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低エルカ酸菜種油(レアオイル)

S.W. グンナー博士
カナダ厚生省衛生保護総局食品監督局 局長

 低エルカ酸菜種油(レアオイル)には「新しい」食品に対する評価の1例を見ることができる。この製品はバイオテクノロジーによる改変から作られたものでもなければ、今現在新しいとみなされているわけでもないが、一般に安全と認められる(GRAS)食品成分として確認された経緯を見ると、安全性の確定に関して作業部会が作成したいくつもの原則が当てはめられたことがよくわかる。
 この概説では、レアオイル1のGRAS確認のために出された申請の概要と評価結果2について述べる。

1. 検討する概念の要点

 このレアオイルのケーススタディでは、新しい食品と食品成分の評価に関わる概念の要点について具体的に説明する。食品の用途――つまり特定の食品用から一般的な食品用に至るまでの用途――という面での「連続体」の概念については、一般的な食品用とは明らかに異なる乳児用粉ミルク用というレアオイルの用途案に関する考察で示す。時間とともに製品が進化していくと、それに伴って製品の新規性の程度が低くなっていくことについても(現時点での考察事項)触れる。
 またこのケーススタディでは、「伝統的な」油の代用品に意図される用途と予想される摂取条件の連続性を考慮しながら、無害であることの合理的確実性の概念も示す。また、問題のエルカ酸という成分が微量だという点を除けば、レアオイルが伝統的な菜種油やその他一般に使われている植物油と酷似しており、主要成分も同じだという点から、「実質的同等性」の概念の適用についても説明する。実質的同等性の確定にあたっては、問題の商品に関して利用できるデータベースと推定消費量の可変性も考慮した。

2. 生物/ 製品

 低エルカ酸菜種油(レアオイル)

3. 伝統的な製品評価

 菜種油には、多くの欧州諸国をはじめ中国、インド、日本で食用油の原料として利用されてきた長い歴史がある。カナダで菜種の栽培が始まったのは1940年代であり、それは国内、国外の食用油市場に供給するためであった。1971年以前に栽培された菜種で作った油にはエルカ酸として知られる脂肪酸が高い濃度で含まれていた。この油に含まれるエルカ酸の濃度にはかなりのばらつきがあったが、おおむね30〜60%の範囲であった。
 高濃度のエルカ酸に伴う影響(実験動物における心臓の病変)に関して潜在的に安全性が懸念されたことから、その対応としてカナダでは、1960年代にエルカ酸の含有量の低いBrassica napusB. campestrisの系統を作出する取り組みが行われた。1974年頃には、エルカ酸含有量が5%未満の油を生産できる新品種が、カナダの菜種のほぼすべてを占めるようになっていた。エルカ酸の含有量は、継続的な選抜育種によりその後もずっと低下しつづけている。GRAS確認申請書には、レアオイルとは脂肪酸の総含有量に対してエルカ酸の含有量が2%以下の菜種油と定義されていた。

4. 伝統的評価に利用できるデータベース

 食用油脂の組成に関しては、国内にも海外にも利用できるデータベースがある。コーデックス(国際食品規格)のように、油脂の同一性と組成に関する規格も作成されてきた。低エルカ酸菜種油のコーデックス規格(コーデックス規格123-1981)には、成分である脂肪酸に対してエルカ酸の割合が5%にも達する油も入っている。レアオイルに含まれる主な脂肪酸には、エルカ酸のほかバルミチル酸(2.5〜6%)、オレイン酸(50〜66%)、リノール酸(10〜30%)、リノレン酸(6〜14%)がある。
 「伝統的な」油脂に対する評価では、それまで使われてきた歴史と併せて、製品の特性と組成に関する情報のほか、ヒトと実験動物を用いた安全性、栄養特性および曝露に関する試験からの情報を考慮するのがふつうである。

5. 新規の成分/ 製品

 GRAS確認申請がなされた当時、この製品の「新規性」とは「伝統的な」製品と比べた場合のエルカ酸含有量の低さにあった。現在では、市販されている菜種油の大半が低エルカ酸菜種油(レアオイル)である。

6. 追加される評価手順

 レアオイルの組成、予定される用途、食事からの摂取量、栄養データ、毒性について、次のように広範な情報が得られた。

 製品情報:

 a) 組成

 原料油および精製油の試料について、脂肪酸の組成面での特性が明らかにされた。エルカ酸の濃度は一貫して低かった。たとえば1982年には平均1.2%であった。レアオイルと他の植物油との細かい比較は行えなかった。これは、植物油の組成が植物の品種と栽培条件によって異なるからであった。だが提出されたデータによると、精製脱臭されたレアオイルの主成分はトリグリセリド(96.5%)であった。低濃度のエルカ酸が含まれていることを除けば、個々の脂肪酸の濃度は大豆油、コーン油、落花生油、サフラワー油、オリーブ油、ひまわり油などの伝統的な油の場合と同等であった。
 レアオイルにおける残留農薬の量と天然に存在するマイコトキシンのような汚染物質の問題についても、審査の過程で検討された。これらは懸念事項ではないと判断された。

b) 食事による曝露

 レアオイルはサラダ油や植物油として単独で使うこともできるが、ふつうは、マーガリン、ショートニング、サラダ油および植物油の生産過程で他の植物油と混ぜられる。できあがった混合物や配合物はそれぞれ異なった物理的特性をもち、当該特性は各種用途に応じて引きだされる。1977年の場合、マーガリンに使われた脂肪分の33%、ショートニングに使われた脂肪分の20%、サラダ油に使われた脂肪分の52%がレアオイルであった。
 見かけの1人当たり食料消費量データとカナダ栄養局食料消費調査(1971〜72年)の結果を用いて、食事からの油脂摂取量合計を算定した。これらのデータと、マーガリン、ショートニング、サラダ油などの商品に含まれるレアオイルの割合に関する情報をもとに、レアオイルの1人当たり平均摂取量と上限摂取量を推算した。さらに、レアオイルがすべての可視脂肪からなると想定した上で、国民の中でもっとも脂肪分の摂取量が多い層(20〜30才の男性)のレアオイル摂取量を推算した。またエルカ酸に対する曝露量も推算した。

 c) 栄養データ

 レアオイルの栄養適性と消化性を調べるため、ラット、イヌ、サル、ブタなどの実験動物を用いて混餌投与試験を行った。ヒトにおいてもボランティアの協力を得て、対照群を設けた試験を行った。

d) 毒性

 エルカ酸やその他の植物油がさまざまな濃度で含まれている菜種油を与えた場合の実験動物への影響に関しては、数多くのデータが提出されていた。特に懸念されたのは、ある系統の実験ラットの心臓に病変が認められたことである。そのため、その理論的根拠が詳細にわたって提示された。それによると、実験用ラットは食用油を与えられた場合に異常なほど心臓に病変を起こしやすく、Sprague Dawleyラットは特にその傾向が強いとのことであった。これは、さまざまな動物種とさまざまな供給源からの油を使って実験を行い、その結果を比較考察して導きだされたものである。レアオイルの試験ではサル、イヌ、ブタなどの動物が用いられ、対照となる餌を与えた動物と比較した結果、心筋の病変に有意な増加は見られなかった。以上をはじめとするさまざまな試験の結果により、レアオイルを与えた実験動物における観察結果が他の食用油の場合と変わらないという結論が裏付けられた。このほか報告された影響、たとえば寒冷ストレスによる死亡やエネルギー利用量の低下などは、ヒトにおいて予想されるレアオイルへの曝露値よりもはるかに高いレベルのエルカ酸に曝露したときのみ、観察された。

7. 追加される評価手順の理論的根拠と、レアオイルの評価方法に対するコメント

a) 製品の特性指摘

 製品の特性指摘は、新しい食品を評価する際の主要件である。データが提出され、「新しい」油と「伝統的な」油の実質的同等性が示された。つまり、低濃度のエルカ酸が含まれていることを除けば、レアオイルが伝統的な菜種油製品およびその他の一般に消費されている植物油と同じ基本成分からなっていることが示された。
 実質的同等性の証明は、評価プロセスにおいてもGRAS確認の理論的根拠を導きだす上でも重要な要因であり、成分データベースの数値が本来変動しやすいものであることを考慮した上で行われた。

b) 食事による曝露

 食品と食品成分の安全性評価では、曝露情報を得られることが必要と考えられている。カナダで実際に消費されている地域、最大消費量の予測、1人当たり油脂消費量に基づいて、レアオイルとエルカ酸の潜在的摂取量が細かく推算された。エルカ酸に対する推定上限曝露量や一般的食品に使われたレアオイルへの曝露は、乳児用粉ミルクの場合を除いて安全性上問題になるとは考えられなかった。(後述の「概要と結論」第二段落を参照のこと)

c) 栄養上の容認性と妥当性

 この新しい油の栄養上の妥当性を評価する際に検討したデータは、新しい油であればどの場合にも検討するようなデータであった。油の成分を測定した結果、エルカ酸が含まれていることを除くと、各脂肪酸の量は一般に消費されている植物油と同等であることが判明した。一般市民に関する限り、伝統的な植物油の代わりにレアオイルを使用した食品の消化性あるいは栄養上の妥当性の面で、当該使用を妨げるような問題はいっさい提起されなかった。

d) 毒性

 菜種油一般の心臓への影響に対する懸念から、動物を用いた毒性試験の結果を提示することが必要と考えられた。そこで、科学的文献に発表された大量のデータを集めて、土台となる毒性データベースを作り、さまざまな動物種での所見を説明し、観察結果に対する理論的根拠を提示した。

概要と結論

 レアオイルのケーススタディは、人間が摂取する「新しい」成分の安全性評価を例示したものである。これには、食品に使われてきた「伝統的な」菜種油の歴史と、エルカ酸含有量の低い「新しい」品種の作出に関する背景情報も含めてある。新しい油の組成を詳細に述べ、推定曝露量などの要因を考慮した上で実質的同等性の概念を示すために、伝統的な菜種油だけでなくその他の一般的な植物油との類似性を比較した。
 このケーススタディは、食品用途の「連続性」を検討する必要性と、特定の用途に関して裏付けデータを用意する必要があることも例示している。レアオイルの起案には、乳児用粉ミルク製品への使用と一般的な食品への使用の両方が盛り込まれていた。だが乳児用粉ミルクに使われる多数の食用油の特性については詳細なデータが必要と判断したため、乳児用粉ミルクへのレアオイル使用については現時点で審議せず、GRASの認定も行わなかった。
 「伝統的な」菜種油とレアオイルの両方の成分であるエルカ酸について安全性が懸念されたことから、この評価では毒性試験の結果を示すことが重要かつ必要な要素になると判断した。特に、実験動物について記載された心臓への影響との関連で、広範にわたる毒性データベースを検討した。いくつかの動物種を用いた一連の植物油の投与試験を裏付けとする科学的な根拠を提示し、「現行GMP(優良製造基準)にしたがって用いられたレアオイルは、人間が食品中の脂肪あるいは油として摂取しても安全である」ことを示した。1985年、レアオイルは一般に安全と認められる(GRAS)ものであると認定された。

注記および参考文献
1. US Federal Register (1982), “Agriculture Canada, Research Branch, Filing of Petition for Affinnation of GRAS Status”, Vol. 47, No. 157, p. 35342, 18 August.
2. US Federal Register (1985), “Direct Food Substances Affirmed as Generally Recognized as Safe:Low Erucic Acid Rapeseed Oil ”, Vol. 50, No. 18, pp. 3745 -3755, 28 January.

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