図1 染色体サイクル
G1期の染色体は,S期(DNA合成期)に複製され姉妹染色分体ペアを形成する.G2期をへてM期(分裂期)に進むと染色体は凝縮する.そののち,細胞の両極にある中心体から伸びるスピンドル微小管が姉妹動原体を反対の方向からとらえて引っ張ることで,姉妹染色分体ペアが整列する(M期中期).すべての姉妹染色分体が整列するとペアは分離し(M期後期),2つの娘細胞へと分配されたのち細胞質分裂が起こり,細胞は再びG1期へと進む.染色体の分配に異常が生じ染色体数の過不足が起こると,細胞のがん化やがんの悪性化がひき起こされると考えられる.
[Download] [hs_figure id=1&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/09/Watanabe-1.e004-Fig.1.png&caption=fig1-caption-text]
図2 M期における染色体の動態
間期からM期前期へと進行する際に染色体(青色)の凝縮とともに核膜の崩壊が起こる.M期前中期においては染色体の姉妹動原体(赤色)をスピンドル微小管(緑色)がとらえて染色体の整列がはじまる.M期中期においてすべての染色体が整列をおえると,M期後期への進行が起こり染色体ペアは分離し分配される.染色体の分配がおわると同時に細胞質分裂が起こり2つの娘細胞が生じる.その際に染色体は脱凝縮し再び核が形成される.染色体の接着は姉妹動原体が反対の方向からとらえられる際に張力を生み出す役割をもつ.これは染色体の整列のため必須であり,接着の失われた染色体は正しく整列できない.
[Download] [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/09/Watanabe-1.e004-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]
図3 姉妹染色分体の接着
(a)コヒーシンの構造.Smc1,Smc3,Scc1(Rad21),SA(SA1,SA2)の4つのサブユニットからなり,リング状の構造をとる.このリング構造により束ねられるように姉妹染色分体ペアは接着するというモデルが提唱されている.
(b)M期キナーゼPlk1によるコヒーシン(SAサブユニット)のリン酸化(P)は,Waplを介し染色体の腕部におけるコヒーシンの解離を促進する.シュゴシンはホスファターゼPP2Aと協調してPlk1に拮抗し,セントロメアにおける染色体の接着を保護する.セントロメアにおける接着の維持は,姉妹染色分体のあいだにおける張力の発生および染色体の整列に必須の役割をもつ.
[Download] [hs_figure id=3&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/09/Watanabe-1.e004-Fig.3.png&caption=fig3-caption-text]
このとき,染色体のセントロメアとよばれる部位においてはコヒーシンが除去機構をまぬがれ接着が維持される.これは,シュゴシン(Shugoshin)とよばれるタンパク質のはたらきによる図4 Aurora Bによる動原体とスピンドル微小管との接続の修正
(a)Aurora Bは姉妹動原体のあいだのインナーセントロメアに局在する.姉妹動原体が片方の極に由来するスピンドル微小管によりとらえられた場合には姉妹動原体に張力は生じない.このような一方向性接続では,動原体がインナーセントロメアに近い領域に位置しAurora Bのはたらきにより不安定化される.姉妹動原体が両方の極に由来するスピンドル微小管により反対の方向に引っ張られた二方向性接続では,動原体はインナーセントロメアから離れた領域に位置しAurora Bによる不安定化をまぬがれる.
(b)Aurora Bは微小管とのインターフェースとなるKMNネットワークとよばれる動原体タンパク質をリン酸化(P)することにより,動原体と微小管との接続を不安定化する.Aurora Bの活性はインナーセントロメアに近い領域ほど高い勾配をもつ.二方向性接続が確立され動原体がインナーセントロメアから離れると,Aurora Bの活性が低下するとともに,ホスファターゼであるPP1やPP2Aが動原体に局在しKMNネットワークは脱リン酸化される.これにより微小管と動原体との接続が安定化される.
[Download] [hs_figure id=4&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/09/Watanabe-1.e004-Fig.4.png&caption=fig4-caption-text]
染色体パッセンジャー複合体のインナーセントロメアへの局在はスピンドル微小管の接続における修正機構をはたらかせるうえで必須であるが,その局在化の機構は謎につつまれていた.筆者らの研究室は,コヒーシンがM期キナーゼHaspinの役割をつうじ染色体パッセンジャー複合体の局在を制御することを報告した図5 インナーセントロメア-シュゴシンネットワーク
M期キナーゼBub1によるヒストンH2Aの120番目のスレオニン残基のリン酸化(P)は,シュゴシンのSGOモチーフとの相互作用を介しシュゴシンを局在化させる.染色体パッセンジャー複合体(CPC)はM期キナーゼHaspinによりリン酸化されたヒストンH3の3番目のスレオニン残基に直接に結合することで局在化が促進される.この2つのヒストンのリン酸化修飾は染色体パッセンジャー複合体とシュゴシンとの複合体の局在を制御するヒストンマークであり,この局在を制御するネットワークをインナーセントロメア-シュゴシンネットワークとよぶ.シュゴシンのコイルドコイル領域にはホスファターゼPP2Aが結合し,セントロメアにおいてコヒーシンを保護する.また,コヒーシンはHaspinの足場になると考えられており,ヒストンH3の3番目のスレオニン残基のリン酸化を促進する.シュゴシンのもつP-V-IモチーフはHP1との相互作用をつうじセントロメアへの局在に寄与する.HP1はSuv39Hによりメチル化(M)されたヒストンH3の9番目のリジン残基を足場とする.
[Download] [hs_figure id=5&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/09/Watanabe-1.e004-Fig.5.png&caption=fig5-caption-text]
Suv39H1およびそのパラログであるSuv39H2は,染色体においてHP1の足場となるヒストンH3の9番目のリジン残基のメチル化酵素である.Suv39H1とSuv39H2のダブルノックアウトマウスは姉妹染色分体の接着の異常および染色体不安定性を示し腫瘍形成のリスクが高まっていることが報告されている