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第9章 (遺伝子操作)規制の国際的側面

はじめに

9.1 汚染は国境を超えて拡がるため、しばしば国際的規制の対象となる。ある種類の汚染は、類似の状況さえあればどの国でも生じるのである。各国間の規制体制の厳格さの格差は、研究開発や生産活動の立地を左右する。これらは汚染問題の特徴であるが、遺伝子操作生物の意図的な放出にも全て同様に当てはまる。それどころか、遺伝子工学は他の分野の活動に比べて、使用される技術が比較的容易であり、放出された遺伝子操作生物が増殖して予想外かつ制御不能な拡散を起こす可能性があるため、各国間の規制の格差が一層重大な問題になり得る。従って、国際的な合意によって遺伝子操作生物の放出の規制や情報交換を進める事が重要である。

9.2 本章では、まず諸外国における遺伝子操作生物の放出に対する規制体制づくりの概要を説明する。続いて、経済協力開発機構(OECD)における議論に触れ、欧州共同体の規制案についてやや詳しく述べる。最後に、開発途上国に遺伝子工学の応用がもたらす問題や可能性につき説明する。

その他の諸国における(遺伝子操作)規制

9.3 遺伝子操作生物の意図的な放出を規制する法制度の導入の必要性を検討している国は多いが、導入済みの国はまだ少ない。以下に多くの諸国の対応を述べるが、進展が見られるのはここで触れた国だけに限らない。更に言えば、多くの諸国では特定の製品を規制しており、そのような規制は例えば用途別に規定されている。このような規制の仕組みは、製品やそれに含まれる遺伝子操作生物の販売や供給の規制に活用され得る。

デンマーク

9.4 デンマークは、世界に先駆けて、遺伝子工学と遺伝子操作生物の生産、輸入および放出を包括的に規制するため新法を制定した国である。1986年デンマーク環境および遺伝子技術法の概要は、以下のようなものである(114)。

- 遺伝子工学の研究を指定研究所に限定(教育目的の場合に例外を認める権限あり)。
- 遺伝子操作生物の意図的放出の禁止。但し、環境大臣は特別な場合に許可を与え得る。
- 遺伝子操作生物を含む素材、食品、添加物その他の製造、販売および輸入に対する環境大臣の認可取得の義務付け。
- 環境大臣の権限は、(遺伝子操作生物を含む製造物の)保存、輸送、廃棄の手続きに渡る規則制定、認可への条件付与、情報提出要求、課金、認可の有効期限の設定と変更、決定を担当する官庁(例えば地方公共団体)の指定に及ぶ。
- 不服申し立てと強制の手続き。

9.5 このデンマークの法律は、遺伝子の欠失、セルフクローニング、大部分の雑種形成に適用されるものであり、その他の遺伝子操作技術に適用範囲を拡大する広範な権限が担当大臣に与えられている。また、担当大臣には、特定の条件の下で、一定の遺伝子操作生物に対して同法の規制の適用を免除する権限もある。同法の目的は、環境保護、自然保護、栄養面の配慮を含む健康の確保であり、望ましくない影響のリスクに対してと同様に環境の特性や生態系の状態に重点を置くべきもとされている。同法は抑制的な規制手法を意図して作られており、実際抑制的な効果を示した。デンマークの大手企業の幾つかが拠点を外国に設置する事を決めたと報じられている(113)。

西ドイツ

9.6 ドイツ連邦共和国においては、「遺伝子工学の展望とリスク」についての調査委員会が包括的かつ詳細な報告書を提出している。(75)報告書の提唱内容は以下の通り。

- 遺伝子操作されたウィルスは放出禁止。但し、ヒトおよび動物のワクチンは禁止対象外であり、おそらくバキュロウィルスも追って認められるだろう。
- 安全性についての研究が進展するまでのモラトリアムとして、大部分の遺伝子操作微生物の放出を少なくとも5年間禁止する。
- 遺伝子操作動植物の放出は、生物学的安全(Biological Safety)中央委員会の個別審査による認可を必要とする。
委員会は、遺伝子工学の全ての分野に規制をかける立法措置の導入をも勧告した。

9.7 西ドイツ政府は法案を準備しているが、モラトリアム条項が受け入れられる可能性については若干の疑義があると我々は見ている。しかし、既に事実上は放出禁止状態であり、個別に例外が認められているにすぎない(6、115)。放出申請については世論の強い反対がある(115)。幾つかの西ドイツ企業が開発拠点を国外、例えば米国に置く案が出てきていると報じられている(116)。

その他の西欧諸国

9.8 その他の西欧各国の規制整備の進展状況はまちまちである。オランダ政府は、環境有害物質規制法の下に位置付けられる新たな規制案を公開しており、環境大臣の認可制を導入する方向である。スウェーデンでも立法措置が見込まれる。フランス、アイルランド、ギリシャを含むその他の諸国では、遺伝子操作生物の放出を審査する諮問委員会を設置しているが、放出を規制するための法律は施行されていない。

米国

9.9 米国は遺伝子操作生物の放出を規制するための特に新たな立法措置はとっていないが、ホワイトハウス科学技術政策室が1986年に公表した「バイオテクノロジー規制のための協力の枠組み(117)」に、放出規制に関係する諸規制と、各所管官庁の方針、権限が競合する場合の調整方法が述べられている。放出の多くは、殺虫剤、医薬品、食品などの各分野で適用される法律によって規制される。どの製品規制の適用も受けない微生物の放出については、環境保護局(Environmental Protection Agency, EPA)所管の有害物質規制法(Toxic Substances Control Act, TOSCA)が適用される。同法により、「特定の分子構造を有する全ての自然物、非自然物」を含む新たな化学物質や混合物の製造、輸入には、環境保護局に90日前の事前届出が義務付けられている。環境保護局は、分類学上別種の遺伝子から採った遺伝子成分を含む微生物は「新たな」化学物質であるとの立場をとっている。環境保護局は同法により、ある化学物質が健康や環境に容認できない被害を及ぼすリスクがあると判断すれば、その化学物質を規制できる。1988年、環境保護局は有害物質規制法の下に新たな規制(76)を導入しており、商業目的の研究開発のために特定の種類の微生物を生産する場合には、環境保護局又は各自治体の環境生物安全委員会に届出を義務付ける事を提案している。

9.10 これらの制度は米国内で若干の議論を呼んだ。バイオ企業や研究者などからは、制度が細分化されており、例えば国立衛生研究所(NIH)、食品医薬品局(FDA)、米国農務省、環境保護局など多くの官庁が関与しており、政策や基準が不整合になる懸念があるとの批判が出た。通常の化学物質を規制するために作られた有害物質規制法を使う事の妥当性についても意見が出され、(118)研究の促進と規制の両方を所管する幾つかの官庁については利益相反があるのではないかとの指摘もあった。(8)また、ある種の遺伝子操作生物には行政による監視体制が無い事も指摘された。(119)

9.11 国立衛生研究所に対し、バイオ技術政策国家委員会を設立して、政府その他のバイオ技術関係の調査活動を審査し、評価するよう指示が出された。同委員会は、この審査結果を踏まえて、研究や商業化を促進し、公衆衛生、人体への安全性、環境を保護しつつ、研究や商業活動に過剰な規制を課する事とならないような政策案を勧告している。

オーストラリア

9.12 オーストラリアの連邦政府は遺伝子操作諮問委員会を設置し、ガイドラインの設定や個別案件の評価を通じた自主規制を行っている。前身である組換えDNA組替監視委員会が発表した「組換えDNA組替生物放出計画の評価の手順」は、この分野における重要な成果である。(121)放出規制立法は現在のところ提案されていない。

カナダ

9.13 カナダには、1988年6月に施行された適用範囲の広い環境保護法があり、同法は、製造物または輸入物も含めて、カナダの環境に新たに持ち込まれるもの全てを規制する。同法は、化学物質および遺伝子操作生物を含むバイオ技術製品を独立の章で規制している。既存物質の一覧に登載されていない物質の製造(研究目的を含む)や輸入には、連邦環境大臣の許可を要する。同法の規制対象は、他の法令の規制対象とならないものに限られる。環境中で使用する目的でバイオ技術製品を開発する場合、商業ベースの生産を開始する前に圃場試験を行わなければならない。圃場試験を行うには予め環境健康福祉省の認可を要する。同法の下でのバイオ技術製品に対する規制の詳細を定めるために必要な政省令その他の諸規則は準備中である。

日本

9.14 日本では、閉鎖系施設内での遺伝子操作生物の使用につき、複数の省庁がガイドラインを出している。科学技術庁は「組換えDNA実験指針」を出しており、微生物に関するガイドラインも作成中である。農林水産省は「農林水産分野等における組換え体の利用のための指針」を出した。環境庁が設置したバイオテクノロジーと環境保護に関する専門家委員会は、「バイオ技術実用化」の監視と評価などの問題を検討し、環境面の諸問題につき助言を行なう。最近中間報告が出された(154)。

ニュージーランド

9.15 ニュージーランド政府は、広汎な環境保護法を幅広く見直す中で、遺伝子操作生物の放出や新種の輸入生物の放出における規制体制を見直している。1989年7月に要綱案がまとまる見込みである。(123)

ソビエト連邦

9.16 連邦組換えDNA組替委員会が、特に遺伝子操作生物の環境への放出を中心とするガイドラインを採択している。ガイドラインには強制力があり、全ての放出計画を国家機関に報告し、認可を受ける事を義務付けている。(155)

経済協力開発機構(OECD)

9.17 OECDは密閉施設内での作業に関するガイドラインの作成で積極的役割を果たしたが、現在は放出を巡る問題に注力している。1988年中にOECDは、本報告書でも既に論じた定義、公衆の認識と安全性評価といった問題を含め、多様な側面から検討を行なうために複数の作業部会を設置した。ある部会では大規模産業における実務指針をまとめており、その成果は1986年のOECD報告書「組換えDNAの安全性の検討」で公表され、(78)バイオ技術の産業利用において広く適用されている。別の部会では、遺伝子操作生物放出のデータベース構築の経済性について検討している。これについては6.47で触れた。

9.18 OECDには自ら規制を行なう権限は無いが、OECDで定めた手続きを導入するよう加盟国に合意させる事ができる。OECDの議論の影響力は、第一義的には加盟国の政策決定への影響力を通じて発揮されており、それにより、問題に対する整合的な取組みを実現する事にも貢献している。この分野でのOECDのこれまでの実績は高く評価されており、加盟国だけでなく非加盟国にも影響を与えている。放出に関する現在の作業の成果も同様に高い影響力をもつであろうと我々は確信している。したがって我々はこの分野でのOECDの活動を強く支持し、英国政府が引き続き積極的に大きな役割を果たすよう希望する。

EC

9.19 1987年4月、EC委員会は、閉鎖系施設における遺伝子操作生物の取り扱いと遺伝子操作生物の放出に関してEC全域に適用する規制案を公表した。この指令案は1988年11月にEC環境評議会に提出された(6, 124)。我々の調査の一環として、この指令案を作ったEC委員会の担当官たちと、放出の問題を中心に有益な意見交換を行った。

9.20 このEC指令案は二つの部分から成っており、一つは実験目的の放出を扱っており、もう一つは製品の商業化を扱っている。遺伝子工学と放出の定義も含まれている。EC委員会の担当官たちとの話し合いにおいて、適切な定義を定めようとする過程で、彼らも我々と同様の困難(第2章で説明した)に直面した事や、彼らは定義について改善案があれば受け入れる姿勢である事が分かった。

9.21 指令案のうち、実験目的の放出に関する部分は、我々の案と共通点が多い。重要なのは、放出を行なおうとする場所が属する国の認可権者から、承認を得る事を義務付けている点である。そのような承認が無ければ放出は行なえない。このEC指令案は、我々が作成した英国の規制案のような明示的な形の認可制度(8.6の放出免許制度)を認めるものだが、必ずしもこれほど明示的な形の承認を要求するものではない。

9.22 指令案は、全ての実験目的の放出申請を他のEC加盟国に知らせ、意見を出す機会を与えるべきだとしている。但し、それによって他国が申請処理の手続きを止める事はできない。実験目的の放出は、通常は小規模である上、評価や規制に関する我々の提案が採用されるとすれば、放出場所以外に予期せぬ事態が生じるリスクは最小限に留まるだろう。とは言え、放出申請に関して他国が環境上の正当な利害関係を有するような場合も無いとは言えない。例えば、放出場所が国境に近いかもしれないし、その申請が遺伝子操作された魚を数カ国を流れる河川に放出する計画であるかも知れない。あるいは、放出が鳥や蛾などの生物によって放出場所から遠くまで拡散する可能性もある。従って、EC加盟国であるか否かに関わらず、前述のようにして影響を受け得る周辺国は相談を受けるべきであり、周辺国からの意見は放出許可を出す国において十分考慮されるべきである。我々は英国政府に対し、適切な場合には、EC加盟国だけでなくその他の諸国にも通知し、その意見を十分考慮するよう勧告する。

9.23 通告制度にはもう一つの有益な側面がある。それは加盟各国の政府が他国で進んでいる活動について知る事が出来るということで、問題の理解と経験を深める事ができる。通告制度は、加盟各国政府の学習過程を加速する点で有益な提案である。この学習は遺伝子工学という新しい技術を評価する上で不可欠であり、各国が統一的な評価基準を形成する助けにもなる。

9.24 しかしながら、「遺伝子改変生物またはそれを含む製造物の市場への供給」に関するEC指令案には、二つの懸念がある。第一に、ECの単一市場政策を反映して、一加盟国で放出認可を受けた製品を、他の国が制限できないようにすべきであるとしている点である。ある国が放出認可の決定を下すにあたり、他のEC加盟国には事前に放出認可について反対意見を述べる機会を設け、関係国間で意見が一致しない場合にはEC委員会が決定を行なうと言う。しかし我々は、この方法では、仮に殺虫剤などの化学製品の環境中への放出に適用された場合でも問題が生じると考えており、現在殺虫剤についてさえEC全域を対象とする認可制度が存在しないという事実を重視している。我々は生物を環境に放出することで、その生物の繁殖や拡散は生息環境と密接に関係しているため、より深刻な問題が生じると考える。遺伝子操作生物またはそれを含む製品の放出の評価は、放出が行なわれる場所の環境と関係付けて行なう必要がある。ある場所では認可できる放出が、異なる環境条件の下でも同様に認可されるべきだとは言えない。これは、評価を一国内に限って行うとした場合でも相当の潜在的な思慮すべき問題を含んでいる。もしもこの指令案が採択されてEC全体で施行されれば、大きな懸念をもたらすことになるだろう。

9.25 このEC指令案が地域を限定した製造物放出認可を与える機会を残しているのは、当然前述の問題があるからである。しかし、これは、ある国の政府機関が放出認可の申請を受けると、精通していない環境も含めて、様々な環境中において申請された放出を認可する事が適切か否かを判断しなければならないという事である。別の方法としては、全ての加盟国の関係機関が、どの国で放出認可が申請されたかに関わらず、外国における放出の影響は自国に及び得ると考えて、全ての放出申請を審査するというやり方もあり得る。しかし、この方法にも、評価は自国の環境の下で得られたデータに照らして行なうべきものであるにもかかわらず、得られるデータは自国とは異なる環境のものしかなく、それでは評価には不適切だという問題がある。結局、いずれの方法も満足できるものではない。我々は、遺伝子操作生物の放出申請の検討は、適切な環境の中で行なうのでなければ、生物と環境の関係を正しく考慮できないと考えている。EC指令案のこの問題点は、更なる熟慮と、EC委員会と加盟各国政府間の慎重な協議を要する問題である。

9.26 我々が懸念する第二の問題点は、製造物に関する規制に、余りにも多くの適用除外が認められている点である。遺伝子操作技術の先駆的な活用例の大部分が規制の適用除外品リストに載せられている。例えば医薬品などは、ECの別の製品規制対象となっている事を理由に本規制からの適用除外は妥当であろう。しかし、農作物や動物などは違う。適用除外品目リストにより、指令案は価値を著しく損なっている。製品規制が存在する場合には、規制の担当機関は、遺伝子操作生物やそれを含む製品に認可を与える前に、化学製品等とは異なる特性に関して専門家に意見を求めるべきである。何の規制の対象とならない製品については、6.5で説明した通りの理由から、遺伝子操作生物ないしそれを含む製造物としての規制を行なう必要がある。EC指令の規制対象から除外された品目については、EC加盟各国は自由に独自の規制を行えるので、各加盟国はそれぞれの状況に応じて最も適切と考えられるどのような規制方法でも導入することが出来る。我々は、これでは満足できる水準に達していないと考える。一たび放出された生物は、国境に関係なく自生し、拡散し得る。従って、十分かつ整合性のとれた規制手続きをできる限り広範に導入するのが、誰にとっても良い方法なのである。

9.27 放出規制に関するこのEC指令案は、放出の可否を判断するために提出させる必要がある情報は何かを規定し、それらの情報のうちどれだけを公開すべきかについても定めている。この指令案は、重要な企業秘密の保護に関する条項も含めて、我々が6章と8章で説明した規制案と良く似ている。

9.28 本報告書作成には直接関係しないが、密閉施設における遺伝子操作微生物の取り扱いの規制に関するEC指令案についても検討した。この指令案は廃棄物処理、事故による放出に対する予防措置、事故の場合の緊急対応計画等に関する部分を含んでいる。このEC指令案は、10.1〜10.10で述べる我々の意見と共通点が多い。

9.29 EC委員会の担当官たちからのヒアリングの中で、EC加盟国の担当者間の定期会合で放出案件について協議や情報交換をする案や、バイオ技術、その中でも放出のリスクアセスメントに関する調査プログラムを拡大する案(10.25)、放出のデータベースを作成する案についても聴取した。何れも非常に価値の高い提案である。我々は、ECが新しい化学物質についてよく似た手法を導入して成功を収めたと理解しており、遺伝子工学の分野における前述のようなEC委員会の提案を支持する。

開発途上国

9.30 開発途上地域では、バイオ技術に強い関心が寄せられており、多くの国が遺伝子工学の大プロジェクトを進めている。国際的な取組みも、国連工業開発機構(UNIDO)や国連環境計画(UNEP)といった国際機関によって始まろうとしている。国際遺伝子工学バイオテクノロジーセンターがUNIDOの支援で設立されようとしており、開発途上国に利益をもたらす研究開発の他、開発途上国の科学者・技術者の育成にも大きな役割を果たす。UNEPは、ブラジル、エジプト、グアテマラ、ケニア、セネガル、タイの微生物資源センターを支援している。あるUNEPの研究プログラムは、バイオ廃棄物の環境に対する安全性と、遺伝子操作生物の放出に焦点をあてている。UNEPはまた、世界保健機構(WHO)やUNIDOと協働で、潜在的リスクの評価方法と、バイオ技術の研究・産業利用・環境に関するガイドラインを策定する非公式作業部会も設置した。(125)これは、国際的に整合性のある手法と規制の導入に向けた重要な一歩である。

9.31 開発途上国には、自国および先進国における遺伝子操作技術の実用化が、自国に不利に働くのではないかとの懸念がある。懸念されているのは、開発途上国で先進国からの輸入製品への代替が一層進んで経済が打撃を受ける事、新種の穀物が導入される事で開発途上国の生物の多様性喪失が加速する事、生産性の高い新開発の品種の権利が多国籍企業に握られて開発途上国が自由に使用できなくなる事などである。これらの問題は、いずれも遺伝子操作技術によって生じた訳ではないが、遺伝子操作技術によって一層激化すると見られる。

9.32 我々の懸念は、西側先進諸国が抑制的な規制を採用したために、企業や研究機関が、規制がそれほど厳しくない他国を利用するのではないかという事に集中している。もしどこかの国が十分な検討や規制、監視なしに放出の実施を容認したならば、その国ばかりか、より広汎な環境や健康への被害のリスクが生じる事になる。最近、アルゼンチンで政府の許可無く違法に行われた狂犬病ワクチンの試験が関心を集めたため、この問題が注目された。(126)これにより、前述のOECDや国連傘下で進められている取組みの重要性、緊急性が増した。

9.33 バイオ技術は、時には難しい問題を起こす事は否定できないにせよ、対極的には開発途上国の将来を明るくするものである。農業や医療分野での成果が期待される。バイオ技術は導入が比較的容易である事にも助けられて、開発途上国は弊害を上回る利益を確保できるだろう。しかし、途上国にとって、特に有用性の高い農業や医療の分野に十分な研究開発予算を確保するための国際的な取組みが必要だと思われる。国際的に整合性のとれた規制の導入や、全ての国がこの分野での国際協力を保ちつつ対応能力を高めてゆくための支援の確保について、国際的な取組みを継続する事が重要である。

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