第10章 その他の問題
GEOs(遺伝子操作生物)の意図せざる放出
10.1 1970年代に遺伝子操作に伴う危険性についての懸念が生じ、そのリスクを許容レベルにまで下げるために、実験の封じ込めに関する取り決め(協定)の作成を行うことになった。わが国では、ACGMとその前身GMAGの助言に従い、健康安全執行部(Health
and Safety Executive:HSE)が実験室における研究の封じ込めを4つのレベルのいずれかに指定できるようにガイダンスを発表した。(67.111)その基本的な枠組みについては、下記の枠内に明記した。国外でも似たような目的の手引きがある。OECDは‘微生物学的(操作)の実施基準’の概念を具体化する事項について、国際的に合意したガイダンスを発表している。(78)
閉鎖系でのGEOsに関する作業(実験)のガイドライン
10.2 危険な病原体に関する諮問委員会(ACDP)の助言に従って、HSEは病原体封じ込めに関するガイドラインも発布している。自然に発生する病原体のみならず、病原体GEOsにも適用される。ACGMとACDPは、委員の兼任など密接な連携を保っている。
10.3 GEOsの実験室内封じ込めにおける失敗例はこれまでにほとんど知られていない。ある実験室で働く人がある生物によって感染した一例を下記の枠内で論じている。その作業が、疾病要因となる微生物を用いた医療目的の実験室研究ならば、病原体を使用する作業の適切な取り決めに従って行われるべきであった。その事例は、環境に対するダメージよりもむしろ研究室のスタッフの健康リスクに関連していた。われわれは、遺伝子操作技術の封じ込め使用が環境に対して何らかの確認された危害を及ぼすという証拠は入手していない。
遺伝子改変生物に関わるある偶発事故 ある実験室で働く研究者に、誤って小胞性口内炎ウイルス由来の物質を含む遺伝子操作ワクチンに曝された。このウイルスは、牛、馬、豚では、伝染性の脳障害を引き起こす。ヒトでは、インフルエンザに似た症状が見られる。その研究者は指の腫れと変形以外の症状はなく、約25日でその症状は消えた。その研究者の血清分析の結果、ウイルスに対する抗体を形成していることが認められた。感染は軽いものであったが、その理由としてその研究者が約30年前に天然痘の予防接種を受けていたこと、またはその遺伝子操作ワクチンは弱毒化されていたことが考えられる。(139) |
10.4 事故の報告事例がないということは、封じ込めの取り決めの信頼性を高めるだけでなく、技術の信頼性をも高めることになる。ガイドラインは、知識と技術が改善された場合には選択的に緩められている。しかしながら、封じ込めのガイドラインは完全にGEOsがヒトに及ぼすリスクに基づいている。GEOsの逸出による環境への危害の可能性については、考慮されていない。植物または動物の病原体に類別されるGEOsは、厳密に言えばそのような生物(パラグラフ7.14、7.15)に関する法の規制下の対象となるが、その他のGEOsは、第4章で示されているように環境リスクがあるかもしれない。後者の生物から生じるリスクは、ヒトに対しては無視できる程度であり、実験室内封じ込めでは一番低いレベルに指定される。しかしながら、環境へのリスクを考慮すれば十分ではないかもしれない。われわれは、ACGM、HSE、そしてMAFFが放出委員会(Release Committee)と協議の上で、この件について考慮するよう封じ込めガイドラインを修正すべきであると勧告する。
10.5 意図せざる放出は、封じ込め製造過程でも生ずる可能性がある。現在のところ、遺伝子操作生物を用いた加工は主にワクチンや診断用キットなどの医療用製品に集中している。多くの産業が事故を未然に防ぐための十分に検討された処理手順を有している。 遺伝子操作を利用する活動が盛んになれば、新しい製品の製造、保管、輸送、使用、処理に携わる人々にとって、他の産業で起こった事故からの教訓を学ぶことは重要となるであろう。われわれの懸念は、ヒトの健康と安全へのリスクを除いても環境への危害の防御が必要であろうということである。HSEは、関連する問題についての広範囲な経験と知識をもって、関連産業がリスクを減らしヒトと環境の両方に利益となるための適切な措置を確実にとるようにすべきである。
10.6 しかしながら、近いうちに、より広範囲な製品が製造される可能性がある。ここで生じてくる問題は、化学工場で生じる問題と似ている。商業的に生産されるGEOsの使用と保管中の事故は、制御できないかもしれず、またもしかすると危害を及ぼす放出を引き起こす可能性がある。GEOsやGEOsを原材料とする製品の提案が評価(アセスメント)される際に、このような事故のリスクを検討する必要がある。危害が生じる可能性がある場合には、保管、使用、処分、そして事故が起きた場合にとるべき行動についての指示書など、明確な表示が検討されるべきである。既存の法律と現行法での健康と安全のセクション6の一般的義務において、いくつかについては定められた特定の条件がある。我々は、パラグラフ8.18で、特定の商業的製品については、それらを取り扱う能力のある者によってのみ使用されることを確実にする何らかの法的権限が必要であると勧告している。
10.7 予防は治療よりもよい。それゆえ、実験室や試験圃場、生産加工工場での手順に関するプロトコールを適切に設計デザインすることは、事故発生のリスクを減少させるのに非常に重要である。職員は、十分に訓練され、GEOや関連機器を安全に取り扱う方法を熟知しているべきである。事故の対処法は、その後起こり得る事態に対応できるように立案し、スタッフはそれを実践する訓練を受けるべきである。われわれは、以下の欧州委員会の提案に同意する。対応案は次のことを網羅すべきである。
― | 万一、予期せぬ拡散が起こった場合のGMOs制御の方法と手順 |
― | 例えばGMOの根絶といった感染地域の浄化方法 |
― | 拡散後、または拡散中に曝された植物、動物、土壌などの処分または衛生管理法 |
― | 拡散により感染した地域の隔離法 |
― | 望ましくない影響が生じた場合のヒトと環境を守る計画 |
10.8 英国では、産業界において大きな事故が生じる可能性のある産業危険を制御するための規制がすでに制定されている(127)。この規制には、特定の産業現場(それらが引き起こす産業的危険性の程度によって特定される)を立ち入り調査し、特にその現場で事故が起きた場合に、ヒトの健康、安全と最小限の環境被害の両方に対する現実的な安全性を確保し、事故が起きた場合に地域社会によって現場で取るべき行動を含む非常事態計画を備える要求事項が含まれている。GEOsの使用や保管で同様な問題を生じる産業では、同様な予防措置が取られるべきである。
GEOsの製造と使用によって生じる廃棄物
10.9 GEOsの製造と使用によって生じる廃棄物の出所(排出源)としては、実験室、産業現場、農場などがあげられ、将来的には、ヘルスケアセンターや学校、一般家庭も考えられるかもしれない。最初の処理ルートとしては、埋立処分地、汚水処理場、焼却炉、堆肥積み、地上水(表層水)への排出が考えられる。多くの場合、病原体を扱う処置も含めて、生物学的廃棄物の現存の処理方法は、GEOsの処理にも適用される。この処理方法としては、混合処分を含む埋立処分や焼却処分前の排出源での蒸気加圧や放射線照射による殺菌後の廃棄物の分別といった処置が含まれる。どんな特別なケースでも適切な処理技術又は技術の組み合わせは、そのGEOの性質、製造するのに操作されたタンパク質の種類、環境に及ぼす潜在的な危害によって決まる。汚染監察部(Her Majesty’s Inspectorate of Pollution)は、廃棄物処理の問題で広範囲にわたる経験がある。われわれは、遺伝子操作技術の開発により生じるこの分野での問題を検討し、適切な専門家と協議の上、廃棄物の処理に関する最良の実践的環境オプションの選択(BPEOs)についての助言を公表すべきであると勧告する。
10.10 GEOまたはGEOを原材料とする製品案についての評価(アセスメント)の申し出があった場合(パラグラフ8.9)いかなる廃棄物及び残留物も安全に処理することが可能であり、廃棄物処理に関する適切な説明が製品に表示されている場合のみ、認可は与えられるべきである。すでに、病院からの生物廃棄物の処理のガイダンスは作成されており、(128)封じ込め産業工程から水道(水域)へのバイオテクノロジー廃棄物の排出は規制されている。GEOsを含む工程の範囲が広くなってきたので、生物廃棄物とバイオテクノロジー廃棄物に属するGEOsの処理に関するガイダンスとその執行が適切であるかどうかを確認するためにも継続して審査を行うべきである。例えば、GMOsの農業使用が増えた場合、農場は、多量の遺伝子操作物質由来の廃棄物を生みだすであろう。廃棄物処理の方法は、例えば、動物のワクチンとして使用したGEOsや害虫や病気から作物や動物を守るために使用したGEOsが、動物やヒトの食品として食物連鎖系に入り込まないようことを確実にするものでなければならない。同時に、作付けしていない専用地域に農薬を散布することにより過剰量の処理をするといった、認可された特定化学農薬の使用方法によって生じるあらゆる潜在的な危害についても考慮されるべきである。圃場試験の際に推奨される廃棄物処理方法についてもまた、検討を続けるべきである。
知的財産権(知的所有権)
10.11 第8章で、われわれは、放出についての情報を他のほとんどの製品に関する情報よりもより詳しく一般に開示することを推奨している。これらの情報の一部は、他の企業にとってビジネス上有用なものとなりうる。実際、放出している生物の性質に関するほとんどの基礎情報は、競争業者にとって追跡する価値のある方向性を示すものとして大きな興味となりうる。それゆえ、情報公開の制度に付随して、その情報が知的財産権による法的独占権の有効な処置で保護されることが重要である。
10.12 The Patent Act 1977(特許法令1977)は、“特許はいかなる種類の動物や植物、原則として動物や植物を生産する生物学的工程(製法)の特許は認められず、微生物学的工程(製法)やその製法での製品にも認められない”と規定している(Section1(3))。例えば、体重増加のために抗生物質を使用した動物の処置などのように、ある技術を含む工程(製法)によって生産された動物や植物の特許保護を取得することは可能である。しかしながら、この例は例外として、伝統的な育種法で得られた動物と植物は特許保護の枠外である。遺伝子操作は、多くの場合、微生物学的工程を含む。国内外では、遺伝子操作されたその微生物体の製法に対して特許が認められる。遺伝子導入植物と動物は、もしそれらが遺伝子操作の微生物学的工程(製法)で生成されていれば、その法令の適用範囲内であるとみなされるかもしれない。ただし、この解釈については、わが国ではまだ検証中である。
10.13 英国の特許制度は、欧州特許協定の対応規定(条項)と同様な効果を持つ主要規定(条項)で構成されており、できる限り実用的なものとなっている。最近、欧州特許局(EPO)により、この協定は遺伝子操作植物の特許可能性を制限するものではなく、植物の種とは性質が異なるものとして解釈された。最近の遺伝子操作されたマウスの特許申請は、EPOに暫定的に却下されたが、要請は続いているようである(129)。特許局は他の動物の特許申請を検討している。英国特許局は、EPOの決定を参考とするであろう。
10.14 植物の品種は、“植物品種と種子に関する法令1964”(Plant Varieties and Seeds Act 1964)で保護が認められている。この法令は、植物育成者が、植物の新しい品種保護の国際同盟(International Union for the Protection of New Varieties of Plants(UPOV))の規定(条項)に従って、植物品種に関する権利を主張できる手段を確立した。要するに、植物育成者は、自分が作った品種の植物や種子を購入する人からロイヤリティ(特許権使用料)を取ることによって、その品種に関する制限付きの独占権を得ることが可能である。しかしながら、育成者は、その後の栽培期でその植物を購入して育てた人が種子として再利用するために作物を維持することに関しては、特許権を守ることができない。消費を対象とした繁殖用材料の販売であろうと、新しい品種開発のための品種の利用であろうとも、どのような目的であっても育成者の権利がそこまで達することはない。この条件下では、保護される品種はないということは、特許保護に関する問題点であるかもしれないというのが、UPOVの状況である。動物飼育者についてはこれに相当する枠組みはない。
10.15 米国では、植物品種が保護されるだけでなく、植物そのものの特許の規定(条項)が法律で制定されている。パラグラフ10.13で述べたように、マウスも含めて遺伝子操作動物に関する特許も認められる。その他の動物についての特許申請は保留中である。
10.16 われわれは、遺伝子操作技術が可能となった現在、植物育成者の現在の権利は、彼らの商業的利益を十分に保護できないという趣旨の証拠を入手している(動物飼育者は、この限られた権利さえ持っていない。)。(81)この点についての意見は異なるが、植物育成者の権利を管理する農漁食糧省も特許局も修正を考える必要があると認めている。(131.132)
10.17 生体の知的財産権(知的所有権)については、多くの困難な倫理的問題や他の問題が生じる。トランスジェニック動物の特許保護、農場経営者や飼育者の権利、現在国際的論争の的となっている発展途上国原産種の植物種の特許に関する問題(パラグラフ9.31)などがあげられる。これらの問題は、今回の報告の範囲外である。
10.18 われわれは、試験的な放出についての情報の開示に関する証拠を入手している(81)。化学製品の場合、通常製品認可の申請の前に長期間の試験を行う。特許申請は多くの試験が行われた後でなく、製品認可申請より前に行われる。遺伝子操作生物の場合、試験的な放出の段階で情報が公表されるため、特許申請は必要な保護を得るために、おそらくより早い段階で行われなければならない。
10.19 英国特許局は、バイオテクノロジーを利用した発明品に関する法律の調整のために、世界知的財産権機関(World Intellectual Poverty Organization)の援助のもとで他の国内省庁や利害関係者との討論に参加している。欧州委員会もまた、この分野での提案を作成している。われわれは、これらの提案についてコメントをするつもりはないが、この問題に関して特許局と欧州委員会が示しているアプローチの柔軟性を歓迎している。商業的な開発の存続性を損なうことなく、従って開発者のやる気をそぐことなしに公共に適切な情報を開示できるようにするためには、十分な保護を条件とする知的財産権の制度の確立が重要である。
消費者教育
10.20 われわれの印象では、環境への遺伝子操作生物の放出の影響に対する一般の認識は低い。国民は、よく考えて個々の見解を形成することの助けとなるような分かりやすい資料を容易に入手できることが重要である。われわれの報告が、GEOsの開発や利用によって得られるメリットやその環境への放出に必然的に伴うリスクに関する論議を刺激するだけでなく、そのリスクを評価し、放出を進めるべきかどうかを決定する現在及び提案されている仕組みについての論議も刺激することを期待している。
10.21 遺伝学と生態学は学校のカリキュラムに入れるべきである。われわれは、GCSE(133)やAレベルの学生用に作成されたバイテクノロジーの技術に関する指導教材のいくつかを見て、それが我々の意図に沿ったものであることを確認し、自信を持ったが、学生が、提案された放出の環境への影響を検証する際に、どのような要因が考えられるかに気がつくこともまた重要である。
研究
10.22 GEOsの放出により環境に及ぼすリスクについて、この報告の前章から引き続き論議しているテーマは、環境中の生物の動態に関する知識と理解のギャップである。これらのギャップを埋めることは、国内外における研究の重要分野である。
現在のプログラム
10.23 1986年に開催された米国国立科学財団の微生物生態学についてのワークショップ(The US National Science Foundation Workshop)で、GEOsの放出に対応するために次の分野の研究を重要研究と定めた。
― | GEOsの生存のための適正度 |
― | 遺伝物質の転移 |
― | 長期食物連鎖と個体群データ |
― | 検出法の改良 |
― | 休眠期、停止期の影響と予測 |
― | 窒素または炭素サイクルによって測定された総代謝への影響 |
― | 個体数監視(モニタリング)技術 |
― | 微生物分類学 |
― | 地域レベルでの生物淘汰への影響 |
― | 予測のためのモデル生態系の利用 |
10.24 1986年に米国環境保護局(US Environmental Protection Agency)はバイオテクノロジーのリスクアセスメントに440万ドルを費やし、1987年には570万ドルを当てた。両年とも、GEOsの放出のリスクアセスメントにかなりの割合で充当されていた。初期の仕事は、エアゾールと汚水処理由来遺伝子操作微生物の拡散のリスクとしての環境問題に関連していた。これらの環境破壊と環境中に放出されたGEOsの影響についての最近の研究として次のものがあげられる。(8)
― | 遺伝子転移、安定性、生態系の影響 |
― | 環境中の遺伝子発現に影響を与える因子 |
― | 遺伝子安定性に関する位置の影響、例えばトランスポゾン、染色体、プラスミド |
― | 遺伝子操作微生物の信頼性のある検出、同定と一覧作成の方法 |
― | 実験室における研究の方法とプロトコール |
― | リスクアセスメントガイドラインの準備 |
― | モデル生態系における方法論の評価と改良 |
― | モデル生態系でのデータを用いたフィールドデータの推定 |
― | 遺伝子転移を検出するためのモデル生態系の利用 |
10.25 欧州委員会は、加盟国がバイオテクノロジーのリスクアセスメントに関する共同研究を始めることを強く望んでいる。この一例として、ECのバイオテクノロジーアクションプログラム(Biotechnology Action Program(BAP))の援助で、リゾビウム根粒菌における抗生物質耐性マーカーを用いた土壌中の遺伝物質の動態についてのプロジェクトがフランス、ドイツの研究所と、英国(UK)のAFRC Rothamsted Experiment Stationで始動している(Appendix 5 パラグラフ21)。BAPは再検討中であり、それにかわるプログラム、欧州における技術革新、開発、発展のためのバイオテクノロジー研究(Biotechnology Research for Innovation, Development and Growth in Europe(BRIDGE))では、より大きなプロジェクトを計画し、リスクアセスメントの研究を行うためにより多くの資金を投入している(86)。
10.26 英国では、通商産業省がGEOsの試験とアセスメントのプロトコールの開発に役立つ情報を提供するために、AFRCと業界とのジョイント(合同)プログラムを開始している。PROSAMOとして知られる(planned release of selected and manipulated organism,選択的に操作された生物体の計画的放出)このプログラムは、1989年に始まる3年間のプログラムである。全体で150万ユーロを投入し次の二つの主要分野に集中すると予想されている。(136)
― | 放出バクテリアの拡散の可能性と土壌中の遺伝物質(アバディーン大学とエセックス大学を中心に進められる) |
― | 選択作物内または作物間での花粉と昆虫を媒体とした放出遺伝物質拡散の可能性(インペリアルカレッジSilwood Parkとノリッジ(Norwich)のAFRC植物科学研究所を中心に進められる) |
プログラムの過程で、さらに研究が必要となった分野は、 | |
― | 個体数少ない土壌バクテリアのモニタリング技術 |
― | 土壌バクテリア間と植物間の遺伝子転移の程度と方法 |
― | 環境中で残存するための選択遺伝子操作作物の能力 |
10.27 環境局は、放出のリスクアセスメントの改良面に焦点をあてた研究プログラムを始動している。そのプログラムの目的と資金については、80ページの枠内に要約してある(137)。研究審議会(Research Council)、特にNERCとAFRCにもGEOsの放出のリスクセスメントに関する研究プロジェクトがある。(20,138)
将来期待される研究
10.28 環境への遺伝子操作生物の放出をサポートする基礎科学分野の機能を充分に強化した研究拠点が必要であるというのが委員会(Commission)の確固たる見解である。なぜこの機能強化された研究拠点の確保が必要かといえば、科学の進歩、変化は非常に早く、その活用機会は長期的にとても多くなるからである。この継続的な研究拠点がなければ、われわれは将来確実に生じると思われる新しい、予期できない問題に対応できない可能性があるからである。
10.29 われわれは、この機能強化された研究拠点が、大学や研究所に配置され、十分な資金提供をうけるべきであると考えている。このような研究は次の三つの主要分野で行われるべきで、それらは環境中の生物の分子生物学、生物と環境の相互作用、生態学と集団生物学の基礎研究である。
10.30 この基礎研究は、政府の関連省庁により委託された特定の環境問題に関するプロジェクトで補われるべきである。
遺伝子操作生物の意図的な放出に関するDOE研究プログラム
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10.31 この研究を行っているうちに、いくつかの分野でさらなる研究の必要性が指摘された。遺伝子操作に関するものでは、次のものがあげられる。
― 環境中のGEOsと付加された外来DNAの動きを検出し、追跡するために有用な遺伝子マーカーの開発。迅速かつ簡便なモニタリング方法が求められ、特に小動物、植物や微生物が放出された場合には必要である。
― GEOが永続する可能性を減少させるためには、何らかの方法で弱体化させるか、自殺遺伝子のような自己破滅メカニズムを備えさせることが考えられる。これに関しては、6章で論議されている。これらのメカニズムは潜在的な重要性をもっているため、研究は、それらのメカニズムが必要な時に環境中で正常に機能すること、また、GEOから容易には消失しないということを確実にしておく必要がある。
― 外来遺伝子が付加されているGEOの機能性に関する研究が必要である。この研究により、付加遺伝子や遺伝子の発現に関する理解を深め、また発現の制御性を高め、新しい遺伝子の付加がGEOに何らかの変化を及ぼすかどうかを明らかにすることができる。
10.32 生態学の基礎研究は、GEOsの放出の理解に特に重要であり、継続的に十分な資金提供を受けるべきである。研究中に指摘された分野のいくつかは、次のとおりである。
― 自然の、または半自然の土地や農耕地の微生物を単離して特性を明らかにし、同定する能力を向上させるために、またその個体群動態、分布形態、休眠期、種間相互作用を理解するための基礎微生物生態学と分類学
― 環境中の微生物の進化と遺伝学に関する基礎的研究。この種の研究は、GEOsの野外における挙動を広く理解して予期せぬ反応のリスクを減少させる。
― 例えば、顕花植物の花粉移動または微生物中のプラスミドや他の転移遺伝要素などを介しての遺伝子の動態と残存に関する環境因子の影響。この分野では理論的、経験的研究の両方が重要である。
― 自然界の植物、動物、微生物の相互作用のより深い理解と、その構成個体群の属性(特徴)がいかにして全自然界の安定性と復元性を決定するのかということを目的とした研究。
― 放出を計画した際にはまだ予想されなかった環境に対する問題を検知するための放出地域における環境モニタリングの方法。放出現場ですべての種をモニターすることは不可能なため、対象を選んで行なう必要がある。また食物網におけるさまざまなポイントで、適切な指標種や小群種を研究する必要がある。一般のモニタリングプログラムが早期段階で問題を把握するのに役立つかどうかを見極めるために行った過去の非遺伝子改変生物の異なる環境への放出(意図的なまたは意図せざる放出)の研究から多くを学べるかもしれない。
― 実験室やモデル生態系での実験から得られる中間研究情報は、圃場試験や環境中での生物の挙動に関連しているかもしれない。また、遺伝子改変生物が商業利用のため大規模に栽培される際に、それが環境に対して与える影響を予想することにおいて、圃場試験で得られた情報のうち、どれが役立つ情報かを知ることも有用である。このテーマにおける研究は、適切な実験室内生態系モデルの開発の必要性から、空間や時間を超えた個体群の侵入や構築についての理論的研究まで、広い範囲を網羅している。