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序 論

Wally D. Beversdorf著


この研究は、1991年11月9〜10日パリで催された討論に続いて、専門家たちからなる委員会によって準備されたもので、新品種の開発を目的として植物の遺伝子操作のために利用されてきた現在および過去における機序について報告している。同時に、植物育種プログラムの製品がOECD加盟国の量産システムおよび現行の商品化チャンネルへと入る経路についても簡潔に考察している。

植物は、太陽から光エネルギーを捕捉し、大地から物質要素を引き出す特殊な能力があり、これらを生物学的エネルギーおよびその他の多くの生物学的産生物へと変換する。植物は光合成とその他の代謝系を通して、地球上のほとんどありとあらゆる生物の栄養必要量を直接もしくは間接的に満たしている。さらに、植物は、酸素、繊維、花、香り、治療薬など、人類にとって必要であったり、美的に望まれるものを提供してくれる。植物栽培では、耕作、植え付け技術、植物保護、産生物の収穫、産生物の貯蔵と加工など、多種の技術が動員される。そしてこれらの技術が比較的少数の植物品種(および関連微生物)に対し、人類と家畜の集団の維持および増加を目的として使用されている。社会が発展するにつれ、栽培されていた植物品種は遺伝子組み換えされ(栽培植物化)、栽培技術も変化した。

150年以上も前にヴィルモーラン(Vilmorin)の選抜技術がサトウダイコンに導入されて以来、多くの栽培植物品種が、植物育種過程を通じて体系的に改善され続けてきた。OECD加盟国およびその他の社会が前世紀に劇的な人口増加(400パーセント)を続けたにもかかわらず、これらの社会で栄養および身体の健康状態を向上できたのは、主にこの遺伝子操作の手法、そしてそれとあいまった栽培および植物保護技術の改善のおかげである。栽培植物の生物学的な改善は、植物品種の体系的な育種を通し、遺伝的な修正を加えることで実現されてきた。植物育種プログラムには、次の一連の作業が含まれている。

i) 遺伝的に変異性のある植物集団の取得もしくは開発
ii) 育種集団での発現頻度を高めるため、望ましい形質の選択
iii) 改良された遺伝的要素が世代から世代、また年から年へ固定するような技術の使用
iv) 遺伝的に操作された集団について、適応性、生産性、その他の加工処理、消費者の要求を詳細に評価し、遺伝的に操作された集団が、生産者、加工者、消費者の希望に沿っていることの確認
v) 遺伝的に操作された集団の維持、純化、増殖を行い、商業的な植物量産システムの開始に用いる繁殖体の準備

植物育種は一般的には栽培植物品種の増強を目的としているが、特定の目標については生産者、加工者、消費者がこれらの品種に求めているものを反映している。そのいくつかを次に挙げる。

- 栽培植物を摂食もしくは汚染する生物に対する耐性又は抵抗性の向上
- 生物以外によるストレス(乾燥、炎暑/寒冷、大気汚染、植物エコシステムが直面するその他の物理的ストレス)に対する耐性の向上
- 生産性の向上(二酸化炭素と土壌栄養分から有用な生物学的産生物への変換)
- 加工および栄養学的特性の向上(人間および家畜にとっての栄養要素の向上、天然毒性成分の減少、貯蔵特性の向上など)
- 適応性の向上(作物を栽培できる地理的な範囲や環境的なニッチの拡大)

ほとんどの植物育種プログラムには共通の段階があるものの、植物育種家が実行する特定の手法は、生物学的特性(例、生殖様式、交配様式、利用可能な遺伝的資源、など)や、また生産者、加工者、消費者が決定する市場の要求によって影響を受ける。栽培品種の生物学的特性は多岐にわたる。いくつかの品種は無性生殖で繁殖する(例、ジャガイモおよび多数の果実木)が、その他多くの品種は種子の形成(雌雄の受精による胚芽)を通じた有性生殖で増殖する。種子で増殖するもの(世界の主要な穀物作物はここに含まれる)には、自家受粉で繁殖するもの(例、小麦、大豆、大麦、インゲンマメ)、および他家受粉によって繁殖するもの(例、トウモロコシ、ヒマワリ、サトウダイコン、キュウリ、ライ麦、アルファルファなど)がある。他家受粉で生殖する品種のうち、栽培作物の品種としては、合成品種(遺伝的に特異な個体の任意交配集団(例、ライ麦およびアルファルファ))、又は異なる集団間での選択的交配による雑種(雑種トウモロコシ、雑種サトウダイコン、雑種ヒマワリなど)がある。さらに、いくつかの品種は自家受粉と他家受粉の間にあり(例、アブラナ)、育種手法および利用できる生物学的資源に応じて純系種、合成品種、雑種を反映した品種が生まれてくる。

純系種(大豆など高度に自家受粉をする品種がその典型)は、遺伝的に同一な個体からなる集団で、親世代と子世代が斉一である。合成品種はいくつかの他家受粉品種に代表されるもので(アルファルファなど)、遺伝的に特異的な個体からなる集団で形成されており、各個体はそれぞれの交配親から受け継いだ対立遺伝子の固有な組み合わせを反映している。合成品種では、各世代が多くの遺伝的に特異的な個体から構成されているが、特定の型および遺伝的個体(遺伝子型)の発現頻度に関しては、任意交配による世代から世代間でのばらつきはわずかなものでしかない。雑種(代表はトウモロコシやヒマワリ)は、同一もしくは非常に類似した個体から構成されているが、純系種と違い、遺伝的にその親ならびに子のいずれとも非常に異なっている。このように、生殖特性、交配様式(自家もしくは他家受粉)、選抜交配の能力が、品種開発で採用する植物育種手法の決定に大きく関与してくる。

これらの違いはあるものの、品種の開発は同様の段階を追って行われる。遺伝的に可変な育種集団を、遺伝的に異なる親の選抜交配(19世紀後半より広く採用されている手法)、突然変異誘発(20世紀初頭より採用)、あるいは任意交配や自然変異を経た在来種の入手などによって産生する。最新の擬似有性的な雑種形成(遺伝的に特異的な植物細胞の注入による非有性的な遺伝的物質の組み合わせ)は、選抜交配(雑種形成)とは異なり、性的に適合しない個体間での雑種形成も可能である。選抜交配による雑種形成には、非常に単純なもの(2個体間での1回の交配)、非常に複雑なもの(多くの特異的な個体を対象にした数世代にわたる選抜交配)、さらには戻し交配(遺伝的に類似していない2親個体の交配に続き、子世代と親の片方だけを交配する一連の交配)のように非常に特殊なものまである。ちなみに戻し交配は、1集団(供与親)の1つあるいは複数の特定形質を他集団(反復親)に移すために採用される手法である。植物の形質転換で使用される最新テクノロジーは、概念的には戻し交配手法と同じであるが、最新テクノロジーでは反復親(レシピアント)集団と性的に適合しない供与集団を使用することが可能となっている。

遺伝的に可変的な育種集団内で特定形質を持つ個体の頻度を変えるために使用される選抜方法は、集団内で個体の形質測定を行い、好ましくない形質を持つ個体を排除するという単純なものである。この過程は、通常数世代にわたって実行され、植物個体もしくは植物系統に対して実施される。集団内での個体の選抜による保持もしくは排除は、一般には集団選抜法と呼ばれている。系統の選抜による保持もしくは排除は、一般には自家受粉種では系統育種、他家受粉種ではハーフシブ(片親が共通の個体)、フルシブ(両親が共通の個体)と呼ばれている。これらの基本的な選抜手法には、育種プログラムの特定の目的および対象となる品種に応じて、さまざまなバリエーションがある。

いずれの選抜手法でも、育種プログラムの継代世代から個体もしくは系統を保持あるいは排除するために育種家が行う測定は、生産者、加工者、消費者の要求に依存している。これらの測定は、植物の高さ、倒伏性、魅力性の測定といった単純なものであることもある。また、植物病原体の人工的な接種に対する個体の反応性の測定、あるいは穀物に含有される油脂、タンパク、毒性物質の化学的解析などのように複雑な場合もある。一般的には、選抜は測定した多くの形質を連続的(個体ごとの選抜除去)あるいは集団的(加重価を与えた選抜指標の使用)に考慮して決定されるが、前者のほうが概して経済的な効果に優れている。

有性生殖を行う品種では、集団における遺伝の固定が要求される。これは、自家受粉種では近交により系統内の個体の遺伝的均一性を得ることによって、また他家受粉種では系統内の個体の任意交配によって達成される。遺伝の固定は、選抜過程に先立つか(自家受粉品種の場合)、選抜過程と同時に発生するか(自家および他家受粉品種の場合)、選抜過程に引き続いて起こる(その代表は、他家受粉品種)。育種集団での固定は、育種家の選んだ属性が系統の継代世代で確実に維持されるために必要である。無性生殖品種では、増殖過程により固定される。

植物育種プログラムで遺伝的に固定した選抜系統(潜在的品種)は、通常次の点で詳細に評価される。

- 地理的および生殖システムの適応(選抜系統の生育可能性、生育場所、生育方法の決定)
- 生産性特性(生産性、害虫およびストレス耐性、収穫の容易さなどについて、選抜系統を商業的生産ラインに乗っている既存品種と比較し、相対的価値の決定)
- 加工特性(例、小麦の製粉特性、サトウダイコンの抽出性および糖分産生性、果実や野菜の貯蔵性など)
- 消費者特性(ダイズのタンパク含有量、小麦のパン製造あるいはペストリー製造での特性、多くの果実や野菜の味特性、装飾用品の外見および外見の維持性、など)

一般的には、これらの評価は改良系統が地理的に適応できると思われる幅広い領域で実行され、通常の場合、適応可能地区の様々な気候パターンが測定に反映するよう数年にわたって実施される。通常、評価試験は1か所もしくは2,3か所で開始され、その後、適応可能な場所および市場の関心をカバーできるよう試験場所を広げてゆく。系統(潜在的品種)を対象とした評価試験の拡大は、まず種子(珠芽)が取得できるかに左右され、次に過去に行われた以下の点に関する情報の評価を考慮することで決定される。それらは、適応が可能な範囲、環境的な変数に対する品種の感受性、適応可能地域での生産集約性、また多くのOECD加盟国では、新品種の登録に伴う規制の条件である。評価試験は、通常の場合、育種家、植物品種規制組織、当該品種を専門とする農学者と植物保護研究家、当該系統の加工および消費者に関する形質を評価できる加工業者、当該品種に対する生産者の推奨や適応値域に精通している専門家などによる協同作業である

潜在的品種の拡大評価の時点で、植物育種家は通常、選抜された系統のベースとなる種子ストックあるいは無性珠芽の大規模な増殖と純粋化を開始する。通常これらの作業は、商業的な増殖に十分な種子もしくは珠芽の提供を保証するため、またベースとなる種子や珠芽が浮動、変異、汚染などで遺伝的に変化しないよう、当該品種に商業的価値がある限り育種プログラムを通じて継続される。

上で述べたような体系的な植物育種プログラムが、過去に行われてきた緩やかな栽培植物化の過程と取って代わった。1世紀に及ぶ体系的な植物育種のおかげで、栽培品種の基本的な遺伝子資源(遺伝的な可変性)は近代社会の要求を満たすことのできる優良な栽培品種へと精錬され、同時に近代社会が成し遂げた栄養面での健康の顕著な向上においてもこの育種が重大な役割を果たした。ほとんどのOECD加盟国では、優良な栽培品種と優れた生産加工技術や流通システムとが組み合わさることで、人間の営みの中で農作業に費やされる割合が著しく減少した。しかし、積極的に植物育種に携わっている者の多くは、自己満足に浸っている余裕はないことに気づいている。常に増加し続ける市場の要求、多くの栽培種で枯渇する遺伝子資源、植物栽培のための環境資源の枯渇(耕作可能な土地、植物栄養分など)、天候状況(例、温室効果)や世界人口の安定に関する不安定要素が、疑いもなくこれからの数十年にわたって植物栽培システムに重くのしかかってくるだろう。

次章以降では、いくつかの重要な栽培植物品種について、その簡単な歴史、役割、優良品種の開発にあたって採用された方法なども含めて述べている。この記述によって、植物改良品種がどのように開発され、現代の栽培システムに参入したかが、総括的に示されている。

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