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5.2 菌根形成性真菌

5.2.1 背景

 幾つかのグループの真菌類は、維管束植物の根と共生的共存関係を作るが、これらの根を菌根(文字通り、「菌の根」)という。この共存関係はお互いに有益であると考えられており、時として共生生物にとっては不可欠なものである。これらの菌根菌は、植物の光合成産物を炭素源として利用しており、植物はミネラル栄養素と水関連事項が改善されたことで恩恵を受けている。幾つかのタイプの菌根では、共生生物間の生理学的な関係が完全には明らかにされていないため、相利共生という用語は注意して使用すべきである(Harley、1969年;Tinker、1975年;Smith、1980年;HarleyとSmith、1983年)。
 菌根には体内菌根と体外菌根の2つの主なタイプが知られている。体内菌根のうち、胞状小嚢状(VA)菌根菌類は、最も重要なグループであり、これらの菌根を産生する商業用真菌の接種材の生産が盛んに行われている。
 VA菌根菌類は自然界の至る所に生息し、殆どの地域に生息するほぼすべての維管束植物の根にコロニーを形成している(Nicolson、1967年;Gerdemann、1968年;Trappe、1987年)。VA菌根菌類は耕地向きの作物の根に共存するが、Allium(アリウム属、ネギ属) 種のように広い根系をもたない植物にはより有効である。幾つかの属の接合菌類はVA菌根を形成し、それらの分類については広く研究されている(Hall、1984年)。VA菌根の主な特徴は、胞状小嚢状として知られる特徴的な構造を形成する菌根菌の菌糸により、根の皮質内にコロニーを形成することである。植物と菌根菌の栄養交換は、この親密な関係により起こりうるのである(Woolhouse、1975年)。植物にとっての主な恩恵は、リン摂取の増強であり、水関連事項の改善もおそらくそうであろう(Sandersら、1975年;NelsonとSafir、1982年)。
 体外菌根は広範囲に生息し、森林樹の根と長期にわたり共存している。関係する菌類は殆ど担子菌類(マッシュルームとドートストール)である。体外菌根は、根の皮質細胞に侵入する代わりに、若い根の先端の周りに網状の菌糸体を形成する傾向がある(Marks とFoster、1973年)。VA菌根菌類と異なって、体外菌根菌類は肉眼で見分けられるし、分類することもできる。植物にとっての重要な恩恵は、栄養素の摂取と水関連事項の改善である(Marks とKozlowski、1973年;HarleyとSmith、1983年)。

5.2.2 バイオ・ファティライザーの活用

 菌根類は管理されていない陸上の生態系ではもとより、管理されている場所(農業や造林)でも普通に見られる(Jeffries、1987年)。菌根菌に感受性のある植物は、殆どの条件下で少なくとも1株の菌根菌に自然感染する傾向がある。このため、これらの菌根菌に接種材を導入する手法は、植物の初期の成長および生存率を向上させると期待された選別株の使用に集中されがちであった。
 VA菌根菌接種材は、酸性の高地の牧草地(HaymanとMosse、1979年;NewbouldとRangeley、1984年)や屋外の鋳造鉱業場(鋼鉄鉱業場)の埋立地(AllenとAllen、1980年)、半乾燥状態の環境(LeeとWani、1991年)などの主要でない土地に、多くは小規模で使用されている。しかし、特に日本において、主として高価な装飾用植物および野菜に使用する商業用混合菌株の接種材の開発が最近になって成功している(Stribley、1989年)。
 VA菌根菌類の接種材としてのより広範囲な使用を制限する主な要因は、その培養の難しさにある。多量のVA菌根菌をin vitroで培養するよい方法が見つかっていない。培養の実現化や、植物の成長促進を向上する問題の解決が、菌株の選別および開発計画の主な課題である。菌根菌の古典的遺伝学が十分に理解されていなかったため、有益な形質を制御する遺伝的な基礎が未だ明らかにされていない。
 同じような問題が体外菌根菌にもある。植物への菌接種は通常、実生の定着や苗床から森林栽培場までの移植後の最初の生残率を高めるだけである。植物が成長するにつれて、様々な種の在来性真菌が体外菌根を形成するので、菌接種がもたらす改善も短期間のものである(MarksとFoster、1967年)。体外菌根菌の収穫量を高めるような生産方法はあるが、有効な接種材の生産に要する費用が利益を上回る。その結果、ほんの少しの生態系を除いて、体外菌根菌の接種材が広範囲に使用されることは現在のところ殆どない。有効な接種材の培養問題を焦点に当てた研究プログラムが幾つか実施されており、得られている結果の将来的見通しは明るい。
 特性がよく研究されており、所定の培地で培養され、さらにプロトプラストを得やすい真菌の形質転移には、組み換えDNA技術が利用されてきた。そのような真菌はAspergillusNeurosporaSaccharomyces等である(Hirsch、1986年)。最近では、複数の研究施設で体外菌根の同定に分子技術が用いられ始めており(EggerとFortin、1990年;Lobuglioら、1991年)、将来的にはVA菌根菌類にも同様の技術が適用されるようになるかもしれない。
 十分な量の菌根菌を培養する方法や、純粋な真菌材料を得る方法が開発されれば、植物の成長のための菌根菌の形質転移が可能になるかもしれない。このことにより、DNAを菌根菌に挿入する目的で、相性の良いベクターシステムの開発や、他の技術の開発が必要になってくるだろう。菌根菌は概ね多核細胞なので、示す特性が不安定でありうることを念頭におかねばならない。しかしながら、改変菌根菌の小規模な利用も数年先のことであろう。

5.2.3 菌根性真菌接種材についての一般安全性事項

 菌根菌の接種材が商業的に利用され始めたのはつい最近のことであるが、菌根菌類の研究はかねてよりなされていたため、これらの接種材についてのファミリアリティーは高度である。
 もっとも労力が注がれたのは、植物の成長を促進するための、そして、植物の生残性を向上させるための菌株の品種選別と開発である。安全性への主たる懸念は、5.1.1項に示した根粒菌の接種材に対するものと同様である。それらを以下に示す。

 軽石、モンモリロン石、バーミキュライトなどの無機物の担体に植えつけられた菌根性接種材の使用に伴い、ヒトの健康と安全性への懸念、特にアレルギー反応などが生まれている。

5.2.4 生残性、残留性、ならびに拡散性

 菌根菌は、活動性菌糸体あるいは根茎、根の断片、胞子、胞子嚢果のような休眠の体制で、長期間土壌中に生残し残留できる。
 VA菌根菌の胞子拡散のメカニズムがこれまで同定されていないことから、VA菌根性真菌の拡散性は、土壌を通した菌糸の成長と、コロニー形成化した根の断片の移動に依存しているだろう。一方、体外菌根菌は、地上の子実体から多量の担子胞子を産生するが、一群の拡散作用物質が関連しているようである。ただし、殆どの菌根菌類の胞子の感染性は変わりやすい。
 体外菌根菌、またはVA菌根菌に導入された接種株は、生残力が備わっているにもかかわらず、在来株によって置換されることが多い。そのメカニズムはよくわかっていない。森林樹では、様々な真菌類が、根系の増殖に伴って、その種々の部分に連続的菌根を形成する。通常、接種されたVA菌根菌株は、局所的条件にいっそう適応化した在来株が成長中の根にコロニーを形成するにつれて、急速に置換される(Abbott とRobson、1982年)。
 菌根菌接種材を、より広範に使用することは、在来種を置換する可能性を生み出すが、このようなことは、現在の接種慣行の範囲では起こりそうにない。ただし、低コストの接種材製造のきっかけが得られれば、この状況を変えうる。

5.2.5 遺伝子転移

 現在、複数の研究施設が、菌根菌類の培養に関する研究を精力的に進めているが、その培養が難しいために、菌根類の遺伝学に関する情報は殆どない。VA菌根菌は、宿主との特異性が低いため、VA菌根菌同士でなされる顕著な遺伝子交換が、おそらく進化の過程で起こってきたと思われる。異なるVA菌根菌同士の遺伝子交換や、特に共生関係では栄養交換に伴う細胞膜と細胞膜の密接した広範囲の接触が起こるので、宿主植物との遺伝子交換の機会は多いようにみえる。(Gianinazziら、1983年)。
 このような遺伝子交換がすでに起こっているため、遺伝子改変されていない接種材の使用に伴う遺伝子交換が新たにもたらす悪い結果を予測するのは難しい。共生生物への新しい遺伝子の遺伝子改変による導入は、新しい問題を提示するかもしれないが、近い将来において、このことは改変植物から菌根菌類に起こるだけであるように思われる。菌根菌類と様々な植物との間の広範な繋がりは生じるが(HeapとNewman、1980年)、ひとつのコミュニティを形成している構成メンバーの間での遺伝子型組み換え現象の影響を理解することはとうてい不可能である。

5.2.6 遺伝形質の影響

 菌根菌類の特異的形質が未だに同定されていないため、関連するリスクの予測は困難である。

5.2.7 標的への影響

 5.2.1項で述べたように、VA菌根性共存が、お互いにいつも有益であるかどうかは明らかでない。菌栄養は、宿主植物の成長にとって有益な影響があると同時に、有害でもありうる(Safir、1980年)。植物が炭素不足の場合、根粒菌の感染にともない、菌栄養は宿主の成長を抑制する可能性がある(Trappe、1987年)。
 その他の標的とする植物への間接的な影響としては、病気への耐性の変化が挙げられる。VA菌根菌類の存在下で、時としてウィルスや生物栄養生体の葉感染性真菌類による感染が増大するが、その一方で、腐生栄養生体の根感染性真菌類による感染が減少する(DaftとOkusanya、1973年;SchonbeckとDehne、1979年;GrahamとMenge、1982年;Bagyaraj、1984年)。これらはおそらくVA菌根菌類による感染の結果、宿主植物のミネラル栄養素状態や炭素分配の変化による間接的な影響であろう。

5.2.8 非標的への影響

5.2.8.1 非標的雑草の成長促進

 宿主の範囲が広いVA菌根菌類は、コロニーを形成し、接種材が使用されている地域付近に生息する非標的の雑草を含むほぼすべての植物の成長を促進するようである。雑草は、在来性VA菌根菌類によっても感染を受けるようなので、この結果については異論もある。植物間を繋ぐ菌糸性連結の証拠があるので、日陰に追いやられた植物にとっては、有益な可能性が示唆されている(Newman、1985年)。
 対照的に、造林に生息する体外菌根菌類は、非標的の雑草の成長に目立つ影響与えることはないようである。土壌の安定性に対する間接的な影響は、予期せぬ結果を招くかもしれない。

5.2.8.2 在来性微生物群への影響

 菌根菌類は、他の寄生生物に間接的な影響を与える可能性があり、また在来生物に短期間取って代わることがある。長期間の影響は研究されていない。

5.2.8.3 植物、動物、およびヒトへの潜在的病原性

 すでに述べた植物の成長への潜在的な有害な影響の他に、他の生物への明らかな病原性ハザードはない。

5.2.8.4 栄養素循環への影響

 菌根性植物がミネラル栄養素の状態の改善から恩恵を受けることが多い。このことは、おそらく特にリンなどの栄養素を吸収する外部菌糸の発達により、根系が根の周りの土壌枯渇地帯を超えて急速に拡張した結果であろう(SandersとTinker、1973年)。そのメカニズムは徹底的に議論されている(Tinker、1978年;AbbottとRobson、1984年)。そのような栄養素捕獲性がリン循環に直接大きな影響を与えることはないようだが、特にリン酸鉄に関しては疑念が投げかけられている(Bolanら、1984年)。しかしながら、窒素固定の増加など、他の栄養素摂取についての間接的な影響はありうる(Mosseら1976年)。

5.2.9 接種材汚染物質

 現在、菌根菌類の接種材は、固相培養法に基づいて生産されている。この生産方法は、相当な時間と場所を必要とし、他の真菌類、特に腐生菌や線虫による接種材の汚染を生むことが多い。
 VA菌根菌類の接種材の生産には、真菌が数週間、生きた植物の上で成長する必要がある。これらの植物の根片が接種材に混じっていると、根片は植物病虫害や病害を広げる橋渡しの役目を果たす可能性がある。未加工の接種材を処理することで、残留する根の成分を減らすことができるが、汚染生物の胞子や線虫の嚢胞などの残り物が、ひとつの問題となりうる。培養液への移し変えによりこれらの問題の多くを緩和することはできうるが、また、新しい問題を生む可能性もある。

5.2.10 菌根に対するリスク・マネジメント事項

 リスク/安全性の分析時に悪影響が同定された場合や、菌根性接種材の大規模使用の開発は、温室や小規模フィールド試験で実施される研究に基づいてなされるべきである。その間に、接種材の有効性と同様に、リスク/安全性の問題も検討して明らかにするべきである。このような研究の結果は、制限が緩和され、特定のリスクがより明白になるスケール・アップ時に確認するべきである。
 通常、菌根性接種材に対する小規模な研究から示されるように、在来性菌根菌との間の競争があるために、接種材から根に高レベルのコロニーを形成するのは困難である。さらに、接種材に含まれる汚染物質はコロニー形成能を低下させる可能性があるため、接種材のルーチン検査をするべきである。
 リスク/安全性の分析により潜在的なリスクが同定されるであろう。多くの場合、菌根性接種材をバイオ・ファティライザーとして使用することで最小限のリスクが示されるようである。けれども、菌根菌を様々な環境で大規模に使用したり、真菌が遺伝子改変されることで予期せぬリスクが浮かび上がる可能性がある。したがって、常にリスク/安全性の分析が不可欠である。
 リスク/安全性の分析によりあらゆる潜在的なリスクが同定されるので、リスクを確実に制御するための適切な管理実施規範が適用されねばならない。例えば、菌根性接種材が放出(散布)された場所を越えて横方向に拡散するのを最小限に抑えなければならない場合には、CruciferaeChenopodiaceae種などの接種材に感受性のない植物(Testerら、1986年)を、散布地域の周りの境界列に植えつけることも出来るだろう。同じように、感受性のある宿主に接種材を使用した後に、感受性のない作物を植えると、接種材の定着を最小限に抑えることができる。
 極端な例では、菌根性接種材を根絶する必要がある場合には、ホルマリンなどの浸透殺菌剤や土壌殺菌剤を使用すればあらゆる真菌の生残を防ぐことができうる。こういった実施規範はリスクが非常に大きい場合のみに使用される。

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