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エグゼクティブ・サマリー

序論

 本レポートは、ILSIアレルギー・免疫学研究所(AII)が国際食品バイオテクノロジー協議会(IFBC)と共同で作成したものである。AIIはアレルギーと免疫学の分野、中でも食品アレルギーの診断・治療法と予防・制御方法について理解を深めるための研究や学術的プログラムを後援している科学団体である。IFBCは1988年の設立以来、遺伝子組換え技術により生産された食品の安全性に関する科学的な課題について取り組んでおり、1990年には「バイオテクノロジーと食品:遺伝子組換え技術を用いて生産された食品の安全性確保のために(Biotechnologies and Food:Assuring the Safety of Foods Produced by Genetic Modification)」を出版している(RegulatoryToxicology and Pharmacology, Vol.12,No.3, Part 2)。
 現代のバイオテクノロジー、特に遺伝子組換えや遺伝子導入など最新の技術によって作られる食品の安全性は、科学的な原則に則って評価されるべきであり、この1990年のIFBC報告書はそうした原則に関する意見を代表するものである。遺伝子組換え食品の安全性評価についてのこれまでの議論において同報告書は広く引用されてきたが、アレルギーに関しては、それがバイオテクノロジーによって生産される食品の安全性評価に関係するにもかかわらず、問題が複雑かつ特殊すぎるという理由で議論されていない。本レポートにおいてAIIとIFBCは、食品アレルギー及び食品アレルゲンが遺伝子組換え技術を用いた植物の新品種開発に関係していることを特に考慮し、この問題についての考察を行うとともに、食用植物に導入されうる遺伝子産物の潜在的アレルゲン性の評価方法を提案する。ただし、遺伝子改変された微生物・動物用飼料についての議論はここではされておらず、また、グルテン過敏性腸症(セリアック症)も特にとりあげられていない。
 本レポートの作成に当たっては、関連分野の専門家、例えばアレルギー学、食品科学、食品の安全性に関する政策やバイテク製品開発に携わる80名以上の方々に事前にコピーを送り意見を求めた。これに対して約35の有益なコメントが寄せられ、指摘の多かった点については内容を変更した。なお本レポートは、バイオテクノロジー及び食品業界関係者、一般大衆、規制官公庁とあらゆる政府関係者を主要な読者として想定している。
 このエグゼクティブ・サマリーでは、本レポートが扱う主な課題とAII・IFBCの提案する方策について、また、遺伝子改変された食品と食品原料が受容される際の判断基準について、以下にその要旨を述べる。

食物アレルギー
 本レポートにおいてI型と定義するIgE仲介型の食品アレルギー反応に苦しむ人の数が、成人人口の1−2%と推定される。どの食品がアレルゲンとして最も問題になるかはその地域の食習慣によって異なるが、世界的に見れば、もっとも一般的なアレルギー食品は、卵・牛乳・魚・甲殻類・ピーナッツ・大豆・小麦・ナッツ類であるというのが大方の認識であろう。牛乳や卵などの食品に対するアレルギーは子供には高い頻度で認められるが、成長に伴い寛解することが多い。アトピー症状を起こす人に見られるアレルギーのうちの90%以上はこれら一般的なアレルギー食品に引き起こされるものであるが、臨床報告を調査した結果、そのほかにも160以上の食品もしくは食品に類する物質がアレルギーの発症に関係しており、その中には、主要穀物、油料種子、野菜あるいはビールやチョコレートのような加工食品も含まれている。
 多くの場合は、食物アレルギーは口唇部の痛みあるいは下痢など、不快という程度の症状にとどまるが、ある特定の食物(例えばピーナッツ)に非常に感受性が高い人の場合、気管支痙攣、窒息、吐き気、嘔吐、血圧の低下などの重篤なアナフィラキシー反応が起こり、その食物の摂取が生命の危険につながることもある。摂取されるアレルゲンがごく微量であっても感受性が高い人が反応が起こすことを示す詳細な報告は多数あり、これらの人々は総じてアレルギーを起こす食物を摂取しないよう細心の注意を払っている。それゆえ、一般的な食物アレルゲンを含む加工食品の適切な表示は、アレルギー症状を持つ消費者が食事をする上で重要である。

在来の食物と従来の遺伝子改変方法における食品アレルギー問題
 殆どすべての食物アレルゲンは蛋白質であり、主要食品の原料となる事が多い穀物類には数万種類もの蛋白質が含まれる。その蛋白質組成は、植物体の部位により著しく異なり、気候や病虫害など環境的な因子によっても大きな影響を受ける可能性がある。また、多くの育種家は作物の品種改良のために野生近縁種との交配を日常的に行っており、それによっても蛋白質の種類が更に多様化している可能性がある。
 我々の日常の食生活で摂取される蛋白質の多様さと量を考えれば、アレルゲン蛋白質はそのうちのごくわずかでしかない。従来の作物改良の手法によって我々が摂取する食品の蛋白質組成が変わることはまれであり、それによって主要な食品の潜在的アレルゲン性が影響を受ける可能性は、もし仮にあったとしても、ごくわずかである。一方、食物に対する嗜好の変化が新たなアレルギーをもたらす原因となる可能性は非常に高い。例えば、ピーナッツに対するアレルギーは欧米では非常に頻繁に起こっているが日本ではそうではないし、逆に米に対するアレルギーは日本で多いが欧米では希であり、この違いはその食品の摂取量の違いを反映している。また、キウィフルーツのアレルギーのように、最近になって導入された新たな食品が新規の食物アレルギーを起こす要因となることもわかってきた。これらのことから、日常供給される食品中に潜在的にアレルゲン性をもつものは多くないが、時として新規のアレルギー食品が外部から市場に導入される事がわかる。

最新バイオテクノロジーの応用
 バイオテクノロジーの最新技術は、食糧供給事情を改善する大きな可能性を秘めている。収量・利用の可能性・栄養の質が大きく改善される可能性があり、そうした作物の例として、害虫に対し抵抗性をもつトウモロコシ、より栄養学的に優れた油が搾油できるダイズなどがある。遺伝子組換え技術による特定遺伝子の分離や組み込みは、従来の品種改良で起こる遺伝子のランダムな組換えに比べて遥かに局所的かつ正確である。しかし、ある作物から別の作物に遺伝子を移動させたり、あるいはこれまで食物として利用されていない生物から遺伝子を作物に導入すると、ある遺伝子が主要な作物に導入された、食物間でアレルゲンも同時に移動するのではないか、また、導入される蛋白質があまり食経験のないものであれば、この導入遺伝子による蛋白質が新たなアレルゲン性を持っている可能性はないのかとの恐れを抱かせることにもなる。アレルゲン蛋白質の同定およびそれらが遺伝子改変により食物に導入されるリスクを最小限にする一助として、本レポートでは安全性評価の手法を提案する。

最新バイオテクノロジーの応用により生産される食品の安全性評価
 遺伝子組換えで開発された新しい植物品種を用いた食品に関し、その潜在的アレルゲン性を合理的に評価する手法として、本レポートでは段階的に評価を行う慎重な方法を提案する。ここで提案するのは判断樹を用いた方法で、導入された遺伝子の起源、既知アレルゲン遺伝子とのアミノ酸配列上の相同性、in vitro および in vivo での免疫学的分析結果について評価を行うほか、導入された遺伝子産物の物理化学的特性についても検討する。これらの総合的評価によって、新品種を用いた食品の安全性が従来から利用されているものと同等であることが公正に確認され、万一アレルゲンが導入された場合には適正な表示を行うことでアレルギーをもつ消費者がそれを摂取するのを避けられることをここでは強調しておきたい。

 判断樹ではまず導入される遺伝子の起源について注目し、それが 1)一般的なアレルギー食品か 2)一般的ではないアレルギー食品、もしくは食品以外の既知アレルゲン素材か 3)アレルギー性に関する報告例がない素材か、を分類する。
 アレルゲン性評価の第一段階として、全ての導入遺伝子についてそのアミノ酸配列に既知アレルゲンとの著しい免疫学的相同性がないかどうかを検討するため、あらゆる既知アレルゲンが登録されているデータベースを用いたスクリーニングが行われる。T細胞結合エピトープの長さに関する知見に基づき、本レポートではそれらの配列上に、隣接する最低8アミノ酸の一致がみられる場合アレルギー発現の可能性があるとみなし、その遺伝子産物についての更に詳しい試験を求める。本レポートではこの方法の限界を指摘しながらも、アレルゲン性の予見にあたって十分効果的なスクリーニング方法であると結論している。またこの分析法の普及の為、本レポートにはアレルゲンになりうると報告されている198の食品・非食品蛋白質のアミノ酸配列リストが併せて掲載されている。これらは公的に利用可能なデータベースから引用されており、新たなアレルゲンが同定されれば、その都度更新されるものと予想される。

一般的なアレルギー食品
 ほとんどのアレルギー食品には主要アレルゲンと副次的アレルゲンの両方が存在し、食品アレルギーのほとんどは、一般的なアレルギー食品に含まれる一種もしくはそれ以上の主要アレルゲンに対して感受性が高いために反応が起きている。ここで主要アレルゲンとは、感受性が高い人の50%以上が反応するものを指し、副次的アレルゲンはそれ以下のものを指す。一般的なアレルギー食品に由来する遺伝子産物がその食品に感受性を示す人にとって主要アレルゲンかどうかを統計的に有意な方法で判断するには、臨床試験用試料(血清など)及び被験者が必要である。本レポートでは、一般的なアレルギー食品に由来する新しい遺伝子をもつ食品については、一連の固相イムノアッセイを行うことを提唱している(例えば in vitro radioallergosorbent test (RAST)あるいはRAST阻害テスト、もしくはEnzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) など)。ここで提案するのは、遺伝子の由来する食品に感受性が高いと報告されている最低14人の被験者から免疫血清を得て、それぞれの組換え食品について試験を行う方法である。この方法によると、99.9%以上の確率で主要アレルゲンを、また95%以上の確率で感受性の高い人のうちの20%以上が反応する副次的アレルゲンを検出することができる。in vitro 試験で陽性の結果が出た場合、その導入蛋白質がアレルゲンである恐れがある。in vivo 試験でアレルギーが発現しなかったとしてもその可能性が否定されるわけではないので、1992年のFDAの方針に基づき、その新規導入遺伝子を含む食品は導入遺伝子の由来を明示することが要求される(「新植物品種から生産される食品に関する方針声明」連邦官報 57:22984−23005)。固相イムノアッセイの試験結果が陰性あるいはあいまいな場合は、最低14人の被験者による in vivo 皮膚刺激試験を行う。ここで陽性結果が出た場合も、上述の in vitro 試験の場合と同様の危険が懸念されるため、その食品への表示が求められる。これらの試験でいずれも陽性反応が見られない場合その食品にはアレルゲンが含まれないように思われるが、本レポートは万全を期す為に、更に最低14人の被験者を用いた二重盲検食品感作試験(DBPCFC)を行うことを勧めている。このDBPCFCだけはその実施に当たって、Institutional Review Boardの認可を得るべきである。DBPCFCにおいても何ら反応が見られない場合は、導入された遺伝子の素材となった一般的アレルギー食品からのアレルゲンが移った可能性はほとんどなく、こうした食品に関しては導入遺伝子の由来の表示を求める科学的根拠は存在しない。

アレルギー頻度の低い食品アレルゲンまたはその他の既知アレルゲン
 AIIおよびIFBCは、非一般的アレルギー食品に由来する遺伝子を評価する場合に一般的アレルギー食品と同様の厳しい基準を適用することは必ずしも妥当でないと考えている。本レポートが勧告する評価方法は、最低14人の感受性被験者の血清を用いた免疫学的分析であり、結果が陽性であれば、その蛋白質の由来に関して情報表示することを求める科学的根拠があるとするものである。しかしここに掲載される多くの非一般的アレルゲンの場合、それらに感受性の高い被験者の血清を入手することは極めて困難である。したがって、5名以内の被験者の血清でしか試験が実施できず(この場合の主要アレルゲンを検出できる可能性は95%未満)かつすべての結果が陰性の場合、その遺伝子産物についての物理化学的評価試験が行われる。遺伝子産物のアレルギー性について試験を進めることにより、非一般的アレルギー食物を代表する血清のライブラリー化が促進され、その結果、血清の入手はより容易になる事が期待される。5名以上の被験者の血清が入手でき、かつ陽性反応が見られない場合は導入遺伝子の由来を表示せねばならない科学的根拠がないとみなし、そうした食品はその遺伝子産物に関する表示をせずに市場に導入できる。

 主要アレルゲンの多くは消化や通常の食品加工工程の条件に対して安定である。したがってある遺伝子産物がそうした環境下で安定でないことがわかれば、それがアレルゲンであるとは考えにくく、逆に、消化や熱変性に対する耐性が高い蛋白質は食品アレルゲンである可能性が大きい。これらのことから、本レポートは固相イムノアッセイを5人未満の血清でしか検査できなかった非一般的アレルギー性食品由来の遺伝子産物については、in vitro での胃液による消化試験と、その食品に対して通常行われる加工条件下での安定性評価を行うことを提言している。もしその遺伝子産物が消化や通常の食品加工に対して安定でないなら、その導入遺伝子についての表示をせねばならない科学的根拠はなく、その食品は遺伝子産物に関する表示をせずに市場導入すべきである。一方、遺伝子産物が消化や加工条件に対し安定であることが判明した場合、開発者は適当な規制当局と討議の上、今後の方策を決定すべきである。なお、主要食品アレルゲンのほとんどが食品中に高濃度に存在することからわかるように、その遺伝子産物の食品中における濃度はその際に考慮せねばならない項目の一つである。

アレルギー性に関する報告例がない素材
 アレルギー性に関する報告例がない素材に由来する遺伝子産物の評価は、アミノ酸配列に関する比較から始まることになる。導入蛋白質について、既知アレルゲンがすべて登録されているデータベースを用いてスクリーニングを行い、免疫学的にそのアミノ酸配列に既知アレルゲンとの著しい相同性がないかどうかを検討する。アミノ酸配列に既知アレルゲンとの著しい相同性がある遺伝子産物を含む食品の場合、先に述べた「非一般的なアレルギー食品またはその他の既知アレルゲン素材に由来する遺伝子産物を導入された食品」の場合と同様の手順で安全性評価を行う。既知アレルゲンとの相同性が確認されなかった遺伝子産物についてはさらに物理化学的評価試験を行い、その結果アレルゲン性がなければ表示を必要とする科学的根拠がないと結論する。
 その遺伝子産物のアミノ酸配列に既知アレルゲンとの著しい相同性がない場合でも、消化や加工条件に対する高い安定性が認められた場合は、開発者は適当な規制当局の助言を受けるべきである。
 AIIとIFBCは、遺伝子産物のアレルギー性に関する評価のための動物実験系についても検討を行い、本レポートでは、動物モデルはアレルギー発病の機構やさらに詳しい研究をするのに有用であっても、ヒトにおける潜在的なアレルギー発病の可能性を広く予測できるような信頼性の高いモデルは現時点ではないと結論している。

 ここで記述される科学的根拠に基づく判断樹を用いた方法は、遺伝子導入で作られた作物の品種改良に関連する新品種の潜在的アレルゲン性を評価するものであり、一連の評価の過程で得られるすべてのデータを比較考慮することでその潜在的アレルゲン性を判断するものである。この手法で得られた評価を用いて、組換えによる新品種の植物から作られた食品は、何世紀もの間伝統的な育種技術で開発されてきた植物から作られたものと同等の信頼性を持って市場に導入できる。

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