前へ | 次へ

第7回原則禁止から原則自由への転換

 石川 前回までの内容を振り返りますと、次のようになるかと思います。

1978年にNIH実験ガイドラインの第一次改訂が実施され、一連の規制緩和が開始された。

それはガイドラインの禁止条項(禁止実験)に対する「例外」と「免除」の設定というコンセプトを導入し、禁止措置を順次解除していくという形でなされた。

1980年にパサデナ会議が開催され、組換えDNAによって作られる産物(プロダクト)の安全性評価という質的に新しい論議がなされた。これは組換えDNA技術が産業化の局面に入ったことを意味した。

1981年にRAC(NIH組換えDNA諮問委員会)の委員であるBaltimoreとCampbellは、それまでに蓄積した知見を整理し、「ガイドラインは自発的規範のレベルまで緩和すべきである」というガイドラインの実質的廃止論を提案した。
今日はこのBaltimore-Campbell提案の行方のレビューから始めていきたいと思います。

ガイドライン廃止論から大幅緩和論へ

 内田 Baltimore-Campbell提案は、アシロマ会議(1975年)以後7年間の論議を総括した上での大胆な提案で、本質的には組換えDNA技術に固有の危険性はないというに等しい提案でした。
 しかし、Baltimore-Campbell提案を受けたNIH(米国国立衛生研究所)は、それをそのまますぐ「はい分かりました」とは言わず、この提案について議論する場を作りました。すなわち、SusanGottesmanを委員長とし、13名からなるガイドライン改訂作業グループ(作業グループ)を設定します。Baltimore-Campbell提案のほかに、「行政による研究規制である組換えDNA実験規制には同意しない」との意見や、「組換えDNA実験ガイドラインは全く不必要」とする意見がありました。これらの意見は、組換えDNA実験だからといって他の生物実験に比べてより危険であるとの根拠は全く無く、CDC(Center for Disease Control)と農務省(USDA / APHIS)の検疫規定を守れば十分である、との姿勢を強調しているものと理解されました。さらに、これはアシロマ会議以後の安全論議の過程で科学者が社会的信頼を確保できたとする自信の表示とも解釈できます。作業グループの誰もがガイドラインの緩和の必要性については原則的に賛成でしたが、その具体論には幅がありました。
 作業グループは「組換えDNA研究に関するリスク評価報告書」を作成し、1981年9月のRACに提出しました1)。その中でガイドラインを廃止する場合としない場合を比較検討しました(表1)。メリットは生かし、デメリットは最低限にとどめるように留意しつつ、報告書は次のようなガイドライン改訂案を示します。これが「RACの改訂案」と呼ばれるものです。

RACの改訂案の要点

ガイドラインの順守は強制しない。自発的規範とする。IBC(機関内安全委員会)は廃止する。事前の実験許可は必要としない。

多くの実験について封じ込め基準を単純化し、緩和する。大部分はP1で実施する(免除実験に相当)。

宿主またはベクターの実験について他のガイドラインなど(例えばCDCガイドライン)が物理的封じ込めを指定している場合には、それに適合する物理的封じ込めレベルを採用する。供与体DNAが宿主の病原性を増加させるという明白な証拠が存在する場合には、予見される変化にふさわしい封じ込めレベルを採用することを勧告する。それ以外はP1またはP1-LSですべての実験を実施してさしつかえない。

禁止実験は一部(I-D-2、I-D-5)を除き廃止する。


表1 ガイドラインのメリット/デメリット論(NlHガイドライン改訂作業グループ、1981)

 

メリット

デメリット

ガイドラインを維持した場合

ガイドラインの存在は有益である。これまで科学の進展に応じて改訂し、安全確保と研究開発を推進する上で実績を出した。

NlH組換えDNA諮問委員会(RAC)、機関内安全委員会(IBC)などの機関の存在は必要である。

科学者が危険性について考慮することを忘れないことは有用である。

ガイドラインが複雑、詳細、難解過ぎる。(ガイドラインと言うよりむしろ規制である)

危険性の事例が全く無い状態で特定の実験に対して高い物理的封じ込めを要求することは不公正であり、そのために費やした時間と労力は無駄であった。

ガイドラインを廃止した場合

「仮想の危険性」に対し費やされる多くの時間と経費が節約できる。

万一の事故が起こる確率は極めて低く、その確率は個々の科学者の対処のし方によって回避することが可能である。

ある種の実験について危険性が存在する可能性は否定できない。

実験者が外部のしかるべき機構に助言を求める必要性を想定しなければいけない。

地方行政が個々に対処した場合、規制が不均一となる可能性がある。

廃止は混乱を招き、米国全体として浪費される時間と経費がかえって多い可能性が高い。

一方、作業グループの委員長を務めたSusan GottesmanはRAC改訂案ほどには緩和しない「Gottesmanの改訂案」2)を発表します。

Gottesmanの改訂案の要点

(NIHより研究補助金を得る研究者には現行と同様に)ガイドラインの順守を強制する。ある種の実験は事前にNIHの承認が必要。ある種の実験はIBCの事前承認が必要。ある種の実験は開始とともにIBCへの報告が必要。

研究者やIBCの事務を軽減し簡素化するため、現行ガイドラインの封じ込めの基準を単純化し、ある種の実験に対しては封じ込め条件を緩和する。しかし、RAC改訂案の線までは緩和しない。

「禁止実験」という用語は使用しない。これまでの禁止実験(I-D-2、I-D-4、I-D-5)は実験開始前にRACの審査とNIHの認可で実施できる。これまでの禁止実験(I-D-1、I-D-6)はIBCの許可で実施できる。

免除実験は現行のままとする(ガイドラインは適用せずIBCへの登録も不必要)。

 RACは1982年2月8〜9日にこれらの改訂案について検討します3)。その時の資料としてこれらの案に対する研究者などからの意見投書(95通)も提出されました。その内訳としては、ガイドラインの全廃を提案したものが3通、RAC案を支持したものが35通、Gottesman案を支持したものが32通、RAC案とGottesman案の中間の意見が10通、さらにRAC案もGottesman案も緩和し過ぎであるとの意見が10通、およびその他でした。議事がどのように進行したかは公開されておりよく分かります。
 議事を要約すれば、①科学的知見の不足で判断がいまだ十分できない分野もある。②組換えDNA実験が特に危険であるという根拠はないが、現時点でガイドラインを完全に廃止することには反対が多い。③ガイドライン自身にはいっそうの簡素化が必要である。④CDCガイドラインに問題が無いわけではないが、全く無いよりよい、という結論になったと解釈できます。
 ガイドラインの順守やIBCの存続については投票の結果、Gottesman案が、RAC案に対して1982年で採択されました。Gottesman案を反映させた第五次改訂ガイドラインが事務局によって作成され、1982年4月21日付Federal Registerに公表されます4)。第五次改訂ガイドラインでは、禁止実験はすべて解除されます(表2参照)。しかし、従来禁止実験であった3種(強毒素・環境放出、新薬剤耐性の伝達)については事前のRAC審査とNIHの許可を必要としました。


表2 NIHガイドライン緩和の推移(1978〜1982)

年 月

実験条件

審査手続き

禁止条項の解除
(残りの禁止条項数)

NIH研究補助金受領者

それ以外(含企業)

1978年12月

大腸菌K12実験はP1〜P3

IBCの審査
NIHへ登録

登録任意

(6)

1980年1月

大腸菌K12実験はP1

IBCへ登録

登録任意
情報保護

(6)

1980年11月

酵母(SC系)実験はP1

IBCの審査

 

植物病原体
(5)

1981年7月

認定宿主・ベクター系
(EK、SC、BS(枯草菌)実験はガイドラインから免除

手続き不要

 

毒素遺伝子
(4)

1981年10月

大量培養の禁止条項を緩和

 

IBCの審査

 

1982年4月

非病原菌実験はP1

IBCの審査または安全主任者の判断

 

全面解除
(0)

注)IBC:機関内安全委員会

 炭田 1982年の第五次改訂によって、NIHガイドラインを廃止するよりも大幅に緩和した形で存続させる道を選択した。禁止条項をすべて解除し、今後の研究により知見が蓄積してゆくような基本体制を確立したということですね。
 内田 組換えDNA実験だから特別な危険があるというコンセプトは成り立たず、危険の事例もないので、大幅緩和せざるを得なくなったということです。
 増田 ところで1981年.から1984年の間に行われたNIHガイドラインの緩和の過程で、大まかに言って四つのことが起こっています。第一は、1982年に原則禁止から原則自由という方向に安全性コンセプトを大きく転換したことを受けて禁止条項を削除したことです。第二は、これまでの議論の大部分が大腸菌K12株についてなされ、それ以外の微生物についてどう考えるかというのが疑問として残っていたわけですけれども、それについての一つの答えとしてNIHが1981年に大腸菌以外の宿主・ベクター系の使用について緩和措置を講じたのが一つの変化です。第三は毒素のクラス分けの問題です。そして第四はそれまでP1〜4という「物理的封じ込め」とB1〜2という「生物学的封じ込め」の二つの流れでやってきたものが、1984年にそれぞれ安全性レベル(Biosafety Level)のBL1〜4と宿主・ベクター系(Host Vector)のHV1〜2という二つのコンセプトに変化したということです。

宿主・ベクター系の拡大

 石川 世の中には大腸菌だけでなくいろんな菌があるのに、どうして大腸菌だけの議論でいいのかという素朴な疑間があったのですけれども、その経緯についてご説明いただけますか。
 内田 分子遺伝学の材料としてずっと使われてきた大腸菌K12株(EC系)については非常に知見が多かったので組換えDNA実験もそこから始まったわけです。しかし酵母系(SC系)とか枯草菌系(BS系)の分子遺伝学的研究も以前からすでに行われていました。1980年1月に大腸菌K12株を宿主・ベクター系(HV系)として使用する組換えDNA実験は禁止実験でない限り、P1で実験できるように緩和されました。続いて1980年11月には酵母(Saccharomyces cerevisiae)をHV系として使用する組換えDNA実験がIBCの承認で実施できるようになりました。ガイドラインでレベルが指定されている実験については、NIHによる認定の作業はIBCの判断に下ろされました。1981年7月には大腸菌(E.coli)、酵母(S.cerevisiae)、あるいは枯草菌(B.subtilis)の認定されたHV系を用いる組換えDNA実験はガイドラインから免除となり、登録すら不要で、いっさいの手続きなしに実験できるようになりました。研究者にとっては相当な事務の簡素化でした。IBCを置かないRAC案と、置くけれども一部の実験をガイドラインから免除するGottesman案とは実質的には良く似ています。
 1978年から1982年までに行われたNIHガイドラインの緩和の要点を表2に示しました。

毒素のクラス分けの意味

 炭田 1981年には毒素のクラス分けがされました。ガイドラインの緩和という流れの中で毒素のクラス分けということで何がなされ、それが何を意味しているかについてご説明いただけますか。例えばCDCガイドラインには、病原体のクラス分けというのが根底にあったわけですね。米国がん研究所(NCI)のガイドラインに関しても、がんウイルスに対して低程度とか中程度とかの分類があるわけです。毒素に関しても、従来からそういう分類はなかったのかなと、なぜこのNIHの組換えDNA実験ガイドラインの緩和のときになってやっとそういう話が出てきたのかなと思うのですが。
 内田 なかなか厳しいご質問ですね。確かにボツリヌス菌(Clostridium botulinum)などについては、ある種の疾病症状が菌体自身を除いた無菌的ろ液に含まれる細菌毒素の摂取によって起こります。毒素の影響はヒト(患者)からヒトに伝播することはないが、共通の食物源が汚染されると疾病の集団発生が起こります。一方、実験室の培養では毒素の検定法の確立が困難な場合もありました。例えばコレラの病原菌(Vibrio cholerae)の毒素は長い間発見されませんでした。培養ろ液や細胞抽出液を実験動物に注射しても、何ら毒性を示さなかったからです。しかし、ウサギの区分的に閉じた腸管に培養ろ液を注射して検出する方法を確立し、毒素発見に至ったことは有名です。確かに毒素についてはその検定法に関する科学的厳密性と、一般人が「毒素」という言葉から受ける語感との間にはギャップがあると思います。
 「毒素」には、植物アルカロイドなどいろいろありますが、非タンパク質性の毒素はここでは問題にしていないのです。組換えDNA技術によって初めてタンパク質性の毒素そのものの遺伝子を取り出せるようになったから、それを分類する意味と必要性がでてきたということです。そうするとどこまでが毒素かという議論になってきた。それまでは毒性の強い毒素(potent toxins)という言い方をしたのだけれども、それよりも数字で表しておいたほうがいいということで、動物の体重kg当たりどこまで微量でも毒性があるかということで分類することになった。
 増田 それまでは、ある種の病原菌により発病するとき、その具体的原因となっている毒素とその病原菌とを分けて考える必要はなかった。しかし組換えDNA技術によってタンパク質性の毒素遺伝子を病原菌から取り出して、別に扱う可能性がでてきた。そこで、毒素そのものは組換えDNA技術に固有の問題ではないけれども、組換えDNA技術の登場がひとつの契機となって、毒素の強さの程度を病原菌から切り離して、独立のものとしてクラス分けすることになった。
 内田 そうです。毒素としてよく知られているものに、タンパク質が二つのサブユニットからできているものがある。一つは毒性自身を表す、もう一つはアタックする細胞に取り付く機能を持つ。それが二つくっついていると、それで初めて毒素として働くけれども、それを切り離した場合には生物学的には毒素でなくなるわけです。細胞の中に入れば単独で毒性が現せるが中に入れないから生物学的には毒素ではない。
 増田 毒素の強さを半数致死量(LD50)によって分類するというのは、病原菌とのリンケージを切って、ジェネラル・ルールを作ったということでもある。これはある程度以上の毒性がなければ、考えなくてよい(免除してもよい)ということにつながる。毒性のある菌のセルフクローニングについては、自然界で起こっていることと同じであるという理由からNIHガイドラインからは免除し、これはCDCガイドラインで取り扱えばよいということになった。これとは理由が全く異なり、毒素の分類ができると毒素にかかわる組換えDNA実験の扱いはその毒性の程度に応じて考えればよいということになるわけです。したがって、ある程度以下の毒性のものについては、免除してもよいということになる。

「未知の危険の封じ込め」から
「安全性レベル」へのコンセプトの進化

 内田 禁止実験が順次緩和されて、病原体の取り扱いはCDCガイドラインに準拠することになったわけだから、組換えDNA技術における封じ込めの用語も同じ表現になってもよいではないかということで、1984年に物理的封じ込め(P1〜4と生物学的封じ込め(B1〜2)の呼称がそれぞれBiosafety Level(BL1〜4)とHost Vector(HV1〜2)へと改訂されました。「封じ込め」のコンセプトはアシロマ会議での「組換えDNA実験の未知の危険を封じ込める」というコンセプトからでてきたわけですが、「組換えDNA技術に特有の危険性はない」という考え方が受け入れられるようになり、「安全性レベル」と呼ぶ方が合理的であると考えられるに至ったわけです。ちなみにN田長官は必要に応じて安全性レベルの表を修正できる、と書いてあります。例えば、CDCクラス2の病原細菌とNCI中程度の発がんウイルスは共にクラス2となっています。
 増田 ついでにこれを機会に、従来別々だったNCIのがんウイルスのクラス分けとCDCの伝染病の病原体のクラス分けも一緒に統一した、ということですね。「封じ込めレベルP1〜4」という呼び方と、「Biosafety Level 1〜4」というのは、コンセプトとして質的にどう違うのでしょうか?
 内田 「封じ込め」というのは、誤解を招く言葉なのです。例えばP4が一番封じ込めの厳しい封じ込めだとすると、P1は封じ込めでなくオープンかと一般の方に言われる。P1レベルの封じ込めで十分安全性が確保できるような菌を取り扱うときには、P1でよろしいという意味なのですが一般の方に対してはなかなか説明が難しい。
 増田 P1というのが要するに封じ込める設備のレベルを決めているのに対して「Biosafety Level 1」というのは取扱う上での安全性のレベルを示している。例えばある微生物実験がBL1に位置づけられるのなら、その安全性レベルに見合った取扱い方をすればよいということを意味する。単に設備の問題ではなく、現実のリスクに応じて、より広く「取扱い方」の問題を安全性のレベルで考えていく方向に観点が移ったということです。
 内田 病原菌と一言でいっても、その感染力は一様ではありません。例えばCDCでクラス2に分類されているチフス菌では10万匹、コレラ菌では1億匹、志賀赤痢菌では10億匹を飲み込むことにより1/4から1/2のヒトが発病します。もっと危険な病原菌では飛沫やエアロゾルの吸入で発病します。例えばQ熱病、野兎病等では50匹以下でも感染すると言われています。そうすると病気を起こさないための防御という観点から見ると、PlでもP4でも使い方さえ問違えなければ両方とも安全なんです。それがなかなか一般の方々には通用しないのではないかと思いますね。これは「閉鎖系」、「開放系」という見方をするためではないかと。「要は感染しないことである」ということをベースに考えれば、封じ込めの厳しさだけを論じるのではなく、扱う菌のレベルによって適切な方法をとればよいわけです。そうすると「Physical Containment(物理的封じ込め)」という字を使わなくて、「Biosafety Level 1〜4のほうが合理的ではないかと思います。同じように生物的封じ込めということも、この場合には宿主(ホスト)とベクターの組合せで決まるわけだから、HV1〜2という呼び方が合理的だと思います。
 その観点でさらに進んで行くと今度はフレキシビリティの考えが出てきて、BL1〜4とHV1〜2とを組み合わせた時にどうするかとか、実験上の注意も含めて安全を確保するためにどうやっていくかという考え方が入ってきます。設備だけに頼る発想でなく実験の実施上の注意というコンセプトがそこに入ってくるわけです。それがフレキシビリティの基本になる。そのへんの議論を発展させると、構造基準か性能基準かという考え方に到達します。結果が良いことが重要であって、途中の方法論について構造基準を細かく規定することは適切ではない。場合によっては、かえって安全性を確保するうえで実務上の障害になりかねない。
 日本ではいまだにP1、P2という呼び方をし、「閉鎖系」「開放系」と言っていますが、アメリカではすでに1984年にこのようにコンセプトは次の段階へと進化していたのです。
 炭田 この間、タイのBangkokでバイオの安全性に関する国際会議があり、東南アジア各国が自国の状況を発表しました。例えばフィリピンでは1990年にガイドラインを制定しましたが、それはP1〜4ではなくBiosafety Level 1〜4というコンセプトを採用している。日本は1979年にガイドラインを制定して以来、何度も改訂を行っていますが、P1〜4のコンセプトは変わっていない。
 石川 いわば、東南アジアの国々は最新モデルの車を導入して意気盛んに走っているのに、日本ではモデル・チェンジを怠って旧式の車に乗っているような感じですね。日本は一度物事を導入すると変えるのが難しく、将来を考えると少し心配になります。
 増田 破傷風菌でも赤痢菌でも自然に存在しているわけですから、「封じ込める」ことに主たる意味があると考えるよりも、要は感染しないようにすることに意味があるわけです。「封じ込め」という考え方のもとで、「閉鎖系」、「開放系」という考え方をすると、どうしてもゼロか100かという議論になってフレキシビリティに欠ける発想に陥りやすい。完全な「閉鎖系」と完全な「開放系」があるのではなくて、両者はつながって連続的に変化している。その中で取り扱う菌や毒素の特性や安全性のレベルに応じた適切な取り扱い方をして、結果として安全性が確保されていることが最も重要なことであるわけです。完全な閉鎖系を求めることが目的でもないし、それが安全を確保するための現実的な答えでもない。したがって、「閉鎖系」、「開放系」と呼ぶ代わりに「非意図的放出」と「意図的放出」という方が合理的だと思います。この考え方のほうが「最小感染量が病原菌によって違う、あるいは最小影響量が毒素によって違うから、それぞれの場合の危険性(リスク)に合わせた適切な使い方をしていくことが妥当である」という実態にマッチしているのではないかと思います。

NIHガイドライン緩和の総括

 石川 さて、1982年の大幅緩和(禁止条項の削除と免除の拡大)を頂点とする一連の措置はどういう内容であったのか総括していただきたいと思います。参考までに1976年のガイドラインでの禁止条項の要点を引用しますと、次のようになります。
①病原体(CDCクラス3、4、5)およびがんウイルス(NCI中程度)の核酸の組換えDNAの作成。
②強力な毒素の遺伝子を含む組換えDNAの意図的な作成。
③植物病原菌の病毒性、宿主域を増大する可能性のある組換えDNAの意図的な作成。
④組換えDNAを導入したあらゆる生物の意図的な環境放出。
⑤ヒト、家畜、農作物の病害防除用薬剤の使用を難しくするような薬剤耐性を薬剤感受性微生物に伝達すること。
⑥有害な生成物を作る組換え体を10L以上の規模で培養すること(ただし、RACの承認があれば実施できる)。
 増田 まず、①の病原体およびがんウイルスの取扱いは従来からあるCDCガイドラインやNCIガイドラインに準拠することに委ねた。それは組換えDNA技術が特殊なものでなく固有の危険性を有しない以上、従来の病原菌などの取扱いのためのガイドラインに任せればよいということを結論として出したことを意味している。
 次に②の強力な毒素の遺伝子を含む組換えDNAについては、毒素についてクラス分けをしてそのクラスに応じた扱い方をすれば、十分に安全確保のための対応はできるという答えを出した。その結果、毒素の遺伝子の組換えDNAを作成することは禁止条項からはずされた。先ほど論じた「毒素のクラス分け」は免除のための前段階として意味があったわけです。
 内田 禁止条項からなくしても、強力な毒素をクローニングするときには一定の手続きが要ります。毒性が強いものについてはRACで判断し、毒性の弱いものについてはCDCガイドラインに従い、それに満たない毒性のものは届け出で、ということになる。そういう手続きを定めることにより禁止条項からはずしていった。
 ③の植物病原体の組換えDNA実験は1980年にNIHの定める封じ込めレベルで実施することを認めた。しかし、⑤の「薬剤耐性(例えば抗生物質耐性)の伝達」は「禁止条項」から外しましたが、実質的には昔と同じような言葉で今も残っている。現在のガイドラインで審査が一番厳しいのはカテゴリーAと呼ばれる実験でかつての禁止実験に相当しますが、ここに残っている実験は「薬剤耐性の伝達」と、新しく問題になった「ヒトの遺伝子治療」のみです。カテゴリーAについては、事前のIBCの認可、RACの審査とNIHの認可が必要です。
 石川 あと④の意図的な環境放出と⑥の大量培養はどのように扱われたのですか?
 内田 10L以上の大量培養を禁止する理由として、「培養が大量になれば漏出の確率も大きくなる」という説明を1980年の時点で削除したことが注目されます。米国も大量培養の取扱いには苦労していた様子です。1981年9月開催のRACにおいては、あらかじめ官報に公表されていたIrving Johnson(Eli Lilly社)の大量培養禁止の項目に対する反対意見が討議されました。RACではCDCが作成した「微生物の工業利用に伴うハザードについて」という論文も紹介されましたが、経済性のある製品の工業生産過程は安定な製造管理を必要とする、との理由で組換えDNAが厳密に性格付けられていることを条件に5)IBCの事前の検討と許可により実施できることとしました。大量培養に関してはOECDの第一ラウンド(1983〜1986)において、また④の意図的な環境放出に関してはOECD第二ラウンド(1988〜1994)において論議されることになるわけです。
 増田 これらは「科学と実験の世界」から「行政と産業の世界」の論議へ拡大することを意味するとともに、それを論じる場所も米国中心からOECDの場へと移行することになります。さらに、ヒトの遺伝子に関する安全性コンセプトの論議も残されています。
 石川 いろいろありがとうございました。今後は産業レベルまで拡大された安全性論議に視点を移し、それがOECDにおいていかに科学的論議に基づいてなされていったかを見ていきたいと思います。

○参考文献
1)Federal Register, 46, 59385〜59398(1981)
2)ibid., 46, 59734〜59737(1981)
3)ibid., 47, 17166〜17177(1982)
4)ibid., 47, 17180〜17198(1982)
5)ibid., 46, 53981(1981)

前へ | 次へ