6.6−a 微生物を用いたバイオレメディエーション

1.バイオレメディエーションとは
 バイオレメディエーション(Bioremediation)とは、汚染された土壌や地下水を、生物の力を借りてもとの状態に修復する(環境修復)技術と定義される。その手法は、汚染サイト(現場)で修復を実施する in situバイオレメディエーションと、汲み出したり掘り出した後、リアクターやその場に積み上げて浄化するon-siteあるいはex-situバイオレメディエーションの二通りに大別される。しかし、一般にバイオレメディエーションといえば、in situでの環境修復技術を指し、これを後者と区別するためにin situバイオレメディエーション(原位置環境修復)と表すことが多い。
 微生物を利用した汚染物質の処理技術(生物処理技術)としては、活性汚泥法や生物膜法がよく知られている。これらの生物処理技術では、一般に、有機性汚濁物質全般が処理の対象であるのに対し、バイオレメディエーションでは、ターゲットとなる物質は1種類から多くとも2、3種類程度と的が絞られている。したがって、活性汚泥のようにコンソーシア(微生物の複合体)全体の汚泥滞留時間(SRT)を制御するのではなく、ターゲット物質を分解する特定の微生物を増殖・制御することに技術の中心が置かれるのが特徴である。
2.バイオレメディエーションの対象物質
 バイオレメディエーションは新しい技術というわけではなく、アメリカでは1970年代に既にパイプから漏れた石油の浄化技術として実施されていた。ところが、工場からの意図しない漏出や埋立地や貯蔵タンクのずさんな管理がもとで土壌や地下水が汚染する事故が絶えず、またタンカーからの石油流出事故(アラスカのパルデイーズ号、日本海のナホトカ号事件等)も頻繁に起こるなど、浄化対象が近年になって急増し、日本でも注目を浴びるようになってきた。しかし、汚染サイトや汚染物質のすべてがバイオレメディエーションの対象になるわけではなく、汚染物質の生分解性や汚染サイトにおける土壌・地下水の地質学的特性に支配される。ここで、微生物による分解により浄化が可能な汚染物質を例示すると、次のようなものが挙げられる。
 I.石油系炭化水素
 ガソリンやそれの主要成分である、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン(BTEX)、あるいは多環芳香族炭化水素(PAHs)のナフタレン、フェナントレン等が挙げられる。また、米国、カナダなどでは木材防腐剤であるクレオソートの汚染も深刻である。その他ペンキ、ラッカー、防虫剤等に使われる、エーテル、エステル、ケトンも対象物質である。
 II.ハロゲン化物
 直鎖炭化水素のハロゲン化物では、飛行機、自動車、ドライクリーニング、集積回路等に使用される有機溶媒や油洗浄剤(例、TCE、PCE、ジクロロメタン、四塩化炭素等)による汚染が浄化対象となる。一方、芳香族炭化水素のハロゲン化物では、溶剤、殺虫剤(防腐剤)、防徴剤(例、ペンタクロロフェノール(PCP)、ポリ塩化ビフェニル(PCB)、ベンゼンヘキサクロライド(BHC)等が対象となる。ダイオキシンも、いまだに実験の域を出ないが対象となる。
 III.ニトロ化合物
 ドイツではトリニトロトルエン汚染が浄化対象となっている。
 IV.重金属
 バイオレメディエーションには、より害の小さな形へと変換する操作も含まれる。したがって、それ自体は無機物であり生分解の対象とならない、水銀、カドミウム、鉛、六価クロム、セレン等の重金属類等もバイオレメディエーションの対象となる。
3.バイオレメディエーションのリスク管理と公衆による受容(パブリック・アクセプタンス)
 ここで例示した物質の多くについては、生分解に伴う分解中間体の蓄積の可能性が懸念される。しかし、当初の有害汚染物質に比べてより害の小さな形になり、リスクが軽減されていれば、完全には分解されなくともバイオレメディエーションの成果と受け止めることができる。特に、バイオレメディエーションの到達日標を定め、あるいは修復事業の終了を決定する際には、環境基準だけでなく、リスク管理の考え方(→1.1−a)を導入することで、より現実的な対策を提案することができる。この考え方は、既にアメリカ等では広く採用されている。特に日本では汚染地の多くが民家の密集地周辺であることが多いので、汚染現場の現況、対策技術と到達目標、将来のリスクとモニタリングなど、常に産官学がスクラムを組み、情報を開示しながら事業を進めていくこともバイオレメディエーション事業の必要条件といえよう。
4.組換え微生物を利用したバイオレメディエーションのためのガイドライン
 遺伝子の塩基配列を人間の手で改変できる遺伝子組換え技術が開発されて早や30年になる。
 当初はこのような技術を用いれば万能の微生物を創製することも可能になると思われていたこともあり、1975年のカリフォルニア州アシロマにおける会議では、人間にとってはよい面ばかりでなく、とんでもない生物ができてしまうというマイナス面も考慮すべきであることが指摘された。
 これを受けて、米国NIH(National Institute of Health)が中心となり1979年に組換えDNA実験のガイドラインが策定され、わが国においても1979年に組換えDNA実験指針が内閣総理大臣より告示された。その後、組換え体を利用した産業用製造プロセスに関するガイドラインが各省庁で定められた。通商産業省(現経済産業省)が「組換えDNA技術工業化指針」、厚生省(現厚生労働省)が「組換えDNA技術応用医薬品製造のための指針」、農林水産省が「農林水産分野における組換え体の利用のための指針」を相次いで策定した。
 これらのガイドラインは、いずれも組換えDNA技術の応用における安全性の確保が目的となっていることから、策定当初は厳しい規制内容となっていた。しかし、安全牲が確認されるにつれて改訂が重ねられ、内容的には規制が緩和されてきている。これは、組換えDNA技術そのものに危険性があるのではなく、組換え微生物そのもののリスク評価が重要であるとの認識が一般的となってきたという、社会的な背景によるものと思われる。これはまた、組換えDNA技術によってとんでもない微生物を作り上げてしまうという可能性が低いこと、裏返してみれば組換えDNA技術は決して万能の技術ではないことが明らかにされてきたためともいえる。
 以上のガイドラインは、組換え体を閉鎖系で利用することを基本としているが、開放系での利用の道を切り開くためのガイドラインの整備が必要であることから、通商産業省(現経済産業省)では1998年、組換えDNA技術工業化指針の改訂を行った(平成10年通商産業省告示259号)。このガイドラインの中では、人為的に外界から隔離された条件下での組換え体の利用を「第一種利用」、自然条件下の限定された区域での組換え体の利用を「第二種利用」と位置づけ、それぞれについて安全性の評価ガイドラインを定めている。
 新しいガイドラインによれば、原則として事業者は、第二種利用取扱いの組換え体を取り扱う場合、「作業区域又は作業所から周辺への組換え体の漏出を防止又は最小限にするために必要とされる取扱方法及び安全管理方法を遵守することにより、組換え体の取扱いに係る安全性を確保する」とされている。
 このガイドラインの策定によって、初めて組換え体の開放系での利用に道が開かれたことになる。また、組換えていない微生物であって分類・同定されているものを利用する場合には、当分の間、本指針を準用することとされた。
 微生物を開放系で利用している例としては、コンポストなどの発酵有機質肥料の施肥、水処理用微生物製剤の処理装置への添加、脱臭用微生物製剤の散布などがあげられるが、これらの微生物製剤は、使用の歴史の中で経験的に安全性が評価されてきている。その一方で、純粋培養微生物およびそれらの混合物は、開放系では起こり得ない滅菌系、閉鎖系での培養により得られたものであり、これらの微生物の開放系での利用については、長期利用の歴史がなく安全性の評価がいまだなされていない。
 そこで、「組換えDNA技術工業化指針」の改訂は、組換え微生物だけでなく、これらの純粋培養微生物について適切な利用の道を開こうとして行われたとも言うことができる。
5.バイオレメディエーションと微生物管理の手法
 汚染サイトの浄化にあたっては、一般に高濃度の段階では物理化学処理を先行させ、汚染が低濃度になった段階でバイオレメディエーションを行うのが普通である。例えば、高濃度に汚染されている場合、土壌より直接吸引したり、加熱により揮発させたり、溶媒を注入して抽出したり、扱み上げた地下水に空気を吹き込んでストリッピングさせる操作が先行し、低濃度になった段階で生物処理に切り替えている。また、バイオレメディエーションの実施にあたっては、あらかじめ汚染物質が生分解性を有することを確認するだけでなく、汚染サイトの地質学的特性を調査すべきである。これは、バイオレメディエーションは均一な地層ほど有効であるためである。これらの条件を満たす低濃度あるいは物理化学処理で低濃度になった汚染サイトではバイオレメディエーションは経済的であり、かつ作業員や住民への危険性は、真空法、抽出法等より少ない。
 ここでバイオレメディエーションにおける微生物管理は、大きく次の2手法に分けられる。
I.土着微生物の活用:バイオスティミュレーション(Biostimulation)法 
 汚染環境に存在する分解微生物を、原位置の環境条件を整えて増殖させ、分解を促進する方法である。石油系炭化水素のように、汚染物質が微生物の基質になる場合、増殖を促進するために不足した窒素やリンを添加したり、ときには空気あるいは酸素や過酸化水素(電子受容体)を供給する。一方、TCE(トリクロロエチレン)は微生物により分解は受けるものの、これが基質とならないので、まずフェノールやトルエンなどを利用してTCE分解酵素を産出する微生物を炭素源と窒素、リンおよび空気を供給して増殖させ、汚染物を分解させる。
II.非土着微生物の活用:バイオオーグメンテーション(Bioaugmentation)法
 汚染環境に分解微生物が少ないか、あるいはわずかしか存在しない場合、あらかじめ開発された分解微生物(純粋分離微生物で、同定され、病原性や毒素生産がないことが確認された分解微生物)を大量培養して汚染場所に導入し、原位置で分解を促進させる方法である。このとき、先と同様、分解微生物の増殖を促進させ、分解活性を高めるために、酸素を供給したり、ときには栄養素である窒素やリンあるいは炭素源を添加することもある。
 両者において、汚染環境中に酸素がない場合でも、三価鉄や硝酸イオンが存在する場合は、これが酸素の代わりの電子受容体となり、分解は可能である。このとき、三価鉄や硝酸イオン自身は二価鉄や窒素ガスまで還元される。また、TCEのようなケースでは、共酸化(共代謝)といわれ、増殖の際に分解微生物が生産する酵素が汚染物の分解に転用されるので、酵素の誘導が必須となる。
 以上の微生物管理を模式的に表すと下図のようになる。欧米ではこれ以外にも、ナチュラルアテニュエーション(natural attenuation)と称される、十分なリスク管理を実施しながら、時間はかかっても自然の浄化力を活用する手法も取られている。この場合、特に嫌気環境下での脱ハロゲン反応に適用されることが多い。
6.バイオレメディエーションの技術評価
 バイオレメディエーションを行うにあたって、その評価を的確に行う必要があるが、これには以下の3点が重要である。
I.汚染物質が分解微生物(土着、非土着を問わず)の働きで分解・消失、またはより安全な形に転換されていることを確認する。そのためには、実験室内で現場を再現(スケールダウン)し、汚染物質の消長および分解微生物の挙動(代用できる活性の変化等)を追跡する。
II.現場でも、I.で実施した試験と同様の反応が起こっていることを確認する。例えば、現場での汚染物質の消長モデルを作成し、室内実験で得られたパラメーターを用いてシミュレーションを行い、現場データと一致するかどうかを調べる。あるいは、室内実験で確認された中間体を現場で検出するなどして、分解経路の室内実験との一致を確認する。
III.現場からの汚染物質の減少を追跡(モニタリング)する。
引用文献
1)藤田正憲編集、バイオレメディエーション実用化への手引き、リアライズ社 p3-8(2001)
2)中村和憲、微生物による環境改善、産業図書 p112-113、139-143(2002)

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