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第三章 工業での大規模利用

 この章は、組換えDNA技術によって操作された生物の、大規模の工業的な利用の時に安全性を確保するための一般的原理を述べる。ほとんどのOECD加盟国では大規模工業利用とは、10リットル以上の容量の微生物又は後生動物細胞の培養と考えられている。実験室規模と大規模工業利用との量的な区別は任意のものであって、他の容積でも同じく適当と考えられるであろう。
 伝統的な製造工業で現在用いられている生物の大部分は、数世紀にわたるものも含めて長期間の工業的な使用の間に安全に対する問題をほとんど起しておらず、安全であるとみなすことができる。
 同様に、特性が十分明らかであり既知の有害な配列がないことが分かっているDNA断片を生物に挿入して機能が改善された組換え体もまた、危険を引き起す可能性はないと考えられる。
 伝統的に安全な微生物にDNA断片を挿入して新しい生産物をつくらせる場合は、生産物そのものが引き起すかもしれない安全上の問題以上の問題を考える必要はない。各場合ごとに別々に調査し、安全上の問題を引き起すことが発見された少数の場合において、適切な封じ込め条件のもとで生産を行うべきである。
 このような封じ込めの目的は、作業員や他の人々の被曝を少なくし、有害な可能性のあるものの外部環境への放出を防止し、そして生産物を保護することである。それは、(生物の生存能力及び(又は)遺伝情報を特定の環境に転移させる能力を制限する自然の障壁を利用した)「生物学的封じ込め」又は「物理的封じ込め」によって達成できる。
 封じ込めの方法を添付資料Gにもっと詳細に説明している。それらは、病原性生物を使う時又は有害な生産物をコードする遺伝子が挿入される時に使用するのが、適切である。

封じ込めの原理

 工業的安全確保策は2つの方法に基づいている。すなわち(a)生物学的封じ込め、と(b)物理的封じ込め、である。

a)

生物学的封じ込め
生物の生存能力及び(又は)遺伝情報を特定の環境で伝達する力を制限する、天然の障壁が存在する。この高度に特異な障壁は、生産の封じ込めの一助として利用できる。それらの中には、栄養要求性、UV感受性などの特性が含まれる。このような障壁が自然に存在するか又は生物の中に特別に導入される時、その生物はある程度の生物学的封じ込めを持っているといわれる。
生物の持つ生物学的封じ込めの度合いは、生物又はベクターを操作することによって影響される。生物学的封じ込めのためにも最も一般的に使用される変異は、次の2つのいずれかを制限する。すなわち、

  i) 環境における生物の生存及び増殖; 及び(又は)
  ii) 遺伝子情報の他の生物への伝達
  である。
b)

物理的封じ込め
「物理的封じ込め」の項目には、3つの封じ込め要素が含まれる。すなわち(i)装置、(ii)操作の方法と技術、及び(iii)施設の設計、である。第1次封じ込め、すなわち作業員や行程のごく近傍を組換え体による暴露から保護する事は、適切な装置と安全な操作手順を用いて可能になる。第2次封じ込め、すなわち施設外部の環境を組換え体の暴露から保護する事は、施設(建物)の設計と操作方法を組み合わせることによって可能になる。

  i)

装置
組換え体を利用して工業生産するための発酵装置は、物理的封じ込めを達成するための主要な手段として役立つ。この装置の設計は、それが用いられるプロセス、発酵槽の大きさ及びその他の要因によって異なる。装置による第1次封じ込めの有効性は、実施規定と手順を十分に遵守する事によって維持される。
第1次封じ込めは、種々の程度に応じて装置そのものによって行われる。例えば、漏れそうな部分のまわりに排気・通風装置を付けた囲いを付け足すことによって、第1次封じ込めがさらに強化される。

  ii)

運転操作方法
封じ込めの重要な要素は、標準の運転操作法を厳密に守ることである。潜在的に伝染性やアレルギー性又は有毒性の物質を扱う作業員は、潜在的な危険性のあることは知らねばならず、訓練を受けて、このような物質を安全に取り扱うための実技と技術に習熟しておらねばならない。工業施設の監督者あるいは担当者には、作業員の適切な訓練を準備し又は手配する責任がある。
標準の運転操作法で危険を防止する事が不十分である時は、追加の安全規定操作法を選定する必要がある。これら追加された操作法は、危険因子及び運転手順に見合っていなければならない。
運転操作の中のいくつかの要素には次のものがある。すなわち

    (i)

危険を最小にするか無くすために設けられた、運転管理・遵守事項を説明する生物安定手引書又は運転手引書;

    (ii)

特定の危険性について作業員に注意を与え、また作業員が必要な運転管理・遵守事項を読み、それに従うように要求する仕組み;

    (iii)

訓練され、知識のある個々の作業員が、作業区域内における運転手順、安全手順及び潜在的危険性などについて適切にとるべき行動の指針

   

などが含まれる。
作業員の安全な操作技術は、適切な施設の設計と工業化の性格、管理体制によって補強される。

  iii)

施設の設計
施設の設計は、生産現場付近の外部環境や人々を保護するのに役立つものである。設計の内容は生産活動と調和していなければならない。各種の実験室を設計する時に使用する原則は、工業規模の施設の設計を行い、機能的な第2次障壁システムを樹立するのに利用できる。封じ込めを達成するには、施設の設計は運転管理、遵守事項及び1次封じ込め設備と無関係であってはならないということを、認識すべきである。

封じ込めの履行

 封じ込めを選定する時の主な目標は、適切なレベルの物理的方法とそれに関連した安全手順を安全性評価の結論に合わせる事である。封じ込めの本質は、実施のための技術的な方法を特定するのではなく、むしろ達成されるべき終局の状態を明らかにすることを狙うものである。すべての水準での封じ込めと同様に、優良工業製造規範(Good Industrial Large-Scale Practice)(下の文章を参照)においても、次の良好な職場安全衛生の基本原則が適用できるといえる。すなわち

i)

作業区域及び環境の物理的、化学的又は生物学的な汚染を、実施可能な最低水準に保つこと;

ii)

発生源において工学的に制御し、必要に応じ適切な作業員用保護衣及び装置でこれを補足すること;

iii)

制御機器や装置を適切に試験し保守管理をすること;

iv)

必要ならば、組換え体の第1次封じ込め外での生菌の存在をテストすること;

v)

作業員の教育訓練を行うこと;

vi)

必要に応じ、生物学的安全委員会あるいは小委員会を設立すること;

vii)

作業員の安全のための実施細則を制定し実施すること;

である。
 工業において用いられている他の生物と同様、組換え体は一般的に、研究を規制している指針によって特定された封じ込めのレベルのもとに、実験室で開発されてきた。実験室における封じ込めのレベルは、大規模生産の時に適切な封じ込めレベルを定める時に考慮すべき1つの要因である。

優良工業製造規範(GILSP)

 本報告書並びに他の文献1) で述べているように、組換え体に関連した危険は、他の生物に関連した危険と同様な方法で評価し管理できる。危険性が低いと考えられる生物に対しては、最小限の制御と封じ込め方法だけでよいということを認識すべきである。大規模工業生産に使用される組換え体の大多数は、この場合に当てはまる。このような理由で我々は、最小限の制御水準で取り扱うことのできる生物に対して、優良工業製造規範(Good Industrial Large-Scale Practice)(GILSP)という概念を認める。これは、例えばバイオテクノロジー欧州連合(EFB)のクラス1の生物について推奨している制御水準と符合するであろう。
 組換えDNA技術で操作された生物に対してGILSPの適用を許可する基準(添付資料F参照)は、宿主生物、組換え体及び使用するベクターと挿入DNA分子に対して定めることができる。

――

宿主生物は、非病原性であり、危険な病原体を含有せず、かつ安全に長期間工業的使用の歴史を持つか、又は特殊な培養条件のもとでは最適な成長を許すが環境の中では生存が制御され、有害な結果を生じないという環境的制限機能を持つ。

――

組換え体は、非病原性であり、また宿主生物と同じく工業的条件のもとで安全であり、環境に対して有害な影響を与えない。

――

ベクターと挿入DNA分子は、特性が十分明らかであり、既知の有害な配列のないものであり;意図した発現に必要なDNAの大きさにできるだけ限定されており;それが意図したものでなければ、環境中で組換え体の安定性を増大させず;また伝達性に乏しく;もし薬剤耐性が、それを自然に獲得することがない微生物に伝達されて、人又は家畜又は農業において病原体を制御するための薬品の使用を危うくするならば、その薬剤耐性マーカーは伝達されるべきではない。

 病原性でないならば、GILSPであると指定が請け負える別の分類の生物の明確な例が2つある;

――i)

組換えDNA分子が、全く単一の原核生物の宿主(それの生来のプラスミドとウイルスを含む)又は単一の真核生物宿主(その葉緑体、ミトコンドリア又はプラスミドを含む(ただしウイルスを除く))由来である場合;及び

――ii)

組換えDNA分子が、既知の生理学的方法でDNAの交換をする異種の生物からのDNA断片のみで構成される場合、

である。

特定レベルの物理的封じ込めで工業的プロセスに使用される生物の評価

 ある場合には特定レベルの物理的封じ込めを使う必要があるかもしれないことは、認識されている。潜在的危険性を評価するとき問題となる生物の性質には、生物学的封じ込めと潜在的な悪影響とがある。組換え体の悪影響の可能性の評価においては、いくつかの規準に情報を整理することができる。第1の規準は、DNA供与体と受容体生物及び導入されたDNAの性質である。このような生物と導入されたDNAを評価する時に考慮すべき点は、本書の第二章と添付資料Bで概説している。それらは覚え書きとして役に立つが、必ずしもすべての場合に適用できるわけではない。第2の規準には、組換え体そのものの性質の評価が含まれる。添付資料Cは、工業的な条件において人の健康に与える影響の可能性を評価するのに特に適切な考察その他を掲げている。添付資料Dは、万が一施設からの組換え体の漏出が生じた時の、緊急対策の一部として考慮すべき組換え体の性質を列記している。ただし添付資料Dは、主として組換え体の環境での利用を念頭に置いたものであり、一方大抵の大規模な利用では、一般に環境で生存能力の限られた生物を使用することを記憶しておかねばならない。大規模利用で用いる組換え体の環境への影響を評価する時、考慮すべき点をもっと限定して取り上げるのが妥当である(第四章参照)。多くの必要な情報は、実験段階と工業プロセスのパイロットプラント段階でさらに得られるものと予想される。

安全性評価と物理的封じ込めの調和

 組換えDNA技術が開発されるずっと以前から、大規模工業プロセス用の物理的封じ込めのため多くの方法が採用されていた。組換え体も、これら標準的な物理的封じ込めの原理を使って封じ込めることができる。その際当然、物理的封じ込めレベルは安全性評価と見合うものでなければならない。
 一方別の考察が、工業的封じ込めの選択に影響しよう。この考察とは、次の通りである。すなわち、(i)組換え体の性質;(ii)生産物と工業プロセスの性質 である。ある場合には、組換え体を実験室的につくるのには適切な封じ込めが、大規模プロセスには適切でないことが、組換え体の評価によって明らかになることがある。例えば、DNA供与体が病原性であれば、物理的封じ込めの実験室レベルは高い;しかしその結果得られる組換え体は、病原性と関係していない供与体DNA配列を持った病原体でないかもしれない(例えば、B型肝炎ウイルスの表面抗原を発現する大腸菌の宿主ベクター系)。この種の組換え体がつくられ、以後それを用いる実験室での研究に対しては、より低い封じ込めレベルが妥当である。この組換え体を利用する工業プロセスに対しても、より低い物理的封じ込めレベルを適用することがやはり妥当であろう。しかし工業プロセスに関連した配慮は実験に関連した配慮とは異なるから、大規模プロセスに移る時には組換え体は再評価されるべきであり、適当な封じ込め法が選択されねばならない。
 ある場合には、プロセスの別の面及び生産物によってもたらされた危険性が、物理的封じ込めのレベルを支配するかもしれない。工業プロセスのプラントや装置は、一般の研究用実験室より用途や規模が多種多様である。したがって危険性の物理的制御のために選択できる方法も、もっと多種多様になる。さらに工業プロセスは、恐らくユニットプロセスごとに検討されねばならない。プロセスの特定部位からの要求に従い、その部分で使用される物理的封じ込めが決まる。この方法によって、極めて広範な工業的条件に対応して、十分で安全な封じ込めを確保するのに最適な手順と設計を選択することができる。
これらの方法が必要な封じ込め効果を与える限り、その選択に当たって弾力性があることが望ましい。すなわち、ユニットプロセスごとの評価結果に基づいて、異なったカテゴリーの中から必要な封じ込めの方法を選んで組み合わせるのが適切であろう。したがって固定したカテゴリーの封じ込めの方法を記述することは無益である。可能な封じ込めのカテゴリーの例が、添付資料Gに記載されている。知識は急速に進歩しているため、物理的封じ込めに対応する正確な安全性評価は、経験が蓄積されるにつれて改訂されるであろう。

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