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環境汚染に関する英国審議会
第13報告書

遺伝子操作生物の環境への放出

第1章 はじめに

利点とリスク

1.1 本報告書は、「遺伝子操作生物(genetic engineered organisms: GEO)の放出によって生じる環境問題について論じたものである。「生物」とは、動物、植物、微生物を問わず、あらゆる形態の生命に用いられる総合的な用語である。「遺伝子工学」は、生物のひとつまたはそれ以上の性質を変えるため、意図的に遺伝子を変化させることに関係している。「遺伝子操作」という用語が一般に普及しているが、これは「遺伝子工学」と同じ意味で使われたり、ときにはもっと厳密な意味で使われたりしている。本報告書では、ほかの文献などからの引用以外、「遺伝子工学」という用語に統一した。

1.2 遺伝子工学は、医学、産業、農業の質と効率に大きく貢献していくと考えられている。また、環境汚染の諸問題の解決に役立ち、新たな商品の開発にもつながっていくであろう。遺伝子工学の分野において、イギリスは、先端を担うだけのじゅうぶんな科学力を備えている。

1.3 技術的な革新をはかるさまざまな分野と同じく、潜在的な利益には潜在的なリスクがある。遺伝子工学に必然的に伴うリスク、また倫理にかかわる諸問題は、1970年代初頭にこの技術が現れて以来、ずっと議論され続けてきた。誕生した当初から、これほど熱心に潜在的リスクが論じられてきた新技術はほとんどないと言ってもよいだろう。そのうちのある部分は、この科学分野の性質にかかわっている。生命そのものといった、基本的な領域を科学者が操作し始めたという考えからは、当然の危惧が生まれてくる。また、生物と環境の関係が複雑化し、理解を超えたものになるという警戒もある。ひとつを変化させたことによって、誰にもわからない、広範囲の、長期的な影響をほかの生物におよぼしかねないからだ。遺伝子操作生物の放出が環境にもたらす重大な影響についての考察が、本レポートの骨子となっている。

本報告書が扱う範囲

1.4 遺伝子工学には広範囲にわたる問題が提起されている。本報告書では、次の事柄を取り上げていく。

遺伝子操作生物の放出によって生じる可能性がある環境への影響を検討する。
こうした環境への放出に伴うリスクを論じる。
リスクを同定、評価、最小化するための方法を考案する。

 このため、我々は自国および国際レベルでこの問題を考えると同時に、法的な側面も探っていった。本研究は、遺伝子操作生物の意図的放出にかかわる問題を中心にしているが、これらを扱う研究所や製造施設から偶発的に拡散する可能性についても論じていく。

1.5 現在の遺伝子工学における先端技術の多くは医学に応用されている。したがって、通常我々は医学および獣医学の問題は扱わないが、適当と思われるものは例として取り上げてある。

1.6 遺伝子工学技術は、倫理的、社会的、政治的な問題に発展している。たとえば、動物の繁栄に関すること、特定の作物種の積極的な導入により遺伝的多様性が失われる可能性、軍隊やテロリストに使われる可能性などである。これらについては、本レポートでも簡単に述べることとした。しかし、その他の重要な問題、たとえばヒト遺伝子治療、ヒト胎児研究、人類は新しい生命形態を創造していくべきか否かについては、環境汚染を扱う我々の範囲外のことになるので取り上げていない。

国際的な関心

1.7 遺伝子工学が自国の経済発展、環境保全、社会におよぼす影響について、多くの国々が研究を重ねている。欧州共同体と経済協力開発機構は、継続的なアプローチをしていくために、参加国用の法律制定とガイドライン作成を行っている。遺伝子工学技術と安全性の評価を推進するため、国際連合機関も協力している。

1.8 世界各国政府の関心のあり方は、遺伝子工学によって作られた生物の環境放出に対するそれぞれの考えを反映している。USAでは、地域的、全国的な活動が、いくつかの流出実験の実施を遅延もしくは阻止してきた。デンマークは遺伝子操作生物の環境放出を法令によって厳しくコントロールしており、また、西ドイツ議会に提出された報告は、遺伝子工学によって作られた特定の微生物の環境放出を一時停止するよう勧告している。イギリスなど多数の国家では、既存の方式や他の管理システムを補強するために、遺伝子操作生物の環境放出時に適用される独自の管理システムを導入している。

発展の規模

1.9 今後の数年間でどれくらいの環境放出がなされるか、確かな情報はない。しかし技術水準が一定のレベルに達し、特定の施設と限定的なフィールド・トライアルという実験段階を離れ、遺伝子操作生物製品が一般市場に出回って広く流通していくことはまちがいない。科学知識の追求のほかに商業的圧力も加わるため、遺伝子工学に起因する環境リスク評価のためのシステム作りが一層の重要性を増すといえよう。技術のほうが比較的簡単に、かつ安価ですむのに対し、これからの環境放出がもたらすリスクの評価は、長い時間がかかり費用も高額になるだろう。

規制に関する提案

1.10 こうした背景をふまえ、我々は、法規制の枠内で遺伝子操作生物の意図的放出に伴うリスクから環境を守るため、さまざまな提案を行ってきた。また、一般社会に最大限の情報を開示すること、遺伝子操作生物の偶発的な流出によるダメージを最小限に抑えることを目的とした提案も行っている。このため、ヨーロッパを中心に、国際的な開発の動向に注意をはらっている。さらに、遺伝子操作顧問委員会(Advisory Committee on Genetic Manipulation: ACGM)、とくにイギリスの安全衛生委員会(Health and Safety Commission: HSC)主催の国際規定小委員会(International Introduction Sub-Committee)が作成中の詳細な指針の完成を求めている。

1.11 我々は、遺伝子工学によって作られた生物の流出は、最初から適切な法的コントロール下で行われることが必要だと考えている。規制条項は、我々の知識の増加とともに修正を重ねていかなければならない。条項は変わるものだということを念頭におきつつ、次の章から、我々が勧める規制の枠組みについて述べていきたい。

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