EUにおける規制の解説

EUにおいて遺伝子組換え生物の野外試験が実施されるようになった1986年当時、EU域内における加盟国(当時は、英国、ドイツ、デンマーク、オランダ、フランス、ギリシア、アイルランド、ベルギー、イタリー、ルクセンブルグ)の規制は様々であった。たとえば、英国では指針で対応していたのに対し、デンマークでは「環境及び遺伝子技術法」という法律を制定し、遺伝子組換え生物の意図的な野外放出を原則として禁止していた。しかし、EU(当時はEC)域内における自由貿易を促進するためには、EUとして統一的なアプローチが必要である。1986年にEC委員会の委託で実施された調査の報告書「バイオテクノロジーによる環境リスク」は、EUとして規制に統一的なアプローチを取ること、また、その方法として、各国における既存の法体系の中に組み込むのではなく、包括的なアプローチを取ることを進言している。そのため、EUにおける規制はモダンバイオテクノロジーの技術に特化し、それに対応するものとなった。
EUにおける意図的放出指令(90/220)は1990年に策定され2回改定されたが、2001年、さらに大幅改定が必要となったため、新たな指令として指令2001/18が作成された。また、関連の手引き等も作成された。指令2001/18/ECの手引き(2002/623/EC)  指令2001/18/ECの手引き(2002/811/EC)
この指令では、遺伝子改変生物 の野外試験は試験が実施される国の承認により実施できるが、遺伝子改変生物の市場流通については、EUレベルでの承認が必要である。なお、この指令は、予防原則(precautionary principle)の立場を明示したこと、場合により市場流通後のモニタリングを義務づけること、市場流通許可に10年間という期限を設けていることなどがこれまでの指令との大きな違いである。
さらに、2003年7月には、新たにふたつの規則、すなわち、食品・飼料規則(EU No.1829/2003)と、表示・トレーサビリティ規則(EU No. 1830/2003)とが出された。食品および飼料に関する規則(EC)No.1829/2003  トレーサビィリティと表示に関する規則(EC)No.1830/2003
これにより、従来、特別の規定のおかれていなかった遺伝子改変飼料に関しても、食品に関する規制に一本化して共通の認可手続きが定められ、事業者にはイベント(遺伝子導入植物個体ごとに再生してくる植物個体・種別)の記録の保持が求められるようになった。
EUは、予防原則(precautionary principle)にもとづき、上記の規則の策定まで遺伝子改変作物の承認を自発的に見合わせ(モラトリアム政策)ていたが、このような基本的な法や周辺の補足的なルールが整備され、2004年には遺伝子改変作物の商業栽培も現実の問題になってきた。その中で、EUにおける最大の問題は、改変作物と非改変作物や有機作物との「共存」というテーマへ移ってきている。ただ、域内における自由貿易を促進するためにはEUとしての統一的なアプローチが必要だとする欧州委員会も、このテーマに関しては多少認識が異なっている。すなわち、「共存」問題は、基本的に経済的な問題であるとの認識に立ち、その方策に関しても、各国の実情に合わせた実施規則の自主的な制定に委ねられるべきであり、EUレベルでの統一的な規則を課す性質のものではない、というのが欧州委員会の考えである。
いずれにせよ、改変作物と非改変作物の共存が問題となることに見られるように、遺伝子改変生物を既存の生物とは独立に規制するのが、EUにおける規制の特徴である。