第3章  施設内での産業利用の安全性

3.1 産業利用の始まり

 遺伝子組換え技術は、当初は生物医学分野の基礎研究のために利用されていました。しかし、実は組換えDNA技術を用いた研究が行われるようになった早い時期から、米国では、この技術が産業に大きな影響を及ぼす技術であることが認識されていました。そして、そのようなバイオベンチャー企業も生まれてきました。例えば、米国のバイオベンチャー企業であるジェネンテック社は1970年代の終わりに、NIHに対してインシュリンの商業生産をめざして遺伝子組換え大腸菌の大量培養実験を申請しています。
 また、米国議会の技術評価局は1981年4月に「遺伝子工学の現状と未来(原題:応用遺伝学の衝撃)」という報告書を発表し、この技術が産業にもたらす影響及び産業利用を行う上で必要となると考えられる制度(例えば安全のための規制や特許など)や社会との関係についてまとめています。1984年にはその続編とも言うべき「国際比較バイオテクノロジーの開発戦略(原題:商業バイオテクノロジー:国際分析)」という報告書を発表し、バイオテクノロジー分野における米国の競争力に関する分析も行っています。
 このように商業利用の機運が高まったことから、1983年、経済協力開発機構(Organization for Economic Cooperation and Development、 OECD)は規制の国際調和を目的として、加盟国の専門家により、遺伝子組換え生物等を工業分野、農業分野、環境分野で産業利用する場合の安全性確保のためのガイドラインの検討を開始しました。ここで、工業分野の産業利用とは、例えば遺伝子組換え微生物や遺伝子組換え培養細胞を用いて医薬品や工業原料等を商業生産することです。また、農業分野の産業利用としては例えば遺伝子組換え技術を用いて品種改良した作物の栽培、環境分野の産業利用としては遺伝子組換え微生物を利用した環境汚染物質の分解(6.6遺伝子組換え生物の新たな利用分野―バイオレメディエーション参照)などが考えられていました。
 遺伝子組換え技術の産業利用の段階における主要な問題は、製造の過程と製品の両方において安全性を確保することでした。OECDにおけるこの検討の結果は1986年に、「組換えDNAの安全性に関する考察」という報告書にまとめられ、工業分野の産業利用の安全性確保のためのガイドラインが示されました。この報告書に示された工業分野の産業利用についてのガイドラインの内容については次項に記します。一方、農業分野および環境分野の産業利用についは、ガイドラインを示す段階には至りませんでした。
 なお、OECDは報告書の中で、「組換え体の使用を規制する特別の法律を制定する科学的根拠は、現在存在しない」という認識及び組換え体の安全性評価はケースバイケースで行うべきである、という指摘を行っています。

3.2 OECDにおける産業利用のためのガイドライン(GILSPを中心として)