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第4章
遺伝子組換え作物の封じ込め利用と環境への放出における安全性

フィリップ・J・デール1、ジュリアン・キンダーレーラー2

はじめに

 実験室におけるDNAの操作法や作物への遺伝子導入法は、この10年間で大幅に進歩した。これによって、世界中の作物が新たな方法で改変される機会が生まれている。植物にさまざまな性質を付け加える上で、バイオテクノロジーが大きな影響を及ぼすことになるだろう。害虫や病害への抵抗性を高めた植物や、タンパク質や油分が改変された植物、栄養面が改善された植物を作ることが可能になる。最終的には、干ばつや高塩濃度、低温といった環境ストレスから作物を保護することも期待できる。バイオテクノロジーを利用すれば、作物のin situで合成される医薬品その他の新たな化学物質を、環境上好ましい方法で得ることもできる。その結果、消費者にとっては植物由来製品の選択の幅が広がり、恩恵を受けると考えられる。しかし、関係のない生物に由来する遺伝子を導入したり、実験室で遺伝子を合成することさえできるということは、国民の一部に懸念を生じさせている。たとえば、殺虫性タンパク質の産生を担うBacillus thuringiensis遺伝子の植物への導入によって、耐虫性の株が生じる可能性がある(Williamson, 1993)。
 先進諸国の場合、ほぼすべての国で、この新たな技術が法令や条約で規制されている。新種(外来種)の導入に関しては、多くの国が何らかの規制を行っているものの、従来の手法3を使って植物を改変することについてはあまり規制されていない。振り返ってみると、さまざまな育種法によって作出された作物の導入を管理する手法については多くの知識や知見、経験があるため、作物はこれまで正式なリスク−安全分析やリスク管理の対象になってこなかった(OECD, 1992)。伝統的な育種法では、望ましい性質を持つ植物間で受粉を行い、その後、新たな遺伝子の組み合わせを持つ後代を選択することによって作物を改良する。植物育種法による改良が可能なのは、有利な性質を調節する遺伝子が、その作物自体の種またはその作物と他花受精可能な種に存在する場合である。伝統的植物育種法の歴史を通じて、伝統的な品種改良によって利用できる遺伝子の選択の幅を広げるためにさまざまな手法が使われており、現在そのなかには胚培養、子房培養、プロトプラスト融合なども含まれている。新規の交配植物が得られた場合でも、染色体の対合、すなわち外来遺伝子を作物種に導入するのに必要な遺伝子の組換えが起こらない場合もある。

遺伝子組換え植物

 DNA分子を特定の部位で切断できる酵素(制限酵素)や、DNA断片を再度つなぎ合わせることのできる酵素(リガーゼ)が発見されたのは、ほんの20年ほど前のことである。これらの酵素によって、組換えDNAの技術が発展し、遺伝子の新たな組み合わせや遺伝子調節配列を、実験室で作ることが可能になった。
 1980年代の初めには、実験室で改変したDNA配列を植物のタバコに導入し、導入した遺伝子(導入遺伝子)が、花粉細胞と卵細胞を通じて単純なメンデルの法則にしたがって確実に受け継がれることが可能になった。遺伝子組換え植物とは、組換えDNAの技術を用いて操作されたDNA断片が導入され、その外来のDNA断片が植物のゲノムに組み込まれているものをいう。
 組換えDNA技術の開発当初から、DNA分子をそれぞれ特定の部位で切断できる各種の制限酵素が発見されてきた。DNAハイブリダイゼーションの技術も開発、改良され、植物の特定のDNA配列を見つけだすことや、挿入された遺伝子のコピー数や構造が完全かどうかを明らかにすることができるようになっている。遺伝子マッピングの手法における最近の進歩によって、植物のゲノム全体のなかで導入遺伝子が染色体上のどの位置にあるかを見極めることも可能になっている。

遺伝子組換え植物の作出法

 作物の改変を困難なものにしてきた主な障害の1つは、外来のDNAを植物細胞に導入するのが難しいことである。DNAを植物に導入する過程(形質転換という)が最初に成功したのはタバコで、他のナス科の植物(ジャガイモ、ペチュニア、タバコ属)では比較的簡単に成功している。他の作物種、なかでも穀物の場合は、そう簡単ではない。現在までに形質転換が行われている種を表4.1に示した。形質転換のためにさまざまな手法が試みられており、現在使われている手法で有効なものは4つのグループに分けられる(Potrykus, 1990, 1991)。


表4.1 現在用いられている主な植物形質転換法および作物種での成功例

種(作物)

手法

アグロバクテ
リウム法

単離プロトプ
ラストへの
DNA導入

微粒子銃法

部分分解した
未成熟胚への
DNA導入

Antinidia deliciosa
キーウィーフルーツ

+

     

Avena sativa
エンバク

   

+

 

Beta vulgaris
テンサイ

+

     

Barssica carinata

+

     

Brassica juncea

+

      

Brassica napus
ナタネ

+

+

   

Brassica oleracea(各種)

+

+

   

Carica papaya
パパイア

+

 

+

 

Cucumis melo
メロン

+

     

Cucumis sativis
キュウリ

+

     

Dactylis glomerata
カモガヤ

 

+

   

Dendranthema indicum
キク

+

     

Dianthus caryophyllus
カーネーション

+

     

Festuca arundinacea
トールフェスク

 

+

   

Fragaria ananassa
イチゴ

+

+

   

Glycine max
ダイズ

+

+

+

 

Gossypium hirsutum
ワタ

+

 

+

 

Helianthus annuus
ヒマワリ

+

     

Juglans regia
クルミ

+

     

Lactuca sativa
レタス

 

+

   

Linum usitatissumum
アマ

+

     

Lycopersicon esculentum
トマト

+

     

Medicago sativa
アルファルファ

+

     

Nicotiana tabacum
タバコ

+

     

Oryza sativa
イネ

 

+

+

 

Picea glauca
カナダトウヒ

   

+

 

Pisum sativum
エンドウ

+

     

Populus
ポプラ

+

 

+

 

Prunus armeniaca
プラム

+

     

Prunus domestica
ペピーノ

+

     

Solanum muricatum
ジャガイモ

+

     

Triticum aestivum
コムギ

   

+

 

Vitis vinifera
ブドウ

+

     

Zea mays
トウモロコシ

 

+

+

+

〔脚注部分〕
Dale et al. (1993)も参照のこと。


アグロバクテリウム法

 アグロバクテリウム(Agrobacterium)による形質転換法は、双子葉類の形質転換に広く用いられている。主な種として、Agrobacterium tumefaciensA. rhizogenesの2つがあり、その野生型はそれぞれ根頭癌腫病、毛根病を引き起こす病原体である。双子葉類の多くは、アグロバクテリウム属の感染を受けやすいが(De Cleene & De Ley, 1976)、これはアグロバクテリウムの細胞が宿主植物に取り込まれることによって、その細胞内部で自律的に複製するプラスミドに由来する遺伝子が組み込まれるためである。導入されたDNAは、感染した細胞内部の植物ホルモンのレベルを変化させて、細胞の無秩序な増殖やえい瘤を引き起こし(A. tumefaciens)、毛で覆われた根を大量に発生させたりする(A. rhizogenes)(Bevan, 1984)。
 病気を引き起こす遺伝子は、自律複製する環状のプラスミドDNAの分子上にあるT-DNA(転移DNA)両端の特殊な配列の間に挟まれて運ばれる。組換えDNAの手法によってこの病原性遺伝子を取り除くことが可能になり、アグロバクテリウムは病原性でなくなった。T-DNA両端の間に外来遺伝子を挿入できる、新たなベクタープラスミドも作られている。目的遺伝子を運ぶアグロバクテリウムの細胞は、受容体である植物の培養細胞と一緒に培養され、そこから遺伝子組換え植物が再分化する。最終的に形質転換されるのは、処理を受けた植物細胞のごく一部であるため、通常、T-DNAのボーダー配列の間に選択マーカー遺伝子(通常、特定の抗生物質への抵抗性を与えられたもの)を組み込む必要がある。遺伝子組換え植物を選択するには、遺伝子組換え植物だけが正常に発育できる植物体の再生用の培地に、対応する抗生物質を加える。
 この技術を利用する上で大きな制約となるのは、穀物類をはじめとする多くの植物には傷害応答機構がなく、形質転換がきわめて難しいことである(Potrykus, 1991)。

植物プロトプラストへのDNAの導入

 プロトプラストは、酵素処理によって植物細胞からその細胞壁を取り除いたものである。植物のさまざまな部分(通常は葉や胚軸)から作ることができ、原形質膜で囲まれている。この膜は非常に傷つきやすく、ポリエチレングリコールで処理したり、プロトプラストの懸濁液に電流を通すことによって、一部を変化させることができる。導入するDNAを、プロトプラスト懸濁液のまわりの培地に加え、化学的または電気的な処理を行えば、DNAを取り込ませることができる。プロトプラストのごく一部では、細胞のゲノムに外来DNAが組み込まれる。
 アグロバクテリウム法と同様、形質転換したプロトプラストやそこから発生した細胞コロニーを選択するために、抗生物質抵抗性の選択マーカー遺伝子を導入するのが普通である。続いて、遺伝子組換え植物全体を再分化させるために、植物組織培養法が用いられる。

パーティクルガン(微粒子銃)法

 アグロバクテリウム法やプロトプラスト法は、操作が難しい種の形質転換には向かない場合が多い。穀物類は一般にアグロバクテリウムの宿主にはならず、穀物類のプロトプラストから簡単かつ確実に植物を再分化させるのは難しく、遺伝子型に左右されることが多い。パーティクルガンによる方法は、こうした問題の一部を克服するための試みとして開発されたもので、DNAを金属の微粒子(通常は直径1mmのタングステンまたは金)にコーティングし、それを、再分化能を持つ植物細胞に打ち込むというものである。微粒子を打ち込む方法としては、0.22インチの空包(火薬)、高圧ガス、放電による水滴の瞬間蒸発などいろいろある。DNAをコーティングした金属の微粒子は、植物細胞の中に入ってそこにとどまる。打ち込まれた細胞のごく一部ではDNAがゲノムに取り込まれ、そこから遺伝子組換え植物が再分化する。他の方法と同様、選択マーカー遺伝子が導入されるのが普通である。

多細胞組織における細胞の部分分解

 穀物類の形質転換に現在有望と考えられる方法の1つが、未成熟胚を酵素で部分的に分解し、電流を照射する刺激によってDNAを導入する方法である(エレクトロポレーション法)。植物は、形質転換した胚細胞から再分化することになる。この方法が有利だと考えられるのは、再分化能が高い植物の未成熟胚を使う点である。この方法が確立されてイネ科の各種植物の形質転換に広く適用されるまでには、さらに経験が必要になるだろう。

導入される遺伝子の数と位置

 核のゲノムに組み込まれる導入遺伝子のコピー数は、それぞれの形質転換植物や使用される形質転換法によって異なる。アグロバクテリウム法で導入されるT-DNAのコピー数は1つであるのが普通だが、複数が導入されることもある。複数のT-DNAの導入が生じることは実際にあり、時には20から50のコピーが存在したという報告もある。核のゲノムにおけるT-DNAの導入位置は、ランダムだと考えられている。いくつかの研究では、制限酵素断片長多型(RFLP)法によって、T-DNAの位置のマッピングが行われているが、挿入が起こりやすい部位があるという証拠はまだ得られていない(Chyi et al., 1986; Ambros et al., 1986)。ほとんどの遺伝子は核染色体に組み込まれるが、細胞質ゲノムの色素体の形質転換も報告されている(O’Neill et al., 1993)。

導入遺伝子の構造と発現の安定性

 挿入されたDNAは構造が変わることがあり、導入DNAが損傷していないかどうかを判断するために分子的解析を行うのが望ましいことが多い。導入遺伝子の発現は、それぞれの形質転換植物によって大幅に異なる可能性がある。導入遺伝子産物の発現レベルと導入遺伝子のコピー数が正の関連を示す場合もあるが、常にそうだというわけではなく、負の関連も報告されている(Hobbs et al., 1990; Jefferson et al., 1990; Blundy et al., 1991)。導入遺伝子の発現は、下方制御されたり停止する場合があることが知られている。こうした遺伝子の抑制には、導入DNAの特定部位でヌクレオチド残基のシトシンがメチル化することと関係する場合が多い(Selker, 1990; Sheid et al., 1991)。
 遺伝子組換え植物の再生に用いられる組織培養法によって生じる問題もあり、変異が導入されることが知られている(体細胞変異)。これは、導入された遺伝子による直接の影響は受けないが、培養菌中で植物細胞を生育させるプロセスに由来する変異である。体細胞変異は、後成的にも遺伝的にも起こりうる。後成的である場合、変異は次の有性世代には受け継がれない。遺伝的変異は、遺伝子や染色体の突然変異に由来するものであり、次の世代に受け継がれる。導入遺伝子の発現の多様性や体細胞変異にかかわる実際的な問題を克服するには、さまざまな遺伝子組換え作物を作出し(往々にして100以上)、望ましい表現型を持つ遺伝子型を個々に選択する必要があるというのが現実である(Larkin & Scowcroft, 1981; Karp, 1991; Dale & McPartlan, 1992)。
 遺伝子組換え植物における体細胞変異の影響は、非組換え植物での場合と比べて大きいとは考えられない。遺伝子組換えの植物品種を作出する際には、選択の過程でこの種の望ましくない変異を取り除く必要がある。導入遺伝子の発現が不安定だと、多くの場合、導入遺伝子発現の減少や、遺伝子組換え植物が組換え前の原植物に近くなるような表現型の変異という影響をもたらす。しかし、導入遺伝子の機能が、たとえば植物産物の望ましくない発現を抑制するものである場合、不安定性の結果、リスク評価の一環として検討する必要のある危険を示す場合もあるかもしれない(以下を参照)。

現行の規制の概観

 経済協力開発機構(OECD)の推定(OECD, 1993)によると、1992年の時点で864の組換え植物が環境に放出されている。このうち316件が米国で、302件がカナダで、217件がEU諸国である。放出は、少なくとも22の国で行われている(Dale et al., 1993)。
 遺伝子組換え植物の封じ込め利用とその後の環境への放出を管理する規制は、国によって大きく異なる。特に環境中への意図的な放出に関しては、任意の制度から法的な制度へと徐々に移行してきており、そうした動きは今後も続くと考えられる。可能な場合には、現行の法律が遺伝子改変植物の作出、維持および放出に適用されてきたが、それらは往々にして遺伝子組換え植物の放出による環境への影響を充分にカバーしていない。
 たとえば英国では、封じ込めでの作業は1974年労働衛生安全法による規制の対象になっている(Royal Commission on Environmental Pollution, 1989)。物理的・生物学的な封じ込めによって環境にはほとんどリスクがないと考えられたため、危険に曝されるのは組換え生物を扱う作業者、あるいはその生物の封じ込めが行われている施設の職員だけであると想定されたのである。封じ込め状態での遺伝子組換え生物の作成および使用を対象とする英国の規制は、近年、欧州委員会指令に適合するための変更が行われている。「封じ込め」という用語は、感染因子が扱われ保存されている実験室環境における感染因子の安全な管理法を規定するのに用いられている。封じ込めの目的は、実験従事者その他の人、および外部の環境が潜在的な危険因子に暴露するのを軽減あるいは除去することである(US HHS, 1993)。
 1990年、EC委員会は、遺伝子組換え生物の封じ込め利用に関する指令(CEC, 1990a)および遺伝子組換え生物の環境中への意図的な放出に関する指令(CEC, 1990b)を出した。これらの指令は、EUの全加盟国を法的に拘束するものである。加盟各国には、この指令を実施するための国内法を制定する義務がある。1992年末の時点で、デンマーク、フランス、ドイツ、オランダ、英国では国内法が制定されていた。アイルランド、イタリアでは、規制を導入するための根拠法が制定されていた。ベルギー、ギリシャ、ルクセンブルク、ポルトガル、スペインは、必要な法律の導入を進めているところだった。
 英国では1993年2月に、封じ込め利用(指令で義務づけられている微生物と、これとは別に植物など他の生物について)に関する規制と意図的な放出に関する規制が施行された。これらは、欧州委員会指令、1990年環境保護法、1974年労働衛生安全法の要件を満たすことを目的としている。
 米国の場合、遺伝子組換え植物の利用の規制は、封じ込め利用か環境中での利用かを問わず、3つの機関が分担して担当している。環境保護庁(EPA)が環境問題を担当し、農務省(USDA)が作物の安全性や食品の健全性に関する問題を担当し、食品医薬品局(FDA)が食品と医薬品の有効性および安全性を確保する任務を負っている(Levin & Strauss, 1993)。これらの機関に対しては、環境、作物、ヒトに対して責任を負わせる法律がある。また、これらの機関はリスクと便益のバランスを達成する責任も負っている。遺伝子技術による製品に関する各法律は、1986年6月の連邦公報で発表された、調整された枠組みに体系的に示されている。バイオテクノロジーに関する米国の主な規制として、殺虫剤(組換え生物が殺虫剤として使われる場合にはそれも含む)を規制する連邦殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法(FIFRA: 7 USC, sec 136-136y)、新規および既存の化学物質(微生物を含む)を規制する権限を持つ有害物質規制法(TSCA: 15 USC, secs 2601-2654)、微生物や動植物由来の食品、食品添加物、医薬品、化粧品および医療用具を規制する連邦食品医薬品化粧品法(FFDCA: 21 USC, secs 301-392)がある。さらに、連邦害虫法と植物検疫法(7 USC, sec 150aa-jj)が各種の遺伝子組換え植物や微生物を対象にしている。米国の場合、組換え生物の意図的な放出は、実験段階か「上市」段階かを問わず、多くの連邦法の対象になる可能性があり、2つ以上の機関の指導を受けなければならない場合がある。さらに、多くの州(特にウィスコンシン州、ミネソタ州、ノースカロライナ州)が、独自の法律を制定し、現行の連邦法および州法に基づいて組換え生物の放出計画の審査を行っている(Royal Commission on Environmental Pollution, 1989; Levin & Strauss, 1993)。一般に植物が規制されるのは、植物の輸入、州を越えた移動または放出が行われる場合、そして供与体またはベクターが植物病原体の場合である。植物病原体については、バイオテクノロジー・生物製剤・環境保護局(BBEP)の長によってその指定が行われ、指定された場合には法令(7 CFR)に掲載される。植物が殺虫性を有する場合には、その植物もFIFRAによる規制の対象となる。植物は、申立てを受けたBBEP長官によって、セクション340.2のリストからはずされ、規制から除外される場合がある。また、誰でも、ある植物をリストに追加して、規制の対象とするように長官に申し立てることができる。農務省には、申立てに対して180日以内に対応する義務がある。
 EUの場合、組換え植物の実験放出については、それぞれの国でリスク評価が行われたのちに許可が与えられる。リスク評価は、申請者によって提出されたデータに基づき、関係国の「管轄当局」4によって行われる。決定は、申請から90日以内に行われなければならない。米国の場合、放出による農業や環境への影響評価を行っている農務省が権限を有し、ここでも、評価は申請者が提出したデータに基づいて行われる。農務省は、120日以内にその判断を示さなければならない。申請された組換え植物が殺虫性を有する場合には、環境保護庁も審査を行う。
 米国で現行法が運用されているということは、規制が「製品ごと」に行われているということである。EUの新たな法律では、規制制度は「プロセスごと」になっている。この制度で規制のきっかけとなるのは、遺伝子組換え植物が作られるプロセスである。これらは、これまでに制定された法律へのアプローチが異なることを示している。ただ実際には、両者の差は縮まっている。世界各国では、主に現行の法律のタイプに応じて、これらに近いモデルを採用している。たとえば南米諸国の場合、植物検疫制度や植物の導入に対する規制があると考えられる。こうした制度や規制は、遺伝子組換え生物に対応できるように変更する必要があると思われる(Inter-American Institute for Cooperation in Agriculture, 1991)。
 遺伝子組換え植物は、今後数年のうちに作物品種として広く利用されることになるが、これは意図的にも非意図的にも移動が起こる可能性があることを意味している。したがって、基準や手続きの国際的な調和が不可欠である。OECDは、遺伝子組換え生物の封じ込め利用とその放出に関するガイドラインの作成に積極的に関わってきた。こうした取り組みの結果、報告書(OECD, 1986, 1990)や討議資料(OECD, 1992)が作成されている。OECDには法的な権限はないものの、国際的な議論を促し、加盟国が採用を受け入れられる手続きの制定を行ってきた。OECDによる取り組みは、加盟国の政策に影響を与えて手法や基準の共通化を支援する上で、大きな成果をあげている。この取り組みは、先進諸国における規制の制定に大きな影響を与えている。
 現在、途上諸国では、国連工業開発機関(UNIDO)や国連環境計画(UNEP)をはじめとする複数の機関を通じて、さまざまな国際的な取り組みが行われている。こうした取り組みの目的は、バイオセイフティに関する共通の基準づくりを促すことである。取り組みの一環としてUNIDOは、UNIDO、UNEP、WHO、FAOの代表で構成されるバイオセイフティ共同作業部会を代表して「生物の環境放出に関する自主行動基準」を公表している(UNIDO, 1991)。さらに、UNIDOが推進している国際的なバイオセーフティー情報ネットワーク・アドバイザリーサービス(Biosafety Information Network and Advisory Service: BINAS)は、まだ管轄当局が存在しない国が遺伝子組換え生物の放出を扱う権限を持つ国内当局を設置する際に、情報の入手方法や専門家による助言を提供する役割を持っている。
 多くの国の場合、組換え生物の環境への導入が規制によって監視される根拠となるのは、製品の実際の性質ではなく、製品が作られたプロセスである。最終的なリスク評価は、もとの植物やベクターの性質を考慮した上で、組換え植物に対して行われるものの、規制の根拠となるのは、その植物が組換え技術を利用して作られているという事実である。一部の製品はその新規性ゆえに危険であり、その新規性は製品が作られたプロセスに起因するものだという議論がある(Williamson, 1993)。規制に根拠を与えるのは、環境(ヒトの健康や安全性も含めて)にダメージを与える可能性があるかどうかである。受け入れる環境にとって製品が新規であるということは、評価を必要とするリスクが存在するということである。遺伝子工学は、他の方法では不可能だったかもしれない改変を可能にするが、その植物を作るのに用いられた方法は必ずしも重要ではない。プロセスが規制の根拠となる場合、従来技術で作られた植物は、規制の対象にはならないかもしれないが、組換え技術を使って作った植物よりもはるかに環境に危険をもたらす可能性が残される。現在の遺伝子技術は高い精度を持ち、結果が予測しやすいため、結果的にリスクは低下するかもしれない。この議論によれば、すべての導入種に対して規制を課す、特定の性質(殺虫性を持つ植物など)への規制、あるいは導入の完全な自由化、という選択がある。EUでは、リスク評価や規制制度の根拠として、遺伝子改変のプロセスを選択している。米国は、規制対象となる既知の表現型を含む組換え体のみを規制する道を選んでいる。規制を行う際のもっとも重要な基準は環境の保護だが、多くの国では組換え技術による製品が国民に受け入れられるかが規制の大義名分だと考えられている。EUにおいても米国においても、組換え作物の導入を行う際には、国民に開かれた厳格なリスク評価によって組換え技術の利用に関する不安を解消することが、何にも増して役に立つ可能性がある。米州農業協力機構は、規制の根拠の1つを「バイオテクノロジーの安全性に関して一般国民が抱く当然の懸念に対処すること」であるとしている(1991)。

リスク評価法の概要

 リスク評価には、さまざまな方法がある。遺伝子組換え植物の封じ込め利用を扱うものは、実験の際の優れた基準、封じ込め施設の有効性と安全性、組換え生物によるヒトの健康への影響を重視している(OECD, 1986; Royal Commission on Environmental Pollution, 1989; CEC 1990a; Levin & Strauss, 1993)。多くのリスク評価法では、それを「侵入性(Access)」、「発現性(Expression)」、「損傷性(Damage)」の項目に基づいて行っている。「侵入性」は、改変された「微生物」5(またはその内部のDNA)が人体に侵入し、そこに定着する可能性を測る項目である。「発現性」は、挿入されるDNAの既知または予想される発現レベルを測る。「損傷性」は、組換え生物への暴露によってヒトに危害が及ぶ可能性を測る指標である(Advisory Committee on Genetic Manipulation, ACGM/HSE, 1986, 1993)。組換え生物の封じ込め利用による環境へのリスク評価は、最近までほとんどの国で必要なかった。欧州では、封じ込め措置(物理的、化学的または生物学的な封じ込めがありうる)によって、拡散を阻止したり、放出された生物が環境中で生存する可能性を最小限に抑えるようにしている場合でも、リスク評価を行うことが欧州委員会指令90/219(CEC, 1990a)によって求められている。
 組換え植物によって引き起こされる危険とは、どのようなものだろうか。望ましくない作物の属性としては、自家不稔性などの要因によって自家受粉系統が異系交配するようになる可能性なども考えられる。また、その植物が雑草化する可能性もありうる。組換え生物が有毒物質を産生したり、組換え植物に意図的に挿入された毒素の正常範囲が、供与体生物の正常範囲と異なる場合もありうる。環境中の他の生物に対する組換え生物の反応や、他の生物の組換え植物への反応が変化する場合もある(OECD, 1992)。これらのどの可能性によっても、組換え生物を扱う作業者やその消費者、あるいは環境へのリスクが生じうる。組換え作物に殺虫性が導入される場合、実際の反応は生態系への影響も含め、予想よりもはるかに広範囲に及ぶかもしれない。さらに、組換え植物が、外観や環境ストレスへの感受性、あるいは最終製品としての性質において望ましくない変化を示すこともありうる。「多くの場合、こうした影響は規模に依存しており、規模の拡大(スケールアップ)の過程で顕在化する」(OECD, 1992)。
 組換え植物の意図的な放出による環境へのリスクを「定量的に」評価する体系的な手法を確立することは、事実上不可能であるということがわかっている。たとえば、放出された植物が雑草化する可能性を評価するのは、「雑草性」という性質を定義するのが簡単ではないため、できるとは考えられない(Fitter et al., 1990; Williamson et al., 1990)。「自然の環境や生態系の相互作用が複雑であるということは、リスク評価が、ほとんどの場合、定量的な評価ではなく定性的な評価の問題であるということを意味している」(UK DOE, 1993)。したがって、遺伝子組換え植物の放出に関するリスク評価の手法には、遺伝子組換え植物とその元になった植物の遺伝子型を詳細に比較することが求められる。また、組換え生物とそれを導入しようとする特定の環境との相互作用に関する検討も必要になる。それぞれの国によって方法は異なるものの、リスク評価を行うために大部分の国が問う内容は同じで、組換え生物と環境についての詳細である。ほとんどの国で用いられている体系では、生物、放出区域、周辺環境について、きわめて多数の質問が掲げられている(表4.2)。求められる情報は、基本的にはすべての国で共通している。これには、環境への導入に伴う有害性を明らかにするために、いくつもの段階が含まれている(UK DOE, 1993)。


表4.2 EUにおける遺伝子組換え植物の野外放出の申請に必要な情報の概要【脚注a】

(リスク評価のための基本的なデータを提供するもの【脚注b】

1. 一般情報
遺伝子組換え植物の放出を希望する機関の名称および所在地(責任者の氏名および役職を含む)

2. DNA供与体、受容植物種および遺伝子組換え植物に関する情報

2.1 導入遺伝子を供与する生物および受容植物種の性質(次にあげるものを含む)

  • 学名および分類学上の名称
  • 地理的分布
  • 他生物との遺伝子交換の可能性
  • 遺伝的安定性
  • 病原性
  • 毒性
  • アレルゲン性

2.2 受容植物種への導入遺伝子の組み込みに用いる遺伝子ベクターの性質(主に次にあげるもの)

  • ベクターの性質および由来
  • ベクター内に存在するDNA配列の性質

2.3 遺伝子組換え植物の性質(次にあげるものを含む)

  • 導入DNAの調製および挿入に用いたDNA配列の詳細および手法
  • 導入される配列は、遺伝子組換え植物で意図された機能を発揮するのに必要とされるDNAにどの程度制限されるか
  • 遺伝子組換え植物の詳細
  • 遺伝子組換え植物とそのもとになった植物との遺伝子型および表現型の違い
  • 導入遺伝子の発現の安定性と程度
  • 遺伝子組換え植物の産生する物質のアレルゲン性または毒性

3. 放出の条件および受容環境に関する情報

3.1 放出案の詳細(次にあげるものを含む)

  • 放出の目的
  • 定植予定日
  • 区画の規模
  • 遺伝子組換え植物の数
  • 栽培法
  • 必要が生じた場合に遺伝子組換え植物を除去する方法

3.2 放出場所および周辺環境の詳細(次にあげるものを含む)

  • 地理的位置
  • 人間との近接性
  • 現地の動植物相
  • 標的生態系および非標的生態系

4. 遺伝子組換え植物と環境の相互作用に関する情報

4.1 遺伝子組換え生物の性質のうち、定着、繁殖、伝播への影響が考えられるもの

4.2 遺伝子組換え植物と環境との相互作用の詳細(次にあげるものを含む)

  • 放出によって起こりうる環境への影響に関する先行研究から得られる関連情報
  • 他の植物または微生物への遺伝子の移行の可能性
  • 遺伝子組換え植物自体またはその珠芽の散布の可能性
  • 遺伝子組換え植物の遺伝的安定性を検証するのに用いた手法

4.3 環境への潜在的影響の評価(次にあげるものを含む)

  • 植物個体群が過剰に増加する可能性
  • 非標的生物への影響

5. モニタリング、管理および緊急時の対策に関する情報

5.1 モニタリング方法の詳細(次にあげるものを含む)

  • 遺伝子組換え植物の同定法
  • 他の植物や生物への移行が起きた場合の導入遺伝子の同定法

5.2 区域の管理方法の詳細(次にあげるものを含む)

  • 遺伝子組換え植物の拡散を最小限に抑えるための方法
  • 区域への侵入を防ぐための方法

5.3 植物素材の廃棄法の詳細

5.4 緊急時に遺伝子組換え植物素材を除去または破棄し、必要とされた場合に実験を中止するための計画

【脚注a】欧州委員会指令90/220による。
【脚注b】ヒトの健康および環境へのリスク。


封じ込め

実験室における物理的封じ込め

 一般に、組換え植物については、実験室での細胞培養から、生育室、温室、試験圃場での試験を経て、場合によっては商品としての放出という段階があると考えられる。リスク評価を行う際には、この「段階的方式」の各段階で得られるデータ、類似の組換え生物が放出された際の各段階のデータ、あるいは他国での組換え生物の利用や放出に関するデータが利用できなければならない。
 植物細胞の培養は、組換え微生物の封じ込め利用に関する欧州委員会指令の適用対象になっている(CEC, 1990a)。しかし、それらはいったん移植されると微生物とは見なされなくなり、EUの加盟各国間で異なった規制が適用されている。実験室、組織培養室および生育室内における組換え植物の物理的封じ込めは、優良試験所規範によって維持されている。植物のモニタリングは、微生物と違って比較的容易である。注意が必要なのは、実験室環境で作られた花粉や種子が放出しないようにすることである。また、植物に正確なラベルをつけ、ラベルのつけ間違いや不注意によって別々の遺伝子組換え植物が混ざり合わないようにするための注意も入念に行うべきである。優良試験所規範の一環として、DNA配列、コンストラクト(DNA構築物)、遺伝子組換え植物(特に他の研究所から受け入れたもの)の質の管理を高水準に維持し、実験結果の再現性を検証することも不可欠である。

専用温室における物理的封じ込め

 隔離温室における遺伝子組換え植物の栽培や取り扱いは、基本的には実験室での場合と同様であり、優良試験所規範のようなものが必要になる。温室は、異常な気象条件に耐え、室外からの昆虫の侵入や室外への花粉の拡散を防ぐように設計されていなければならない。通常、組織内のバイオセーフティー委員会の指示に基づいて、個々の遺伝子組換え植物にふさわしい封じ込め措置を決定する必要がある。たとえば、外来の病原体由来の配列を用いる形質転換に関する研究では、きわめて高いレベルの封じ込めのための施設や措置を必要とする可能性が高い。場合によっては、温室環境内の気流を制御したり、フィルタを通すことが必要になる。温室内から外に出る水の管理や消毒が適当な場合もある。温室内から出る土壌や植物素材のオートクレーブも必要になる。優良表示基準(good labelling practice)が重要である。ACGMの手引書10のなかでは、参考となる「優良規範」の評価が行われており、組換え植物や植物に有害な生物の取り扱いに関する手引きが示されている(ACGM/HSE, 1989)。


環境への放出

 ひとたび遺伝子組換え植物が小規模な実験として、さらには商業生産されて放出される場合、いったん放出された遺伝子組換え植物や花粉、珠芽を確実に回収できる保証はなく、往々にして不可能あるいは現実的ではないため、包括的なリスク評価手順が必要となる。放出を担当する科学者や組織のバイオセーフティー委員会、国際的なバイオセーフティーの関係者が、個々の遺伝子組換え植物の放出が認められるか、そして必要に応じてどのような制限を課すべきかを評価しなくてはならないのは、こうした事実を背景としている。
 その目的を遺伝子組換え植物の放出試験による環境への影響の防止・制限とする「野外における封じ込め」の段階を達成するための措置はいろいろある。野外における封じ込めの手法には、他花受精可能な種からの隔離、開花の抑制、雄性不稔系統の使用、植物の完全な廃棄とその後のモニタリングなどがある。

リスク評価に必要なデータ

 リスク評価に必要となる情報の一例を表4.2に示す。データの提示方法はそれぞれの当局によって異なるが、必要とされる情報は基本的に同じである。表4.2で示された項目については、多少説明が必要だろう。ここでは、組換え生物に伴う潜在的有害性、組換え生物が放出される環境、および生物と環境の相互作用の特定が行われる。有害性が特定されれば、その有害性の確率と、それがもたらす危害の大きさの両方を評価することが可能である。確率が高くても有害性が低ければ、環境へのリスクは依然として低い。

一般情報

 放出の実施を担当する職員や機関が、計画された遺伝子組換え植物の放出を行い、野外での封じ込めや必要と考えられるモニタリングに責任を持つのに充分な高い専門知識と経験を有していることが重要だと考えられる。

DNA供与体、受容植物種および遺伝子組換え植物

供与体―最も重要なのが、供与体とその受容植物種についての情報を得ることである。受容植物種に関する情報によって、遺伝子組換え植物との比較のための基準が定まることになる。供与体に関する情報によって明らかになるのは、遺伝子組換え植物についてどのような情報が必要とされるかである。たとえば、供与体が植物病原体である場合、リスク評価では、組み込まれる病原体由来のDNAと遺伝子組換え植物に感染性を持つ病原体が、のちに組換えを起こす可能性が問題になる。挿入された配列がある種のウイルス病に抵抗性を与える外被タンパク質をコードしている場合には、トランスキャプシデーション(キャプシド転換)の可能性も考慮する必要がある。改変された細胞が別のウイルスの感染を受けた場合、そのウイルスと供与体である元のウイルスの外被タンパク質とがトランスキャプシデーションを起こすことがあり、その結果、ウイルスの宿主域に影響が及ぶ可能性がある。
形質転換ベクター―導入遺伝子の組み込みによる形質転換に用いられるDNAベクターに関する情報が必要である。形質転換細胞のスクリーニングを容易にするため、一般に、抗生物質抵抗性の遺伝子が用いられる。他のDNA配列が、DNAベクターの結合配列として働いたり、組換えDNA法を用いることによって別の機能を示す可能性もある。ある種の形質転換法では、形質転換のプロセスを助けるためにキャリアDNAを用いる場合がある。したがって、評価の過程で影響を検討できるように、このDNAの性質を理解する必要がある。
遺伝子組換え植物―遺伝子組換え植物については、組み込まれる導入遺伝子に関する分子データ、発現の安定性、また、アレルゲン性や毒性、栽培環境での定着性や自然環境への侵入性に変化があるかどうか、詳細に説明することが重要である。ここで不可欠なのは、導入遺伝子による植物の表現型の変化を測定できるように、対応する非組換え植物の遺伝子型を対照として用いることである。

放出の条件および受容環境

 放出の科学的・商業的な目的にはリスクの原因となるものがなくても、リスク評価を担当するバイオセーフティーの専門家グループは、広い視点から放出を評価することが重要である。環境へのリスクを評価するには定性的な判断が必要であるため、リスク評価の考え方の基本は事例ごとの分析であり、しかも、妥当な場合には、経験の蓄積に基づいて、手続きは段階的に合理化、簡素化される(まとめの部分を参照)。放出の目的、その規模と計画、用いられる栽培法に関する情報の提供は、個々の放出のリスクを評価する上でも、国内外の学習プロセスにとっても重要である。
 放出区域の生態学的データも重要である。これには、放出区域の周辺で生育していると考えられる植物種に関する調査のほか、花粉の拡散の仕方や正常な受粉が行える距離に関する情報が含まれるべきである。
 標的にしようとする生物の位置や種類も特定しなければならない。標的生物とは、導入遺伝子によって影響を与える生物のことである。殺虫性のBtタンパク質を含む導入遺伝子の場合、標的生物はある種の害虫であろうし、ウイルスの外被タンパク質遺伝子の場合は、特定のウイルス病原体ということになる。非標的生物とは、組換え体の本来の標的ではない生物で、不注意によって影響が及ぶ生物も含まれる。導入遺伝子による影響が害虫とは考えられない昆虫にも及ぶ場合には、そのことを明記すべきである。遺伝子組換え植物が宿主として適当かそうでないか、あるいは作物に寄生する可能性のある生物に有害かどうかも検討材料となる。

遺伝子組換え植物と環境との相互作用

 遺伝子組換え植物が環境に及ぼす影響を判断するためには、遺伝子組換え植物に生じる変化で、野生環境への侵入性や栽培環境での定着性、また有性・無性での自己繁殖性を変化させる可能性のあるものを記載する必要がある。類似の遺伝子組換え植物を用いた先行研究に注目することも重要である。必要なのは、導入遺伝子が同種または近縁の植物種(野生種か栽培種かを問わず)や微生物に移行する可能性を判断し、移行がある場合には、遺伝子の移行によって起こりうる影響を見極めることである。

監視、管理、廃棄物処理および緊急時の対策

 植物がいったん封じ込めから放出されれば、開花や播種が認められている場合は特に、導入遺伝子を持つ植物や種子、花粉が放出環境の周辺に出ていく可能性がある。リスク評価の一環として重要なのは、放出後の導入遺伝子のモニタリングがどの程度可能なのかや、必要が生じた場合には植物素材を有効に廃棄できるのかを見極めることである。遺伝子組換え植物あるいは非標的種における導入遺伝子の存在を特定する有効な方法が必要になるかもしれない。これは、可視マーカー(β-グルクロニダーゼなど)や選択マーカー(抗生物質抵抗性)、分子的解析(PCRやサザンハイブリダイゼーションなど)によって可能になるだろう。
 考えうる遺伝子交換を最小限に抑える方法はいくつかある(以下を参照)。放出試験の終了時、または必要に応じて試験の最中に植物素材を廃棄するための方法を記載することも適切と考えられる。

リスク評価の実施

 組換え植物の最初の放出は、試験的なものになる。商業的な放出が行われるとしても、いったん試験放出の結果が分析されたのちである。大がかりなリスク評価の実施と検討を行う必要があるのは、この試験段階なのである。リスク評価の目的は、遺伝子組換え生物の封じ込めを行う試験手順や方法に変更がないかを明らかにして、環境やヒトの健康へのリスクを最小限に抑えることである。
 先に概要を示したデータは、通常、遺伝子組換え植物の放出を希望する科学者らによって集められるものである。データ収集の際に、放出を行う科学者たちによってリスクの可能性に手加減が加えられるのは避けられないものの、リスク評価は、遺伝学、分子生物学、環境科学、農学、植物病理学をはじめ、必要に応じて他の分野の専門知識を持つ人々からなる学際的なバイオセーフティー委員会によって進められなければならない。また、ヒトや環境へのリスクを最小限に抑えるために行われている配慮について国民の納得を確実に得るには、地元の行政や環境保護団体の代表者を加えることも有益な場合がある。
 放出案の評価の第1段階は、研究所レベルでの評価、つまり組織内のバイオセーフティー委員会によって評価が行われるべきである。評価を現場で行うメリットは、バイオセーフティー委員会のメンバーは現場の知識を持っており、学問的な背景をよく理解しているのが普通だという点である。これは、放出に関する現場の責任を、その放出に直接的には関わっていない研究所の職員にも広げる方法にもなる。組織内のバイオセーフティー委員会には、放出後の区域のモニタリング、研究所職員への放出の実施やリスク評価の通知、説明責任の強化に関する責任もある。委員会は放出実施チームの活動を監督し、不測の事態が報告されることのないようにしなければならない。
 こうしたリスク評価では、計画のあらゆる部分について詳細な検討が行われ、必要に応じてさらなる情報が要求されたり、場合によっては追加の予防措置が求められることもある。組織内のバイオセーフティー委員会が試験放出の条件に納得してこれを承認した場合でも、まだ次のレベルのリスク評価が残っている。
 その一例として、国のバイオセーフティー委員会が考えられるが、これも学際的なものである。こうした組織も、同じように放出案を検討し、放出案を変更するよう追加の勧告を行ったり、要請を行うことができる。監視プロセスの一環として、放出実施チームのメンバーへの聞き取り調査も考えられる。最後に、国際的な、または地域的なバイオセーフティー委員会(EUが設置しているようなもの)が設置される場合もある。地域貿易協定が批准される際には、こうした手続きが妥当になるかもしれない。

どのようなリスクが特定されるだろうか?

 リスク評価というのは精密科学ではない。リスクの程度に評価を与えるのは難しい。ある遺伝子組換え植物の放出に危険が伴わないことを証明するのは、絶対に不可能である。人間がかかわる活動には、たとえどのような防止措置が取られたとしても、必ずある程度のリスクが伴うものである。リスク評価の本質とは、導入遺伝子によって、非組換え作物と比較した場合のリスクがどのように変化するかを見極めることであり、したがって、基準として非組換え作物を使い、挿入される導入遺伝子の影響と比較するところからはじめなければならない。関連するデータが入手できないために、答えられない疑問もおそらく出てくるだろう。たとえば、植物遺伝子が微生物に移行することがありうるのかどうかはよくわかっておらず、また、従来からの育種作物から近縁の雑草種への「遺伝子拡散」(次節を参照)の性質や影響についてはわからないことが山ほどある。放出が認められるかどうかや、追加的にどのような情報や予防措置が必要になるかを決定するために、バイオセーフティー委員会は、わかっていることとわかっていないことの両方を考慮に入れなければならない。
 詳細な科学データが得られない場合には、伝統的な植物育種法の経験を参考にしてリスク評価を進めることも重要である。植物の育種は何千年にもわたって行われてきており(最初は偶然の産物として、のちには意図的に)、組換えによる形質転換で導入しようとする遺伝子の多くは、伝統的な植物育種で扱われた遺伝子にきわめて似た種類にあてはまる。

遺伝子組換え植物の放出によって生じうるリスク

 組換え生物の放出に伴う大きな懸念の1つは、挿入された遺伝情報が野生集団に移行するかもしれないという点である。遺伝子移入は、組換え生物から望ましくない形質が移行する仕組みの1つとして、多くの論文で懸念が示されている(Gregorius & Steiner, 1993)。種間の交雑は、交雑を防ぐバリアが存在するにも関わらず、一般によくみられる現象だが、ほとんどの雑種は稀少かつ不稔性である。「遺伝子拡散」は、きわめて限定的にしか起こらないと考えられているが(Levin, 1984)、これが誤った認識であるかもしれないという根拠もいくつかある(UK DOE, 1993)。理論上、組換え植物が、通常の栽培環境以外の場所で管理の難しい雑草になる可能性はある。環境中に導入された遺伝子組換え植物のリスク評価に関する検討が近年公表されている(Dietz, 1993)。
 植物が半自然環境に移入したり、導入遺伝子が他の作物や野生近縁種に(おそらくは遺伝子移行によって)移行して、農地や草縁、水路、ゴミ捨て場で定着する場合など、導入遺伝子の拡散にはいくつかのルートがある。導入遺伝子の拡散は、単一遺伝子の形質を検出するのに使われるのと同様の方法で確認できる可能性が高い(UK DOE, 1993, p. 30)。
 では、組換え生物の放出にかかわるリスクとは、どのようなものだろうか6。組換え生物を放出区域内に閉じ込めておくことはできるのか、そしてもし「拡散」が起きた場合、環境に問題は生じるのだろうか。そうした生物は、それまで放出されていた管理された「区域」の外で生存したり定着したりすることができるのだろうか。作物が定植された環境から移行する可能性や、野生の個体群として定着する力には差がある。もしこうしたことが起こった場合、問題は生じるだろうか。導入された遺伝子が、他の同種の植物や近縁の野生種に移行する可能性はあるだろうか。
 リスク評価では、その出発点として宿主植物や親植物を取り上げなければならない。宿主植物は、通常の栽培環境の外で生存する能力を持っているだろうか。遺伝子移行が起こりうる外部環境あるいは栽培環境中に近縁種が存在するだろうか。遺伝子組換えは、それによって作出される遺伝子組換え植物の生存能を高めるという面と、遺伝子産物の環境中での安全性の両面から考える必要がある。


  検討の必要がある分野のいくつかを以下にまとめる。

選択マーカー遺伝子

 ほとんどの遺伝子組換え植物は、形質転換の過程で使われる選択マーカ遺伝子を含んでいる。マーカー遺伝子には次のような特徴がある。

1. 形質転換が起こっていない植物が選択からもれることを最小限に抑え、厳密な選択を可能にしなければならない。
2. 選択の結果、形質転換が独立して大規模に起こらなければならず、再分化を大幅に妨げることがあってはならない。
3. マーカーは、多くの種において正常に機能しなければならない。
4. マーカーの存在を確認できる検査法がなければならない。

 抗生物質抵抗性遺伝子は、上記の基準をすべて満たすため、マーカーとして使われている。もっとも広く用いられているのはnptII遺伝子で、抗生物質カナマイシンへの抵抗性を与える遺伝子である。米国の場合、この抗生物質の臨床での使用は減ってきている。この抵抗性マーカーは抗生物質ネオマイシンへの抵抗性も与えるが、ネオマイシンは臨床薬、獣医薬として現在も一部の国で処方されている。この他に、アミノグリコシド系抗生物質もマーカーとして用いられる。複数の広範な研究によって、この遺伝子が遺伝子組換え植物から微生物に移行する可能性はごく小さく、仮に移行が起こったとしてもその影響はほとんどないだろうとされているものの(Calgene, 1990)、この種の選択マーカー遺伝子が商品としての遺伝子組換え品種に存在していることが容認できるかどうかについては、議論が続いている。
 抗生物質抵抗性マーカーに代わるものも使われている。これらの中には、除草剤抵抗性マーカーも含まれる(Yadav et al., 1986)。植物系では、抗生物質マーカー遺伝子に代わるものが数多く提案されている。Cre-lox系では組換え植物の姉妹系統が2つ作られるが、一方には細菌由来の組換え酵素をコードする遺伝子が含まれ、もう一方には抗生物質抵抗性遺伝子が酵素の作用部位に挟まれて含まれる。これら2つの系統を交配すれば、マーカー遺伝子は切り取られるはずである(Dale & Ow, 1991)。この系は、ジャガイモなど栄養繁殖する作物に適用するのは難しいと考えられている。
 遺伝子融合マーカーは、組換え生物の選択ではなく、挿入した遺伝子の内部でタンパク質が発現しているかどうかを確認するために用いられる。もっとも広く用いられているマーカーの1つとして、大腸菌由来のβ-グルクロニダーゼ遺伝子がある(Jefferson et al., 1986)。

除草剤耐性

 さまざまな種類の除草剤耐性遺伝子が、各種の作物に導入されている。除草剤耐性は、この耐性のメカニズムが明らかにされて以来、遺伝子組換えの最初のテーマとされた形質の1つである。一般にこの耐性は、単一遺伝子に支配される形質である(Mazur & Falco, 1989)。
 除草剤耐性の最大の魅力の1つは、環境中で速やかに分解される除草剤を選択できる手段を与えてくれることである。考慮すべき環境上のリスクは、除草剤耐性の遺伝子組換え作物が雑草化してコントロールが難しくなることがありうるかどうかである。この他、作物と雑草との交雑によって、除草剤耐性遺伝子が雑草の個体群の中で定着する可能性も考慮する必要のある要因である。雑種の繁殖力が強いと、雑草管理を同じ除草剤に頼っている農法や、近隣の作物がその除草剤を使っている場合にコントロールが難しくなる可能性がある。同種の作物で別の除草剤に耐性を持つように改変されている個体群が近隣にある場合、作物が複数の除草剤に耐性を持つようになって、栽培環境内や自然環境内でさらなる問題を生じさせることはないだろうか。
 「野生の」環境の中で、管理されていない非栽培種に除草剤耐性が移行した場合、問題は生じないだろうか。こうした環境は、通常、除草剤処理の対象になっておらず、抵抗性を示す近縁の作物種が存在しても、さほど問題にはならないかもしれない。リスク評価では、こうした移行によって起こりうる影響を明らかにするようにしなければならない。

虫害・病害抵抗性

 害虫や病害への抵抗性を付与する導入遺伝子は、作物に選択的優位性を与え、農地への定着性や野生環境への侵入性を高める。もしその導入遺伝子が近縁の野生植物種に移行すれば、同様の選択的優位性を与えることになる。さらに、抵抗性遺伝子が害虫や病原体に与える影響という側面も考慮する必要がある。導入遺伝子がきわめて高い防御性を示す場合、その害虫や病原体が急速に耐性を持つようになることが考えられる。これは伝統的な植物育種法においてはよく知られている現象であり、問題はリスクを評価することよりもしっかりした栽培戦略を立てることだと思われるが、形質転換によってさまざまな種類の作物に同じ抵抗性遺伝子が使われる可能性があるということは、この問題を深刻に受け止めなければならないことを示している。
 害虫抵抗性を与える遺伝子を導入するこの技術のうち、もっとも重要な利用例の1つがBt毒の使用である。Bt毒の使用に伴って生じると考えられる問題は、標的害虫における抵抗性の進化である。こうした抵抗性は、突然変異によって膜受容体への毒素の親和性が低下することに起因する(Gill et al., 1992)。プロテイナーゼ阻害剤を含む遺伝子組換え作物も同様な問題を引き起こす可能性があり、その使用は、抵抗性害虫の発生を防ぐように慎重に計画されなければならない。
 特定のウイルスから守るためによく使われているのが、ウイルスの外被タンパク質遺伝子である。最近、この方法を使うと、トランスキャプシデーションによって植物ウイルスの宿主域が変わるのではないかという議論がある。Creamer & Falk (1990)は、ルテオウイルスの混合感染によるトランスキャプシデーションが野外で見出されたとしている。外被タンパク質遺伝子は変化しないため、トランスキャプシデーション自体によって新たなウイルスが作りだされるわけではないが、その特異性が一時的に変わる可能性がある。また、植物で発現するウイルス配列と感染しているウイルスの配列が組換えを起こすのではないかという懸念もある。こうした懸念は、受容環境内でトランスキャプシデーションを起こす可能性のある他のウイルスの存在に関わってくる。

環境ストレス耐性

 干ばつ、塩類土壌、重金属、低温、高温といった環境ストレスへの抵抗性は、複雑な現象であるため、ストレス抵抗性を高める遺伝子の単離には時間がかかるだろう。ストレス(高温、低温、塩分、重金属)によって誘導される植物遺伝子が特定されており(Fraley, 1992)、数年のうちには耐性の向上した植物が利用できるようになる可能性がある。こうした変化によって、植物はそれまで生育することができなかった環境で生育できるようになり、選択的優位性が付与されて他花受粉による導入遺伝子の移行が起こる可能性があるため、この種の遺伝子組換え植物のリスクを評価するのは特に難しくなる。
 外来種モデルは、ある植物が外国に導入され優占種になるというもので、遺伝子組換え植物の放出によってどのような結果が生じるかを示すのに使われることがある。1つないし複数の遺伝子を植物に挿入してきわめて特異的に改変する場合の影響を評価するには、これは一般的なモデルとして適当ではないものの、これまでとは違った環境で生育できるように植物を改変する場合にはあてはまるかもしれない。こうした場合のリスク評価では、結果として、個々の放出環境のもとで導入遺伝子によって付与される競争優位の性格に関する情報がさらに必要になる場合がある。

毒性・アレルゲン性

 遺伝子産物は、植物あるいはその一部の内部で有毒になったり、環境中で食用作物や商品作物のアレルゲン性を変化させる可能性がある(花粉など)。毒性は標的生物以外の微生物にあてはまる場合もあり、生態系に害が及ぶ場合もある。

遺伝子組換え作物の大規模利用による影響

 遺伝子組換えによる作物品種の広範な利用を検討する際に必要となるリスク評価は、基本的には小規模な放出の場合と同様だが、重要な相違点もいくつかある。花がつくのを防いだり、放出区域(野外区画)の植物素材をすべて破棄するといった野外での封じ込め措置は、もはや不可能である。つまり、リスク評価では、遺伝子組換え作物と近隣の非組換え作物や雑草種との交雑の可能性を考慮に入れなければならない。遺伝子組換え植物は、さまざまな自然環境で定着する機会を持つことになり、花粉の周期的な移動によって野生の個体群に導入遺伝子が移行する可能性が生じる。組換え作物の数が他花受粉性の野生種を圧倒的に上回る生息地では、たとえ、導入遺伝子を持たないそれらの野生種と比較して選択的非優位性を与えてある場合でも、導入遺伝子が野生個体群に定着するようになる可能性がある。
 遺伝子組換え植物が、故意にあるいは誤って、他花受粉性の雑草種の領域が異なる地域も含めて他の国に持ち込まれる機会も生じる。小規模の場合のリスク評価では、放出区域内での他花受粉性の種の分布を考慮する。大規模な放出では、評価体系において検討の対象とする環境の地理的な線引きをどう設定するかという問題が生じる。
 小規模な放出では顕在化しない稀な事象が、大規模放出では顕著に現れる可能性もある。たとえば、小規模での導入遺伝子の不安定性は、作物品種の大規模な利用では許容されない場合もある。
 栽培戦略に関する問題もある。たとえば、1つの作物種に複数の異なる除草剤抵抗性遺伝子を導入していく場合、どこまで慎重に行えばいいのだろうか。それによって、複数の除草剤に抵抗性を持つ雑草が出現することにならないだろうか。さらに、同じあるいは類似の害虫(または病害)抵抗性遺伝子が、多くの異なる作物に存在することによって、どのような影響が出るだろうか。伝統的な植物育種法での経験は、抵抗性害虫や抵抗性病原体の出現する可能性が高まることを示している。
 この他、規模に依存する問題として、作物の毒性やアレルゲン性に関係するものや、植物が腐敗する際に生じる導入遺伝子の分解産物の性質に関係するものがある。

リスク管理のために取りうる方法

 小規模放出でのリスク管理がうまくいくかどうかは、主に、野外での封じ込めや、放出中・放出後の区域のモニタリングを許容可能なレベルにまで高めることができるかどうかにかかっている。野外において封じ込めのレベルを高めるには、緩衝用作物やケージで囲んだり、花に袋かけを行えばよい。英国で初めて放出実験が許可された際には、実験区画内のすべての植物の花の部分を摘み取ることが求められた。導入された遺伝子が他の植物に移行する可能性は確実に低下したが、こうした措置が適用できるのは小規模での野外試験であろう。
 遺伝子組換えの作物品種が広く放出された後に取りうる封じ込め手段は限られ、商用放出前の遺伝子組換え品種のリスク評価では、このことを考慮に入れなければならない。
 商用放出に先立つリスク評価は、徹底的かつ精査を受け入れものであり、同種または類似の遺伝子組換え植物を使って行われた小規模放出から得られるあらゆる事実を考慮することが重要である。前節で述べたように、大規模放出に限定した困難があるかもしれない。大規模放出に関する問題を緩和する措置として、いくつか考えられるものがある。

1. 現在では、植物の特定の組織で導入遺伝子を発現させる各種の植物プロモーターが利用できる。必要な場合には、ある特定のタンパク質の発現を植物のそうした部位に限定するのが望ましい場合もある。たとえば葉に害を与える害虫の場合、殺虫性タンパク質は葉のみで発現すれば充分である。また、今後の可能性として、植物のほとんどの部位での発現を促す構成的プロモーターを使う一方で、たとえば、アレルギー性反応が起きる可能性のある花粉などのきわめて特異的な組織で導入遺伝子の作用を停止させるという戦略を使うことも考えられる。
2. 花粉による導入遺伝子の拡散を防ぐために、雄性不稔性の遺伝子組換え植物の利用が望ましいと考えられる場合がある。
3. 遺伝子組換え作物を他花受粉性の野生近縁種が自生していない区域で栽培することが可能または望ましい場合もありうる。
4. 遺伝子汚染を防ぐために、一定の種類の遺伝子組換え作物(特有の脂肪酸組成を持つ油料種子作物など)は、場合によっては非組換え作物から離れた区域で栽培することが望ましいかもしれない。
5. 結果が充分でないと考えられる場合には、品種を回収することも必要になるかもしれない。

まとめ

 遺伝子組換え植物の放出が初めて実施された当初から、その目的は、事例ごとの前進、実績の積み重ね、そしてその経験をもとに規制上の要件や監督を簡素化することにあった。EUや米国では、現在、合理化や一括処理が進んでいる。どちらの規制制度においても、特定の作物種や導入遺伝子について、放出試験で何度もテストされ、条件を満たす結果が得られていることが明らかにされている。こうした場合、規制当局による承認にかかる時間は大幅に短縮されている。今後数年間は、放出基準の統一化や規制当局による監督の簡素化に向けての動きが、活発な国際論争の1分野であり続けることは間違いない(UK DOE/ACRE, 1994a, b)。
 リスク評価の過程を議論することのマイナス面の1つは、リスクを過剰に重視し、メリットをほとんど無視することである。広範な分類学上の境界線をまたいで遺伝子を移行させる技術は、遺伝子がどのように調節され、表現型にどう影響しているかを理解しようとする研究において、きわめて強力な手段の1つである。これによって、伝統的な植物育種法によって成し遂げられた進歩がさらに押し進められ、途上国に関わりが深い作物をさまざまな新手法で改良するための貴重な機会が与えられる。
 遺伝子組換え作物が世界で幅広く利用されることを期待する上で、身近な放出環境における環境への影響にとどまらない検討が必要になるが、それは、人類が共有する地球環境に対する責任を、われわれ全員が持っているからである。

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1 ジョン・イネスセンター・ケンブリッジ研究所(英国・ノリッジ)

2 シェフィールド大学・分子生物学バイオテクノロジー学部(英国・シェフィールド)

3 「伝統的育種法とは、同一の科に属する植物の間での正常な交配を可能にする1つまたは複数の手法(物理的・科学的手法、生理学的プロセスの制御など)を利用して行う手法をいう」―EUによって承認された定義(UK DOE/ACRE, 1993)。歴史を通じて、こうした手法が植物の望ましいあるいは求められる性質の選択を可能にしてきた。

4 「管轄当局」とは、(各加盟国において)遺伝子組換え生物に関連する活動の規制を担当する役割を与えられた1つまたは複数の政府機関をいう。

5 ここでいう「微生物」には、組織培養内のすべての細胞を含む。

6 ここでいう「リスク」とは、ヒトおよび環境(他の作物を含む)へのリスクをいう。

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