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II. 食品の安全性とバイオテクノロジー:コンセプトと原理

  バイオテクノロジー由来の食品や食品成分の安全性の検討には、オールドバイオテクノロジーからニューバイオテクノロジーまで、伝統的手法から分子生物学や細胞生物学に基づく最新の手法まで、単純な製品から複雑な製品まで、よく知られている暴露の歴史や使用の安全性から知識の乏しいさまざまな生物の形質まで、生物全体から特定の化合物や物質まで、単純な評価法から複雑な評価法までというように、幅のあるいくつかの要素が含まれている。合理的かつ現実的な方法で安全な使用を確実なものにするには、これらの幅のある要素を取扱いやすい部分にわけて、安全のコンセプトと原理の説明を容易にすることができる。したがって、科学的原理と手順は、新たに導入された形質の性格、食餌を通じての潜在被ばく量、食品および食品成分の調製と加工、栄養上の留意点、および毒性の側面に関する知識を考慮した上で、柔軟に適用すべきである。

食品の安全性のコンセプト

  ヒトが摂取する食品の安全性は、予想される摂取条件下で、意図した使用法が害を生じない合理的確実性があるというコンセプトに基づいている。歴史的に、伝統的方法で調理され使用される食品は、たとえこれらの食品が天然毒素や栄養阻止物質を含んでいたとしても、長い経験から安全と考えられてきた。原則として、食品は有意な危険が見出されない限り、安全とみなされてきた。

  モダンバイオテクノロジーは、食用生物内で起こりうる遺伝的変化の範囲を広げ、潜在的食糧源の範囲を広げるものである。このことは、必ずしも従来法で開発された食品に比べて安全性が劣ることを意味しない。したがって、新しい手法を使って開発された生物に由来する食品や食品成分の評価は、確立されている原理の本質的な変更を必要としないし、また異なる安全基準を必要とするものでもない。

  しかも、食品として利用される生物の開発に用いられる、ある種の分子学的手法に特有の精密さを利用すれば、もしそのような評価法が望ましいならば、直接的で焦点を絞り込んだ安全性評価が可能である。こうした手法を用いて得られる知識は、従来法によって開発された生物由来の新しい食品または食品成分の安全性評価にも応用できるかもしれない。

安全性に関する留意点と実質的同等

  モダンバイオテクノロジーを適用して開発された生物に由来する食品および食品成分に関して、もっとも現実的な安全性確認の方法は、もし類似既存食品があれば、それと実質的に同等か否かを検討することである。その意図する用途および被ばく量のみならず、食品にどのような加工をしたかについても考慮すべきである。被ばく量には、食品または食品成分の量、食餌摂取のパターン、摂取人口の特性などのパラメーターが含まれる。このアプローチは、食品の安全性と栄養の質について評価する場合の基礎となる。

  実質的同等のコンセプトは、食品として、あるいは食品の原料として使用されている既存生物は、修飾された食品、あるいは新しい食品または食品成分をヒトが摂取した場合の安全性を評価する比較の基準として使用できるという考えを具現化したものである。

修飾された伝統食品を考えるとき、潜在毒素、必須栄養素、あるいはその他の関連特性に関する広範な知識があるならば、その新しい製品は、単純な方法で古い製品と比較できる。比較に利用できるパラメーターとしては、なかでも、従来から測定されている分析項目(例えばジャガイモ中のアルカロイド・レベル、カボチャ栽培品種中のククルバチン、セロリ中のソラーレン)や作物の特異なマーカーが考えられる。供給源/組成/被ばく経験が少なければ、あるいは当該新製品に類似した古い既存製品がなかったり、あるいは対応する既存製品がまったくないとき、状況は複雑さを増す。

  実質的同等の立証では、以下のような多くの要素が考えられる:

伝統的な、または親となる、製品または生物の組成と特性に関する知識;
前駆体あるいは親生物で発現する成分または形質、ベクターおよび使用されるあらゆるマーカー遺伝子などの(製品特性の理解に関わる)形質転換技術、修飾の潜在的二次効果、ならびに新生物に発現する成分または形質の性格決定に関する情報から適宜導かれる新しい成分または形質の特性の知識;
既存の類似製品(つまり既存の食品または食品成分)と比較した場合の特性や組成(すなわち成分の量や新しい形質の発現の範囲)など、新しい成分または形質を持つ新しい製品/生物の知識。

  上記の要素の考察から、新しい食品または食品成分が、新たに導入され、十分に性格決定された形質を持つ生物に由来するという知識、ならびに既存または伝統的類似品との比較において無害の合理的確実性が存在するという結論からは、新しい食品あるいは食品成分を実質的に同等であると考え得ることを意味する。

  バイオテクノロジーを応用して開発された生物由来の食品の評価に実質的同等を適用する原理を以下に述べる:

新しいあるいは修飾した食品または食品成分に関して、既存食品との実質的同等が確認されたら、それ以上の安全性や栄養に関する懸念は無視できると予想される。
このような食品は、実質的同等が確認されたら、類似の既存食品とまったく同じように扱われる。
新しい食品、あるいは食品または食品成分の新しいクラスがあまり知られていない場合、実質的同等のコンセプトは適用が難しくなる。この種の新しい食品または食品成分は、類似材料(例えば食品全体またはタンパク質、脂肪、炭水化物などの食品成分)の評価から得られた経験を考慮しながら評価される。
製品に実質的同等がないと判断された場合、その後の評価では同定された差異に焦点をあてるべきである。
新しい食品あるいは食品成分との比較に使用できる基準がないとき、つまり、相当品または類似の材料がこれまで食品として摂取されたことがないとき、その新しい食品あるいは食品成分は、それ自身の組成と特性に基づいて評価されるべきである。

  実質的同等の適用例として、ジャガイモはヒトの食餌の一部として長い歴史がある。ジャガイモ中のウイルス・コートタンパク質の存在は、ウイルスの自然感染によるものであり、したがってこれらのタンパク質はヒトに摂取されてきた長い歴史がある。コートタンパク質はこれまで一度も毒性問題と関連づけられたことはなく、食品の安全性に関わる問題とは考えられていない。したがって、これらのウイルスの一つのコートタンパク質の遺伝子が導入され、それが発現したジャガイモは、安全に使用され、摂取されてきた長い歴史を持つ感染ジャガイモと本質的に同等と考えられるだろう。但し、発現した数量が自然感染による数量と大きく異ならないものとする。この例は、新しい形質の特性、その修飾がアルカロイド・レベルや主要栄養素であるデンプンに与える好ましくない影響、ならびに摂取量の程度を考慮して、植物でも伝統的に摂取されてきた部分に存在するウイルス・コート・タンパク質だけに適用される。

  以下のパラグラフに、実質的同等のコンセプトを適用する際に考慮する必要があると思われるその他の留意点の具体例をいくつかあげる。

  安全性の評価においては、意図する用途と被ばくの程度も考慮しなければならない。この種の要素としては、食餌中の食品または食品成分のレベルの影響、食餌の摂取パターンおよび摂取人口の性格(乳児や高齢者、免疫不全等)がある。

  安全性を考慮する場合、調理あるいはその他の加工による潜在的影響の評価が必要になる場合がある。例えば、ササゲトリプシンインヒビターなどのある種のマメ科植物のトリプシンインヒビターは、適切に調理すれば安全に摂取できる長い歴史を持っている。このササゲトリプシンインヒビターが他の植物で発現したとき、その植物の食品としてこの通常の使用法でインヒビターの不活性化に必要十分は調理が行われるか否かが安全上問題となる。

  特殊なケースとして、摂取される製品によっては、安全性を検討する場合に、新しい遺伝材料の伝達の可能性とそれがヒトの健康に与える意味を評価する必要がある。例えば、微生物中の一部の抗生物質抵抗性マーカーは慎重に検討すべきである。なぜなら、ヒトの腸内細菌への伝達が確認されれば、ヒトの健康に影響を及ぼす可能性があるからである。

  もう1つ留意しなければならないのは、新たに導入された修飾が食品または食品成分の栄養価に与える影響である。現在行われている修飾の大部分ではこうした変化の可能性は低い。しかしながら修飾が主なマクロまたはマイクロ栄養素の代謝経路を対象とする場合には、栄養価に影響を与える可能性が高まる。修飾された食品または食品成分が影響を受ける栄養素の主要供給源となる可能性があれば、そうした影響は無視できない。

結論

  本報告書の主な結論は次の通りである。すなわち、もし新しい食品または食品成分がある既存食品または食品成分と本質的に同等と判断された場合には、その食品または食品成分は、安全性に関して既存食品または食品成分と同様に扱うことができる。それ以上の安全上の懸念材料はないと予想される。

  食品または食品成分があまり知られていなかったり、まったく新しいために実質的同等の判断が難しい場合には、見出された差異、つまり新しい特性に焦点を当ててさらに安全性を検討すべきである。

  第III章には、多数のケースステディが掲載され、新しい食品または食品成分の安全性評価へのコンセプトと原理、とりわけ実質的同等のコンセプトと原理の実践的な適用法が記載されている。同時にこれらの例は、バイオテクノロジーという手段によって作られる新しい製品にどんなものがあるかを示している。実質的同等の応用範囲が広いことを考えると、多くの新規製品に既存製品との実質的同等がみいだされるだろうというのが作業部会の見解である。

  実質的同等を立証できない製品、あるいは対応する伝統的製品が存在しない製品については、今後さらに検討を続けることにより、安全性評価で必要となる適切な情報と安全性評価に使用される方法についてわれわれの理解を深めることができよう。

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