5.2 遺伝子組換え農作物のリスク評価

 前項で、多くの農作物は有害成分を含んでおり、それ自体が安全である、というものではないこと、われわれは安全な食べ方を経験によって知っていて、それによって農作物を安全に食べていることを記しました。また、我が国では従来の品種改良で作られた農作物品種について、市場に出す前にあらかじめ食品としての安全性を調べることを義務付けていないことも記しました。実は農作物の安全性を評価することはなかなか難しいことなのです。
 この難しさの理由は何でしょうか。
 まず、5.1の項で述べたようなことも理由です。
また、植物には必ず毒があるためでもあります。植物が動物のように逃げられないことを考えると当然とも言えますが、ジャガイモのソラニン、トマトのトマチン、マメ類のレクチンなどがそれです。カッサバというアフリカやアジアで食される芋のようなものがありますが、これは猛毒のシアンを含んでいて十分水に晒さないと食べられません。従来の育種の過程でも猛毒の含有量が高くなるケースがあるので、国によっては含有量の規制のあるところもあります。ただ、植物の代謝は、部位、生育時期や条件で変わり得るので、植物の毒性物質の含有量をこれこれと決めるのは必ずしも容易ではありません。
 さらに、農作物の多くが例えばコメのように、食品としてある程度多量に食べられるものであるということから来る限界も、理由のひとつです。
 通常、化学物質の安全性を調べる場合には、動物にその化学物質を大量に与えて、有害な影響を与えないぎりぎりの量を調べ、その量の100分の1程度であれば、人間にも有害な影響を与えないであろう、というように考えます。けれど、農作物の安全性を調べる場合、このような方法で安全性を調べることはできません。食品そのものになると、そもそも普通量の100倍も食べさせることは不可能で、無理に食べさせれば死んでしまいます。食べられる量に止めても、それだけ食べさせれば、栄養のバランスはこわれ、食品そのものの安全性とは無関係に、動物はやはり死んでしまいます。他の食品と合わせて食べさせると、一緒に食べさせた食品の影響が出ますし、長期にわたれば飼育環境等食べ物に関係ない因子がデータを狂わせます。つまり、多種多様な成分からなっている農作物の場合は、動物実験では評価がたいへん難しいのです。
 それでは遺伝子組換えによって品種改良した農作物についてはどうしたら良いでしょうか。
 遺伝子組換えにより食用農作物が開発されるようになり、その安全性を調べることが課題になったとき、化学物質で使われているのではない、新しい安全性の評価方法が必要になりました。そこで、国際食品バイオテクノロジー協会(IFBC)は遺伝子組換えによって品種改良した農作物の食品としての安全性を科学的に評価する方法を検討し、その結果を1990年に学術雑誌に発表しました。「バイオテクノロジーと食品−バイオ食品の安全性確保に向けて−」
 この方法の骨子は、遺伝子組換え農作物の食品としての安全性を、遺伝子組換えを行う前のものと比較して評価する、というものです。この考え方はその後、OECDや国連の場でさらに検討され、2003年7月には国際的な基準として成立しました。 「新規食品および飼料の安全性に関するタスクフォース報告書」(OECD)「モダンバイオテクノロジー応用食品のリスクアナリシスに関する原則」(FAO/WHO)
 substantial equivalenceという考え方がそれです。日本語で「実質的同等性」と称されていますが、OECDで1992年頃に遺伝子組換え植物由来の食品のリスク評価にあたって出された考え方です1。一口で言えば、安全性の基準を食品の絶対的安全性に置くのではなく、これまで食べてきた食品との比較に置く考えですが、これは、組換え食品が従来食品と比較し安全性に於いて同じ位と云う事で、物が同じと云う事ではありません。しかし、その後、これが物として実質的に同じであると云う概念として使用された事もあり、「遺伝子を組み込んだのであるから、組換え食品には新しい成分が入っているので、実質的に同じではない」と云う議論が生じたりしました。
 遺伝子組換え農作物の食品としての安全性を遺伝子組換えを行う前のものと比較して評価するのは、上述のように、どんな食用農作物についても絶対的な安全性の評価が行えないためです。そのため、例えば遺伝子組換えによって作られたトマトをこれまでのトマトと同じように食べた場合に、これまでのトマトよりも有害となる可能性があるのかどうかを検討して評価することにしたのです。つまり、安全性において、これまでのトマトと実質的に同等と見なせるかどうかを検討するのです。

1:OECD:モダンバイオテクノロジー応用食品の安全性評価:概念と原理
5.3 遺伝子組換え食品のリスク評価のための制度