序文
本書は、「バイオテクノロジー及び食品安全性のその他の側面に関して調査するように」とのG8首脳(1999年6月ケルン・サミット)の要請を受けてOECD 科学技術産業局 (DSTI)によりまとめられたものである。
このDSTI報告はG8の要請に対するOECDの完全回答の一部を成すものであり、その具体的な調査事項は1999年秋後半のOECD理事会で明確にされた。この回答は、環境局と食料農業水産局の調整の下、加盟国からの委員で構成される委員会により主として作成された5つの報告から成る。バイオテクノロジーに関する内部調整グループ(Internal Co-ordination Group on Biotechnology)の長、Michael Oborne氏がOECD回答の全体の調整役を務めた。沖縄G8サミット(2000年7月)において提出されたOECD文書の完全なリストをAnnex(付属文書)に添付した。これらの報告はウェブサイトhttp://www.oecd.org/subject/biotech/g8_docs.htmでも閲覧できる。
DSTIは、バイオテクノロジーと食品安全性の分野における発展を促すには一般社会、ならびに、市民社会を構成する各界の代表者とのコミュニケーションが重要であるとするOECD事務総長Donald Johnston氏や理事会の懸念にも応えている。
本書に掲載する報告は、市民社会の代表者(科学、ビジネス、産業、農業、労働、消費者および環境活動家)ならびに多数の発展途上国との2回に亘る協議について要約したものである。
1回目の「バイオテクノロージー及び食品安全性のその他の側面に関する非政府組織(NGO)とのOECD協議」は1999年11月20日に、2回目の「遺伝子改変食品に関する科学的・健康的側面に関するOECD会議」は英国政府の後援によりエジンバラで2000年2月28日〜3月1日に開催された。これらの報告は(OECDで作成された他の報告とは対照的に)加盟国政府の公式見解を代表するものではなく、市民社会の広範、かつ、時として相反する見解を反映し、意見の一致および不一致の領域を指摘し、遺伝子改変食品に関する論争の解決に向け前進することを試みている。参加者名は各会議についての詳細な情報とともに各ウェブサイト
http://www.oecd.org/subject/biotech/ngoconsultation.htm 及び
http://www.oecd.org/subject/biotech/edinburgh.htm
において掲載されている。
NGOとの協議のプログラムと組織の責任者はJean-Eric Aubert氏が勤めた。英国当局者とともにエジンバラ会議のプログラムと組織の責任者はバイオテクノロジー・ユニット長のSalomon Wald氏で、Stefan Michalowski氏、Johanne Newstead女史らが補佐を行った。Sonia Guiraud女史らは両会議において、欠くことのできない管理業務を担当した。
エジンバラ会議の議長報告はオックスフォードのJohn Krebs卿、同会議のラポター(書記)のまとめはロンドンのIain Gillespie氏とハーグのPeter Tindemansが執筆した。
遺伝子改変食品の科学的・健康的側面に関するOECDエジンバラ会議(2000年)
議長報告
はじめに
この会議には25カ国を超える国々から約400名の招待者が出席した。この会議の目的は、パネリストと聴衆双方を促して多様な意見を表明してもらうことであった。各セッションは短い発表に次いでパネリストからの発言、最後に聴衆からの発言の順で行われた。
発表者とパネリストは、遺伝子改変食品の支持者、反対者および中立者がほぼ同数を占めた。発表者は、出身国が発展途上国から先進国まで広範囲に亘り、主に科学者、規制当局者、NGO、業界代表者であった。
会議は遺伝子改変食品の安全性と人の健康に焦点を当てた。私は最初の挨拶の中で、この会議は食品と農業における遺伝子改変技術に関する議論のほんの一部であり、従って、バイオテクノロジーの将来に関する議論の一部にすぎないとの認識を示した。会議の中心は、前年の遺伝子改変に対する一般社会の反発の中で英国のNGOや国民の主な懸念である食品安全性にあったが、私としては倫理、環境の安全性、経済発展、知的財産の所有権など他の問題に関する論議も排除したくなかった。
会議は遺伝子改変食品の安全性の科学(消費者の態度に関する社会科学も含む)にも焦点を当てたが、私は非科学的な問題(価値観や信条など)も議論の対象とし、排除すべきではないことに同意した。
会議の目的は単なる合意を得ることではなく、意見一致の度合いが大きい分野、様々な意見がある分野、知識不足のために不確実な分野を明確にすることであった。遺伝子改変技術は従来の交配による遺伝子改変と根本的に異なるのか否かという基本的な問題でさえも参加者間の合意は得られなかった。
会議は3つのセクションに分かれた。
この短いまとめは会議についての私の印象を報告するものである。より詳細なまとめはラポターの報告に記されている。最終討議における発言、その後Eメールによる意見や運営委員から出された意見も考慮に入れている。
主な結論
食品の安全性
世界中(特に北米と中国)で多くの人々が遺伝子改変(GM)食品を摂取しているがピア・レビューを受けた科学文献において人の健康に対する悪影響は報告されていない。
理論的には、GM食品が市場に出て10年足らずであるため、人の健康に対する長期的な影響はまだ検出されていない可能性がある。
意志決定、評価および選択
将来、GM食品に関する政策決定も安全性評価もこれまでより包括的で開かれたものでなければならない。人々はどのように決定がなされたのかを知りたいし、意見を求められたいと望んでいる。このようなプロセスは疑念の払拭に役立つであろう。
とはいえ、話し合いの結果明らかとなる態度や信条をいかにGM食品安全性の評価とその情報伝達に組み込むべきかという問題については明確な結論が出なかった。多くの人々にとって、依然、安全性評価は本質的に技術的で科学的なプロセスなのである。
消費者は選択権を与えられるべきである。GM食品の表示は重要であるが、これをどこまで(例えば、GM派生物まで、GMを飼料とする動物まで)拡大すべきかについての合意は得られなかった。表示は食品ではなく作物がつくられるプロセスに対してなされることも重要である。多くの場合、食品自体は従来品と変らないからである。
GM食品の安全性評価
GM食品を含む新規食品の安全性評価には種々の証拠を必要とする。よく用いられる手段の一つが「実質的同等性」の概念である。この考え方の本質は,新規食品とすでに摂取されている食品との比較が新規食品の安全性を問う上でのベースとなるというものである。実質的同等性は,量的基準でもハードルでもなく,骨格となる考え方である。それは絶えず修正・更新されているが,この概念を用いて6年が経過した現在,更に詳細な見直しを行う時期が来ている。
他に2つの技術的な問題がある。
i)GM食品を含む新規食品の安全性評価を行う上で,(毒性試験以外の)動物への給餌試験の重要性について明確な合意がないこと。
ii)GM食品の毒性およびアレルゲン性を試験する方法を再検討する必要があること。
既存の国際機関は,食品安全性評価のための一貫性した標準や基準を設定すべく努力しており,その努力は賞賛に値する。現在,食品安全性に関する予防原則について国際的に討議が始まっているが,まだ,運用可能な形態として合意に至っていない。
開発途上国および先進国におけるGM技術
開発途上国からの演者らの大半は、GM技術が将来自国民の食料資源確保の一環として極めて重要であることを強調した。世界の人口の20%,土地面積の7%を占める中国ではGMが食糧生産においてすでに大きな役割を果たしている。アフリカや中南米からの発言者もその重要性を強調した。しかし,開発途上国における今後のGM技術の応用は,多国籍企業のニーズよりむしろ現地の人々のニーズに照準を合わせたものにすべきであるとの意見も表明された。
この最後の意見に鑑み,開発途上国のためのGM技術は,公的資金と民間資金の併用により推進されるべきであろう。
安全性評価の基準は全世界で一貫性があり高い水準であることが不可欠な一方で,開発途上国においてGM技術が強く求められていることは,一部の参加者による世界的モラトリアムの提案に大きな疑問を投げかけるものである。
第1世代のGM作物および食品は,先進国において消費者に直接的利益をほとんどもたらさなかったとされているが,品質,健康または価格の面で直接利点のある新製品が登場するにつれて認識が変るであろう。
食品安全面以外のGMに関する懸念
GM反対者の主な懸念は,食品安全性の側面よりむしろ,そもそも何故GM食品を生産するのかという幅広い疑問に関わるものであった。開発途上国の発言者のほとんどは,GM技術が将来の食糧生産に不可欠であると強く主張したが,ヨーロッパや北米のNGO参加者の一部がこれに反論し,再配分,貯蔵中の損失防止の強化等により世界の食糧不足を解決すべきであると主張した。また,開発途上国における政策決定や議論への市民の関与を改善すべきであると指摘し、開発途上国の参加者の一部も同様の意見を述べた。
GM農業についての第2の懸念は,環境への潜在的影響であった。これまで多くの圃場試験が行われており,また,大規模なGM作物の作付けが行われている地域もあるが,環境に対する影響の評価が十分になされていない。特に,生物多様性が豊かな熱帯地方において不十分である。
前進のための道
エジンバラ会議の最も重要な側面は,GM食品に関するあらゆる立場の意見が出されたにもかかわらず,合意分野があったことである。意見の不一致、または、情報不足による不確実性のある問題を特定できたばかりでなく、科学的分析の対象となる問題と政治的要因,信条および価値観にかかわる問題とを切り離すことができた。詳細はラポターの報告に示されている。
この会議は,GM食品および農業に関する世界的な議論の新たな出発点をなすものであり、一部の主要な問題について代表者間で議論するという包括的なアプローチがとられた。そして、残りの議論についてもこのプロセスを継続すべきとの考えが支持された。
そこで,私は,エジンバラで始まったこのプロセスを継続するために,国際フォーラムの設置を薦めた。このようなフォーラムの目的は,GM技術に関する科学的知識による評価の現状を政府に提供し,この評価を社会の幅広い関心と関連付けて行うことである。
グローバルな評価のモデルとして,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)がある。このパネルは、各国政府が気候科学における世界中の専門知識の利用を可能にし、情報を提供するが政策立案は行わない。また、最新の多数派意見だけでなく少数派の科学的見解も示し、定期的に報告を更新している。
私が提案するフォーラムは,IPCCとの類似点もあるが,科学者だけでなく他の利害関係者も含める。
以下はどうようなフォーラムにしていくかについての提案である。
まとめ
提案されたこのフォーラムは,食品と農業におけるGM技術のグローバルな討論と評価を可能にすることにより,2つの重要な機能を果たす。
第1に,フォーラムは,新しいGM技術の発展に伴って、そのリスクと利益に関する最高の科学的分析を可能し、各国政府に適切な専門的助言を提供する。この助言は,最新の多数派意見のみならず、広範な科学的意見や不確実性も考慮に入れる。
第2に,フォーラムは,技術の発展,政策,市民の懸念および願望の関係について理解を深めることができよう。これは,純粋な科学的分析を超えてフォーラムの幅を広げ,私がエジンバラ会議に関連して言及した広範な問題を含めることによって達成されるであろう。
この2つの目的を達成する方法は複数ある。一つは,科学的評価を行うために、科学者が率いるが、他の利害関係者も含む専門家パネルを設ける方法である。このような専門家パネルの報告書原案は,エジンバラ会議のように科学以外の問題も討論の対象となる、もっと広範なフォーラムの討議の基礎として用いることができよう。また、専門家パネルはこのような広範な討論をふまえてその報告書を修正することもできよう。
私は,フォーラムの詳細な仕組みよりビジョンを描きたかったので、実施の詳細事項は意図的に他者に任せることとした。
| John Krebs オックスフォード 2000年3月 |
OECD遺伝子改変食品の科学、健康の側面に関するエジンバラ会議
ラポーター報告書
本報告書は、エジンバラ会議期間中に話し合われた実体的内容と将来の議論の進方に関する共通の認識について、2人のラポーターの見解を報告するものである。
エジンバラ会議では、様々な背景を持つ400名の参加者が一堂に会した。会議の目的は食品、作物分野のGM技術を社会の必要性に照らし、応用することの是非、方法論について共通の見解を得る事にあった。
焦点は現在食品で使用されている何十ものGM作物の安全性である。環境、貿易、開発のへの影響、倫理的、社会的懸念に付いては、充分な討論はされていないが、完全に別個の問題とすることは出来ず、ヒエラルキーをつけることも出来ない。しかし、追跡可能な分析をするためには、先の諸問題は個別に検討すべきである。
本会議では、GM食品のリスク、便益の評価に対する様々なアプローチについて、多様な見解が発表・精査された。様々な関係者、特に政府、業界、研究者、規制当局、国民の間に信頼を再構築するため、対策を取る必要がある、という点に強力な意見の一致を見た。
会議結果の要約
数多くの点については、参加者の全会一致とまでは行かずとも、大多数の意見の一致が得られた。当然、意見の対立する争点も沢山あった。入手可能な証拠の解釈の違いであることもあれば、より根本的なところでの意見の相違も見られた。更には、現在、知識が欠落しているために、意見の一致、不一致を明解に出来ない点もあった。
意見の一致が得られた点
社会がいかにGM食品に対処すべきかを検討するためには、研究所、工場、圃場の関係者を含め、より幅広い議論を行うべきである。議論は、今以上の開放性、透明性、包括性を持って、行われるべきである。開放性、透明性は、政策過程でも必要である。消費者、市民など、一般の国民は、知る権利を持つだけでなく、妥当な意見を持っており、その意見は適切な場で発言し、理解を得、意思決定・政策決定の過程でも、相応の重みを持って、反映されて然るべきである。
多くの消費者は、すでにGM食品を食しているが、必ずしも、それを知っているとは限らない。これまで、GM食品を食することで、人間の健康に悪影響を及ぼすと報告するピアレビュウを経た科学的文献は登場していない。
実質的同等性の概念、予防的アプローチの一種などを国際的に一貫性を持って採用するといったこれまでのリスクアセスメントの概念・慣行は、貴重な手段であったし、これからも定期的にオープンレビューを行う限り有効である。
GM食品の便益とリスクの双方を評価すべきである。GM食品は、明らかに、途上国に真の便益をもたらす可能性を秘めている。しかし、その可能性はまだ充分に実現されておらず、この技術が適切な条件に置かれて初めて充分に実現される。世界の食物生産にとって、質、量ともに、人口成長・貧困が真の課題である。しかし、GMバイオテクノロジーが、その増大する食品需要に対する全面的解答にはならない。あくまでも、部分的解決策に過ぎない。
先進国の消費者は、第一世代のGM食品製品の便益を今だ、充分に理解していない。便益としては、食品価格の低下、場合によっては、健康上の便益、たとえば、農家による殺虫剤や発癌性薬品の使用率の低下、といったことが考えられる。しかし、現在までのところ、消費者にとって具体的な便益の定量化は示されていない。いわゆる第二世代のGM食品製品になれば、もっとはっきりした形の健康上の便益を提供することが出来るようになろう。
この議論をどの様に進めていくべきか、過去の経験から重要な教訓を学ぶことが出来るだろう。
GM食品作物において、抗生物質耐性マーカー遺伝子の使用を続けることは、充分な代替品も存在する以上、不要なことである。今後、段階的に使用停止すべきである。種子を故意に不稔性にするような技術は、特に最貧国で、使える種子品種に選択の余地のない場合、使ってならない、という点には広く意見の一致を見た。しかし、遺伝的封じ込め(genetic containment)を目的とする「ターミネーター」遺伝子の使用に関しては、便利で安全な手段として、広く認められている。
GM食品の潜在的便益を、一番必要とする人達に提供するためには、公共部門と民間部門の間にパートナーシップを醸成しなければならない。官、民、双方の資金を統合し、技術的ノウハウ、技術移転、地域の知識の統括を行うべきである。
消費者には選択が出来る様にすべきである。そのためには、製品の製造法に関する情報が必要である。消費者が選択出来るように、表示を行うことは価値あることだという点は、殆ど全参加者の認識が一致した。
意見の一致が見られなかった点
参加者の中には、GM食品のヒトの健康の側面を、他の幅広い争点、環境、貿易、社会経済の要因への影響や、人々の信仰体系などと不可分のものと捕らえている人もいるが、様々な潜在的影響を評価するには個別・具体的な方法を取るべきだと考える人もいる。
遺伝子改変を植物品種改良の道具の開発の延長線上にあるものと考える人もいる。その人達は、GMは、単に道のりを一歩先に進むことだ、単に、強力な一歩だと、とらえている。
しかし、そのほかの人達は、遺伝子改変は、新しい作物を産み出す方法論の根本的変動であると考え、それゆえに、新規の安全性評価法が必要だと考える。
動物用飼料のGM食品が動物、もしくはヒトに対し、問題となるか、という点でも意見は分かれる。GM食品のリスク・便益について、どのレベルの機関が判断すべきかに付いては、コンセンサスはまだない。GM技術とその製品の開発、販売、使用に世界的な枠組が好ましいとする考え方と、国家主権を強力に主張し、リスク・便益の判断は各国家に委ねるべきと言う考え方がある。GM食品に、世界の農業に果たすべき長期的役割があるや否かに付いても、同様に意見が分かれる。
GM食品に関する消費者の不安をどう評価すべきか、という点では、詳細な方法論はいまだ意見の一致はない。
GM物質(GM material)の追跡可能性(traceability)が必要かどうか、という点も議論を呼んでいる。それは、先験的リスク評価を補完するに不可欠である、という意見もあるが、リスク評価を充分に向上させれば市販後調査は回避できるという主張もある(その実施可能性は今だ未知数である)。
現在の知識の欠如
社会がどのようにリスクを取扱うべきか、を決定する過程は「開放性、透明性、包括性」を持つべきで、科学的不確実性をはっきりと認め、社会の懸念を当然、考慮すべきである、というところは、意見の一致があるようだが、実際これを如何にして担保するか、という点に付いてはコンセンサスが得られていない。
GM食品が、ヒトの健康や労働者の安全性(生産時の暴露の結果として)へどんな長期的な潜在的影響を与えるかという点は、今だ定かではない。
毒性や、アレルギー性(たとえば、遺伝子改変の間に、未知のアレルゲンが種を越えて、移入する可能性)の現在の試験法は、不確実性をはらんでおり、改善が必要である。
長期的環境への影響、潜在的な生態系との相互作用、生物の多様性へのインパクトに関しも、まだ不確実性である。殆どの圃場実験(field trail)は温帯地域で行われてきたので、熱帯地域でのインパクトは特に不確実である。
動物の肥育試験は、安全性についての補完的な保証とはなる場合もあるが、GM食品に関しては、適切か、有用かは分からない。
前進のための可能性
争点を整理し、はっきりと提示するために、重要な点については、以下の項目のもと討議を行った。
便益対リスク:第一のバランス
一つのGM食品の便益とリスクの間のトレードオフは、世界の地域によって、また、経済体制によって−最貧国から、新興経済圏、移行期にある諸国、完全な先進国まで−異なる意味を持つ。同一の地域であっても、人口のセグメントが異なれば、そのバランスは異なる。特に最貧国では、人口成長が続いており、より大量の、もっと栄養価の高い食品を必要としている。配分の問題は、現実的な問題であり、収穫後の損失もまた、現実的な問題である。しかし、消費者のための安価な食品の現地生産をおりこまない戦略が奏効すると想定するのは現実的ではない。
新規技術を判断するにあたって、今日の農業が将来の需要を満たす可能性は、かなり厳しいという点も念頭に置くべきである。都心の開発に伴い、耕作可能な土地は減ってきており、生産性の伸びも頭打ちとなっている(一つには、伝統的育種技術の潜在性が低迷してきていることによる)。GM技術が適切な条件のもとで開発されれば、解決策を提供できる可能性は高い。ただし、GM技術も、バイオテクノロジーも自ずと限度があり、途上国へ充分な量の、必要な栄養価を持つ食品を供給する解決策を全て提供するものではない。幅広い領域での政策措置が必要である。GM技術は、貧困を根源的に根絶する努力に取って代わるものではない。
GM食品に基づく経口ワクチンや栄養補助製品は、大きな便益をもたらす可能性を持っている。他の技術も利用可能であると思われるが、バイオテクノロジーは、短期的、中期的には、最貧国へ妥当なコストで、実施可能な選択肢を増やすことになるかもしれない。
その実現のためは、途上国のニーズに高い優先順位をつけるベく、研究開発の方向性を再検討することが必要になろう。だからと言って、個人、社会のレベルで、「許容できる」リスクとは何か、という判断まで、変えなければならないと言う事ではない。途上国がGM技術を利用するという選択をするのであれば、あらゆる側面で、厳正な安全対策が必要であり、それは先進国の場合とまったく同じである。また、GM製品を使う国の状況の中で、リスク分析を実施する能力が確保される様、あらゆる諸国が特別な努力を行わなければならない。しかし、最終的には、便益とリスクのバランスについては、社会が異なれば、判断も異なるこということになるのかもしれない。
高度先進国では、中心の争点は、別の点にある。生産者は、効率化と企業利益に関心があるが、環境への影響も低減しようとする。しかし、消費者にとって、具体的な便益、すなわち、価格の低下、健康リスクの低減(殺虫剤や発癌性薬品への暴露の低減によるもの)、健康の増進などはごく僅かだ、と考えられる。例外としては、GM食品がある特定の人口セグメントの特別な食事上の問題に対処する場合がある。高齢者の感染症に対する抵抗性を強化した食べられるワクチンや、栄養強化食品の開発などがその例である。そのような製品(いわゆる栄養薬品nutraceuticals)の安全性を如何に評価すべきか、特に、新しい食品よりも、医薬品の評価に近いものとすべきかどうか、という問題は、未解決である。
世界の消費者は、どの地域でも、GM食品を消費するかどうかを選択する機会を与えられるべきである(可能である限り)、という点に付いては、殆ど完全なコンセンサスが得られた。その目標達成のための表示義務は、広く支持されたが、全面的な支持ではない。
表示によって、選択が出来るかもしれないが、それだけで、ヒトの健康にGM食品が長期的に有益な、または有害な効果をもたらすかどうかの疑問に答えるものではない。適切な試験、調査がその目的のためには必要である。食物連鎖全体でGM食品を追跡することは必要か、実行可能か、といった点には更なる検討が必要である。
また、GM食品や作物が、生態系の持続可能性、さらにより一般的には社会、経済へどのような影響を持つか、(たとえば、農業の構造、農村地域の将来、バイオテクノロジー産業の市場の集中に関する懸念。)を調べるため、差別型アプローチ(differentiated
approach)が必要である。特に、生態系の持続可能性への影響を評価するためには、長期的なデータ収集が必要だが、それ自体、今だ存在しない。伝統的作物品種と意味のある比較を行うべきである。インパクトは、当然、国・地域によって、異なるものとなる。この問題はさらなる研究をすべきであり、長期的研究計画から得るところが多いだろう。
GM技術の管理
ヒトの活動のどんな分野であれ、永遠に全てのリスクを回避することはできない。課題は起こりうるリスクを科学的に調査し、充分な予防措置を取ることにある。我々は、社会に向けて、リスク評価について充分に伝えなければならない。許容範囲を如何に決定したのかに明解に示さなければならない。許容範囲について決定をした後、実効性を持つ措置やリスクの管理をするため、国民の信頼を得られる体制を構築しなければならない。
もちろん、常時監視を行う必要がある。どの新規技術も、自然の様々な側面を、異なる組み合わせで活用するので、定期的に試験手技や手順を見なおし、必要に応じてさらに開発して行く必要がある。しかし、新規の製品とその生産技術のリスク・便益の評価をするときは、既存技術の製品と比較をすべきであり、単に、絶対評価のみを行うべきではない。
現在の状況は以下のように要約することができよう。健康問題については、毒性、アレルギー性試験は過去も現在も行われている。これまでのところ、有意な毒性、アレルギー性を示すものはない。ピアレビュウを経て、ヒトの健康への有害影響を報告する臨床試験や疫学のデータは出ていない。影響が許容範囲を越えた可能性が示唆された場合もこれまであったが、現在の体制の中でそのような製品を特定し、市場での販売を阻止できた。しかし、現在のところ、遺伝的改変が未知のアレルゲンの移入につながるかどうかは、定かではない、という例からも明かであるように、警戒をし、手順の高度化のため、努力を継続しなければならない。
GM作物の圃場試験(field trial)は、明かな有害事象もなく行われ、これまで遭遇したような特定の条件下では、リスクは管理可能だということを示唆している、との認識がある。しかし、試験の大半は少なくとも安全性の面ではある程度は評価が行われたものの、殆どの試験は温帯地域で行われた。このような試験の監視を強化し、新規及び既存作物の一般公開前の評価作業をもっと行うべきである。これは,GM作物を栽培することになる環境下で行うべきである。
現代のGM技術は、単に遺伝子転移の方法が進歩する新たな一歩にすぎないのかどうか、という点は意見が分かれるところである。初期の品種改良技術から、細胞技術を使った品種改良、分子レベルでの最新の介入方法まで、全て一連の連続性の上にあると考える人もいるが、GM技術はこれまで存在したものとは根本的に異なるものだと考える人もいる。しかし、開放性、透明性、包括性を持ったリスク評価、管理、意見交換の体系が不可欠である、という点では、全員の意見は一致する。
一般の食品安全に対処すべく、各国がこれまで作ってきたリスク評価、管理、意見交換の体系(1)とその実施法は、最近より一層の精査の対象となっている。単にGM問題が注目されているだけではなく、国民が健康と安全性問題への不安と、環境、社会−経済、倫理問題の論点との分離をさせることができず、ことをさらに複雑にしている。
(1)リスク評価、管理、意見交換の三点は、社会がリスクに対応する際に不可欠のものである、ということには、一般的に意見は一致する。これら全ての側面を指して、われわれは「リスク取り扱いの社会的過程」また、単に「リスク取扱」という。
GM食品、作物に使われている具体的評価方法も、リスク評価、管理、意見交換の全体的体系も、双方とも批判の対象となっている。しかし、リスク取扱の体系を改善すべきであるというコンセンサスはあるものの、これまで知見やその他の実験で現れた予期せぬ事象に対処して取られた対応の中で得られた証拠の範囲では、実際のリスクレベルが上がってはいない。一般的には、実験担当者は、対処方法を向上させてきている。我々の知る範囲では、これまで作られてきた仕組みで、このような予期せぬ事象に対処できているし、対処の役割分担もできている。その対応とは、問題を科学に戻し、追加試験を要求し、規制当局に動いてもらう、といったことだ。現実の問題としては、抗生物質耐性マーカー遺伝子の使用を段階的に停止させるという、今や一般的にコンセンサスと認められている点である。
現在の課題は、リスク取扱体系をいかに監視し、調整していくか、そして、予期せぬ事象に対応し、科学的不確実性を扱うか、だけでなく、GM食品や作物に関する社会の幅広い疑問点を扱い、規制当局の信頼性を回復して行くことができるか、という点である。
このためには、健康、環境への有害事象の可能性について、査定をする方法論を定期的に見直し、元々の目的に合致するものであるかを判断しなければならない。会議では、具体的な行動のため、多くの提案がなされた。
・現在、GM製品に行われている毒性、アレルギー性試験は、標的作物植物ではなく、組換え微生物に発現した遺伝子産物を用いている。このやり方を見なおし、予測手段として、動物試験を行うことの是非、有用性を考えるべきだという主張がある。
・アレルギー性に対して用いられているディシジョンツリー(GM食品に固有のものではない)に今すぐにでも、改良を加え、in vivo と in vitroの試験が含まれるようにしなければならない。
・実質的同等性の原理を再検討すべきである。OECDは、この五年間の使用経験をもとに、この概念を常に検討してきた。しかし、本会議は、もっと根本的な再評価が必要である、という見解である。透明性のある再評価を実施するには、様々な利益団体の参加が必要であるが、その方法論を決定するには、この分野の様々な国際機関、すなわち、新しいCodex Alimentarius Task Force、OECD、FAO、WHOが関わる必要がある。理想的には、2年以内に、この再評価を完了し、結果を発表すべきである。
・生物安全性に関するカルタヘナ議定書に掲げられたリスク評価の予防的アプローチの概念は、リスク評価、管理体制に関して、消費者、国民、特別利益団体、研究者らが求めている新規のアプローチを取り込む実践的な方法となりうる。
リスク分析の体系を構築するにあたり、尤度に応じて、リスクを分類するのがよいだろう。たとえば、リスクに確率を割り当てる(経験的に、推定が可能であれば)、仮説上の、と表示する(理論的には存在するが、確率を推定するデータがない場合)、推測の、と指定する(説得力のある理論的基盤はないが、将来のR&Dが是非必要と考えられる場合)。
安全性評価に用いられる方法・原理の再検討は、自動的に規制の増加・強化を意味するものではない。最終的判断を下すためには、便益の評価も同様に重要である、という結論に広い支持が集まった。規制は、技術を使用する国・地域の状況の中で、潜在的リスクと便益のバランスを取らねばならない。これは、政策決定の問題であり、規制の対価も考慮に入れなければならない。
健康のリスク評価は、環境の場合よりも変動幅がずっと狭い。環境リスク・便益評価は、ほぼ間違いなく、相当に地域的、現地特有の要因を考慮せねばならない。評価結果は、ある環境と、また別の環境の間では、移転できないこともある。健康のリスク評価は、より普遍的なものであり、医薬品の規制の国際的アプローチにおいても、その認識をもとに、異なる国で得られた結果を一貫性があるものとし、共有を許可している。消費のパターンは大幅に異なり、基本的健康、栄養水準も差があるだろうが、一般的には、場所に拘らず、同じ食品はヒトに対して、同じような影響を及ぼすだろう。
最終的に、本会議では、この問題について、リスク評価体系は、透明性を持ち、情報を提供し(監視、研究の結果などについて)、様々な関係者の包括的参加があって、初めて、一般の信頼を得ることができると結論付けた。その後、関係者の見解をいかに政策決定の過程に反映させるのかについて明解にする必要がある。
受益関係者の役割
上述の課題に取り組むためには、各政府からの主要なコミットメントが必要である。長期的に国内、または、地球規模の農業のニーズに関連して、研究開発に高い優先順位をつけるのは特に困難であろう。
新規のGM技術のリスクと便益について、一般の議論に、さらなる包括的参加を促すこともまた、困難であろう。本会議は、独立機関による科学的アドバイスは、それがたとえ一般に受け入れられている考えとは反対のものであっても、完全にオープンな過程の中で果たすべき役割は大きい、と考える。
各国政府、科学者ら、の双方が、明解な、分かりやすい、関連性のある情報を国民にもっと提供すべきである。だからといって、科学者の言うことを全て、額面通りに鵜呑みにすべきではなく、最終的な判断をする時に、科学的議論だけを考慮すべきではないが、もとより政治家の仕事である意志決定には、最善の利用可能な科学的アドバイスを供すべきである。また、科学者は科学の世界の中での仕組みに関わるだけでなく、より幅広い国民に向けた仕組みにも参加をし、定期的に科学的知識を再評価し、不確実な分野を特定・縮小すべきである。
不安を持つ消費者に、GM食品の安全性評価には何も隠すべきことはない、と納得してもらえるよう、情報へもっとオープンにアクセスできるようにしなければならない。安全性評価や圃場監視(field monitoring)、市販後調査のデータは、現在考えられているよりも、もっと幅広く、容易に利用可能にすべきである。これは、現在は民間部門の内部資料となっている広範なデータもできる限り開放しようとするものである。これを実現させるのは、産業界、学界、政府にとっては大変困難なことである。
一般の国民の関与を如何にして促進するかという点については、利益団体が中心となった事例、独立機関による事例、など、様々な国、地域から、良い事例報告があった。この実際の経験をベースとして、社会・自然科学者が協力すれば、開放性、透明性、包括性を持った分析、意思決定のより良い過程を構築する方法論を決定し、国民からの信頼を回復することにつながるかもしれない。多くの団体には妥当な意見、経験があり、たとえば農家は様々な世界の経済圏に関して、多岐にわたる考え・懸念を持っており、参考にすべきである。
国民の幸福のため、各国政府は産業界と定期的に作業を進めている。農業分野のGM技術は官−民の協力をもっと高められる余裕のある分野だと考えられている。民間部門はGM技術の開発、販売に大きな役割を果たすので、議論に参加すべきである。しかし、バイオテクノロジーを含め、技術開発・普及を、全て商業的利益を求める条件下で行うことは不可能であり、不適切であるので、民間部門に依存するばかりでは、GM食品の持てる可能性を十分に育成することはできない。官−民のパートナーシップをさらに高める余地はまだ相当ある。
リスク評価についても同様のことが言える。同等のデータ、リスク評価、共同の国際的公的資金による研究をもっと共有すれば、有効性のあるリスク分析をするための全体的コスト負担を低減できるかもしれない。コストの増大は、産業界の集中を促すことになる可能性がある。
官−民のパートナーシップが効果的に複数の利害関係を充足させるためには、権利問題をより絶妙に扱うことが必要である。たとえば、特許権と植物品種保護権の間にどうやってバランスを取るのか、という問題は、慎重に評価・考慮すべきである。数多くの官−民共同事業の中で、農家や途上国の政府機関が広く利用している作物の知的所有権を特別免除とする措置や、GM技術を共有する一般的政策などが提案されている。適切な機関が、現行の取極めを見なおし、上記のような懸念に対し、衡平な解決策を作る、という作業は、現在も継続しており、さらに、強く推進すべきである。GM食品、作物に関する論争を鎮めるためにも必要である。同様に、企業、農家、育種家(breeder)の間の、責任問題も、解決しなければならない。
将来へ向けての国際的取り組み
これは、すでに、FAO、WHO、OECD、CGIAR、ILSI など数多くの国際機関がかなりの活動を推進している分野である。今年初め、モントリオールで、生物安全性に関するカルタヘナ議定書(Cartagena Protocol on Biosafety)が合意された。新規の国際的構想は、既存の団体・枠組の中では現在、または将来、効果を上げられない分野で、付加価値・補完性を提供できるものでなければならない。
詳細なレベルでは、三叉構造の国際的取組みが全体としての行動の鍵となる可能性がある。
しかし、この技術の活用を最大化し、リスクを最小化する為には、これまで述べた現在進行中、または、提案中の様々な取組みを全て、編み上げて行くことのできる、全体に及ぶ何らかの国際的構想がもう一つ必要である。
いずれにせよ、本会議で、少なくとも、国際的議論が始まった。これは、この先も継続し、拡大し、国際的政策決定の場に、情報提供を試みて行かねばならない。科学的不確実性が内在すること、将来への道を求め広範な分野から参加者を得るべきこと、といった点は、気候変動に関する現在の議論にも似ている。その意味では、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が一つのモデルとなる可能性がある。
会議直後の次なる段階としては、政治的意志があれば、様々な国際機関やこの分野の先端を行く各国政府が、GM食品に関わる問題の議論をする継続的専門家会議を設立する可能性について検討するフィージビリティスタディを短期間の内に実施できるだろう。
| エジンバラにて 2000年3月 イアン・ジルスパイア ピーター・ティンデマンス |
OECD遺伝子改変食品の科学、健康の側面に関するエディンバラ会議
会議プログラム
2000年2月28日―3月1日
場所:エディンバラ国際会議センター
出席者:招聘者のみ。世界各国の学界、消費者、その他の利益団体、産業界、国際機関、OECD政府代表、報道機関から、約400名の参加者に限定。
目的:
本会議の目的は、多岐にわたる参加者が一同に介しGM食品の特に科学的側面、及びヒトの健康の問題に関し建設的対話を行うことにある。一連の包括的でバランスの取れた発表、ならびに率直な意見の交換を介して、以下の問題点についての解答を模索する;
食品の遺伝子改変は、現在、市民、政府の関心の的となっているが、遺伝子、分子生物学、関連分野の進歩のなかで実用化に伴なって生じている、相互に関連する一連の争点のうちのひとつに過ぎない。本会議での中心的テーマはGM食品のヒトの健康に対する影響であるが、これは他の重要な争点にも緊密な結びつきがある。たとえば、環境、国民経済、国際貿易への影響、文化的、倫理的問題点、などである。本会議では、これらの話題を除外するものではないが、ヒトの健康問題を強調することで、焦点の定まった建設的な議論が行われ、有益な成果をもたらすことが期待される。
本会議は、OECD閣僚からの委任(mandate)および、G8先進諸国の指導者らの要請を受け、バイオテクノロジーと食品安全性の特定の側面について、検討をし、報告をするOECDの作業計画の一環として行われるものである。本会議の報告書は、今年、G8代表者へ提出される。
会議の形式:
発表及び討論は3つの主題に関して行われる:「遺伝子改変と食品生産」「GM食品とヒトの健康」「規制の枠組みと消費者の関与」。各セッションでは、パネルによる回答、全体討論が行われる。
最終日には、会議としての結論をまとめる。ラポーターは、各セッションで指摘された重要な点について要約を発表し、引き続き、会議参加者がさらにその問題点について討議する機会を得る。会議の議長による全体の報告は、OECDのウェブサイトwww.oecd.org/subject/biotech/edinburgh.htmにおいて公表される。