図1 肝臓の再生における2つの様式
(a)代償性肥大(代償性再生).実験動物モデルにおける部分肝切除では,いくつかの葉を外科的に切除する.残存する組織は障害をうけておらず,そのまま肥大することにより,もとの臓器の大きさを回復する(代償性肥大).この過程は,残存した組織において,成熟した肝細胞および肝臓を構成するほかの細胞が肥大あるいは増殖することにより行われる.
(b)前駆細胞に依存性の再生.薬物や毒物などにより重篤あるいは慢性的な障害をうけた肝臓では,成熟した肝細胞自体の増殖が阻害される.このような状況においては,未分化性をもつ特殊な肝前駆細胞の活性化が誘導され,これが増殖および分化することにより新たに細胞を供給し再生が行われると考えられる.
[Download] [hs_figure id=1&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/06/Miyajima-2.e007-Fig.1.png&caption=fig1-caption-text]
このような肝臓の再生の分野に,近年,新たな展開が生まれている.これまで中心であった部分肝切除モデルとは異なる様式により担われる肝臓の再生の分子機構に注目があつまり,急速にその理解が進みつつある.そこに主役として登場するのが,“肝前駆細胞”である.
図2 肝臓の構造
(a)肝臓には,通常の動脈(肝動脈)とともに,門脈を介して腸管からの血流が流入する.これらの血管は肝臓においてそれぞれ分枝構造をとりながら併走し,両者により運ばれた血液は最終的には混ざり合って実質組織へと流れ出す.
(b)血液は類洞とよばれる毛細血管網を通りながら肝細胞とのあいだで物質交換を行ったのち,中心静脈に流れ込み肝静脈に集合して肝臓から流出する.一方,肝細胞において産生された胆汁は,肝細胞のあいだに形成される毛細胆管へと排出され,胆管を経由して肝臓の外へと排出される.胆管も,肝動脈や門脈と同様に,肝臓において分枝構造をとる.
[Download] [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/06/Miyajima-2.e007-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]
代謝や解毒の中心器官である肝臓は,そのほかにもきわめて多くの重要な生理機能をもつ.それら機能の大部分は実質細胞である肝細胞により担われている.肝細胞は機能的な中心であると同時に,肝臓全体の8割ほどをしめていることから,多少乱暴ないい方にはなるが,肝臓の再生とは第一義的には肝細胞の再生のことだといい換えられる.肝臓の組織において,肝細胞は門脈と中心静脈という2種類の血管を両端とする軸にそって配列し,そのような肝細胞のあいだを類洞とよばれる毛細血管が走行する(図3 肝前駆細胞の研究における課題
肝前駆細胞は障害をうけたとき門脈域において出現するが,その正確な由来はわかっていない.正常な肝臓に,障害をうけたとき活性化される肝前駆細胞のもととなる,特殊な“肝幹細胞”が存在するという考えもある.活性化された肝前駆細胞は増殖しながら実質組織へと浸潤し,肝細胞および胆管上皮細胞へと二方向性に分化することにより再生に寄与すると考えられている.ただし,単一の肝前駆細胞が生体組織において実際に二方向性の分化能を示すという厳密な証明はなされていない.
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図4 FGF7シグナルによる肝前駆細胞の活性化の誘導
肝臓における障害に応答して,門脈域においてThy1陽性の間葉系細胞が増幅する.これらの細胞はFGF7を産生および分泌することにより,肝前駆細胞の活性化および増幅を誘導する“ニッチ”として機能する.
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一方で最近,ニッチシグナルによる肝前駆細胞の分化の制御に関しても興味深い報告がなされている図5 Wntシグナル伝達経路とNotchシグナル伝達経路とのバランスによる肝前駆細胞の分化における運命決定
肝前駆細胞にはNotchが発現している.胆管に障害が起こった場合には門脈域においてα平滑筋アクチン陽性の線維芽細胞がニッチを構成し,NotchのリガンドであるJagged1を発現することにより肝前駆細胞においてNotchシグナル伝達経路を活性化する.これにより,肝前駆細胞は胆管へと分化が誘導される.一方で,肝細胞に障害が起こった場合には,マクロファージがニッチを形成する.死んだ肝細胞の残骸を貪食したマクロファージはWnt3aを分泌し,肝前駆細胞においてβカテニン経路を介してNumbの発現を誘導する.NumbはNotchシグナル伝達経路を阻害するため,そのはたらきにより,肝前駆細胞は肝細胞へと分化が誘導される.
[Download] [hs_figure id=5&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/06/Miyajima-2.e007-Fig.5.png&caption=fig5-caption-text]
これまでに紹介したTWEAK,Wnt,HGF,FGF7,Notchを中心として,さまざまなシグナル伝達経路がどのように関連し相互作用しあっているのか,今後の解析により,肝前駆細胞の出現,増幅,機能を制御する細胞間ネットワークの全容が明らかにされることが期待される.
著者プロフィール
伊藤 暢(Tohru Itoh)
略歴:1998年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年 東京大学医科学研究所 博士研究員,2000年 米国Salk Institute for Biological Studies博士研究員,2003年 東京大学分子細胞生物学研究所 特任研究員,2004年 同 助手を経て,2013年より 同 講師.
研究テーマ:肝臓の再生の分子機構.
抱負:障害あるいは再生のときの肝前駆細胞の動態やほかの細胞との相互作用,それらのありのままのすがたをとらえてみたい.Seeing is believing.
宮島 篤(Atsushi Miyajima)
東京大学分子細胞生物学研究所 教授.
研究室URL:
http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/cytokine/index.html
? 2013 伊藤 暢・宮島 篤 Licensed under