2.2 なぜ遺伝子組換え技術(組換えDNA技術)の安全性が問題にされてきたのか

 前項で遺伝子組換え技術については最初の段階から安全性について議論されたことを記しました。いったいそれは何故だったのでしょうか。
 遺伝子組換え技術は遺伝子の働きなどを研究していた研究者達によって開発された技術です。それまで、細菌の遺伝子の働きを調べるのには、バクテリオファージと呼ばれるウイルスが使われていました。バクオテリオファージを細菌に感染させると、細菌の遺伝子の一部がファージに取り込まれます。このファージを別の細菌に感染させると、この遺伝子を別の細菌に入れることができるのです。研究者たちはこのような自然の仕組みを使って遺伝子を移し、その性質を調べていました。ところが1973年6月、スタンフォード大学のコーエンとボイヤーは遺伝子を調べるための画期的な方法を発表したのです。この方法では、遺伝子を運ぶのに細菌に含まれるプラスミドと呼ばれる環状のDNAが用いられました。また、この環状のDNAに遺伝子(DNA)を組み込むのに、制限酵素というものが使われました。そしてこの方法を使うことによって、遺伝子を切ったりつないだりを自然に任せるのではなく、人為的に行うことができるようになりました。また、このプラスミドを細菌の間で移すことによって遺伝子を細菌から細菌に移すことができるようになったのです。これが、組換えDNA技術の誕生と言われています。
 この発表は、遺伝子組換えを簡単に行えるようにする技術として注目されました。しかし一方で、この技術はもしかしたら危険をもたらすかもしれないと心配した研究者もいました。もしかしてヒトにがんを作るウイルスの遺伝子がプラスミドに組み込まれ、それが大腸菌に移り、そしてその大腸菌が人々に感染したら、人にがんを引き起こすのではないか、と心配した研究者がいたためです。このようなことから、この発表が行われた会議で、組換えDNA技術の安全性に関する討議が行われました。そして、この技術は生物や医学の研究の発展に非常に重要な技術であるけれども、その利用によって危険が生じる可能性があることも否定できないとして、このような研究に対する注意を喚起する手紙が、米国の科学アカデミーに送られました。また、1974年には、危険を生じるかもしれない実験を自主的に取りやめること(モラトリアムとよばれています)、そしてこのような実験を安全に行うための方策を検討する会議を1975年に開催することが呼びかけられたのです(この会議はアシロマ会議とよばれています)。そして、この間に、遺伝子組換え技術によって新しい遺伝子の組合せをもつようになった生物の性質は予想がつかないのではないか、遺伝子組換え技術によって組み込んだ遺伝子が次々と別の微生物に移って行くと取り返しのつかないことになるのではないか、という心配がされるようになったのです。1,2,3
 これらの心配に対して、まずはアシロマ会議において対応措置が検討され、それに基づいて、当時の限られた科学的知見の中でNIHの厳しいガイドラインが作られます。そしてその後、様々な実験の繰り返しの中で、この規制はしだいに緩和されていくことになります。
2.3 組換えDNA実験はどうやって行われてきたか

1:米本昌平:バイオエシックス
2:クリムスキー:生命工学への警告
3:中村桂子ら:組換えDNA技術の安全性