本フローチャートが指導するのは最も困難な審査であり、ここでは生態系の複雑で変動する特徴に対する多くの情報が要求される。研究者がこの最後のフローチャートへと進むよう指示された場合、これはこれまでの簡単な審査において、研究者が本基準を適用終了できるかリスク管理へと進むための特定の理由が明確に同定されなかったことを意味している(上記の「実施基準の概略」での関連記述を参照)。
準絶滅危惧種、絶滅危惧種、危惧種の個体群との相互作用
本フローチャートの質問は、脱走GMOと上記のような保護個体群間での生態学的相互作用に焦点を絞っている。これまでのフローチャートで提示された保護個体群に関する質問では、脱走GMOによる交雑あるいは再生産への干渉の可能性が対処されていたが、これとは異なるものである。
これらの個体群は、絶滅のリスクに対し特に脆弱であり、そのためGMOとの新規の相互作用から保護されなければならない。この保護は、北米での水生生物多様性における劇的な減少からしても正当なものであり、このことは「II.A.1. 意図的な遺伝子改変の影響」の準絶滅危惧種、絶滅危惧種、危惧種の個体群に関する記述で非常に詳細に説明されている。そのような個体群の絶滅は生態系構造あるいは過程に障害を及ぼし、またスポーツフィッシングや漁業で捕獲されるものを含め、生態系に存在する他の生物種の持続性を間接的に脅かす可能性がある。
利用可能な生態系に保護個体群が存在するか否かを判断するためには、研究者は、州の水産および野生生物官庁(当該州に非狩猟生物管理あるいは自然遺産プログラムが存在する場合にはこれらも含める)、米国魚類野生生物庁(淡水生態系について)、米国海洋水産庁(海洋生態系および遡河性魚類について)と相談しなければならない。役に立つ情報は、自然保護庁の州職員からも得られる可能性がある。
利用可能な生態系への精通
本フローチャートで指導された審査が科学的に信頼でき、弁護可能であることを保証するためには、利用可能な生態系に関する十分な知識および経験がなければならない。精通には利用可能な各生態系に関する次の情報が含まれていなければならない。(1)構造(すなわち、食物および空間の利用における分離で顕示化される、種間の生物学的相互作用)、(2)過程(すなわち、食物連鎖で顕示されるような、栄養およびエネルギーの流れ)、(3)持続性(すなわち、観察された構造あるいは種構成が既知の範囲内で経時的に持続する能力)。これらの性質について十分に精通している場合、利用可能な生態系のシミュレーションモデルの構築は、本フローチャートで要求される審査を実行する上で有用な道具を提供してくれる可能性がある。それにより、GMOが示す表現型変化に関する実験室あるいはメソコスム実験で得られたデータを、これらの審査を補助する目的でシミュレーションモデルに統合することができる。「IV.A. 生態系への影響−意図的な遺伝子改変」にある「GMOの全体的な機能に関する精通度」の実験に関する関連記述を参照のこと。
生態系構造に関する精通度が足りない場合、研究者は、種間相互作用のタイプおよび大きさに対する審査(本フローチャートで最初に要求される審査)は不可能である、との結論を下さなければならず、リスク管理に関する適切なガイダンスのためフローチャートVI.Bに進まなければならない。生態系構造あるいは過程に対する有害な変更の可能性に関する審査(二番目に要求される審査)では、構造、過程、持続性に関する全体的な精通が求められる。この分野での十分な精通度が不足している場合、科学的に正当な審査が実行されないことから、リスク管理に関する適切なガイダンスを得るため、フローチャートVI.Aに進むよう求められる。
GMOと他の生物との相互作用の審査
この審査を実行するにあたっては、研究者は、GMOおよび他の生物種がその生活史の中でいくつかの栄養的な地位を進むにつれ、相互作用がいかに変動するかに関して考慮する必要がある。このような進展は水生動物種では一般的なことである(例:Stein他 1988)。本審査は、親生物種に関する情報と、GMOで同定された表現型変化(すなわち、表1で掲載された変化に焦点を当て)がGMOと他の生物種との相互作用を変更する可能性があるか否かについての審査とを統合するものでなければならない。Wahl他(1995)は、意図的に増殖された魚類の生態学的原則および生態学的な影響に関する検討の中で、事故により脱走したGMOの生態学的な影響の審査においても妥当する背景的知識を提示している。特に、著者らは、全生活史を通じた捕食、競争、非生物的因子、およびこれら因子間の相互作用が持つ相対的重要性を統合する、生態学的で群集をベースにした枠組みに基づいて審査が行われるべきである、と推奨している(Wahl他 1995の図6を参照)。
顕著な相互作用
多くの種間相互作用は、審査する重要性がある(Tiedje他 1989、KapuscinskiおよびHallerman
1990、1991)。審査は次の相互作用に焦点を当てなければならない。(a)捕食者−被捕食者相互作用、特に改変生物が魚食性魚のように、最上位の捕食者である場合(CarpenterおよびKitchell 1988、MillsおよびForney 1988、KapuscinskiおよびHallerman 1990、p.6〜7で検討)、(b)競争、共生、寄生による相互作用、(c)間接的相互作用で、改変生物の活動が他の生物種にとっての環境の好適性を低下させる場合。極端な例では、GMOは、親生物が有害生物であるか、あるいはGMOが発現している表現型変化が有害な性質を産生するほどに主要なものであるかのいずれかの理由により、人間あるいは他の生物種にとって有害となる。この可能性は、親生物が移入生物あるいは非自生種である場合には考慮されなければならない。例えば、コイの摂食行動は、温暖で浅い湖の撹乱を増加させるが、これは水生植物床を消失させ、また視覚によって摂食する捕食者(例:ノーザンパイク)および水鳥(水生植物に依存するもの)の個体群を減少させる。このように、コイがその環境を変化させる能力を増大させる遺伝子変化(例:より急速な成長)は、いかなるものでも、有害生物としてのコイの効率を増大させる可能性を有している。
同様に、GMOが発現している表現型の変化によって、利用可能な生態系において他の生物種に有害な影響を及ぼす能力が増大する可能性があるか否かを判断することは重要である。例えば、成長の増大により、年齢ごとのサイズあるいは最大サイズの増大がもたらされた場合、改変生物は食物、居住場所資源、産卵場所、交尾での競争において有利となる可能性がある。要約するならば、相互作用は、GMOの活動が他の生物種の分布あるいは個体群統計学に影響を及ぼす可能性がある場合には、問題とされる。
他の生物種の考慮
GMOが関与する種間相互作用の審査は、同種および近親種の個体群に特に対応するものでなければならない。孵化場で飼育された特大なサケ科は、社会的に優位であり、増大した攻撃的行動あるいは食物や空間に対する増大した競争を通じて、より小型の野生同種あるいは近親種を置き換えることができることを示す証拠が増えている(例:Bachman 1984、Nickelson他 1986、Vincent 1987)。このことは、そのような置き換えが、他の生物種とGMOの相互作用に有害な影響を与える特定の表現型変化を発現しているGMOにおいて、より一般的な現象なのではないかという懸念を提起する。自然個体群の置き換えの可能性は、GMOがこれらと交雑することができない場合でも問題であり、それはこのような置き換えが自然個体群の減少と排除に向かう第一段階となるからである。生態学的に起こりうる有害な結果としては、遺伝子および生物種の多様性における減少、生態系の破壊、人間にとって重要な漁業資源の持続性の低下などがある。この後者のポイントは、下記の生態系での有害な変更に関する記述にも関連してくる。
GMOが関与する種間相互作用の審査は、レクリエーションあるいは漁業で捕獲される生物種にも対応しなければならない。利用された生物の個体群は、しばしば、人間にとって経済的に重要であり、また水生生態系の長期健全性および持続性にとって生態学的にも重要である(例:Christie他 1987)。それゆえ、脱走GMOと利用されている生物種個体群との間の相互作用が、例えば、個体群変動の増大、競争強化あるいは行動的な相互作用による置き換え、数度および遺伝的多様性の低下を通じ、これらの個体群に有害な影響を及ぼすか否かの審査は重要である(Wahl他 1995)。この後者のポイントは、生態系での有害な変更に関する下記の記述にも関連してくる。
相互作用が生態系を有害に変更する可能性の審査
生態系への影響の審査におけるこの最終段階は、最終的には、研究者を本基準の適用終了もしくはリスク管理のいずれかへと導く。適用終了へと進むためには、研究者は、生態系の有害な変更は起こりそうにない、あるいは無視できるとする結論を支持する明確な科学的証拠を有していることが求められる。
水生群集は、生物と非生物的資源を結合する経路に沿って、エネルギー、生物、栄養、情報の移動を通じ、複雑な相互作用を通して機能する。ほとんどの場合、群集構造での変化(例:生物種の相対的数度の変化)は、主要な生態系過程(例:第一次生産)の大規模な変化の引き金とならないよう、機能的に同様の生物種の代償的動態によって予防されている。しかし、ある種の変化は、中心的な生態系過程の大幅な変更へとつながる可能性がある(Connell 1975、CarpenterおよびKitchell 1988、Wahl他 1995)。それゆえ、脱走GMOの関与する種間相互作用が、生態系過程に有害な影響を及ぼしうるか否かを審査することは重要である。例えば、GMOのサイズ大型化によって口の開口部が増大することで、当該生物はそれまで捕食することができなかった対象を捕食することが可能となる可能性がある。そのような捕食対象物の新規拡大は、水生群集の食物連鎖を予測困難な方法で錯乱させる恐れがある。
生態系過程に対する有害な作用の概念は、生物種導入における既知の例で明確に示すことができる。例としては次のものがある。(a)コイは、摂食行動を通じて透明な湖を混濁させる。混濁度を増大させ、植物プランクトンと根着性底生植物の光合成バランスに影響することで、コイは、幅広い水生生物の居住場所の利用可能性および食物資源に影響を及ぼす。(b)魚食性魚のプランクトン食性魚に対する捕食。プランクトン食性魚の減少は、大型動物プランクトンに対する捕食を低下させることで、植物性プランクトンに対する捕食圧力を増大させ、プランクトン性藻類と根着性底生植物の光合成バランスに影響する可能性がある。(c)サンフランシスコ湾汽水域に導入されたハマグリは、そのフィルター活動を通じ、生態系の汽水域部分がプランクトン生物優位から底生生物優位となる切り替えをもたらした。
生態系状態に対する予測可能性の低下
生態学における現時点の理解では、唯一不変なものは変化であり、すべての生態系は流動的である(Pickett他 1992)。せいぜい、系は複数の交互に変わる「定常」状態を有するだけで、ここでの「定常」は比較的短い時間スケールで定義されたもので、数十年を超えるものではない。しかし、生態学的知識が増すにつれ、交互に変換する状態の予測可能性は高まり、同様に地域的あるいは地球規模の因子に対応する生態系の変化の方向についても予測が可能となった。改変された表現型(表1を参照)を発現しているGMOを含め、系へのいかなる新規生物の追加も、系が従っている運行法則を変更することが可能であるため、人間のその系に対する予測可能性を低下させる可能性がある。それゆえ本フローチャートのこの時点では、研究者は、利用可能な生態系において、影響を受ける以前のより好適な状態への復元が不可能となる恐れのある、好適性の低い状態へのシフトをもたらす影響を、改変生物が利用可能な生態系に及ぼすか否かを審査しなければならない。
生態系の劣悪化した状態
生態系の劣悪化および健全性の概念に関する文献が増えている。生態系の健全性は、何らかの冗長性を含む、生態系構造および過程の多様性によって影響を受ける(Christie他 1987、Karr
1991)。水生生態系が劣悪化した状態へと変更される恐れに関する審査は、環境の持続可能性および人間の利用可能性の双方に対応しなければならない(例:水質の低下)。すでに「健全」な状態から大幅に撹乱されている利用可能な生態系は、さらなる劣悪化に対して特に脆弱性を示し、そのため、脱走GMOの種間相互作用に原因する有害作用に対してより高い感受性を示す。劣悪化した自然の生態系を、自然構造および過程の保護に値しない人工系であるかのように取り扱ってはならない。
生態系への有害な変更がまず起こらない、あるいは無視できるレベルとの結論を審査が下した場合、フローチャートVは本基準の適用終了を提供するが、これは特定の封じ込め手段が推奨されておらず、かなり大量のGMOが研究プロジェクトから脱走する可能性があることを意味している。それゆえ、この適用終了へと進む前に、審査した相互作用のひとつあるいはそれ以上を通じて、改変生物の大規模導入が群集において他の生物に対する自然淘汰の動因として作用する可能性があるか否か、またそれに続く生態学的な結果はどのようなものかについて、審査することが重要である。