研究者は、問題となる研究生物に本実施基準が適用されるか否かを迅速に判断するため、まずフローチャートIを利用することから始める。基準が適用されないという結論であれば、研究者は本基準への自主的な遵守を完遂し、この時点で適用終了となる。もし本基準が適用されるという結論であれば、研究者は指示に従ってその後のフローチャートへと進まなければならない。しかし、関連するフローチャートに目を通し、必要とされる情報のほとんどを研究者が保有していないことが示唆された場合には、直接フローチャートVI.Bへと進むこともできる。ここでは情報が不十分な場合のリスク管理について指導している。
その後の全てのフローチャートは、雌雄異体の様式で再生産する生物に対応するようデザインされているが、これは魚類、甲殻類、軟体動物の生物種ではもっとも一般的な様式であるからである。非雌雄異体様式の再生産を行う生物が関与した研究の場合、研究者は特定の指導のため補遺Bに進むよう指示される。非雌雄異体の二つの形式、つまり自家受精する雌雄同体および真性の単為生殖では、事故による単一の脱走個体によっても完全な個体群が樹立されうる。そのような生物を取り扱う研究者は、補遺Bを参照する必要がある。その他の非雌雄異体の生物種については、研究者が補遺Bで提示された一般的なガイダンスに従っている限り、フローチャートで評価することが可能である。
魚類に関しては、これに続くフローチャートおよび補遺Bの全てが、非保育魚および保育魚(保育魚については用語説明の定義を参照)のいずれについても適用される。提案されているプロジェクトが保育魚生物種、特に胎生魚に関与する場合、利用者はその後に続くすべてのフローチャートの質問に解答する際、常に次の問題を気にとめていなければならない。仔魚を保有する単一の成魚の脱走は、最終的には単一成魚からの全仔魚の放出へとつながる恐れがあり、これにより遺伝子改変された後代による完全な個体群が樹立する可能性が高くなる。
適用される生物
遺伝子改変は、フローチャートの質問で対応されているように、当該生物と環境の相互作用に影響を及ぼす性質を変更し、また当該生物の安全性に影響を及ぼす新しい性質を生み出す可能性がある。遺伝子改変された水生動物の作成あるいは利用に関するすべての提案は、次の特徴を記述しなければならない。遺伝子改変の方法、分子の特徴記述(可能な場合)および改変の安定性、ならびに遺伝子改変の発現、機能、作用。改変処理のみではリスクあるいは安全性の決定因子とはならないが、そのような情報は改変が環境安全を増加、減少あるいはまったく影響を及ぼさないかについて判断を容易にする。
下記の次節でリストした場合を除き、本基準は、ゲノム構成が人間の介入により意図的に改変された淡水魚、海水魚、甲殻類、軟体動物に適用される。これに続くフローチャートで研究者を適切な質問事項へと指示し、必要ではない質問を省略するため、フローチャートIは、ゲノム構成に意図的に誘発された3カテゴリの変化に言及している。
(1) | 意図的な遺伝子改変。これには遺伝子、転移因子、非コードDNA(調節配列を含む)、DNA合成配列、ミトコンドリアDNAが含まれる。 |
(2) | 意図的な染色体操作。これには染色体数および染色体断片の操作が含まれる。 |
(3) | 意図的な種間交雑(ただし、下記で述べる非適用事例は除く)。これは分類学的に異なる生物種間での人間の誘発による交雑を意味する。 |
非適用生物
本基準は、ゲノム構成が人間により以下の手段によってのみ改変された生物には適用されない。
(a) | 自然の再生産方法による同一種内選択育種あるいは、捕獲による同一種内育種。これには人工授精、胚分割、クローン作成が含まれる。 |
(b) | 次のことを満たした種間交雑。 |
適用基準(上記を参照)を満たした遺伝子改変生物の関与する研究プロジェクトは、研究において通常実行される予防策以上のものを必ずしも必要とされるわけではない。当該生物および利用可能な生態系の性質の組み合わせにもよるが、いくつかのプロジェクトでは、審査の初期に本基準の適用終了が可能となる、つまり申請された研究に対して本基準のさらなる使用が必要とされなくなるような、安全性の性質を有していることが判明する場合もある(フローチャートII.A、II.B、II.Cを参照)。
適用基準に含まれていない生物のいくつかも、環境上の重大なリスクを提供する可能性がある(例:ゲノムが意図的に改変されていない外来生物種もしくは有害生物種、または病原体を保有する生物)。これらの問題分野への対応については、本文書以外にガイダンスが存在する。特に、研究者は、提案されている研究を実行する州で発見される水産資源に対して責任のある該当の州および連邦の天然資源管理官庁に連絡しなければならない。州官庁の水産係官は、非自生種あるいは有害種を取り扱う研究に関する州および連邦の監督の両方に知識を有している職員を含んでいなければならない。すべての魚類および貝類生物種の導入に対応することは本基準の意図するところではない。むしろその意図は、構造的な遺伝子改変が環境の安全性にもたらす影響に対して特定のガイダンスを提供すること、またそのような生物を取り扱う安全な研究を促進させることにある。
適用および非適用生物の根拠
本基準の使用が適切となる遺伝子改変生物を定義するにあたり、本基準に含まれているような包括的リスク審査を実行する前に容易に適用することができる明確で客観的な基準が求められた。その目的は、環境安全性を予測する上で精通度および経験がわずかしかないような新規の遺伝的形質を発現する可能性が高いか、あるいは新規の遺伝子型を示している遺伝子改変生物に対し、本基準が適用可能となることである。
新規形質とは、遺伝子改変生物の親生物種の自然個体群においては発生しないものである。新規形質には、(1)当該生物種で通常は発見されない合成物の発現、例として大西洋サケにおける不凍ポリペプチドまたは太平洋サケにおける感染性造血性壊死ウイルス(IHNV)のコートタンパク質がある。あるいは(2)量的な形質における明確に新規な数値で、これには次のものの変化が含まれる。代謝率、再生産増殖力、物理的環境因子への耐性、行動、資源もしくは物質の利用、疾病、寄生、捕食に対する耐性(KapuscinskiおよびHallerman 1991)。
意図的な遺伝子改変
当該生物種で通常は見出されない合成物の発現によってもたらされる新規形質は、ほとんどの場合、遺伝子、染色体、染色体断片の追加または置換を通じて産出されることが多い。後2者については、下記の染色体操作の節で述べる。また遺伝子導入は、親世代にモザイクをもたらし、これには後代への生殖系列の伝播における不確定さが伴う。
また新規形質は、遺伝物質のコピー数の変更によってももたらされる。例えば宿主生物種のゲノムに既に存在していた遺伝子を導入し、その新しい遺伝子コピーが新規の調節コントロールのもとにある場合でのコピーの発現がある(例:ホルモンあるいはその他の成長因子の遺伝子)。それゆえ、導入された遺伝的構成の構造遺伝子のみならず調節エレメントも、改変生物が新規形質を提示するか否かを判断する上で問題となる。
また遺伝子発現の新規調節コントロールの可能性は、導入された遺伝的構成の多面的作用あるいは上位作用によっても与えられる。導入DNA配列が提供生物で作用したようには新しい宿主では作用しなかった改変例や、ゲノムの一部分での変更がゲノムの他の部分での驚くべき作用をもたらした例が、多数にわたって文献で紹介されている。例えば、遺伝子改変家畜における導入遺伝子の新規多面的作用が観察されている(Marx 1998、Pursel他 1989)。遺伝子発現の新規調節は、宿主の調節エレメントのメチル化における変更と関連付けられてきており(MacKenzie
1990)、導入された遺伝子エレメントの活性による宿主の不活性遺伝子のトランス活性化によってもたらされる。
転座や逆位などの遺伝子再配列は、自然において無作為的に発生している。これには新規の遺伝子素材は関与していないが、これらの再配列は有害で生物の適応性を損なう危険性がある。人間は、DNA組み換え技術、電離放射線、放射線類似作用化学物質、その他の物理的処理を使用することで、遺伝子再配列を意図的に誘発できる。非電離放射線、熱、化学物質の使用に続いて後代を標的選択することは、特定の好ましい形質を発現している改変生物を作成するもうひとつの方法である。目標を定め意図的に誘発された変化は、その結果生じる表現型にもよるが、自然状態で無作為的に発生する事象に比べ、より高いレベルのリスクをもたらす可能性がある。意図的に誘発された遺伝子再配列は、平均して、改変前に存在していた状態に復帰する可能性は低く、適応性に対する影響は定かではないが、その意図するところは、当該改変生物が意図された使用環境において高度の適応性を保持することにある。意図的に誘発された遺伝子再配列を保有する魚類、軟体動物、甲殻類の性質についての精通度がより向上するまでは、フローチャートの次の段階へと進むことが賢明であると見なされる。それにより潜在的リスクを事例ごとに評価することが可能となる。
意図的な染色体操作
一般的に、染色体操作をした魚類あるいは貝類(例:三倍体あるいは四倍体生物)を作成することで目指している有用性は、製品の好ましい性質の向上、あるいは不稔性の結果によってもたらされる環境リスクの低減にある。そのような生物が自然生態系にもたらすリスクは、当該生物の次に挙げるものの程度に相関して異なる。不稔性/稔性および生存可能性(フローチャートII.B.1を参照)、交尾行動への関与(フローチャートIIIおよびIV.Cを参照)、表現型の変化の性質と程度(フローチャートVを使用するためのフローチャートIV.Cの提案を参照)。これらの因子に関するさらなる記述は、HallermanおよびKapuscinski(1993)に提示されている。染色体操作の処理によってモザイク個体が生じる可能性があり、その場合、全細胞ではなくおそらく生殖細胞も含めたいくつかの細胞が、異なる親系統の染色体断片を保有している。これは、例えば、同生物種あるいは別生物種からの放射線照射した精子を染色体による遺伝子導入に使用し、その結果得られた受精卵を雌性発生二倍体の産生を目的として実験的に操作した場合に起こりえる(Thorgaard他 1985、Disney他 1987)。これにより、後代の遺伝子型および表現型の予測が困難になる。
いくつかの水生生物種において三倍体を誘発することで得られる不稔性は、改変生物に関する環境上の懸念を低減するが、安全性の問題は3つの因子によって複雑なものとなる。第一に、三倍体誘発の効率は、生物種および使用した方法によって異なる。第二に、三倍体は機能的に不稔であるが、オスが稔性二倍体メスと産卵行動を示すことで、それにより1腹の仔すべてが失われ、再生産成功率の低下がもたらされる可能性がある。第三に多数の個体が放流された場合、十分な数の不稔性三倍体が生存し、通常の寿命を超えて不確定の年数にわたって成長することで、同種二倍体に対して増大した競争を強い、あるいは通常は脆弱性を示さない被食種に対し捕食をもたらす可能性がある(KitchellおよびHewitt 1987)。いくつかの場合には、そのような被食種は同種の若齢のものである可能性もある。フローチャートII.B.1、III、IV.C、Vによる審査手順は、これらの3因子に対するようデザインされている。
自然の生態系における四倍体個体は、正常な二倍体と交尾し、すべての後代が三倍体のものを生産することで潜在的なリスクをもたらしている(フローチャートII.B.1を参照)。そのような交尾が多数行われることで生態系に不稔性個体が数多くもたらされることになり、それにより通常の二倍体との競争が生まれ、再生産成功率が低下するため、影響を受けた個体群の絶滅するリスクは増大する。
これら潜在的な懸念にもかかわらず、染色体操作による不稔性の誘発は、研究プロジェクトにおいて(また商業的な水産養殖系において)役立つ可能性がある。それはこれにより脱走個体が天然の遺伝子プールに遺伝子移入するリスクが低減されるからである。環境への影響を審査する際には、これに続くフローチャートで述べられている多数の因子を考慮に入れなければならないため、染色体操作生物に対しては全体的なクラスとして本基準を適用することができる。フローチャートII.B、II.B.1、IIIで述べられているように、不稔性および申請されている研究の規模により、特定の事例では早期に本基準のさらなる使用からの適用終了が可能となる場合もある。
意図的な種間交雑
種間交雑により、商業的水産養殖および水産増殖プログラムにおける新規系統の開発がもたらされた。しかし、稔性種間交雑種を、その親生物種のひとつあるいは双方、または交雑種が交配可能なその他の近親種を含む生態系に放流することは、移入交雑の可能性を生み出す(フローチャートII.C.1を参照)。種間交雑は魚類では一般的である(Turner 1984、Collares-Pereira 1987)。種間交雑は、少なくとも56科の魚類で発生することが知られている(Lagler 1977)。種間交雑および戻し交配の後代の自然発生は、通常は頻度が低いが、雑種あるいは親生物種のいずれかを増殖放流させることで、実質的にこの頻度が高くなる可能性がある。例えば、ストライプバスへの戻し交配の例が、ホワイトバスとストライプバスの雑種(Morone chrysopsとM. saxatilis)のサヴァナ水系への増殖放流に続いて観察された(AviseおよびVan den Avyle 1984)。テキサス州パレスチン湖では、スクリーニングされたMorone個体の29%が、第一世代(F1)雑種ではなかったものの、ホワイトバスとの第二世代(F2)戻し交配雑種であった(Forshage他 1988)。商業的に重要なチェサピーク湾のストライプバスの増殖放流における移入交雑の証拠が記録されており(Harrell他 1993)、これはおそらく最初は支流の貯水池に放流された雑種ストライプバスとの交雑の結果である。
移入交雑により、自然の水生生態系で発生する自然生物種の遺伝子的健全性および分類学的明瞭性が損なわれ、生態系での遺伝子的に明瞭な生物種の損失へとつながる可能性がある(Campton 1987、Leary他 1995)。そのような移入交雑に対する懸念は、影響を受ける生物種が準絶滅危惧種、絶滅危惧種、あるいは危惧種の場合には高まる。本実施基準は、この状況ではリスク管理を推奨する(フローチャートII.C.1およびVI.A.を参照)。絶滅危惧種法(ESA)のもとで1991年から絶滅危惧種あるいは準絶滅危惧種として掲載されている米国魚類の86の種、亜種、個体群のうち、28魚種の減少については生物種導入がその要因であり、このうち9種は種間交雑により脅かされている(Wilcove他 1992)。ESAのもとに掲載された魚類に関する他の分析でも、同様の結論に達している(Lassuy 1995)。種間交雑種の全体的な性能が親生物種に比べ新しいものである場合、これらの雑種および移入交雑した後代も生態系構造および過程に対し、有害な作用をもたらす可能性がある。
数多くの魚類、軟体動物、甲殻類生物種の稔性および不稔性種間交雑種が自然に生産されるが、通常その頻度は低い。雑種の不稔性は、不適合なゲノムの組み合わせの結果もたらされるが、不稔性が量的あるいは確率的な特性ではなく絶対的な特性であることはまれである。不稔性雑種の放流は、親生物種個体群の産卵を妨害する可能性があり(フローチャートIIIを参照)、その表現型によっては、影響を受けた個体群の減少の引き金となるか(フローチャートIV.Cを参照)、あるいは生態系の競争および捕食関係を変更し生態系構造および過程に有害作用をもたらす(フローチャートVを参照)可能性がある。
申請された研究区画を通じて利用可能な生態系において、自然発生あるいは養殖された種間雑種が広範に存在することが判明しており、その雑種との関連で生態系への有害作用を示唆するものがない場合、当該雑種の関与する研究および開発プロジェクトからの事故による脱走については、問題となることは少ないはずである。精通度の低い新しい遺伝子型あるいは新規の遺伝形質を持つ雑種、精通度および経験が少ない新しい雑種、有害種として認められている雑種のいずれかに関与する研究あるいは開発の場合にのみ、研究者は本基準が提供しているガイダンスを考慮することが必要となりまたそうすることが適切である。
同一種内選択育種および捕獲による育種
同一種内選択育種および捕獲による育種の対象とされた親生物種の後代は、新規対立遺伝子あるいは追加の遺伝子座を保有しておらず、それゆえ新規でよく知られていない形質を発現する可能性は低い。個体群レベルでの対立遺伝子の分布頻度の変化あるいは対立遺伝子の完全損失が、同一種内選択育種あるいは捕獲による育種による唯一の遺伝子的影響であり、形質への影響の程度は、対立遺伝子頻度の二項分布の限度(あるいは表現型の浸透度)で制限される。対立遺伝子の頻度での変化は、表現型にもよるが、変化が後代において十分に高い頻度で存在し、これらの後代が小規模の個体群に導入された場合、環境的に顕著になりうる。このような変化は、自然の水生生態系に多数の個体を放流することを考えている漁業増殖プログラムでは該当する。これらのことも、選択育種された生物が逃げ出す可能性のある商業的水産養殖システムでは、その生産を始める前に考慮されなければならない1。しかし、大規模で数回にわたる放流が意図されていない、あるいは起こりそうにない研究や開発段階では、これらに対する懸念ははるかに低い。
生物におけるこの大規模なカテゴリを本実施基準に含めることは、研究および開発において通常実施される条件のもとでは一般的にリスクをほとんどもたらさないか、あるいはまったくもたらさない改変生物のクラスに関し、民間および公共の研究者たちにとって不必要な審査の重荷を課すものとなるだろう。同一種内選択育種は、数世紀にわたって行われてきており、この分野においてさらなるガイダンスが必要であると信じる説得力のある理由はない。
1 水産増殖プログラムおよび商業的水産養殖に関し、選択育種および捕獲による育種が環境に及ぼす影響は、米国の他の水産資源フォーラムで活発に議論されている最中である(例、水生有害生物種作業部会1994、SchrammおよびPiper 1995)。