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トマト

フォルマー D.エリクセン博士、ヤン・ピーダーセン博士
食品庁毒性研究所
デンマーク

1. 検討する概念の要点

 本ケーススタディは具体的な事例に基づくものではないが、遺伝子組換えトマトを評価するときに検討すべき基本的な要点を盛り込んである。実質的同等性は、これらの要点をはじめとする主な要素を検討して確定される。もちろんこの評価では、新しい形質についても検討する。
 変異性の概念については、現在のトマトの各種物質の含有量と変化を示しながら考察していく。
 遺伝子組換えトマトに関する文献も取りあげて考察し、具体的に細かくコメントしていく。

2. 生物/ 製品

 生物:トマト(Lycopersicon esculentum

 本論の例として用いる遺伝子組換えトマトは次のとおり。

 以上の例ではすべて、たとえば植物にカナマイシン抵抗性を発現させるような、マーカー遺伝子も導入されている。

 食用になる部分:

 生の完熟果、または保存(ピックリング)用の完熟前の青い果実。完熟果は皮をむいて缶詰にし、後で利用することもある。トマトを長距離輸送する必要がある場合には、完熟前の未熟果を収穫することが多い。青いトマトは完熟果よりも衝撃の影響を受けにくい。青いトマトが完熟した場合には、完熟してから収穫したものよりも貯蔵寿命が長い。

 トマトの他の部分は食品として利用されない。

3. 伝統的な製品評価

 デンマークでは伝統的なトマトの品種に対して頻繁に品種試験を行っており、特に新品種を市販する場合には何度も品種試験を行う。収穫後、個々の品種ごとに収量、食感、味、芳香などのパラメータを基にして品質を評価する。また、酸、糖、さまざまな栄養素などの化学成分についても分析している。この最新の調査は1988年に行われたものである(Willumsen et al., 1990)。
 デンマークでは、トマトはいくつかの栄養素を摂取する上で重要な食品とみなされているため、デンマーク食品モニタリング制度の対象項目になっている。この制度の一環として、トマトの主な品種については5年ごとに主要栄養素の含有量が分析されている。この第1回めの分析結果は、「デンマーク食品モニタリング」(Food Monitoring in Denmark)に報告されている (LST, 1990a)。1988年には、野菜・果物に対する食品モニタリング制度による第2回分析が行われた(LST, 1990b)。この5年ごとの試験のほかに、商業用途用の品種選定を促進するため、さまざまな品種のトマトの栄養素含有量について調査が行われた。トマトに含まれる栄養素として重要と考えられ、食品モニタリング制度の対象項目となっているのは、ビタミンC、葉酸、ビタミンB1、ビタミンB6である。だが利用できる分析方法上の制約から、第1回の分析ではビタミンCだけが対象とされた。
 そのほかに行われた個々の試験でも栄養素含有量に大きな違いは認められず、デンマーク食品成分表の内容と一致している(Moller, 1989)。たとえば、食品成分表記載の通常の含有量は以下のとおりである。

ビタミンC: 11.3〜23.1 mg/100g
葉酸: 3 mg/100g
ビタミンB1: 0.016〜0.053 mg/100g
ビタミンB6: 0.0074〜0.154 mg/100g

 これまでのところ、品種試験でも食品モニタリング制度の分析でも、天然の毒素は評価項目に含まれていない。これは承認された分析方法がないことや、それが問題だという懸念が現実に表明されていないことが一因である。しかしながら、伝統的品種のトマトに含まれるアルカロイドの「通常の」レベルを決定するため、今後、この分野における研究の必要性を検討しなければならない。

4. 伝統的評価に利用できるデータベース

 デンマークの毒性研究所では、人間の食用として一般に使われている250種類の植物について、天然に存在する毒性物質、栄養素、香料に関する情報を収載したデータベースを構築中である。このデータベースの目的は、食品全般の評価のためのベンチマークを提供することである。

5. 新規の成分/ 製品

 バイオテクノロジーを応用して開発したトマトの果実が、類似する従来のものと実質的に同等かどうかを検討するには、親生物についての知識が必要である。植物に含まれる物質のうちで、悪影響を及ぼしうるものや栄養的に価値のあるものをすべて測定することは不可能である。そのため、たとえば植物の健康面に影響を及ぼしうる化合物など、重要な物質のレベルに重点を置くことが大切である。トマトに天然に存在する毒性物質αトマチンは、こうした物質の1つである。
 αトマチンのレベルは果実の成熟とともに低下する(青い果実の新鮮重1グラム当たりのトマチンは0.87mg、黄色い果実では0.45mg、赤い果実では0.36mg)(Jadhav et al., 1981)。熟した赤トマトを2〜3日収穫せずにそのまま枝に残しておくと、トマチンはほとんど失われる。αトマチンは植物体の中を移動できないため、そのレベルは果実内での合成と分解によってのみ決定される(Eltayeb and Roddick, 1985)。
 栽培したトマトのαトマチンは、ジャガイモのグリコアルコロイド(ソラニンおよびチャコニン)に比べ、アセチルコリンエステラーゼの活性を阻害する力は少ないが、その毒性はソラニンやチャコニンとほぼ同レベルである(Keeler et al., 1991)。トマチンをハムスターに強制経口投与したところ、胃腺粘膜と小腸粘膜にソラニンとチャコニンの等モル投与によって引き起こされるのと同じような、目に見える重篤な変化が生じた(Baker et al., 1991)。αトマチンに催奇性はない(Keeler et al., 1991)。
 トマトの野生類縁種は、トマト育種者にとって魅力的な抵抗性遺伝子を含んでいることが多い。だがいくつかの野生類縁種は、さまざまなグリコアルカロイドを高レベルで含んでいる。たとえば昆虫抵抗性のある熟したLycopersicon hirsutum glabratumの緑の果実では、グリコアルカロイドの含有量が非常に高い(新鮮重1g当たり3.39mg)(Van Gelder and De Ponti, 1987)。異系交配によって、ナス科の植物からαトマチン以外の複数のグリコアルカロイドをトマトに導入することは可能である。また新しいバイオ技術による体細胞融合は、異系交配と同じような役割を果たすことができる。遺伝子操作を行えば、ほぼすべての生物の遺伝子をトマトに移入できるのである。
 Juvik(1977)に示されているように、成長中のトマトの果実に含まれるαトマチンの分解が基質特異性の酵素に関連しているとすれば、理論的にはこのプロセスを簡単にブロックし、トマトに他の影響を及ぼさずに完熟果のαトマチンレベルを変えることができるはずである。
 トマトの植物体に含まれる物質のうち、悪影響を及ぼすおそれのある物質と栄養的に価値のある物質のベンチマークを得られれば、科学的根拠に基づいたリスク評価を実施するための手段となる。これはたとえば、現在のトマトを基準にして、特定の物質の最高(または最低)許容レベルの一覧を作成することにより行う。このような一覧は植物品種改良家にとっても当局にとっても、トマトの新しい系統を評価する上で役立つ。重要物質があれば、この一覧から選びだすことができる。重要物質の数は個々のケースによって異なる。たとえば、害虫抵抗性を高めた植物の評価には、重要物質を増やす必要が生じるだろう。下の表は、トマトに存在する既知の毒素と悪影響を及ぼすおそれのある物質を示す。この一覧では、αトマチンだけを一般的な重要物質であると見込んでいる。

トマトの有毒成分
 + : 果実中に認められたが数値は得られず。
 - : トマトの果実中に成分は認められず。

有毒物質  
αトマチン 0〜0.87 mg/g
トマチンのトマチジン・アグリコン +
サポニン +
クマリン -
レクチン +
セロトニン -
シュウ酸 0.012〜0.015 mg/g
蛋白質分解酵素抑制物質 +
ヒスタミン +(トマトジュース)

 グリホサート抵抗性トマト:

 グリホサートへの抵抗性を高めるEPSPS酵素についてはすでに分析されている。グリホサート抵抗性トマトのEPSPS酵素は、植物に通常存在するEPSPS酵素と同等の酵素活性を有している。複数の報告によれば(Kishore and Shah, 1988 for review)、違いがあるのは酵素のグリホサートへの親和性だけである。こうした分析の結果からこれ以外の相違が示されなければ、新規の酵素は食品安全性上、実質的に同等と考えられる。

 ウイルス抵抗性トマト:

 遺伝子組換えトマトの果実のコートタンパク質が実質的に同等かどうかを確定するには、トマトのコートタンパク質の天然のレベルに関して詳しい情報が必要である。実質的同等性の判定は、以下の手順に基づいて行なう。1)トマト果実のコートタンパク質について、その通常レベル、変動、曝露パターンに関する情報から、科学的根拠に基づいた高度な確実性をもって安全だと主張しうる最大レベル(Mレベル:もっと高レベルでも安全かもしれないが、科学的証拠によって裏付けできるレベル)を決定する。2)対照トマトおよび遺伝子組換えトマトの両方において、熟していない果実等に含まれるコートタンパク質の平均値がMレベルより高い場合、そのトマトの果実を実質的に同等と考えてはならない。

 日持ちのよいトマト:

 食品安全性に関して植物の特定のDNAやRNA分子による特別の悪影響は報告されていないため、アンチセンスRNAを新しい製品として扱うべきではなく、したがって安全と考えるべきである(このアンチセンスRNAから新規のタンパク質が作りだされていないという情報は必要である)。この場合に大切なのは、酵素PGのレベルが下がると植物にどのような影響があるかに焦点を置くことと、たとえばソマクローナル変異などによるような、他の変化を認識すること(すなわち、ベンチマークを使って重要物質の違いを勘案すること)である。遺伝子組換えトマトの果実はゆっくりではあるがふつうに熟していくため、何らかの「二次的」変化が起こるとは考えられない。

 マーカー遺伝子:

 食品安全性の見地から、マーカー遺伝子については他の導入遺伝子と同様に取り扱うべきである。評価をする際には、すべての遺伝子組換え植物には良いマーカー遺伝子を導入するものだという事実を考慮しなければならない。マーカー遺伝子がすべての植物に受容されるとは限らない場合、当該遺伝子の最初の評価を行うときに「監査」が必要になるかもしれない。

6. 追加される評価手順

 グリホサート抵抗性トマト:

 導入したEPSPS遺伝子について追加される評価手順はない。

 ウイルス抵抗性トマト:

 植物のコートタンパク質が高レベルなために実質的同等性が否定される場合には、当該タンパク質について徹底的な評価をしなければならない。おそらく次の知見が得られれば、人間の食用としてもその後の品種改良用としても、当該タンパク質を安全とみなすことができる。すなわち、1)それがウイルスの外被を構成する構造的機能を持つタンパク質であること、2)当該タンパク質には酵素作用がないこと、3)ウイルスに感染したトマトを食べても(少量の場合には)安全であるという歴史があること。

 日持ちのよいトマト:

 アンチセンスRNAという新しい製品について追加される評価手順はない。

7. 評価手順の理論的根拠

 実質的同等性が否定される要因:

 a) 食品安全性の見地から、一または複数の重要物質のレベルが好ましくない方向に有意に変化していること。

 b) 挿入遺伝子によって作られた産物が植物の通常認められるレベルより有意に高いレベルにあること、あるいはその産物が天然にはその植物体に存在しないこと。

その他の留意事項: 新しいトマトの評価は、食事の主要部分として食されるトマトに基づいて行うべきである(最悪の場合)。

参考文献
Baker, D.C., R.F. Keeler and W. Gaffield (1991), “Toxicosis from steroidal alkaloids of Solanum species”, in Handbook of Natural Toxins, Vol. 6 (Toxicology of Plant and Fungal Compounds), R.F. Keeler and A.T. Tu (eds.), pp. 71-82.
Eltayeb, E.A. and J.G. Roddick (1985), “Biosynthesis and degradation of alpha-tomatine in developing tomato fruits”, Phytochemistry, 24:253-257.
Jadhav, S.J., R.P. Sharma and D.K. Slaunkhe (1981), “Naturally occurring toxic alkaloids in foods”, CRC Crit. Rev. toxicol., 9:21-104.
Juvik, J.A. (1977), “Alpha-tomatine and tomato fruit quality”, in Second Tomato Quality Workshop, University of California at Davis, USA, pp. 68-72.
Keeler, R.F., D.C. Baker and W. Gaffield (1991), “Teratogenic Solanum species and the responsible teratogens”, in Handbook of Natural Toxins, Vol. 6 (Toxicology of Plant and Fungal Compounds), R.F. Keeler and A.T. Tu (eds.), pp. 83-99.
Kishore, G.M. and D.M. Shah (1988), “Amino acid biosynthesis inhibitors as herbicides”, Ann. Rev. Biochem., 57:627-663.
LST (1990a), Food Monitoring in Denmark - Nutrients and Contaminants 1983-1987, Publikation nr. 195, Levnedsmiddelstyrelsen (National Food Agency) (英訳あり).
LST (1990b), Overvagningssystem for naeringsstoffer - frugt og grontsager (Food Monitoring System - Fruit and Vegetables), Publikation nr. 193, Levnedsmiddelstyrelsen (National Food Agency) (一部英訳).
Moller, A.(ed.) (1989), Levnedsmiddeltabeller 1989, Storkokkencenteret, Levnedsmiddelstyrelsen.
Van Gelder, W.M.J. and O.M.B. De Ponti (1987), “Alpha-tomatine and other steroidal glycoalkaloids in fruits of tomato lines resistant of the glasshouse whitefly (Trileurodes vaporariorum Westw.)”, Euphytica, 36:555-561.
Willumsen, J., K. Rasmussen, K. Kaack, T. Leth and B. Okholm-Hansen (1990), “Sorter af vaeksthustomat” (Cultivars of greenhouse tomatoes), Havebrug- Gron viden 55, Landbrugsministeriet, Statens Planteavlsforsog (デンマーク語のみ).

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