図1 フロリゲンによる花成の制御
植物の葉は光情報入力系と概日時計の情報をもとに日長を計測している.花成に最適な日長が認識されると,フロリゲンをコードする
FT/
Hd3a遺伝子の発現が誘導される.FT/Hd3aタンパク質は葉から茎頂まで長距離移動し,茎頂に到達すると花芽の分化を開始させる.写真はHd3a-GFP融合タンパク質を
Hd3a遺伝子のプロモーターにより発現させたイネの茎頂(緑色はHd3a-GFP融合タンパク質の蛍光,赤色はイネ組織の自家蛍光).
Hd3a遺伝子のプロモーターはイネの花成の誘導日長である短日条件において葉の維管束に特異的に活性化する.
Hd3a遺伝子のプロモーターによりHd3a-GFP融合タンパク質を発現させると,葉において特異的に発現するHd3aを茎頂でも観察することができる.下段には,フロリゲンによる花成の制御にかかわるおもな因子について,その特徴をまとめた.
[Download] [hs_figure id=1&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/03/Shimamoto-2.e004-Fig.1.png&caption=fig1-caption-text]
フロリゲンを同定しその特徴を生理学的に明らかにしようとする研究において,わが国の植物生理学研究は世界を牽引してきた.とくに1940年代より,鋭敏な光周性花成を示すアサガオを用いた独自の研究が開始され,その理解に貢献してきた.アサガオの品種ムラサキでは子葉に対し1回の短日条件をあたえるだけで花成の誘導に十分なフロリゲンが合成されるとされ,さらに,花芽の分化した腋芽の数を計測することでフロリゲンの活性を定量的に評価できるなど,当時のフロリゲン研究の推進にきわめて有利な材料であった.当時,進められてきたアサガオの光周性花成の研究はフロリゲンの移動速度の推定をはじめとする重要な発見をもたらし図2 フロリゲンの構造
(a)イネのフロリゲンであるHd3aの結晶構造.ホスファチジルエタノールアミン結合タンパク質の特徴であるアニオン結合ポケット領域と,その入り口付近にフロリゲンに特徴的なTyr87(緑色)がみられる.14-3-3との結合領域を赤色で,セグメントB領域を青色で示した.
(b)シロイヌナズナのフロリゲンであるFTと花成リプレッサーTFL1の結晶構造.
(c)FTとTFL1との重ね合わせ.この2つの全体構造はよく似ているが,セグメントB領域は大きく異なっている.
[Download] [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/03/Shimamoto-2.e004-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]
図3 フロリゲン活性化複合体の構造
(a)Hd3a,GF14,OsFD1の模式図.それぞれの相互作用領域を示した.NLS:核局在シグナル,NES:核外移行シグナル.
(b)DNA上のフロリゲン活性化複合体の構造モデル.セグメントBやアニオン結合ポケット領域は外面に露出している.
(c)Hd3aと14-3-3との相互作用面(上部)と,14-3-3とOsFD1との相互作用面(下部).Hd3aとOsFD1のあいだに直接的な結合はみられない.
[Download] [hs_figure id=3&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/03/Shimamoto-2.e004-Fig.3.png&caption=fig3-caption-text]
図4 フロリゲンによる花成の制御
(a)プロトプラストにおける細胞内での相互作用.Hd3aと14-3-3とのBiFC相互作用はおもに細胞質において観察されるが,OsFD1を共発現させるとHd3a-14-3-3複合体は核に局在するようになる.
(b)モデル図.維管束の篩管をとおって茎頂へと運ばれたフロリゲンは,茎頂分裂組織細胞の細胞質において受容体である14-3-3と結合する.このフロリゲンと14-3-3からなる複合体は,さらに転写因子であるFDと結合してフロリゲン活性化複合体を形成し,核において
AP1遺伝子や
OsMADS15遺伝子など花芽形成にかかわる遺伝子の転写を活性化することで,花成がひき起こされる.P:リン酸化.
[Download] [hs_figure id=4&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/03/Shimamoto-2.e004-Fig.4.png&caption=fig4-caption-text]
ここまで紹介したどの実験方法も,フロリゲン活性化複合体を構成するタンパク質の2因子間の相互作用を明らかにするものであり,3因子が“同時に”ひとつの複合体に存在することを示すものではない.筆者らのグループは,BiFC法と蛍光共鳴エネルギー転移/蛍光寿命測定(fluorescence resonance energy transfer/fluorescent lifetime imaging:FRET/FLIM)法とを組み合わせた手法により,この点を明らかにすることを試みた.FRET/FLIM法は,2分子のあいだの蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)による蛍光寿命の変化を観測することにより,その2分子が近接しているかどうかを定量的に評価する手法である.具体的には,Hd3aと14-3-3との相互作用をBiFC法により検出し,さらに,BiFC法において再構成された蛍光タンパク質VenusとCFP-OsFD1融合タンパク質との相互作用をFRET/FLIM法により検出することで,3つのタンパク質からなる複合体の検出を試みた.解析の結果は,生細胞においても3つのタンパク質からなるフロリゲン活性化複合体は核において形成されていることを強く示唆した図5 フロリゲンの多機能性とフロリゲン活性化複合体構成タンパク質交換モデル
(a)ジャガイモにおける接ぎ木による塊茎の形成の誘導.短日により塊茎の形成が誘導されるジャガイモと,長日により花成が誘導されるタバコとを接ぎ木し,長日条件において生育させると,タバコでは花成が,ジャガイモでは塊茎の形成が誘導される.
(b)転写因子交換モデル.フロリゲンが地下茎の先端へと輸送され,そこで受容体である14-3-3と複合体を形成し,さらに塊茎形成転写因子とフロリゲン活性化複合体様の複合体を形成すると,塊茎形成遺伝子の転写が活性化され塊茎が形成される.
(c)フロリゲンと花成リプレッサー交換モデル.フロリゲン活性化複合体のなかのフロリゲンが花成リプレッサーTFL1/RCNに置き換わった花成抑制複合体は,花芽形成遺伝子の転写を抑制しているが,フロリゲンとTFL1/RCNとが置き換わるとフロリゲン活性化複合体となり,花芽形成遺伝子の転写を促進し花成が誘導される.
P:リン酸化.
[Download] [hs_figure id=5&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/03/Shimamoto-2.e004-Fig.5.png&caption=fig5-caption-text]
筆者らは最近になり,イネのフロリゲンをコードする
著者プロフィール
辻 寛之(Hiroyuki Tsuji)
略歴:奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教.
研究テーマ:フロリゲンが花を咲かせる分子機構の解明,植物の成長相転換の全体像を理解する.
抱負:いろいろな切り口から植物科学,さらには,生命科学の基本的な問題を解明したい.理想的な作物の開発に直結する基礎研究を展開したい.
田岡 健一郎(Ken-ichiro Taoka)
略歴:奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教.
研究テーマ:フロリゲンによる花成の分子機構の解明.
抱負:フロリゲンの基礎研究を発展させて“フロリゲン農業”へと展開させたい.
島本 功(Ko Shimamoto)
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 教授.
研究室URL:
http://bsw3.naist.jp/simamoto/simamoto.html
? 2013 辻 寛之・田岡健一郎・島本 功 Licensed under