングなどの、イネの花の形態的特性を変えることによって行われる。
野生のイネでは、異系交雑が極めて高い率で普通に観察されるが、その異系交雑のメカニズム(日本の栽培種と対照的に)は、管理された条件の下で、F1種子をより効率よく作るという目的で、栽培イネに利用されつつある。
b) 多年生の習性対一年生の習性
栽培イネは一年生である。この習性は一年生と多年生の両方の型を有するO. rufipogonの一年生であるO. nivara由来のものである。しかしながら、イネの科学者は、イネの実験材料を栄養成長的に増殖させるか、あるいは、自分たちの試験を継続的に行なうために、ひこばえ(収穫後の刈り取った根株から生じる若芽(穭(ひつじ)))を保持することが多い。ひこばえは、長日条件の処理を施した後に、栄養成長期に戻ることができる。日本の温かい地域では、いくつかの品種のひこばえが冬季に生存できる(例:九州南部)。
c) イネ種子の拡散および生存のメカニズム
栽培イネの野生類縁種の種子は、実をはじきやすい。多くの伝統的なindicaイネの品種は、この形質を強く発現しているが、ほとんどのjavanica品種およびjaponica品種は実をはじかない。種子の休眠の長さにも同様の傾向が見られる。したがって、種子の品質低下は、indicaイネのほうがかなり速い。赤米は、種子が実をはじきやすく、また休眠期が長いために問題である。
毒物学
イネには普通の意味での中毒作用がない。しかし、おそらく日本の食習慣が変化した(炭水化物の多い食事から脂肪および蛋白質の多い食事への変化)ために、イネに対するアレルギー反応(アトピー性皮膚炎)が認められており、またそれは、特に小さな子供の間で増えている。主なアレルギー要因は、分子量16 kDのグロブリンである。イネに放射線を照射して作成した変種のいくつかには、この16 kDのグロブリンが含まれていないので、アレルゲンが含まれていないイネとして、商業利用を目的とした育種が開始された。
生活環に関する環境要件
a) イネ品種の成長範囲の拡大に対する気候的制限
イネ品種の成熟期は、その基礎的な栄養成長期の長さ、および日長や温度に対する感受性によって決定される。日本の気候条件では、様々な地域において多数の品種があるが、いずれも成熟期が重要な因子である。気温もまた重要な因子であり、それは、日本北部と高地で様々な種類の寒害を引き起こし、また日本南部では穀粒対わらの比率を低下させる。
b) 分布拡大に対する生物学的制限
現在のところ、日本におけるもっとも重大な生物学的因子は、イモチ病や縞葉枯ウイルスなどの病気と、ウンカやヨコバイなどの害虫である。品種の分布を拡大するためには、抵抗性遺伝子をこれらの生物問題に導入することが不可欠である。そして一般的に言えば、この方法はindica稲を供与体として利用することによって成功してきた。これらの抵抗性品種にとって生じている問題は、どのようにして伝統的な日本の品種に匹敵するような味質を獲得することができるかということである。
B. 現行の育種の実践および品種開発の研究
a) 育種の主要計画/技術
i) 生殖質の維持管理
日本では、イネの生殖質を、農業生物資源研究所にある中央バンクの遺伝子システム、そして日本各地にある国立農業実験ステーションのサブ・バンクで維持管理している。サブ・バンクは、新しく導入された生殖質および/または種子の生殖を必要とする生殖質の増産を手伝っている。中央バンクでは、基礎コレクションは−10℃で、また活動性コレクションは−1℃と相対湿度30パーセントで保管されている。
ii) 基本育種
主な基本育種のための研究分野は、正統的な技術を利用する研究分野と、そしてバイオテクノロジーを利用する研究分野とに分類することができる。正統的な技術を利用する研究分野は、生物的ストレスや非生物的ストレスに対する抵抗性/耐性遺伝子を導入および/または蓄積するための戻し交雑育種、ならびに新規な特性を作出するための突全変異育種を主に利用している。一方、バイオテクノロジーを利用する研究分野は、県の実験ステーションや民間セクター内において実施されているが、そこでは、葯の培養による半数体育種や、プロトプラスト培養による体細胞突然変異育種を行っている。国立機関と民間セクターの両方において、リコンビナントDNA技術もまた取り入れている。縞葉枯ウイルス由来のゲノムに組み込まれたコート蛋白質のDNAをもつイネが、隔離された圃場で試験される予定になっている。
iii) 品種開発
品種の開発においては、バルクの選抜(通常はF3〜F4まで)と組み合わせた正統的な交雑育種法が中心となっている。一般的には、japonica/japonicaの交雑における両親は、極めて近縁であるために、遺伝的に高いホモ接合性を示す商業用品種がリリースされるまでには8〜10年かかる。
日本における品種開発のための育種は、品種の現地適応性、ならびに、成長の習性や収穫量などの主な形質の検査を目的として、年1回、県の実験ステーションへと送る活動として定義できる。日本全体としては、毎年およそ10種の新しい品種が推薦品種としてリストアップされる。
基本的な育種研究を通して作成された製品は、この方法では流通しない。しかしながら、これらの製品が極めて有望になり、そして実用できるかどうか検査すべきとなったときには、品種開発研究施設へと送られる。日本では現在のところ、イネの雑種育種が基礎研究と考えられている。iv) 利用される技術
植物の特性が原因で、育種方法の能力範囲を限定する要素の一つとして、1年以内に達成できる生活環の数の限界がある。基礎的栄養成長は、非常に若い幼苗期の円錐花序形成さを妨げるので(Vergaraら、1969年、p.31)、たとえ温室内で日長時間の管理システムを用いたとしても、極寒地域用の熱感受性のイネを除いて、3世代しか通常は栽培することができない。
b) 育種の主要目的
主な目的は、他の作物と同様に、高収穫および良い品質であるが、製粉業者と最終消費者ではその定義は異なることがあるであろう。収穫量は、生物学的および非生物学的な環境要因に対する耐性および抵抗性を介して獲得される安定的な生産力を伴うべきである。良い品質を達成することが、しばしばその後の交雑における収穫量の犠牲となりうるので、育種家にとってこれら両方の目的を実現することは困難である。
日本およびアメリカにおいて、半矮性遺伝子の利用によって収穫量のもっとも大幅な向上が達成されてきた。この遺伝子は、いくつかの伝統的な品種、および人工的に誘発した突然変異体から発見されたものである。高収穫量を達成するために、矮性のみが関わったわけではない。稈の剛性もまたもう一つの重要な栄養成長要因であるが、それは、嗜好性に対して悪影響を与えるようである。概して言えば、最良の食事用の品質を有するイネ品種は丈が高く茎も弱い。
様々な環境要因に対する耐性や抵抗性に関して、日本ではイモチ病や細菌性胴枯れ病、ウイルス病などの病気や、ウンカやヨコバイなどの害虫、そして寒さに対する耐性に重点を置いてきた。諸問題と戦うための遺伝子源は、これらの問題を免れている区域で見つかることが多い。たとえば、中南米で発生するhoja blancaウイルスに対する抵抗性遺伝子はjaponicaイネから発見されたし、また低温に対する高水準の耐性は熱帯地方のindica/javanicaイネから発見された。
遺伝子基盤を拡大することは新たに浮上してきた戦略であり、そして熱帯諸国におけるイネの育種には不可欠である。特に、病気や昆虫害虫に対する抵抗性は、絶え間なく低下するので重要である。このために、IRRIはSativa上種以外の遠縁種の野生イネを利用して、雑種形成の問題に取り組んでいる。しかしながら、日本やアメリカなど温帯諸国では、栽培する品種の選択を含めて、技術要因をきちんと管理することによって、低下を避けられる。適切に管理すれば、O. sativa内の遺伝子源は、これらの病害虫を防除するのにほぼ十分である。バイオテクノロジーという点では、昆虫耐性を示す単一遺伝子(BT内毒素)の導入や、貯蔵蛋白質の改変のための試験が両国内で実施されている。
c) 育種の主要目的のための試験
i) 収穫量および安定性
これらの特性は量的なものであり、そして多くの未同定遺伝子によって制御を受けている。したがって、これらの特性は育種材料が、ある程度遺伝子的にホモ接合性となってからのみ、試験を行なうことができる。そうしなければ、雑種強勢が特に若い世代における正確な評価を妨げることとなる。このために、植物の選抜は普通の交雑の場合には、3番目または4番目の世代から、そして遠縁種の交雑の場合には、6番目〜8番目の世代から開始するのが普通である。遠縁種間の交雑の場合は、栽培される集団サイズもまた数倍大きい(例:japonica/indicaの交雑では10,000〜20,000個体)。
試験では、様々な栽培慣行をシミュレートするために、肥料の適用、植栽密度、そして植栽時間のレベルなどの異なる条件下で反復検査を行なう必要がある。選抜が前途有望である場合には、県の実験ステーションにおける現地への適応試験や反復試験まで進む。このような試験は、すくなくとも3年間にわたって行われ(プロット(小区画の土地)の大きさは5〜10 m2)、そのほかにも、選抜品種が推奨品種として採用される前に、数件の農家で実証植栽がすくなくとも2年間にわたって行われる(プロットの大きさは0.05〜0.1 ha)。ii) 病気および昆虫害虫に対する抵抗性試験
実験施設や温室での試験は、様々な方法で接種された特異的な病原や生物に対する反応を確認するために実施される。また圃場試験は、通常数年間にわたり実施され、抵抗性のレベルや年内変動の範囲が測定される。実験施設試験の結果が、必ずしも遺伝特性を反映していない場合もあることに注意を向けるべきである。たとえば、トビイロウンカに対する抵抗性の場合に、光量の少ない実験施設の条件下でのイネの抵抗性レベルは、圃場に比べてかなり低かった。このレベルの低さは、実験施設内部における生理学的条件が悪いことが原因であり、抵抗性や耐性の相対的な低下を引き起こしている(Kanedaら、1982年)。
iii) 品質試験
精米回収率は実験室内の小さな試験用精米機を利用することによって検査することが可能である。食事用としての品質や味の良さは、アミロース含有量、ゼラチン化温度、そしていくつかの物理化学的形質など、複数のパラメータを検査することによって、ざっと推定することができる。しかし日本では、味の試験を実施することによって最終判断を行なっている。これまでのところ、1チームの経験豊富なパネリストよりも、味をよりよく評価できるような試験手順は存在しない。
d) 育種材料の一般性能の評価
上記の試験以外では、草型、成熟期、そして様々な植物特性の性能が、異なる圃場条件下で数年間にわたって観察される。観察およびメモ取りは、苗床での発芽から成熟するまで続けられ、また育種材料の総括的評価は、収穫量と品質の全ての調査が実施された後に行われる。等級付けは品種の特性によって異なるが、IRRIの方法を一例として役立てることができる(IRRI、1980年、p. 40)。
囲み3.1. 自家受粉性イネにおける雑種強勢の活用 イネの雑種品種は現在、中国のイネ栽培地域全体の半分以上で栽培されており、収穫量は普通品種よりも15〜25パーセント多い。雑種と普通種との収穫量の差は、雑種強勢、すなわち遠縁の両親間の雑種における草勢に起因する。穀物作物の場合には、光合成のシンク(転流物の受容部)すなわち小穂の全容積を除いて、成熟期や栄養成長などの形質に関する雑種強勢があまりにも強力であることは避けるべきである。両親の遠縁程度も重要である。両親の種があまりにも遠縁であると、それらの雑種は部分的に不稔性となり、またあまりにも近縁であると逆に雑種強勢の効果がない。中国のindicaと熱帯地方のindicaからは、雑種強勢も十分でかつ稔性な植物体が形成されたが、日本のjaponicaとindicaからは、シンク・サイズの雑種強勢も活用できないほどの不稔性の極めて強い植物体が形成された。japonicaとindicaの雑種の不稔性は、javanicaやboroなどの特定のグループにおいて発見された交雑和合性遺伝子を導入することにより、減らすことが可能である。 イネの雑種品種は、F2世代において分離するために、F1としてのみ実際に利用できる。そのため、雑種品種の種子を毎年生産しなければならない。栽培イネが自家受粉を行なうように改良されてきたために、当初の雑種種子の生産効率は非常に低かった(例:100 kg/ha)。外皮からの柱頭の突出や葯糸が完全に突出した後に裂開するような大きな花粉嚢などの、種子の生産効率を改善すると期待されるイネの形質を、伝統的なindicaイネや野生種イネから導入することで、雑種形成に利用するための両親の系統の変換を達成することができた。しかし、このことが原因で、品種純度の急速な劣化も引き起こされるであろう。 雌性親の系統において雄性不稔性を引き起こす仕組みは、もうひとつの重要な開発目標である。雄性不稔性は安定であるべきであり、そしてあまり労力をかけずに維持されるべきである。最近、日長や温度レベルの違いから引き起こされる遺伝的(劣性)雄性不稔性が発見されたため、この問題も解決される見通しがたった。 |
囲み3.2. 赤米に関する諸問題 赤果皮米は、インドのケララ州やスリランカなどの地域で特に尊ばれている。日本では、イネ栽培のごく初期に、赤米の品種を一般的に栽培しており、19世紀末期までは、いくつかの理由から貧しい農家で栽培されていた。規制当局が強く指導したこともあって、日本では、規則的な栽植距離でイネを移植することにより、水田から赤米を効果的に根絶してきた。現在のところ、赤米は直播が行われている高地のイネ栽培のいくつかの区域で散発的に発見される。赤米品種の多くはindicaで、普通品種と自然受粉が行われると、不稔性の雑種が作られてしまい、収穫量の減少や穀粒品質の低下を引き起こすことから、日本では緊急に赤米の根絶を行なう必要があった。アメリカでは、赤米は顕著な商業損失を引き起こしている。赤米は化学薬品や栽培による防除措置では根絶が非常に困難であるが、カリフォルニア州では、赤米の発生を効果的に抑制する水播を行なうことにより、赤米のない圃場を作成することに成功した。直径2.88 mmの穴のフィルターが付いた穀粒大の分離装置によって、長粒品種に混ざった赤米を98〜99パーセント効果的に取り除くことができることがわかった(Delouche、1988年)。 インドでは、赤米と区別するために、紫色の葉を持つイネの育種が試みられた。その結果、農家では圃場から緑色の葉を持つ赤米を間引くことができるようになった。最初に商業化された品種であるShyamlaはMadya Pradesh 州でリリースされた。その収穫量は、葉の光合成能が低下したために、普通品種よりも10〜15パーセント少ない。 |
C. 商業利用のための種子増産
a) 種子生産の段階
イネの推奨品種の種子は、3つの段階からなる種子生産を経て農家に供給される。日本では、純系統として選抜された系統のおよそ50株の植物から採取した育種家種子を、その品種が現在あるいは将来推薦される県の農業実験ステーションに送る。その品種は系統苗床で栽培され、遺伝的均一性が系統内および系統間にあるかどうかが観察される。そして分離異型が示されない系のみが、原々種を作成するために収穫される。原々種の一部は原種を作成するために利用され、残りは翌年以降に利用するために低温貯蔵される。最終ステップは採種圃種子の作成であるが、通常は実験ステーションが推奨した2〜3名の優秀な農業家に委任される。この種子を生産する圃場は、いくつかの重要な段階で監督され、その遺伝的純度が確認される(出穂から成熟まで)。異型の植物体は間引かれ、収穫された種子は純度を調べられる。
b) 隔離の実施
一般的に純系種子の生産において、圃場の空間的および時間的な隔離が実施される。隣接する圃場には、異なる開花期を有する品種が植えられ、何本かの境界列から採取した種子は、収穫した種子ロットからは除外される。自然の異系交雑を防ぐために必要とされる2つ圃場の間の距離は、すくなくとも2.5 mである。モチゴメの場合は、モチゴメ以外のイネに汚染されると胚乳にキセニアが起こるため(雄性親の特性の出現)、隔離することが特に重要である。
c) 品種特性の監視;寿命や市場の拡大
japonicaイネの種子の劣化は、indicaイネよりもかなり遅い。なぜなら、japonicaイネはindicaイネと比較して、実のはじき、種子の休眠、そして圃場管理に関する他の要因が少ないためである。日本では、機械化移植に協力的な大規模な苗供給方式が、イネの作付面積の95パーセントを占めているために、農業家種子の植え替え率が最近になって上昇した(1960年代中頃は20パーセント未満であったが現在は50パーセント弱)。
近年になり日本では、商業用リリース後の品種の寿命は、味の良さをもとにして、消費者が決めてきた。1980年代初期に、深刻なウイルス病であるイネ縞葉枯病が発生したが、抵抗性の高いある品種を採用することによって、この病気を鎮圧することに成功した。しかし、被害が経済的にしのげる程度になってしまうとすぐに、この品種は、より食感品質はよいが病気には弱い旧品種に取って換わられてしまった。
コシヒカリが初めてリリースされたのは1956年のことであるが、食事性品質がよいために、今ではイネ栽培区域の28パーセント以上で栽培されている。これは例外的な事例であり、各県ではこのイネの生産競争に勝つような独自の品種を作るために努力している。