3.2 OECDにおける産業利用のためのガイドライン(GILSPを中心として)

 OECDにおける遺伝子組換え微生物等の工業分野での産業利用のガイドラインは、我が国をはじめとする各国の施設内での産業利用のための安全性確保ガイドラインに大きな影響を与えました。
 遺伝子組換え微生物の実験施設内での利用の経験の中から、1980年代のはじめ頃には、組換え微生物の施設内での利用の人の健康に対する潜在的有害性は、宿主、ベクター、導入遺伝子の安全性および組換えDNA実験の内容から予測することができるという合意が生まれていました。つまり、安全性の高い宿主に安全性の高いベクターや遺伝子を導入して作成された組換え微生物の安全性は、同様に高いという考え方です。従って、施設内での産業利用のためのガイドラインづくりで最も重要であった点は、大量の組換え微生物等を扱うことになる産業利用に、この考え方をそのまま応用できるか、という点でした。特に、発酵工業等で利用されてきた多様な微生物を宿主として用いる場合に、その大量利用の安全性をどのように考えるか、という点が焦点になりました。
食品産業をはじめ、いろいろな産業で昔から微生物が安全に使われてきた。
 我が国には味噌、醤油、酒の醸造や、発酵を利用したアミノ酸、調味料の生産等、豊かな発酵工業の歴史があり、これらの産業では多様な微生物(例えば麹菌や酵母など)を多量に安全に利用してきました。そこで、このように長期間安全に利用されてきた微生物については、同様の取扱いを行った場合には安全と考えられるという、一つのコンセプトが生まれました。つまり、科学的なデータに基づく安全性の他に、実際に長い間、安全に取り扱ってきた、という経験を安全性の証としたのです。
 OECDのガイドラインでは、このような日本が提唱したコンセプトが取り入れられて、GILSPという取扱い基準ができました。このコンセプトは、基本的に、これまで長期にわたり安全に工業利用されてきた病原性のない宿主微生物に、有害性の知られていない遺伝子配列を導入して作った、遺伝子の転移や環境中での生残が起こらないような組換え微生物は、宿主微生物の通常の工業利用と同様の取扱いでよい、というものです。
 我が国では、1986年から1989年にかけて、通産省(当時)、農水省、厚生省(当時)が相次いで、OECDの上記の考え方を取り入れた遺伝子組換え微生物等の産業利用のためのガイドラインを作りました。また、欧州および米国でもOECDの考え方は規則やガイドラインに取り入れられています。
 また、この「長期にわたる安全な利用経験」を安全性の証とする、という考え方は、遺伝子組換え微生物等の産業利用に大きく道を開いたと同時に、その後の遺伝子組換え生物の野外における利用や遺伝子組換え食品の安全性に関する議論においても、基本的なコンセプトとして大きな影響を与えています。

4.1 遺伝子組換え生物の野外試験の安全性に関する議論