第1章 基本的事項

1.1 安全性とリスク

 まず、バイオテクノロジーの安全性についての議論に入る前に、安全性とリスクについて考えてみましょう。
 安全とは広辞苑によれば、「安らかで危険のないこと」です。つまり、安全と危険とは対立する概念です。しかし、現実には我々の日常生活で絶対的な安全が確保できるような状況は殆どありません。そのような場合、われわれは、安全の程度(安全性)、逆にいうと、危険の程度(危険性)を助けとして、受け入れるか否かの判断をすることになります。この危険の程度をリスクという言葉でおきかえることができます。リスクとは、危険が現実になった時の被害の大きさと危険が現実になる確率とを掛け合わせた概念です。
リスクは危険が現実になったときの被害の大きさかける危険が現実になる確率
あまりリスクがないならば、それを受け入れ、かなりリスクが高ければ受け入れない、ということです。そしてそのとき、どの程度のリスクならば受け入れるかは、リスクと引き替えに得ようとしているものや事柄が個人にとってどの程度重要か等、さまざまな要因によって違ってきます。
私たちはあまり意識せずにこのようなことを日常的に判断していますが、社会として安全性を考える場合には、だれにも明らかな判断のための手順が必要です。そのために、リスク分析というリスクへの対応の枠組みができあがってきました。
リスク分析は、次の3つの要素から成り立っています。すなわち、リスクの大きさを見積もるプロセスであるリスク評価、リスクにどのように対処するかを決定するプロセスであるリスク管理、そして、リスクへの対応に関わるすべての人の間でリスクに関する情報や意見を交換しあうプロセスであるリスク・コミュニケーションの3要素です。
まず、リスク評価は、有害性の確認(その事柄は危害をおよぼしうるか、その危害はどのような性質のものかの確認)、量−反応関係の評価(その事柄に有害性がある場合、その作用量と生じる結果の程度の関係はどのようなものかの評価)、曝露の評価(その事柄に実際にさらされる程度の評価)、リスクの特性づけ(その事柄に実際にさらされた結果もたらされる危害の性質と程度の評価)、の4つのステップからなる科学に基づくプロセスです。
これに対し、リスク管理は、リスク評価とそれ以外の社会・経済的判断等を含む政策に基づくプロセスであるとされています。
そしてリスク・コミュニケーションは、リスク評価、リスク管理のいずれにおいても必要であるとされています。
リスク分析の概要
 このようなリスク対応のやり方は、米国で環境を汚染する化学物質を対象として生まれてきました。しかし、現在は、化学物質のみでなく、何らかのリスクを伴う事柄に対して一般的に用いられるようになっています。例えば、合同食品規格計画(Codex Alimentarius(外部へのリンクです))では、食品のリスクへの対応をリスク分析に基づいて行うこととしています。(Codexにおけるリスク分析のページ(外部へのリンクです)へ)遺伝子組換え体の安全性に関する議論でもリスクの概念は最初から用いられています。
1.2 遺伝子とは

 リスク分析とこれを巡る議論について詳しく知りたい人は リスク対応の枠組み