4.2 遺伝子組換え生物の野外利用のリスク評価の基本
さて、それでは遺伝子組換え生物の野外試験のリスクをどのように評価したらよいでしょうか。
組換えDNA技術の安全性について、国際的なレベルで検討を行っていたOECDは1986年に
「組換えDNAの安全性に関する考察」という報告書を発表しました。この報告書は主として施設内での遺伝子組換え生物の取扱いの安全性について述べていますが、農業分野のように、組換えDNA技術により開発された生物を野外で扱う場合の安全性についても記述しています。そして安全性を事前に評価する際に考慮すべき事項を挙げています。この報告書は考慮事項のそれぞれについては、安全性の評価規準を示していません。その理由は、遺伝子組換えにより性質を変えた生物を野外で試験することの安全性は、もとの生物の性質や遺伝子組換えによる性質の変化、さらにその生物を利用する環境の性質の「相互作用」に依存するためです。フランスの哲学者パスカルの有名な言葉に、「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていただろう。」という言葉があります。この場合、もとの生物(この場合は人)がクレオパトラという美貌のエジプト女王であったことは重要です。また、鼻が低いことがクレオパトラの美貌に与える影響が小さくないことも重要です。さらに、クレオパトラが生きた時代、およびクレオパトラが影響を与えた人物(シーザーおよびアントニー)が当時の世界史の中で極めて重要な人物であったことも重要です。この三つが組合わさっていたために、「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていただろう。」ということになるのです。
これと同じように、遺伝子組換え生物の野外利用の影響も、もとの生物の性質、遺伝子組換えにより新たに加わった性質、野外利用する環境の性質の相互作用に依存するということが言えます。そのために、考慮すべき事項をリストアップすることはできても、どのようであればリスクが高い、という明確な判断基準を一つ一つについてあらかじめ示すことは難しいのです。あくまでケース・バイ・ケースで判断しなければなりません。
ただし、その後、米国の生態学会は1989年にこのような観点からの検討結果を発表しました。この報告書
「遺伝子操作生物の計画的導入 −生態学的考察と勧告−」では、遺伝子組換え生物を意図的に野外に放出して利用する場合に、1.遺伝子改変に関係する事項、2.もとの生物に関する事項、3.遺伝子組換え生物ともとの生物の性質に関係する事項、4.環境に関係する事項について、それぞれどのような性質について科学的な検討を詳しく行う必要があるか(つまりリスクに大きく関係するか)を示しています。