長谷部 亮
農林水産省農林水産技術会議技術安全課課長代理
日本
林健一博士
社団法人農林水産先端技術産業振興センター・農林水産先端技術(STAFF)研究所顧問
日本
1. 検討する概念の要点
イネ縞葉枯ウイルス(RSV)のコートタンパク質遺伝子は、エレクトロポレーションによってイネに導入されている。その結果作出された遺伝子組換えイネはコートタンパク質を発現し、ウイルス感染に対してかなり高い抵抗性を示している。
イネ(Oryza sativa L.)は世界でもっとも重要な食糧であり、70か国以上で生産されている1,2。有史以前でも、イネは重要な食糧であった。日本でイネの栽培が始まったのは2000年以上前で、何世紀もの間、もっとも重要な主食として消費されてきた。イネの種子であるコメはあらゆる年齢の人々に食されている。コメのもっとも一般的な調理方法は、水から炊くことである。
イネの品種は世界でほぼ12万種あり、インディカ種、ジャバニカ種、ジャポニカ種の3つが主な品種である。日本では、ジャポニカ種を中心としておよそ2万種が保存されている。人工交配による現代的なイネの品種改良が始まったのは1904年である。その後、政府の品種改良計画により、300以上の品種が開発されている。最近では、都道府県と企業もコメの品種改良に乗りだしている。品種改良の三大目標は、高収量、病虫害抵抗性、高食味品質である。このうち、病虫害抵抗性と高食味品質への関心が高まっている。
コメの特性は品種によって大きく異なる。特性とは大きさ、形態、色、香り、その他さまざまな物理的特性と化学的組成などである。コメを搗精すると籾殻が取り除かれ、精白米と副産物の赤ぬかと白ぬかが得られる。
搗精の目的は、コメの嗜好性と消化性を高めることである。赤ぬかは玄米重量の8.8〜11.5%、白ぬかは1.2〜2.2%、精白米は86.0〜90.0%を占める。玄米の主成分の平均含有率は炭水化物が約74%、タンパク質が7%、脂肪が2%である3,4。タンパク質は赤ぬかに14%、白ぬかに3%、精白米に83%の割合で配分されている。コメの外被には精白米の約2倍のタンパク質が含まれている。ある文献には、外被のタンパク質含有量が14.8%、胚乳部分が7.4%と記されている5。タンパク質を豊富に含む胚芽は、食べる前の調理段階よりも前に、搗精過程で除去されている。
イネ縞葉枯ウイルス(RSV)はイネにとってもっとも深刻な脅威の一つであり、日本だけでなく韓国、中国その他の国々にも甚大な被害を与えている。イネがRSVに感染すると、収量と品質が大きく低下する。RSVを媒介するのは茶色で小さな昆虫、ヒメトビウンカLaodelphax striatellusである。この昆虫ベクターを殺す殺虫剤の施用は、時間がかかる上に高くつき、しかも完全に防除できるわけではない。
遺伝子組換えRSV抵抗性イネの場合、RSVから導入した遺伝子によって生成されたコートタンパク質の含有率は、葉では総可溶性タンパク質の0.5%だが、コメ粒についてはまだ報告がない。伝統的なコメ粒、つまりRSVに自然感染したコメ粒に比べて、遺伝子改変がコメ粒の成分に有意な変化をもたらした可能性はきわめて小さい。実のところ、人間はRSVに自然感染したイネのコメ粒を何百年も食べてきたが、何の害も生じていない。つまり本ケーススタディでは、新しい形質の特性と食事による曝露の程度を踏まえ、遺伝子組換えイネのコメ粒のコートタンパク質が、安全な利用と摂取の長い歴史のあるRSV感染イネのコメ粒のコートタンパク質と実質的に同等と考えることができる。
安全性の検討事項には、新しい遺伝子マーカー(本ケーススタディではハイグロマイシン抵抗性マーカー)が移行する可能性とそのヒト健康影響を評価する必要性も含めうる6,7。
2. 生物/製品
本ケーススタディにおいて消費者が食する製品とは、遺伝子操作によってRSV抵抗性が付与されたイネのコメ粒である。
3. 伝統的な製品評価
精白米は人間が食べる究極の製品であるため、日本でイネの新品種が開発される場合には、コメの特性検査に特別の注意が払われている。検査する特性には、形、大きさ、色、重量(1000粒当たり)、外観、タンパク質とアミロースの含有量などがある。こうした特性のほか、他の特性も含めた一連の情報が、新しい栽培品種の登録に必要である。生産者がコメを政府に売却する際には、等級制度が適用される。ここで検査する特性は、重量、整粒歩合、含水率、外国産原料混入率などである8。
コメは何百年もの間、世界じゅうの人々に食されているが、有害な影響や毒性は報告されていない。遠い昔から食用にされているため、一般大衆はコメが安全な製品だと信じこんでいる。そのため種苗法(農林水産省:MAFF)では、自然に生育したイネから生産されたコメに対して安全性評価を義務づけていない。食品衛生法(厚生省)では、残留農薬と重金属に関する規制がある。
4. 伝統的評価に利用できるデータベース
農水省の国立北陸農業試験場は、ジャポニカ種を含む6000の栽培品種を収集して評価を行った。また農水省農業生物資源研究所は、コメの外国品種5000種を収集して評価を行った。両者ともコンピュータによるデータベースを公開している。農水省の国立微生物資源研究センターでは、全国の栽培試験場からアクセスできる全国規模のデータベースを構築するため、準備作業が進められている。
5. 新規の成分/製品
エレクトロポレーションを行って、イネ縞葉枯ウイルス(RSV)(1.8Kb)のタンパク質をコードする遺伝子と、マーカーとしてハイグロマイシン抵抗性をコードする遺伝子をプロトプラストに挿入した結果、遺伝子組換えイネが作出された9,10。
植物ゲノムにRSVコートタンパク質が挿入されたことはサザンハイブリダイゼーション法によって確認され、安定した遺伝子の移行と遺伝子発現は、ウェスタンブロット法により検出された。さらに、人工接種試験では、遺伝子改変されたイネはRSV感染に対してかなり高い抵抗性を示した。この形質転換イネの表現型は正常であり、結実率も高い。
したがって本ケーススタディにおいて新規の特性とは、RSVコートタンパク質の遺伝子とハイグロマイシン抵抗性遺伝子の外来DNAがコメに含まれていることである。
6. 追加される評価手順
以上のように、自然に生育したイネのコメは、RSVに感染しているかどうかを問わず、安全であると信じられており、何百年もの間あらゆる年齢の人々に食されてきた。さらに、すでに記したように、形質転換イネは正常に生育するばかりではなく結実も正常であり、親イネと区別することができない。
新しい形質を備えたコメが実質的に同等であるとみなされれば、追加される評価手順はない。そうでない場合には、国内規制手続きに基づき、追加の評価が必要になる。
注と参考文献