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序 文

J.E. Veldhuyzen van Zanten著


生命はその存在以来、常に危険にさらされてきた。生物はその存在のどの時点においても危機に直面していたのである。生きていくために必死に努力し、あるものは生き残り、あるものは消えていった。適者生存は、自然淘汰によって決定されるのである。

作物の育種は、自然淘汰を亢進させる方法である。人類は、大規模農業からグロースチャンバーにまでいたる栽培環境を作り上げた。人類は作物の遺伝子を組換え、そうすることで、人間の利用のために生物を適応させ、生物がより生存しやすくなるような知識と経験を得てきた。

OECDバイオテクノロジー安全性専門委員会の作物に関するサブグループでは、これまでにこうして積み上げられた豊富な知識と経験に注意を向けることにした。その結果、世界的に見て重要な主要作物17品種とその親種について、遺伝子組み換えプロジェクトの主要ターゲットであると判断し、その重要な形質、生理学、毒物学、環境での反応について検討を続けてきた。この概要では、植物育種のそれぞれの分野で権威のある著名な著者たちが世界中から集まり参与してくれた。

別に公刊された「農作物育種手法の歴史的な考察」は、決して植物育種に関する科学的な教科書ではない。これは一般向けに書かれたものである。農作物がいかに野生種から派生したか、またそれぞれの植物品種がもつ特別な形質を利用するにあたりどのような目標が求められてきたかなどについて、洞察を提供するものである。栄養学的な品質、そして作物の安全性については特に留意した。作物を環境にさらす場合の「一般的な手法」について明確にし、選抜、交配、試験の各段階における圃場への公開について観察を行った。

育種材料は、最終的には変種の種子となり、農業システムにおいて大量に播種される。変種は、遺伝子の優良な組み合わせである。疾患および害虫への耐性があり、持続可能な成長に関する強力因子を保有している。

限られた品種を広大な領域で使用することにより、作物の遺伝子の多様性を減少させる可能性がある、という議論もある。この研究では、作物育種家が社会の要求に応じて定期的に生殖質を交換することでこの潜在的な問題に対していかにうまく対処しているかを示した。

作物に関する報告は、それぞれに固有の生殖様式に応じて整理されている。第一群は、完全あるいは主に自家受粉するものである。これには、大豆、小麦、米、トマト、綿、タバコなどがある。キュウリおよびメロンも、高い自家受粉率を示す。自家受粉は、高度の同系交配によって、均一な品種を提供する傾向にある。しかし、これらの作物の多くでは、F1雑種の利点が認められ採用されている。

第二群は自然状態では他家生殖の傾向を示すもので、そのためより不均一な性質の子孫が得られる。種子の増殖では、安全な隔離距離を遵守する必要があり、それぞれの作物に対して安全な隔離距離を十分に確保しなければならない。この群に含まれるのは、花粉が風により広範囲に散らばるトウモロコシやサトウダイコン、また虫媒による他家受粉をするヒマワリ、アルファルファ、アブラナ属の作物、タマネギ、カボチャ、スイカなどである。数カ国で観察された距離の実例数件を、本考察では提示している。均一なF1雑種品種がもたらす利点はこの群では非常に顕著である。育種家たちはこれまでF1種子の生産を管理するべく生殖メカニズムの改良に多大な努力を払ってきた。

第三群は、挿し木、根、塊茎、さらには組織培養で品種が繁殖する作物からなる。この群に含まれるのは、カサバ、ジャガイモ、サクラ属である。これらの作物の花が植物育種家の手によって新種を作成するために交配されることもあるが、通常の農法では作物は斉一なクローンとして増殖する。

それぞれの作物について、取り扱った問題を定められた順序に従って提示した。これにより、この歴史的な考察をそれぞれの作物に関して読むことも、あるいは特定の話題について読むこともできるようになっている。そのため、「珠芽の散布と生存の機序」や「毒物学的な作用」についての文献を探し出すことも可能である。

この歴史的な考察は、経験豊かな植物育種家によって書かれており、彼らに与えられた使命は、種子に関して現在ある規制も含め「一般的な農法」について純粋に記述することであった。このため、この文書は網羅的なものではない。著者たちには、最新バイオテクノロジーに関連する規則上の問題について議論をしないよう求めた。著者たちに与えた唯一の指示は、政策決定者、規定者などこの分野の専門家ではない者に対して、作物の環境安全性に関する歴史的な基準線を「一般的な農法」に基づいて提供するべく、彼らが理解できるように文章を書くことであった。

「種の起源」のなかでチャールズ・ダーウィンは、近しいがために新しい展望を見逃すことがある、と指摘している。彼が述べているケースは、事実に精通しているがために自然淘汰の法則が曖昧になってしまう、ということであった。現在ではこの精通性のために、これらの歴史的データが持つ価値をよりよく理解できるまでは、そして理解することがなければ、遺伝子組み換えのもたらす可能性を無視することへと繋がる恐れがある。

植物育種家は自分たちが取り扱う作物の遺伝学にとてもよく精通しており、その科学分野の新技術について、安全かつ有意義な使用法を探索し始めている。この歴史的な考察では、数多くの実例が見られるだろう。

この研究で取り扱った17作物は、その源を中近東、中央アジア、中国、インド、地中海沿岸、オーストラリア、アメリカに発している。しかし、そのいずれも現在では世界中に広まっている。

栽培植物化された品種はどれも野生種との関連が判明しているが、その頻度は非常に異なっている。タバコ、ヒマワリ、アルファルファ、カサバ、ジャガイモ、サクラ属では、60種以上もの近縁種が存在している。しかし、大豆、小麦、トウモロコシ、サトウダイコンでは、わかっている近縁種は10種にも満たない。実際トウモロコシの場合、野生種はメキシコおよびグァテマラでだけ生育しているブタモロコシ(teosinte)のみであり、これらの場所では採種圃でブタモロコシとトウモロコシの交雑が起こりうる。

自然異系交配についても報告した。しかし、その発生数は少ない。トウモロコシを別にすると、日本、インド、アメリカでの交雑可能な赤米、ハワイの野生種の綿(通常ハワイでは綿は生育しない)、地中海沿岸での野生種ビート(種子増産圃を汚染する恐れがある)、野生種セアラゴム(カサバと容易に交雑する)などがある。適切な作物管理により、これらの問題に対処することが可能である。その一例が、野生種ビートの存在下で行うサトウダイコンの変種個体群による種子生産である。圃場が広大であるという条件の下、変種が大量の花粉を産生し、そのもうもうたる花粉粒子のおかげで、野生種ビートの花粉による種作物の汚染が阻害される。しかし雑種の種子作物はフダンソウ属の野生種の近隣では生育することができない。現在では種子生産者はそのような区域を避けている。

毒物学的問題の重大性は、一見で予想するよりも低いものである。大豆はトリプシン阻害因子を含んでおり、これはウシ飼料としては好ましくない。食品中の小麦グルテンは、しばしば健康上の問題を引き起こし、また小麦の花粉は呼吸器系のアレルギーの原因となりうる。過剰成熟したアルファルファ牧草に含まれるリグニンは、家畜での消化性を低下させるため、アルファルファの作物管理では、飼料の早期収穫を計算に入れなければならない。化合物の中には、製品の使用を妨げる毒性レベルにまでは決して達しないものもある。その例としては、キュウリの苦味、ある種の野生種グリーントマトに含まれるトマチン、ジャガイモのソラニン、飼料ビートの蓚酸などがある。カサバは、熱帯地方では人間の重要な主食であるが、これにはリナマラーゼという酵素が含まれており、根の細胞が破壊され空気に触れると毒性のグルコシドを生産する。タバコはニコチンを目的として栽培されているが、危険なレベルのタールを含有している。しかしながら、これらの毒性はよく知られた特性であるという意見もある。カサバのシアナミドは、適切な処置と調理によって処理されている。これはカサバを通常の食物作物としている地域においては、日常的に行われていることである。タバコに含まれるニコチンとタールは合法的な麻薬であり、それに応じて管理されている。これらの点については、更なる注意が必要であろう。

植物は、そのもって生まれた性質からして、野外の保護されていない環境で栽培されるものであり、この点については、品種改良された植物もその改良の手法に関わらず同様である。温室による隔離は、基本的というより特殊な例であると思われる。隔離あるいは封じ込めは、開発の段階とは関係していない。例えば、すでに確立したサトウダイコン種の原種子生産では優良株を温室に入れるものの、耐寒性トウモロコシの雑種の同系交配は、圃場試験で行われる。綿の新種候補品種は20種の検査を通過しなければならず、これは年数×試験場所数で表される。最良の候補品種が承認された後に、品種の市場への出荷が認可される前にさらに4段階の種子増産が設けられており、この一部は委託を受けた種子栽培者に任されている。

この作物研究の結果、植物バイオテクノロジーの時代はすでに始まっていることが明らかになった。植物育種家たちは、トマト、トウモロコシ、サトウダイコンなどにおいて、彼らの扱っている遺伝子が他の遺伝子の間で占める位置をより正確に決定するため、いわゆる「指紋」テクニックであるRFLP(制限断片長多型)を診断ツールとして用いている。タバコおよびサトウダイコンでの半数体や体細胞交雑の再生について述べられているが、この手法は綿、トマト、アルファルファ、アブラナ属、ジャガイモでも実施されている。遺伝子導入は、現在では多くの場所で、トウモロコシや米を含む数多くの作物に適用されている。植物育種家は一般的に遺伝子導入を従来の育種手法を補う追加の道具であると考えている。

結論として、作物のバイオセーフティ対策には、作物育種の性質に関する詳細な知識が必要とされる。この「歴史的な考察」では、植物育種の従来法に精通している有能な著者たちが有り余る知識と経験を提供してくれたおかげで、そのような基準線を提供できた。

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