IV.A. 生態系への影響−意図的な遺伝子改変
脱走GMOから改変遺伝子が自然個体群へ遺伝子導入することによってもたらされる生態系への影響の審査は、GMOが表1に掲載されている表現型のひとつかそれ以上の変化を発現しているかという質問から始まる。質問に「いいえ」と回答し、この時点で本基準の適用終了をするためには、研究者は生物の全体的な機能に関して、これを支持する証拠を保有していなければならない(下記の精通度を参照)。生物は、表1に掲載された表現型の変化を通し、生態系の構造および過程に影響を及ぼす。有害作用の可能性は、利用可能な生態系に偶然あるいは意図的に導入されたGMOの数およびこれに続くフローチャート(IV.A.1およびV)で述べられている他の因子に依存する。生態系への有害作用の波及でこれらの形質変化が果たす役割については、KapuscinskiおよびHallerman(1991、p.101〜103)ならびにKapuscinskiおよびHallerman(1990、p.6〜7)の詳細な記述を参照されたい。
GMOの全体的な機能に関する精通度
表1に掲載されている形質のひとつあるいはそれ以上で遺伝子改変が変化を生成していることを適正に判断するためには、研究者はGMOの全体的機能に関し、その生活史を通じて精通していなければならない。精通度は次のものを含む情報源の組み合わせに基づいている。(a)同じあるいは同様の環境で生育した親(非改変)生物に関する知識およびこれまでの経験、(b)改変生物での意図的および非意図的な表現型変化を検査するために特別にデザインされた室内あるいは野外での予備実験の結果。表現型変化に対する実験検査の関しては、二つの相補的なアプローチが推奨されている(KapuscinskiおよびHallerman 1991、HallermanおよびKapuscinski 1993)。一連の研究室での実験で、いくつかの環境的因子を変動させ、他の因子は同じに保つ。および生態学的により現実に近いが確実に封じ込めされたメソコスムでの研究(Odum 1984、Voshell 1989)。
いくつかのGMOでは、現時点での研究、科学論文、専門家からの情報が、GMOの全体的機能を審査するには不十分であり、それゆえ表現型変化に対し明確な肯定あるいは否定の回答をするには十分ではない場合がある。予防原則に従って、そのような精通度の低いGMOが関与する研究プロジェクトでは、当該プロジェクトに対する適切な封じ込め手段を作成するためにリスク管理へと進むよう指示される。改変生物の全体的な表現型に関する精通度が不足している場合、生態系への影響について信頼性を持って審査することが特に次の場合に困難となる。(1)改変生物の意図された表現型変化が、表1のクラスのひとつに当てはまる、(2)遺伝子改変が、当該種において全体として新規なものである(例、遺伝子導入大西洋サケの組織での不凍タンパク質の発現)、および(3)遺伝子改変が他の形質に及ぼす影響に対する精通度が低い(例:不凍タンパク質がサケの範囲を北極海へと広げ、それによりサケによる捕食に適応していない水生群落が影響を受ける可能性)。
改変生物をまず封じ込め実験システムで研究する場合、その生物の全体的な表現型に関する精通度は非常に低いものであることが予想される。表現型に対する大幅な検査の後では、精通度が増大し、表現型変化に対する質問に明確な肯定あるいは否定的な回答を与えることが可能なポイントまで達する場合がある。実験にはこれらの表現型変化の適切な測定が含まれ、また形質間の相互関係および遺伝子型−環境の相互作用が考慮されることは必須である。
IV.A.1. 生態系への影響−改変遺伝子の遺伝子移入による影響
本フローチャートの左上隅に記されているように、このポイントに達したプロジェクトが取り扱うGMOは、恒久的不稔性ではなく、また同種あるいは近親種と交雑する可能性を有している。研究者は個体群の次の4変数を推定するよう指示される。脱走GMOの再生産可能性、改変遺伝子の遺伝子移入の頻度、移入交雑した個体の適応度、移入交雑した遺伝子の遺伝的荷重に由来する個体群統計学的減少の可能性。これらのうちの3推定値、つまり再生産可能性、改変遺伝子の遺伝子移入の頻度、個体群統計学的減少では、利用可能な生態系に事故的に脱走可能なGMOの数および影響を受ける可能性のある自然個体群の数度に関する推定が必要とされる。脱走個体の数に関してありうる数値の範囲は、最小数から最大数にいたるまで、申請されているプロジェクトで脱走を引き起こしうる様々なシナリオを考慮することで作成することが可能である。適切なシナリオを作成するには、下記の「VI. リスク管理の推奨事項:プロジェクトの立地、デザイン、運営、審査」にある「プロジェクトの立地」および「障壁のデザイン」にある記述を読むことが研究者の役に立つと思われる。
再生産可能性の推定
脱走GMOの再生産可能性は、次のものと相関関係にあるだろう。(1)GMOの生存率および稔性、(2)産卵季節(好適な水温および同様の環境的合図で決定されるもの)の長さおよび好適な産卵場所の利用可能性など、利用可能な生態系で再生産に影響をおよぼす環境的条件。脱走GMOの一群の再生産可能性を推定するひとつの方法は、個体群生物学での伝統的な手法である生命表を作成することであり、その際には利用可能な生態系での環境条件の影響を考慮に入れる(例:Emlen 1984、第3章)。これには、再生産をする様々な年齢、各再生産年齢の生存率、各再生産年齢の受精率(あるいは産卵数)の推定が必要となる。これらの変数の推定には、当該GMOの全体的表現型に関するかなりの精通度が必要とされるが、これらはGMO表現型の実験による測定および親生物に関する知識より導き出される(上記の「IV.A. 生態系への影響 意図的な遺伝子改変」の精通度に関する記述を参照)。脱走GMOが著しく適応度を欠き、それゆえ再生産に対し無視できるほどの可能性しかもたらさないとする予測は、いずれの場合にも、明確にこれを支持する証拠が必要である(下記の「移入交雑した後代の適応度の推定」の記述を参照のこと)。
遺伝子流動の推定
改変遺伝子の後代世代での頻度の推定は、ほとんどの場合、困難である。改変遺伝子拡散の割合およびその増大の割合は、影響を受ける可能性のある個体群の構造に大きく依存しており、これは交配する個体の小集団(デーム)の結合性によって決定される(GliddonおよびGoudet 1994)。結合性は、遺伝子流動の結合の数およびその間での遺伝子流動の度合いを指している。さらに研究者は、GMOの発現している表現型の変化が、分散あるいは交尾行動での変更を原因として(例:利用可能な生態系の物理的因子に対する許容範囲が拡大されることによって引き起こされるもの)、遺伝子流動の方向あるいは量を変更するか否かを審査する必要がある。
自然個体群のデーム間での結合度の定性的推定は、Goudet(1993)およびGoudetその他(1994)が説明した方法によって行うことができる。この方法は、コンピュータモデルを用い、またデーム間での異型接合性の尺度である固定係数FSTの経験的推定値を必要とする(Wright 1943)。Fstは、これらのデーム間での遺伝子流動に反比例する。分子遺伝子学的手法により生成された遺伝子マーカーを使用することで、自然個体群で得られたデータからFSTを推定することは容易に可能である。GliddonおよびGoudet(1994)は、海洋軟体動物ヨーロッパチヂミボラ(Nucella lapillus)の個体群を含む実際の3個体群に対して適用された同手法を審査し、大西洋サケ(Salmo salar)の野生個体群に対する改変遺伝子の流動を予測する上での適用の可能性を概略した。
脱走GMOが著しく適応度を欠き、それゆえ遺伝子流動に対し無視できるほどの可能性しかもたらさないとする予測は、いずれの場合にも、明確にこれを支持する証拠が必要である(下記の「移入交雑した後代の適応度の推定」の記述を参照のこと)。
移入交雑した後代の適応度の推定
移入交雑した個体が移入交雑していない個体よりも適応度が低くなるとする予測は、利用可能な生態系と類似の環境条件下において当該GMOの生存あるいは再生産が損傷されることを示す明確な証拠に支持されていなければならない。1960年代以降に行われた研究により、生物の自然での個体群が「完全な適応」を示すことはまれであるという理解が得られている。別の生物群を対象とした別の実験では、無作為的変異のうち0.2〜10%が適応的であった(Grant
1985)。これらのパーセンテージは、適応性のある意図的な遺伝子変異の頻度に対する下限を示唆するもので、より高い頻度を除外するものではない。進化および生態学的過程は、現在では、種間の場当たり的な相互作用、局地的な群落の特異的性質、確率論的過程によってより大きく影響を受けていると理解されている(Regal 1994)。そのため、全ての新規の遺伝子改変が不適応になるわけではない。
遺伝子改変のいくつかは、形質の適応性がある新規な組み合わせを生み出すことが可能で、そのため野生型近似のGMOが自然環境の下で生存、再生産、持続し、自然の生物学的群落の一時的な体制を妨害する可能性がある(Regal 1994)。遺伝子改変魚類および貝類が野生型近似であると見なすことは合理的である。魚類および貝類の多数の系統あるいは群集が、捕獲による育種での連続的な世代を通じて部分的に家畜化されてきているが(捕獲時での適応度の増大をもたらした)、これらの系統で家畜化が進んだために野生での適応度が(極度に低い生存率あるいは再生産あるいはその両方が原因となって)無視できるほどにまでなった系統はこれまで存在していない。
遺伝子移入した改変遺伝子の遺伝的荷重
移入交雑した個体が、同種の移入交雑していない個体よりも低い適応度(しかし著しく不適応ではない)を示した場合、遺伝子改変生物と交雑することによって自然の個体群に課せられる遺伝的荷重での起こりうる負荷を評価する必要がある。有害な遺伝子改変は、個体群の健全性を、その遺伝子の保有個体の生存率や適応度における低下に比例してではなく、発生源の頻度(Haldane 1937)、すなわち個体群における遺伝子改変生物の頻度に比例して損なう。頻度uで発生し、淘汰圧sを受けている有害遺伝子の平衡頻度qは、q=√(u/s)となる(Dobzhansky 1970、p.190)。新規対立遺伝子のホモ接合体の頻度がq2であるから、個体群は、sq2 = su/s、あるいはu、つまり変異率(すなわち個体群での改変形質の頻度)で損傷を受けることになる。適応度の低いGMOの脱走を通じた変異率の上昇は、個体群への遺伝的荷重を増大することで、いわゆる遺伝的死の割合を上昇させることになる。遺伝的死は死体を作る必要がないことに注意しなければならない。遺伝的死は、特定の遺伝子型の保有者が、他の遺伝子型の保有者よりも少数の仔を生産した場合に起こる(Dobzhansky 1970)。そのため、適応度の低いGMOが自然個体群へと侵入することで不適応な形質を遺伝子導入することの影響は、自然個体群の長期的な生存率にリスクをもたらしうる。自然淘汰により不適応な遺伝子は個体群から除去されることが期待されるが、この過程が完了するために必要な世代数は非常に大きなものとなりうる(Hartl 1988)。さらに、脱走GMOあるいは移入交雑後代の初期の世代で適応度が低下したとしても、将来的には適応進化を通じて後代の適応度が増大することもありうる(LenskiおよびNguyen 1988)。
IV.B. 利用可能な生態系に関連した可能な障壁
研究者は、利用可能な生態系が同種あるいは近親種を明確に欠如しており、そのためGMOによる再生産への干渉および同種内遺伝子移入あるいは移入交雑のいずれかによる改変遺伝子の遺伝子移入リスクを除外できる場合にのみ、このフローチャートへと進むよう指示される。本フローチャートでは、利用可能な生態系のなんらかの非生物的因子がすべての脱走GMOの再生産を明確に予防するかどうかを判断するよう使用者に指示し、それにより本基準の適用終了ができるようにしている。本フローチャートの使用が適用終了へといたらなかった場合には、事故による脱走GMO個体で開始された自己再生産を行う個体群の樹立を除外することができない。
利用可能な生態系の環境条件が問題となるGMOの生存を(フローチャートII.A、II.B、II.Cによって決定されたごとく)許した場合でも、生殖腺発生、排卵、精子成熟、産卵など再生産過程でのひとつあるいはそれ以上の段階で必要とされる条件を欠いている可能性がある。GMOの再生産を排除する可能性のある非生物的因子の例としては、必要とされる産卵地、水流、光周期、水温、塩分、その他の化学的因子の欠乏がある。これらの非生物的因子のひとつあるいはそれ以上を本基準の適用終了の理由として行使するためには、当該因子が再生産を明確に除外することを示した文書が必要である。例えば、遡河性魚種は、典型的には成体期を海水で過ごし、淡水で再生産する。問題とされる生物種にもよるが、淡水の欠如は再生産の成功を必ずしも除外するわけではない。その理由は、個体群の中には海洋汽水域の海水中で良好な再生産を自然に示すものがいるからである。
GMOの再生産の生物学に関する精通
任意の非生物的因子がGMOの再生産を除外するか否かを適正に判断するためには、GMOの再生産の生物学に精通している必要がある。改変していない親生物の再生産における環境的必要事項に対する知識が開始地点となる。これらの環境的必要事項に関する知識が不足している場合は、本フローチャートの質問に「分かりません」と答え、フローチャートIV.B.1に進むことが求められる。親生物種の再生産に関する環境的必要事項に十分に精通している場合、次の段階は、遺伝子改変がこれらの必要事項のいずれかについてこれを変更し、本フローチャートの質問への回答がそれによって変更されているか否かを判断することである。理想的には、この決定はGMOの再生産過程について室内あるいは野外での封じ込め研究で得られた実測値に基づくべきである。再生産システムと親生物の生理学における他の部分との相互作用に関する科学的知識も役に立つであろう。
IV.B.1. 生態系への影響−再生産以外への相互作用の可能性
本フローチャートは、脱走GMOが利用可能な生態系において自己永続的な個体群を樹立することは可能であるが、他種との再生産での干渉が除外されている状況に対応している。そのため、本フローチャートは生態系における他のタイプの影響に対する審査から始まっている。
本フローチャートで提起されている問題はいずれも上記の節で既に説明されている。表1に掲載されている表現型の変化に関する最初の質問の説明は、「IV.A. 生態系への影響−意図的な遺伝子改変」に記されている。GMOの再生産の可能性に関する推定は、「IV.A.1. 生態系への影響−改変遺伝子の遺伝子移入による影響」節で説明されている。脱走GMOの後代の適応度に対する推定の根拠は、IV.A.1.で提示されている適応度の説明と同じである。しかしながら、本フローチャートでは、適応度の推定は自己再生産するGMO個体群の全後代に対するものであり、GMOと非改変成体との間での交配により産生された遺伝子移入後代に対するものではない。
IV.C. 生態系への影響−再生産への干渉による影響
本フローチャートでは、事故により脱走したGMOの再生産への干渉が、利用可能な生態系において影響を受ける可能性のある個体群の数度に及ぼす影響を評価する。本フローチャートへと進むよう指示された研究者は、再生産干渉が可能である、すなわち除外することができないとこれまでに結論付けている。本フローチャートは、研究者が次のものを文書化できる場合には本基準の適用終了を提示する。(a)影響を受ける可能性のある各個体群の数度は、密度依存的な関係によって調節されている、かつ(b)そのような密度依存性が、GMOの再生産干渉により引き起こされた個体群数度の低下の可能性を明らかに相殺する(補う)ものである。
密度依存的因子
魚類および貝類の個体群動態に関する文献は、様々な生活史段階で発生する密度依存的な個体群反応の数多くの例を挙げている(Rothschild 1986、特に第5章および8章を参照)。本フローチャートは個体群数度に関するものであるから、研究者は加入との関連において密度依存性が数量的な個体群数度(群集数度とも呼ばれる)の関数として存在するか否かを検討することから開始しなければならない。この関係が曲線であればそれは密度依存性を示唆しており、このことは古典的なRicker(1954)ならびにBevertonおよびHolt(1957)の加入−資源曲線で例証されている。比較的低い個体群数度での加入は密度非依存的であるが、中等度あるいは高い個体群数度では密度依存的であり、これは加入増加率の低下によって証拠付けられる(Rothschild 1986、第5章)。特に記されているのでない限り、個体群の再生産効率は、高個体群レベルではひとつあるいはそれ以上の密度依存的機序により低下する。
資源−加入での密度依存性が個体群低下を相殺可能かについて審査する。
影響を受ける可能性のある個体群における資源−加入の曲線的関係を示す文書がある場合、研究者は、既存の個体群の数度がこの曲線上のどこにあるかを決定する必要がある。加入が密度非依存的であることを意味する曲線の下限に個体群がある場合、再生産干渉は割合に応じて加入を低減させ、個体群を絶滅へと導く可能性がある。この状況では、本フローチャートは、干渉を受けた個体群の数度において起こりうる低下の大きさを推定し、その後、特定のリスク管理推奨事項のためフローチャートVI.Aに進むよう研究者に指示する。
起こりうる個体群低下の大きさに対する推定により、フローチャートVI.Aで定義されているような事故による脱走個体の受容可能な数に対するリスク管理手段のデザインが可能となる。そのような推定が不可能な場合、研究者はフローチャートVI.Bへと進む必要があり、ここでは脱走無し/無視できるレベルに対するリスク管理のデザインが指導される。「脱走無し/無視できるレベル」の概念に関する詳細な説明は、「VI. リスク管理の推奨事項:プロジェクトの立地、デザイン、運営、審査(フローチャートVI.AおよびVI.B)」の導入節で述べられている。
加入が密度依存的で再生産効率が低下していることを意味する資源−加入曲線の上限に個体群数度があることが明確な証拠によって示されている場合には、加入における補償的な反応が再生産干渉によって引き起こされた個体群数度のいかなる低下も相殺するだろうとする事例を構築することが可能である場合がある。資源の数度は、加入増大率が増大するレベルにまでは低下されなければならないが、確率論的過程を通じて資源の絶滅がリスクとなるほどのレベルにまでは低下してはならない。科学的に弁護可能な事例を構築することは容易ではないだろう。研究者には、影響を受ける可能性のある自然個体群の個体群動態および生態系に関して評価のある専門家から多くの意見を求めることを強く勧告する。