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第11章 要約

本報告書で取り扱う範囲

11.1 最も複雑な動植物からごく単純な微生物まで、生きている生物の生物学的行動は、その遺伝子によって決定される。遺伝子操作は、ある生物の一つの特性、もしくは複数の特性を変えるために、その生物の遺伝子を意図的に変えるとして懸念されている。この報告では、そのような遺伝子操作生物(GEOs)の放出によって生じる環境問題について論じている。さらに、放出が環境に及ぼし得る影響や環境に対するリスクの識別、評価、最小限にするのに必須な処置、そして環境の保護を確実にするための必要な規制の準備について論じている。

11.2 遺伝子操作は、広い範囲に渡って論点を生ずる。環境的な問題のみならず、倫理的、社会的、政治的な範囲にも及ぶ。動物保護のような問題、少品種作物の普及による遺伝的多様性の損失可能性の問題と軍事的またはテロリストの使用に関しては、この報告では手短に述べた。しかしながら、その他の重要課題であるヒト遺伝子療法、ヒトの胚の研究、人間は新しい生物の形の創造を探るべきかどうかという基本的な問については、われわれの審議の付託事項の枠外とし、検討していない。

自然における遺伝子変化

11.3 遺伝子の変化は自然状態でも絶え間なく起こっている。これが、突然変異を起こしたり、卵子の受精や花粉の飛散、DNA転換によって生成された遺伝子の新しい組み合わせとなる可能性がある。これらの過程で生じる個々の違いは、自然の選択に委ねられている。

11.4 何世紀にも渡って、人類は新株の植物や動物を作り出すために、自然な遺伝子変化の過程を利用してきた。技術の高度化によって、植物栽培家、動物飼育者は耐病性、収量、品質や他の経済的価値のある特性をもつ作物や、外見の良い、生理的に、または他の特色のある動物を作り出すことにおいて、大きく前進することができた。植物や動物の人為淘汰と集約的な繁殖法により、繁殖技術は概ね自然進化のタイムスケールのほんのひと握りの時間で新株の開発ができるようになった。しかしながら、その得られた新しい品種は、開発された株由来であり、元の株と根本的な差はない。

11.5 一般的に、このような方法での特定の形質の選抜や改良は、環境に危害を及ぼすとは考えられない。しかしながら、家畜や植物の近代的な品種にあわせた農畜産業を営んでいる地域の状況にともなって、われわれの環境は明らかに変化してきている。さらに、いくつかの作物品種は、最良の収穫高を得るために、灌漑や、肥料、農薬散布などの人為的作業に依存している。これらもまた環境に影響を与える。

遺伝子操作

11.6 過去40年に渡って、遺伝子構造とその操作に関する理解の進歩は遺伝子変化を操作する新しい可能性を切り開いてきた。現在、特定の遺伝子を生物から取り出し、別の生物に挿入し、複製して機能させることができるいくつかの実験室レベルでの技術が開発されている。このような遺伝子操作された生物は、関連のない種とのからみで進化している性質を示し、その遺伝情報を含むかもしれない。また、その生物は、自然に当の生物が繁殖できるような状況では極めて起こりそうにもない遺伝子の組み合わせを持っているかもしれない。遺伝子操作は、ほとんどのいかなる生物の遺伝子も、ほとんどの他の生物に挿入することが可能であり、性の適合や進化的な関係も問題とならない。こういった点で、伝統的な繁殖技術とは質的に異なっている。

11.7 しかしながら、繁殖技術の進歩は、その技術と遺伝子操作との間に重なり合うグレーエリアを作り出した。このため、また、遺伝子操作という科学そのものの急速な発展のために、遺伝子操作を明確に定義することは容易ではない。 本質的特徴は、意図的な生物の核酸の操作である。これには、他の生物からの遺伝子の挿入、遺伝子の再配列や重複、遺伝子欠失や新しい遺伝子の構築が含まれる可能性がある。このようなコンセプト(概念)に該当する遺伝子操作技術には、組換えDNA(rDNA)技術、マイクロインジェクション、プロトプラスト融合があげられる。われわれの見解では、あるプロセスが遺伝子操作であるかどうかは、その関連技術によって決まり、結果が必然的に(自然に)生じるかどうかの判断ではない。またこの見解に基づいて、生物は、単純に考慮から除外されるべきではない。遺伝子欠失の場合は特に関連性がある。いかなる定義も検討され続けることが重要である。

11.8 われわれは、衛生安全委員会(Health and Safety Commission)の 環境への意図的な放出の定義を採用している。すなわち、意図的な放出とは、環境への生物の拡散(とその核酸の拡散)を最小限に抑えるための特定の手順や装備、物理的なバリヤーを配備した設備や施設といった封じ込めの対策を怠ったすべてに適用するということである。

バイオテクノロジー

11.9 現時点での遺伝子操作は、バイオテクノロジーとして分類される全活動、この中には、チーズ製造や醸造のような伝統的な製法も含まれるが、その中のほんの一部にすぎない。バイオテクノロジーに関連する多くの製法が、食酢工場のように封じ込め施設の中で行われている。しかしながら、上述したように、伝統的に育てられた作物や動物と同様、開放された環境下で人間によって利用されてきた生物であるという長い歴史がある。自然発生的なウイルスをベースとした多くの農薬が市販されており、土壌バクテリアRhizobiumは、エンドウ豆、インゲン豆やその他関連作物の成長をよくするために、世界中で使用されている。遺伝子操作の技術は、放出を著しく増加させ、また、放出された生物の多様性を増し、放出を行う規模も非常に大きくなる可能性がある。

11.10 遺伝子操作を用いて開発されたワクチン、薬剤、診察キットは、すでに販売されている。新種の害虫抵抗性植物が開発中である。食品加工、汚染制御や他の多くの分野での応用が続くと思われる。

放出された生物の環境への影響

11.11 多くの新しい技術と同様に、改良は、好ましくない結果を生じるリスクを伴う可能性がある。これまでのところ、放出は、実験的規模で行われており、環境に対する悪影響については知られていない。しかしながら、残存している生物や定着している生物がさまざまな方法で望ましくも、望ましくなくも環境に影響を与える可能性はある。一部の放出は、環境中の種の多様性を変えるかもしれない。このような影響は、農作地域で著しい変化を生じる可能性があり、経済的に影響を及ぼす可能性もある。いくつかの生物は、ヒトの健康に脅威を与える可能性があり、極端な場合、新しい生物が気象パターンや窒素サイクルや他の土壌再生プロセスのような重要な環境プロセスに影響を与えることもありうる。

11.12 英国における最初のGEO放出の一つは、遺伝子操作ウイルスだった。改変されていないウイルスは、特定の幼虫(毛虫、いも虫)にしか効かず、何年間も生物学的殺虫剤として安全に使用されていたが、このウイルスは、化学殺虫剤と比較して効果が遅い。そのウイルスの放出は、受け入れ難いリスクが生じないことを確認するために注意深く評価された。特定の目的のためのウイルスの操作であっても、毒性や、感受生物の範囲のような他の特性を有毒なまた予期せぬ方向に変えることもある。

11.13 植物を食べる昆虫を殺すための操作をする場合、ヒトや他の非標的動物が影響を受ける可能性を念頭に置いておくべきである。また、広域にわたる、操作された植物の栽培は、特に、もし関連遺伝子が花粉飛散などによって他の植物に広がった場合には、その毒素に対して抵抗性のある昆虫の発生や拡散を助長する可能性がある。また遺伝子の拡散により、他の非標的昆虫が毒素の被害に陥る可能性もある。

11.14 パラグラフ4.8から4.11とAppendix5では、他の放出、すべての圃場試験、これらに関連して生じている環境に対する懸念を要約している。環境へのGEOの放出の実績が限られていることから、環境への非操作生物放出の影響を研究することは参考になる。ただし、必ずしもGEOの放出と全く類似した結果を示すとは限らない。

11.15 新しい環境に導入された外来種の環境的影響について、多くのよく研究された事例がある。いくつかの例を、4章で取り上げている。英国諸島に持ち込まれたとされる外来種の植物、動物、微生物の約10分の1が定着していると推定される。これらの約10分の1は、何らかの有害なものとなるが、その程度は、比較的軽いものから重い被害を及ぼすものまで様々である。

11.16 いくつかのGEOは、環境に対して、伝統的な方法で品種改良された作物や鑑賞植物の新しい品種と同様な影響をもたらすと考えられるかもしれない。もし、ある新しい作物品種が商業的に成功すれば、作付面積は大規模なものとなり、環境に重大な影響を及ぼすかもしれない。さらに、多くの家畜や栽培植物は人間の介入なしでは長く生存できないが、一部の家畜は、野生で自立した野生化集団を確立している。同様に、いくつかの作物、例えば油糧種子ナタネも、非耕作地に定着している。雑草のように野生化した植物はしばしば害を及ぼす。

リスクの評価

11.17 環境には、一般的に回復力があり、外来生物による侵入にも抵抗力があり、生物学的混乱に対して強健であるが、何らかの生物がひとたび環境に放出されると、そこに定着する可能性はある。ほとんどの場合、何ら危険性を及ぼすものではないようだが、まれにさまざまな程度の障害を引き起こす可能性があり、極端な場合には、深刻な影響を環境に及ぼすこともある。

11.18 環境への影響の予測は困難である。しかしながら、多くの放出案は、その挙動が野生種よりもより把握されている家畜や栽培作物を対象とするだろう。

11.19 産業界は、制御しきれずに拡散する可能性や、環境中で永続的な適性を見出す可能性のある作物を故意に導入することには関心がないようである。しかしながら、遺伝子操作は、ある生物が害のあるものになることを防いでいる遺伝子の限界を故意に、または偶然に取り除くことを可能にする。加えて、放出後、GEO自身がその環境適性に関して、自然淘汰される対象となる。

11.20 遺伝子、特に新しい遺伝子が他の生物へどの程度広がる可能性があるかということは、GEOの放出のリスク評価におけるひとつの重要な不確定要素である。まず、ある導入された遺伝子が広く蔓延する可能性の仮説を立てることから始めて、それからその仮説を厳密に調査するのが賢明であろう。

11.21 不注意によって、環境上無害な生物を有害な生物に変えてしまうリスクは低いと思われる。病原性は多くの遺伝子の複合効果で生じる。植物が厄介な雑草になる能力と同様である。しかしながら、一部の生物は、すでに多くの必須な遺伝子を持っており、実際、既知の病原体や雑草と関連性があるかもしれない。このような生物を操作する場合は、その生物が確実にヒトや環境に対する脅威とならないように注意深く綿密に調べる必要がある。

11.22 ウイルスの放出は潜在的メリットを生ずる。しかしながら、ウイルスのゲノムは非常に小さいため、その操作は、植物や動物の操作よりも重要で意外な効果をもつ可能性がある。ウイルス、特にレトロウイルスは遺伝子操作、特に動物の遺伝子操作におけるベクターとしても有用である。しかしながら、レトロウイルスの使用は、リスクをもたらし、レトロウイルスやそれらを使用して操作された動物の放出は、細心の注意を払って取り組むべきである。

11.23 実験室での遺伝子操作作業の安全性に関する1970年代の懸念は、厳しい封じ込め協定の作成につながった。この協定は安全性の確信が高まれば徐々に緩められる。環境中の生物の挙動についての知識にいまだ大きなギャップが存在するため、科学者が新しい生物を開発する際には、その応用する工夫部分に注意を払い、最初に慎重なアプローチを行うということが、今後の責任あるやり方である。

11.24 必要であれば、放出後に植物や動物を回収したり、根絶したりすることは可能かもしれない。しかしながら、鳥類、魚類、小哺乳類や昆虫は、ひとたび放出されると元に戻せないと思われる。植物の根絶は、適切な除草剤等を用いた方法で可能であるが、一度ある品種が商業的に放出されると、植物育成者が他の植物との交配のために大規模に後代種を使用しているかもしれない。あらゆる後代種から導入された遺伝子の根絶は、極めて困難であろう。

11.25 植物の商業的放出を考えた場合、広範囲にわたる播種の影響に気を配る必要がある。現在の商業的に使用されている品種で生育能力があるサンプルは保存されるべきで、そうすれば、もし将来必要な場合には元に戻すことができる。導入された遺伝子に関する情報を含む植物品種の履歴を記録した系統登録が必要である。さらに、将来の参考のために、新規遺伝子を導入した生物を放出する前に、その導入した遺伝子のDNA配列を特定すべきである。

11.26 いくつかの疾病誘発微生物については、根絶することに成功している。例えば、全世界的には天然痘地域的には口蹄疫がある。しかしながら、一般的に根絶は困難で費用がかかり、いつも成功するわけではない。放出を行う前に考慮すべき重要因子は、GEO、またはGEOから他の生物に拡散する可能性のある遺伝子を、環境から回収、または根絶することができる範囲である。

11.27 DNAは、化学物質であり、多くは排泄、生物の死や腐敗の自然プロセスの結果として環境に放出される。ほとんどの他の一般の生物材料のように、DNAは一般的に速やかに分解される。ある環境条件下では、DNAは分解されにくくなるが、この発生頻度やその因果関係についてはほとんど知られていない。遺伝子技術の開発に伴い、特に構築された核酸分子が生産された場合、その核酸分子を注意深く廃棄処理する必要があるだろう。一部は、生物分解に抵抗性をもつ可能性がある。

11.28 多くの状況下で、生物学的産物は非生物学的代替物よりも安全で汚染がないように思われる。しかしながら、好ましくない残留物を残さず、ヒトに対して毒性のない選択的に速やかに分解する化学農薬を開発することは可能で、生物学的産物よりも有利かもしれない。こういった方向での研究は継続して行なわれるべきであり、農薬の必要性を減少させる総合的害虫管理のような実践的農業の開発も必要である。

リスクを最小限に抑える手続き

11.29 病原性生物は、わが国ではすでに法規制の対象となっている。微生物を含む多くの他の生物は無害であり、有益でさえある。環境における生物の挙動に関する多くの問題は、実験室や封じ込めの人工環境の中での研究に直ちに反映されるものではない。注意深く監視され、無視できる程度のリスクを生じるGEOを用いた圃場試験は、放出に関するモラトリアムよりも安全性により大きく寄与するだろう。もし、この報告書の勧告が実行されれば、懸念を生じる恐れのある放出の提案を識別することが可能となるはずであり、その放出の進行を抑える必要がある場合には、個別に適切な処置ができるであろう。安全と思われる放出の進行を妨げる環境上の正当性は見あたらない。われわれの提案では、このような安全な放出に対し、必要な保護手段とともに進めることを認めている。

11.30 例えば農薬や食品添加物のような一部のGEOは、現存する製品規制の対象となるであろう。これらの規制がある場合、この規制が関連するGEOを評価する一次チャンネルとなる。しかしながら、GEOに関しては、GEOの挙動に関する特別な知識を持ち、環境への影響を判定する能力を持った識者によって、特別に精密な調査が行われる必要がある。また、このような綿密な調査は、製品規制のない場合にも必要である。近いうちに、より広い製品規制の信用性を重視して、実績の積み重ねにより、特別にGEOに焦点をあてた規制の再検討が行なわれるかもしれない。しかしながら、現状の知識で、この規制を進めるのは賢明ではないだろう。

11.31 すべての提案された放出は、この技術開発段階で、国の専門家委員会(放出委員会、Release Committee)による精密な調査を受けるべきである。そのような精密な調査の前に、そのGEOを開発している組織の拠点のある地域の委員会は、熟考された提案のみが国の精密な調査を受けるようにその提案を審査するべきである。うまくいけば、地域の精密な調査のみで放出のタイプを特定することが可能となるかもしれないが、相当多くの放出の実績が得られるまでは、行われるべきではない。

11.32 生物のカテゴリーは、きちんと整備されるべきであり、放出の提案は、その指定カテゴリーによって異なった扱いをされるべきであるということが広く指摘されている。この指摘は望ましく、達成可能な目標であるが、現時点で精密な調査を免除してもよいカテゴリーを規定することは軽率であろう。それぞれのGEOの放出提案にケースバイケースの評価が不可欠であるが、過度の負担をかける必要はない。多くの提案は類似した問題点を生じるものと考えられ、精密な調査は、環境や生物の新しい側面に集中すれば良い。提供される情報は、よく理解されている場合には少ないであろうし、その提案本来の不確かさに左右されるであろう。そして、その提案は、放出過程に伴い、得られた情報を踏まえて必要に応じて修正される。

11.33 放出委員会(Release Committee)に提出される情報は、提案者が一連のリスクアセスメントを行ったという確かな証拠を示し、委員会が、提案された放出に関するリスクの情報に基づいて判定を行えるよう、十分に詳細に渡るべきである。進行中、または計画中の研究プログラムは、知識のギャップを埋めるのに役立つはずである。われわれは、遺伝子操作に関する諮問委員会(Advisory Committee on Genetic Manipulation)が情報とリスクアセスメントのためのガイドラインの改訂に取り入れている手法を支持する。

11.34 さらに、何らかの制度がなければ気付かない可能性のある危険がある。これについて、人々が考えるように働きかける制度が必要である。HAZOPとして知られる手法は、化学業界でこの目的のために使われている。この委員会は、放出提案の異なる背景状況にあわせてこの手法を開発している。

11.35 放出前にGEOの挙動を実験できる人為的環境は、モデル生態系(microcosm)として知られているが、この環境を創り出すことは、環境へのリスクを減らす有用な方法となりうる。しかしながら、モデル生態系での実験結果を環境中の生物の挙動に結びつけるのは困難なことがある。また、大きい動植物の使用も困難である。

11.36 新しい生物の開発の段階ごとに、導入される不確定因子を確実に制限することによって、さらにリスクを減らすことができる。実験室から広範囲に及ぶ放出までの過程は、それぞれの封じ込めの程度を徐々に緩めていく一連の段階を経て行われるべきである。さらに、放出の改革を行う際には、段階的なアプローチで行うべきであり、そうすれば、それぞれの段階での改変で、許容されない程の不確定因子の入り込む余地はない。

11.37 生物、特に微生物を衰弱させるメカニズムを操作する方法については、環境中に望ましくない持続性が生じるリスクを最低限に抑えるための研究が行われている。このシステムは、全体的には有効に働かない可能性があり、またある状況下では、実践的に使用できないかもしれない。それでもやはり、特に実験的圃場試験では、衰弱化は、しばしば放出に関連するリスクを減少するのに有用である。放出された生物の拡散に関する物理的制限と化学物質での根絶処置も実践で推奨される。

11.38 放出者は、例えば、精密な調査、モニタリング、浄化、偶発事故の際の取り決め等、放出を行う際の実施要領について明確なアドバイスを受けるべきである。これらの処置が順守されているかどうかは、監査官が確認すべきである。放出の結果を監視する範囲、方法と手筈は、提案を評価する際に放出委員会(Release Committee)が検討すべきであり、GEO、あらゆる導入遺伝子、放出による環境への影響、あらゆる予期せぬ生態系事象の拡散を対象とする必要があるだろう。付加した遺伝物質に付随マーカーの配列が安定しているかを、モニタリングすることは望ましいかもしれない。抗生物質耐性マーカーの使用については、環境における抗生物質耐性の拡散が増えないように、バックグラウンドを検討する必要がある。GEOの放出が病原体の抗生物質耐性遺伝子の拡散を助長するような事態を生じることは極めて望ましくない。

11.39 環境の全般的なモニタリングは、予期せぬ変化を検知したり試験したりするのにも有用である。この分野で体系的な調査方法を確立するために、ボランティア団体やその他の団体の仕事に基づいて、モニタリングを調整できる範囲がある。DOEは、率先してこれを推進し、資金を提供するべきである。

11.40 放出委員会(Release Committee)は、終了時に、あるいは、たとえ試験中であっても予想できる放出試験の結果に関する情報を特定のカテゴリーに類別するべきである。放出委員会は放出の結果から得られた情報について、定期的にレビューを行うべきである。各国の評価団体との国際的情報交換もまた、放出提案の評価に役立つ貴重な資料となるだろう。放出に関する国際的データベースは、放出活動の初期において計り知れないほどの価値を持つだろう。

規制

11.41 原則的に、いくつかの既存の法的基準は、環境へのGEOの放出の規制に使用できる。規制毎に適用される生物の範囲は限られているので、全ての規制をあわせてもその範囲を網羅することは出来ない。HSEは、衛生安全労働法(Health and Safety at Work Act 1974)の法的権限下で、簡単に法令の支援を受けられるように任意の通知システムを管理している。しかしながらこの法令は、自然環境に対するリスクの放出を対象にしているので、ヒトの健康や安全には影響を及ぼさない放出の規制には適応できない。このため、別の新しい法的権限が必要である。環境大臣は、GEOの放出の環境への影響に関する規制に対して、第一義的責任を負うべきである。

11.42 新しい法的権限は、衛生安全労働法(Health and Safety at Work Act) の条項に補足し、既存の協定を発展させた形をとるべきである。対処の法的義務としては放出の責任を課すべきである。法令は、環境大臣が規制を技術、知識、実績に対応して改正できるよう枠組みを規定するべきである。

11.43 放出を行うには、事前に放出認可を要し、放出委員会の助言で連携して活動しているHSCと環境大臣が発行するべきである。また、それらGEOの放出の責任者登録も必須とすべきである。モニタリングや情報の一般公開の条項を含む規制の詳細な勧告は12章に記載している。

11.44 遺伝子操作生物の放出に関する厳しい規制の施行は、非操作生物の選択と開発を刺激する可能性もある。その結果、環境に対して、いくつかのGEOと同程度大きな脅威となりうる。政府はこの問題についても検討すべきである。

国際的側面

11.45 デンマークとカナダには、GEOの意図的な放出に対応する包括的な法令がある。その他の国々は法令を検討中、または米国のように他の目的で制定した法令を適用している。OECDは放出のさまざまな側面を調べるワーキンググループを設置している。われわれは、これらのOECDの活動を強く支持し、英国政府が引き続き主要な前向きな役割を果たすことを望む。UNEPもこの問題を検討している。

11.46 欧州委員会は放出に関する指令(Directive on release)の草案を発表した。実験的放出に関する規制の提案は、われわれが作成したものと多くの共通点があるが、GEOを含む製品のマーケティングに関する提案については二つの懸念事項がある。

11.47 第一に、ひとたび、加盟国の一つで、ある製品の放出が認可されれば、他のどの国でも制限するべきではない。われわれは、生きている生物とそれらの環境との関係については、提案されたGEOの放出が適切な環境状況で検討されるべきであると考える。草案のこの部分については、さらなる熟考が必要であり、欧州委員会と加盟国の間での注意深い討論のテーマとすべきである。第二に、草案の製品セクションにある多数の除外製品リストは、提案の価値を著しく低下させる。

11.48 指令草案の一般情報公開に関する提案は、われわれのものと大変よく似ている。GEOの封じ込め作業に関する別の指令草案は、廃棄物処理、意図せざる放出に対する予防措置、事故が発生した場合の緊急事態計画についての提案が記載されており、これらは、われわれの見解と非常に共通している。

11.49 われわれは、欧州委員会による以下に関する提案を支持する。それらは、放出提案についての情報交換、討論のための加盟国当局者の定例会議の開催、バイオテクノロジー、特に放出のリスクアセスメントに関する拡大研究プログラム、放出に関するデータベースの作成である。

11.50 バイオテクノロジーの領域は、一般に、発展途上国に楽観主義をもたらす要因の一つである。しかしながら、発展途上国には、遺伝子操作技術の適用により先進国における彼らの製品の市場を失う等、問題を悪化させるかもしれないという懸念もある。われわれは、先進国での制限規制により、企業や研究機関が他の地域のより甘い規制枠組みを利用することを助長する可能性に着目している。このことは、国連の主導でOECDが行っている作業に、より大きな重要性と緊急性をもたらしている。一貫した規制の枠組み作りを働きかけ、すべての国が連携してこの領域でのその国自身の能力の発展に確実に役立つよう引き続き国際的な活動が必要であろう。

その他の問題

11.51 放出委員会(Release Committee)と協議の上、ACGM、HSE、DOE、MAFFは、GEOの流出による環境への危害の可能性を考慮してGEOに関する封じ込め作業についてのガイドラインを修正するべきである。

11.52 商業的に生産されたGEOの使用や保存における事故のリスクは、GEOの製品、またはGEOを原材料とする製品の提案が評価(アセスメント)の段階に進んだ時点で検討する必要がある。危険が生じる可能性がある場合は、保管や使用、廃棄処理、事故が生じた場合の行動の指示等の明白な製品への表示が考慮されるべきである。

11.53 遺伝子操作活動の規模が大きくなると、新しい製品の製造、保管、輸送、使用、廃棄処理に携わる人々にとって他の産業で起こった事故から教訓を学ぶことは重要であろう。HSEは関連業界がリスクを減らすための適切な処置を確実に取るようにしなければならない。事故発生のリスクを減少させることを目的としたプロトコルは非常に重要である。スタッフは適切に訓練されるべきである。これらに対応した計画は事故の成り行きに対応して作成するべきである。

11.54 汚染監察部(Her Majesty’s Inspectorate of Pollution (HMIP)) は、遺伝子操作技術の発展により生じる廃棄物処理問題を検討し、対応当局と協議の上で、廃棄物処理の最良の実践的環境オプションの選択( BPEOs )に関する助言を発表するべきである。GEOの、またはGEOを原材料とする提案製品は、評価(アセスメント)のために提出されるが、その認可については、廃棄物や残留物が安全に処理でき、製品の表示に廃棄物処理に関する助言が記載されている場合に限って認められるべきである。GEOをに関連した加工の範囲が広くなった場合、生物学的廃棄物やバイオテクノロジー廃棄物におけるGEOの処理ガイダンスとその施行は、その時点で適切であることを確認するために、常に見直しを検討するべきである。圃場試験に推奨される廃棄物処理の処置についても、同様に検討するべきである。

11.55 8章で、われわれは、放出についての情報は、他のほとんどの製品に関する情報よりも幅広く一般に開示することを勧告している。この情報のいくつかは、他の企業にとって商業的価値のあるものとなりうる。商業的な開発の存続性を損なうことなく、即ち、革新を駆り立てるものにダメージを与えずに、公共に十分な情報を開示でき、十分な保護の得られるような知的財産権の制度の開発が行われるべきである。

11.56 われわれはこの報告が、GEOの開発や利用によって得られるメリットやその環境への放出に必然的に伴うリスクについて、さらに、そのリスクを評価し、放出を進めるべきかどうかを決定する現在のまたは提案されているシステムについての論議が活発に行われることを期待している。遺伝学と生態学は、学校のカリキュラムに含まれるべきである。生徒は、提案された放出の環境に対する影響を判断する材料を知っているべきである。

11.57 環境へのGEOの放出を支える基礎科学の実質的に機能強化された研究拠点を大学や研究所に設置する必要がある。この基礎研究は、関連する政府の省庁によって委託された特定の環境問題に関するプロジェクトで補足されるべきである。

11.58 遺伝子操作に関する今後のさらなる研究領域として、次のものが指摘されている。環境中のGEOと付加された外来のDNAの痕跡と動きを検知するための良好な遺伝子マーカーの開発と特に小さい生物を監視する迅速で簡便な監視方法の開発。

環境中での衰弱メカニズムの検証
操作されたゲノムによる遺伝子発現の理解と制御

11.59 基礎的な生態学の研究は、重要であり、継続的に十分な資金提供を受けるべきである。研究中に指摘された分野のいくつかは、次のとおりである。

基礎微生物生態学と分類学
環境中の微生物の進化と遺伝学
遺伝子の動態と残存に関する環境因子の影響
自然界の植物、動物、微生物の相互作用
放出地域における環境のモニタリング方法
実験室やモデル生態系の実験と圃場試験での生物の挙動の関係。圃場試験の結果と広範囲で使用される商業製品の影響の関係。

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