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第4章 放出された生物の環境への影響

はじめに

4.1 第2章では、健康の増進、農業、公害対策をはじめとする様々な分野で遺伝子操作を適用する可能性の実例を挙げた。新しいテクノロジーによくあることだが、進歩には望ましくないリスクが伴うものである。遺伝子操作生物の放出と他のテクノロジーによる産物の放出との差は、ある状況下では遺伝子操作生物は繁殖、増殖、拡散が可能であるということである。この章では、遺伝子操作生物の放出が環境にどんな影響を与えるかを検証する。これまでの放出は、試験的に行われただけなので、環境に悪い影響を及ぼすという結果にはいたっていないが、ここでは、最近の放出の例とそれにまつわる懸念について述べる。また、非遺伝子操作生物の導入が環境に与えてきた影響を考察し、生物が一般的に持っている影響力についても検証する。さらに、第5章では遺伝子操作生物を環境に放出することから生じる主な問題点をとりあげる。

4.2 生き残って定着した生物は、よきにつけ悪しきにつけ、様々な形で環境に影響を与える。なかには、現存する動植物界の構成を変えるなど、環境内の種の多様性を変えてしまう放出もある。そういう作用により、ある地方で局地的あるいは広範囲に顕著な変化が生まれることがあり、また、たとえば新しい生物が首尾よく、収穫物の捕食者、競争相手、寄生物、病原体となった場合、経済的な影響をもたらすことさえある。さらに、生物の中には、人の健康を脅かすものもある。最も極端な場合、新しい生物は、天候の型、窒素のサイクル、土壌の再生プロセス等、環境の重要なプロセスに影響を与えることもありうる。

遺伝子操作生物の放出がもたらす環境への影響の事例

4.3 イギリスで最初に行われた放出sの一つは、ある種の毛虫科の害虫を生物学的に駆除する方法の開発を目的とするプログラムの一環として、遺伝子操作ウイルスを用いたものであった(21)。改変されていないウイルスは、特定の毛虫だけを攻撃し、何年もの間、生物学的殺虫剤として安全に使われてきているが、化学的に合成された農薬と比較するとその作用は遅い。Appendix5のパラグラフ2−17でもっと詳しく述べるように、この放出については、注意深い評価が行われ、容認できないリスクが生じないことが確かめられた。にもかかわらず、我々は今回、遺伝子操作ウイルスの放出がもたらすかもしれない問題点のいくつかに注目した。ある目的のためにウイルスを操作すると、有害かつ意図しない方法でウイルスのほかの特質を変化させてしまうことがある。たとえば、意図せずに毒性を変えたり、影響を受けやすい生物の範囲を広げたりすることもあろう。ある昆虫のウイルスを操作することが、他の昆虫にとってのリスクとなりうる。授粉の媒介者となる有益な昆虫もその対象になるかもしれないが、しかし、この特殊性は信頼できるものではない。インフルエンザや狂犬病の原因となるウイルスなどは、ずっと広い範囲の種に感染する(31,32)。ある学者は、人に感染するデルタ肝炎ウイルスは、人のウイルスに「捕らえられた」植物ウイルスの一部を持っているかもしれないと考えた(33)。

4.4 一つのウイルスが生物に影響を与える範囲は、もっと間接的な方法によっても変わってくる。たとえば、研究室で行った病原性植物ウイルスの実験によれば、たった一つの遺伝子を変えただけで、そのウイルスを運ぶ昆虫の範囲を変えることができた(62)。ある種の昆虫はある種の植物を好むので、それが、ウイルスとそれまでそのウイルスの影響を受けたことがない植物種とウイルスとの接触を可能にする。標的となる範囲を広げる間接的なメカニズムは他にも存在しうる。ウイルスについてはAppendix 4で、さらに詳しく述べる。ウイルスの遺伝子操作がもたらす問題は、パラグラフ5.31−5.34でも詳細に論じる。

4.5 植物を操作して昆虫に対する毒素を生産させようというプロジェクトは、パラグラフ2.24で述べてきた。その際、標的としていない動物や人間が口にするかもしれない植物の一部に、その毒素が含まれる可能性について、留意しなければならない。とはいえ、人が消費するために栽培されている植物の多くは毒素を含んでいる。たとえば、ある種の豆類は、人が安全に食べられるようにするために火を通す必要があるし、ジャガイモやルバーブ(rhubarb)には、毒をもつ部分と食べられる部分があることはよく知られている。これら毒素の存在と、安全に食べるために必要な調理法を知っておくことは重要である。

4.6 昆虫に耐性がある植物についてのもう一つの心配は、何千エーカーもその作物を栽培することによって、その毒素に耐性を持つ昆虫が育ち広まることが助長されるのではないかということである。もし毒素を生み出す遺伝子が、たとえば花粉による移動等の従来の方法で他の植物に拡散する公算が大きい場合、その可能性はさらに増すことになるであろう。遺伝子の広がりはまた、標的ではない昆虫がその毒素の犠牲になる結果を招くことにもなりかねない。

4.7 パラグラフ4.5で述べた例と逆の話になるが、毒性、病原性などをもたらす遺伝子を取り除いたり無効にしたりするために生物を操作することもある。そうすると、その生物はそれまで環境の中で悪者扱いされていたが、一転して有効利用されるようになる。ここでの気がかりは、これらの有害な遺伝子が、おそらく実験室では起こりえない環境条件下で、予期せずに復活したり再活性化したりする可能性であろう。

4.8 Appendix 5とパラグラフ18,19に書かれているように、アメリカで放出された「ice-minus」バクテリアの場合は、また別の問題がもちあがった。カリフォルニアでこれらの遺伝子操作を行った微生物が、ジャガイモとイチゴの上に実験的に散布された。その目的は、氷の生成を促す微生物と競争して霜害を防ぐことであった。しかし、もしそのような遺伝子操作生物がやがて広く利用されるようになって大気中に蔓延すると、雨滴の生成まで妨げることになりその地域の気候に変化をもたらすことにもなりかねないという懸念もあった。US Congress Office of Technology Assessment (OTA) が委託した二つの研究により、この遺伝子操作生物を大規模農業で使用した場合でも、気候の変化の可能性は無視しうるものであると結論付けられた(8)。それでもなおこの例は、環境に及ぼす影響の可能性については注意が必要であることを強調している。

4.9 窒素などの数種の元素は、生命に欠くことができない。それらが生物学的に存在する量によって、一つの環境が支えることができる生体の数が左右される。これらの必須元素をもっと有効に利用する植物や動物を作ろうとする遺伝子操作研究が行われている。その一例が、リゾビウムなどのバクテリアを操作して、土壌の窒素固定を高める実験である。ここでもまたOTAは、窒素のサイクルに何か影響が現われないかどうか検討するための調査を行った。その結論は、悪い結果が出る可能性は極めて低く、遺伝子操作されたリゾビウムを、放出の影響を調べる屋外実験で使っても安全であるというものであった。OTAはまた、生態系における窒素の分布と移動のパターンが受ける変化は、通常の輪作(crop rotation)によってもたらされる方が、微生物の植付け(inoculations)によるものより大きいと述べた(8)。

4.10 数社の除草剤製造会社が、特定の除草剤への耐性を与える遺伝子を含んだ作物の開発を手がけている。このことは、二つの問題を提起している。一つは、除草剤耐性遺伝子が、たとえば花粉とともに、雑草に移行すると、その雑草もまた除草剤に耐性をもってしまう可能性がある(8,88)。そのリスクは、菜種と野生のマスタードの関係のように、作物と雑草が類縁種である場合、一層大きくなる。もう一つの問題は、除草剤耐性の植物を作ることが、除草剤の使用量を増加させ、ある条件の下では、環境に害を与えることにもなりかねないということである。一方、農民が環境に害を与える除草剤をより安全な除草剤に取りかえたり、より少ない除草剤で雑草を減らすことができるようになれば、環境に有益な結果がもたらされることになる。これらの可能性は、新しい生物を導入することによって起こる間接的な影響が、より広まっていることを示している。

4.11 もう一つ別の間接的な影響が、遺伝子操作微生物に、ある抗生物質への耐性を与える遺伝子を挿入することから生じる。これは、有用でかなり一般的な技術(パラグラフ3.13)であるが、環境中に抗生物質への耐性が拡散する懸念が増大しているという背景を考えなければならない(8)。もし遺伝子操作生物の放出によって、抗生物質耐性遺伝子が病原体の中で加速度的に増大するとしたら、それは極めて望ましくない。その抗生物質が人や動物の治療に使用されている場合はなおさらである。

4.12 ここまでのパラグラフでは、現在研究の対象となっている遺伝子操作生物の放出にまつわる環境上の懸案事項について述べてきた。もっともそれは推測の域を出ないものであるが。後の章で、これらの問題点とこれから第5章で述べるそのほかの問題点を効果的に解決すると思われる計画を提案する。

操作されていない生物による環境への影響

4.13 遺伝子操作生物を環境に放出する経験が少ないことから、我々は、操作されていない生物を放出した結果生じた環境への影響を調べることが役に立つことに気がついた。それは遺伝子操作生物の放出と全く類似しているというわけにはいかないが、遺伝子操作生物が将来環境に及ぼす影響を理解したり類推したりする手がかりを与えてくれる。

外来種

4.14 外来種とは、生来の生息環境(native habitat)から、通常はそこに存在するはずがない生息環境に移された生物のことをいう。「外来種」は、植物、動物、さらに微生物にも適用できる言葉である。外来種を新しい環境に導入することはかなり前から行われている。外来種の導入と遺伝子操作生物の環境放出との類似点は少ないと言われている(8,35)。そのわけは、何年にも渡る自然淘汰を経て、外来種はすでに遺伝子学的に生来の生息環境によく適合しており、そこではさまざまな生態学的因子によって、増殖の均衡が保たれているからである。外来種は新しい環境の中で、生来の生息環境と同じような均衡を保つ要因がなければ、増殖する機会を持っている。それと対照的に、遺伝子操作生物は新しい環境に放出される場合もあるが、ひとつないし数個の改変遺伝子を持った生物を生来の生息環境に再び導入するだけという場合もある。

4.15 仮に、遺伝子操作生物が、改変されていない生物が在来していない全く新しい環境に放出されるなら、外来種での経験が活用できる。また、自然のままの環境に放出が行われた場合、改変されていない生物は自然淘汰を経てその環境にうまく適合し生き延びることができるが、遺伝子操作生物はおそらく意図的に生態学的均衡を狂わせてしまうだろう。その均衡の働きで、改変されていない生物の増加が抑えられてきたのだが。

4.16 外来種が環境に与える影響を詳しく調査した例がたくさんある。次の2ページに渡っている囲み記事は、最近の文献調査の結果を要約したものである(36)。以下のパラグラフで、そのうちのいくつかをとりあげる。

4.17 増えすぎたために風景を変えてしまったとして論争を呼んだ外来種に、ロードデンドロン(Rhododendron ponticum)がある。このシャクナゲ科の植物はイギリスの森林地帯や荒野に広まり(挿絵 5)、多数の在来種を脅かし、在来の動植物の多様性が失われる結果になった(37)。もっとも、これが加わってイギリスの田園地帯の風景が魅力的になったと見る人もいるが。

4.18 もう一つの例は、オランダエルム病である。この極めて毒性の強い菌は、おそらくアメリカからもたらされたのだが、またたくまにイギリスの大きな楡の木(Ulmus species)をほとんど枯らしてしまった。これらの木がなくなったことにより、イギリスの風景の外観は大きな影響を受けた(挿絵 6)。そのほかの、楡の木の損失による環境への影響は、囲み記事の中に紹介されている通りである。この章の後半で述べる例の多くもまた、風景に重大な影響を与えてきた。

4.19 3番目の例は、1960年に淡水魚の一種であるナイルパーチ(Lates niloticus)をアフリカのビクトリア湖に導入したことである。それは広範囲にわたる環境上ならびに経済的な影響をもたらした(39)。そもそもパーチは、漁業を改善するため、また観光客を呼び寄せるための釣り魚として、もちこまれた。しかし、やがてそれは在来魚の捕食者となり、その結果、在来た魚の大半はいなくなってしまった。さらに、在来魚は日に干して乾燥させ、長期の保存食として利用することができたが、導入されたパーチは、油が多く、調理を必要とするので、保存には向かない。パーチを料理するために、その燃料供給の必要から、湖に浮かぶ島や海岸の一部の森林が伐採された。在来魚が湖からいなくなることが、やがてナイルパーチの絶滅につながり、湖にはほとんど魚がいなくなって、魚の事業がつぶされ、地域住民の大半の食糧源がなくなるという結果を招くと予測されている。

4.20 1990年頃、イギリスに2本の針を持つヨーロッパ産の松Pinus cembraが導入されたが、同時にアジアの病原菌で松の発疹サビ病、Cronartium ribicolaが持ち込まれたと思われる(40)。この菌はそのライフサイクルの一部で、松とスグリの一種、たとえばクロフサスグリRibes Nigrumを必要とする。Weymouth松(Pinus storobus)のような5本の針を持つ松はこの菌に非常に感染しやすく、現在イギリスで5本針松を育てることはほとんど不可能である。一方、アメリカではPinus strobusはすぐれた建材として栽培されており(41)、このサビ病の広まりを抑えるために、松の栽培地の4分の1マイル以内からカレンツやグズベリー等のスグリは、撤去されている(42.43)。

4.21 外来種は有害生物(pests)となりうるが、その影響の深刻さには違いがある。オーストラリアのある地域では、導入されたウサギが大きな被害をもたらした。イギリスでもウサギは在来種ではなく農業の見地からは確かに有害な動物であるが、石灰岩からなる丘陵地帯やブレックランドの荒野に生育するこの国で最も興味ある変化に富んだ植物群落を維持する上で、ウサギの草食は欠かせない因子であった。しかし、別の外来種、粘液種ウイルスの導入によってこれらの地域からウサギがいなくなったことが、典型的な荒野や丘陵地帯の植物相の存在を危うくしている。草や低木の群生に取って代わられてしまっているからだ。もう一つの囲み記事は、イギリスで粘液種病がもたらしたさらなる影響について述べている。

外来の動物や鳥類の導入と、その土地固有の生態系に及ぼす影響
1. 外来種の植物や動物がその土地の生態系に及ぼす影響を調べる試みが多くなされてきた。しかし、これは決して簡単なことではない。その理由のいくつかを以下に述べる。
  大部分の導入は失敗であった。従って、記録に残っていないことが多い。
  導入の影響を正確に調査した例は、ほとんどない。
  生態学的な影響があったとか、それが、直接的にせよ間接的にせよ、外来種の導入に起因したと断定することは多くの場合むずかしい。
  在来種の減少、あるいは消滅の原因となった導入を記録することに強い偏見がある。
  特に海洋の島などのように、外来種の影響が集中的に研究されてきた地域がある一方で、ほとんど顧みられない所もある。
  より大きな動物や植物を導入した時の影響や、より大きな動物や植物に導入がもたらした影響を調査する傾向があった。その結果、病気の原因となった場合を除いて、昆虫や微生物の導入がもたらす影響についてはほとんど知られていないし、導入した外来種が在来の昆虫や微生物に与える影響についても、ほとんど研究の対象になっていない。

2.

以下は、定着した導入外来種の影響に関して、最近刊行された論文(36)の結果をまとめたものであり、この問題が世界的に重要な意味を持つことを示唆している。この論文は、およそ400に及ぶ公表された論文を基に書かれた。118種の哺乳動物について788個の導入例を報告しており、内訳は、69種の草食動物63例、36種の雑食動物307例、13の肉食動物118例となっている。最もよく導入されたベストテンの中には、一般的なうさぎ、茶と黒のラット、飼い馴らされたネコ、犬、ヤギなどがあり、これだけで全体の54%を占めている。212種の鳥類の導入は771例で、水鳥、狩猟鳥、鳩、オウムの数が多かった。地理的分布状況から言うと、約60%が海上の島、20%が大陸、そして残りの20%は大陸棚の島で行われた。

3.

著者は、生態学的影響を次の6つに分類した。
  植物または生育環境への害、
  捕食がもたらす、えさ動物のアンバランス、
  在来種に必要な資源を導入種が使うことからおきる競争、
  寄生虫や病気の拡大、
  在来種との交配による雑種の生成、
  導入種が、在来種にとって新たなえさ動物となること、

著者は、生態学的影響を与えた導入の比率を、哺乳動物と鳥類に分けそれぞれ全体のパーセンテージで表し、3つに分類にして以下のようにまとめた。

生態学的影響の種類 哺乳動物
鳥類
植物及び生態系への害 20 0
捕食が在来種に及ぼす重大な影響 17 1
競争が在来種に及ぼす重大な影響 3 3
生態学的影響をもたらす導入の全体比率 40 5

オランダエルム病
  1. 最近のオランダエルム病(5)の大発生によって楡の木が失われたことにより、イギリスの風景は一変した。しかし、その結果イギリス内で何らかの動物種や植物種が消滅に追いやられたことは実証されていない。もちろん楡の木に密接に依存していた種類の昆虫のいくつかは、誰にも知られることなく消えていったかもしれないし、立場が不安定になった昆虫もいるであろう(たとえば、楡の木を主食とする毛虫を持つチョウの一種カラスシジミ。多くの場所で、楡の木は生垣として圧倒的な数で生育していた。病気によって楡の木が枯れたことにより、たくさんの生垣が失われた。風景の様相が変わったことに比例して、植物や動物の個体群にもっと大きな変化が現われると予測もできた。が、そのような変化は観察されなかった。だからと言って安心してはいけない。それは、いかに研究が進んでいないか、また、生態系における間接的な影響についていかに理解されていないかを反映しているに過ぎないのだから。
  2. もちろん、ほかの影響も現われた。最もよく記録された例は鳥についてであろう(45)。農地に住み、高いソングポストを必要とする鳥(たとえばズアオアトリ)の中には、楡の木の消滅とともに減少していったものもある。またほかのケースでは、楡の木の消滅によってえさを得る場所がなくなってしまったことが、キクイタダキ(goldcrest)、キタヤナギムシクイ(willow warbler)、チフチャフムシクイ(chiffchaff)等の減少と関連があるのではないかと言われている。しかし、初春のえさを主に楡のつぼみに頼っていたモリバトは、依然としてたくさん生存している。また、間接的にえさの場所を失った鳥達もいる。楡の木がなくなると、生垣の底辺にまで光が届くようになり、植物が密生しはじめ、コマドリやイワヒバリ等裸の地面でえさを求めていた鳥たちは姿を消し始めた。光がますます通過するようになった生垣はまた、長い尾のシジュウカラにとっても巣営の場所としてふさわしくないものになってきた。この望ましくない影響を受けた地域からシジュウカラが完全に姿を消すのも時間の問題かもしれない。
  3. 枯れた木や枯れかかった木に群がる昆虫をえさとする鳥、たとえばゴジュウカラやキツツキなどのように一時的に増加した種類もある。が、時がたつにつれ、高くて安全な巣を木の穴に作る鳥(コクマルガラス、チョウゲンボウ、モリフクロウ、メンフクロウ、ノバトなど)は、代替の営巣場所が見つからず、すべて減少した。中でもメンフクロウの減少は最も深刻であった。これらの鳥の数の変化が、食物網にどんな影響をもたらすかはわからない。今までのところ劇的な変化は見られないが、チョウゲンボウやフクロウが減少したために野ネズミが増えたとしても、それはもとを正せばカブトムシが運んだ病原菌のせいだなどと誰が思いつくだろうか。

ウサギと粘液腫病
  1. イギリスで粘液腫病ウイルス(Myxoma virus)が導入され広まったことは、間接的に環境に多くの影響を与えた。というのも、ウサギの数とウサギが食用とする植物の間には強い相関関係があるからである。ウサギがいなくなったことにより、植物帯の構造と構成が大きく変化し、ほかの種にも様々な影響が現われた。その例のいくつかは逸話的に語られているが、複雑で予測できないことが起こりうることをよく説明している。草原の芝がより高くなり、繁茂するにつれ、アリの数が減少してきた。アリはキツツキの一種、ヨーロッパアオゲラの格好のえさである。ヨーロッパアオゲラの減少原因の一つは、ウサギがいなくなったことにあったといえる。その後、木喰カブトムシなど、ヨーロッパアオゲラのえさである昆虫が増えたかどうかはわからないが、実際に増えた昆虫がいる可能性はある。粘液種ウイルスをイギリスに放出する以前は、キツツキやましてカブトムシのこのような成り行きを予測することはできなかったであろう。
  2. さらによく記録に残っている例は、田園地帯やヒースの生えた荒野に生息するイシチドリや大型の青いチョウ等、保護の重要性が高い生物の減少である。いずれも、原因の少なくとも一部は植物帯の変化にあるといえる。ウサギの姿が消えるにつれ、ノスリやキツネなどの食肉動物はマウスや野ネズミなどを代わりのえさとしてねらうようになった。このようにげっ歯類の捕食が増加したことが他の生物に間接的に与えた影響についてはわかっていない。森林地帯では、ウサギがいないために、セイヨウカジカエデ(sycamore)の苗がかつてない数で生き延びた。粘液種ウイルスの導入後の数年間で、この外来樹の一世代が、森の中の空き地を支配し現存する植物から太陽を奪ってしまった。

4.22 ハワイで害虫一掃計画の一環として外来種を導入したケースもまた、広く環境に予想できない結果をもたらしたことを物語っている。作物に害を与える蛾を駆除するために寄生虫が輸入された。しかしこの寄生虫はハワイのチョウと蛾の幼虫もたくさん殺してしまった。このことが、在来の幼虫、特にハチの一種ドロハチやハワイ在来の食虫性の鳥にとって自然の敵がほとんどいなくなるか、絶滅してしまうという事態を招いた。

4.23 これらのケースはまた、導入の影響を監視するという問題を投げかけている。鳥やチョウは一般に関心を持たれているので、いなくなればすぐにわかる。しかしハワイで影響を受けた種がほとんど人に関心をもたれていないものだったら、導入の影響は見過ごされてしまったかもしれない。よく目にする種が影響を受けている時でさえ、その減少の理由をつきとめることは容易なことではない。問題を見極め、原因をつきとめるのに時間がかかればかかるほど、回復の見込みは小さくなる。

伝統的に育てられた動植物

4.24 第2章で述べたように、数世紀に渡り、栽培植物や家畜には、ヒトの役に立つように改良が行われ、そしてその動植物は広く環境に導入されてきた。遺伝子操作生物の中には、昔ながらの方法で栽培された作物や観葉植物の新種が環境にもたらしたのと同じ影響を持つと思われるものがある。農業や花作りの育種計画では、交配により生まれたたくさんの子孫が、評価を得るために実地試験で放出されている。これらの子孫の種類は時には非常に多岐に渡るが、そのほとんどは商業的な農業や花作りには不向きである。が、成功した植物が一つ選択されると、その種は増殖され市場に出回ることになる。もし、新しい品種が商業的に成功を収めれば、それは広い作付け面積で栽培されることになる。この型通りのやり方が環境に大きな影響を与えているのは明らかである。

4.25 伝統的に栽培され農業に放出された遺伝子変種の多くは、以前の品種と比較してより害虫や病原体への抵抗力を強くする遺伝子を持つがゆえに選ばれた。そのような効果(effects)は、多くの遺伝子操作された作物に望まれる目的でもある。抵抗力のある品種を企業が採用すると、その環境の中にある生物、すなわち害虫や病原体の動態に大きな影響を与えることが期待される。しかし一般的には、従来の育種技術で作られた動植物が、環境を脅かすものと周囲からみなされることはない。

野生化生物と雑草

4.26 多くの家畜や作物はヒトの介入なくしては長く生き延びることはできない。しかし、家畜の中には自立を獲得して野生化したものもある。これら野生化生物は、雑草に見られるように、時として有害生物(pests)になってきた。その問題の深刻さの程度はさまざまである。養殖場から逃げた魚がその地方の水生生物に害をもたらすことはよく聞く話であり、これらの種が野生種を押しのけ、究極的に魚種資源に悪影響が出るのではないかという懸念が起きている(102,161)。またジャガイモなどの作物は、次の収穫時には雑草になってしまうものであるが、イギリスではジャガイモが有害な植物に変身することはないと思われる。なぜなら、葉枯れ病や遅霜の被害を受けやすいからである。油料種子の菜種(oilseed rape)は、広く栽培されるようになってから20年もしないうちに、農地でない地面、特に道端などに群生するようになった。これらの植物は風景に変化をもたらすだけでなく、油料種子の改良株を導入しようとする農業社会にとって妨げともなっている(Plate 7)。というのも、遺伝子的に混合した花粉を持つようになってしまったからである。

4.27 大洋中の島の環境は、侵入(invasion)に対してとりわけ敏感である(44,36)。野生化生物や導入された家畜が広範な被害をもたらした例はたくさんある(100)。ハワイ(101)、ガラパゴス諸島、南極近海の島で、ヤギがその島特有の植物相、ひいては動物相に与えた影響などは、よく知られている例である。

人口的な環境

4.28  今ここまでは、放出された生物が環境に与える影響について、いろいろな例をあげて検証してきた。地球上の多くの場所、特にイギリスとヨーロッパ大陸では、ヒトの行為がもたらす影響がみられる。建物密集地域が人工的な環境であるだけでなく、広大な田園地方さえも、農業、林業、工業、余暇、輸送等の活動が直接、あるいは間接的にもたらした変化の産物となっている。実際、さまざまな程度の規制を受けつつ、また次元の異なる多くの論争を巻き起こしつつ、変化は絶えず導入されている。
その変化が、快適さと土地利用政策の問題や保護に関する種々の問題を提起している。こうして生じた人口的環境の多くは、変化した動植物を支持し、人々に大切にされ、永久化を約束するために継続的な介入や管理を必要としている。たとえば、ナイチンゲールは主に広葉樹の雑木林に、ヨタカは針葉樹林の空き地に巣を作り、ニシコウライウグイスはイギリスでは、交配種ポプラのプランテーションに巣を作っている。これらの鳥がイギリスの地方にたくさん生息しているのは、鳥を支える人工的生育環境が継続されているからである

4.29 ヒトの行為がもたらしたもう一つの結果は、ある環境の中に同じ種がたくさん集められたということである。たとえば、町にはヒトが、農場には植物や動物、養殖場には魚、森には木々がというように。このようにグループ分けされた集団は、自然に入り混じった集団より、病気の流行、害虫、寄生虫に敏感である(23)。そこで、生き残るためには保護を継続することが必要とされている。

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