1.ガイドラインの適用範囲
このガイドラインの適用範囲は、食品製造の歴史を有する微生物(細菌、酵母、糸状菌など)の組換え体が、生死を問わず含まれるか、除去された食品や食品構成分の安全性および栄養学的に限定する。
微生物組換え体と食品中の代謝産物についての安全性評価に際しては、これまで長い間人が摂取してきた伝統食品(微生物)との比較によって行なう事を原則とする。

2.語句の定義
"Recombinant-DNA Microorganism" : in vitroで組換えたDNAを直接に細胞などに注入して遺伝子を改変した細菌、酵母、糸状菌など。(ここでは「微生物組換え体」と表す)
"Conventional Counterpart":微生物組換え体に対応する微生物株で、食品製造や加工などで安全に使用されてきた歴史を有するもの、または、伝統的な食品製造微生物で作られ安全性が確立されている食品。(ここでは「伝統的対象微生物」と表す)

3.食品の安全性評価に関する序論
微生物を利用した食品は古くからあり、従来の方法で改変された微生物も安全と考えられているが、科学的評価がなされてきたわけではない。微生物組換え体には少なくとも病原性や食品に不適当な性質を持たないことが前提である。しかし、動物を使った毒性試験は食品の安全性評価としては限界がある。(DNA供与体、遺伝子、遺伝子産物などが食品として安全に摂取された歴史がない場合には適切な動物実験が必要であるが)
したがって、微生物組換え体利用食品の安全性評価には「実質的同等性」の概念の適用が重要であり、伝統的対照微生物(食品)との違いを検討して安全性を評価する。
<意図せぬ効果>
 組換え体を作成する際に、意図しない形質の付与あるいは欠失が起こり、遺伝子発現の変化、キメラタンパク質の生成、遺伝的不安定性の増加、代謝産物や代謝経路の変化などがあり得る。これは、従来の育種技術でも起こる一般的な現象であるが、微生物組換え体利用食品が意図せぬ不都合な効果を持つ可能性は減らすべきである。
安全性評価には多くのデータが必要である。それらを総合的に考慮すると、その食品がヒトの健康に悪い影響を与えないだろうという保証が得られる。この保証があって初めて、微生物組換え体は第4節に示す安全性評価にかけられる。
<食品安全性評価の枠組み>
 安全性を評価すべき項目は、第4節に書かれている多くの事項である。安全性評価の対象は免疫不全の人、乳幼児、老人を含む全ての人々であり、新しい食品や微生物が伝統的対照微生物(食品)と比べて、安全性で遜色ないという結論を得ることが最終目標であり、リスク管理者が消費者の健康を守るうえで適切な決定を下すためのものである。

4.一般に考慮すべき事項
組換え体はストックカルチャーとして保存し、規制当局の求めに応じて提供する。
<宿主微生物>
 食品製造で安全な利用の歴史を有するものに限られる。食品に適さない物質を産生し、遺伝的不安定性、抗生物質耐性、病原性などをもたらす遺伝子を有する生物を使用してはならない。
<DNA供与体生物>
 同定、安全性に関わる情報、遺伝子型と表現型、利用の歴史、病原性、毒素生産などの性質に関する情報を記載する。
<遺伝的改変の記述>
 すべての遺伝的改変が明確に同定できる十分な情報が必要である。遺伝的改変方法、DNAの起源、同定、機能の他、改変DNAの情報を詳細に記述する。
<遺伝的改変の説明>
 遺伝的改変を分子生物学的、生化学的に記述する。挿入するDNAは意図する機能を実現するのに必要な配列に限定することが望ましい。また、組換え体の遺伝的改変に関する情報では、導入遺伝因子とベクター、ゲノムへの挿入数、コピー数、配列情報、隣接配列などが必要である。さらに、遺伝子の転写あるいは発現産物の情報、導入した遺伝的改変が安定か、意図した効果が現れているか、融合タンパク質や機能が変化したタンパク質が発現しているか、などの情報も必要である。
<安全性評価>
 安全性評価は遺伝的改変の実態に応じてケースバイケースで実施する。食品として安全に摂取された歴史がある物質の場合には従来の毒性試験は不要である。その他の場合には、動物実験を必要とする場合がある。
<発現産物>
 発現産物が食品で新規なものであれば毒性試験が必要である。タンパク質の場合は、毒性などの可能性をアミノ酸配列と機能から評価する。非タンパク性産物でこれまで摂取していないものは、構造、濃度、機能などに応じて毒性評価を行う。供与体が持つ好ましくない形質(遺伝子)が、組換え体で発現(移行)してはならない。
<主要食品成分の組成分析>
 主要食品成分の組成を、微生物組換え体、および伝統的対照微生物で作った食品で比較する。
<代謝産物>
 遺伝的改変によって、新規な代謝産物ができ、また、混合培養の微生物組成が変わって有害微生物(物質)が増加する可能性などがあるので考慮すべきである。
<食品加工の影響>
 遺伝的改変によって毒物の熱安定性増加や栄養素の生物利用性の変化などが考えられる。調理など加工による組換え体利用食品の変化も検討すべきである。
<免疫学的影響の評価>
 組換え体タンパク質のアレルギー原性を調べる。アレルギー性のある生物由来の遺伝子は避けるべきである。また、組換え体が腸管免疫系に作用するかもしれないので、伝統的対応微生物と比較すべきである。
<ヒト腸管での挙動>
 組換え体が食品で生きている場合、食品中や腸管内での生菌数と滞留時間、腸内フローラへの影響などを示すことが望ましい。
<抗生物質耐性と遺伝子移行>
 食品製造に使われてきた微生物の多くはなんらかの抗生物質耐性を持つが、宿主としては不適当ではない。しかし、移行可能な耐性遺伝子を持つ株は使うべきではない。抗生物質耐性以外の選択マーカー遺伝子を使うべきであるが、中間宿主でのみ用いられる耐性遺伝子が最終的な組換え体に残らなければ問題ないと言える。
摂取された組換え体と腸内微生物等との間でプラスミドや遺伝子の移行は起こり得る。遺伝子移行の可能性を最小限にするには遺伝子を染色体に組込むのが好ましい。腸管内で宿主株の生存を有利にする作用を持つ遺伝子の利用は避けるべきであろう。
<栄養的改変>
 バイオ技術で栄養学的な改変が行われる場合には、その食品で試験を行って改変の影響を調べ、総合的な栄養学的評価(生物利用性と安定性を含めて)を行う。食品の組成が著しく変化した場合には、その組成に類似した伝統的食品と比較する。
<ガイドラインの見直し>
 将来、このガイドラインに不備が判明した場合には見直す必要がある。