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ホタテガイにおける麻痺性貝毒の封鎖と生体内変化

野生株(wild stock)の捕獲と水産養殖バイオテクノロジーの食物安全性関連

Dr Allan D. Cembella1 Dr Sandra E. Shumway2
1カナダ Nova Scotia Halifax, 国立研究委員会、海洋バイオサイエンス研究所
2合衆国、Maine、West Boothbay Harbor,Bigelow、海洋学研究所海洋資源部

序文
 藻に由来する海洋毒素(藻毒素)は、高いヒト急性毒性がある生物学的活性化合物の多様な群である。麻痺性貝中毒(PSP)に関与する神経毒素は、ホタテガイに蓄積することが知られている最も強力な生物毒素である(図1)。ホタテガイは北アメリカでは麻痺性貝中毒(PSP)の頻度の高い原因ではないが、全海産ホタテガイ(placopecten magellanicus)(Medcofら1947,公衆衛生研究所と疫学ワシントン支部、未発表1978)、紫蝶番岩帆立貝(Crassadoma gigantean=Hinntes multirugosus)(Sharpe 1981)とピンクホタテガイ(Chlamys rubida)、spiny(chlamys hastata)、ホタテガイ(養魚と海洋部、1989)の調査でこれらの摂取が原因で病気と死を生じたと報告されている。蓄積したPSP毒素によるまれな死亡はアジアの国では、特にフィリピンと日本で記録されている(Estudillo and Gonzales 1984;Nomata, pers comm.)

 ホタテガイを含む2弁貝は、毒性海洋微生物および深海底微生物のろ過摂食により、組織にPSP毒素を封鎖している(Shumway, SelvinとSchick 1987)。温暖な水でPSPを生じる微生物は、頻度の高い汎存種渦鞭毛虫属Alexandrium(Protogonyaulax  catenella/tamarensis種複合体)もしくはそう頻度は高くないが鎖形成種 Gymnodinium catenatum(Taylor 1984,Shimizu 1987)である。北アメリカや日本のようにAlexandriumブルームが定期的な事象である区域(にしはま、1980、おがたら1982、GILLSら,1991)で、PSPリスクは、ホタテガイ産業を著しい不況にする影響がある。

食物安全性規制とホタテガイ資源の利用
 主な商用養魚は野生ホタテガイ集団に依存している。そして選択種の水産養殖は、利用される海洋食物種では、ますます重要な要素になっている(Hardy 1991,Shumway 1991そのなかの参考文献)。ホタテガイ水産養殖と野生種の捕獲は、毒性藻もブルームが慢性的な季節的事象である地域でも、しばしば行われている(Shumway 1990,1991)。このような毒性発生にかかわらず、北アメリカでは閉殻筋のみが通常消費されるので、ホタテガイはかならずしもPSPモニタリングプログラムに含まれていない。しかし、日本、オーストラリア、ヨーロッパ諸国を含む他の諸国では、性腺が付いている(魚卵が上)ホタテガイは人気のあるシーフードである。合衆国では州間貝衛生会議(ISSC)規制が帆立貝に適用されてきた。

 毒性ブルームになりやすい区域でホタテガイ水産養殖を強化する努力、全ホタテガイおよび魚卵ホタテガイでの国際貿易の拡大は、重要な資源の安全性に関する公衆衛生面での懸念を呼び起こしてきた(西谷とChew1988、Ahmed1991、Gillisら1991)。
合衆国の国立海洋漁業サービス(NMFS)と食品医薬品局(FDA)、ならびにカナダ漁業・海洋庁の捜査局は、現在魚卵ホタテガイと全ホタテガイの認定法を作成中である。この規制問題が解決するまで、ホタテガイ資源の利用は厳しく制限されることになる。

ホタテガイにおけるPSP毒素蓄積と解毒
 アメリカとカナダ漁業セクターに区切られている北西大西洋岸(40-43 N 66-70W)のジョージバンク区域は、ウミホタテガイに関する豊富な捕獲漁場(placopecten magellanicus)である。BourneとRead(1965)は昔、ホタテガイ閉殻筋に付着した性腺とマントルの市場販売をジョージバンクから提唱した。しかし、アメリカセクターから高いPSP毒性の発見(White ら1993a)、および通常の限界をこえる(80μgSTXeq/100g貝組織)PSP毒性レベルによりほとんどのカナダセクターの魚卵漁業が最近の閉鎖されたことが、この提議を弱いものにした。

 マウスの生物学的検定データをベースとする以前の現場試験は、ホタテガイのPSP毒素レベルが季節によってもまた地理的な位置によっても変動することを示した(Bourne 1965,Jamieson and Chandler 1983)。PSP毒性に関するホタテガイモニタリングに関する問題は、同じ場所からそれぞれの試験標本の間で毒性の変動が高いことによりさらに深刻になった(Gillis ら1991、Whiteら1993b)。JamisenとChandler(1983)は、東カナダのFundy湾からのホタテガイの毒性は、秋と冬にピークになるが、そのときのAledandrium ブルーム毒性は全く目立たないことを指摘した。毒性の変動は、疑いなく、毒性ブルームのタイミング、残留性、程度、細胞ごとの特異な毒性、生物を汚染する毒性組成、ホタテガイ代謝におよぼす環境の効果、ホタテガイ集団間の遺伝子型の差によるものである。

 ろ過摂食二弁性軟体動物の中で、ホタテガイは、何ヶ月から何年の期間でPSP毒素の長期保持が可能な種として分類される(Medoof ら1947,Jamieson とChandler 1983, Shunmway, Sherman-Caswell, Hurst 1988)
消化腺とマントルを含む特定組織は1年中有毒である(bourne 1965,Shumway, Sherman Caswell , Hurst 1988)
 冬の間でさえホタテガイの慢性的に高いPSP毒性を説明する高度の仮説は次の通り: i)冷水における基礎代謝とろ過活性の低下 ii)さらに毒性の誘導体への毒素生体内変換 iii)毒性渦鞭毛虫の不可解な水面下ブルームの存在 iv)蓄積し沈殿物で冬を越す毒性深海底休止嚢(ヒピノゾイト)の摂取。

 マイヌ湾ステーションからウミホタテガイによるPSP毒素の蓄積、生体内変化、除去の時間空間的変化は、1988-89年に詳細に検討された。(Cembella and Shunmway 1991)。
PSP毒素組成と組織特異性毒素濃度は、蛍光検出による高速液体クロマトグラフィー(HPLC-FD)を使って沖(深さ80m)と沿岸(深さ20m)ステーションから複製(n=6)個体に関し週単位(冬を除く)で測定した(SullivanとWekell 1986)(図2)

 一般的にAOACマウス生物学的検定で測定された通り、Placopectenn中のPSP毒素のホタテガイ全体に対するそれぞれの組織コンパートメントの割合は、以下の通りである(重要性順)消化管(肝すい臓、肝臓)>マントル(へり)>えら>性腺(魚卵)>閉殻筋(Bourbne 1965, Watson-Wright ら1989)。季節変動にもかかわらず、このパターンはP.magellanicusの沿岸と沖集団のHPLC分析で実質的に確認された(図2)。重量特異的ではあるが 、特に1988年の間は、マントル組織中のPSP毒性は消化管を上回っている。これらの2つの組織、マントルと消化管を切除することにより、毒性全体の90%以上が除去される。種々の組織中におけるPSP毒素の相対量と絶対量は不安定状態である。代謝変換のほかに、毒素は動いて、組織コンパートメントの間を移行する。たとえば、日本のホタテガイPAtinopecten yessoensisの消化管で蓄積されたPSP毒素は分泌され、まわりの海水にもれるまでにマントルに移動する(井口ら,1990)

 性腺組織のPSP毒素レベルは、北アメリカと多くの国で受容されている人間の消費の通常限界(80μg STXeq/100g)以下である。ほとんどの標本はAOACマウス生物学的検定の検出限界(30-42μgSTXeq/100g)以下である。ホタテガイ腸の部分が性腺を通過するという事実から予想されるように(bourne 1955)、性腺における最大PSP毒性は消化管の毒素レベルが最大になったときに生じる。まれではあるが、通常限界をかなり上回るPSP毒素レベルが性腺で認められた(微生物課、衛生福祉部、カナダ、Black’s 港、New Brunswick,カナダ、未発表 Cembella、Shumway 1991)それにもかかわらず、性腺におけるPSP毒素を他の組織の濃度、全体毒素負荷と直接関連させようという試みは成功しなかった(Watson-Wrightら1989,Cembella Shumway 未発表データ)。

 閉殻筋は、毒素レベルが他の組織で非常に高い場合でも、対応する内臓よりPSP毒素が少なく含まれている。例外的な環境で、通常限界を上回るレベルは認められてきたが(のぐちら、1984)事実ホタテガイ閉殻筋は、検出可能なPSP毒素がない(medcofら1947、Bourne 1965、Watson Wrightら1989,Shumway 1990,Gillisら1991)1988年の夏の間に収集されたMaine湾の少数の標本は、HPLC-FDで測定されるとおり検出可能なPSP毒素を含有していた(大部分はGTX1+4とGTX2+3)。相対的な重量特異的毒性は全組織中の全体毒性の1%を上回らなかった。(図2)閉殻筋のPSP毒性の、確かな推定は、まわりの内臓の毒性からの外挿で行われた(Beiler 1991、Watson Wrightら1989、Cembella とShumway 、未発表データ)

 メイン湾ホタテガイからのPSP毒素プロフィールの分析は、毒素組成は毒性の原因となる渦鞭毛虫(Alexandrium 種)の組成とかなり異なることがあるという前の所見を支持する。ホタテガイにおける最大PSP毒性は、毒性渦鞭毛虫のピーク細胞密度と通常は同期でない(こだまとおがた)。ブルーム出現と毒素との最大体負荷間の重要な遅滞期は、一般的に観察される。毒素プロフィールで、渦鞭毛虫で支配するそう強力でないN-スルホカルバモイル毒素(たとえばC1とC2)から毒性の高いカルバミン酸誘導体(例 GTXs、NEO、STX)までのかなりの変化は、ホタテガイ消化システムの代謝変換と物理化学過程の結果として生じることがある。

 Patinopecten yessoensis(Oshima1991)とPecten maximus(Lassusら,1989)による対照解毒実験で、異なる組織の間の解剖学的分布と、毒素プロフィールは経時的に変化することが示された。特にPecten maximusでGTX3,C1,C2の漸次的減少は、解毒の後期相中にGTX2増加をともなった。Patinopecten yessoensiでGTX1+4が減少すると、マントル組織でGTX2+3が増加し、一方腎臓では、GTX+4が減少すると、NEOとSTXが対応して増加した。このような推定上の生体内変換はN-スルホカルバモイル基の消失、GTX2+3のエピメラーゼ化、N-1ヒドロキシル部分の減少、C-11におけるヒドロキシ硫酸基の消失と一致していた(図1)。毒性の少ないスルホカルバモイル誘導体からカルバミン酸類似物までの、ホタテガイ組織内の毒素生体内変化は、P.magellanicusで経時的に観察される毒性のある程度の増加を説明している。(Hsu1979, 清水と吉岡 1981)

 メイン湾からのホタテガイの相対PSP毒素量(%モラー)の実質的な差は、季節変動と集団間の地理的差よりも、種々の組織コンパートメント間でさらに明らかであった(図2)。消化管とマントルの毒素組成は同様である傾向があり、C1+C2、GTX1+3が支配していた。えら組織のPSP毒素プロフィールは極端に一貫性がなかったが、しばしばGTX1+4のかなりの部分を含んでいた。えらでは毒素C1、C2は1988年と1989年の間の沿岸集団で明らかに優勢であり、しかし、オフショア株(offshore stock)ではあてはまらなかった。性腺中のPSP毒素プロフィール(毒素が存在するとき)はC1,C2, GTX2+3が優勢で、C1+C2とNEOは相対的に低下しており、GTX2+3とGTX1+4は同時に増加し、沖集団については1988年夏の終わりに向かって出現した。これはどの組織内でも、生体内変化に関する最も明らかな証拠となる。サキシトキシンは(STX)消化管、マントル、えら組織で重要なトキシン成分で、性腺と閉殻筋ではまれである。種々の組織の中では、カルバミン酸/N-スルフォカルバモイル毒素比で明らかな体系的な季節的傾向はなかった。

遺伝子操作と実質的同等性
 貝株(shellfish stock)の増強に適用した遺伝子育種技術は、一般的に細胞遺伝子および分子法に小区分される(Allenによる考察,1987)。貝を遺伝子操作する水生バイオテクノロジーにおける最新の努力は(従来の選択繁殖をこえて)、多倍体、一般的には3倍体状態の誘発である。外来遺伝子材料の貝ゲノムへの挿入(トランスジェニック誘発)と高度な組換えDNAテクノロジーへの挿入は、なお予備段階である。そしてこれらの育種技術は商用的規模では、まだホタテガイに適用されない。バイオテクノロジー操作の水産養殖への理論的利点は、以下の可能性がある。i)成長率上昇ii)病気抵抗性と寄生虫抵抗性増強 iii)生殖サイクルの一時的コントロール iv)若魚死亡率の減少。不利なリスク、すなわち有害影響を伴う逸出と、遺伝子操作株(genetically engineered stock)と野生集団との異種交配は重要な考慮事項であるが(Maclean And Penman 1990)技術的には食物安全性の問題ではない。

 アメリカカキ Crassostrea Virginica(Allen 1987)で、うまく開拓し発展した育種技術である3倍体の誘発は、湾ホタテガイArgopecten(Tabarini 1984)で達成された。しかし、商用水産養殖への純利益はなお疑わしい。表面上は 、性腺産生の遅れは、体性成長を強化し生殖サイクルを通じて組織品質を維持しなければならない。海洋藻毒素による貝汚染に関する重要な問題は、自然集団について決定される毒性蓄積と、生体内変化動態が遺伝子改変水産養殖株(modified aquacuculture)に外挿される程度である。推論として、毒性測定に関する食物安全性規制と適切な分析方法論は、修正を必要とし、実質的同等性の考えが適用できるであろうか?現在では、このような判断は主に帰納的であり、自然集団と水産養殖システムで使われる遺伝子操作種で、バイオトキシン傾向を比較する試験は存在しないからである。どの場合でも3倍体株(triploid stocks)は、野生型と著しく相違しておらず、実質的同等性観念の脅威にはならないと思われる。PSP毒素は内因性生合成を通じてというより、外因性環境源から貝が獲得するので、このような毒素の代謝と排泄に対して、遺伝子改変が劇的な質的影響をおよぼす推測上の理由がないであろう。

成長率の変化、基礎代謝(グリコーゲン貯蔵を含む)生殖生理学、性腺容積
 染色体操作およびもしくは組み替えDNAテクノロジーから生じる成長率、基礎代謝(グリコーゲン貯蔵を含む)、生殖生理学、性腺容積における変化が、間接的に毒素異化と除去の動力学に、おそらく毒素成分の組織分割に影響する可能性が考えられる。遺伝子操作の不明な多面的効果は、特に消化管でPSP毒素生体内変化をもたらす酵素の合成と活性を変えると思われる。しかし、このような変化が、PSP毒素モニター戦略、あるいは毒素の分析育種技術の大幅な修正を十分正当化するということは考えられない。

結論
 個々の組織で藻毒素レベルを特に強調する食物安全性指針の確立は、ホタテガイが全部もしくは閉殻筋以外の組織とともに販売される場合に必要である。
 ホタテガイ養魚者と規制当局は、藻毒素に関連する可能性あるリスクと、毒性藻に曝露された種々の帆立貝製品販売がヒト健康におよぼす影響にすぐに気づくべきである。
 全てのホタテガイもしくは魚卵ホタテガイの安全な販売は、しばしばホタテガイに見られる毒素保持時間が長く、PSP毒性レベルが高い場合に、経済的にもヒト健康関連の点でもリスクの高い提案である。
 外因性海洋バイオトキシン蓄積については、(特に、ホタテガイのPSP毒性)野生集団から発展した実質的同等性の概念を、遺伝子操作による類似の水産養殖魚株(genetically engineered aquaculture stock)に適用するのは合理的である。

謝辞
著者はR.LArocque,I、St Pierre, N.Lewisの技術支援に感謝します。
 メイン湾産ホタテガイのPSP毒素に関する現場試験は、ニューイングランド漁業発展協会に授与された国立海洋大気局(NOAA)からの助成金共同契約(#NA−90−AA-HSK030)による資金援助を受けました。表示された意見は必ずしもNOAAもしくはその下部組織の意見を反映するものではありません。本論文はNRC No.34833として発表されました。

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