図1 花と“配偶体”
減数分裂ののちにつくられる多細胞の1
n世代(単相世代)は配偶体とよばれ,植物において生殖細胞や受精を理解するために重要である.赤色で示した4つの配偶子(受精を行う細胞)を含め,受精に深くかかわる7つの細胞がある.雄の配偶体を花粉,雌の配偶体を胚嚢(はいのう)といい,それぞれ,葯と胚珠(はいしゅ,受精前の種子)においてつくられる.花粉が雌しべの先端の柱頭に付着する受粉により,受精の過程ははじまる.写真は,GFPにより核を標識したシロイヌナズナの花粉(右上)および胚嚢(右下)である.矢じりの色は模式図の色と対応し,中央細胞の核は対になっている2つである.灰色で示した3つの細胞は反足細胞である.下段に,受精にかかわる7つの細胞についてその特徴をまとめた.
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これら主人公を簡単に紹介すると,雌の配偶子として“卵細胞”と“中央細胞”の2つ,雄の配偶子として“精細胞”が2つ存在している.卵細胞は片方の精細胞と受精し胚を形成する.中央細胞は独立した受精により“胚乳”という胚の栄養器官(白米の部分)をつくるユニークな細胞である.卵細胞のように次世代に遺伝情報を伝えることはできないが,受精する細胞であることから配偶子のひとつとみなされている図2 生殖細胞の決定
花器官の発生の進むなか,減数分裂に進む2
n細胞が決定される.さらに,減数分裂ののち1
n細胞が分裂し配偶体の形成されるなか,生殖系列が決定される(赤色).植物における生殖細胞の決定には,細胞の系譜よりも,細胞間コミュニケーションにもとづく位置情報が重要である.下段に,雌性配偶体において配偶子の数が異常になる変異体を示した.
[Download] [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/11/Higashiyama-1.e007-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]
雌の配偶体である“胚嚢”(はいのう)の形成はつぎのように進む.種により多少の違いはあるが,シロイヌナズナなど多くの植物にみられる一般的なパターンで説明する(図3 花粉管ガイダンス
花粉から伸長した花粉管(青色)は,雌しべのおのおのの組織から多段階のガイダンスをうける(赤色の矢印).たとえば,シロイヌナズナでは少なくとも,1)柱頭,2)伝達組織(雌しべの中央を貫いている花粉管の通り道にあたる組織),3)伝達組織から組織の表面に現われる段階,4)胚珠の柄(珠柄)をよじのぼる段階,5)胚嚢へつうじるトンネル(珠孔)の入り口に入る段階,といった5段階においてガイダンスがみられる.ひとつの胚珠に複数の花粉管がむかわないようにする反発作用も提唱されている(緑色の記号).しかし,実体が明確に示されているのは,助細胞(水色)から分泌され最終段階においてはたらくLUREやZmEA1といった短い距離で作動する誘引ペプチドのみである.受精に失敗した胚珠では,残りの助細胞を使い2本目の花粉管が積極的に誘引され受精が回復する.花粉管の内容物の放出をうけて細胞死を起こした助細胞を青色で示す.下段は,シロイヌナズナの花粉管をアニリンブルー染色により観察した実際のようす.
下段左の写真撮影:金岡雅浩博士(名古屋大学大学院理学研究科)
[Download] [hs_figure id=3&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/11/Higashiyama-1.e007-Fig.3.png&caption=fig3-caption-text]
それでは,花粉管の先端はどのように卵細胞の位置にまで到達できるのだろうか.そのための分子機構が花粉管ガイダンスである.花粉管ガイダンスとは,雌しべからうける伸長方向の制御であり,これにより花粉管は道に迷うことなく卵細胞まで到達する.花粉管ガイダンスのおもな特徴について,雌しべの母体組織(2図4 重複受精
生細胞イメージングにより,1)精細胞は花粉管から放出される勢いのまま正確に受精のポイントに届けられ(平均9秒),2)その場にしばらくとどまったのち(平均7分),3)それぞれ卵細胞および中央細胞と受精する,ことが明らかになった.2つの精細胞の機能は同じである可能性が高まっており,なぜ,別の相手と確実に受精できるのか,受精ののちの異なる発生プログラムに対しいかに準備されているのかなど,多くの謎が残っている.下段は,シロイヌナズナにおける受精の映像の連続写真で,赤色は2つの精細胞の核,緑色は2つの助細胞,点線は卵細胞(左)と中央細胞(右)の位置を示す.また,左上には精細胞の放出開始からの時間を示す.
下段の写真撮影:浜村有希博士(名古屋大学生物機能開発利用研究センター)
[Download] [hs_figure id=4&image=/wordpress/wp-content/uploads/2012/11/Higashiyama-1.e007-Fig.4.png&caption=fig4-caption-text]
しかし,重複受精は,じつはまだ多くの謎に包まれた現象である.たとえば,1)鞭毛もなくアメーバ運動もしない,自分ではまったく移動することのできない精細胞が,いかにして標的の細胞と融合するのか,2)卵細胞と中央細胞に対し,2つの精細胞の受精の相手はどのように決定されているのか,3)胚と胚乳という異なる受精産物のもつ発生プログラムに対し,2つの精細胞はどのように準備されているのか,などの点があげられる.重複受精の解析がむずかしいのは,受精の過程が組織の深部においてすばやく進行するため,そのようすをとらえにくいためにほかならない.
しかし最近,シロイヌナズナにおいて重複受精の解析が進展している