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トランスジェニック魚の食物安全性

IIona Krypsin-Sorensen
デンマーク食糧庁毒性学研究所

序文
 遺伝子工学の開発中のテクノロジーは農業と食物産業に大きな可能性を提供する。これまでに食物産業のバイオテクノロジー研究は、ほとんど種々の発酵過程で用いた食用生物の改善に、また食物成分の産生に関する微生物の利用に絞られてきた。農業バイオテクノロジーにおける研究は、ほとんどが植物の改善に向けられてきた。
 動物生殖の分野は多くの研究のターゲットであり、結果として、核移植、試験管内受精、精子による雌雄選別(sexing sperm)、発情同期化、試験管内卵母細胞成熟と胎芽幹細胞の産生(Seidel 1991)など育種技術面に劇的な展開が行われた。この研究で最も目立つ領域の一つに、トランスジェニック動物の産生がある。これらの育種技術はすべて、動物の新しい系を産生するために併用して使われる。

 トランスジェニック動物は、ゲノムが、親系の外側から遺伝子の導入によって変化させられた動物である。多数の方法がトランスジェニックを導入するのに使われたが、最もよく使われる方法は遺伝子を受精卵の前核に直接注入することである。DNAは卵に利用され、ほぼ任意な位置で染色体の1つに取り込まれる。少ない割合の例であるが、遺伝子は宿主の種次第で胚系にとりこまれ、将来の世代に受け継がれる。これらの育種技術の成功は、近接過去おける動物育種での主な科学的達成の一つである。
 トランスジェニック育種技術の家畜への商用適用は、また開発の初期段階である。いまだに、このテクノロジーの広範な使用については、依然として、大きな技術的経済的障害がある。外来異体遺伝子を担う少数のトランスジェニック羊を生む現在の費用は、3年にわたり$3,000,000である(Clark ら1987)。時がたつにつれて、これらの費用はおそらくかなり減少するであろうが、近い将来、選択育種費と比べて有利にならないであろう。


 1990年に、魚の世界中の売上高は、国際食物および農業機構(FAO)によれば、$220億に達した。これは世界中で消費されるたんぱく質の15%にあたる。このほとんどが野生で捕獲した天然魚をあらわし、高まる需要と自然株(natural stock)枯渇は、他の原料を開発すべきであることを必要とする。他の手段による魚産生で、ますます有効になってくる方法は水産養殖である。

 FAOは今世紀のおわりまでに、水産養殖で産生された魚は、魚の世界供給の最大20%となり、開発途上国では主なタンパク源となっていると推定している。この規模での産生増加は、テクノロジーの急速な改善を必要とする。

 水産養殖で漁穫効率を高める明らかな方法の一つは、成長ホルモンの投与である。名前が意味するとおり、このホルモンは脳下垂体で産生され、動物の成長を加速する。1980年代の半ばに、組換え鳥類と哺乳類成長ホルモンを魚に注入し、対照と同じくらい早く、2倍まで体重増加した(Gillら1985)。他の試験で、研究者は成長ホルモンを含有する少量の水に魚を浸した。これらの試験は、魚によるホルモンの吸収は比較的効率的でないので、成長ホルモンを投与するのは効率的な方法でないことを示唆している。

 この分野での進歩は、早く成長し、水産養殖では典型的な高密度集団に住んだ結果として生じる、病原体の型にさらに抵抗する能力があるトランスジェニック魚の産生により実現した。トランスジェニック哺乳動物による結果は、これまでは予想より遅く出てきたがトランスジェニック魚の開発に関する研究は急速に進歩した(Powellら,1990)
 技術的には、トランスジェニック魚の産生は哺乳動物より容易である、魚卵は外部受精を経ており、育て母体に魚卵を転移する必要性が避けられるからである。さらに、DNAの細胞質注入は核注入よりむしろ使われており、胎芽にとって有害でない。注入魚胎芽の生存率は35-80%であり、トランスジェニックマウス胎芽の生存率は最大で数%である(Pruselら1989)
 導入遺伝子を魚にうまく導入する例は、ChenとPowersによる成長ホルモンの導入である。魚自身が一層多くのホルモンを産生するよう誘導すれば、加速成長を低価格で実現することが可能である。ラットからの成長ホルモン遺伝子のマス、サケ、コイへの導入が成功し(Maclean and Penman 1987)、結果的にその遺伝子は肝臓に発現した。P1世代のトランスジェニック魚は平均して対照動物の20%大きく、F1世代の動物(P1トランスジェニック雄と非トランスジェニック雌の間の交配に由来する)は、非トランスジェニック兄弟と両親よりも成長が早かった。これは、魚で、導入遺伝子導入により成長を変化させる可能性を実証した(ChenとPowers 1990)
 魚における導入遺伝子テクノロジーの有用性を示す別の領域は、凍結防止たんぱく(AFP)をコード化する遺伝子による最近の結果に関連している。多くの他の生物と同様に、魚は、血液を循環するAFPを産生することにより、寒さに順応する。AFPにより北極魚は-2℃という低温で生活できる。AFP遺伝子を含有するトランスジェニック株(transgenic strains)(ほとんどがサケ科魚)の産生は成功した(Huangら、1990)。しかしAFPのレベルは低すぎて寒さに対する重要な保護ができなかった。現在の研究は、発現レベルを高め、希望としては魚の寒さ抵抗性を高める試みを含むが、他の遺伝子を必要とすることもある(Powers ら,1991)。将来は、魚への遺伝子移行に関する他の表現型目標は、温度、酸素、衛生、病気抵抗性上昇に対する変更要求を含む。

食物安全性
トランスジェニック魚の安全性評価は以下の3つのパラメータを扱うものとする。

 これは、遺伝子操作された陸動物を食物リスク評価で試験したものと同じパラメータである。一部の食魚は毒素を含有することが知られているが、これは魚遺伝子の産物でなく、少なくとも十分知られている食魚ではない。魚毒素のコントロールに使われる疫学および分析育種技術は、トランスジェニックおよび非トランスジェニック魚に同様に適用できる。

挿入DNAの分析
 感染性でない限り、導入遺伝子DNAは安全性の問題を提起しない。われわれは食事で、すべての生物のDNAを食べている。DNA自体にともなう健康問題はない。

 導入遺伝子源は、アレルギー源から得られる場合のみ重要である。その場合、遺伝子産物はアレルギー誘発性について試験することができる。特にヒト源からの外来DNAの導入について、公衆は幾分警戒している。しかし、いくつかの遺伝子に関するヒトおよびコウシ配列は、たとえばインスリン様成長因子遺伝子では、同様である。細胞はわれわれの鼻咽頭と消化管から捨てられるので、われわれはヒトDNAを消化している。ほとんどの場合、導入遺伝子DNAは、微生物内でクローン化され、DNAの種類は関係がなくなる。知覚の問題は全魚遺伝子構成の使用により回避できる。その業績はJun DuらによるBio/Technology中の論文で報告された(1992)。彼らは、タラ凍結防止タンパク遺伝子のプロモーターにより作動するキングサーモン成長ホルモンcDNAクローンとのキメラを構成した。構成物を、受精した大西洋サケ卵に微量注入したとき、結果として生じたトランスジェニック魚は成長率が急激に上昇する。1年令で、大きさの平均増加は、非トランスジェニック平均の6倍までで、最大では12倍であった。消費者の観点から、これらの全魚DNA挿入はさらに受け入れられると考えられる。キメラ挿入の魚遺伝子は、存在する魚遺伝子材料に本質的に由来している。nc付加リスクが外因性遺伝子そのものに由来することは、一般に受け入れられている。

遺伝子産物の分析
 家畜に注入された遺伝子工学コウシソマトトロピン(bST)の米国食品医薬品局による1990年の科学評価は、一部のトランジェニック動物に必要な評価タイプの好例である(Juskevich とGuyer1990)。分析は、bSTそのものの効果の分析はもとより、IGFに関連する二次効果の試験を含むので、特に注目すべきである。結論としては、bSTで処置された牛に由来する乳は、人間の消費では安全である。

 高くなった成長ホルモン濃度を含有するトランスジェニック魚の消化は、安全であるはずである。成長ホルモンは胃腸管系への通過中にほとんどが消化されるペプチドであるからである。異常に高い濃度のホルモンは動物のホルモンバランスを変えることが予想されており、結果として魚では明らかな内分泌症となり、食物安全性試験のさらなる必要性を示唆している.しかし、健康でない動物は、効率的に産生できなかったし、発育過程の早期に考察から除外されることがある。

考えられる多面的効果の分析
 遺伝子研究では、ある方法で遺伝子を変えると、外見上は関係ないが表現型に影響が加わることがときどき観察される。この現象は多面性として知られ、毒素を産生することが知られている植物で問題である。最も知られている例の一つは、ソラニン濃度を増加したジャガイモ変種の開発である。トランスジェニック魚の開発が、普通は発現しない遺伝子の発現を活性化し結果的に毒素の濃度を高くするかどうかという同様の問題がある。遺伝子の不活性化により、魚の栄養的価値は低下する。一部の魚と他の海洋生物は強力な毒素を伴うが、よく知られた食用魚では、これらの毒素は微生物が産生し魚ゲノムそれ自身の産物でない。たとえば、マリット(ボラ科の魚)は毒素を含有するが、これらの毒素は、魚と共生関係で生きている海洋バクテリアが産生している(Hokamaら,1990)。したがって、それは魚ゲノムの一部でないので、この遺伝子を不意に活性化するリスクがない。毒性内因性ポリペプチドあるいはホルモンの活性化は、魚の健康に反映されるであろう。栄養価の変化は、明らかではないであろうが、魚で知られている重要な栄養素の濃度は簡単に測定できる。

結論
 トランスジェニックテクノロジーは食物源としての利用に関し、魚の遺伝子改変に対する強力な研究方法を提供する。この方法論の産物のリスク評価は、人間の消費用に設計されたトランスジェニック魚の繁殖力を含む健康に絞るべきである。魚が、健康でトランスジェニック産物が安全あれば、遺伝子的に改変されたトランスジェニック魚は、それが由来する改変されていない魚と同様に安全であると考えられる。

要約
 特性を改善したトランスジェニック魚の生産が成功した。飼料変換が効率的で、早く成長し、さらに病気に抵抗性がある開発中のトランスジェニック魚には、明確な潜在的利点がある。

 食物源としてのトランスジェニック魚のリスク評価では、導入遺伝子挿入、遺伝子産物、考えられる多面性効果の分析を考慮すべきである。これら3つのパラメータのどれもが食物安全性問題を生じないで魚が健康であれば、遺伝子改変したトランスジェニック魚は、非改変魚と同様に安全と考えられることがある。消費者には受け入れられる可能性はあるが、確かではない

謝辞
 貴重なコメントと本論文作成中の考察に関し合衆国FDAのDavid Berkowitsに謝辞を表します。

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