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第10回意図的環境導入と食品の安全性

 石川 まず前回までのレビューをお願いします。
 増田 OECDの第二ラウンドの議論が始まった頃にヨーロッパでは「プロセス・ベース」の考え方に基づき、「組換えDNA技術に特有の危険性があるかもしれない」ということを前提にしたEC指令(EC directives)を制定する動きが強まった。日本においても一部にECのこの動きに呼応した動きが現れてきた。これは、「組換え体の利用を規制する特別の法律を制定する科学的根拠は存在しない。組換え体のハザードは他の生物と全く同様に評価・管理できる」というOECDの第一ラウンドの結論、すなわち1986年のOECD理事会勧告1)に合わぬものであり、またそれまでの科学的論議の流れを逆流させるものであった。さらに、全米科学アカデミー(1987年)やNational Research Council, NRC(1989年)が「組換えDNA技術に特有な危険性はない」という見解を公表し、米国がプロダクト・ベースの原則を明確にしつつあるちょうどその時に、ヨーロッパは全く違う方向へ進み出したことを意味した。EC指令では組換えDNA技術を使えば、原則的にEC委員会の第11総局(DGXI、環境省に相当)が関与するという構造になっていた。こうした情勢の中で、OECDの第二ラウンドは第一ラウンドで積み残しとなっていた「意図的環境導入」と「食品に代表される製品」の安全性をめぐって、欧と米が、言葉をかえれば環境論者と他の人々が、ぶつかり合う場となった
 石川 今回は当時OECD事務局の正規職員として本件を直接担当され、ヨーロッパや米国の政府代表の専門家と接触の深かった炭田さんに大いに発言していただきたいと思います。
 炭田 OECD事務局の科学技術産業局(Directorate of Science, Technology and Industry, DSTI)に長年勤務されたテッソ女史(Ms. Bruna Teso)が健康上の理由で早期退職され、第二ラウンドの重要な局面で突然、私の方に重荷が回って来る結果になりました。私より1年遅れて安東義隆氏も事務局に参画され、第二ラウンドのDSTIでの主要な仕事は日本人職員を中心として遂行することになりました。
 OECDの科学技術政策委員会(CSTP)はバイオ安全性専門家会合(Group of National Experts on Safety in Biotechnology, GNE)のもとで、第一ラウンド(1983〜1986)の安全論議のフォローアップとして組換え生物の意図的環境導入と食品の安全性ガイドラインの確立に向けて、1988年4月から第二ラウンドの論議を進めることを決めた。この背景には急速に展開しつつあった農業へのバイオテクノロジーの応用の将来性をにらんで、作物の栽培から食品としての実用化に至る過程での安全性確保のための科学的原則を作り、国際的な合意を形成するという具体的な必要性もあった。1986年に組換えタバコの野外試験がベルギーで初めて実施されて以来、北米を中心に試験数が毎年倍増するというスピードで、組換え作物の野外試験が急展開していたのです2)(表1、表2)。

表1国別、各年ごとの組換え植物の野外試験申請許可数

表2作物別、各年ごとの組換え植物の野外試験申請許可数

 

各年の許可数

 

1986

87

88

89

90

91

92

合計

オーストラリア
ベルギー
カナダ
デンマーク
フランス
ドイツ
日本
オランダ
ニュージーランド
ノルウェー
スペイン
スウェーデン
スイス
イギリス
アメリカ

合計


1












1


1


2








1
5

9


4
5

3



4

2


2
17

37


9
19

3



4

1
1

6
26

69


18
36
1
22
1


3

3
1

12
50

147

1
15
53
1
24
1
1
9
1


2
1
12
87

208

5
14
189
1
23


13
1
1

2
1
12
131

393

6
62
302
3
77
2
1
22
13
1
6
6
2
45
316

864

 

引用:OECD,1 993(参考文献7)

 

各年ごとの許可数

 

1986

87

88

89

90

91

92

合計

アルファルファ
サイフリボク
リンゴ
アスパラガス
ブロッコリ
カンタロープ
カーネーション
カリフラワー
チコリ
キク
トウモロコシ
ワタ
キュウリ
アマ
キュウイフルーツ
レタス
メロン
ナタネ/カノーラ
パパイヤ
ペチュニア
ポプラ
バレイショ
イネ
ダイズ
西洋カボチャ
テンサイ
ヒマワリ
タバコ
トマト
クルミ
その他

合計




























1


1

2






















2





3
3

1

9

1


1









1



5


1
8





7
12

1

37

7










5
1
5



15


2
12

4

1

9
7



69

4



1
7


1

2
9
1
6


1
41

1
2
21
2
5
7
8
1
20
14
1


154

3

1


3

1
1
2
23
9
1
13
1

1
54

1
1
38
1
5
2
9
1
19
18
1


209

6
1



4
1
1
3
1
40
14

24

1
2
175
1


52
1
26
4
10

13
18



398

21
1
1
1
1
14
1
2
5
3
65
37
3
49
1
1
4
290
1
2
6
133
4
40
13
28
2
72
72
2
3

878

引用:OECD,1 993(参考文献7)
注:表1と表2の数値(合計数)の差異について。
表1は申請許可数をベースとしている。国によっては1申請中に2種類以上の作物が含まれていた。
したがって表2のように作物ベースにすると合計数が異なる。

意図的環境導入

 内田 意図的環境導入に関して、GNEは第二ラウンドの論議の前半においては農業・環境の専門家からなる作業グループを編成し、ステップ・バイ・ステップのコンセプトに基づいて三つの試験段階、つまり①実験室・温室試験、②小規模野外試験、③大規模野外試験(応用試験や生産もこの段階に相当)、をイメージしていた。そして②のためのガイドラインとして「小規模野外試験を設計するための手引き」として、Good Development Principles(GDP)3)を作った。
 GDPの特徴としては①遺伝子改変生物(植物・微生物)を一般的に包括する原則を述べている、②環境導入に際して潜在的リスクを想定した上でのリスク管理(限局(confinement)や制御(control))を行う、などが挙げられます。GDPはハザードが未知の場合(ハザードが検知できない場合も含めて)には効果があるように思われたが、その反面、環境導入の論議をした途端に、組換え体に対する認識がアシロマ会議当時に戻ってしまったようなところがGDPにはあったわけです。
 一方現実は微生物よりも植物が、また植物の中では大部分が作物を中心とした野外試験が展開されつつある状況でした。植物一般を対象に少しずつスケールを拡大しながら野外での安全性試験を継続し、偶然の事故の発生をただ無為に待っていても、まして偶然の事故が組換え体のせいだと誰が断言できるでしょうか?自分で築いた塀はなかなか乗り越えられないものです。GDPの論議が終了する前後には、すでにGDPよりももっと現実の動きをふまえた、そしてそれまでの科学的論議の流れをふまえた合理的なコンセプトがほしいという声が聞かれました。実際、どのようなコンセプトによってGDPの“confinement”から“解放されうるか”というのが課題でした
 炭田 1991年6月にGNEの全体会合で大規模環境導入に関する安全論議が始まりましたが、その直前に、英国のマンチェスター(Manchester)で準備会合を行った。米国がそのとき、「作物」のみに焦点を絞った“Performance Trials”という分厚い叩き案(Discussion document)を提出した。安全性評価試験と言わず、いわば「性能試験」としたところが米国の考え方を示していた。日本代表(実は増田さんと内田先生だった)はその議論の始めに非公式ながら、「作物は植物界の大腸菌K12株である」と言ったのです。作物はしょせんは植物界の大腸菌K12株だから、管理された場所で人間の手助けがなければ生き続けることはできないのだという意味です。日米間では、この時点で作物の意図的環境導入のコンセプトにつき互いに合意しあえるものができたと言えましょう。ヨーロッパからの出席者の発言は、このときはまだ控えめでした。
 内田 このPerformance Trialsと全く同じ試験は通常の育種で長年にわたり常に実施されてきている試験に外ならない。もし何らかの異常が出現すれば当然このステップで検出される。
 増田 作物は人間にとってファミリアであるのみならず、人間が管理する環境(農業の場)以外の所へ持って行ったら自然界では生き残れない。だから作物については、一種の「生物的封じ込め」とも言うべきもう一つの重要な概念が入っているのです。第二ラウンドはこうして始まったわけですが、副議長として内田先生が論議の方向づけ、コンセプト作りで果たされた役割は大きかった。
 内田 GNEの全体会合がパリで始まったとき、日米と欧州環境論者の間で論議の進め方をめぐって激論が始まった。日米は「植物」や「微生物」はそれぞれの中の個別分野ごとにその特徴が異なり経験と知見の蓄積量が違うから、易しいところから個別的に片付けていくことが合理的で、しかも現実的であると考えました。言ってみれば、プロダクト・ベースのアプローチです。作物についてはこれまで当然のことながら野外栽培の経験が一番多くあって、長い育種の歴史からくる知見もあるから、これをベースにできる。まず作物に集中してその意図的環境導入の安全性の科学的原則を確立しよう、という意見でした。
 一方、欧州環境論者はGDPのアプローチを踏襲して、植物と微生物の“Genetically Modified Organisms”(遺伝子改変生物の意)全体を包括する大規模野外試験に関する、一般的原則をまず確立すべきであり(すなわち、これはプロセス・ベースとなるわけです)、その後で個別分野に入るべきだと主張した。これはプロダクト・ベースとプロセス・ベースのいずれの上に立つかによってアプローチの仕方の考え方について相違が出たわけです。
 日米と欧州環境論者との間の激しい論議の末、結局は妥協により作業部会を二つに分け、役目を分担することにした。一つのグループ(「プレアンブル・グループ」と呼ばれた)は、バイオテクノロジーの安全性にかかわる一般的原理を述べる包括的前文を作り上げることを目指し、二つめのグループ(「作物グループ」と呼ばれた)は作物に専念することとした。両グループは並行的に進みながら、時々情報交換をし、互いに整合性を持たせることとした。
 石川 プレアンブル・グループの包括的原則に関する論議はどのように展開され、どのような結論を得たのでしょうか?
 内田 「プロセス・ベース」対「プロダクト・ベース」という観点から見ると、プレアンブル・グループの論議はOECD第二ラウンドの一つのハイライトであったと思います。このグループが質の高い論議を尽くし得た大きな理由は、全員で7名という小さなグループでお互い忌揮のない意見交換ができたためと言えます。議長にはオランダ環境省のP. van der Meer氏がなりました。GNEは専門家会合と言いながら弁護士出身者が正面に出る場面もあり、感情的に高揚した議論も見られました。1年半におよぶ論議の結果、以下のような趣旨の合意に達しました(詳細は文献4または5のPreambleを参照)。

生物の安全性は遺伝子改変プロセスとは独立したものである。ここで扱う原則はすべての生物に適用できる。

リスク/安全性分析は「ハザードの同定」から始める。もしハザードが同定されたらリスク評価を行う。リスク/安全性分析の結果に見合ったリスク管理を行う(ハザードが同定できなければリスク評価は実施できないし、その必要もない)。

ファミリアリティ(familiarity、知識と経験の意)というコンセプトを導入し、リスク/安全性分析とリスク管理の運用に役立てる。

(ステップ・バイ・ステップの考え方を修正し、)試験段階の数や態様は固定せず、ファミリアリティの程度に応じて弾力的に運用する。

リスク/安全性分析の方法論は生物によって異なるから、特定分野(例えば、作物、生物肥料、生ワクチンなど)ごとに別々に各論として扱う。

この合意内容は従来のOECDの科学的原則(組換えDNAの安全性考察(1986)1)およびGDP(1992)3))を最新化(update)し拡大するものである。

 増田 今挙げられた要点のうち、①は「組換えDNA技術に特有の危険性はない」と同じ意味であり、⑤はプロダクト・ベースのコンセプトを意味している。②はハザード(環境との相互作用下における生物体固有の特性としての有害性)とリスク(当該生物体のハザードに実際に環境生物や人間がどの程度暴露されるのかを加味した現実の危険性)の概念を明確に区分した上で、リスク/安全性分析の科学的手続きを明示した(ハザードとリスクのコンセプトについては本座談会第3回を参照)。また③④はOECD第一ラウンドにおいて大規模工業利用に関して安全性評価の判断基準として優良工業規範(GILSP)コンセプトを導入して「経験」の重要性を位置づけたように、意図的環境導入に関しても安全性評価の判断基準として、ファミリアリティのコンセプトによって「経験」の重要性を位置づけたものである。これによってGDPと比べて、より具体的、実際的なアプローチの方法が示されており、急展開する意図的環境導入の研究・開発の実態にも対応しうるものとなっている。そして⑤は、このプレアンブルがGDPに代替するものであることを明確にし、事実上GDPを廃止することを意味している。プレアンブル・グループは欧州環境論者に対する配慮と妥協から出発したが、結果的にはプロダクト・ベースのコンセプトをはじめ、それまでの科学的論議が生み出してきたGILSPをはじめとする諸コンセプト、諸原則を追認した内容となっており、日米欧のOECDでの論争は、ここに大勢が決したといっても良いと思います。この論議をOECD事務局において背負ったのが、炭田氏をはじめ日本人職員であったことに私は大変な名誉を感じます。
炭田 作物グループの論議では、議長のJames Cook教授(米国)は、人柄はすばらしいしまた大変な忍耐力のある人だった。NIHガイドラインの制定以来、安全性論議をやってきている人には「まずハザードの同定をやり、ハザードがあればリスクを評価して、さらにリスク管理をする」という明確なスキームがある。しかし環境とか農業の専門家たちの中にはそういうスキームを必ずしも明確に意識しない人もいたし、用語も違った。作物育種や栽培の実際について疎い環境論者に対しては議長が非常に粘り強く説明し、理解を助けながら一歩一歩進んだ。この論議の過程で野外試験の段階を小規模とか大規模とかに分けるのは適切でないという合意が生まれ、スケール・アップという言葉を使うことにした4)。これは、先に言われたプレアンブルの④にも対応する。
 内田 環境に対するハザードは定義しにくい。だから環境論者はハザードがないと言えるまで議論をやるべきであるということになりやすい。逆に言うと開発中の組換え作物にはハザードがないと考えられる場合が多かった。しかし「組換えDNA技術に特有の危険性があるかもしれない」という立場に立つ環境論者は、なんとかハザードを探し出そうという発想がまずあった。これは環境論者に特有の論理です。

表3 OECDバイオ安全性専門家会合によるプロダクト・ベースの検討対象(1991〜199)

プロダクト分野

内   容

文献

意図的環境導入
 作  物
 生物肥料

 生ワクチン
 水産生物

バイオテクノロジーの安全性考察:作物のスケールアップ
バイオテクノロジーの安全性考察:生物肥料としての微生物のスケールアップ

生ワクチンの標的外影響
水産バイオテクノロジーの環境への影響

3
4

8
9

製品(食品)
 陸上食品

 水産食品

新しいバイオテクノロジーに由来する食品の安全性評価:コンセプトと原則

水産バイオテクノロジーと食品安全性

10

11

 炭田 OECDでは世界の17種の主要な作物(を参照)を選び、その分野の権威により、それぞれの作物やその類縁野生種の生理、生態、分布などに関するこれまでの経験と知見を、行政官など専門外の関係者のために分かりやすく集録した総説を作成した6)。長い作物育種の歴史から得た知見に基づいて具体的に誰もが理解できるように説明に努めた。
またOECDは加盟国のうち野外試験を実施している15か国に直接専門家を派遣し、組換え作物の野外試験の実態を調査し、分析した7)。その結果、すべての場合において、導入する遺伝子の性質とそれを受け取る作物の特性から予期される結果と比較して、何ら驚くべき現象は観測されなかったことが判明した。むしろ生殖隔離(例えば、雄しべを除去するなど)という条件を課したために、組換え作物が環境に及ぼす影響に関する情報量を制限してしまった。その結果、その後の課題として.ファミリアリティをベースとして、隔離をする必要のない組換え作物(およびその形質)はどのようなものか、隔離する必要のあるものはどんなものか、について理解を深める必要があることが指摘された。
 石川 「作物」に続いて、微生物などの他の個別分野については何をやったのですか。
 炭田 微生物で最初にやったのは生物肥料5)です(表3)。特に窒素固定菌を中心にやった。それから生ワクチン8)もやった。バイオレメディエーション(微生物による環境浄化)は時間不足で、日本の提案により第二ラウンドが終了した年(1994)の11月に東京でワークショップを開催することにした。
 石川 魚を養殖していたらどこかに逃げ出す場合があるという議論が食品の安全性グループから出てきて、組換え魚の環境影響に関するワークショップをやりましたね9)。環境論者がそこで三倍体魚の環境影響の論議をしようとする動きもあったが結局、組換え魚に関してはファミリアリティが不十分であり、魚の意図的環境樽入の問題はまだかなり先の話だという結論になった。

食品(製品)の安全性

 内田 OECDでは製品の安全論議の代表格として食品の安全性の議論をした。OECDの論議では食品の安全性に関して、食品添加物は議論の対象から除外した。また組換え生物由来の食品が環境に与える影響についての議論も除外した。そして食品自体が人体に与える影響に焦点を絞って、食品の専門家の間で論議を行った。
 ちなみにOECDでは食品の安全性と食品添加物の安全性の考え方の違いを認識して食品の安全性に論議を限定したのに対し、日本の食品安全性ガイドラインは食品も食品添加物も含めている。食品(例えば、トマト)の安全性の問題と食品添加物の安全性の問題は取扱い方が全然違う。だからこそOECDは区別して扱ったにもかかわらず、日本の食品安全性カイドラインは両者を含めて扱っている点は世界の考え方とずれがあり、改善の余地がある。
 議長のFmnk Young氏(元米国食品医薬品局(FDA)長官)は人間としても魅力があり、指導力もあり、専門家会合を引っ張っていった。最初は陸上生物由来の食品をやり、サブスタノシャル・エクイバレンス(Substantial equivalence、実質的同等)のコンセプトを出した10)。その次に水産の食品についてノルウェーでワークショップをやり、同じ科学的原則とコンセプトが適用できると結論づけた11)
 増田 食品の安全論議は作物と並んでもう一つのプロダクト・ベースの議論として非常に重要だった。サブスタンシャル・エクイバレンスというコンセプトが結局何なのかと言えば「従来からの食品に対して食品としての栄養成分を損なわずかつ有害な物を追加しなければ安全なのだ」ということです。すなわち、大規模工業利用に関してGILSPコンセプトが導入され、その後、生物体自体をプロダクトとしてみる意図的環境導入に関して、ファミリアリティのコンセプトが導入されたと同じように、製品(プロダクト)である食品についてもサブスタンシャル・エクイバレンスというコンセプトを導入することにより、安全性評価の判断基準として「経験」の重要性を位置づけた。
 炭田 そうですね。サブスタンシャル・エクイバレンス(実質的同等)の基本的な考えは、人が長いこと食べてきて経験的に安全であると受け入れられている従来の食品を基準に置いて新しい食品がそれとどこが違うかを比較する。ベースを経験に置いているという点では、GILSPと同じコンセプトです。もし①新しいバイオ食品が従来の食品と「実質的に同等である」と判断されれば、安全性については従来の食品と同じように扱うことができる。もし②新しいバイオ食品があまり知られていない新しい要素を取り入れているとか、全く新奇なものであるため実質的同等であると判断することが困難な場合は、どこが違っているかを明らかにし、その相違点に焦点を当てて、さらに安全性評価をすべきである、というものです。新しい食品を分類するために「実質的同等性」という基準を導入することにより、新しい食品に対する扱い方を整理した。この整理の仕方が、OECDが付け加えた付加価値だと思います。実際上、開発中のバイオ食品の多くは専門家の目から見て実質的同等と考えられた10)
 内田 実質的同等というコンセプトを導入することにより、組換えDNA技術由来のバイオ食品がこれまでの食品と実質的に同等であると整理されると、食品衛生法の関係でバイオ食品を改めてどうだこうだと議論することさえ必要ないということを意味している。
 炭田 米国ではカルジーンの組換えトマトで審議に相当時間がかかった理由の一つは、マーカーとしてのカナマイシン耐性遺伝子を食品添加物として申請したためです。食品添加物の審査はFDAでも最も厳しいものの一つで、時間がかかるのです。カナマイシン耐性遺伝子やその産物である酵素を微量含むトマトを食べても、腸内細菌のほうにカナマイシン耐性遺伝子が移行する可能性はほとんどないと結論した。
 増田 マーカー遺伝子としてのカナマイシン耐性遺伝子は明らかにトマトに対して新たに加えられた因子だった。だから、カナマイシン耐性遺伝子とその産物(酵素)を含むトマトを人が摂取することによってなんらかの影響が出るのか、例えば腸内細菌にカナマイシン耐性菌の問題が出るのか、ということを安全性評価の観点からクリアする必要があった。そこは非常に重要なことです。組換えトマトの中のマーカー遺伝子、またはその産物(酵素)を食品添加物とみなすことが妥当かどうかは別にしても、ある種のリスクを付加している可能性があるものとみなし、その安全性に対してちゃんと時間をかけて評価してきた。逆に言うと、そこで主に時間がかかったのであって、ほかのところはあまり議論の余地がなかったということです。
 石川 OECD第二ラウンドの意義を総括していただけますか?
増田 OECD第二ラウンドの課題は組換え生物の環境への意図的導入と食品(製品)の安全性評価のコンセプトについて国際的な合意を作ることであった。6年間の論議の結果、プロダクト・ベースの考え方に基づいて、個々の分野別に安全性評価のコンセプトが確立された。それは長年にわたり人類が個々の分野で積み重ねてきた安全性評価に関する経験と体系を尊重するものであった。組換え作物の栽培4)からその収穫物が食品として食卓に供される10)までの道筋をつける国際的なガイドラインが作られたことの意味は科学的にも、産業的にも、また科学的論議を社会に認識してもらう上でも大きいと考えます。
 1994年3月にOECD第二ラウンドが正式に終了しましたが、その直後の5月に米国では日持ちのする組換えトマトの市販が許可されました。その後、トウモロコシ、ダイズ、ジャガイモ等、組換えDNA技術を利用して育種された作物が商業化されています。今後の農産物の貿易を考えると、OECD第二ラウンドが農業へのバイオテクノロジーの応用と実用化という面で貢献した役割は大きいと思われます。
 日本がOECD第二ラウンドで果たした役割は、全米科学アカデミーの結論を大統領府がとりあげた流れを最も的確に理解し、米国と連携してOECDの場で共通認識を広げていったことでした。その中で副議長として内田先生の果たされた役割は大変大きなものであった。また先生をバックアップしたバイオインダストリー協会(JBA)や通商産業省生物化学産業課の存在も大きかった。日米間のそういう連携がなければプロダクト・ベースのコンセプトがOECDで定着したかどうか必ずしも分からなかった。日本にとっても、国際機関における輝かしい歴史であったと思います。
 OECDの第二ラウンドの論議の終息をもって、1973年のコーエン&ボイヤー(S. Cohen & H. Boyer)の組換えDNA技術の発明と1974年のモラトリアムに始まった組換えDNA技術の安全論議は収束したわけです。その歴史は科学的事実に基づき科学的方法論によって安全性を論じていく良き実例として後世に伝えられるべき良き歴史であるとともに、組換えDNA技術がこれだけ大きな技術革新であるにもかかわらず、世界中のいかなる地においても現実の危害が生じたとの報がなされていない点からも良き歴史の代表であり、後世に記されるべきものだと考えます。
 内田 一つ付け加えておく必要があります。バイオテクノロジーの安全論議はこれですべて落着したということではない。OECD第二ラウンドではファミリアであり、しかも実質的同等であるという二つの条件が満足されるプロダクトの場合について研究から産業化へのルートをはっきりさせたということであって、ファミリアでなく実質的同等性が成り立たない場合については、まだ一部しか検討していない。今後科学技術の発展とともにそういう分野での研究・開発が活発化していくのに応じて、OECDで科学的方法論が先導する安全論議を継続することが必要でしょう。
増田 加えて、残された最大の課題は社会のより良い理解を得るため、OECDに集約された科学的安全性論議の成果とその論議の過程をいかに社会に広めていくかだと思います。そしてバイオテクノロジーという技術革新が日本の社会に、また世界のいろいろな地域に広まるのに合わせて、開発途上国の人々を含めていかに多くの人々のより良き理解を得ていくかが大きな仕事であると思います。これはPR(宣伝)ではなく、科学が本来持ち合わせるべき重要な一側面であるかと思います。
 石川 ありがとうございました。しばらく時間をいただいてから、次回はこの「安全性コンセプトの進化」シリーズの決め打ちとして、これまでの論議をベースにしながら日本のバイオ安全性確保のあり方は今後どうあるべきかをお話しいただきたいと思います。

○参考文献

1)

Recombinant-DNA Safety Considerations, OECD(1986)

2)

Seizo Sumida: Plant Biotechnology Comes of Age The OECD Observer, No.185,1993 /1994

3)

Safety Considerations for Biotechnology 1992, OECD Publication(93 91 05 1)ISBN 92-64-13641-X(1992)

4)

Safety Considerations for Biotechnology : Scale-up of Crop Plants, OECD Publication (93 93 08 1)ISBN 92-64-14044-1-No.46863(1993)

5)

Safety Considerations for Biotechnology : Scale-up of Micro-organisms as Biofer- tilisers, OECD Publication(93 95 01 1) ISBN 92-64-14344-0(1995)

6)

Traditional Crop Breeding Practices : An Historical Review to Serve as a Baseline for Assessing the Role of Modern Biotechnology, OECD Publication(93 93 06 1)ISBN 92-64-14047-6-No.4859(1993)

7)

Field Releases of Transgenic Plants, 1986〜1992 : An Analysis, OECD Publication(93 93 07 1) ISBN 92-64-14046-8-No.46861(1993)

8)

Non-target Effects of Live Vaccines, in ”Developments in Biological Standardization“, Vol.84, Karger(1995)

9)

Environmental Impacts of Aquatic Biotechnology, OECD Publication(97 95 14 1)ISBN 92-64-14666-0(1995)

10)

Safety Evolution of Foods Derived By Modern Biotechnology : Concepts and Principles, OECD Publication(93 93 04 1)ISBN 92-64-13859-5(1993)

Aquatic Biotechnology and Food Safety, OECD Publication(97 94 05 1)ISBN 92-64-14063-8-No.47017(1994)


: ダイズ、コムギ、イネ、ウリ類、ワタ、タバコ、トマト、ヒマワリ、トウモロコシ、テンサイ、アルファルファ、ナタネ、キャベツ、タマネギ、キャッサバ、ジャガイモ、モモ類。

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