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ジャガイモ

ハンス・ベルグマンス博士
オランダ
遺伝子改変暫定委員会(VCOGEM)

1. 検討する概念の要点

 a) 連続体の概念

 ジャガイモおよびナス科の植物一般についての食品安全性の問題は、塊茎に含まれるグリコアルカロイドの量に重点が置かれている。この問題は、伝統的な品種改良の経験からよく知られている。病気に抵抗性のある品種を作出しようと、ジャガイモ(Solanum tuberosum)の野生類縁種との交配が試みられた結果、野生類縁種のグリコアルカロイドがジャガイモに発現するようになったのである。これについては第3項で簡単に述べる。この問題はニューバイオテクノロジーによって高まるおそれがある。これはソマクローナル変異によって、新しい品種のグリコアルカロイド含有量が親品種と大きく変わることもありうるからである。ただし、現在の遺伝子改変ジャガイモの品種はすべて、体細胞クローニングの段階を経ているため、グリコアルカロイド含有量の変動はおそらくこの影響によるものとみられ、実質的な遺伝子改変による多面発現効果の可能性はずっと低いものとみられる。

 b) 現時点での考察事項

 PVXコートタンパク質は、品種改良家や栽培家が認識する以前から、商品用ジャガイモに含まれていた。しかし、ジャガイモの食品としての品質に影響がないので、一般大衆にはその存在が知られていなかった(第5項参照)。

 c) 無害の合理的な確実性

 ジャガイモは(少なくとも大量には)生食されることがないため、挿入された外来遺伝子の産物が、消費される食品中で変性するのは当然と考えられる(第6項参照)。

 d) 実質的同等性の概念

 PVX抵抗性ジャガイモの実質的同等性については第5項で取りあげる。

 e) 変異性の概念

 グリコアルカロイドレベルの変異性についてはすでに「連続体の概念」で述べたほか、第3項でも取りあげる。

 f) 逐次評価

 PVX抵抗性ジャガイモについては、グリコアルカロイド含有量に関する従来の基準で検討し(第3項)、次に、PVXコートタンパク質の発現レベルをウイルス感染による「従来の」発現レベルと比較検討し(第5項)、さらに、選択的マーカー遺伝子ネオマイシン-ホスホトランスフェラーゼII(NPT-II)の発現レベルと比較検討する(第6項)。

 g) マーカー遺伝子の評価

 これは逐次評価の最終段階で行う(第6項)。

2. 生物/製品

 ジャガイモおよびジャガイモ製品は多種多様な方法で食品として利用されている。どのような場合でも、ジャガイモは加熱してから(煮たり揚げたりなど)使われる。塊茎全体が(皮付きで)使われることもある。工業的なでんぷん生産用には特別の品種が使われる。

3. 伝統的な製品評価

 オランダでは、農作物品種リストに記載されていなければ、新しい品種のジャガイモを市場に出すことはできない。この記載は欧州共同体内での販売についても必要とされるが、逆に言うと、このリストに記載された品種はすべて欧州市場での販売が認められる。このリストに載るための第一の基準は、新しい品種がほんとうに新規性のあるものだということである。つまり新品種は、ふつうの食用、フレンチフライやポテトチップスなどへの加工用、工業用といった何らかの用途について、他の品種と十分に区別される形質を持っていなければならない。
 新しい品種を開発するために、毎年数千もの試験が行われている。オランダでは約30か所に小規模試験場があり、そこで連続3年以上の試験が行われている。
 試験で検討する形質のうちで食品安全性に関係しているのは、塊茎の総グリコアルカロイド含有量の測定値だけである。この含有量は(生育場所、収穫時期、貯蔵条件、塊茎の試験部位(皮、中心部)など)さまざまな要因に左右されるため、食用ジャガイモの最大許容量はアイリーン(Irene)とエルステリング(Eersteling)という2つの「標準品種」の(平均)含有量で定められている。工業用ジャガイモに対しては、ふつうの食用ジャガイモより高水準のグリコアルコロイドが認められている。法律で定められたものではないが、1kg当たり100mgという「絶対限界」がある。グリコアルカロイドの含有量が高すぎることは、市場からジャガイモを締め出しうる唯一の形質である。伝統的な品種改良においてもこの安全性の問題は前から認識されており、ジャガイモ(Solanum tuberosum)とナス科の野性近縁種とを交配すると、グリコアルカロイドのレベルに影響することが知られていた。
 試験対象となる他の形質はすべて、多かれ少なかれ好ましいものである。そうした形質が、ジャガイモの品種を特定の用途や特定の土壌での栽培に適したものにできるのである。試験対象となる形質には早熟性、葉の生育度、皮の色、肉質の黄色さ、塊茎の数、形、均一性、級外品発生率、商品としての歩留まり、乾物率、保存中の出芽率、食用品質(オランダ人の嗜好にあうように調理できるか)、ウイルス・バクテリア・糸状菌感染への抵抗性、線虫に対する抵抗性、収穫時の傷みやすさ、二次生長抵抗性、旱魃に対する抵抗性などがある。
 農作物品種リストのデータは、実質的同等性を判断するための明確な枠組みになる。

4. 伝統的評価に利用できるデータベース

 農作物品種リスト解説には、さまざまな品種の試験データがまとめられている。だが各品種の総グリコアルカロイド含有量の数値は直接入手できない。こうした数値は試験条件しだいで大きく変わり、専門家以外の人々には事実上役に立たないからである。
 オランダ国家農産物品質管理研究所に帰属するデータベースCOBA(食品汚染物質データベース)には、市販食料品の汚染物質に関する公開情報も収載されている。ジャガイモの汚染物質について入手できる主なデータは、重金属と硝酸塩のレベルに関するものである。このデータは市場に出回っている農産物のモニタリングから得ている。

5. 新規の製品

 オランダの小規模野外圃場では多数の遺伝子改変ジャガイモが試験中であり、近い将来試験予定のものも多い。遺伝子改変によって導入された新規形質には、除草剤抵抗性、ウイルス抵抗性(ウイルス・コートタンパク質)、殺虫剤産生(Bt毒素)、殺菌剤産生(アピダシン、クロパイン)、でんぷん生合成経路の改変などがある。こうした遺伝子改変のなかで、そのジャガイモの食品としての特性に影響を及ぼさないのはでんぷん生合成経路の改変だけである。それ以外の場合は、ジャガイモ(Solanum tuberosum)やナス科植物一般の遺伝子プールに存在していなかった新しい遺伝子が導入されている。
 クローン化されたPVXコートタンパク質の発現によってジャガイモウイルスX(PVX)に対する抵抗性を獲得したジャガイモの事例は、バイオテクノロジーから生まれた新しい食品の評価において実質的同等性を適用した好事例であり、これはきわめて近い将来、市場に出回る予定である。試験対象となった遺伝子組換え系統では、構成性プロモーター(カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター)によってウイルス・コートタンパク質が植物体のすべての組織に発現している。この遺伝子は自然のウイルス感染でも生じる。このウイルスはオランダに固有のものなので、こうした自然のウイルス感染はこれまでもごくふつうに起きている。自然感染によるコートタンパク質の発現レベルは、商品化を検討中の遺伝子組換えジャガイモ品種における発現に比べて、少なくとも桁違いに高い。ウイルス・コートタンパク質は別の形態、つまりウイルス外被の構成要素というかたちではこれまでも存在しており、しかも食品安全上、何らの悪影響も生じていないが、これまで意図的に食品に付加されたことはなかったという意味で、遺伝子組換えジャガイモは新規の製品と考えるべきである。

6. 追加される評価手順

 新しい食品の商品化に関する新たな規制が現在、オランダの2つの委員会(食品審議会、公衆衛生審議会)で検討されているが、PVXウイルス・コートタンパク質を発現するジャガイモは【従来のジャガイモと】実質的に同等と考えられ、したがって詳しい市販前試験は要求されないものとみられる。
 選択マーカー遺伝子NPT-IIについても、実質的同等性のパラダイムに沿って評価することになる(第7項参照)。ただしこれが受け入れられない場合には、この点について毒性試験(90日間投与試験)が必要になる。

7. 追加される評価手順の理論的根拠

 PVXコートタンパク質は、ウイルス外被に含まれるかたちで、ウイルス感染した伝統的なジャガイモにも存在していた。このタンパク質は遺伝子組換え植物に発現する可溶性タンパク質とは構造的に違うかもしれないが、どちらのタンパク質も摂取されるときに(つまり調理されるときに)食品中で変性するため、実質的に同等であるのはほぼ間違いない。発現のレベルは遺伝子組換え植物よりも感染した伝統的な植物の塊茎のほうが著しく高い。
 NPTII遺伝子産物は、Tn5を保有する細菌が溶解することにより、ヒトの腸内に存在する。これについては発現レベルを検討しなければならないかもしれない。NPTII遺伝子産物の翻訳後修飾は真核細胞中で起こるため、それによってアレルギー反応が引き起こされるおそれがある。だが従来型食品の市販前承認では、食品のアレルギー特性を問題にしていない。遺伝子産物は予想される利用条件下で変性するため、その酵素活性は遺伝子組換えジャガイモの食品安全性上、問題にならない。

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