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動物

ディビッド・バーコウィッツ博士
米国食品医薬品局バイオテクノロジー室

協力
ヴィマラ・サルマ博士
遺伝子操作諮問委員会
オーストラリア

ケース1 形質転換実験に使った動物

1. 検討する概念の要点

 本ケーススタディでは、伝統的方法で育種されてきた食用動物の形質転換実験において、形質転換されなかったとみられる動物の肉を取りあげる。形質転換物質は十分に解析されており、感染性はないものと仮定する。
 本稿執筆の時点では、ほとんどの遺伝子組換え動物はDNAを受精卵の前核に注入することによって作りだされている。ブタとウシにおけるこの方法の成功率は低い。こうして生まれた動物のうち、注入したDNAに関わる形質がはっきりと表れ、遺伝子組換え動物だとすぐわかるものはせいぜい5%である。残りの95%について、遺伝子組換え動物にならなかったことをなんとか示せれば、それが伝統的方法で育種されてきた動物と実質的に同等であり、食品として市販できると主張できることになる。だが動物の体のあらゆる細胞が導入遺伝子と無関係だとはっきり証明することは、基本的に不可能である。しかし後述の基準を満たせば、それを証明する必要はなく、当該動物が遺伝子処理をしていない動物と実質的に同等であるとみなすことができる。

2. 生物/製品

 本ケーススタディで検討する製品はブタとウシの可食部分であるが、それ以外の一般的な食用動物の肉や鳥肉にも本ケーススタディを応用できる。

3. 伝統的な製品評価

 ブタ、ウシなど伝統的な食用動物の育種の歴史は古代にさかのぼる。この長い歴史のなかで、動物の特定の品種や食用家畜の特定の血統が原因で、食品安全性の問題が起きたことはない。
 伝統的方法で育種されてきた動物を検査するときには、病気かどうか、つまり「健康でないかどうか」をチェックする。また、薬剤を投与されていた動物については、食品として市販する前に、薬剤の組織内濃度が安全なレベルにあること、あるいは規定の安全許容値を下回っていることが必要である。
 伝統的な品種改良プログラムによって選定されてきた食用動物については、これまで特に食品安全性が検討されたことはない。

4. 伝統的評価に利用できるデータベース

 OECD諸国には、屠殺する動物の屠殺前検査と屠殺後検査についても、対応する畜産物の加工処理についても、同じような基準がある。官能検査基準もしっかり確立されており、さらに、病原菌や薬剤、残留化学物質の検出を行う研究所の支援体制がそれを補強している。肉製品の標準的な成分の組成と濃度について、大量のベースラインデータが利用できる。

5. 新規の成分/製品

 導入遺伝子が直接検出されない場合、または導入遺伝子がないことがいくつかの追加基準から推測される場合、その動物を非遺伝子組換え動物とみなすことができ、したがってそれを伝統的に育種された動物と実質的に同等とみなすことができる。
 ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法により、ごく微量でも導入遺伝子の検出は可能であり、検査する細胞の0.1%とわずかであっても容易に検出できる1。つまり、1つの導入遺伝子が数個以上の細胞に存在していれば、ほぼ確実に検出できるのである。遺伝子がすべての細胞にではなく、一部の細胞に導入された動物は「モザイク」と呼ばれる。モザイク現象が存在していないかどうかは、PCR法を使って調べたとしてもきっぱりとは断定できない。動物のいくつかの細胞の小さな断片、あるいは1つの細胞の小さな断片が導入遺伝子をもっていることも、ありえるからである。
 しかし、モザイク動物にわずかな割合で存在する形質転換細胞は、食品安全上、ほとんど重要でないものとみられる。PCR法に加えて以下の3つの基準を使うことで、形質転換していない親動物と実質的に同等であるという主張を補強できるはずである。
 a)導入遺伝子の産物が検出されない
 b)導入遺伝子の明らかな形質発現がない
 c)動物が健康である

 遺伝子はその産物によって影響力を発揮するため、遺伝子産物が検出されないということは、その遺伝子が存在しない、あるいはそれが発現していないことを示すものである。導入遺伝子に関わる形質特性が何も存在していない場合にも、同様の結論を導きだせる。また、動物が健康であることが要件なので、検出されていない導入遺伝子が予期せぬ二次的効果や多面発現効果を引き起こしている可能性は低い。
 以上より、形質転換実験に使った動物は、導入遺伝子が直接の測定で検出されず、しかも上記3基準が満たされれば、伝統的方法で育種された動物と実質的に同等とみなすことができる。

ケース2 ブタ成長ホルモン遺伝子を導入したブタ

1. 検討する概念の要点

 本ケーススタディでは、ブタ成長ホルモンの導入遺伝子をもつブタに関する実質的同等性の確定について述べる。遺伝子産物、DNA、生物、起こりうる多面発現効果という4つの特性の評価に基づき、この遺伝子組換え動物は伝統的方法で育種された動物と実質的に同等であると言える。本ケーススタディでは「合理的な確実性」と逐次評価の適用について例示する。

2. 生物/製品

 本ケーススタディで考察する製品は、ブタ成長ホルモンの導入遺伝子をもつブタの可食部分である。

3. 伝統的な製品評価

 ケース1と同じ。

4. 伝統的評価に利用できるデータベース

 これもケース1と同じである。ただし、脂肪の少なさや成長の早さを求めて伝統的方法で選抜された動物もデータベースに含めるべきである。こうした動物のなかには(乳牛など)、成長ホルモンのレベルが高められたものがある。

5. 新規の成分/製品

 ブタ成長ホルモン遺伝子をもつ健康な遺伝子組換えブタがオーストラリアで生産されている。この遺伝子は、天然のブタ成長ホルモンと同じ成長ホルモン分子を生産する。さらに、この遺伝子はメタロチオネイン・プロモーターを修飾して作られたプロモーターにリンクしているため、餌から亜鉛と銅を除くことで遺伝子の発現を止めることができる。遺伝子産物、DNA、生物、起こりうる多面発現効果を逐次検討すれば、実質的同等性を確定することができる。
 導入遺伝子産物はブタ成長ホルモンである。ただし餌から亜鉛と銅を除くと、メタロチオネイン・プロモーターが導入遺伝子を遮断できるため、市販時の成長ホルモンのレベルは対照動物の場合と変わりない。また、メタロチオネイン・プロモーターからは何も生産されない。
 これらのブタに導入されたDNAは感染性ではない。非感染性DNAは、人が食するあらゆる生物の遺伝物質など、人の食事に含まれる他のDNAと実質的に同等である。
 遺伝子組換え動物は、成長ホルモン遺伝子に関連して改変された形質のほかは、伝統的な生物とまったく同じ特性と外観を備えている。したがって遺伝子組換え動物は、伝統的な動物と実質的に同等と考えることができる。
 健康な動物における多面発現効果は、食品安全上、問題になる可能性が低い。この予期せぬ効果は、染色体上の複数の位置に遺伝子をランダムに挿入することにより引き起こされる。これによって、ホスト動物の遺伝子のうち、1つの遺伝子の発現が高まったり低下したりする。また、遺伝子を不活性化することもあれば、細胞の正常な代謝や細胞複製を変化させることもある。ただし遺伝子組換え動物が健康ならば、食品として安全である可能性が高いという合理的な確実性がある。というのは、薬理学的に活性のある遺伝子産物が安全ではないレベルであれば、動物そのものの健康に影響するはずだからである。
 実質的同等性は、遺伝子産物が正常なブタ成長ホルモンと構造的に同一であり、その濃度が正常レベルを超えていないと判定することにより確定される。導入遺伝子のDNAは感染性ではなく、遺伝子組換え動物は外観が正常で、多面発現効果の兆候がない。

注と参考文献

  1. Stetler-Stevenson, M., et al. (1988), Blood, 72: 1822-1825. The authors claim a potential sensitivity of detection of one gene in 2 x 105 cells.

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