5. ケース・レビュー
以下のレビューは、前項で概要を示した原則の推敲時になされたものである。これらは、包括的というよりは選択的なものであり、一般原則を検討する際の十分な情報提供により、ファミリアリティーの概念の説明を目的としており、情報が特にこれらレビューと関連のある原則に関わる前項を参考にしている。
5.1 共生性窒素固定微生物
5.1.1 根粒菌(Rhizobia)
5.1.1.1. 根粒菌分類学の概要
根粒菌および緩進化根粒菌(これから先は根粒菌類と呼ぶ)は、根粒菌科に属する桿状の非胞子形成グラム陰性土壌細菌である(Jordan、1984年)。この科には、昔からアグロバクテリウム属とフィロバクテリウム属が含まれるが、最近ではAzorhizobiumとSinorhizobiumの2つの新しい属が確認されている(Elkan、1991年)。
根粒菌類は運動性の細菌である。緩進化根粒菌は1本のポーラーおよびサブポーラーな鞭毛を有するが、根粒菌は2〜6本の周毛性鞭毛を有する。これらの細菌の特徴は、好気性であることと、1本の大型の細菌染色体を持つ無核微生物であるということである。根粒菌種は非常に大きく安定したプラスミドを持ち、その数と大きさには差がある(200〜1500キロベースペア)。それらのうちの幾つかは、自己伝達能を有し、そうでない他のプラスミドに一緒に転移できる。この特性は、進化と遺伝子転移において非常に重要である。緩進化根粒菌の株は、通常大きなプラスミドを持たない。
根粒菌類は、栽培における成長速度を利用して識別できる。成長の早い根粒菌属(世代時間<6時間)は、R. eguminosarum、R. meliloti、R. loti、R. galegaeから構成されている。成長の遅い緩進化根粒菌(世代時間>6時間)は、様々な熱帯性マメ科植物に根粒を作る多種多様な菌株からなり、その殆どは緩進化根粒菌亜種を形成しているが、他の幾つかの種はダイズに根粒を作ることができる全部の株を含むB. japonicum種である。これらの細菌は、マメ科植物の根粒内に大気中の窒素を固定するという能力をもつため、当初は農業への活用という点で関心を集めた。木本科のマメ類に根粒を形成する根粒菌類も農林に活用できることがわかった(KeyserとTurk、1991年)。Parasponiaというたった1種類のマメ科でない植物が、根粒菌と共に根部に根粒を形成することがわかった(RolfeとGresshoff、1988年)。茎部に根粒を形成するマメ科植物による窒素固定も報告されている(Ladha、1991年)。
マメ科植物属(Leguminosae)は、およそ20,000の植物種からなり、分類学的には650の異なる属に類別される。これらの多くは野生種であるが、今のところは十分に研究されているのは、ほんの15パーセントである(Elkan、1991年)。この植物属に属する多くの重要な食品用作物には、ダイズ、ピーナッツ、ササゲ、インゲン、エンドウマメ、ヒヨコマメ、キマメ、レンズマメがある。飼料として重要なマメ科植物にはアルファルファ、クローバー、セスバニア、ガラスマメ(カラスノエンドウ)がある。
小型な共生生物と大型な共生生物との間の相互作用は、一般的には極めて特殊である。その結果、ある種のマメ科植物に窒素を能率的に固定する根粒菌類は、別の種に対してはまったく伝染力がないか、またはその能力を欠く場合がある。例えば、R.
leguminosarumはマメ科植物と特異的に共生関係を築くが、アルファルファには築かない。しかし、幾つかの根粒菌種は、かなり広範囲のマメ科植物種に対して根粒を形成できる[例:緩進化根粒菌(Bradyrhizobium spp.)、根粒菌(Parasponia)](RolfeとGresshoff、1988年)。
一般的に、根粒菌類はマメ科植物の根と共生している場合にのみ窒素を固定する。根粒菌類が根から分泌される特殊なシグナル物質に遭遇した時に宿主植物の感染が始まる(RolfとGresshoff、1988年)。これらの物質は、根の皮層細胞の分裂や、根毛細胞の屈曲化や、根の表皮細胞の細胞壁への進入を引き起こす特殊な物質を根粒菌類が分泌するように誘導する。殆どのマメ科植物では、発生的に局所化した根の一部(通常は根毛が生えている成長中の先端近く)のみで感染が始まる。幾つかの宿主では、感染は、新生の側根の基部や他の根の表面のすきまを通して始まる。根の細胞壁に進入する根粒菌類は増殖をつづけ、「感染糸」と呼ばれる植物の細胞壁の材料でできた管に囲まれるようになる。感染糸は内部へ伸びて広く拡張し、根の皮質を通して根粒菌類の「線状コロニー」を植物細胞へと運ぶ。根粒菌からの細胞外シグナルが根の脱分化を誘発し、根粒の分裂組織を形成し、その後再分化して窒素固定に都合のよい環境を与える巨視的な根粒を形成する。根粒の形成に関しては広く研究されている。
5.1.1.2 農業環境における根粒菌の使用経験
5.1.1.2.1 使用の歴史
根粒菌類は、特定のマメ科植物との間に共生的相互作用を形成し、大気中の窒素を植物が利用できる形に変換する能力があるので、天然材かバイオ・ファティライザーとして使用される。窒素は殆どの作物が必要とする主要元素であるため、直接的には農作物の生産や食用マメ科植物の生産に、そして間接的には、飼料の生産に非常に重要なものである。根粒菌類の活用は、植物の成長および食品の生産に欠かせない重要なものなので、一般的にはバイオテクノロジーの最重要課題であると認識されている。
先に土壌に住みついている窒素固定効率が悪い菌株や効率はよいが個体数が少ない菌株から、農業従事者が自然発生的な微生物の恩恵を得ることは難しい。細菌の個体数を増やすことで共生を促進させるために、効率のよい根粒菌類の株をマメ科植物に添加するのは今日では一般的な方法である。
以前は、土を根粒菌類を含むフィールドから新しいフィールドへ移すなどの移し変え法により根粒菌類を作物に添加したり、マメ科植物の根や根粒から土を取って直接マメ科植物の種子に添加していた。その後、微生物接種を効果的にするために、農業のニーズに適合させねばならないと考えられた。このことは、微生物を包装し、その生存性を維持し、さらに取り扱いの容易な製剤とするような材料が必要なことを意味している。当初は、寒天や砂が接種材料の担体として用いられたが、後に泥炭が代わりに使われるようになり、これが産業基準となった。
接種材の農業への活用は、ある民間の専門企業から始まり、最初の接種材料がアメリカで特許を取得した1896年以来利用されてきた。幾つかの国(オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス)では、接種材製品がフィールド使用において最高の効力を発揮することを保証するための基準が設けられた。
農作物に根粒菌類を接種するために2つの方法がとられる。1つは種子を様々に処理する方法である。接種材は、「粘着剤」と「少量の」水とともに直接種子と混合するか、または大量の水と混合して懸濁液とする。乾燥混合は簡単であるため、最もよく用いられるが残念ながら種子への接着力が低い。幾つかの種の根粒菌類を農作物に導入するために、予備接種された種子も使用される。
顆粒状や液状の接種材も土壌に直接使用できる。種子に使用した農薬が根粒菌に有害な可能性がある場合に、土壌が高温で乾燥している場合に(細菌にとり有害)、あるいは効果のない根粒菌が多量に生息し、かつ根を張る領域を十分に浸すだけ多量の接種材が発根期間中を通して必要な場合には、このような形状のものが好ましいであろう。
蒔かれ予備接種が行われた種子への、灌漑システムを通しての接種材料の懸濁液の散布も、実用的な複合使用方法であることが実証されている(CiafardiniとLombardo、1991年)。
5.1.1.2.2 根粒菌の基礎遺伝学
根粒菌の特性は、バイオ・ファティライザーとして用いられる他の微生物に比べてよく研究されている。それらは、遺伝子改良に扱い易い微生物として高い潜在力を有している。様々な根粒菌、および緩進化根粒菌を用いて共生性窒素固定が研究されている。成長の速い種類の中では、R. melilotiとR. leguminosarumが最もよく研究され、B. japonicumは成長の遅い根粒菌類の中で最もよく研究されてきた(GlazebrookとWalker、1991年;RolfeとGresshoff、1988年;Caetano-AnollesとGresshoff、1991年)。クローン技術、免疫学的方法(抗体を用いる)、突然変異研究(トランスポゾン挿入、化学的または指定部位突然変異生成)を含めて多くの遺伝学的、生化学的、分子生物学的なアプローチによって、窒素固定が研究されてきた。これらのアプローチを通して、根粒菌類の遺伝子に関して多くの情報が蓄積されてきたが、とりわけ、根粒形成と窒素固定のプロセス、および遺伝子発現の調節に与る遺伝子に関して、多くの情報が蓄積されてきた。さらに、菌株を分類するための同定法や、環境中に意図的に放出された根粒菌のモニタリングの手段として、制限酵素断片長多型、DNA指紋法、抗生物質選択法、モノクローナル抗体、およびポリメラーゼ連鎖反応が用いられていた。
5.1.1.3 窒素固定根粒菌についての一般的安全性事項とファミリアリティー
農業上重要なマメ科作物に対する根粒菌の接種は、ほぼ1世紀の間行われてきた従来の農作業である。この期間に、経験、調査、および技術が、商業用接種材の生産が採算に合うところまで発展した。その結果、これら製品の使用に関して高度なファミリアリティーがある。
数10年間にわたり、根粒菌類は、菌株の改良および農作業での使用の中心であった。遺伝子改良は、広範囲の種と様々な宿主の根に根粒を形成し、宿主植物の窒素必要量の大部分が供給可能で、在来性細菌株を支配し、十分な範囲の環境条件の中で効力を発揮する高品質の接種材料の生産に重点を置いてきた(Havelkaら、1982年)。また遺伝子改良は、マメ科植物の繁殖計画を通して最も望ましい植物品種の選択を伴うこともある。これにより、研究者は、宿主植物/根粒菌の接種の組み合わせによる窒素固定能を最大限に活用することができる。突然変異生成技術も、宿主植物の効力向上や根粒菌の改良株の開発に用いられた(GlazebrookとWalker、1991年)。さらに最近では、高品質の接種材の開発を目的とした研究にrDNAなど分子生物学技術が用いられるようになってきた。
商業用接種材料として活用される根粒菌類の主なソースは、i)既存の菌株、ii)マメ科植物が栽培された地域から採取した根粒からの分離株、iii)遺伝子改良された次亜種である。新しい菌株が真の生物種であることの証明の検査は研究施設で実施されている。新しい菌株の農作物としての性質は、小規模で制御下の、かつ隔離されたフィールド実験で検査される。フィールドへの導入に先立って、その新しい微生物の(環境やヒトの健康に対する)安全性問題に取り組まねばならない。根粒菌類などのバイオ・ファティライザー微生物のスケール・アップ試験では、試験面積を拡大するよりも、むしろ気候条件や地理的地域の範囲を広げた試験が必要であろう。スケール・アップの適用では、その適用範囲が限定環境から限定されない環境へ移行するため、これらの安全性の検討がより重要となる。安全性の検討事項を以下に示す。
5.1.1.4 生残性、残留性、ならびに拡散性
根粒菌類は、悪影響の報告なしに長年農業に利用されてきたので、その空間的および時間的な残留性は通常は懸念の対象とならない。遺伝子改変根粒菌類への安全性および経済性の検討事項には、残留性の変化という問題がある。というのは、多量の菌の残留または長期にわたる残留が、有益な土壌微生物の置換を引き起こすこと(Bentjenら、1989年)や、より長期的にはより残留性の高い株を改良菌株で置換することが難しくなること(3.1.1.1項を参照)に繋がる可能性があるからである。根粒菌の接種材料により影響を受けうる有益な種類の微生物(植物の成長を促進する他の根粒細菌など)を検討することや、微生物個体間の相互作用についての情報が科学文献の中に増えていることを認識することが大切である。
導入された根粒菌類の生残性や競争力に影響を与える遺伝子改変は、接種材株の農業上の有効性を向上させたり、接種材の使用量の軽減に有益な可能性があるが、それと同時に、向上した生残性や競争力が向上した残留性と結び付いた場合、改良株を後に導入することを困難にする可能性もある(3.1.3.2.1項を参照)。
自然状態では、細胞の運動による根粒菌類の動きは限定される。文献証拠は、菌は主として植物の根系と一緒に土壌内で拡散することが示唆されている(SobyとBergman、1983年;Caetano-Anollesら、1988年)。アメリカやカナダで実施された遺伝子改変根粒菌を用いたフィールド試験から、この細菌は最初の接種場所から数センチメートル以上は移動しないことが示された。さらに大きな懸念を引き起こすのは、その適用方法である。昔から、根粒菌類はマメ科植物への接種や鋤跡に使用されてきた。最近ではカバー接種(根粒菌をフィールドへ散布する)が有益な効果を示したと報告されている(CiafardiniとLombardo、1991年)。この方法は、特にスケール・アップの適用の際に拡散の機会を増やす。低レベルの根粒菌も飛土や農機具、ヒトによって拡散しうる(例:靴や服について)。しかしながら、これらの生物は主として耕作により拡散する。
5.1.1.5 遺伝子転移
環境中における共生性窒素固定細菌の間の遺伝子交換の頻度は、よく知られていない。根粒菌類の遺伝的多様性の研究、および他の証拠から、共生プラスミドにある遺伝子は、それほど頻繁には転移されないことが示唆される(Schofieldら、1987年;Shantharam、1990年)。アルファルファの根粒中で、Rhizobium meliloti間のメガプラスミドの接合伝達が起こることは報告されているものの、遺伝子転移入が生じた直接的証拠は殆どない(Pretorius-Guthら、1990年)。
遺伝子転移の影響は、窒素固定の増加に関係する形質よりも、むしろ抗生物質耐性などの形質への影響が危惧されているようである(3.1.3.1.2項を参照)。微生物の窒素固定の表現型に関係する転移形質は、土壌や植物に付随する殆どの微生物には発現していないか、あるいは、選択的有益性を与えてないように見える。ただし、他の相互に極めて近い関係にある共生性窒素固定細菌が、その例外である可能性が残っている。
窒素固定能を直接コードする遺伝子成分の転移および発現は、受容レシピエント微生物にエネルギー負荷を負わせ、その結果、選択性の不利が生じる可能性がある。例えば、ニトロゲナーゼ酵素複合体(例:nif遺伝子)の遺伝子や、水素取り込みの遺伝子(hup遺伝子)の転移および発現は窒素固定能を向上させるかもしれないが、その一方で炭素とエネルギーの細胞ソースを浪費するだろう。
5.1.1.6 遺伝形質の影響
5.1.1.6.1 抗生物質耐性
根粒菌と緩進化根粒菌の内在抗生物質耐性(IAR)についての過去の経験から、IARは菌株を比較するための特性として培養中(Antounら、1982年)も、自然個体群中(Glynnら、1985年)でも有用であり、併せて、環境中で根粒菌類をモニタリングするマーカーとして有用と思われる。さらに、導入株をモニタリングするために、抗生物質耐性を付与する遺伝子がしばしば利用されてきた。
抗生物質耐性を含むR因子プラスミドの転移は、栽培中の根粒菌類で起こる(Kuykendall、1979年;PilacinskiとSchmidt、1981年)。しかし、改変根粒菌類の幾つかのフィールド試験は、転移不可能なメガプラスミドにある抗生物質耐性マーカーを使用している(Sayre、1990年)。多くの場合、根粒菌類への抗生物質耐性の転移についての懸念はあらゆる微生物への懸念と似たようなものであろう。
5.1.1.7 標的への影響
標的のマメ科植物に対する悪影響は、効果的な共生の成立を妨げる様々な共生不和合性がもたらす可能性があり、たいていはマメ科植物の収穫量や窒素の含有量を減らすなどの影響が出る(RolfeとGresshoff、1988年)。接種菌株の初期検査の間に懸念を引き起こしうる悪影響の評価法に関する一般的な同意はない。これは、接種材の汚染物質、宿主植物の遺伝子型、根粒菌の接種材、摂取材の細胞数およびその生残率、在来根粒菌の存在、土壌環境など、これら多くの要因のすべてが収穫量に影響を与えるという事実のためである。
宿主植物による根粒菌株の認識は、その株と宿主の栽培変種との間の和合性に関係する。宿主の根粒菌株に対する嗜好性に最も大きい差が見られるのは、植物の栽培変種間である(Bromfield、1984年)。
競争力と有効性との間には直接的相関はない。例えば、ある研究では、同一根系に生育する非効果的なR. leguminosarum株は効果的な株よりも競争力が高いことがわかった(JohnsonとBeringer、1976年)。別の研究では、根粒内で、効果的なR. trifolii株は非効果的な株の共存下で、常に優位であった(Robinson、1969年)。窒素固定能が低い競争力のある接種材菌株は望ましくない(3.1.3.2.1項を参照)。
接種材菌株により作られる根粒は多くの場合、根粒菌の細胞数に比例する。しかし、根粒菌株間の競争力が必ずしも競合関係にある細菌株の相対数に主として依存するのではない。例えば、オーストラリアで行われた研究では、R. trifolii株の競争力は接種レベルには影響されなかった(Brockwellら、1982年)。
多くの物理化学的要因が根粒菌株の生存力に影響するので、その結果、宿主植物にうまく根粒を形成できる否かにも影響がおよぶ。これらの要因は、土壌の温度、土壌の酸性度、栄養レベル、乾燥、洪水がある。
5.1.1.7.1 競争力はあるが効力の劣る菌株の作出
効力は低いが競争力の高い菌株の樹立に貢献している要因の幾つかは、自然の歴史に従っており、また農業慣行を反映するものである。アルファルファ、ダイズ、クローバー、ピーナッツ(ラッカセイ)、インゲンなどマメ科の作物は、フィールド内の在来根粒菌が効果的な窒素固定能を有するかどうかに拘わらず、同じフィールドで繰り返し栽培される。この慣行は、根粒形成については競争力があるが、窒素固定については普通かまったく無能である根粒菌株の蓄積を促進する。作物に在来の根粒菌類が作る根粒の多くは、効果的な窒素固定を行わない。突然変異体や、遺伝的に優れた株を単離して、高品質な接種材料菌株の開発が進められるなかで、フィールドの植物が有する殆どの根粒は、接種材株ではなく依然として在来根粒菌により形成されている。フィールド栽培された植物に根粒を形成できるような優れた接種材株がないことは、一般的には競争の問題と考えられている。この問題は、播種時に種子に添加されるどのような接種材菌株よりも、在来根粒菌の方が、およそ1,000倍も競争上優位であることから起こっている。競争上の優位性は、主に場所にその原因がある。殆どのマメ科植物では、根粒菌類の感染に感受性がある根の極く限られた部分は、根毛細胞を形成している成長中の先端付近の小さな領域である。これらの先端は、接種材料の細菌から離れて在来根粒菌の方に伸びて、成長中の先端では剥離が原因となって接種材の細菌が十分な個体群を維持できない(Bhuvaneswareら、1988年)。
競争問題のもうひとつの重要な側面は、殆どのマメ科植物宿主が根系に形成された根粒の合計数を厳しく調節していることである(Caetano-AnollesとGresshoff、1991年)。最初に作られた限られた数の根粒が刺激となり、宿主によるそれ以上の根粒形成に対する全体的抑制が誘引される。その結果、フィールド栽培された植物の殆どの根粒は、根系の根頭付近の、根の一番古い箇所の上に局在する。このようなフィードバック調節は発芽の根と接触し後発株による根粒形成を著しく妨げる根粒菌による根粒形成を助ける。
5.1.1.7.2 競争問題ならびに付随するリスクへの可能な解決策
競争問題を解決するひとつの方法として、接種材の細菌供給量を大幅に増やすというものがある。けれども、細菌が根に感染する数と根粒数は、根と接触する細菌数の対数に比例して増加する(例:Bhuvaneswareら、1988年)ので、根粒菌が100倍にふえても形成される根粒数は100倍ではなくせいぜい5〜6倍しか増加しない。
そこで現在は、在来株に比べて、接種材株がより早く、より多く、またより活発に根の感染部分に到達するように、接種材株の競争力を高めることが重要視されている。
接種材細菌の根粒形成を確実にするような新しい菌株や新しい運搬システムを開発する新しい手段が幾つかある。多くの場合この作業の大半は、競争力の向上にその重点を置いている。以下に最近の例を幾つか示す。
―在来根粒菌の株を殺したり抑制したりする毒性物質に対する耐性を、接種材株に付与すること。このアプローチは、はじめ種子の表面に接種材細菌と一緒に根粒菌を塗布することだった。さらに最近になって、R. leguminosarum bv. trifoliiのT24株を利用して、高度に特異的なペプチド系抗生物質をin situ 分泌することで競争相手と目される一群の根粒菌を抑制することに成功している(TriplettとSadowsky、1992年)。産生される抗生物質は、特に狭い範囲の細菌種を標的とした天然化合物であり、接種材株が活動部分で少量だけ産生するものである。窒素固定の効率は、抗生物質の合成と、それへの耐性によっても弱められないようである。
―特定の宿主植物と接種材株との間の遺伝子対遺伝子の適合(鍵と鍵穴)関係を開発するか、利用すること。マメ科植物と根粒菌の双方で、単一遺伝子が特定の栽培変種に対する根粒形成能を決定しているという証拠が多く見つかっている(TriplettとSadowsky、1992年)。この関係がいったん解明されれば、これらの遺伝子を改変したり、および/または転移(同属内で)して、在来株が誘導する根粒形成に対して抵抗性を有する遺伝子型の宿主に、根粒を形成するような接種材株を作ることが可能となる。遺伝子対遺伝子の強い適合関係によって、窒素固定が不十分になるということはない。他の遺伝子対遺伝子結合関係を作る方法を以下に示す。
―接種材株が宿主と相互作用しうる状態を増加すること。例えば、宿主マメ科植物のフラボノイド類や関連フェノール化合物類が、根粒菌類の根粒形成遺伝子を誘導することが見出されている。そこで、細胞に根粒を形成する潜在的能力を高めるために、接種材を作成する間に、適切な製造条件の下で、これらのフェノール化合物を培地に(慎重に)添加できる。同様に、BhagwatとKeister(1992年)は、用土からの粗抽出液に含まれる未知の物質が、Bradyrhizobium japonicumのある遺伝子を菌株特異的に減少することを示した。競争力の高いB. japonicumの株から取られる特定の土壌誘導性遺伝子を、競争力のない株へ転移することで、受容生物(その競争力のない株)の根粒形成能を著しく向上させることができた。基本的に、接種材の開発にそのような遺伝子改変を利用することは、天然の刺激物に対する反応の早い種や属内で菌株の範囲を広げることになる。
抗生物質の産生、栽培変種の範囲拡大、そして特に窒素固定の維持など、これらの各方法で起こりうる生態学的効果に関連する安全性事項を、スケール・アップの前に検査しなければならない。
5.1.1.8 非標的への影響
遺伝子改変根粒菌の非標的に及ぼす効果についての安全性事項は、主としてフィールド内での窒素固定の向上度に関係している。スケール・アップには、窒素循環に及ぼす潜在的影響、ならびに同一の交配接種グループに含まれる非標的雑草種への影響などについての検査事項が含まれる。根圏内環境において、他の微生物と対抗できる品種選択株、または遺伝子改変株は、他の有益な微生物との置換を引き起こしかねないという懸念が生まれる。これらの問題が安全性事項として浮上してはいるが、根粒菌類の利用による雑草の繁茂や微生物個体群への悪影響は、現在まで文献上の報告は見られない。
5.1.1.8.1 非標的植物の成長促進
非標的植物種への影響は、雑草性のマメ科植物種の成長促進に関係するものである。研究施設や温室で収穫量の著しい増加能力を示した窒素固定能向上のために品種選別された株、または遺伝子改変された株は、雑草類への懸念をも生み出している(Sayre、1990年)。例えば、根粒菌はアルファルファのみでなく、スィートクローバーの種にも根粒形成を行うため、この潜在的雑草性のマメ科植物のバイオマス生産が増加することは、安全性事項となる可能性がある。これらの懸念は、以下に示すことにより緩和できる。i)多毛作である大部分のアルファルファ農場のスィートクローバーの成長を妨げている農業慣行。ii)あらゆる作物用マメ科植物を、一毛作の地域で成長させようという願望があること。というのは、アルファルファはいずれにしても一毛作の地域では成長しない。iii)多くの牧草地で湿度が高いこと。そのうえに、スィートクローバーが牧草の50パーセントに達すると、通常ジクメラルによる悪影響がみられる。
非標的植物に根粒菌類が感染する可能性は、たいてい根粒形成に十分な量の根粒菌が非標的植物に到達する能力から予測される。これらの懸念は、この株がスィートクローバーに効率よく根粒を形成することができないという証拠、または、環境内の接種材株の生残率および散布率が低いという証拠により緩和できる。あるいは、遺伝的に改良された株と共存するために増加する非標的植物の収穫量が、従来の接種材によく見られた範囲を超えないかもしれない。このように、影響を受ける可能性のある非標的生物の種類や、異常な、または回復不能な揺動の可能性を考慮することが重要である。
バイオ・ファティライザーは、化学肥料と同様に、その地域に生息する他の植物の成長をも促進しうる。このようなことが実際に起こるかどうかは、生物の拡散力や残留力に、特定の植物種との緊密な関係が必要かどうかに、そして、その特定の微生物が栄養素を供給するためのどのような特性が改良されたかに依存する。
5.1.1.8.2 在来性微生物群への影響
根粒菌類の接種材が長期間残留する可能性は、有益な微生物が競争的に置換されることへの懸念を生む。接種材個体数を長期にわたって計数することは、接種の成功をフィールド評価する際の不可欠な項目である(Brockwell、1982年)。接種材の形状、使用の方法、種子の種類、および貯蔵条件次第である。土壌の農業環境での長期間にわたる緩進化根粒菌の接種材の定着は、相対的に少ない在来性緩進化根粒菌の個体数に依存しているが、一般的に接種材は、播種後に急速に減少する。(3.1.3.3.1項を参照)。
根粒菌の遺伝学および生理学の知識は、環境での残留性を向上させる遺伝子を同定するところまでは進んでいない。しかし、特定の植物への根粒形成能が、または交配接種グループ内のより広範囲な植物への根粒形成能が改良された菌株では、競争的置換への懸念がいっそう高まると考えてよい。これらは、より優れた根粒形成能を有する根粒菌類の接種材が作出されて競争力が増すにつれて、より重要な問題となろう。より多数の株が残留することや、残留時間が期待したより長い場合には、有益な土壌微生物との置換が起こりうる(Bentjenら、1989年)。窒素固定向上のためだけに品種選別された、あるいは遺伝子改良がなされた接種材株では、有益な微生物との競争的置換への懸念は生まれないと考えられている。
5.1.1.8.3 植物、動物およびヒトへの潜在的病原性
a)植物
根粒菌類が、交配接種グループの中で唯一宿主のマメ科植物とだけ特異的かつ共生的な関係を築くために、植物の場合には病原性が問題にならない。根粒菌類は宿主植物に感染するが、その病原性や寄生性とみなされることは殆どない。根粒菌および緩進化根粒菌は、Agrobacterium tumefaciens(クラウンゴール病を引き起こす植物病原菌として知られる)およびAgrobacterium rhizogenes(毛状根病を引き起こす)と近縁であるにもかかわらず、自身は植物病害にまったく関わっていない(Jordan、1984年)。
根粒菌類の遺伝子改変は、宿主微生物が特に病原性(例:TiプラスミドまたはA. tumefaciensのTiプラスミド部分)、または毒性に関係するDNAシークエンスを含むよう特別に改変されていなければ、何の懸念も生むものではない。
b)動物およびヒト
動物およびヒトの場合は、昔から使用してきた根粒菌類の接種材の病原性への懸念はない。なぜならば、ほぼ1世紀にわたって健康上の悪影響の報告もなく大規模に使用されてきたためである。Medlarsデータベース(医学情報提供システム)を1966年にまで遡りサーチしても、R. melilotiが関与するヒトや動物の病気の例はまったく報告されていない。同様に、CAB(英連邦農業局)やFSTA(食品科学技術紀要)の文献データベースをサーチしても、悪影響に関する参考文献は見つからない。
潜在的な毒性の一例として、根粒摂食性幼虫を抑制する目的で、Bacillus thuringiensis由来のcryIIIδエンドトキシン遺伝子のクローンが、R. melilotiやR. leguminosarum bv. viceaeに転移されている(Heronら、1991年)。ただし、病気抑制性の微生物は、おそらくバイオ殺虫剤と見なされているので、その限りでは、それらの安全性を評価することは本文書の適用範囲を超えている。
自然界の微生物群に既に存在しているある種の遺伝形質を用いた遺伝子改良は、動物やヒトへのさらなる健康問題を引き起こすものではないと思われる。ただし、新しい遺伝形質がその微生物個体に存在しない場合には、改変微生物の大規模な導入による影響を考慮しなければならない。
c)特殊作業員の安全性事項
根粒菌類は、研究施設で約100年間にわたり、ヒトに対する病原性事件や、他の顕著な健康への影響が報告されることなく使用されてきた。研究施設の職員は、これらの細菌株をフィールド使用中に起こりうるよりもはるかに高力価で頻繁に培養している。さらに大きな規模としては、接種材会社で働く作業員は、工業生産時に、発酵槽内で培養されている多量の根粒菌に日常的に暴露している。その健康記録によれば、この目的で使用される根粒菌は、ヒトには害がないことが示唆される。生産過程における多量の根粒菌の暴露が誘発するアレルゲン性は、殆ど報告されていない。アレルゲン性が起こる可能性は、生産過程における微生物の適切な閉じ込め、および/または取り扱い時のマスク着用により緩和される。泥炭、および/または担体に含まれる汚染性微生物へのアレルギーのように、剤型に由来する健康上の潜在的ハザードに対して注意を払うべきである。
例えば遺伝形質が毒性産生やアレルゲン性に影響を与えるように変化する、ということがなければ、遺伝子改良根粒菌の大規模な生産が、さらなる健康上の懸念を生むとは考えられていない。
5.1.1.8.4 窒素循環への影響
窒素循環への影響についての懸念が持ち上がっている。それらの懸念は、作物による窒素生成の増加が、染み出てくる地下水や地表水中の窒素濃度の上昇に繋がるという仮定に基づいている(Tiedjeら、1989年)。それらには、窒素固定能を向上する(収穫量を著しく増加する潜在力がある)ために品種選別された、または遺伝子改変された接種株(スーパー窒素固定株)に関するものがある。
けれども、根粒菌類の接種材により土壌中に増加した窒素生成量がもたらす水環境中の窒素濃度が、無機窒素肥料の使用がもたらす窒素濃度を上回るとは考えられない。成長期に一回使用する窒素固定微生物がもたらす揺動は、他の農業慣行がもたらす揺動よりも軽微であろう。
5.1.1.9 接種材汚染物質
北米産の根粒菌製品はひどく汚染されていることが多い。マメ科植物の接種材を大規模生産する過程で発生する汚染が、製品の中で根粒菌類が生存する能力に影響を与えるという、あるいは、環境に悪影響をあたえるという可能性がある。汚染防止のために、微生物取り扱いのための優良製造規範(GMP)を使用できる。土壌病原体などの外来性微生物や、培養を繰り返することによって生まれる可能性がある根粒菌接種材の自然発生的突然変異体の存在を、接種材の製造過程で検討するべきである。貯蔵期間中に、特に連続的な交換の後に、根粒菌の効力が低下することは、よく起こることである。少量培養から大量培養へと連続的に交換することは、同時に、汚染も起こりやすくするだろう。一般的薦められている発酵槽内の接種のレベルは1〜10パーセント(容積)である(Smith、1987年)。これらのレベルでは、成長の遅い根粒菌類の株が、より成長の速い微生物によって汚染されるという多少の懸念もある。
殆どの汚染ソースは、製造過程ではなく貯蔵時に根粒菌を保持するために使用する滅菌処理を施していない泥炭担体であることが示唆されている。滅菌しない泥炭は、大規模な生産には費用効率が高いが、γ(ガンマ)線照射(Strijdomとvan Rensburg、1981年)やオートクレーブ(Somesgaran、1985年)により滅菌処理された泥炭担体を使用すれば、通常は、汚染物質が少ない高密度の根粒菌が得られる。この方式を使う場合には、無菌状態で根粒菌の接種材を培地に添加することが肝要である。
泥炭の担体は北米では工業規格品であるが、多くの国では、特に熱帯地方の国では使用できない可能性がある。そのような場合、代用担体の使用が引き起こしうる悪影響を、慎重に評価すべきである。担体自身が引き起こしうる健康ハザードだけでなく、潜在的な汚染問題へも注意が払われるべきである。例えば、カナダでは、ポリアクリルアミドは厳しく規制されており、非食用植物の家庭使用の場合のみに少量(<5g)だけ市販で入手可能だが、以前は担体として使用されていた(Dommerguesら、1979年)。有効な代替方法としては、小さいサイズのマメ科植物の種子には滅菌済みのバーミキュライトを使用するというもの、そして大きいサイズのマメ科植物の種子には固定化した成長培地内の純粋培養からなる液状接種材を使用するというものもある。
5.1.1.10 根粒菌についてのリスク・マネジメント事項
改変根粒菌をスケール・アップ応用するには、商業的有用性(例:効率)を証明する検査と、その微生物の安全性を証明する検査とを区別するべきである。安全性の問題(例:リスク/安全性の分析時に同定された悪影響)は、小規模試験の段階で取り組むべきである。リスク・マネジメント方法には2種類がある。
最初に、商業用接種材の開発において、改変根粒菌のスケール・アップ試験は、主に効力の問題に取り組んでいる。しかし、小規模試験の結果(または結果が出ないこと)から、ハザードの可能性がまだありうることが示唆される場合には、スケール・アップ試験でこの問題に取り組まねばならない。
次に、改変根粒菌がすでにフィールドで検査されたのであれば、検査微生物についての知識およびファミリアリティーは増加しているはずである。その結果として、これまでは改変根粒菌を試験場所に閉じ込めてきた条件の幾つかは、規模の拡大に伴い緩和されうる。
5.1.2 フランキア(Frankia)
5.1.2.1 フランキア接種についての一般安全性事項
フランキアは放線菌の1属で、様々な木本種に窒素固定根粒を形成する(Mullenら、1992年)。過去15年間に、フランキア株を根粒から単離し、所定の実験培地で培養する方法が開発されてきた。これにより商業用接種材の製造が可能となった。しかしながら、フランキアを大規模に使用しての実用的経験は殆ど得られていない。
将来において、ある有力な接種材産業がフランキアの開発に進出すると考えるだけの多くの理由がある。これまでの調査から、多種多様な植物種(被子植物の6目160種以上)がフランキアと共生関係を築くことができるということが証明されている(Mullenら、1992年)。これら被子植物宿主の、特にAlnus(ハンノキ属)とCasuarina(カスアリナ属)の幾つかは、荒廃した土地の農林および開発に有力である。フランキアの根粒は通常は窒素固定の効率が極めて高く、また長年にわたって機能できる。これにより宿主植物は、窒素量が限られる土壌でも繁茂することができる。フランキアおよび宿主はどちらも世界中に流通しており、温帯地方と熱帯地方のどちらでも入手できる。フランキアの共生は、窒素循環全体の重要な役割を果たしていると考えられている。
現在のところ、フランキアに適した遺伝子の形質転移方法が開発されていない(Reddyら、1992年)。したがって、小規模の検査のために、フランキアの改変派生体が出されるのは数年後になる。これから5〜10年以降に、大規模試験のために出されるフランキアのどの製品も、野生型株か、無作為突然変異生成により作成された派生体であろう。
5.1.2.2 生残性、残留性ならびに拡散性
フランキアは長い糸状に成長する非運動性の放線菌の一種である。したがって受動的に拡散する。
フランキアの単離体の多くは、胞子を産生することができるために、自然界での残留性や生残性、そして拡散性をおおいに高めることができる。胞子形成は、長期にわたる貯蔵と一貫した宿主への感染の確保に有利なので、接種材として選択されるフランキア株はおそらく胞子形成性株であろう。
けれども、接種材株を品種選別し、遺伝子改変を行い、毎年、確実に残留しないようにすることも可能である。商業的には、土壌に残留しないような接種材を売ることが望ましい。そうすることで、新しく植えた宿主を感染させるために、新しい接種材を購入しなければならないからである。社会的および生態学的な観点からも、最低レベルの残留性であることが重要である。接種材として選ばれた株が、一成長期から次の成長期まで宿主の体内以外で残留しない場合には、前に導入した接種材と競合することなく、新しくより有用な接種材株を依然として比較的容易に導入できる。さらに、同じ生態環境で生息する他の生物への影響や、新しい非標的生態系への広範囲な拡散に対する懸念、そして接種材株と在来性微小植物との望ましくない遺伝子交換に対する懸念は、接種材が宿主の体外に毎年残留しないように選択されれば、最小限に抑えられる。菌株の残留性は、このように、あらゆる微生物の接種材を大規模に放出することへの主な懸念材料である(3.1.1.1項を参照)。
5.1.2.3 遺伝子転移
自然環境におけるフランキアの単離個体の間に、またはフランキアと他の微生物との間に起こる遺伝情報の交換については研究されていない。幾つかの遺伝物質がある程度の交換を行っていると仮定するのが妥当であろう。
5.1.2.4 標的への影響
フランキアの宿主に対する悪影響は報告されていないようである。しかしながら、種々の遺伝子型を有する宿主がある種のフランキア単離体に感染することにより、様々な程度の和合性および有益な共生関係が生じることが予想される。所定のフランキア株が、種々の遺伝型を有する宿主に感染してはじまる共生関係は、パートナー相互にとり、かなり有益かつ高度な和合的共存から、主として不和合的共存まで多岐にわたる。不和合的共存は、感染度が最低であるか相当高いかのどちらかであるが、窒素固定の効率は悪い。殆ど感染がない不和合的共存の場合は、有害な影響はないようである。かなり感染度の高いものの、根粒形成機能が働かない不和合的共存は、宿主に対して有害な影響を与える可能性がある。接種材株の特異性を高め、有効な共生を築く狭い範囲の遺伝型の宿主のみに感染させることで、そのような影響を最小限に抑えることが可能かもしれない(3.1.3.2を参照)。
5.1.2.5 非標的への影響
フランキアの非標的への影響については殆ど調査がなされていない。殆どの木本種は菌根性真菌(菌根菌)と重要な共生共存をする。根粒菌類についての経験に基づくと、フランキアが宿主の根と共存することにより、フランキアの菌根菌との共存に影響が出ると予想され、その逆も同様である。これらの影響の性質および大きさは、接種材の大規模な放出に関係する問題である。
5.1.2.6 植物、動物およびヒトへの潜在的病原性
フランキアが植物、動物やヒトの病原体とされる報告はない。フランキアが長期間にわたり、特定の植物との特異的で有益な相互作用を進化的に選択してきたことを考えると、大規模な培養によりフランキアが非標的の生物へ病原性を示すことはないようである。
5.1.2.7 接種材汚染物質
フランキアの菌株は、振盪培養液のなかで数日間の世代時間をかけてゆっくりと増殖する。この増殖速度の遅さと糸状に育つ習性は、大規模な検査や商業用のための、これらの細菌の培養法を決定付け、これら菌株中の汚染の性質を確認するための主な要因となる。
フランキアの増殖速度が遅いため、大規模な培養菌株がより増殖速度の速い微生物に汚染されるリスクが増大する。フランキアに選択的な培地は知られていない。糸状に伸びる速度も遅いため、大きな液体発酵槽でのフランキア培養はかなり困難でかつ費用もかかる。それ故に、フランキアの接種材を大規模生産する場合はいつも、小さな袋に滅菌処理した担体材料を入れて行う固相発酵法のようである。この培養法は、汚染のリスクと汚染に由来する環境と作業員への両方のリスクを最小限に抑えてくれる。小袋の接種材に混入する汚染微生物の検出方法を開発することは、有用でありうる(3.1.4項を参照)。