脳神経回路の修復における臓器の連関の役割 村松 里衣子 (国立精神・神経医療研究センター神経研究所 神経薬理研究部) email:村松里衣子

領域融合レビュー, 8, e001 (2019) DOI: 10.7875/leading.author.8.e001 Rieko Muramatsu: Systemic environments regulate central nervous system regeneration. Download PDF

要 約

 これまで,脳神経回路の修復機構の研究は,脳の内部の細胞や分子の役割に注目し,その作用を解明するかたちで進められてきた.しかし,最近の研究により,脳の外部の細胞や分子が脳神経回路の修復に影響をおよぼすことがわかってきた.このレビューにおいては,脳以外の臓器から分泌されるホルモン様の物質には脳や脊髄に流入すると神経回路を修復させるはたらきがあることを見い出した筆者らの研究を含め,脳神経回路の修復に関するこれまでの研究の動向を解説する.

はじめに

 末梢神経系の神経回路と比べて,成体の脳の神経回路の修復はむずかしい.神経回路の修復機構には内因性および外因性の機序がかかわると考えられており,なぜ成体の脳の神経回路が修復しにくいのか,脳や脊髄の細胞外環境に存在し神経回路の修復を阻害する複数のタンパク質が同定された.このようなタンパク質に対するニューロンの側の受容体やキーとなる細胞内シグナル伝達系についても一定の見解が得られ,神経回路の修復を阻害するタンパク質を標的とした薬剤の開発が複数の製薬企業において進められ,神経回路の修復を促し脳神経疾患に対する治療の効果を検証する臨床試験にまで到達している(図1). [hs_figure id=1&image=/wordpress/wp-content/uploads/2019/01/Muramatsu-8.e001-Fig.1.png&caption=fig1-caption-text]  一方で,疾患の種類や個人差こそあるものの,人為的な介入がなくても成体の脳の神経回路が自然に修復するようすが観察された.このことから,成体の脳には神経回路の修復を促す機序も備わると推察され,その機序には,発生期と同様に,標的となるニューロンの側からの機序のほか,病態に特徴的な新生血管の寄与や,病巣において血液脳関門が破綻し血液が流入することにより脳の外部に存在する分子が脳に作用する機序のあることがわかってきた.

1.神経回路の修復を阻害する分子機構

 脳の神経回路が修復しにくい原因として,オリゴデンドロサイトや断片化したミエリンが神経突起の再伸長を阻害することがあると指摘され,MAG,Nogo,OMgpの3種類のタンパク質が注目された.これらのタンパク質に構造的な類似性はないが,いずれも,ニューロンに発現するNogo受容体と結合する.Nogo受容体はp75およびLingo-1と受容体複合体を形成し1),p75が細胞内へのシグナルの伝達を担う.p75の下流のシグナル伝達系については複数が報告されているが,軸索の伸長阻害に重要なシグナルは低分子量Gタンパク質であるRhoの活性化だと考えられている2).Rhoの下流のタンパク質であるRhoキナーゼの阻害剤やRhoAを不活化するボツリヌス毒素C3を処置すると,傷ついた神経回路が修復するようすが複数の実験系において示されており3),p75およびRhoが神経回路の修復の阻害を担う細胞内シグナル伝達系のキータンパク質であると認識されている(図2).すでに,Rhoやニューロンの側の受容体複合体を構成するタンパク質を標的とした薬剤が開発され,脊髄の損傷に対する臨床試験にまで到達していることから4),神経回路の修復の阻害機構を標的とした薬剤の開発に注目があつまっていることがわかる. [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2019/01/Muramatsu-8.e001-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]

2.発生期において神経回路の形成を阻害するタンパク質の寄与

 MAG,Nogo,OMgpによる軸索の伸長阻害は複数の研究グループにより確認されたが,この3つのタンパク質を欠失させたトリプルノックアウトマウスに対して脊髄損傷を施しても軸索の再伸長は観察されないことが報告された5).そこで,これらミエリンに由来する軸索の修復を阻害するタンパク質以外にも注目があつまり,そのなかで,発生期において神経回路の形成にかかわることの知られるタンパク質の機能の解析が進められた.ここでは,ひとつの例として,RGMaをとりあげる.RGMaは膜貫通型のタンパク質で,発生期の視蓋において軸索の伸長に対する反発作用が見い出されていた6).脊髄損傷を施したラットにおいては患部のオリゴデンドロサイトやニューロンにRGMaが発現しており,患部におけるRGMaの発現量は高まっている.そこで,RGMaの機能を阻害することを目的として,脊髄損傷ラットにRGMaの中和抗体を投与すると,脊髄損傷により切断された皮質脊髄路が修復され,損傷により失われた運動機能も改善された7).RGMaと同様に神経回路の形成にかかわるSema3Aに関しても,その特異的な阻害剤を投与された脊髄損傷ラットにおいて前縫線核脊髄路が修復し,症状も改善するという結果が得られた8).これらの報告のように,発生期において神経回路の形成を制御するタンパク質も神経回路の修復の阻害機構の理解に重要であると認識されている.

3.軸索の伸長を促進させる細胞内における分子機構

 一方,MAGおよびNogoに関する研究は新しい分子機構を探索する方向へと展開した.ひとつは,Nogo受容体に対する内因性のアンタゴニストとして機能するLOTUSの発見である9)新着論文レビュー でも掲載).LOUTSは膜タンパク質であり,Nogo受容体とリガンドとの結合をさまたげるはたらきがあるため,LOUTSを過剰に発現させると軸索の修復が促進されると考えられた.実際に,LOUTSを過剰に発現したマウスにおいて,脊髄損傷ののちの前縫線核脊髄路の修復について促進効果が証明された10).この結果から,リガンドの機能の発揮について理解するためには,その機能を制御する分子機構を考慮する必要のあることが示唆された.  もうひとつの方向性として,ニューロンの側の新しい受容体の同定があげられる.PirBは免疫系の多くの細胞に発現しMHCクラスI分子の認識に寄与することが知られていたが,ミエリンに由来する軸索の修復を阻害するタンパク質の受容体としても機能することが示された11).PirBのin vivoにおける機能については,そのノックアウトマウスにて視神経の損傷を施したモデルにおいて評価された.しかし,視神経を損傷させただけのマウスにおいてはPirBを欠損した状態でも軸索の伸長効果は認められず,BDNFを投与して軸索の伸長能を強める処置を施すことがPirBの欠損による軸索の修復効果の検出に必要であった12).この結果から,軸索の修復を阻害するタンパク質の機能を制御するだけでは軸索の十分な伸長効果は期待できず,軸索の伸長を促すような処置も施すことが必要であることが示唆された.

4.細胞外の環境との関連

 かつては自然に修復することはないと信じられていた成体の脳の神経回路であるが,脳や脊髄のさまざまなレベルで神経回路が自発的に修復するようすがマウスやサルの解析において示されている.神経回路の修復を積極的に導く機序としては,発生期における神経回路の形成に類似する機構,および,病態に特徴的な環境の変化に由来する機構がどちらも存在することがわかってきた.  損傷により失われた機能をおぎなうための神経回路の修復には複数のしくみがあるが13),そのひとつに,損傷による細胞死をまぬがれたニューロンの軸索から新しく形成された側枝が,2次ニューロンへと投射して新しいネットワークを形成するというしくみがある.この実験系を用いて,発生期において軸索の伸長効果が認められているタンパク質が神経回路の修復にもかかわることが証明された.マウスの大脳皮質損傷モデルにおいては,損傷とは反対側の皮質脊髄路から脊髄において軸索枝が形成され,脊髄の介在性ニューロンへと投射する.介在性ニューロンは髄節をまたいで神経突起を伸長し,より下部のニューロンへと投射することによりバイパス様のネットワークの構築を担う.このなかで,脊髄の介在性ニューロンから分泌されるBDNFが皮質脊髄路の側のTrkB受容体を介して軸索の修復を担うことがわかった.脊髄の側においてBDNFの発現を抑制したり,軸索の側においてシグナル伝達を阻害したりすることにより軸索枝の形成は阻害され,時間の経過にともなう神経機能の回復も抑制される14).この結果から,発生期における神経回路の形成の分子機構には,病態における神経回路の修復と共通する機構が備わることが示唆された.  一方,病態に特徴的な機序については,患部において旺盛な血管の新生が神経回路の修復を後押ししていることがわかった.血管の新生は組織の治癒に必要とみなされている.神経回路との関連については,生体において血管と神経(とくに,末梢神経系)が並走するようすがしばしば認められ,血管に由来するエンドセリンは発生期における神経回路のガイダンスにもかかわることが知られている15).筆者らは,病態における血管と神経の関連について多発性硬化症に類似する脳脊髄炎マウスを用いて解析したところ,神経回路の修復にさきだち患部において血管が新生するようすが観察された.また,ここでの分子機構は,血管内皮細胞が分泌するプロスタサイクリンがニューロンの側のプロスタグランジン受容体(IP受容体)を介してニューロンにおいてcAMPの合成を高めることにより神経回路の修復を促すというものであった16)新着論文レビュー でも掲載).そののち,プロスタサイクリン以外の血管に由来するタンパク質の神経突起の伸長効果や,プロスタサイクリンのミエリンの修復効果も見い出されたことから,成体の脳の神経回路の修復には血管系の変化など病巣における特徴的な環境の変化も寄与することが示唆された(図3). [hs_figure id=3&image=/wordpress/wp-content/uploads/2019/01/Muramatsu-8.e001-Fig.3.png&caption=fig3-caption-text]

5.脳の外部の環境による貢献

 ここまで述べた研究を含め,脳神経回路の修復の研究の多くは脳の内部の細胞やタンパク質の役割を解明するかたちで進められてきたが,従来の考え方で示されてきたタンパク質だけでは神経回路の自発的な修復について十分には理解できなかった.一方で,脳のほかの機能に関しては,脂肪細胞から豊富に分泌されるレプチンが脳の細胞へと作用して摂食を制御するなど17),脳の外部の環境が脳の機能を制御することが受け入れられている.また,種々の脳神経疾患においては患部にて血液脳関門が破綻するようすが観察され,血液に含まれるホルモンなどが脳へと流入しやすいこと,また,脳の外部で産生されるホルモンに対する受容体が脳の細胞にも発現していることなどから,病態においては脳の外部の環境に存在するタンパク質が脳へと流入し神経回路の修復に影響する可能性が推察された.  血液脳関門の破綻と神経回路の修復との関連については,血液脳関門が破綻した部位においてはミエリンの修復がさかんであることが知られている18).ミエリンの修復は脳の組織幹細胞であるオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖から開始されるが,これまでに,膵臓,脂肪細胞,心臓,筋肉細胞が分泌するタンパク質がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進させること,また,その分子機構の一端として,FGF21 19) やレプチン20) がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進させることによりミエリンの修復を促すことがわかってきた.このようなタンパク質の同定にはマウスの細胞レベルや個体レベルでの解析手法が用いられたが,一部のタンパク質についてはヒトの培養オリゴデンドロサイト前駆細胞を用いた増殖試験が行われ,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が促進されることが確認された(図4).一方,発生の過程においては血液脳関門が未成熟なため,FGF21ノックアウトマウスにおいて正常なミエリンの形成が不良になるかどうかを検討したが,脳梁におけるミエリンの形成は野生型のマウスと差がなかった.これは,ミエリンの形成がさかんな時期(出生後)と血液脳関門が未成熟な時期(胎生期)とに時間的な差があるためと考察された.そのため,発生の過程において血液に含まれるタンパク質が脳に影響する場合は,その対象は胎生期にさかんな現象に特化する可能性が推察された.さらに,血液脳関門のバリア機能は強固であるが,体中では血管によってはバリア機能が脆弱なものもある.そのため,血液に含まれるタンパク質が脳以外の臓器にも作用して,たとえば,組織の修復を促進させる可能性も推察されるが,現時点で,それについてはあまりわかっていない.一方,筆者らは,FGF21受容体がシュワン細胞にも発現しておりその発生を制御するようすを観察している.この結果は,血液に含まれるタンパク質が脳以外の臓器の修復にも作用する可能性を示すもので,“臓器の連関を基盤とした組織の修復”という新しい方向性の研究の発展が期待される. [hs_figure id=4&image=/wordpress/wp-content/uploads/2019/01/Muramatsu-8.e001-Fig.4.png&caption=fig4-caption-text]

おわりに

 神経回路の修復のコンセプトは,従来の脳の内部に存在するタンパク質の役割を解明する研究から一段階の飛躍をみせ,病態に特徴的な環境の抽出や臓器間ネットワークの研究へと展開している.ただし,これらの研究領域は発展途上であり,すでに報告された分子機構だけでは神経回路の修復の全容を理解するにいたっていない.また,脳の内部における修復の阻害についてもふたたびホットな研究対象になってきており,ごく最近には,ペリサイトが軸索の修復を阻害することが報告されるなど21),新しい細胞間相互作用がいまだにみつかっている.今後,さらにさまざまな角度からの研究が進むとともに,見い出されたタンパク質による治療のポテンシャルが検証されることにより,神経疾患の後遺症に対する薬剤の開発が進むことを期待したい.

文 献

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著者プロフィール

村松 里衣子(Rieko Muramatsu) 略歴:2008年 東京大学大学院薬学系研究科にて博士号取得,同年 大阪大学子どものこころの分子統御機構研究センター 特任助教,2010年 大阪大学大学院医学系研究科 助教,2014年 同 准教授を経て,2018年より国立精神・神経医療研究センター神経研究所 部長. 研究テーマ:脳神経回路の傷害および修復を制御する分子機構. 抱負:神経回路の修復機構の解明をつうじて,神経疾患の克服に貢献したい.
? 2019 村松 里衣子 Licensed under CC 表示 2.1 日本