4.3 遺伝子組換え生物の大規模野外栽培のリスク評価とファミリアリティー

 3.1の項で全米科学アカデミーの報告書が遺伝子組換え生物の野外試験の安全性に関する議論で重要な役割を果たしたことを記しました。その後、1989年に、全米科学アカデミーは「遺伝子改変生物の野外試験:判断のための枠組み」という報告書を出版しました。この報告書ではファミリアリティーという重要な概念が示されています。
 遺伝子組換え生物の野外試験が環境に与える有害影響に関しては、当初、外来生物の侵入や導入で生じた生態系への有害な影響からの類推が行われました。けれど、これまでその環境に生育したことのない外国の植物を導入する場合に比較して、例えば品種改良によって病気になりにくくしたイネを水田に植えた場合の方が、その生態系への影響については類推しやすいように思えます。これは何故でしょうか。
 その理由は、イネそのものや、水田に植えられたイネがどのような挙動を示すのか(例えば雑草のようにどんどん広がるか、冬を越すことができるかなど)をわれわれが経験から良く知っているためです。このように経験にもとづいて良く知っていることを英語でファミリアリティー(familiarity)があるといいます。(このような言葉を、その概念も含めて日本語に訳すのは難しいため、ここではこの言葉をそのまま使うことにします。) 全米科学アカデミーの報告書は、遺伝子組換え生物の野外試験のリスク評価を行う場合に、1.その遺伝子組換え生物や元の生物の性質、2.遺伝子組換えにより新たに加わった性質、3.その生物を導入する環境、さらにこれらの相互作用についてファミリアリティーがあるかどうかが、その生物のその環境への導入のリスクを評価する上で大変参考になる、ということを述べているのです。ここで、ファミリアリティーがある、ということと安全である、ということは同じではありません。ファミリアリティーがあるということは、より確からしいリスク評価ができる、ということなのです。つまりファミリアリティーのあるものについては,その環境への導入の成り行きをある程度予測することができると考えられるわけです。
 遺伝子組換え生物の野外利用のリスク評価に「ファミリアリティー」の概念を用いることは、その後、OECDにおける国際的な議論の場でも検討され、現在では遺伝子組換え生物の野外利用のリスク評価の第一歩として利用されています。
遺伝子組換え生物の大規模野外利用に関し、そのリスク評価の背景にある考え方についてもっと詳しく知りたい人は4.3-a 遺伝子組換え生物の野外利用の安全性を参照
5.1 農作物の食品としての安全性