Viggo Mohr教授
ノルウェー
ノルウェー技術研究所 トロンドハイム大学 バイオテクノロジー部
序文
養殖魚におよぼすモダンバイオテクノロジーの影響は、疑いなく広範である。この分野でのバイオテクノロジーの適用、特に遺伝子操作は、生態学結果、産物の安全性、消費者受容性に関連する多数の疑問をひきだす可能性がある。
ノルウェーでは、遺伝子操作で改変された生物を水産養殖産業で生産生物として使わないことは明確な政策である。ノルウェーの関連で、現代のバイオテクノロジーは、主に従来の育種プログラムでのツールとサポートとして、病気を診断し戦う効率的な方法として、高品質の水産養殖産物を確実にする手段として使われている。さらに現代のバイオテクノロジーはもちろん、水生生物が関与する基礎的な生物学研究で重要な役割を果たしている。
以上の観点を背景として、特に産物品質と安全性に関連する疑問について、ノルウェーの経験をベースとする水産養殖の進歩の一部を明らかにしたい。
ノルウェーの水産養殖
ノルウェーの水産養殖は主に養殖魚として、特に大西洋サケ、salmo salarの産生を意味する。この企業の発展は見事である。生産は、1970年の数百mTから1991年の約160,000mTに増加し、このことは、ノルウェーが現在世界中で養殖サケの最大の生産国であることを意味する。好ましい自然および生物条件を提供する長い海岸線、適切な飼料の安定した供給、効率的な下部構造そして最終的に実際の経験と基礎および応用研究に基づく著しいノウハウの蓄積などいくつかの要素がこの結果に貢献している。
サケ生産は一連の段階が関与する。産卵するサケから生じる卵の受精にはじまり、孵化と淡水を使うタンクでの稚魚から2年魚への成長、約1年から1年半の全期間を終えた後、2年魚を海の開放囲いに移す。サケは通常1-2年間生産囲いで成長、生育することが可能となり、その後屠殺される、その時点で体重は3 - 5 kgに達していると思われる。産物は、鮮魚、氷漬けもしくは冷凍サケとしてもっぱら輸出される。
将来、サケ生産囲いを現在使われている囲い水から、良好な水循環と交換設備を装備した露天水域に移行する明確な傾向があることか認められる。同時に生産囲いのサイズを拡大する可能性がある。飼料のこぼれを調整し汚染を軽減するために、囲いを閉鎖することもある。魚密度が低くて、大きくて深い囲いは魚の健康の観点と環境理由から有利だと考えられる。さらに、魚疾患と寄生虫の広がりは、このシステムの適用により減少することが期待される。
水産養殖に採用される動物種の範囲は確実に広がるであろう。ノルウェーでの将来の候補魚は、とりわけ、タラ、オヒョウ、ヒラメ、ナマズ、エビ、ホタテ貝である。水産養殖に関するこれらの種の一部を育てる研究は、実用化に近い段階に達し確約されている。囲い中の集中生産をベースとする養殖のほか、海牧場、すなわち海での飼育、放出、生育とそのあとの海洋生物の捕獲に基づく計画に発展するであろう。ノルウェーでは、タラ、サケ、マス、エビなどの海牧場を対象とする大規模試験が現在行われている。
育種と遺伝子
広範な選択と育種プログラムは、ノルウェー養殖魚産業の成長の重要なベースである。プログラムは、経済的に重要な遺伝的形質に関する属間、属内選択についての体系的大規模計画を含む。このような形質はもともと、サケとニジマスにおける成長率、飼料変換効率、生残率、初期性的成熟の低下として規定される。プログラムは何年間も従来の畜産業で存在したプログラムと類似している。
プログラムはノルウェー水産養殖で用いられた大西洋サケ株(stock of atlantic salmon)で、かなりの遺伝子改善が認められ、産業の経済生産に著しく貢献している。選択と育種プログラムは存続するであろう。上記の傾向に加えて、病気抵抗性の増加は、サケの場合は主な目標である。さらに、切り身の脂肪量、肉の色素化、胴弁の筋肉の厚さと量、体の形など品質特性に及ぶ傾向は、選択計画の中に含まれるであろう。育種プログラムには、これらのパラメータが選択されるという明らかな遺伝学的証拠がある。
産物品質
遺伝子と育種のほかに、養殖魚、とりわけサケの品質におよぼす給餌と飼料組成の影響についてかなりの情報が蓄積されている。
サケ科の魚は、従来の家畜よりもエネルギーとたんぱく質を効率的に利用している。試験は、サケ科の魚のたんぱく含量は、比較的飼料の影響を受けないことを示している。他方、脂肪含量は、多くの方法で影響され、特に飼料強度、飼料の脂肪含量に影響されている。屠殺前の適切な期間に、後者のパラメータを調節することによって、切り身の脂肪含量に作用し、ある程度、組成と脂肪分布に影響を及ぼすことは可能である。
給餌は魚の脂肪組成に著しく影響する。オメガ3脂肪酸が豊富な飼料を供給することにより、適切な条件下で、養殖魚サケ中の該脂肪酸の比率を50%上昇させることができる。この可能性は、ヒトの栄養と健康におけるオメガ3脂肪酸の重要性にかんがみ、著しい関心を喚起している。飼料組成は別の重要な品質特性、すなわち魚の色に影響する。サケの天然色素はカロチノイドアスタキサンチンである。サケはアスタキサンチンを合成することができない。アスタキサンチンは色素が豊富な飼料、たとえばエビ殻を与えることにより、また合成アスタキサンチンあるいは密接な関連がある化合物カンタキサンチンを投与することにより供給しなければならない。
最終的な目標は、もちろん、育種もしくは給餌を通じて、市場の要求を満たす品質仕様に合わせた養殖魚を作ることである。サケの栄養価値と感覚品質にある程度まで影響を及ぼすことは可能であるが、道のりは長い。将来の見通しは絶対に有望であるが、進歩には遺伝学、栄養、食物学におよぶかなりの研究努力が必要である。ノルウェーでは、品質保証システムが、特に飼料組成についてだけでなく、産物品質の領域でも、ますます採用される件数が増えている。
魚の疾患
養殖魚の集中生産は、通常囲い中の魚の高密度に関与する。これは、集中養殖魚に関係するほとんどの他の国と同様に、ノルウェーにもあてはまる。魚の高密度は病気の発生と伝染の大きな原因になる。疾病の発生に関する重要な他の要素は、魚の栄養状態と養殖魚プラント相互の位置である。
病害対策は、実際の養殖魚に重要で必要な部分である。ノルウェーでは、ビブリオ症、いわゆる水ビブリオ症、せつ腫症の3つの細菌疾患が企業にとっては特に重要である。魚の細菌疾患治療では抗生物質、特にオキシテトラサイクリンが日常的に使われ、最近ではオキソリン酸などキノロンが使われる。ある魚寄生虫は、生産囲いの汚染などのように大きな問題を生じる。最後に、毒素を産生する藻のブルームは、影響をうけた養殖魚プラントで高い死亡率を生じた。しかし、これらの藻で形成された毒素は、魚の肉に蓄積されないようである。
ノルウェーではかなりの努力が、有効なワクチンの開発により魚の病害対策にむけられた。この戦略は非常に成功したことが証明された。ビブリオ症と冷水ビブリオ症に対して、効果的なワクチンが存在する。ワクチンは現在ノルウェーの会社で生産される。これらのワクチンをベースとして、大規模2年魚ワクチン接種プログラムが実行された。結果として、ビブリオ症と冷水ビブリオ症の発生率は著しく減少し、最も重要なことであるが疾患を抑制するのに必要な抗生物質の量が著しく減少した。
多くの努力が、現在、せつ腫症に対する効果的なワクチンの開発に向けられている。寄生虫と汚染を抑制するのに用いられる毒物の代わりを見つけることが試みられている。さらに、適切な飼料の供給、囲い中の魚密度の低下、養殖魚プラントの最適地理的分布の選択など、魚の健康改善に貢献する栄養と環境因子に対する関心が高まっている。
産物安全性対策
食物安全性の2つの面は、養殖魚に関連して、特に注目されている。主な関心は、産物中の薬剤と化学製品の残留物を検出する可能性である。食物衛生の観点から、養殖魚に特異な問題を生じるかどうかを確証することが重要であった。
養殖魚での薬剤残留物の抑制に、また不良品が市場に出るのを防止するために、ノルウェーでは精密なシステムが採用された。計画は、農業省管轄の獣医当局と、漁業省管轄の漁業本部の検疫実験サービスとの間に共同で提起された。
病気の発生と処方薬剤の品質と種類とに関連するすべてのデータは、国内データベースに保管されている。投薬を受けた魚は屠殺前に検査しなければならない。薬剤残留物が産物に検出された場合、屠殺は許可されない。薬剤残留物のスクリーニングプログラムは無作為サンプリングをベースとしてつくられ、その結果、高度の産物安全性が維持されているというさらなる確証が得られる。
養殖魚に関連して特に懸念される病原体は、低温度で真空パックの産物に生育するものである。最も重要な生物は、疑いなく、リステリア単球遺伝子である。養殖魚産物にこの病原体がないことを確実にする研究が現在ノルウェーで進行中である。HACCP研究方法(危害分析重要管理点)は、このような計画のベースとして採用された。リステリア単球遺伝子に加えて、ボツリヌス菌E型とアエロモナス細菌は注意と監視を要する。厳しい政府査察によって保証される屠殺中に良好な衛生状態が、維持されている場合、Cボツリヌス菌E型は問題を生じない。これまで感染症例が報告されていないので、親水性はノルウェーでは直接的な危険とは考えられない。
結論
養殖魚分野における動物衛生、病害対策、産物品質の実証の重要性に対する意識が国際的に高まっている。特定分野で多くのことを達成しなければならないが、ノルウェーにおける水産養殖の20年の経験は、産物安全性では養殖魚が高水準を維持していることを示している。
水産養殖企業は、将来かなりの成長を示す可能性がある。同時に水産養殖に採用する種類の範囲は、間違いなく広がるであろう。栄養価と感覚特性については品質は改善され、増大する市場の要求に合わせて調整されることが明示されている。
養殖魚産業の発展におけるバイオテクノロジー、特に遺伝子操作の役割は、現在不明である。少なくとも食品生産に関する遺伝子改変生物の適用に関する限り、影響はおそらく近い将来に制限されるであろう。
ノルウェーで養殖魚から得た経験をベースとして、モダンバイオテクノロジーは、おもに従来の育種プログラムのツールとサポートとして、病気を診断し戦うのに効率的な方法として、産物品質と安全性を確保する手段としての使用法を見出す可能性がある。バイオテクノロジーは水生生物の飼料として、また商業的にも科学的にも利益を生む海洋バイオケミカルへの手段として、特に適したタンパク質と脂質を供給するのにますます重要な役割を果たすと思われる。最後に、バイオテクノロジーは、もちろん、水生生物の生物学を解明することを目指す基礎研究になくてはならないツールとなるであろう。
謝辞
Dr Erlend Austreng, Akvaforsk, As, Ms Gro Johnsen Norconserv ,Stavanger, オスロ ノルウェ獣医大学のMagne Yudestad教授に、トロンドハイムのノルウェー漁業研究委員会Mr
Rolf Giskeodegand とMsBjorg Ulsakerに情報と助言をいただけたことを感謝します。