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第9回プロダクト・ベースのコンセプト

 石川 まず、はじめに、前回のOECD第一ラウンドのレビューからお願いします。
 増田 OECDの第一ラウンドの安全論議(1983〜1986)において、三つの課題が提起された。つまり、①組換え体のリスクについての基本的考え方、②大規模工業利用(すなわち大量培養)、③環境中への意図的導入(放出)です。そのうち①については、「組換え体の利用を規制する特別の法律を制定する科学的根拠は存在しない。組換え体のハザードは他の生物と全く同様に評価・管理できる」と結論しました。②については、「組換えDNAの大規模工業利用に際しては、本来リスクの少ない生物をできるだけ利用し、GILSP基準(優良工業製造規範)を順守する」と結論しました。また③の環境中への意図的導入については、まだ知見が十分集まっていないということで、結論を出すことをOECD第二ラウンドに先送りしました。逆に言うと③以外の課題は、OECDの第一ラウンドが終わるまでの過程で「科学」と「経験」をベースとした論議の結果、すべて結論を得た。すなわち安全性についての明確な方向づけがされたということです1)
 石川 1987年に全米科学アカデミーによって「組換えDNA技術に特有の危険性はない」という結論が公表されます2)、これは安全論議の流れの中でどのような新しい意味があったのでしょうか。今回は、まずこの辺からお話しいただきたいと思います。

「組換えDNA技術に特有の危険性はない」
(全米科学アカデミー)

 増田 米国内やOECDの専門家会合におけるそれまでの議論で、安全性の認識のベースとして「組換えDNA技術に特有の危険性はない」ということは、1977年以来すでに幾度か指摘され、かなり普遍的に受け入れられる概念となっていた。米国では、1977年に生物兵器禁止条約の論議のときそのコンセプトが示されている(第5回参照)。また1981年のBaltimoreとCampbellにより提起された、NIH(米国国立衛生研究所)ガイドラインを実質上廃止するという提案もこのコンセプトに基づいて出された(第6回および第7回参照)。また1986年のOECD理事会勧告1)にも「組換えDNA技術に特有の危険性はない」というコンセプトが盛り込まれた。
 1987年の全米科学アカデミーの結論というのが、安全性コンセプトの進化の過程でどういう位置にあったのかということですが、それは、まず、第一にそれまでのサイエンスの世界での安全論議の結論を再確認するという位置だった。全米科学アカデミーが、学界の統一見解として「組換えDNA技術に特有の危険性がない」ということを公表したということは、組換えDNA技術の全般的認識の基礎として国際的にも大きな意味があったと思うのです。また第二に、組換え体の意図的環境導入をするということが現実的な課題となりそれに対する答えを出さなければいけない、そういう状況の中で、意図的導入の安全性はどうかという議論の出発点として、「組換えDNA技術に特有の危険性がない」ということの確認をしたという位置だと思うのです。
 内田 組換えDNA技術で改変された生物を環境導入するにあたっての政策は科学的論拠に基づいたものでなければいけないのは当然ですが、米国の行政府はこの問題について全米科学アカデミーに意見を求めることにしました。全米科学アカデミーは早速この間題についての委員会を設立し、1987年に同アカデミー総長Frank Pressの署名入りで、「環境導入:何が問題か?」2)という一般向けにも読みやすい声明文をパンフレットの形で作ったのです。またこの背景には、分子生物学者と環境論者の立場の違いのため組換え体の安全論議について結論が出なかった状況があり、それに対して全米科学アカデミーが仲介役としてこれに取り組み、結論を出したということもあります。分子生物学者はイエス、ノーという形で割合にはっきり物事を考えるほうなのだけれど、環境論者のほうは「かもしれない」という議論の傾向が強いのです。元々立場が違うため議論がかみ合いにくいのです。それでその仲介役を全米科学アカデミーが引き受けたという側面があったのです。
 増田 もう一つ出てきた課題は組換えDNA技術そのものではなくて、組換えDNA技術を使って作られた「プロダクトの安全性」についてどういう原則をたてるのか、ということであった。組換えDNA技術を使って作ったプロダクトを実用に供していく段階になってきたこともあり、プロダクトの安全性について、改めて考え方を整理しておくことが必要になってきた。
 そういう意味で、「プロダクトの安全性をどう考えるか」ということと「組換え体の意図的な環境導入の安全性をどう考えるか」、この二つが残された課題であった。この議論を進めていくにあたって、米国内の学界の動きが国際的に一つの主要な出発点になったということかと思います。それに続いて、国際機関であるOECDの第二ラウンドで、「プロダクトの安全性」と「意図的環境導入」の分野での論議が展開されていくわけです。出発点になるこの米国の学界での議論からまず考察していく必要があるのではないかと思います。
 石川 全米科学アカデミーおよびその傘下の国家研究評議会(National Research Council, NRC)からの報告書は1987年と1989年との2回出ますが、この両者の内容はどう違うのですか。
 増田 1987年の全米科学アカデミーの報告書は、「組換えDNA技術に特有の危険性はない」ことをはっきり言いつつも全部に答えを出していたわけではない。今後の課題を提起するスタイルを取りつつ、その答えは1989年のNRCの報告書5)で出している。「遺伝子改変生物の野外実験:判断のための枠組み」という形で、1989年の報告書に具体的に実施するべき方策に関する答えを提示した。1987年と1989年の両方の報告書がペアになっているわけです。
 内田 OECD第一ラウンドで英国の経験主義と日本の発酵工業の経験などをふまえた論議から、「安全性を考えるに当たってはサイエンスのみならず経験もベースにできる」というコンセプトが出てきた。経験だけではサイエンスではないが、経験を考慮に入れないと安全性の問題は議論ができない。実用に供することを考えて、「経験」という一つの比較対照の尺度を安全性評価に持ち込んだのは、OECDの達成した一つの大きな成果だった。
1989年のNRCの報告書に、「ファミリア(familiar)」という言葉が出てきた。これはNRCはOECD第一ラウンドの議論で出たGILSPコンセプトをさらに発展させて、「ファミリア」というコンセプトに到達したと考えられます。
(編者注:「ファミリア」の日本語訳が何種か試みられていますが、当分の間カタカナの形で使います。)
 増田 NRCの1989年の報告書は、具体的にファミリアであるか、リスクの管理はできるかを論じ、政策オリエンテッドな方向づけをしている。例えば、植物を例にとると、「その遺伝子改変植物がファミリアかどうか」について、①その植物は従来の技術で作成されたものか、②その表現形質は従来の改変技術で作成されたものと同等か、③農業、環境に影響を与えないマーカー遺伝子やDNA配列のみが付与されているか、を問い、このいずれかの答えがイエスである場合には、よく知られているものとしてそれ以上の評価なしに、これまでに確立されている方法に従って野外実験を行うことができる、としています。つまり、よく知られているものであれば組換え技術を応用したからといっても、もとのものと違いがないという前提で考えられるとの基本的考え方を示した。ファミリアなものであれば遺伝子改変が古典的方法で行われたか、分子的技術によって行われたかどうかかかわりなしに管理可能であると結論するわけです。
 炭田 つまり、「環境導入の安全性評価は、生物の性質とその生物が導入される環境に基づいて行われるべきであり、改変の方法によるべきではない」ということですね。また環境が変われば結論もまた異なる。
増田 「組換えDNA技術に特有の危険性はない」のだけれども、生物を違った環境に導入するということについては、環境と生物の相互作用で考えるべきだということです。要するに組換え体であろうとなかろうと、違う環境(例えば違った国)に持っていけばその環境に対してある種の影響をもたらすことはありうる。そういう意味で、生物と環境との関係は注意して評価するということは当然の課題であり、これは組換えDNA技術にかかわりなく、組換えDNA技術の出るずっと前から、例えば税関による「検疫」という形で行われてきた。すなわち「組換えDNA技術の安全性」と「ある環境にしかいない生物を他の環境に移すことによる影響」とは次元の異なる問題として峻別して議論しなければいけないということです。

「プロダクト・ベース」のコンセプト

 石川 次に「プロダクト・ベース」の考え方についてレビューしていただきたいと思います。
 内田 米国における「プロセス・ベース」のコンセプトから「プロダクト・ベース」のコンセプトヘの考え方の切り替えを振り返りますと、これは実はかなり長い期間をかけて浸透していったのです。確かにP. Berg委員会の時代には組換えDNA技術に関する仮想の危険性を想定し、大腸菌K12株を使用する組換えDNA実験のうちとりあえず2種類に限りモラトリウムを掛け、その間にNIHガイドラインを制定し、これを順守することにより安全を確保するとの合意から出発した。
 その後、知見と経験が蓄積していったが、組換えDNA技術に特有の危険性を示す事例は認められなかった。一方、組換えDNA技術の応用範囲はますます広くなり、実用化の事例も次々と出てきた。実用化についてはNIHが対処できない課題が多数生じ、もはや「プロセス・ベース」に基づく考え方は実際的でなく、「プロダクト・ベース」により製品分野別に対応する必要が生じた。しかし、省庁間の考え方、対処の仕方、過去の実績等について相違が認められ、相互に調和させる必要が出てきた。そこで米国大統領府にある科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy, OSTP)は1986年に「バイオテクノロジー規制の原則」4)を発表した。その概要で注目点のみを挙げると以下のとおりです。
①商業化にかかわる規制政策や研究活動にかかわる政策に関して関係省庁間の共通点と相違点を解析・検討し、許可申請の窓口の分担表を公表する(注1)。
②既存の規制制度で管理できないことの有無の考察。
③用語(例えば、病原性、環境導入、封じ込めなど)の統一。これはOSTPの下に設置されたBSCC(Biotechnology Science Coordinating Committee)が実施(注2)。
④1986年現在での各省庁の政策の再録(注3)。
⑤国際機関、特にOECDの政策の紹介。
増田 プロダクト・ベースの議論では、二つの意味が「プロダクト」という言葉に託されているのではないかと思っています。一つ目は生物体自体を一つの「プロダクト」としてみる見方です。つまり組換えDNA技術を使うのか、X線で変異させるのか、化学物質でやるのかその方法論にかかわらず、すなわち過程(プロセス)のありようにかかわらず、最後に得られた生物そのもの(プロダクト)について評価すればいい。遺伝子を変異させる方法論がなんであろうとも、改変した(あるいは導入した)遺伝子がもたらす影響さえ評価すれば特に方法論による差をもうける必要はない。それがプロダクト・ベースの一つ目の意味です。組換えDNA技術は、他の技術、例えば放射線による方法に比べて、変異させた遺伝子が非常にクリアに分かっているという点で安全性評価をする上での予測可能性がより高いと言える。いずれにしても組換えDNA技術以外の方法で遺伝子を変異させたのに比べて特段の問題はなく、同様に考えれば良いというのがこのプロダクト・ベースの一つ目の意味です。
 二つ目の意味は、「プロダクト」という言葉を「製品」、例えばワクチン、チーズ、あるいは成長ホルモンという意味での製品として考えた時に、それが組換えDNA技術によって作られようと、それ以外の方法、例えば化学的方法で作られようと、製造方法(プロセス)とは関係なしに、製品の安全性は製品そのものの性質に基づいて評価するべきなのだという意味です。例えばチーズとしての安全性は製品としてのチーズで確認すればいいのだということです。
 OECD第二ラウンドの論議の中で分野別(プロダクト別)に安全性評価を論議していくときにその両方のパターンが出てくるのです。意図的環境導入の分野では生物そのものをプロダクトとして考える。環境中に導入するもの自身が、例えば作物であったり、殺虫性微生物であったり、窒素固定菌であったりするわけですから、「生物そのもの」を念頭に置いたプロダクト・ベースの議論が意図的導入の議論だったわけです。
 それに対して食品分野の場合には、製品としての食品そのものの安全性を考える議論になるわけです。ワクチンについて言えばワクチンとしての安全性を医薬品の安全性の枠の中で考える。そういう意味での「製品ベース(プロダクト・ベース)」の意味となる。製品という意味でのプロダクトであれば食品は食品衛生法で、医薬品は薬事法で安全性を評価すればいいわけです。つまり、これまでに確立されているそれぞれの分野における安全性の確認方法に従って確認すればよいということです。OECDにおいて、生物をプロダクトとして見た場合についてはファミリアリティという言葉を使い、一方食品に関してはファミリアリティという言葉を使わずに、サブスタンシャル・エクイバレンス(Substantial equivalence、実質的同等)という言葉を使って頭の整理をした。しかしこれは本質的には極めて近いコンセプトで使われている。
 炭田 別の言葉で言いますと、これまで「科学の世界での安全論議」と「行政と産業の世界での安全論議」をレビューしてきましたが、プロダクト・ベースの意味を二つに分けてみると、一つ目の「生物自体」を意味するプロダクト・ベースの場合には、科学の世界で得た「組換えDNA技術には特有の危険性はない」という考え方が基本であり、二つ目の「製品」を意味するプロダクト・ベースの場合は、すでに確立されている各製品分野別の安全性確保の体系に準じるという基本的考え方を映している。
 内田 私の場合は、早くからプロダクト・ベースの対象とは「生物(いきもの)」を意味すると理解していました。今までの経験から、安全と考えざるを得ないという例はいくらも知られているわけで、この経験をベースにGILSPというコンセプトが生まれた。そういう見方をしますとGILSPコンセプト自体にプロダクト・ベースの考え方が入っているのです。その生物がどういう手法(プロセス)で改変されたかで分類せず、その生物自体の性質で分類するということです。ここにプロダクト・ベースのコンセプトの萌芽があるのです。
 石川 1991年に国際バイオインダストリーフォーラム(IBF)の前身である、産業界の日米欧三極会議を東京でやった時にヨーロッパの産業界の人々が「日本はプロダクト.ベースだ。少なくともプロダクト・セクター(製品分野)ベースである」と言い、ハッとしたことがあります。我々日本入の多くはまだ当時では、日本のガイドラインはプロセス・ベースの色彩が強いのではないかと思っていたわけですから。関係省庁が製品分野別にガイドラインを設けていることを見てヨーロッパ入は、日本のやり方はプロダクト・セクターベースと考えたのです。
 増田 ヨーロッパ人は日本を褒めたのです。なんとなればバイオ医薬については、医薬品の安全性確保の担当官庁である厚生省がやるだけでなくて薬事法ベースでやっている。まさにその意味ではプロダクト・ベースの発想そのものなのです。ただしこれは、「組換えDNA技術に特有の危険性はない」という考えで裏打ちされていることが前提ですが。
 内田 今の議論は要するに今の日本の関係省庁の指針の位置づけであって、本来の意味のプロダクト・ベースのコンセプトからはまだちょっと距離がありますね。製品の安全性を従来の法体系で確保できるならば、組換えDNA技術を使ったからといって特別の審査をやる必要はない。結果的にはそもそも組換えDNA技術にかかわるガイドラインさえいらない。今までにある法律で製品別にちゃんとチェックすればよろしい。あるいはその一環として必要な範囲だけガイドラインで見れば十分ということです。なぜかと言えば、例えば医薬を製造する時にどういう菌体を使うかによってどんな不純物が混入するかということは、どういう製造方法をとるかによってどんなコンタミネーションがあるかということと全く同義語です。組換え体を用いたことによってなんらかのコンタミネーションが増えるのか増えないのかという見方をするだけでよいわけです。
 米国政府、特にFDAはすでに公式にそういう意味での「プロダクト・ベース」の原則を採用しています5)。組換えDNA技術は全く従来の技術の延長線上のものとしてみる。ただし組換えDNA技術による場合も、他の技術による場合も、最終製品の安全性を評価する上で必要ならば、その必要に応じてポイントはちゃんとチェックしているのです。
増田 米国でのトリプトファン事件の詳細は公表されていないから私が間違っているかもしれませんが、米国においてあれが組換えDNA技術の問題としてとりあげられなかった理由は、米国はもうプロダクト・ベースの原則で割り切っていたからではないでしょうか。要するに最後に食品なり医薬品にするのであれば、どんな作り方をするにせよ用途に応じて十分に精製すればいい。したがって組換え体で作っていようがいまいが、問題は用途に応じた精製の問題だという割り切りを米国の食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)はしたのではないでしょうか。そういう意味でプロダクト・ベースへの発想の転換というのは新技術に対して偏見を交えないという点で大きな意味を持つ。
 石川 日米の様子はこれで明確になりましたがヨーロッパではどうだったのでしょうか。
 炭田 この頃、ヨーロッパでは日米とは非常に異なった状況が生じていました6)。ヨーロッパでは1986年頃からバイオ規制に関して環境論者が急速に力を増し、ついに1990年4月23日に遺伝子改変生物(genetically modified organisms)の法的規制に関する二つのEC指令(Directives of European Community)90/219(閉鎖系使用)と90/220(意図的環境導入)を採択するに至ります。EC加盟国は1991年10月23日までにこの規制を実施に移す義務を負うことになった。ドイツは遺伝子工学法(Gene Law)を1990年に採択した。EC指令はプロダクト・ベースと正反対のプロセス・ベースのコンセプトに基づいたものであり、「組換え体の使用を規制する特別の法律を制定する科学的根拠は存在しない」とするOECD理事会勧告(1986)2)を無視するものだったのです。ヨーロッパの学界と産業界はその後、研究の面で、あるいは研究成果の産業化の面で非常に苦しむことになった。
 増田 OECD第二ラウンドはまさに「プロダクト・ベース」と「意図的環境導入」をめぐって、日米とヨーロッパ環境論者が正面から対決する構図になるわけです。
 石川 どうもありがとうございました。次回はOECD第二ラウンドの内容についてレビューしたいと思います。

○参考文献

1)

Recombinant DNA Safety Considerations, OECD, Paris(1986)

2)

Introduction of Recombinant DNA- Engineered Organisms into the Environment:Key Issues, National Academy Press, Washington, D.C.(1987)
日本語訳:加藤順子、矢野圭司:蛋白質・核酸・酵素、33、87〜95(1988)

3)

Field Testing Genetically Modified Organisms:Framework for Decisions、National Academy Press, Washington, D.C.(1989)
日本語抄録『遺伝子操作の安全性について』、p.91〜96、教育社(1991)

4)

Federal Register, 51, 23302〜23393(1986)

5)

Report on National Biotechnology Policy, 11〜15, The President's Council on Competitiveness, USA, February(1991)
日本語訳『遺伝子操作の安全性について』、p.118〜120、教育社(1991)

6)

H.J.Rehm and G.Reed:Biotechnology(Economic and Ethics Dimensions),12,505〜681、VCH(1995)


注1:

製品の商業化に際しての規制事項については食品医薬品局(FDA)、環境保護庁(EPA)、労働安全衛生局(OSHA)、農務省(USDA)の政策の相互関係、また研究活動に関してはNIH、国家科学研究財団(NSF)、EPAの研究政策の何が共通で、何が異なるかの解析・検討を含む。

注2:

特にBSCCが意図的環境導入、大規模工業生産、食品、食品添加物、医薬品、医療品等を念頭におき、病原性、環境導入および封じ込めの定義を明確にしたことは注目に値する。例えば封じ込めというと、ふつう物理的封じ込めを意味するが、生物学的封じ込めも立派な封じ込めであると解説している。この考えはOECDの第一ラウンドの報告書「ブルーブック」1)にも現れている。

注3:

FDAについてはすでに1984年にバイオテクノロジー・プロダクト規制の政策を公示し、これが再録されている。EPAについては有害物質規制法(TSCA)に基づく微生物・プロダクト規制の政策や、また殺虫剤、殺菌剤、殺鼠剤に関する連邦法(FIFRA)を拡張適用することの問題点を論じている。USDAはバイオテクノロジー・プロセスとプロダクトの両者の研究と規制についての最終的政策原理について述べている。大統領府は1986年に関係省庁の間にみられた政策理念の相違の統一に向けて努力を開始した。

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