図1 タンパク質研究の歴史と展望
構造,物性,機能の研究から,過飽和生命科学の開拓へ.
[Download] [hs_figure id=1&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.1.png&caption=fig1-caption-text]
1950年代,ミオグロビン,ヘモグロビン,卵白リゾチームをはじめとするタンパク質のX線結晶構造がつぎつぎと明らかとなり,タンパク質の機能を構造にもとづき理解することがはじまった図2 タンパク質のフォールディングとアミロイド線維の形成
(a)自由エネルギープロファイルと,それぞれの状態の構造.
(b)組み木パズルによるイメージ.
[Download] [hs_figure id=2&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.2.png&caption=fig2-caption-text]
図3 アミロイド線維の顕微鏡像
(a)剛直な形状.
(b)フレキシブルな形状.
アミロイドβ(1-40) の形成したアミロイド線維について,アミロイドに特異的なチオフラビンTの蛍光を全反射蛍光顕微鏡により観察した.微妙な条件の差により異なる形状の線維が観察された.
[Download] [hs_figure id=3&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.3.png&caption=fig3-caption-text]
以上のアミロイド線維の形成反応とまったく同様の特徴をもつ現象を思いうかべることができる.すなわち,物質の結晶形成である図5 超音波によるβ2ミクログロブリンのアミロイド線維の形成35)
酸変性したβ
2ミクログロブリン(0.3 mg/ml,0.1 M NaCl,pH 2.5)に対し,水槽型の超音波照射装置を用いて,2万Hzの超音波を1分間の照射,9分間の停止のくり返しで照射した.アミロイドに特異的なチオフラビンTの蛍光を原子間力顕微鏡により観察したところ,約1時間の遅延時間ののちアミロイド線維の形成がはじまったことが明らかになった.
[Download] [hs_figure id=5&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.5.png&caption=fig5-caption-text]
いったん伸長したアミロイド線維に対して超音波の照射をつづけると線維は断片化した図6 過飽和と準安定状態41)
(a)ニワトリ卵白リゾチームのpH 5付近における塩濃度に依存した偏比容.
(b)β
2ミクログロブリンのpH 2における塩濃度に依存した構造状態の相図.
溶質の濃度が平衡溶解度より低いときは未飽和状態(領域1)である.過飽和状態は,自発的な核形成の起こらない準安定状態(領域2)と,遅延時間ののち自発的な核形成へとひきつづく結晶化の起こる不安定状態(領域3)からなる.過飽和度が進みガラス転移点をこえると,ただちに不定形凝集(ガラス状態)を生じる(領域4).
[Download] [hs_figure id=6&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.6.png&caption=fig6-caption-text]
結晶と不定形な凝集,あるいは,ガラス状態の析出は,固体と液体との相転移にもあてはまる.たとえば,水晶は二酸化ケイ素(SiO図7 エコカイロとルビンの壺
(a)固体(下部)へと変わっていく途中のエコカイロ.
(b)ルビンの壺.
[Download] [hs_figure id=7&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.7.png&caption=fig7-caption-text]
酢酸ナトリウムはさまざまな化合物のなかでもとくに過飽和を形成しやすい物質であり,理科の教材としてもよく使われているらしい.筆者も中学や高校の授業で目にしたことがあったのかもしれない.記憶にないのは興味がなかったからであろう.さっそく購入して実際に体験してみたが,“タンパク質のアミロイド線維形成を解く鍵は,過飽和にあり”と確信した.エコカイロを静置しておくかぎり,過飽和はおそらく永久に解消されない.つまり,準安定状態にある.それがカチッという衝撃により数秒で固化する.あるいは,酢酸ナトリウムのひとかけらをくわえたとき酢酸ナトリウムはそれをシードとして激しい結晶化を開始する.まるで,紙切れにマッチで火をつけることにより,それまで安定に存在していた紙切れが一瞬に燃え切ってしまうイメージである.過飽和は重要である.決してささいなことではない.ルビンの壺が思い出された(図8 超音波によるアミロイド線維の形成43)
(a)96ウェルプレートにβ
2ミクログロブリンの溶液とチオフラビンTをくわえ,超音波を照射する.チオフラビンTの蛍光強度を観測することによりアミロイド線維の形成を検出する.赤い色で示したウェルでは,アミロイド線維がより速く形成されている.
(b)それぞれのウェルにおける蛍光の時間変化.
(c)生成されたアミロイド線維の原子間力顕微鏡像.
(d)HANABIの外観.
(e)HANABIを用いて観測したβ
2ミクログロブリンのアミロイド線維形成反応.
[Download] [hs_figure id=8&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.8.png&caption=fig8-caption-text]
超音波照射装置とプレートリーダーとを合体させることにより,アミロイド線維の形成を自動的に誘導し検出する装置HANABIを開発した(図9 タンパク質の溶解度と構造状態41,47)
(a)タンパク質のサイズと濃度に依存した構造状態の相図.
(b)コンフォメーションのユニークさと濃度に依存した構造状態の相図.
溶解度の境界は熱力学的に決定されているが,みかけの溶解度は過飽和により支配されている.
[Download] [hs_figure id=9&image=/wordpress/wp-content/uploads/2013/01/Goto-2.e002-Fig.9.png&caption=fig9-caption-text]
なお,溶解度にもとづくアミロイド線維形成のモデルは,脂肪酸の臨界ミセル濃度とミセル形成によく似ている.ただし,決定的に異なるのは,脂肪酸のミセル形成には過飽和は存在しないことであろう.過飽和は結晶のようにしっかりとした規則的な構造にのみ存在すると考えられる.つまり,規則的な秩序だった結晶には過飽和があるが,不定形凝集にはない,あるいは,きわめて不安定であると予測される.
以上の“溶解度”や“過飽和”にもとづく研究と,アミロイド線維の分子構造および原子構造にもとづく研究とが一体になったとき,ルビンの壺の謎が解明されるであろう.