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第3章
遺伝子組換え微生物(GMM)のリスク評価と封じ込め利用

ジョン・グリンステッド
ブリストル大学(英国)


はじめに

 1970年代前半に遺伝子工学が現実的な問題として登場して以来、遺伝子工学は多くの国で政府あるいは政府に準ずる機関による規制の対象になってきた。こうした措置が取られている理由として、もともとこの技術には「自然の」生物がもたらすものとは質的に異なり、本質的により危険な潜在的リスクがあるという認識がある。
 これまでに、こうした憶測を裏付ける実績はない。単離された組換え生物の性質に関しては、既知の構成要素によって定義されており、クローンを単離するためにまず構築されるライブラリーに関しても、予想外の危険が生じるという証拠はない。
 しかし、多くの国では遺伝子改変を特に対象とした規制が行われており、遺伝子工学がかかわる実験は、ごく無害なものでも詳細な評価を行うことが法律で求められるというのが実状である。また、遺伝子組換え生物(GMO)の総合的なリスク評価においては、遺伝子の改変は考慮すべき要因として加えるものの1つであるというのも事実である。本章では、微生物に通常付随する危険と、それらが実験室内でどのように扱われているかを述べる。その後、GMOに固有の危険、これらの危険をどういった方法で評価することができるか、そしてその結果行われる封じ込め措置との対応関係を検討する。本章のベースには、英国で行われている方法が用いられている。特に広くに参考にされているのは、『病原体の危険度による分類および封じ込めの種類(Categorization of Pathogens According to Hazard and Categories of Containment)』第2版(1990年)(HMSO ISBN 0 11885564 6)、および遺伝子改変を伴う研究のためのACGM/HSEによる手引書(Notes of Guidance)である。これらの方法を裏付ける原則は普遍的であり、関連するリスクを効果的に評価することができるものである。

微生物によるバイオハザードの分類

 GMOの封じ込め利用におけるリスク評価に関して、重大になるのは一般に微生物によるバイオハザードであり、高等生物の封じ込め利用については問題がないはずである(顕花植物の場合には、花粉を封じ込めるための適切な予防措置を講じる必要がある)。微生物一般に関して、潜在的な危険性がもっとも大きいのは、病原性、つまり特定の宿主に感染し、その内部で病気を引き起こす力である。この他に考慮しなければならない要因として、生育不能な生物やその構成要素、あるいは微生物の発現産物の持つ毒性、アレルゲン性その他の生物学的影響がある。毒性の概念は致死性に限られるべきではなく、変異原性、発癌性、神経毒性、環境影響といったものも含まれるべきである。
 感染とそれに続く発病は、微生物が、その増殖を防ぎ抑える宿主の能力に対抗して宿主内で増殖する能力によって左右される。つまり、細菌の病原性の本質は、宿主内に侵入し、適当な生息場所を見つける能力である。侵入とは、単に宿主と感染因子の偶然の接触ではなく、当初の侵入部位と最終的な定着部位とでは微生物の周囲を取りまく環境が大きく変化する場合もある。したがって、病原体は、いくつかの異なる環境で生育でき、環境の変化に耐性を発揮できる遺伝的な仕組みを持っているはずである。さらに、病原体のある特殊な病原性は、感染した微生物がその宿主内で一定の環境に遭遇するまで発現しないかもしれない。つまり、一般的に、病原性とは単なる性質ではなく、食菌作用に抵抗性を示す莢膜、細菌毒素、細菌の線毛のようなビルレンス(毒力)を決定する要因のほか、宿主内への侵入や定着に関連するより複雑な要因が関わっているのである。
 微生物が持つ病原性はさまざまで、その病原性によって便宜的に分類されている。さらにこの分類は、適切な封じ込めレベルを決定する際に利用できる。たとえば英国では、微生物が1から4のレベルに分類されている。

1. ハザード・グループ1―人に病気を引き起こす可能性がほとんどないと思われる微生物。
2. ハザード・グループ2―人に病気を引き起こす可能性があり、実験従事者に対して危険な場合があるが、地域社会に拡散する可能性は低い微生物。実験室での曝露によって感染が起きることはほとんどなく、通常、有効な予防法や対処法が用意されている。
3. ハザード・グループ3―人に重症の病気を引き起こす可能性があり、実験従事者に対して重篤な危険性を示す微生物。地域社会への拡散のリスクがあり得るが、通常、有効な予防法や対処法が用意されている。
4. ハザード・グループ4―人に重症の病気を引き起こし、実験従事者に対して重篤な危険性を有する微生物。地域社会への拡散のリスクが高く、通常、有効な予防法や処置がない。

ハザード・グループ2、3および4の微生物が「病原体」である。これらのレベルに分類される微生物については、表3.1に示した。

 この分類の目的は、封じ込めが実験従事者と社会全体の両方を保護するためのものでなければならないことに留意し、病原微生物に応じた適切な封じ込めを行うことにある。したがって、ハザード・グループのレベルが上がるのにしたがって、封じ込めのレベルが高くなる。ハザード・グループと封じ込めレベルを一致させる上で考慮されているのが、病原性、伝播経路、疫学的因果関係、宿主の感受性である。封じ込めに失敗する可能性とその影響についても考慮が必要で、適切な場合には、事故の際に住民や環境の安全を確保するための緊急対策を用意する必要がある。
 封じ込めの際に重要なのは、標準的な作業手順や手法を厳守することである。優良試験所規範(Good Laboratory Practice:GLP)があらゆるレベルの封じ込めの基準でなければならない。基準は次にあげる手順・方法からなる。

1. 職員の安全を目的とした内部の実施規範を定め、実施しなければならない。
2. 実験室の職員は、実験室内で実施される手順について指導を受けなければならない。
3. 実験室は洗浄が容易でなければならない。作業台の表面は、耐水性で、酸、アルカリ、溶剤および消毒剤に耐性がなければならない。
4. 実験室で強制換気が行われている場合は、室内の空気を抽出することによって内部への空気の流れを保たなければならず、また抽気ファンが故障の場合に、実験室に陽圧がかかるのを防ぐためのシステムにつながっていなければならない。また、換気システムには空気の逆流を防ぐ手段を備えてなければならない。
5. 実験室には手洗い専用の洗面台または流し台を備えなければならない。
6. 作業中は実験室のドアを閉じておかなければならない。
7. 実験室内では実験衣を着用し、実験区域外へ出るときにはこれを脱がなくてはならない。
8. 実験室内では、飲食、喫煙、食料の保存、化粧を行ってはならない。
9. 口によるピペット操作は行ってはならない。
10. 汚染が疑われるとき、生体試料を扱った後、および実験室を退出する前には、手を消毒または洗浄しなければならない。
11. エアロゾルの発生を最小限に抑えるために、あらゆる措置を講じなければならない。
12. 通常の消毒および流出時に直ちに使用できるように、効果的な消毒剤を準備しておかなければならない。
13. 使用後は作業台の表面を洗浄しなければならない。
14. 使用済のガラス器具などで消毒前のものは、安全な方法で保管しなければならない。ピペットを消毒剤に浸ける場合には、完全に浸さなければならない。
15. すべての廃棄物は、オートクレーブまたは焼却して廃棄前に無害化しなければならない。
16. オートクレーブまたは焼却に回す試料は、堅固で漏れのない容器に入れ、流出しないように運ばなければならない。


表3.1 ハザード・グループによる微生物の分類(本リストは「危険および封じ込めの種類による病原体の分類」に基づく。本文参照)

ハザード・グループ1

グループ2、3、4以外の微生物

 

ハザード・グループ2

細菌

   

Acinetobacter calcoaceticus

Clostridium spp

Listeria monocytogenes

Acinetobacer woffi

(ヒトに対する病原性があるとされている種)

Moraxella spp

Actinobacillus spp

Corynebacterium diphtheriae

Morganella morganii

Actinomadura spp

Corynebacterium spp

Mycobacterium bovis (BCG株)

Anctinomyces bovis

(ヒトに対する病原性があるとされている種)

Mycobacterium chelonei

Anctinomyces israeli

Edwardsiella tarda

Mycobacterium fortuitum

Aeromonas hydrophila

Eikenella corrodens

Mycobacterium marinum

Alcaligenes spp

Enterobacter spp

Mycobacterium microti

Arizona spp

Erysipelothrix rhusiopathiae

Mycobacterium ulcerans

Bacillus cereus

Escherichia coli

Mycoplasma pneumoniae

Bacteroides spp

(非病原性とされている種を除く)

Neisseria spp

Bacterionemia matruchottii

Flavobacterium meningosepticum

(ヒトに対する病原性があるとされている種)

Bartonella bacilliformis

Francisella tularesnsis(B型)

Nocardia asteroides

Bordetella parapertussis

Fusobacterium spp

Nocardia brasilliensis

Bordetella pertussis

Gardnerella vaginalis

Psteurella spp

Borrelia spp

Haemophilius spp

Peptostreptococcus spp

Camplylobacter spp

Hafnia alvei

Plesiomonas shigelloides

Cardibacterium hominis

Kingella kingae

Proteus spp

Chlamydia spp
(鳥類株以外)

Klebsiella spp

Providencia spp

Clostridium botulinum

Legionella spp

Pseudomonas spp

Clostridium tetani

Leptospira spp

(ヒトに対する病原性があるとされ、グループ3に属する種を除く)

Salmonella spp

Staphylococcus aureus

Vibrio cholerae

(ハザード・グループ3のものを除く)

Streptobacillus moniliformis

(エルトール型を含む)
Vibrio parahaemolyticus

Serratia liquefaciens

Streptococcus spp

Vibrio spp

Serratia marcescens

(ヒトに対して非病原性とされているものを除く)

(ヒトに対する病原性があるとされている種)

Shigella spp

Treponema pertenue

Yersinia enterocolitica

(ハザード・グループ3のものを除く)

Veillonella spp

Yersinia pseudotuberculosis subsp pseudotuberculosis

 

菌類

   
 

Conidiobolus coronatus

 

Absidia corymbifera

Cryptocossus neoformans

Madurella mycetomatis

Acremonium falciforme

Cunninghamella elegans

Madurella grisea

Acremonium kiliense

Curvularia lunata

Malassezia furfur

Acremonium recifei

Emmonsia parva

Microsporum spp

Aspergillus flavus

Epidermophyton floccosum

Neotestudina rosatii

Aspergillus fumigatus

Ecophialia dermitidis

Phialophora verrucosa

Aspergillus nidulans

Ecophialia jeanselmei

Piedraia hortae

Aspergillus niger

Ecophialia richardsiae

Pneumocystis carinii

Aspergillus terreus

Ecophialia spinifera

Pseudallescheria boydii

Asidiobolus haptosporus

Ecophialia werneckii

Pyrenochaeta romeroi

Candida glabrata

Fonsecaea compacta

Rhizomucor pusillus

Candida guilliermondii

Fonsecaea pedrosoi

Rhizopus microsporus

Candida drusei

Fusarium solani

Rhizopus oryzae

Candida parapsilosis

Fusarium ocysporum

Sporothrix schenckii

Candida kefyr

Geotrichum candidum

Trichophyton spp

Candida tropocalis

Hendersonula toruloidea

Trichosporon beigelii

Cladosporium carrionii

Leptosphaeria senegalensis

Xylohypha bantiana

 

寄生虫(感染期)

   

Acanthamoeba spp

Entamoeba histolytica

Schistosoma haematobium

Ancylostoma duodenale

Fasciola gigantea

Schistosoma intercactum

Asngiostrongylus spp

Fasciola hepatica

Schistosoma japonicum

Ascaris lumbricoides

Fasciolopsis buski

Schistosoma mansoni

Babesia divergens

Giardia lamblia

Strongyloides spp

Babesia microti

Hymenolepis nana(ヒト由来)

Taenia saginata

Balantidium coli

Hymenolepis diminuta

Taenia solium

Brugia spp

Loa loa

Toxocara canis

Capillaria spp

Mansonella ozzardi

Teichinella spp

Clonorchis sinensis

Necator americanus

Trichomonas vaginalis

Cryptosporidium spp

Onchocerca volvulus

Trichostrongylus spp

Dipetalonema perstans

Opisthorchis spp

Trichuris trichiura

Dipetalonema streptocerca

Paragonimus westermanni

Trypansoma brucei subsp

Diphyllobothrium latum

Plasmodium spp
(ヒトおよび類人猿)

Wuchereria bancroftii

Drancunculus medinensisa

Pneumocysis carinii

 
 

ウイルス

   

アデノウイルス科(Adenoviridae)

カリシウイルス科(Caliciviridae)

Herpes simplexウイルス 1型および2型

アレナウイルス科

コロナウイルス科(Coronaviridae)

Herpesvirus varicella-zoster

(Arenaviridae)

ヘルペスウイルス科(Herpesviridae)

ヒトB細胞リンパ球ウイルス

(ハザード・グループ3および4のもの以外)

サイトメガロウイルス

オルトミクソウイルス科

ブニヤウイルス科(Bunyaviridae)

エプスタイン−バーウイルス

インフルエンザウイルス
  A型、B型、C型

ハザラウイルス

   

パラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)

 A型肝炎ウイルス

トガウイルス科(Togaviridae)

 麻疹ウイルス

(ヒトエンテロウイルス 72型)

 アルファウイルス

 ムンプス(おたふくかぜ)ウイルス

 ポリオウイルス

 フラウイルス

 ニューカッスル病ウイルス

 ライノウイルス

 ルビウイルス(風疹)

 パラインフルエンザウイルス 1型〜4型

ポックスウイルス科(Poxviridae)

未分類ウイルス

 RSウイルス

 牛痘ウイルス

 非A非B型肝炎ウイルス

パポーバウイルス科(Papovaviridae)

 伝染性軟属腫ウイルス

 ノーウォーク様の小型球形ウイルス

 BKウイルスおよびJCウイルス

 オルフウイルス

 ヒトパピローマ(乳頭腫)ウイルス

 ワクシニアウイルス

 胃腸炎に関連する小型球形ウイルス

パルボウイルス科(Parvoviridae)

 レオウイルス科(Reoviridae)

 ヒトパルボウイルス(B19)

 ヒトロタウイルス

次に関連する非通常病原体

ピコルナウイルス科(Piconaviridae)

 オルビウイルス

 クロイツフェルト−ヤコブ病

 急性出血性結膜炎ウイルス

 レオウイルス

 ゲルストマン−シュトロイスラー−シャインカー症候群

 (急性出血性結膜炎)コクサッキーウイルス

ラブドウイルス科(Rhabdoviridae)

 エコーウイルス

 水疱性口内炎ウイルス

 クールー

   

ハザード・グループ3

細菌

   

Bacillus anthiracis

Mycobacterium agricanum

Mycobacterium leprae

Brucella spp

Mycobacterium avium

Mycobacterium malmoense

Chlamydia psittaci
(鳥類株のみ)

Mycobacterium bovis(BCGを除く)

Mycobacterium paratuberculosos

Coxiella burnetii

Mycobacterium intracellulare

Mycobacterium scrofulaceum

Francisella tularensis(A型)

Mycobacterium kansasii

Mycobacterium simiae

Mycobacterium szulgai

Pseudomonas pseudomallei

 

Mycobacterium tuberculosis

Rickettsia-like

 

Mycobacterium xenopi

   

Pseudomonas mallei

   
 

菌類

   

Blastomyces dermatitidis

Histoplasma capsulatum var duboisii

Paracoccidioides brasillensis

Coccidioides immitis

Histoplasma capsulatum var farciminosum

Penicillium marneffei

Histoplasma capsulatum var capsulatum

   
 

寄生虫(感染期)

   

Echinococcus spp

Naegleria spp

Tpanosoma cruzi

Leishmania spp(哺乳類)

Toxoplasma gondii

 
 

ウイルス

   

アレナウイルス科(Arenaviridae)

リケッチア様微生物

ヘルペスウイルス科(Herpesviridae)

 リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス

 ハンタウイルス属
   ハンタンウイルス(韓国型出血熱)

 

ブニヤウイルス科(Bunyaviridae)

 

ポックスウイルス科(Poxviridae)

 ブニヤンベラsupergroup

  その他のハンタウイルス属

 サル痘ウイルス

  オロプーシェウイルス

ヘパドナウイルス科(Hepadnaviridae)

レトロウイスル科(Retroviridae)

 フレボウイルス属

 B型肝炎ウイルス

 ヒト免疫不全ウイルス

  リフトバレー熱

 B型肝炎ウイルス(デルタ抗体陽性)

 
   

 ヒトT細胞白血病ウイルス
ラブドウイルス科(Rhabdoviridae)
  狂犬病ウイルス

トガウイルス科(Togaviridae)

 フラビウイルス属

 フラビウイルス属(続き)

 アルファウイルス属

  日本脳炎

  ポーワッサン

  東部ウマ脳炎

  Kumlinge

  ロシオ

  ベネズエラウマ脳脊髄炎

  跳躍病

  セントルイス脳炎

Western equine encephalomyelitis

  マリーバレー脳炎

  ダニ媒介脳炎

   

  黄熱

ハザード・グループ4

細菌・菌類・寄生虫

   

なし

   
 

ウイルス

   

アレナウイルス科(Arenaviridae)

フィロウイルス科(Filoviridae)

トガウイルス科(Togaviridae)

 フニンウイルス

 エボラウイルス

 フラビウイルス属

 ラッサ熱ウイルス

 マールブルグウイルス

 ダニ媒介ウイルス

 マチュポウイルス

ポックスウイルス科(Poxviridae)

  Absettarov

 モペイアウイルス

 大痘瘡・小痘瘡ウイルス

  Hanzalova

ブニヤウイルス科(Bunyaviridae)

 

  Hypr

 ナイロウイルス属

 

  キャサヌール森林病

  クリミア・コンゴ出血熱

 

  オムスク出血熱

   

  ロシア春夏脳炎

 封じ込めのうちこのレベルが妥当なのは、ハザード・グループ1の微生物(すなわち非病原体)を用いた実験である。より高い封じ込めレベルでの作業についての英国基準の概要を表3.2に示した。レベル2およびレベル3は、すべての作業が微生物学実験用の安全キャビネットで行われる高い封じ込めレベルであり、エアロゾルによる危険性がある場合に特にあてはまる。
 全体としての環境に配慮しなければならないことにも注意する必要がある。つまり、先に述べた配慮は特にヒトの健康への危険性についてのものだったが、ヒト以外の動物あるいは植物に対して病原性を持つ微生物が存在する。このため、こうした病原体の取り扱いが制限される場合があり、またいかなる場合でも、リスク評価では偶発的な放出によって生じうる影響を考慮し、適切な封じ込めを行わなければならない。

GMMは他の微生物と異なる扱いをすべきか

 遺伝子改変によって、宿主生物の宿主域や基質利用性に影響が及ぶ可能性、あるいは宿主が病原体になる、生態学的相互作用を有する個体群とのバランスに変化が生じる可能性を充分に考慮しなければならない。ただし、考えられる危険性についてこうした考慮が求められるのは、微生物を新たに分離する場合である。GMMには、リスク評価のために別の基準を必要とするような固有の危険性があるだろうか?たしかに組換え生物は、微生物が本来持っていない遺伝子を含み、そうした化合物を産生することが多いのは事実で、これらの要因を考慮する必要がある。しかし、これは新規に分離される自然の微生物に伴う危険性の評価とそれほど異なるものだろうか?数百万のさまざまなクローンからなることもある遺伝子ライブラリーの使用に伴って考えられる危険性の評価では、別の種類の判断がなされなければならない。ここでの評価は、病原体を含む可能性のある臨床材料によって生じる危険性についてなされる判断とは異なる。
 性質が完全にわかっている組換え生物(大腸菌K12株のクローンなど)の場合、挿入されたDNA断片とその産物が示す以上の危険性が生じると考える理由はない。その場合のリスク評価は、挿入断片の発現の程度と、その発現産物による被害の可能性だけを考慮することになる。性質のわかっていない宿主(初代培養細胞株など)を使う場合には、未知の物質や経路(レトロウイルスや癌遺伝子など)が活性化する可能性があるため、(非GMMの場合に比較して)より注意しなければならない。組換えウイルスでは、感染を引き起こす拡散の可能性についてもちろん真剣に検討しなければならないが、これはどんなウイルスを扱う場合でもそうである。
 不確定要因として大きいのは、ある程度性質が明らかにされる単離クローンに関してではなく、遺伝子ライブラリー(すなわち、クローンを最初に単離する最中)である。この場合、影響が不明なまったく未知の配列の組み合わせが起こる可能性がある。これこそが、遺伝子改変に関する現行の規制を招いた当初の大きな懸念だったのである。この点については、さまざまな考え方がある。たとえば、宿主細菌の病原性の株が突然生じ、真核細胞株に突然変異を生じる可能性があるという考えもあれば、この分野には20年におよぶ研究の実績があるという考え方もある。
 先程述べたように、病原性とは単一の特性ではない。微生物が病気を引き起こすには、多くの遺伝子がそれ相応に相互作用する必要がある。つまり、病原体には、認識因子、付着能、毒素産生能、宿主の防御機構への抵抗性など発現に必要な性質が備わっていなければならない。病原となる可能性や過去にその実績のない微生物の単一遺伝子の改変や、病原性の一因とならない複数遺伝子の導入では、予期しない病原性を生じる可能性はないと思われる。さらに、病原性に関しては、懸念すべき要素を明らかにするのにかなりの経験と広範なデータを利用することができる。たとえば、宿主として好んで用いられるものの1つである大腸菌K12株(E. coli K12)の場合、野生型大腸菌(表3.1のグループ2に属する病原体)が持つ性質のうち、細胞表面のK抗原、リポ多糖(LPS)側鎖の一部、ヒトの腸上皮細胞への付着を可能にする付着因子(線毛)、補体による細胞溶解に対する抵抗性、食作用に対する抵抗性など、その多くが失われている。これら5つの性質のうち、4つの遺伝情報は染色体上に広く分散しており、遺伝子組換え実験の過程でこれらの遺伝子が偶然に転移する可能性は事実上ないと判断するのが妥当である。さらに大腸菌K12株は、実験室の特殊な生育培地以外ではほとんど生残しない。環境中での生残力や宿主への感染能がなければ、不注意による導入の危険性はほとんど考えられず、大きなリスクはない。つまり、このように性質が充分にわかっており、性質の弱められた宿主細胞の場合、予想外の事態が起きるのは、おそらく、単にその生物についての知識が少なく、使用の経験がないためである可能性が高い。このことは、たとえば哺乳類の初代培養株を扱う場合を考えれば容易に想像できる。培養細胞それ自体が脅威を及ぼすということは想像できないが(適切に行われると仮定した場合)、ウイルスの活性化は、そうした細胞株を扱った一般的な経験ではそのようなことがあり得ないことを示しているものの、可能かもしれない。
 多くの宿主細胞では、長期にわたって各種の微生物から遺伝子ライブラリーを安全に構築してきた実績がある。もちろん、このことは災害が起こらないということの証明にはならないが(仮説による事象はきわめて低い頻度でしか起こらない)、理屈の上での計算と相まって、クローンの初代分離は基本的に安全な方法であるという極端な楽観論につながっているのはたしかである(もちろん、何らかの有害な性質を分離しようとする場合は別である)。

GMMのリスク評価および封じ込めレベルの指定

 たしかにGMMは病原体になりうるもので、もし放出が起きれば環境に影響が及ぶ可能性もある。GMMは、宿主生物、ベクター、挿入されるDNA断片の3つの要素で構成される(ウイルスがベクターの場合、組換えウイルス自体がGMMであり、「宿主」と「ベクター」は同じになる)。これらの要素は個別に評価することが可能で、その評価を合わせることによって、組換え生物全体のリスクの程度が測られ、適切な封じ込めレベルがわかる。宿主の性質が弱められていたり、ベクターが他の生物への移行能を持たないために組換え体の実験室外への拡散が抑えられている場合、「生物学的封じ込め」のレベルを規定するのは宿主とベクターの性質であることが多い。

 宿主が微生物の場合、それ自体の病原性についてはすでに評価が行われているはずである。すなわち、表3.1に示したようなリストに掲載されている可能性があるということである。この評価をもとに、さらなる検討が行われることになる(一見して、GMMのリスクのレベルは宿主自体のリスクより小さいはずはない)。もちろん、遺伝子工学の実験では、少なくとも細菌を扱う場合、宿主は非病原性(表3.1のハザード・グループ1)であるのが普通である。この他に、宿主の実験室外での生存能も考慮しなければならない要素である。これがあてはまるのは、封じ込め状態から偶発的な放出が起きた場合である。つまり、もし宿主が環境に定着することができた場合、組換えDNAも同じ状況になる(組換えDNA分子の「垂直伝達」)。大腸菌K12株は環境中ではほとんど生残することができない。つまり「不能」である。大腸菌K12株には特別に不能化された株があり(MRC1や1776など)、これらはきわめて特殊な生育培地でしか生存することができない。コウジカビ(Aspergillus oryzae)、枯草菌(Bacillus subtilis)、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)も、特別の不能な菌だと考えることができる。真核細胞株の場合も、当然ながら実験室の外では自律的に生存することができず、また、コロニーを形成できず、既知の外来性因子も含んでいない以上、これも特別の不能な株と考えることができる。ある細胞株がこれらの基準を満たすかどうかを判断する上で不可欠な要件は、実験室内で長期間にわたって安全かつ無事故で使用されてきたという実績を持っていることである。

 ベクターの場合、それ自体が病原性である可能性と、他の生物への伝達性(DNAの「水平伝達」)の両面を考慮する必要がある。この水平伝達によって、組換えDNAが環境中のさまざまな生息場所へ近づくことのできる生物へ伝達することになるため、偶発的な放出の影響を検討する上では重要である。
 細菌に導入するベクター―大部分の大腸菌に用いられるベクターは、病原体となる性質をコードする配列を含んでいない。ただし、通常は、抗生物質抵抗性などの選択マーカー遺伝子を含んでいる。こうした抵抗性については、現在行われている医療行為、特に、その存在が治療の妨げとなるような株に問題の遺伝子が移行する可能性がないかを踏まえた上で検討しなければならない。通常用いられる特定のマーカー(ペニシリン抵抗性、テトラサイクリン抵抗性、クロラムフェニコール抵抗性など)は環境中にすでに広く存在しており、放出が起きても問題にならない。ベクターの伝達性に関しては、大腸菌にもっとも広く用いられているベクターは非伝達性である。ここでは2つの要因を考慮しなければならない。すなわち、一部のプラスミドには、他の細菌に移行できる(つまり、Tra+である)機能をコードする配列があり、他に、Tra-だがTra+プラスミドによって可動化するものがあり、これをMob+という。つまり、プラスミドベクターには、Tra+(自己伝達性)、Tra-だがMob+(伝達能欠損)、Tra-かつMob-(非伝達性)がある可能性があり、これらのグループに属するベクターは、他の微生物への伝達能の低下がみられる。プラスミドベクターの宿主域も関係しており、たとえば、一部のプラスミドは、多くの属(RSF1010系、RP4系など)に移行し、定着することができる。こうしたプラスミドベクターの場合、他の組換えDNA生物に移行し、そこで定着する可能性が高いのは明らかである。
他の細菌ベクターについても、同様な検討を行う必要がある。つまり、多くの属の生物が伝達能を有するプラスミドを含んでいる。表3.3に一般的に使われている主な細菌ベクターの伝達性を示した。


表3.2 英国における実験室での4段階の封じ込めレベルに必要な要件の概要

要件

封じ込めレベル

1a

2

3

4

実験施設が隔離されている
燻蒸消毒のために実験室が密閉できる
換気:
  内部循環/陰圧による換気
  安全キャビネットによる換気
  直接の強制換気
  専用ダクトを用いた強制換気
エアロック
エアシャワー付きエアロック

不要
不要

任意
不要
不要
不要
不要
不要

不要
不要

任意
任意
不要
不要
不要
不要

一部要



任意
任意
任意
任意
不要





不要



手洗い器
廃水処理
オートクレーブ(作業現場)
オートクレーブ(実験区域内)
オートクレーブ(研究所内):
  独立式
  両面式
微生物用安全キャビネットまたは安全囲い
安全キャビネットまたは安全囲いの種類


不要
不要
不要

不要
不要
不要
-


不要
不要


不要
不要
任意
クラスI


不要
不要


任意
不要

クラスI
またはIII



不要
不要

不要


クラスIII

a. 封じ込めレベル1は「優良試験所規範」に相当(本文参照)。
出所:ACGM/HSE 注8を改変。

高等真核細胞に導入するベクター―表3.3に示したベクターの一部は、大腸菌内で組換え体を作り、それを使って動植物の細胞株での一時的発現や安定的発現を研究しようと考えられたシャトルベクターである。これらのベクターの一部は、マウス乳癌ウイルスやSV40など真核細胞のウイルス由来のDNA配列を含んでいる。こうしたベクターの場合、感染性粒子が含まれていない限り、無害であると考えることができる(感染性ベクターについての議論は以下を参照のこと)。染色体に組み込まれるベクターも、非伝達性であると考えてよい。

真核細胞に導入するウイルス由来ベクター―真核細胞用ベクターの一部は、明らかな病原体(ウイルス)に由来しており、当然これらのベクターはその病原性の一部を保持している場合がある。こうしたベクターの一部は、感染性があるものの複製能が欠損しているため、DNAを目的の細胞に届けることはできるが、ウイルスとしてそこで増殖することはない(レトロウイルス由来のベクターはその一例である)。ここで検討しなければならないのは、どのような種類の細胞が感受性を示し(ヒトの細胞に感染するとすれば、実験従事者が危険にさらされる)、相補や組換えによって宿主内に潜むウイルスの複製能の欠損が修正される可能性があるかどうかである。ベクターが高い複製能を持つウイルスである場合、挿入されたDNA断片がウイルスの病原性や屈性に影響を及ぼす可能性を検討しなければならない。

侵入性(access)とは、組換えDNAが環境(人体を含む)に入り込み、そこで定着する可能性を測るものである。これは宿主とベクターの性質によって決まる。たとえば、大腸菌K12株で使われる非伝達性ベクター(表3.3参照)は、感染性ウイルスが含まれていない限り、細胞株に用いられるベクターと同様、侵入性はきわめて低い。感染性の高い組換えウイルスの場合、感受性のある宿主への侵入性がきわめて高く、その結果、増殖性感染が起こって組換え分子が増加する可能性がある。


表3.3 各種ベクターの移動性【脚注a】

非伝達性ベクター

 

大腸菌(E. coli

pAT153, pACYC184, pBR327, pBR328, pUC系, pBluescript II, pMTL20, pBS, pGEM, pBEMEX, pUR222, pUCBM, pSP系, pEX系, pCAT系, pT3/T7, pEUK, pMAM, pMSG, pEMBL, pSELECT
非伝達性ベクターの基準は、限られた宿主域を持つλファージベクター(λCharon 3A, λgt10, λGEM, λEMBL, λgt11, λZAPなど)によって満たされると考えられる。
非伝達性ベクターの基準は、Tra-のFプラスミドを含む宿主で使われるM13ファージベクターによって満たされると考えられる。

枯草菌(B. subtilis

pUB110, pC194, pS194, pSA2100, pE194, pT127, pUB112, pC221, pC223, pAB124, pBD系

伝達能欠損ベクター

 

大腸菌(E. coli

pBR322, pBR325, pACYC177, pKK233-2, pKK338-1, pBTac1, pBTrp2, pKC30, pKT279, pFB系, pNO1523, pSVL, pKSV10, pGA482, pNOS, pHSV106

【脚注a】定義については本文を参照。
出所:ACGM/HSE/DOE 注7に基づく。

挿入されるDNA断片(insert)は、いうまでもなく、もっとも慎重な評価が求められる構成要素である(通常、宿主とベクターの性質はすでに充分わかっており、適切に評価されているはずである)。挿入断片に関して重要な点は、遺伝子発現の可能性と遺伝子産物によって生じる危険性である。これらを検討することによって、損傷性と発現性というさらに2つのリスク要因が生じる。
損傷性(damage)は、DNAあるいはそれがコードする遺伝子産物の既知または疑われる生物活性、またこの活性を顕在化させるのに必要な産物のレベルや性質に関連する。発現タンパク質の活性やそれが有する可能性のある毒性、アレルゲン性、病原性の諸影響といった要因が関係する。
タンパク質の生物活性は、それが発現する宿主細胞系に依存すると思われる。たとえば、大腸菌で高レベルで発現させたタンパク質の一部は、折り畳みが正しく行われず、生物学的に不活性な不溶性の封入体を形成する。この他、挿入断片の位置によって影響が大きく異なるのが癌遺伝子である。すなわち、細菌では、たとえ発現しても有害性はなく、DNAがその影響を発揮するためには哺乳類の細胞に侵入する必要がある。他の分子の生物活性が完全かどうかは、特定の宿主細胞(一般に真核細胞)だけで起きる翻訳後修飾に左右される。さらに、融合産物としてタンパク質が合成されるかどうかを考慮すべきである。つまり、組換え体の性質を詳細に検討することによって、表面上の損傷要因を軽減することができる場合が多いということである。英国で示されている損傷性レベルに関するガイドライン例は、次のとおりである。
(a)重大な生物学的影響を持つと思われる毒性物質または病原性因子。
(b)標的組織に届いた場合に有害な影響を有する可能性のある生理活性物質、または活性化した場合に重大な生物学的影響を有する可能性のある毒性物質の不活性型。
(c)有害な影響を有する可能性がほとんどないか、体内での正常レベルに達しない(たとえば正常レベルの10%未満)生理活性物質。
(d)タンパク質の性質が既知であるため、または自然界に高頻度で存在するため、生物学的影響がほとんど考えられない遺伝子配列。
(e)予測しうる生物学的影響がない(たとえばDNA配列の非翻訳領域など)。

発現性(expression)とは、導入されたDNAの、予想される、または既知の発現レベルを測るものである。プロモーターの同定を検討する必要がある。つまり、導入されるDNA断片自体にプロモーターが含まれている可能性があるが、通常、そのプロモーターは、高い発現が特に求められるベクターの一部である。もっとも活性の高いプロモーターによる発現では、挿入断片の指令を受けて、宿主細胞では可溶性タンパク質が10%以上合成される。有効なプロモーターの数が減少し、完全になくなるにつれて活性は低下する。当然ながら、挿入断片が発現しないDNAしか含まないこともありうる。

 英国では、侵入性、発現性、損傷性に番号が振られており、この3つの数字の合計によってGMMに対する適切な封じ込めレベルが決定される(ウイルスベクターは病原体なので、この最後の番号付けはあてはまらない)。ここで、上記のガイドラインにしたがって評価を行った、各種GMMの使用に指定される封じ込めレベルの例を示す。標準的なpBR322由来ベクターを用いる大腸菌K12株での無害なタンパク質の過剰発現―封じ込めレベル1、真核細胞系での無害なタンパク質の過剰発現(感染性のウイルスを含まないと考えられるもの)―封じ込めレベル2、伝達能欠損ベクターを用いるインターロイキン−2などの活性タンパク質の大腸菌K12株での過剰発現―封じ込めレベル2、インターロイキン−2遺伝子を運び、ヒト細胞への感染能を持つ複製能欠損レトロウイルス粒子―封じ込めレベル2、癌遺伝子を運び、マウス細胞だけに感染する複製能欠損レトロウイルス粒子―封じ込めレベル2、癌遺伝子を運び、ヒト細胞に感染能を持つ複製能欠損レトロウイルス粒子―封じ込めレベル3、である。
 以上のような単離されたクローンの評価に加えて、遺伝子ライブラリーの評価を行う必要がある。ここで問題になるのが、未知の要因、とりわけ「損傷性」をどのように評価するかである。ライブラリーが真核細胞由来の場合、大部分の遺伝子はcDNAライブラリーでのみ発現する可能性が高いため、ゲノムライブラリーの有害性はcDNAライブラリーよりも低いと考えられる。しかし、染色体からのクローニングの場合でも、潜在ウイルスのような外来因子を抽出してしまう可能性はある。先に述べたように、こうした予期しない結果が起こりうることを裏付ける証拠は1つもない。したがって、ライブラリーのもとになるものが無害で、性質がよく知られているものであれば、有害性が生じる可能性はきわめて低いと考えるのが妥当であり、封じ込めレベルは1が適当である。しかし、ライブラリーが病原体由来の場合には、全体としての封じ込めレベルはその病原体(表3.1)に合わせるべきであり、同定されたクローンが病原体由来ライブラリーから単離されたものである場合には、損傷性について現実的な指定をすることが可能であり、低い封じ込めレベルが妥当な場合もある。

封じ込め下での作業(大規模)

 GMMを工業規模で増殖させることが実験室での利用に比べて本質的に有害性が高いということはなく、増加する可能性が考えられるのは、主に作業規模とそれに伴う放出量、濃度、暴露時間である。この傾向を補うのが、実験室段階での微生物に関する懸念の大部分が既に解消されていることである。つまり、微生物の性質は厳密に明らかにされ、製造される菌株が病原性を持つ可能性は無視しうるほど小さい。ほとんどの場合、伝統的に安全とされている微生物の改変は、DNA断片の導入による新たな産物の産生の促進であり、産生される物質自体に必要とされる以上に安全性の懸念が生じることはない。
 「実験室規模」と「大規模」との境界は、10リットルとされることが多い。これは明らかに恣意的なもので、英国におけるGMMを用いる作業の定義は、「遺伝子操作によって作成される細胞または生物の利用で、実験室規模の反応容器内、試験生産または量産の目的等で行われるもの」とされている。小規模生産での封じ込めの指定が大規模生産に全面的にあてはまるわけではないが、評価の出発点にはなる。つまり、実験室規模での試験の評価の基礎になる考え方は、必要となる管理手段の性質と程度を決定する際にあてはまる。作業の安全基準が小規模生産でのガイドラインを下回ってはならないが、専用の封じ込め基準を定めるにはさらなる専門知識が必要とされるかもしれない。しかし、厳格な封じ込めの適用が必要とされてきた発酵技術の分野には、もちろん膨大な既存の経験の蓄積がある。
 下流プロセスにはいくつかの段階があり、その各々について評価が必要になる。たとえば、リスクを検討する際には常に、下流プロセスに達する前に微生物が発酵槽内で死滅するかどうかといった要因が考慮に入れられなければならない。微生物を大規模に処理する方法は、エアロゾルの発生や広範囲の汚染が生じる可能性を伴う。場合によっては、プロセスの他の側面や産物によって示されるリスクによって、物理的封じ込めのレベルが決定される場合もある。
 GMMの大規模利用では、大部分の場合、最小限の封じ込めをすればよい本質的に低リスクの生物が使われることになる。最小限の封じ込めであるこのレベルは、優良大規模試験所規範(Good Large-Scale Practice: GLSP)として知られている。GLSPには、必要なプロセスに求められる以上の封じ込め手法は含まれない。次にあげる職業安全衛生の基本原則は、GLSPやあらゆるレベルの封じ込めに適用されるべきである。

1. 職場および環境が曝される物理的、科学的または生物学的因子は、実現可能な最低レベルに抑えること。
2. 根本的な部分で工学的な管理手法を実施し、必要な場合には、適当な個人用の保護衣および保護具でこれを補うこと。
3. 管理のための手法や器具を適切に検査し、維持すること。
4. 必要な場合には、一次的な物理的封じ込めの外部で、生存可能な組換え生物が存在していないか検査すること。
5. 職員に対する訓練を行うこと。
6. 職員の安全を目的とした内部の実施規範を定め、実施すること。

 GLSPを定める上で、もっとも考慮しなければならないことは、GMMが病原体でないこと、宿主生物内でと同様にバイオリアクター内で安全であること、環境に悪影響を及ぼさないこと、である。GLSPを定める過程では、環境への配慮を行うべきである。発酵プロセスの各段階や下流プロセスの早い段階で微生物が偶発的に放出されるというのは、大規模での作業、特にGLSPに固有の側面である。こうした微生物は環境に影響を与える。環境に対するリスクを評価する際には、次の要因を考慮すべきである。

1. 放出が予想される量または生物体量。
2. 既知の、または予想される微生物の挙動(生残、増殖、伝播に影響する要因など)。
3. 微生物が伝播する可能性のある生態系の詳細、およびそうした生態系における植物、動物、微生物に対する影響など既知の、あるいは予想される影響(病原性、毒性、ビルレンス、アレルゲン性、コロニー形成など)。
4. 微生物の検出、同定およびモニタリング、また新たな遺伝物質の他の生物への伝達を検出する技術が利用できること。

まとめ

 GMMには固有の性質があり、それを正しく評価することによってGMMの使用に伴うリスクの現実的な評価が可能になり、適切な封じ込めを規定することができることは明らかである。これまで述べてきた原則や例は、こうした評価のための基礎を提供するものである。
 遺伝子工学を特に規制することが正当であることを裏付けるきわめて科学的な根拠はなく、その潜在リスクはリスク評価で検討しなければならない単なる要因の1つであることも、これまでの議論から明らかであろう。国民はそれほど楽観的ではなく、また、政治的な理由で特別な規制が求められる可能性はあるものの、安全規則は実験従事者にも国民にも尊重されるものでなければならない。そのためには、規則が健全な根拠に基づいていることが求められる。遺伝子改変を伴う実験の大部分は明らかに無害で無視しうる程度のリスクしか示さないが、多くの国では、そうした実験のすべてが過度に厳格で介入的な規制の対象になっている。

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