図1 アブラナ科植物における自家不和合性システム
(a)花粉因子SP11/SCRと雌しべ因子SRKにより自家不和合性がひき起こされる.同じ
Sハプロタイプ(
S1,
S2,
S3,
S4など)において連鎖するSP11/SCRとSRKのみが相互作用する一方,ほかのハプロタイプのものとは結合しない.さらに,
Sハプロタイプのあいだには優劣性がある.
S1 <
S2 <
S3 =
S4といった優劣性があると仮定したとき,葯組織のタペート細胞において
S3あるいは
S4のもつ
Smiが,
S1および
S2の
SP11/
SCR遺伝子の転写を抑制する.
(b)アブラナ科の自家不和合性種
Malcolmia littorea.雌しべの先端にある透明な乳頭細胞はクチクラ層におおわれている.
(c)花粉が雌しべに受粉した際に起こる自家不和合性の模式図.
S1S2に由来する花粉は優性側の
S2のSP11/SCRをもち,雌しべ側のSRKと結合し自家不和合性がひき起こされる.一方,
S2S3に由来する花粉は優性側の
S3のSP11/SCRのみをもつため,雌しべ側のSRKと結合せず花粉管が発芽する.
(d)花粉の発達期における葯の断面の模式図.タペート細胞における遺伝子発現の制御により花粉の表現型が決定される.たとえば,遺伝子型が
S1S2の場合,優性側の
S2のSP11/SCRのみが花粉に運ばれる.
S3S4のような共優性の関係の場合,両方のSP11/SCRがタペート細胞において発現し花粉に運ばれる.
[Download] [hs_figure id=1&image=/wordpress/wp-content/uploads/2018/08/Takayama-7.e006-Fig.1.png&caption=fig1-caption-text]
このアブラナ科のシステムにおいては,優劣性ヒエラルキーとよばれる遺伝的な制御が知られている.被子植物は2倍体であるため,多くの個体は2種類の図2 ナス科植物における自家不和合性システム
(a)雌しべ因子
S-RNase遺伝子と複数の花粉因子
SLF遺伝子が連鎖してひとつの
Sハプロタイプを形成する.このSLFセットのうちのいずれかがほかの
SハプロタイプのS-RNaseを分解する能力をもつが,自己のS-RNaseを分解するものはもたない.
(b)花粉管が伸長するときの自家不和合性の模式図.雌しべの先端の切断面を示す.S-RNaseは自己と非自己の両方の花粉管に侵入する.
S3花粉はS
1-RNaseとS
2-RNaseの両方を分解するSLFをもつため胚珠へと進んでいく.
S2花粉はS
1-RNaseを分解するが自己のS
2-RNaseを分解しないため,伸長は停止する.
[Download] [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2018/08/Takayama-7.e006-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]
図3 ナス科のペチュニア
提供:久保 健一 博士(東京大学大学院農学生命科学研究科)
[Download] [hs_figure id=3&image=/wordpress/wp-content/uploads/2018/08/Takayama-7.e006-Fig.3.png&caption=fig3-caption-text]
SLFとS-RNaseを主役とするこの自家不和合性システムは,協調的な非自己の認識モデルとよばれている図4 自家不和合性システムへの選択圧
(a)ナス科のシステムにおいては,非自己の花粉のあいだでも競合が起こり,より高いS-RNaseの分解能をもつSLFのセットを発現する花粉管が優先的に受精する.
(b)自己の花粉と非自己の花粉との競合が起こり,S-RNaseにより非自己の花粉が選択される.自己の花粉を排除する効率のよいS-RNaseをもつ雌しべにおいては,かぎられた空間でより多くの非自己の花粉が受精する.
[Download] [hs_figure id=4&image=/wordpress/wp-content/uploads/2018/08/Takayama-7.e006-Fig.4.png&caption=fig4-caption-text]
自殖が不利な環境条件においては,雌しべはよりすばやく特異的に“望ましくない自己の花粉”を排除したほうが有利である図5 自家不和合性の機能を維持したまま自家和合性を発現する経路
(a)ナス科のシステムにおいては,
Sハプロタイプは自己のS-RNaseを分解するSLFを獲得すると自家和合性になる.一方,SLFは協調的な非自己の認識システムにより集団において非自己のS-RNaseのすべてを分解する.
(b)アブラナ科のシステムにおいては,特定の
Sハプロタイプのあいだに共劣性の関係がある.このような場合,
Smiが互いの
SP11/
SCR遺伝子の発現を抑制しあうことも想像される.
(c)miRNAの一般的な進化の経路を考えると,
Smiは
SP11/
SCR遺伝子のプロモーターの配列から進化した可能性も考えられる.この場合,自己の
SP11/
SCR遺伝子の発現の抑制による自家和合化が起こる.
[Download] [hs_figure id=5&image=/wordpress/wp-content/uploads/2018/08/Takayama-7.e006-Fig.5.png&caption=fig5-caption-text]
筆者らは,実際に,この考えをもとにシミュレーションモデルを作成し,
著者プロフィール
藤井 壮太(Sota Fujii)
略歴:2009年 東北大学大学院農学研究科 修了,同年 オーストラリアWestern Australia大学 博士研究員.2011年 京都大学大学院理学研究科 研究員,2014年 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教を経て,2017年より東京大学大学院農学生命科学研究科 助教.2016年より科学技術振興機構さきがけ研究者 兼任.
抱負:生物多様性の誕生,維持,喪失にかかわる分子を同定し,その理屈について納得したい.
高山 誠司(Seiji Takayama)
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授.
研究室URL:
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/seiyu/
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