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要約

国際生命科学協会、ワシントンDCのタスクフォースによる報告

世界人口の増加に伴い、食料需要は世界的に増えている。同時に、利用できる耕作可能な土地は減少している。増え続ける食料需要を満たすため、伝統的な植物育種法はこれまで重要な貢献を重ねてきたし、これからも引き続き貢献するであろう。しかし、世界の多くの場所では、食品の品質が問題とされている。食品から得られるカロリーは十分であるかもしれないが、主食は特定の必須栄養素を欠いている。先進国では、「機能性食品」(すなわち、基本栄養だけでなく健康上の有益性を提供してくれる食品)への要求が高まっている。食品の栄養改善は、食料品質の向上におけるこれら二つの要求に応える手助けとなる可能性がある。現代の農業バイオテクノロジーでは、好ましい形質をコードしたDNAを食料および飼料作物に導入するため、細胞および分子的な技術の応用が関わってきており、これは食料に対する世界的な要求事項を満たす上で伝統的な方法を強力に補完するものであることは明らかである。バイオテクノロジーの重要な側面は、幅広い形質へのアクセスを提供してくれることにあり、これらの形質は栄養的に向上した作物に対する需要を満たす上で役に立つ。モダンバイオテクノロジーを通じて開発された新品種は、これまで様々な用語で同定されてきた。これには遺伝子改変(GMあるいはGMO)、遺伝子操作(GEあるいはGEO)、トランスジェニック、バイオテック、リコンビナント、新規形質を有する植物(PNT)などがある。この考察においては、用語が簡潔であること、および広く一般に認められていることから、「GM」という用語を使用する。


前書き

 モダンバイオテクノロジー由来の初期の作物(遺伝子改変あるいはGM作物として知られるもの)の多くは、害虫あるいは病害耐性、除草剤耐性、あるいはこれらの形質を組み合わせた遺伝子コードを、ひとつかそれ以上導入することによって改変されたトウモロコシ、大豆、ジャガイモ、木綿の品種で構成されていた。人間の営為のいかなる分野においても、完璧な安全性は達成することができない目標であるということは広く認識されている。このことは食品や飼料など複合物質の摂取に関しては特に該当する。そのような作物由来の食品および飼料の安全性は、それゆえ、国際的に受け入れられた概念である「実質的同等性」を使用して確立された。この同等性安全性アセスメントの重要要素は、GM作物由来の食品あるいは飼料について、それが伝統的育種法で作られた対応物と同程度に安全であることを示すところにある。実質的同等性の原則の適用は、製品とそれと最も近似する従来からの対応物について、類似点およびすべての相違点を同定し、相違点に対して厳密な安全性アセスメントを実行することからなる。
 今日では、GM作物には、人間あるいは動物の栄養や健康の向上を意図した「品質形質」を有する植物もある。これらの作物(例:プロビタミンA含有の米、アミノ酸あるいは脂肪酸成分を改変したトウモロコシや大豆)は、植物の代謝および組成を改変することによって向上されているものが一般的である。これらの改変によって、定量的および定性的に複雑に変化した製品がもたらされる場合もある。食糧農業機関(FAO)、世界保健機構(WHO)、経済開発協力機構(OECD)が召集した専門家は、GM作物由来の食品および飼料の安全性を評価するうえで、実質的同等性の概念が強力な手法であることについて合意している。この結論は、すべての食品および飼料が、添加物およびその他の化学薬品に対して使用されている標準安全性アセスメント原則の対象とはされてはいないこと、またすべての供給源からの全食品の個々に関し、リスクの定量的アセスメントを達成することは不可能である、という認識に基づいている(FAO/WHO共同 バイオテクノロジーおよび食品安全性に関する専門家審議 1996年報告:既存の安全性アセスメント戦略およびガイドラインのレビュー、ローマ、イタリア)。
 実質的同等性は、安全性アセスメントから下された結論ではない。これは、商業化の前に、安全性アセスメントの根拠となる相違点を同定する手続きである。そのため、実質的同等性の概念を栄養学的に向上された製品に適用する際の必須事項は、安全性アセスメントが必要とされる生物学的あるいは毒性学的に有意な相違点を同定する上で、適切な方法および技術が使用可能であることである。各成分をあらかじめ同定することなく多くの成分について同時にスクリーニングができるプロファイリング法(例:メタボロミクス)は、この目的に貢献するものとなるだろう。そのような方法は、伝統的育種法および現代のバイオテクノロジーの双方に影響を受ける可能性がある代謝経路および相互作用について、洞察を提供してくれる可能性もある。プロファイリング法を使用する上での主な課題は、観察された相違点が、品種、成長、環境の因子と関連した自然のばらつきと区別することができるか否かを決定することにある。そのため、プロファイリング技術を規制枠組みの中で使用することできるようになる前に、その有効性を確認し、自然のばらつきにおけるベースライン範囲が明確に確立されなければならない。現在のところ、これらのプロファイリング法は、評価する必要がある成分の同定を補助する目的で、栄養的に向上した製品に対する主に予備スクリーニングとして有用となる可能性がある。
 2001年に、ILSI国際食品バイオテクノロジー委員会は、栄養改善されたGM製品の安全性および栄養評価に関する科学的基礎の枠組みを作成するため、タスクフォースおよび専門家作業部会を招集した。この作業部会は、人間および動物の栄養、食品組成、農業バイオテクノロジー、食品および飼料の安全性アセスメント、新規食品および飼料に関する世界的規制の分野を専門とする、主要な科学研究所からの人員によって構成された。さらに、文書を世界各地の専門家23名が検討し、さらに栄養改善された製品の安全性および栄養アセスメントの枠組みを作成し練り上げる上で、世界各地の利害関係者のより幅広い参画を促進するため、国際ワークショップが召集された。レビュー担当者およびワークショップ参加者は、食品科学者、植物バイオテクノロジー研究者、食品、飼料、環境の安全性に責任を持つ規制当局の科学者、人間用食品および動物飼料の栄養学者、食品毒性学者、食品、飼料、家畜、バイオテクノロジー産業からの代表、公益部門の科学者などである。
 その結果できた文書は、栄養品質が改善された作物の安全性および栄養上の作用を評価するための、科学的基礎および勧告を提供している。これには、そのような製品を記述する用語および定義が含まれており、また安全性および栄養上の課題でのキーポイントの同定、これらの課題に対処するうえで取り得るアプローチと方法が紹介されている。この文書を扱いやすいサイズにとどめるため、適用範囲は意図的に制限した。同文書は、機能性食品(すなわち、基本的な栄養上の必要を満たすことを越え、健康上で有益となる可能性があるものを提供してくれる食品)、健康あるいは薬理学的な有用性を主な目標とした食品あるいは飼料の形質、いくつかの改善された栄養形質を単一の作物に組み合わせた(すなわち、積み重ねた)作物に関する、安全性および栄養アセスメント手続きについては考察していない。
 また同文書は、これまでのGM作物の商業化に伴って得られるようになった広範な経験について考察し、栄養改善された製品関連特有の疑問や課題に焦点を当てている。この文書は、現在の科学原則を組み込むことを試み、これまでに持ち出された懸念を認識する、将来に目を向けたものである。特定の議論に直接舞い戻るための機会として使用されてはおらず、また環境に対する栄養改善された作物の安全性を評価するための科学原則および根拠を扱うものでもない。
 この文書の第1章では、現代の農業バイオテクノロジーの概要を提示している。第2章では、現在開発中あるいは考慮されている栄養改善作物の例について考察している。栄養改善された食品および飼料の安全性アセスメント手続きは、第3章で提示した。このアセスメントは、改善された農業的形質を有するGM作物で現在市販されているものに対して採用され成功してきている諸原則と手続きを基にして作成された。第4章は、栄養改善された食品作物の栄養アセスメント手続きに、また第5章では栄養改善された動物飼料に焦点を当てている。栄養改善された作物での予期されていなかったあるいは意図されていなかった変化を同定するための分析方法は、既に使用されているもの、開発中のものいずれについてもその概観を第6章で提示した。最後に、栄養改善されたGM作物に対する市販後のモニタリング戦略で考えられるものについて、その分析を第7章で提示した。
 一般ならびに技術的な問題に対する科学的および規制上の考慮点に関し、この文書が重要な参考文献として役立つことが我々の意図である。

背景

 広大な範囲での栽培を目的とした最初のGM作物は、農業的な特性を向上した品種で主に成り立っていた。これらの品種は、広く受け入れられ安全に栽培されており、ますます多くの国で大規模に使用されている。また人間や動物の栄養改善に焦点を当てたGM作物の新興タイプが、生まれつつある。これらの作物には、圃場試験段階にまで達しているか、または商業化に向けての規制承認手続きを進行させているものも多い。これらの栄養改善された作物は、栄養素欠乏を補い、食品および飼料の栄養価を向上させ、有用成分の強化を通じて健康を促進し、天然毒素、有毒代謝産物、アレルゲンの濃度を低下させ、加工処理を向上させ、食味を高めるために役立つ可能性を有している。この文書を扱いやすいサイズにとどめるため、適用範囲は意図的に制限した。文書は、機能性食品(すなわち、基本的な栄養上の必要を満たすことを越え、健康上で有益となる可能性があるものを提供してくれる食品)、健康あるいは薬理学的な有用性を主な目標とした食品あるいは飼料の形質、いくつかの改善された栄養形質を単一の作物に組み合わせた(すなわち、積み重ねた)作物に関する、安全性および栄養アセスメント手続きについては考察していない。
 古くは1263年に、英国議会は、「人間の身体に健全ではない」ものは、いかなるものも主食に添加することはできない、とする命令を発した。つまり、市場に導入される食品の安全性評価には、しっかり確立した歴史と手続きが、GM作物の導入以前にそれだけ長く存在しているわけである。栄養特性を改善された作物のアセスメントでは、これらの作物がどのように開発されたかに関わらず、動物あるいは人間の食料における必須栄養素の摂取が損なわれていないことを保証するため、これらのしっかりと確立された同じ原則および手続きに従うことができる。アセスメントの重要な目的は、意図された組成変化が健康に対する有害作用をもたらす可能性が高いか否かを決定することにある。この種の分析は、既にいくつかの国で組成変更された作物に対して適用されており、評価の諸原則は、すべての新規食品に適用することが可能である。この種の分析に対する科学的な手続きでは、分子生物学、タンパク質生化学、農学、植物育種、食品化学、栄養学、免疫学、毒性学を組み込んだ、学際的な総合アプローチが必要とされる。
 人間の営為のいかなる分野においても、完全な安全性は達成することができない目標であるということは広く認識されている。このことは食品や飼料など複合物質の摂取に関しては特に該当する。任意の食品あるいは飼料の安全な使用は、多くの場合、当該食品の一般的な使用に基づいた経験を通じてか、あるいは確立された科学的手続きに基づいて安全性を決定する専門家によって確立されてきた。1990年代をスタートとして、新規、特にGMの食品および飼料作物に適用されてきた基準は、これらのものが安全な使用の歴史のある適切な対応物と同程度に安全でなければならない、とするものであった。この同等性アセスメント手続き(実質的同等性の概念とも呼ばれる)は、新しく開発された食品あるいは飼料作物と、安全な使用の歴史を持つ伝統的な対応物との間で、類似点および相違点を同定する方法である。分析は次のことを評価する:(1)当該植物の農業的/形態学的特性、(2)多量栄養素および微量栄養素の組成ならびに重要な栄養分吸収阻害物質および毒性成分、(3)分子的特性および当該作物にとって新規なタンパク質の発現と安全性、(4)適切な動物モデルで従来の対応物と比較した、新規製品の毒性学的および栄養学的特性。新規作物と従来作物との間で見られた類似点は、さらなるアセスメントの対象とはならない。その理由として、これは、新たに開発された作物のこれらの面が、安全な摂取の歴史を持つ作物と同程度に安全である証拠を提供するからである。同定された相違点は、必要な場合には、安全性の問題あるいは懸念が存在するか否かを明確にするため、さらなる科学的手続きの対象となる。この手続きに従うことにより、GM作物に対する安全性アセスメントの戦略には科学的な堅牢性があることを過去10年間にわたって実証してきており、従来作物で得られるものと同等、あるいはいくつかの場合にはそれを上回るレベルで安全性の保証を提供している。50品種を越えるGM作物に対し、45か国で約3万件の圃場試験が行われてきている。同等性安全性アセスメントの手続きが持つ堅牢性を裏付けるものとして、過去10年間で累積3億ヘクタール以上にわたってGM作物が商業的に栽培されているが、人間あるいは動物への有害作用は報告されていないことが挙げられる。
 科学的機関(例:WHO、FAO、OECD、EU委員会、フランス医学会、米国科学アカデミー、毒性学会など)が、GM作物のアセスメント戦略に関して行った数多くの独立な評価では、今日のGM作物に対する現行の安全性アセスメント手続きは、人間あるいは動物の健康に対し著しいリスクが存在するか否かを決定する上で適切である、という結論を下している。そればかりか、GM作物に対しより精緻な技術を使用することにより、通常は検査を受けない従来法で育種された植物よりも、一層高度な安全性保証がGM作物に提供される可能性がある、とこれらの報告の多くが指摘している。例えば、2001年EC委員会報告(EC助成による遺伝子改変生物の安全性に対する調査:第5枠組みプログラム−外部諮問グループ、「GMO調査の大局」、「生活の質および生命資源の管理」プログラムに関する外部諮問グループ開催のワークショップ報告)では、ヨーロッパ全域からの400もの科学チームによる15年以上のバイオセイフティ調査を要約している。通常のリスクアセスメント手続きに従ったGM植物およびその製品に関する調査は、人間の健康あるいは環境に対し、従来の植物育種が持つ通常の不確実性を越えた新しいリスクをひとつも示していない、とこの研究は述べている。他の例は、毒性学会の2002年の見解表明である「バイオテクノロジーによって生産された遺伝子改変食品の安全性」で、そこではこの所見が支持されている。それゆえ、安全性評価において注意の焦点が向けられなければならないのは、その食品が生産された過程ではなく、食料製品そのものであると認識することが重要である。さらにこの文書は、毒性学会が、実質的同等性あるいは同等性アセスメントの概念をGM作物由来の食品に対する安全性アセスメントの一部として使用することを支持する、とも表明している。

アセスメント手続き
 農業的形質を改善されたGM作物由来の食品および飼料の安全性に関する評価で現在使用されている方法は、栄養が改善された作物にも直接適用することが可能である。導入されたDNAの配列および安定性を評価する分子学的特性の研究、および導入されたDNAが生産するすべての新規タンパク質に対する毒性およびアレルゲン性の可能性評価の調査は、その他のGM製品と同様に栄養改善された作物にも適用可能である。農業的に改善されたGM作物に対して行われる50以上の重要な組成物(例:一般成分、アミノ酸、脂肪酸、ビタミン、ミネラル、栄養吸収阻害物)に関する予想された変化あるいは予想外の変化を定量化する組成分析も、栄養改善されたGM作物に対して適切なものである。2001/2002年に、OECDは、特定作物の組成評価における分析物リストを発表したが、これには特定組成物に関する分析の必要性は、事例ごとに決定されなければならないという理解が伴っていた。組成分析は、多量栄養素、微量栄養素、栄養素吸収阻害因子、自然発生する毒物の濃度に関して情報を提供してくれる。従来法で育種された作物の組成に関する詳細な情報を含むデータベースが、国際生命科学協会(ILSI)によって作成され、www.cropcomposition.orgで入手できるようになっている。
 単一の安全性アセスメント調査はいずれも長所と短所があり、このことから、食料製品の安全性に関し、それがバイオテクノロジーを通じて開発されたものであろうが他の方法で開発されたものであろうが、これを評価するうえでいずれかの単一の調査で十分となることはまずありえない、という結論に導かれる。それゆえ、新しいGM作物由来の食品あるいは飼料製品が、従来の育種法によるこれと対応する作物由来の食品あるいは飼料と同程度に安全であるという結論に達するためには、作物の安全性および栄養アセスメントを構成する調査の総体的結果を考慮することが必要とされる。リスクアセスメントの強度は、単一の方法の感受性に依存するのみではなく、組み合わせられたすべての方法が提供する証拠の集合的な感受性および堅牢性にも依存している。

組成分析
 食品/飼料アセスメントで使用される基本的概念は、広範な国際的交流および共通見解を築く中で練り上げられてきた。重要な概念は、意図された新たな形質以外の変化が新規作物に発生したか否かを決定する必要性である。改変作物とその比較対照物との間における統計的な有意差が、人間あるいは動物の健康上に影響をもたらすかもしれない結果を意味するとは限らないが(つまり、差が生物学的に意味あるものではない可能性がある)、しかし事例ごとの判断でフォローアップアセスメントの必要性を示している可能性はある、と認識されている。また、意図されていない影響は、バイオテクノロジーを通じて導入された改変に限定されておらず、従来の育種中においても意図されない影響はしばしば発生する。それゆえ、植物ゲノムへのDNA導入がもたらす影響は、導入された形質が植物代謝を予想以外の方法で変更する可能性と同様、従来の育種法による植物で存在する自然のばらつきの文脈において評価されなければならない。
 詳細な農業的アセスメントは、意図されていない影響の同定に役立つ重要な方法のひとつである。農業的アセスメントは、植物全体のレベル(すなわち、形態学的表現型および収穫量などの農業的性能データ)で、意図されていない影響を評価する。代謝レベル(すなわち、生化学的表現型)で起こりうる変化に焦点を当てた特定成分の分析も、意図されていない影響を評価するための重要な手段である。栄養特性の変更を目的として特定の意図で作物が改変された場合、分析は、改変された同化経路や異化経路に関連する代謝産物の検討、およびそのような改変が関連経路の代謝産物に及ぼす影響の検討を含むものでなければならない。特定の代謝経路を直接的には改変しない栄養改善の場合、好ましい形質の作用機序に対する特別な注意が払われなければならない。そのような形質の例として、特定の必須アミノ酸がより高い濃度でもたらされるアミノ酸組成でタンパク質を発現する作物、あるいは他の好ましい機能的あるいは官能特性を持つ作物がある。
 予想される栄養改善された作物のタイプは多様であるため、各新製品の安全性および栄養アセスメントは、いずれの新規食品あるいは飼料にも適用できる同等性アセスメント原則と方法に基づいて、事例ごとにアプローチされなければならない。任意の栄養素に関する食事摂取量での有意な変化は、ここでは健康、成長、発育において意味を持った影響を及ぼす変化として定義されている。さらに、栄養素を強化された濃度で含有する食品および飼料の安全性アセスメントでは、当該食品あるいは飼料を人間あるいは動物が消費する頻度および量を考慮し、同様に問題の栄養素の安全性に関する既存の知識も考慮する。従来作物は組成において大幅にばらつきがあり、これは2001/2002年OECD共同見解文書およびILSI作物組成データベース(www.cropcomposition.org)で示唆されている。栄養改善された作物に対する従来品からの最も適切な比較対照物の決定では、慎重な考慮が必要とされる。いくつかの事例では、改変作物が比較対照物の直接的な代替物として使用される場合、改変された組成が栄養学的に与える影響のみを考慮して、遺伝子的に最も近接に関連した品種、あるいはほとんど同質遺伝子系統の品種が適切となる可能性がある。その他の事例では、栄養組成が大幅に改変されたために同じ作物の中では適切な比較物を同定することが不可能となった場合、他の食品に由来する特定の食品成分(例:特定の脂肪酸プロフィール)が比較対照物になる可能性もある。これらの状況では、アセスメントは、改変された作物の安全性と同様、当該食品あるいは飼料の計画された使用法および摂取量の文脈において、改変された栄養素濃度の安全性にも焦点を当てなければならない。当該植物の一部を人間が摂食し(例:穀物)、他の部分を動物が食する場合(例:まぐさ)、双方の組成分析は別個に実行される必要があり(例:種、種およびまぐさ、まぐさでの比較)、異なる結果が出る可能性もあることにも注意しなければならない。有効性の確認された定量化法を用いた特定成分の分析は、意図されていない変化が発生したか否かを評価するうえでこれからも中心的な方法となるだろう。

対象を特定しない方法
 対象を特定しない「プロファイリング」法は、GM作物での意図されていない影響の検出において、対象を特定した分析法を補完するものと将来はなる可能性がある。プロファイリング法の例としては、遺伝子発現(例:mRNA)の分析のための機能ゲノミクス、タンパク質分析のためのプロテオミクス、代謝産物分析のためのメタボロミクスなどがある。これらの方法は、複雑な代謝ネットワークに関する幅広い展望を、個々の植物組成あるいは経路での変化に関する特定の予備知識を必要とせずに提供してくれる。これらの技術は、伝統的育種法および現代のバイオテクノロジーの双方に影響を受ける可能性がある代謝経路および相互作用について、洞察を提供してくれる可能性を有している。意図されていない影響の同定を目的としてプロファイリング法を使用する上での主要な問題点は、観察された差異を、品種、生育、土壌、環境因子に由来する自然の定量的および定性的ばらつきから区別することができるか否かを決定することにある。言い換えれば、同定された差異が生物学的に意味のあるものであるか否かについて評価しなければならない。対象を特定しないプロファイリング法は、そのため意図されていない影響を同定するさらなる機会を提供してくれる可能性があるが、規制枠組みのなかで使用できるようになる前には、その目的に関するこれらの方法の有効性が確認されていなければならず、また自然のばらつきに関するベースラインでの範囲が明確に確立され検証されていなければならない。しかし、プロファイリング法は特定の代謝経路に対象を絞り、発現された遺伝子、タンパク質、代謝産物を同定することも可能であり、その後、これらの対象物に特定した定量分析法を用いて規制調査のために検証することができる。これらの方法は、関連した代謝経路において変化があったか否かを評価するためにも使用することができる。それゆえ、これらの方法は、製品の開発段階で有用となるかもしれない。その理由は、特定の栄養改善された製品で測定される必要のある正確な成分をこれらの方法が同定し、安全性アセスメント手続きの焦点を絞る手助けとなるからである。

動物試験の役割
 実験動物および特定対象の家畜種での給餌試験は、意図された改変が栄養学的に及ぼす影響を評価する上で有用となる可能性がある(例:導入形質の栄養価)。実験動物での調査は、安全性アセスメントの他の部分で観察されたことを確認するうえで有用な役割を果たし、それによりさらなる安全性保証を提供してくれる可能性がある。
 作物への意図された改変の安全性は、通常は、段階的なアプローチを使用して検査される。このアプローチは、アレルゲンおよび毒物との配列相同性に関するバイオインフォマティクスによる構造活性相関調査、その後に続く新規に発現されたタンパク質の消化性に関する生体外での測定および適切な動物種を用いた生体内での測定から構成される。この方法で評価される変化のタイプには、新規に発現したタンパク質、当該作物の向上した栄養品質において存在するすべての新規の代謝産物、当該作物で以前から存在していた代謝産物濃度の大幅な変動などがある。各新規作物への改変の種類は固有のものであるため、アセスメントのための特定の科学的手続きは、事例ごとに決定されなければならない。この目的から、既存のOECD毒性学検査プロトコルを適用することが可能である。いくつかの事例では、適切にデザインされた動物毒性調査は、安全性アセスメントに補足的な基準を提供してくれる可能性がある。しかし一般的に実験動物および対象を特定した家畜種でのこのような調査によって、対象を特定した分析が感受性を欠いていたために検出できなかった、組成における意図されていない微小な変化が明らかにされることはまずないだろう。
 農業的に向上した形質を有するGM作物で承認され商業化されたものを用いて、数え切れないほどの動物給餌試験が行われている。すべての公表された動物給餌試験は、GM作物由来の成分を給餌された動物の性能が、従来の対応物を給餌された動物の性能と同等であることを示している。そのため、複数種を用いた定期的給餌試験は、意図されていない組成変化のないGM作物に関する栄養および安全性アセスメントに対し、一般的にはほとんど寄与しない、と結論付けられている。
 動物の食餌として通常の組成物である作物(例:トウモロコシ、大豆、小麦)の動物給餌試験は、妥当であり意味がある可能性もあるが、ある種の食料製品(例:野菜、果物)の動物試験は、動物がこれらの製品を通常は消費しないため(例:人間はマカダミアナッツを何の問題もなく食べることができるが、犬に与えた場合、一過性の麻痺を惹起する)、さらなる問題を提供する。さらに、栄養改善された作物のいくつかは、比較対照物を選択する場合に、特別な問題を投げかける。これらの問題の例には、動物の性能を強化する栄養成分が増加されている作物、および好ましい栄養成分が他の目的のために抽出された後で食用副産物が残存する作物などがある。いくつかの事例では、最も適切な比較対照物は、栄養改善された作物と、その強化された栄養素(例:アミノ酸や脂肪酸)を精製された形で補った従来作物とが比較できる調製食である場合もあることに注目すべきである。
 動物試験は、栄養改善された作物に導入された形質の栄養価を検査するうえで役割を果たすこともある。栄養組成の分析は、食品および飼料の栄養価の評価における確固たる基盤を提供するが、栄養の利用可能性についての情報は提供してくれない。そのため、導入された特定の栄養の改変によっては、妥当な動物試験において栄養のバイオアベイラビリティを評価することが重要となる場合がある。栄養改善された各作物での意図された変化に応じて、いずれの動物試験が最も適切であるかが決定される。ILSIタスクフォースが作成中のバイオテクノロジーを通じて開発された栄養改善作物に対して適切な動物試験をデザインするためのガイドラインが注目されている。

市販後のモニタリング
 市販前のGM食品および飼料に関する安全性アセスメントは、食品の安全性を保証する科学的基本を提供し、一般的には市販後モニタリングの必要性を取り去る。GM作物由来の食品に適用された市販前安全性アセスメントの諸原則は、他の過程や方法を通じて改善されたその他の新規食品に適用されるものと同一である。これらの科学的手続きおよび諸原則は、GM作物由来の食品が、安全な使用および消費の歴史がある食品と同程度に安全であると結論するための基盤を提供する。市販後モニタリングは、食料製品の安全性や規制の承認を支持するうえで、通常の必須事項とはなってきていない。例外としては、市販前の食事による摂取量推定値について、安全性あるいは栄養学的影響を保証するために確認する必要が生じた2、3の特別な事例がある。例えば、いくつかの事例では、食品成分の市販前アセスメントにおいてそのような問題(例:オレストラ(ノンファットの調理用油)の消化管系副作用の可能性、アスパルテーム(人工甘味料)および植物性ステロールを強化されたイエローファットスプレッド(バターの代替物)の消費者摂取量の確認)が同定された場合に、新規(GMではなくとも)食品に対し、積極的な市販後モニタリングを規制当局が使用したことはある。
 人間の健康に有益な効果が期待される栄養改善された食品に関し、食事での摂取量推定値を確証する必要性がある場合には、市販後モニタリングが適切となることがある。市販後モニタリングは、人間の安全性あるいは健康に影響を及ぼす可能性があるエンドポイントと関連した科学主導の仮説に基づいたものでなければならない。有害事象あるいは長期的な健康への影響の可能性に関する調査、市販前の曝露推定値の確認、食事による摂取パターンでの変化の同定が、非常に特定された事例においては、市販後モニタリングプログラムを通じて仮説を検証することが適切となりうる例を示している。有効な仮説が無い場合には、GM(あるいは非GM)作物由来の定義されていない仮想有害事象に対する市販後モニタリングは実行不可能であり、市販前検査結果に何ものをも追加するものではなく、安全性アセスメント手続き全体に対する信頼を危うくする可能性もある。
 いずれの市販後モニタリング戦略でも、その成功は対象となる、あるいは影響をうける人口集団での曝露に関する正確な推定値に依存しており、また関心を向けられた特定結果を測定しそれを曝露と関連付ける能力に依存している。生産地から消費者にいたるトレーサビリティがなければならず、また交絡因子を管理する能力が必須である。そのため、食品供給網内での製品あるいは商品の使用、配送、目的地を評価するための適切な情報が利用可能でなければならない。栄養改善された製品の安全性および栄養品質は、その計画された使用およびその後の人間と動物の曝露並びに摂取という文脈の中でのみ、完全に評価することができる。例えば、特定の食品で脂肪酸などの食事成分レベルが増強されたことに対する曝露は、複数の供給源から由来する可能性がある総合的な食事での曝露の文脈において評価される必要性がある。これは事例ごとにおいて実行されなければならないが、分析そのものは複雑である必要はない。栄養およびその他の食事構成物に関する人間の摂取量評価の方法は、一人当たりの方法から、利用可能な食品消費データベースを使用するもの、あるいは直接的な消費者の食品消費調査まで幅広くある。分析は、原則的には、新規の食品成分および食品と飼料の添加物に適用されるものと異なるものではない。栄養素曝露の評価を複雑にさせる恐れがある他の因子として、人間の食事のばらつき、食事および食事での消費における世界各地での相違、そしてその結果である個人の栄養状態の幅広い分布がある。残念ながら、包括的な食事での摂取量に関する信頼できるデータは、数か国に関してのみ利用可能である。

結論および勧告

 人間あるいは動物の栄養改善に焦点を当てて開発された作物は、世界的な食料の保証に対処するための補助として、大きな将来性を有している。既に市場に導入されたGM食品および飼料の安全性を評価するために使用された既存の包括的な安全性および栄養アセスメントプロセスは、栄養改善された作物にも適切である。ただし、改善された栄養因子レベルの変化が人間の健康に及ぼす作用の可能性を評価するため、いくつかの補足調査が必要となるかもしれない。同等性アセスメント手続きは、新規の食品あるいは飼料作物と、安全な曝露の歴史がある従来の比較対応物との間で、類似点と相違点を同定する方法である。この手続きで発見された類似点は、さらなるアセスメントの対象とはならない。その理由として、これは、新規作物のこれらの面が、安全な摂取の歴史を持つ作物と同程度に安全である証拠を提供するからである。同定された相違点は、その後、さらなる科学的調査および評価の焦点となる。予想される栄養改善された製品の種類は広大であり、そのため、各新規製品の安全性および栄養アセスメントは、事例ごとのアプローチとならなければならない。栄養改善された作物の多くは、生合成あるいは異化経路を改変されており、そのような改変がこれらの経路またそれと関連する経路で代謝産物に及ぼす影響は、特定して慎重に検査されなければならない。意図されていない影響を検出する目的でのプロファイリング技術の使用は、いまだに限られている。これは、起こりうる製品特異的な変化と、品種、生育、環境因子に由来する自然のばらつきとを区別することが困難なためで、それゆえ自然のばらつきに関する情報を含んだデータベースの構築が優先事項である。これらのプロファイリング法は、栄養改善された特定の製品で測定されるべき特定成分を同定することにより、安全性アセスメント手続きの焦点を絞る補助となる予備スクリーニングとして役立つ可能性がある。導入された栄養の改変によっては、妥当な動物試験において栄養のバイオアベイラビリティを評価することが重要となる場合もある。意図された変更が栄養上でもたらす影響(例:導入形質の栄養価)を評価するうえで、また安全性アセスメントの他の部分での観察事項を確認し、それによりさらなる安全性保証を提供するうえで、動物試験は重要な役割を果たすことができる。必要であると考えられた市販後モニタリングは、いずれも、人間および動物の安全性と健康に影響を及ぼす可能性があるエンドポイントに関連した、科学主導の仮説に基づくものでなければならない。同定されたリスクがない場合には、栄養改善された(あるいはその他のいずれの)作物由来の食品に関する定義されていない有害事象に対する市販後モニタリングは、実際に実行不可能かつ不必要であり、市販前安全性手続きと矛盾し、その信頼を損なうものである。

勧告

1.
すべての栄養改善された食品および飼料は、これらの食品および飼料を開発するために使用された技術に関わらず、これらが人間および動物の栄養と健康に及ぼす影響の可能性について評価されなければならない。

勧告

2. 
栄養改善された食品あるいは飼料の安全性アセスメントは、新規食品あるいは飼料と、安全な使用の歴史を持つ適切な比較対照物との同等性アセスメントから開始されなければならない。

勧告

3. 
すべての栄養改善された新規作物品種の安全性および栄養アセスメントは、組成分析を含んでいなければならない。栄養成分が変更されたため、適切な比較対照物を同定することができない事例の場合、アセスメントは、当該食品あるいは飼料の計画された使用および摂取の文脈において、栄養素の改変された濃度に対する安全性に焦点を当てなければならない。

勧告

4. 
栄養改善された食品および飼料の安全性および栄養上の影響を評価するためには、当該製品の食事に関する計画された使用およびその後の食事での曝露の文脈で、事例ごとのデータを作成する必要がある。

勧告

5. 
対象を特定した組成分析の現行のアプローチが、栄養改善された作物の組成での変化の検出に勧告される。新しいプロファイリング技術を、複合代謝経路およびその相互連携を特徴付けるために適用することが可能である。これらのプロファイリング技術は、特定の栄養素あるいはその他の代謝産物に関する情報を得るために、対象を特定した方法で用いることも可能である。しかし、プロファイリング法を使用する前に、ベースラインのデータの収集が必要であり、プロファイリング法の有効性が確認され、世界的に調和されなければならない。

勧告

6. 
実験動物での調査は、安全性アセスメントの他の部分で観察されたことを確認するうえで有用な役割を果たし、それによりさらなる安全性保証を提供してくれる可能性がある。しかし実験動物および対象を特定した家畜での調査によって、対象を特定した分析が適切な感受性を欠いていたために検出できなかった、組成の意図されていない微小な変化が明らかにされることはまずないだろう。

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7. 
動物給餌試験は、改変作物、作物組成物、副産物の使用から期待することが可能な栄養上の特性を提示するため、対象となった動物種で実行されなければならない。

勧告

8. 
市販前アセスメントは、製品が市場に出る前に安全性および栄養上の問題を同定する。科学的に根拠のある健康に対する有害問題がある新製品は、いずれも市場に出ることはまずないだろう。栄養改善された食料製品の市販後モニタリングは、市販前流出アセスメントを検証するため、あるいは食事での摂取パターンの変化を同定するために役立つ場合がある。市販後モニタリングは、科学的に根拠のある検証可能な仮説が存在する場合か、市販前流出アセスメントを検証する目的でのみ、実行されるべきである。

ILSIについて

 国際生命科学協会(ILSI)は、1978年に設立された非営利の世界的財団であり、栄養、食品安全性、毒性学、リスクアセスメント、環境に関連した科学問題の理解を深めることを目標としている。またILSIは、これらの分野での世界的調和のための科学的基盤を提供することも目的として努力している。
  学会、政府、業界、一般部門から科学者を集めることで、ILSIは、一般公衆の健康に関する共通の関心事である諸問題を解決するためのバランスの取れたアプローチを求めている。
ILSIは本部をワシントンDCに置いている。ILSIの支部は、アルゼンチン、ブラジル、欧州、インド、日本、韓国、メキシコ、北アフリカおよび湾岸地域、北アメリカ、北アンデス、南アフリカ、南アンデス、東南アジア地域、中国連絡事務所、ILSI保健および環境科学研究所などがある。またILSIは、ILSI研究財団(ILSI人間栄養研究所およびILSIリスク科学研究所で構成される)およびILSI健康促進センターを通じて、業務を遂行している。ILSIは、業界、政府、財団から財政的援助を受けている。

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